髙坂 和彦(こうさか かずひこ、1932年12月9日 - 2… 髙坂 和彦(こうさか かずひこ、1932年12月9日 - 2006年12月19日)はフランス文学者、翻訳家。東京都出身。
東京都立大学:382人
髙坂 和彦(こうさか かずひこ、1932年12月9日 - 2… 髙坂 和彦(こうさか かずひこ、1932年12月9日 - 2006年12月19日)はフランス文学者、翻訳家。東京都出身。
大倉 徹也(おおくら てつや、1932年11月18日 - 2… 大倉 徹也(おおくら てつや、1932年11月18日 - 2019年2月4日)は、日本の放送作家。 大阪市十三で生まれ、幼少時に豊中市へ移り住む。東京都立大学へ進み、在学中は演劇部で活動した。 1956年から永六輔の誘いを受けて放送作家の活動を始め、『夢であいましょう』『8時だョ!全員集合』『小沢昭一の小沢昭一的こころ』など、数多くの芸能関係のテレビ・ラジオ番組を手がけた。日本脚本家連盟の理事を20年以上勤めた。 また、阪急宝塚線沿線で生まれ育ったため阪急ブレーブスのファンとなり、純パの会代表を務めたこともあったため、パ・リーグに関する著作もある。 2019年2月4日午後1時41分、肺がんのため東京都目黒区の自宅で死去。
松本 四郎(まつもと しろう、1932年9月17日 - )は… 松本 四郎(まつもと しろう、1932年9月17日 - )は、日本史学者、都留文科大学名誉教授。 横浜市生まれ。1956年横浜市立大学文理学部卒、1958年東京都立大学 (1949-2011)(現・首都大学東京)大学院修士課程修了。財団法人三井文庫専任研究員、都留文科大学教授、96年定年退官、名誉教授。
佐々木享(ささき すすむ、1932年5月31日 - 2015… 佐々木享(ささき すすむ、1932年5月31日 - 2015年5月14日)は、日本の職業教育学者。 東京出身。戦争中に長野県岡谷市に疎開。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1956年東京都立大学 (1949-2011)工業化学科卒、1962年同歴史学科卒。高校技術科教師、専修大学経営学部助教授、1976年名古屋大学教育学部助教授を経て、教授。1995年定年退官、名誉教授、愛知大学短期大学部教授を務めた。技術科教育・職業教育が専門。
守屋 洋(もりや ひろし、1932年5月19日 - )は、日… 守屋 洋(もりや ひろし、1932年5月19日 - )は、日本の中国文学者。SBI大学院大学教授。 宮城県気仙沼市出身。宮城県気仙沼高等学校、東京都立大学 (1949-2011)卒業、同大学院中国文学科修士課程修了。中国古典の翻訳、またこれに基づくビジネス書を多く執筆。SBI大学院大学経営管理研究科教授。中国文化評論家の守屋淳は子。みなと気仙沼大使。
近藤 忠孝(こんどう ただたか/ちゅうこう、1932年4月2… 近藤 忠孝(こんどう ただたか/ちゅうこう、1932年4月2日 - 2013年6月5日)は、日本の弁護士、政治家。参議院議員(日本共産党公認)を3期務めた。全国公害弁護団連絡会議初代幹事長。 1932年4月2日、東京都北区にて化学工場の労働者の子として生まれる。東京都立大学 (1949-2011)(現首都大学東京)人文学部を卒業後の1960年に日本共産党へ入党。1962年には弁護士を開業、黒田法律事務所(現東京法律事務所)へ入り各種労働事件の弁護を担当する。1965年に青年法律家協会議長、1968年にはイタイイタイ病弁護団副団長に就き、裁判で全面勝訴を勝ち取る。イタイイタイ病裁判では、「勝利するためには被害者のいる現地・富山で弁護士として活動することがどうしても必要」として、一家で当時居住していた東京都から富山へ移住しており、NHK歴史情報番組「その時歴史が動いた 苦しむ患者を救いたい~イタイイタイ病裁判・弁護士たちの闘い~」(2007年3月7日放映)にゲスト出演し当時の状況を証言した。
松山 正男(まつやま まさお、1932年 1月14日- 20… 松山 正男(まつやま まさお、1932年 1月14日- 2025年9月16日)は、日本の英文学者、英語教育学者。神奈川大学名誉教授、大学英語教育学会顧問。 1932年1月14日東京蔵前生れ。1950年都立大森高校卒業。1959年東京都立大学 (1949-2011)英文科博士課程満期終了。青山学院女子短期大学英文科、東京工業大学、神奈川大学教授を歴任。非常勤講師として、早稲田大学(39年間)、慶応義塾大学(5年間)、東京都立大学 (1949-2011)(3年間)、日本英語検定協会(30年間)、文化放送大学受験ラジオ講座(30年間)、NHK教育テレビ(2年間)等でも教えた。英語教育関連の著書多数。 「鈴木正三の聖俗一致説」という論文の中で、武士から曹洞宗の僧侶になった鈴木正三が日常の労働を重視ししていることを指摘し、仕事を通して人は修行し向上してゆくと述べている。
山口 博(やまぐち ひろし、1932年1月8日 -2024年… 山口 博(やまぐち ひろし、1932年1月8日 -2024年8月8日 )は、日本の国文学者。富山大学名誉教授・聖徳大学名誉教授。。専門は日本古代文学。 1932年、東京都生まれ。1961年、東京都立大学大学院国文学博士課程を満期退学。 その後は富山大学人文学部講師となり、助教授、教授に昇格。1982年に学位論文『桓武朝より円融朝に至る王朝歌壇の研究』を都立大学に提出して文学博士号を取得。1983年、『万葉集』の編者を菅原道真とする説を唱えた。1985年から1986年、北京の日本学研究センターに研究滞在。1991年、富山大学を退職した。その後は新潟大学教授として教鞭をとり、1997年に定年退官。次いで聖徳大学教授を務めた。
中村 禎里(なかむら ていり、1932年〈昭和7年〉1月7日… 中村 禎里(なかむら ていり、1932年〈昭和7年〉1月7日 - 2014年〈平成26年〉3月13日)は、日本の生物学・生物史学者、立正大学名誉教授。専攻は科学史、民族生物学。日本科学史学会会員、日本医史学会会員。 東京生まれ。1958年東京都立大学生物学科卒業。同大大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。早稲田実業学校教諭を経て、1967年立正大学教養部講師。助教授、教授、1995年仏教学部教授。2002年定年退任、名誉教授。 生物学を中心に社会現象としての科学のあり方を研究。生物学周辺の歴史・民俗について多くの著書を著す。
長岡弘芳(ながおか ひろよし、1932年1月1日-1989年… 長岡弘芳(ながおか ひろよし、1932年1月1日-1989年8月14日)は、原爆文学研究者、詩人。本名は奥村弘芳。 東京出身。東京都立大学卒。千葉ベ平連に参加。原爆関係の文献をあつめ「原爆文献を読む会」「原爆体験を伝える会」の中心となる。1980年代初頭に刊行された〈日本の原爆文学〉シリーズの編集作業の中心を担った。1989年8月14日、自宅にて自殺。
円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月2… 円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月24日 - 2003年9月28日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 岩手県立盛岡第一高等学校卒。トーマス・マン、ロベルト・ムージルなどを研究、翻訳した。1995年に東京都立大学教授を定年退任後は、明治大学法学部兼任講師を務めた。
小野 経男(おの つねお、1931年12月22日 - 201… 小野 経男(おの つねお、1931年12月22日 - 2014年7月6日)は、日本の英語学者。名古屋大学名誉教授。 東京生まれ。1957年東京都立大学 (1949-2011)卒、1960年同大学院修士課程修了、西南学院大学講師、助教授、愛知県立大学助教授、名古屋大学教養部助教授、同総合言語センター、言語文化部教授。1993年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学教授。2003年岐阜済美学院(中部学院大学など)学院長。キリスト教徒。
牧野 洋一(まきの よういち、1931年10月4日 - )は… 牧野 洋一(まきの よういち、1931年10月4日 - )は、日本の地方公務員。東京都副知事や、東京都国民健康保険団体連合会理事長、全国信用保証協会連合会会長を務めた。 1954年東京都立大学人文学部卒業。1966年東京都民生局副主幹。1968年東京都民生局厚生部調査課長。1969年東京都民生局厚生部企画課長。1971年東京都民生局総務部庶務課長。1973年東京都民生局主幹。1976年東京都政策室参事。1979年東京都民生局総務部長。1981年東京都福祉局次長。1983年東京都立大学事務局長。1987年東京都労働経済局長。1990年東京都企画審議室長。1991年東京都副知事。1995年東京のあすを創る協会会長。
坂本 重雄(さかもと しげお、1931年8月25日 - 20… 坂本 重雄(さかもと しげお、1931年8月25日 - 2001年4月29日)は、日本の法学者。専門は、労働法・社会保障法。学位は、法学博士(旧東京都立大学)。静岡大学名誉教授。日本労働法学会代表理事、日本社会保障法学会代表理事等を歴任。大阪府大阪市出身。 1951年兵庫県立柏原高等学校卒業。1955年神戸大学法学部卒業。1958年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。吾妻光俊ゼミ出身。 1958年一橋大学法学部助手。1959年東京都立大学法経学部助手。1964年静岡大学文理学部助教授。1965年同人文学部助教授。1973年同人文学部教授。1979年静岡大学評議員(~1983年)。1983年同人文学部長(~1985年)。
山口 昌男(やまぐち まさお、1931年〈昭和6年〉8月20… 山口 昌男(やまぐち まさお、1931年〈昭和6年〉8月20日 - 2013年〈平成25年〉3月10日)は、日本の教育者・文化人類学者。東京外国語大学名誉教授、文化功労者、瑞宝中綬章受勲。位階は正四位。 1931年、北海道美幌町で9人兄弟の次男として生まれた。美幌尋常小学校、旧制網走中学校を経て、新制網走高校(現・北海道網走南が丘高等学校)に進学。1950年3月に卒業し、同年4月に青山学院大学文学部第二部仏文科に進学。在学中には、展覧会と古書店に頻繁に巡った。青山学院大学には1学期のみ通い、1951年に東京大学教養学部文化二類に入学。同学年に作曲家となる三善晃、美学者となる宇波彰らがいた。また、東京大学駒場美術研究会では、磯崎新らと親交を結んだ。
齋藤 雅子(さいとう まさこ、1931年〈昭和6年〉2月 -… 齋藤 雅子(さいとう まさこ、1931年〈昭和6年〉2月 - 2004年〈平成16年〉)は、日本の小説家、文筆家。東京都生まれ。東京都立大学仏文学科卒業。1955年から1965年まで共同通信社記者。1968年4月『早稲田文学』に「悲しみの人魚の歌」を発表、川端康成が、芥川賞候補になぜなっていないのかと称賛した。共同通信社を退社後は、リーダーズダイジェスト、FMfan、婦人画報等、雑誌のための取材やインタヴュー、英文和訳を数多く手がけ、1970年代末からは、古典文学の解説や平安京に取材した小説などを執筆した。没時まで、日本ペンクラブ会員。本名とは別に藤岡 雪子の筆名がある。 イタリア語作品の翻訳家で、第5回須賀敦子翻訳賞受賞者の齋藤ゆかりは、その子にあたる。
鷲 晴夫(わし はるお、1931年 - )は、日本の登山家で… 鷲 晴夫(わし はるお、1931年 - )は、日本の登山家である。主な著書に『なぜ山に登るのか』がある。 1931年に東京都で生まれる。東京都立大学大学院修士課程修了し、在日米軍総司令部、日本語教育学会などに勤務した。 『なぜ山に登るのか』は、1998年に出版された鷲晴夫の代表作。 「神が書かれた自然という名の書物"山"。登山とは、その神の書物をじっくりと読み、その崇高と美を味わうものである。」などとして登山を哲学的に述べたものである。
杉村 行勇(すぎむら ゆきお、1931年 - 1991年11… 杉村 行勇(すぎむら ゆきお、1931年 - 1991年11月9日)は、日本の地球化学者。海洋化学者。気象庁気象研究所地球化学部長。理学博士(東京都立大学)。 1950年(昭和25年)、静岡県立静岡城内高等学校卒業。1954年(昭和29年)、東京都立大学理学部化学科卒業。同年4月、神奈川県川崎市立塚越中学校教諭。1年で退職。1955年(昭和30年)、東京都立大学大学院入学、1960年(昭和35年)9月、博士課程満了。「現世堆積物の地球化学的研究」により理学博士。これに先立つ同年5月、気象庁気象研究所地球化学研究部に技術補佐員として採用、三宅泰雄に師事。1961年(昭和36年)、地球化学研究部第二研究室に配属。
高木 茂男(たかぎ しげお、1931年(昭和6年) - 20… 高木 茂男(たかぎ しげお、1931年(昭和6年) - 2001年(平成13年)4月9日)は、日本のパズル研究家である。 『Play puzzle』『パズル遊びへの招待』など、多くのパズル研究の著書がある。芦ヶ原伸之とはパズル懇話会設立のメンバーとしても一緒で交友があった。虫食い算の作者としても知られており、何冊かの本を自家出版している。 東京都立大学 (1949-2011)出身。
小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014… 小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014年9月10日)は、日本の英語学者、東京都立大学名誉教授。 東京府生まれ。父は官僚・政治家の小野哲。旧制武蔵高等学校卒、1953年東京大学文学部英文科卒業。同年学習院大学助手、1955年専任講師、1959年一橋大学専任講師、1962年東京都立大学助教授、1974年教授。1969年から1970年までペンシルヴェニア大学留学。1971年「英語法助動詞の発達」で文学博士(東京大学)。東京都立大学名誉教授、1988年昭和女子大学教授。2000年退職。中世英語英文学会会長、国際アングロサクソニスト学会(ISAS)名誉会員。妻は小野恭子(1930年 - )津田塾大学名誉教授[要出典](ジョイス研究)。
都留 信夫(つる のぶお、1930年10月31日 - 202… 都留 信夫(つる のぶお、1930年10月31日 - 2021年4月20日[要出典])は、日本の英文学者。明治学院大学名誉教授。 東京生まれ。旧・東京都立大学英文科卒、同大学院博士課程中退、明治学院大学文学部講師、助教授、教授、2001年名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
古田 幸男(ふるた ゆきお、1930年9月28日 - 201… 古田 幸男(ふるた ゆきお、1930年9月28日 - 2014年4月8日 )は、日本のフランス現代思想の研究者、翻訳家、詩人。法政大学名誉教授。筆名に矢田 修。 東京生まれ。1945年海軍兵学校(78期)中退、1950年第一高等学校文科乙類卒業、1953年東京都立大学仏文科卒、1955年同大学院修士課程修了、1960年東京医科歯科大学非常勤講師、1961年法政大学第一教養部講師、1968年助教授、同年フランス留学、1970年教授、2001年定年退職、名誉教授。 2010年瑞宝中綬章受勲。 安士正夫に師事し、ルネ・ジラール、エドガール・モランなどを翻訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
青柳 清孝(あおやぎ きよたか、1930年9月25日 - 2… 青柳 清孝(あおやぎ きよたか、1930年9月25日 - 2021年4月19日)は、日本の文化人類学者、国際基督教大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京都立大学人文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。1956-1958年米国テネシー州ナッシュビルのフィスク大学に学ぶ。1980年「都市化と黒人ファミリー テキサスからロサンゼルスへ」で都立大文学博士。1970年国際基督教大学教養学部助教授、1976年教授、1996年退任、名誉教授、京都文教大学人間学部教授を務めた。妻は青柳まちこ。
栗木 安延(くりき やすのぶ、1930年5月8日 - 200… 栗木 安延(くりき やすのぶ、1930年5月8日 - 2002年3月1日)は、日本のマルクス経済学者・歴史学者。専修大学名誉教授。博士(経済学)。 大分県中津市出身。雑貨商の家に生まれる。1944年、旧制大分県立中津中学校(現在の大分県立中津南高等学校・大分県立中津北高等学校の前身)在学中に、熊本陸軍幼年学校に入学した。しかし、敗戦に伴い、陸軍幼年学校は解散し、中津中学校に復学した。中学校卒業後、旧制第五高等学校(現在の熊本大学)への入学を希望したが、GHQが軍関係の学校に在籍していた者の旧制高等学校入学者に占める割合を制限したため、やむなく1948年、官立明治工業専門学校(現在の九州工業大学)に進学した。
高田 衛(たかだ まもる、1930年4月17日 - 2023… 高田 衛(たかだ まもる、1930年4月17日 - 2023年7月5日)は、日本の日本近世文学研究者。旧・東京都立大学名誉教授。 富山県砺波市生まれ。生家は老舗料理旅館の水月楼(現:すいげつろうホテル)。早稲田大学第二文学部日本文学科卒業、同大学院文学研究科修士課程、東京都立大学大学院博士課程修了。立正学園女子短期大学(現・文教大学女子短期大学部)、都立大学、近畿大学の教職を歴任。 専攻は上田秋成研究であったが、1980年に中公新書で『八犬伝の世界』を刊行し、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』を道教的な視点から分析し、伏姫を文殊菩薩、八犬士を八大童子とみる説を出して注目を集めた。近世後期の幻想文学の著述紹介に力を注ぐ。
吉田 次郎(よしだ じろう、1930年4月3日 - )は、… 吉田 次郎(よしだ じろう、1930年4月3日 - )は、日本の地方公務員、経営者。神奈川県総務部長、テレビ神奈川社長を務めた。神奈川県横浜市出身。勲四等瑞宝章受章。 1954年に東京都立大学人文学部を卒業し、同年に神奈川県庁に入庁。総務部長、湘南国際村専務を経て、1994年6月にテレビ神奈川社長に就任し、1998年6月までに務めた。2000年春の叙勲で勲四等瑞宝章を受章。
加藤 文三(かとう ぶんぞう、1930年3月18日- )は、… 加藤 文三(かとう ぶんぞう、1930年3月18日- )は、日本の教師、歴史家。 配偶者は、加藤好子。 東京生まれ。東京都立大学 (1949-2011)卒業。江東区立第二砂町中学校などで33年間社会科を教える。 埼玉大学などで講師として社会科教育法を担当。東京都歴史教育者協議会の一員として活動し、日教組の教育研究集会などで、教育実践の報告を重ねた。
早乙女 忠(さおとめ ただし、1930年 - )は東京都出身… 早乙女 忠(さおとめ ただし、1930年 - )は東京都出身の英文学者。中央大学名誉教授。専門はイギリス文学。 1958年に旧・東京都立大学大学院人文科学研究科(英文学専攻)博士課程を修了する。都立高校教諭を経て、中央大学文学部教授となる。イギリス文学を主に研究し、著作・翻訳等で多数の成果を発表した。
林 青梧(はやし せいご、1929年11月19日 - 200… 林 青梧(はやし せいご、1929年11月19日 - 2007年3月30日)は、日本の小説家、作家。 平壌生まれ。本名・亀谷(かめがい)梧郎。1946年内地へ帰り、東京都立大学 (1949-2011)英文科卒。日本大学豊山高等学校教諭。 朝鮮での敗戦体験を小説にし、『円卓』『文学者』などに発表。のち南京大学客員教授。 1958年「第七車輛」で芥川賞候補、「ふりむくな奇蹟は」で同、59年「橋《九月十一日》」で同、1961年「仁王」で直木賞候補、64年『誰のための大地』で同、70年『南北朝の疑惑』で同。計六回、芥川・直木賞候補となった。 第1回社会党文芸賞、中国国家友誼奨を受けた。 なお、目黒寄生虫館を創設した亀谷了は実兄にあたる。
幡谷 豪男(はたや ひでお、1929年〈昭和4年〉8月23日… 幡谷 豪男(はたや ひでお、1929年〈昭和4年〉8月23日 - 2010年〈平成22年〉8月6日)は、日本の政治家。大阪府堺市長(第17代)。市制施行100周年を担当し、21世紀まで3期連続して就任した。 千葉県、現在の成田市出身。大阪府企画部長、堺市助役などを経て、1989年(平成元年)に堺市長に当選し3期12年間務めた。 1期目の1991年、市制施行100周年事業を締めくくる新庁舎の完成、21世紀を目指す第三次総合計画の開始を担った。 2010年8月6日午後9時28分、胃癌のため堺市の病院で死去。80歳没。
絹川 正吉(きぬかわ まさきち、1929年3月7日 - 20… 絹川 正吉(きぬかわ まさきち、1929年3月7日 - 2025年1月23日)は、日本の数学者。国際基督教大学名誉教授・元学長。専門は解析学、フーリエ解析。Ph.D.(ノースウェスタン大学)。神奈川県横浜市出身。 2025年1月23日召天。95歳没。 『教養と大学スタッフ』、東信堂、2022年 (出典:『ACADEMIA』2021年・No.180、全国日本学士会)
泉 治典(いずみ はるのり、1928年9月16日 - 201… 泉 治典(いずみ はるのり、1928年9月16日 - 2011年6月1日)は、日本の哲学・聖書研究者。東洋大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。旧・東京都立大学大学院博士課程単位取得退学。東洋大学講師、助教授、教授、1992年定年退任、名誉教授。はじめ実存哲学を研究し、のち聖書、アウグスティヌスなどを研究する。
渡辺 富美雄(わたなべ ふみお、1928年5月25日 - )… 渡辺 富美雄(わたなべ ふみお、1928年5月25日 - )は、日本の日本語学者・国語教育学者。 山梨県富士吉田市生まれ。1956年東京都立大学大学院人文科学研究科国語学修士課程修了。新潟大学教育学部助教授、教授、1978年頃文部省初等中学教育局小学校教育課教科調査官および同教育局主任視学官を経て、1997年頃東京家政学院大学教授、同大学院研究科長。新潟県の方言研究を行った。
奥平卓(おくだいら たかし、1928年3月10日 - )は、… 奥平卓(おくだいら たかし、1928年3月10日 - )は、日本の中国文学者。北海道情報大学教授を歴任。 東京生まれ。東京都立大学 (1949-2011)大学院中国文学科修士課程修了。高校教諭、短大教師、北京外国語師範学院教員、北海道情報大学教授を歴任。
剣持武彦(けんもち たけひこ、1928年2月25日 - 20… 剣持武彦(けんもち たけひこ、1928年2月25日 - 2007年2月2日)は、日本の比較文学者。 神奈川県横浜市生まれ。東京都立大学 (1949-2011)大学院修士課程修了。二松學舍大学教授(のち名誉教授)、上智大学教授、1993年より清泉女子大学教授。日本比較文学会理事、島崎藤村学会会長を務めた。島崎藤村のフランス体験など、比較文学に業績があった。長男は静岡県立大学准教授の剣持久木。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
村武 精一(むらたけ せいいち、1928年(昭和3年) - … 村武 精一(むらたけ せいいち、1928年(昭和3年) - )は、日本の社会人類学者。文学博士(東京都立大学・論文博士・1988年)(学位論文「祭祀空間の構造」)。東京都立大学名誉教授。 広島県生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。1988年「祭祀空間の構造」で文学博士(東京都立大学)の学位を取得。都立大助手、講師、助教授、教授、1990年定年退官、名誉教授、青山学院女子短期大学教授、共立女子大学総合文化研究所教授。沖縄・東南アジア、オセアニアの民族学研究をおこなった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
浅部 宏(あさべ ひろし、1927年7月20日 - )は、日… 浅部 宏(あさべ ひろし、1927年7月20日 - )は、日本の経営者。ぺんてる社長を務めた。 北海道出身。1948年に都立理工専門学校を卒業し、同年にぺんてるに入社。1968年に取締役に就任し、1987年に専務を経て、1991年6月から2002年6月までに社長を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
高橋 統一(たかはし とういち、1927年 - 2014年2… 高橋 統一(たかはし とういち、1927年 - 2014年2月18日)は、文化人類学者、東洋大学名誉教授。 1954年東京都立大学 (1949-2011)文化人類学卒、同大学院修士課程修了、74年「宮座の構造と変化 祭祀長老制の社会人類学的研究」で東洋大学社会学博士。1959年東洋大学社会学部講師、助教授、教授、98年定年、名誉教授。
相馬 庸郎(そうま つねお、1926年8月30日 - )はの… 相馬 庸郎(そうま つねお、1926年8月30日 - )はの日本の日本文学研究者。元神戸大学教授。専門は日本近代文学。 新潟県中条町(現・胎内市)に生まれる。1942年に新潟県立新発田中学を卒業し、1945年に海軍経理学校を卒業する。戦後、法政大学文学部日本文学科(通信教育課程)を卒業し、1961年に東京都立大学大学院博士課程を修了する。1962年から東京都立大学附属高等学校の国語科教諭、1967年から神戸大学教育学部助教授、1975年から神戸大学文学部教授を務め、1987年に退職する。主に自然主義や正岡子規、高浜虚子、柳田國男、深沢七郎など明治期から現代に架けての日本近代文学の研究に努めた。2001年に『深沢七郎』でやまなし文学賞(研究評論部門)を受賞。
日下 喜一(くさか きいち、1926年4月8日 - )は、日… 日下 喜一(くさか きいち、1926年4月8日 - )は、日本の政治学者。青山学院大学名誉教授。 北海道出身。早稲田大学卒業。東京都立大学大学院社会科学研究科政治学科博士課程修了、法学博士。拓殖大学助教授、青山学院大学法学部助教授、教授。94年定年退職、名誉教授、関東学院大学教授。2000年退職。
江河 徹(えがわ とおる、1926年 - )は、英文学者、立… 江河 徹(えがわ とおる、1926年 - )は、英文学者、立教大学・フェリス女学院大学名誉教授。 大分県日田市生まれ。1962年東京都立大学 (1949-2011)大学院英文学専攻博士課程修了。立教大学助教授、教授、1992年フェリス女学院大学教授。2002年定年、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
村上 直(むらかみ ただし 1925年7月2日 - 2014… 村上 直(むらかみ ただし 1925年7月2日 - 2014年2月10日)は、日本の近世史研究者。法政大学名誉教授。大久保長安研究で知られる。 東京に生まれる。東京第一師範学校を経て1951年に法政大学文学部卒業。日本史を専攻し、東京都立大学 (1949-2011)大学院修了。法政大学文学部助教授、1973年教授。1974年に論文「江戸幕府代官制度の研究」により文学博士の学位を取得。1978年同大文学部長。1993年川崎市文化賞(学術)。1996年定年、名誉教授。 研究テーマは、江戸幕府の政治、関東を中心とした代官や幕領、江戸近郊の地域史であった。江戸時代初頭に石見銀山などの代官を務めた大久保長安に関する論文を生涯で28編書いており、そのうち15編が最後の著書『論集 代官頭大久保長安の研究』に収められた。
吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924… 吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924年2月8日 - 2003年4月15日)は、日本の哲学・倫理学研究家。ニーチェを主とした近代ドイツ哲学研究で知られる。東京都立大学名誉教授。 1924年(大正13年)、大阪府に生まれる。1941年(昭和16年)に大阪府立高津中学校を卒業後、旧制一高に進学。1949年(昭和24年)に東京帝国大学文学部倫理学科を卒業。和辻哲郎から教えを受けた最晩年の弟子の一人であり、和辻にその人柄と秀逸な研究をこよなく愛された愛弟子だった。 卒業後は東京都立大学教授となる。1987年に定年退官。2003年に死去。急死した最愛の長男の墓に永眠している。 専門は近代ドイツ哲学。
渡辺 淳(わたなべ じゅん、1922年12月12日 - 20… 渡辺 淳(わたなべ じゅん、1922年12月12日 - 2021年10月20日)は、日本の評論家(とくに演劇・映画)、フランス文学者、翻訳家。旧・東京都立大学名誉教授。本名は名前を「あつし」と読む。兄の渡辺仁は人類学者で、東京大学教授ほかを務めた。 三重県久居町(現津市)生まれ。三重県立宇治山田中学校(現三重県立宇治山田高等学校、3年まで)、長野県立松本中学校(現・長野県松本深志高等学校)、旧制富山高等学校を経て、1943年に東京帝国大学文学部仏文学科に入学したが、同年学徒出陣の対象者となる。1945年まで兵役(海軍)に就き、戦後に復学(渡辺一夫に師事)して1948年卒業。 戦後、まず現代フランス文学、とくにナチス・ドイツの占領を契機に変貌した文芸・思想の紹介、評論を各種新聞、雑誌、単行本上に発表してデビュー。
大石 修平(おおいし しゅうへい、1922年3月26日 - … 大石 修平(おおいし しゅうへい、1922年3月26日 - 1991年5月25日)は、日本の近代文学研究者。元東京都立大学人文学部教授。 富山県氷見郡氷見町(現氷見市)出身。父は農政家で氷見農業学校校長、衆議院議員の大石斎治。富山県立氷見中学校 (現・富山県立氷見高等学校)、富山高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学文学部国文科に進学するが、文系学生に対する徴兵免除停止に伴い、1943年に繰上卒業して軍務に服する。 出征から帰還後、1947年に富山県立富山師範学校助教授となる。同年度に附属中学校国語担当講師も務めた。1949年東京都立高校(東京都立大学附属高等学校)教諭。高岡市在住の和田侃が自らの戦中戦後の体験から、作文をとおして「自分で見て自分でものを考えることができる人間に」育てるために発行した『中学作文』に、指針となる著作を多数寄稿。
梶原 しげよ(かじわら しげよ、本名・髙村しげよ(たかむら … 梶原 しげよ(かじわら しげよ、本名・髙村しげよ(たかむら しげよ)、1920年(大正9年)4月23日 - 2015年(平成27年)11月8日)は、日本の詩人。 宮城県気仙沼市唐桑町出身。実家は早馬神社。気仙沼実科高等女学校(宮城県鼎が浦高等学校、統合され現 宮城県気仙沼高等学校)卒業。 10代から短歌や詩を書き始め、高等女学校卒業後、国語教師として小学校に勤務してから短歌と詩の投稿をはじめる。1952年、唐桑小学校校歌を作詞。1953年に髙村智(フランス文学者で、のち東京都立大学教授)と結婚した。 1959年に 第一詩集『生と死のうた』を出版し、2011年までに16の詩集を残す。95歳で生涯を閉じるまで、一貫して、生と死をテーマにした詩を紡ぎ、その詩は何カ国語にも訳され、20世紀芸術世界賞をはじめとして海外でも数々の賞を受け、ローマ、ヴェネツィア、モスクワ等より名誉作家として認定される。
関 嘉彦(せき よしひこ、1912年11月19日 - 200… 関 嘉彦(せき よしひこ、1912年11月19日 - 2006年5月4日)は、社会思想史家。政治家。東京都立大学名誉教授。法学博士(京都大学、1962年)。元参議院議員(1期)。イギリス労働党の日本における紹介者として知られる。福岡県福岡市生まれ。
北島 正元(きたじま まさもと、1912年8月7日 - 19… 北島 正元(きたじま まさもと、1912年8月7日 - 1983年11月1日)は、日本の歴史学者。東京都立大学名誉教授。専門は近世日本史。 新潟県柏崎市生まれ。旧制長野中学(長野県長野高等学校)、松本高等学校文科乙類を卒業 し、1935年東京帝国大学文学部国史学科卒業。卒業論文は「徳川幕府直領の研究」。近世政治経済史を専攻し、1962年に「江戸幕府の権力構造」により東北大学から文学博士の学位を授与される。 1950年新潟大学助教授、1951年東京都立大学 (1949-2011)助教授、1959年同大学教授、同大学附属図書館長、1977年定年退官後は立正大学教授を務め、1983年退職。専門書のほか、一般向けの著書・編著を多く著した。
山下 俊郎(やました としお、1903年12月4日 - 19… 山下 俊郎(やました としお、1903年12月4日 - 1982年3月19日)は、日本の教育心理学者。東京都立大学名誉教授。 鹿児島県鹿児島市下竜尾町出身。鹿児島一中 (旧制)、第一高等学校 (旧制)を経て、1928年東京帝国大学文学部心理学科卒。1962年「幼児における基本的習慣の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。大日本婦人連合会家庭教育相談所、愛育会・愛育研究所所員、同教養部長、愛育幼稚園長、東京家政大学教授をへて、旧・東京都立大学教授となる。1967年定年退官、名誉教授となり、再度東京家政大学教授、同付属みどりヶ丘幼稚園長、川村短期大学教授。日本保育学会会長を務めた。
大槻 勤(おおつき つとむ)は、日本の核化学者。京都大学名誉… 大槻 勤(おおつき つとむ)は、日本の核化学者。京都大学名誉教授。放射化学会賞受賞。 宮城県角田高等学校卒。東京都立大学大学院理学研究科修了。理学博士。東北大学電子光理学研究センター光量子反応研究部准教授、京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻同位体利用化学講座教授を経て、京都大学複合原子力科学研究所粒子線基礎物性研究部門研究員、京都大学名誉教授、京都大学複合原子力科学研究所特任教授。高効率・高品質なアクチニウム225の製造技術を世界で初めて確立するなどした。ベリリウム-7の研究により、日本放射化学会賞を受賞。