小林 昭(こばやし あきら、1941年2月16日 - 200… 小林 昭(こばやし あきら、1941年2月16日 - 2003年1月6日)は、日本の経済学者。金沢大学教授。専門は地方財政論。 新潟県南魚沼郡六日町(現在の南魚沼市)生まれ。金沢大学法文学部経済学科(現在の金沢大学人間社会学域経済学類)に入学し、在学中は宮本憲一の指導を受ける。1964年3月に金沢大学法文学部を卒業し、同年4月に同助手に採用される(金沢大学の前身である第四高等学校から名古屋大学に進学した宮本憲一も、大学卒業後金沢大学法文学部助手に採用されている)。1965年3月に金沢大学法文学部助手を辞職し、同年4月に名古屋大学経済学研究科修士課程に入学する。大学院在学中は、宮本憲一の指導教員であった水田洋の指導を受ける。
西村 勇(にしむら いさむ、1941年1月31日 -)は、日… 西村 勇(にしむら いさむ、1941年1月31日 -)は、日本の医師、著述家。元通産官僚・特許庁審査官。 名古屋大学工学部を卒業し、通商産業省に入省して官僚生活を送った後、金沢大学で医学を学んで医師免許を取得し、へき地医療に身を投じたという特異な経歴を持つ。 2012年10月1日、それまで赴任した医師が3代連続して1年以内に職を辞していた秋田県北秋田郡上小阿仁村の上小阿仁国民健康保険診療所の所長に就任し、話題となったが、わずか1か月で、体調不良を理由に辞意を表明した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
斉藤 武(さいとう たけし、1941年- )は、日本の法学者… 斉藤 武(さいとう たけし、1941年- )は、日本の法学者。商法学者。専門は、商法・国際取引法。 1963年金沢大学法文学部卒業。1965年東北大学大学院法学研究科修士課程修了。1965年同法学部助手や 仙台法経専門学校兼任講師を経て、1967年小樽商科大学商学部専任講師。1973年立命館大学法学部助教授。1988年に立命館大学国際関係学部設置に伴い教授に就任。後に、同法学部教授。2005年龍谷大学法科大学院教授。2011年同定年退職。立命館大学名誉教授。龍谷大学法科大学院客員教授(~2013年)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は… 廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は、日本の計算機科学者。金沢大学名誉教授。理学部計算科学科教授、大学院自然科学研究科特任教授を歴任。学位は工学博士。 石川県金沢市出身。1963年に金沢大学理学部を卒業、1966年に金沢大学理学研究科修士課程を修了。1970年金沢工業大学助教授、1973年金沢大学助教授、1985年から金沢大学教授、2006年から金沢大学大学院特任教授。2009年には、「超音波計測による骨密度評価法の開発育成」で文部科学大臣賞を受賞した。2021年瑞宝中綬章受章。
谷 順二(たに じゅんじ、1940年11月20日 - 201… 谷 順二(たに じゅんじ、1940年11月20日 - 2012年8月27日) は、日本の機械工学者。東北大学名誉教授。元東北大学流体科学研究所所長。元日本AEM学会副会長。 1963年金沢大学工学部機械工学科卒業、金沢大学工学部助手。1966年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1969年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了、工学博士。 東北大学高速力学研究所講師。1971年東北大学高速力学研究所助教授。1974年東北大学高速力学研究所教授。1989年東北大学流体科学研究所教授。 1990年日本AEM学会副会長。1992年日本機械学会機械力学・計測制御部門副部門長。1993年日本機械学会機械力学・計測制御部門部門長。
小堀 紀久生(こぼり きくお、1940年6月15日 - 20… 小堀 紀久生(こぼり きくお、1940年6月15日 - 2003年11月17日)は、日本の行政官。元人事院事務総長。石川県金沢市出身。 金沢大学法文学部卒業。人事院事務総局給与第三課長、人事院給与局長等を経て、1997年1月16日より人事院事務総長(~1998年12月26日まで)。退官後は社団法人日本人事管理協会理事長を務めたが、2003年11月17日、腎臓癌のため東京都内の病院にて死去。享年63。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
三井 徹(みつい とおる、1940年3月31日 - 2023… 三井 徹(みつい とおる、1940年3月31日 - 2023年2月19日)は、日本の音楽学者、英文学者。金沢大学名誉教授。 佐賀県佐賀市生まれ。福井県小浜市育ち。1964年、九州大学大学院文学研究科修了。1967年、インディアナ大学大学院民俗学研究科博士課程中退。1964年から愛知大学勤務、1969年、金沢大学講師、助教授、教授。2005年、定年退官、名誉教授。 本来の専門は英文学だが、のちに日本のアカデミズムにおけるポピュラー音楽研究の第一人者となった。国際ポピュラー音楽学会会長(1993年 - 1997年)、日本ポピュラー音楽学会会長などを歴任。ケンブリッジ大学出版局発行の「ポピュラー・ミュージック」国際顧問編集者もつとめた。
直江 正彦(なおえ まさひこ、1940年3月 - 2015年… 直江 正彦(なおえ まさひこ、1940年3月 - 2015年5月12日)は、日本の工学者。元東京工業大学教授。石川県出身。専門は電子・電気材料工学で、磁性薄膜デバイス・薄膜作製技術・垂直磁気記録方式が研究テーマであった。
藤嶋 輝義(ふじしま てるよし、1940年2月13日 - )… 藤嶋 輝義(ふじしま てるよし、1940年2月13日 - )は、日本の経営者。日本ペイント社長、会長を務めた。 石川県出身。1963年に金沢大学理学部化学科し、同年4月に日本ペイントに入社。1991年4月に理事に就任し、1993年6月に取締役、1995年6月に常務、1997年6月に専務を経て、2001年6月には社長に就任。2005年6月には非常勤相談役に就任。
小田 禎彦(おだ さだひこ、1940年(昭和15年)2月7日… 小田 禎彦(おだ さだひこ、1940年(昭和15年)2月7日 - )は、日本の実業家、和倉温泉・加賀屋元代表取締役会長・社長、現・代表取締役相談役、公益社団法人石川県観光連盟理事長、一般社団法人能登半島広域観光協会理事長、和倉温泉観光協会会長、公益財団法人日本交通公社評議員、JTB元取締役、JTB協定旅館ホテル連盟元会長。妻は小田真弓。 1940年、石川県七尾市生まれ。1955年3月、金沢大学教育学部附属中学校を卒業。1958年3月、金沢大学教育学部附属高等学校を卒業。1962年3月、立教大学経済学部経営学科を卒業後、加賀屋に入社。 1979年に代表取締役社長、2000年代表取締役会長に就任。 石川県人事委員会委員、石川県観光連盟理事長、七尾商工会議所副会頭、和倉温泉観光協会会長、能登半島広域観光協会理事長などの公職を務め、観光業の発展に尽力し、2003年には政府選定の「観光カリスマ」に選ばれた。
吉居 亨(よしい とおる、1940年1月2日 - 2017年… 吉居 亨(よしい とおる、1940年1月2日 - 2017年1月13日)は、日本の経営者。山善社長を務めた。滋賀県米原市出身。 1963年に金沢大学法文学部を卒業し、同年に山善に入社。 1986年12月に取締役に就任し、1991年4月に常務、1999年5月に専務を経て、2001年6月に副社長に就任し、2003年4月には社長に昇格。2014年10月には会長に就任。 2017年1月13日肺ガンのために死去。77歳没。
江畑 敬介(えばた けいすけ 1940年 - )は、日本の精… 江畑 敬介(えばた けいすけ 1940年 - )は、日本の精神科医。 1965年金沢大学医学部卒業。 1970年金沢大学大学院修了。 1971年から1974年まで富山県立中央病院神経科医員。 1974年から1977年まで米国で精神化臨床研修医。 1977年から1983年まで年東京都精神医学総合研究所社会精神医学研究員。 1983年から1989年まで東京都立松沢病院精神科医長。 1989年から1996年まで東京都立松沢病院精神科部長。 1996年から2001年まで東京都立中部総合精神保健福祉センター所長。 1997年に多文化間精神医学会賞を受賞。 1997年度にはポケモンショックで引き起こされた症状の実態を把握し、症状が表れる原因を明らかにして、脳に与える影響や対策を検討する研究を行った。
梶原 良道(かじわら よしみち、1940年 - )は、日本の… 梶原 良道(かじわら よしみち、1940年 - )は、日本の地球科学者。専門は、鉱床学・地球化学。 1963年金沢大学理学部地学科を卒業後、東京大学大学院数物系研究科地質学課程へ進学、1968年博士課程を修了。理学博士の学位を取得し(博士論文の表題は「Geology and ore deposits of the Shakanai mine : genesis of the ”Kuroko” ore deposit (釈迦内鉱山の地質と鉱床))、東京教育大学(筑波大学の前身)理学部助手となる。筑波大学で助教授・教授を勤め、2004年定年退職。2000~2002年資源地質学会会長。 大学院で渡辺武男教授の指導を受け、秋田県北鹿地域の黒鉱鉱床の研究を行い、釈迦内鉱床で鉱石の再堆積構造を記述するなどで、黒鉱が同生鉱床であることを立証することに貢献した。
宮村 實晴(みやむら みはる、1940年 - )は、日本の体… 宮村 實晴(みやむら みはる、1940年 - )は、日本の体育学者。名古屋大学名誉教授。日本国内における呼吸と生理学の第一人者。 石川県生まれ。1963年金沢大学教育学部卒業後、1969年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。1983年より名古屋大学保健体育科学センター教授。名古屋大学退官後、2004年より東海学園大学人間健康学部教授を経て、2012年より金沢星稜大学間科学部特任教授。低酸素下における呼吸応答、高所トレーニングの効果等についても多くの研究成果を残す。2022年、瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中川 了滋(なかがわ りょうじ、1939年12月23日 - … 中川 了滋(なかがわ りょうじ、1939年12月23日 - )は、日本の元裁判官、弁護士。石川県津幡町出身。元最高裁判所判事(2005年1月19日 - 2009年12月22日)。金沢大学法文学部10期生。金沢大学同窓会(北の都会)の東京支部長。東京都文京区在住。
小阪 憲司(こさか けんじ、1939年11月8日 - 202… 小阪 憲司(こさか けんじ、1939年11月8日 - 2023年3月16日)は、日本の精神科医、医学者。横浜市立大学名誉教授。学位は、医学博士(順天堂大学・1982年)。レビー小体型認知症(英: Dementia with Lewy Bodies; DLB)の発見者として知られる。三重県伊勢市出身。 1976年にレビー小体型認知症の症例を世界で初めて報告し、1978年にさらに3例を発表した。その後もレビー小体型認知症の診断、治療の発展に貢献した。その功績が評価され、2013年度朝日賞を受賞した。
永松 博文(ながまつ ひろふみ、1939年7月3日 - )は… 永松 博文(ながまつ ひろふみ、1939年7月3日 - )は、日本の政治家。大分県豊後高田市長(2005年の市町村合併後)を3期、旧豊後高田市長を2期務めた。昭和の町による豊後高田市の地域おこしの推進で知られる。
岡本 宏(おかもと ひろし、1939年4月10日 - )は、… 岡本 宏(おかもと ひろし、1939年4月10日 - )は、日本の医学者、東北大学監事・名誉教授、医学博士(京都大学)。研究の中心は細胞の生死のメカニズムを解明することであり、特にインスリンを産出する膵臓細胞が壊れる仕組みを解明したことで知られる。瑞宝中綬章受章、日本学士院賞受賞。 古書の蒐集が趣味で、ニューヨークの古書店から約300万円で購入した種の起源の初版本を、東北大学附属図書館が百周年を迎えるのに合わせて寄贈した。
徳沢 愛子(とくざわ あいこ、1939年〈昭和14年〉1月2… 徳沢 愛子(とくざわ あいこ、1939年〈昭和14年〉1月29日 - )は、日本の詩人。石川県出身。 1939年、石川県金沢市生まれ。1947年、金沢泉丘高等学校 卒業。1951年、金沢大学 教育学部 卒業 ※金沢方言詩集:『ほんなら おゆるっしゅ』、『いちくれどき』、『花いちもんめ』金沢方言詩集『金沢方言集』、金沢方言詩集 2『金沢方言集Ⅱ』、金沢方言詩集 3『金沢方言集Ⅲ』※中日新聞社で紹介:https://www.chunichi.co.jp/article/513474 「英霊の名誉を守り顕彰する会」の会長である佐藤和夫の実姉。彼の招きにより宗教研究の例会にて自身の宗教について講演した(2022年10月21日文教シビックホール)講演風景:https://www.nicovideo.jp/watch/sm41272723 https://bungeikan.japanpen.or.j
粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023… 粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023年3月24日)は、日本の政治家、実業家。位階は正五位。参議院議員(1期)を務めた。 1957年金沢大学附属高等学校卒業。1983年、全国電気通信労働組合(全電通)石川県委員長を経て衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧石川県第2区(現在の石川3区)から立候補するが落選する。1989年、第15回参議院議員通常選挙に連合の会(後の民主改革連合)から立候補。定数1の石川県選挙区で現職で自由民主党公認の嶋崎均を抑えて初当選する。 1993年、奥田敬和の自民党離党、新生党結成により協力関係を構築し、翌年の県知事選で推薦した谷本正憲が当選したことで県政の主流派に属する。
春日 敏夫(かすが としお、1939年 - )は日本の医学者… 春日 敏夫(かすが としお、1939年 - )は日本の医学者。放射線医学者。金沢大学名誉教授。 同年信州大学医学部放射線医学講座 助手、1991年(平成3年)から信州大学医学部附属病院 講師、1995年(平成7年)から信州大学医学部附属病院 助教授を務めた。
鶴来 紘一(つるぎ こういち、1939年または1940年 -… 鶴来 紘一(つるぎ こういち、1939年または1940年 - )は、日本の地方公務員。神戸市都市計画局長、同市建設局長、同市助役、同市住宅供給公社理事長を歴任。瑞宝小綬章受章。 石川県立金沢泉丘高等学校卒業、金沢大学工学部土木工学科卒業。神戸市役所入庁後、都市計画畑を歩み、都市計画局計画部計画課長、土木局西土木事務所長、都市計画局計画部長、企画調整局参与(技術担当)などを歴任後、1995年 (平成7年) 1月17日 阪神・淡路大震災発生。同月25日 市都市計画局長だった鶴来は建設省幹部に対し新長田駅南側について区画整理と再開発を要望。スピード重視の計画策定の中心を担った。1997年4月 都市計画局長を松下綽宏と交代し市田清弘の後任として建設局長、同年11月 前野保夫とともに神戸市助役。
加藤 宏子(かとう ひろこ、旧姓:辻、1938年11月29日… 加藤 宏子(かとう ひろこ、旧姓:辻、1938年11月29日 - )は、石川県金沢市出身の元体操競技選手。1964年東京オリンピック体操女子団体銅メダリスト。夫は1968年メキシコオリンピック体操団体金メダリストの加藤武司。金沢大学卒業。 藤花高(現金沢龍谷高)でインターハイ個人総合2連覇と活躍。地方で練習環境に恵まれず、指導者も元飛び込みの選手で体操の経験は皆無だった。1956年メルボルンオリンピック最終予選で次点で落選し、初の五輪出場を逃す。代表選手のほとんどが東京を拠点とする中、生まれ育った金沢にこだわり、強化合宿のたびに金沢‐東京間を夜行列車で片道8時間かけて上京した。 都内の大学への進学を目指したが家庭の事情で諦め地元の金沢大に進んだものの、女子体操部員は一人だけで、合宿のたびに上京する生活が続いた。
杉原 弘泰(すぎはら ひろやす、1938年5月18日 - 2… 杉原 弘泰(すぎはら ひろやす、1938年5月18日 - 2020年11月28日)は、日本の検察官。位階は正三位。 石川県立金沢泉丘高等学校を経て、金沢大学法文学部卒業。 法務省保護局長、公安調査庁長官、高松高等検察庁検事長、広島高等検察庁検事長、大阪高等検察庁検事長などを歴任。公安調査庁長官時代はテロ事件を起こしたオウム真理教に対して破壊活動防止法に基づく解散請求(オウム真理教破壊活動防止法問題)を行ったが、公安審査委員会により却下された。 退官後は第一東京弁護士会登録。国士舘大学教授、東京福祉大学特任教授などを歴任。また、王子製紙、イオンクレジットサービス株式会社、北海道銀行、三菱ケミカルホールディングス、北陸電力等の社外監査役を務めた。
藤村 延魚(ふじむら えんぎょ、1938年2月11日 - )… 藤村 延魚(ふじむら えんぎょ、1938年2月11日 - )は、日本のホテルマン、国際観光ジャーナリスト。有限会社フジプラン代表取締役。元チョイスホテルズインターナショナル副社長兼日本支社長。現在は東京都杉並区在住。 長野県上田市小泉出身。長野県上田高等学校、1962年金沢大学文学部哲学科(人間学科)卒業。大学時代は馬術部に所属していた。 59歳まで約40年間、米国やマレーシア等世界各国のホテルで勤め、国際ホテルマンとして名が知られるようになる。東京のヒルトンホテルに勤務後、アメリカへ留学。フロリダ州立大学経営学部、サンフランシスコ市立大学ホテル経営学部卒業。 マレーシアのクアラルンプールに6年間滞在、リージェントホテル営業部長として勤務。
工藤力男(くどう りきお、1938年 - )は、日本の日本語… 工藤力男(くどう りきお、1938年 - )は、日本の日本語学者。 1938年、秋田県秋田市新屋で生まれた。金沢大学法文学部を卒業し、京都大学大学院文学研究科に進んだ。修士課程を修了。 修了後は愛知県・大阪府の高等学校教諭を経て、広島女子大学文学部助教授に就いた。岐阜大学教育学部助教授に転じ、後に同教授昇格。1994年、成城大学文芸学部教授に就いた。2009年に成城大学を定年退職。
高野 陽(たかの あきら、1938年 - )は、日本の小児医… 高野 陽(たかの あきら、1938年 - )は、日本の小児医学者、東洋英和女学院大学名誉教授。 富山県に生まれる。1963年金沢大学医学部卒業。1970年「小児の発育に関する追跡研究」で徳島大学より医学博士の学位を取得。国立公衆衛生院母性小児衛生学部、東洋英和女学院大学人間科学部教授。2009年定年退職、名誉教授。2009年度より北陸学院大学幼児教育学科教授。
全田 浩(ぜんだ ひろし、1938年 - 2009年6月7日… 全田 浩(ぜんだ ひろし、1938年 - 2009年6月7日)は、日本の薬学者、薬剤師、薬学博士。福島県出身。1999年 - 2006年まで日本病院薬剤師会会長を勤め、薬学教育6年制の実現や病院薬剤師の配置問題に尽力し、2006年には厚生労働大臣表彰を受けた。 病院薬剤師としての評価が高いが、薬剤師として活躍する前には実は天然有機科学研究者として将来を嘱望されていた。有機化学者としても頭角を現したのは東京大学大学院時代。当時、日本の有機化学会で最もレベルの高い研究をしていた東大薬学部の薬化学教室、ここは近藤平三郎、落合英二、岡本敏彦と当代超一級の有機化学者が歴代の教授を務め、窒素を含む天然有機化合物(アルカロイド)の研究で世界的な成果を次々と発表した。
田島 和生(たじま かずお、1937年12月29日 - )は… 田島 和生(たじま かずお、1937年12月29日 - )は、日本の俳人。大学時代より俳誌「風」に所属し沢木欣一に師事。2008年に林徹より俳誌「雉」を主宰継承。 石川県加賀市に生まれる。小学5年時、国語教諭に作品を褒められた、という理由で俳句を始める。高校3年時、旺文社主催の高校文芸誌コンクール俳句の部にて山口青邨の入選を受ける。金沢大学文学部哲学科入学後、沢木欣一の俳誌「風」に入会、師事する。楠本憲吉の特選となる。大学卒業後、新聞社に入社。愛媛県にて勤務時、「えひめ歳時記」を2年間連載する。のちに「えひめ俳句歳時記」として出版。1985年、林徹主宰の俳誌「雉」の創刊同人となる。2002年より大峯あきら代表の超結社同人誌「晨」の同人となる。
上野 茂(うえの しげる、1937年〈昭和12年〉5月3日 … 上野 茂(うえの しげる、1937年〈昭和12年〉5月3日 - )は、日本の裁判官。大阪地方裁判所長、高松高等裁判所長官などを歴任した。 1960年(昭和35年)に金沢大学法文学部を卒業後、第14期司法修習生。1962年(昭和37年)4月10日に静岡地方裁判所・静岡家庭裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
新木 富士雄(しんき ふじお 1937年2月21日 - )は… 新木 富士雄(しんき ふじお 1937年2月21日 - )は、日本の経営者。北陸電力・富山エフエム放送代表取締役会長、北陸経済連合会会長、NPO法人日本防災士機構評議員。福井県出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
平賀 壯太(ひらが そうた、1936年4月15日 - 202… 平賀 壯太(ひらが そうた、1936年4月15日 - 2020年2月12日)は、日本の分子生物学者。熊本大学名誉博士。大腸菌の染色体とプラスミドの分配機構の研究について一貫して取り組み、この分野において長らく世界的なリーダーであった。趣味は昆虫研究と油絵である。
横山 長之(よこやま おさゆき、1936年3月13日 - … 横山 長之(よこやま おさゆき、1936年3月13日 - 2019年12月1日)は、日本の気象学者。大気中における拡散研究の第一人者である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
松田 章一(まつだ しょういち、1936年 - )は、日本の… 松田 章一(まつだ しょういち、1936年 - )は、日本の劇作家。 石川県辰口町生まれ。金沢大学法文学部卒業後、金沢大学附属高等学校教諭、副校長、金沢学院東高等学校副校長、同校校長、金沢学院短期大学教授、2005年4月から金沢ふるさと偉人館館長、2011年10月から鈴木大拙館館長(2015年3月まで)。 北陸新協五十周年記念のために書いた「島清、世に敗れたり」で、1983年度の文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。1985年、劇団昴、演劇集団 円(片岡弘貴、島村佳江、仲谷昇ら)が合同公演し、翌年文化庁移動芸術祭作品として、西日本を巡回公演した。1999年、石川県文化功労賞受賞。 「花石榴」「酸いも甘いも」「雛納い」「白梅は匂へど…」など鏡花劇場の上演台本を書くと共に、劇団「円」のために書き下ろした「芭蕉落柿舎日記」(仲谷昇主演)がある。
安江 良介(やすえ りょうすけ、1935年8月26日 - 1… 安江 良介(やすえ りょうすけ、1935年8月26日 - 1998年1月6日)は、日本の編集者、出版人。岩波書店社長。 石川県金沢市の東山出身。実家は金箔職人。石川県立金沢桜丘高等学校卒。1958年金沢大学法文学部法学科卒業、岩波書店へ入社。「世界」編集部を経て、1967年から1970年まで美濃部亮吉東京都知事の特別秘書を務めた。1971年「世界」編集部へ戻り、翌年(1972年)から1988年まで編集長を務める傍ら、1984年に取締役、1988年に常務取締役となる。1990年に、岩波書店4代目社長に就任する。1997年に病に倒れ、相談役へ退く。 この間、左派のいわゆる進歩的知識人に対して、陰に陽にサポートし続けた。
蓬茨 霊運(ほうし れいうん、1935年4月18日 - 19… 蓬茨 霊運(ほうし れいうん、1935年4月18日 - 1999年11月12日)は、日本の天文学者・宇宙物理学者。専門は、恒星進化論・X線天文学。学位は、理学博士(京都大学・論文博士・1968年)(学位論文の題は「Thermal instability in a nuclear burning shell of stars(星の内部の核燃焼層の熱的不安定性)」)。元立教大学理学部物理学科教授。 石川県金沢市に生まれた。金沢大学理学部を卒業後1960年京都大学大学院理学研究科物理学専攻に進学。林忠四郎が教授を務める天体核研究室に入り星の進化の研究に従事。天体核研究室の同期に佐藤文隆が居る。1962年に大学院を修了。
吉岡 康暢(よしおか やすのぶ、1934年4月12日 - )… 吉岡 康暢(よしおか やすのぶ、1934年4月12日 - )は、日本の考古学者、文学博士(明治大学)。国立歴史民俗博物館名誉教授・元石川県立歴史博物館館長。 石川県金沢市生まれ。古代~中世にかけての日本海域における土器・陶磁器研究の先駆者である。第5回小山富士夫記念賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
米田 憲三(よねだ けんぞう、1934年(昭和9年)3月12… 米田 憲三(よねだ けんぞう、1934年(昭和9年)3月12日 - )は、日本の歌人、文学者、教育者。富山県歌人連盟名誉会長。1997年、「神苑の森厳寒」で第15回とやま文学賞を受賞。2004年、春の叙勲で瑞宝小綬章を受章。 教職の傍ら作歌を続け、越中万葉や富山県や石川県の郷土文学に関する調査研究に携わる。1962年、戦後歌壇を代表する女性歌人・齋藤史が設立した短歌結社「原型歌人会」にて、歌誌「原型富山」の創刊にかかわり、「原型歌人会」の活動に尽力。1968年に歌集『海蝕』でデビュー。代表作に歌集『ロシナンテの耳』(2004年、角川書店)、『風を抱く』(2024年、青磁社)、エッセイ集『風の落とし文』(2004年、短歌時代社)などがある。
浅香 年木(あさか としき、1934年3月6日 - 1987… 浅香 年木(あさか としき、1934年3月6日 - 1987年4月25日)は、日本の歴史学者。 金沢市生まれ。1956年、金沢大学法文学部卒業。 高校教師を経て、1965年に国立石川工業高等専門学校講師、1971年に助教授、1980年に教授。1987年金沢女子大学教授。 日本古代・中世の手工業史と北陸地域史研究を専門とした。 1979年に「北陸古代史の研究」により、明治大学から文学博士の学位を授与される。
池田 良兼(いけだ よしかね、1934年2月20日 - )は… 池田 良兼(いけだ よしかね、1934年2月20日 - )は、日本の裁判官。石川県出身。金沢大学法文学部卒業。大阪地方裁判所所長、名古屋高等裁判所長官などを歴任。金沢大学法曹会会長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
小嶋 忠(こじま ただし、1934年1月16日 - 2007… 小嶋 忠(こじま ただし、1934年1月16日 - 2007年12月30日)は日本の光学技術者。元コニカ取締役。光ディスク用非球面アクリル製レンズの開発で知られる。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
橋本 ときお(はしもと ときお、本名・登喜男、1933年11… 橋本 ときお(はしもと ときお、本名・登喜男、1933年11月15日 - )は、日本の児童文学作家。 石川県珠洲郡(現在の珠洲市)生まれ。金沢大学教育学部卒。地元の小学校に勤務、旧粟津小学校長等を務める。 1957年「石川児童文学集団」、1959年「北陸児童文学協会」を設立し、代表となる。機関紙『つのぶえ』を刊行。『ひとりぼっちの政一』が読書感想文指定図書となる。 2011年瑞宝双光章受章。
松田保(まつだ たもつ、1933年11月1日 - 2016年… 松田保(まつだ たもつ、1933年11月1日 - 2016年9月10日)は、日本の医学者。血液疾患が専門。 石川県金沢市出身。1958年金沢大学医学部卒、1963年同大学院博士課程修了、医学博士。金沢大助手、1972年東京都老人総合研究所、東京都養育院附属病院、1984年金沢大学医学部教授。97年定年退官、名誉教授。 1976年にベルツ賞2等賞を受賞し、またSFが好きで、1991年金沢で行われた日本SFコンベンションで講演し、暗黒星雲賞を受賞。
酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月… 酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月2日 - )は、日本の政治家。元石川県能美市長(3期)。元寺井町長(3期)。旭日小綬章受章。 石川県寺井町出身。石川県立小松高等学校、金沢大学法文学部卒業。 1994年(平成6年)7月14日、寺井町長の中田良三が健康上の理由により辞職。同年8月28日に行われた寺井町長選挙に出馬し初当選。2002年(平成14年)、3選。 2005年(平成17年)2月1日、能美郡の根上町・寺井町・辰口町の3町が新設合併して能美市が発足。これに伴って2月27日に行われた市長選挙に自民党・民主党・公明党・社民党の推薦を得て出馬し初当選した。2009年(平成21年)、再選。
天野 武(あまの たけし、1933年1月21日 - 2022… 天野 武(あまの たけし、1933年1月21日 - 2022年5月23日)は、日本の民俗学者。 石川県羽咋郡志賀町出身。石川県立羽咋高等学校・金沢大学法文学部卒業。石川県立郷土資料館勤務後、1974年から文化庁に入り主任文化財調査官を務める。1991年から帝京大学教授。1978年『若者組の研究』で柳田賞受賞。
中村志郎(なかむら しろう、1933年 - )は、日本の英文… 中村志郎(なかむら しろう、1933年 - )は、日本の英文学者。金沢大学名誉教授。 石川県生まれ。石川県立金沢商業高等学校卒、1956年金沢大学法文学部英文科英米文学専攻卒、同大学院修了。石川工業高等専門学校助教授、金沢大学教養部助教授をへて、教授。99年定年退官、名誉教授。トマス・ハーディを専門とした。
春田 博(はるた ひろし、1932年5月11日 - )は、元… 春田 博(はるた ひろし、1932年5月11日 - )は、元シチズン時計株式会社相談役。 1932年石川県金沢市生まれ。 金沢大学金沢高等師範学校附属高校(現・金沢大学附属高等学校)特別科学学級を経て、1956年に早稲田大学第一理工学部機械科卒業、同年シチズン時計入社。精機事業部次長、常務取締役精機事業本部長、代表取締役副社長などを経て、1997年6月から2002年6月まで社長を務める。取締役相談役を経て2005年6月から現職。 2004年4月、旭日中綬章受章。
加藤 誠(かとう まこと、1932年3月21日 - 2022… 加藤 誠(かとう まこと、1932年3月21日 - 2022年6月26日)は、日本の地質学者。北海道大学名誉教授。地層内において発見される古生物の研究、とりわけ古生代サンゴを専門とする。宮城県出身。 1932年3月に鉱山地質技師の長男として宮城県に生まれる。1954年金沢大学理学部地学科卒業。一度は国家公務員上級職として奉職し、その後、北海道大学大学院理学研究科に入学。1961年に同大大学院理学研究科博士課程を中退し、北海道大学理学部地質学鉱物学科助手となる。1962年3月 北海道大学理学博士 「Fine skeletal structures in Rugosa(ルゴーサ珊瑚骨格の細構造) 」。
鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2… 鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2002年12月8日)は、日本の翻訳家・文芸評論家。本姓は斎藤(さいとう)。 石川県金沢市生まれ。石川県立金沢第二高等女学校在学中の1945年5月に、東京から疎開転校してきた曽野綾子と出会う。1954年金沢大学法文学部卒業。大学の同級生に、後に金沢女子短期大学教授となる森井道男がいる。1957年から1967年まで、金沢アメリカ文化センター図書主任を務める。 曽野綾子の評伝を表し、曽野や夫の三浦朱門とともに翻訳を手がけるが、1981年には曽野に対し「もう付き合わない」と通告し絶縁状態となった。晩年には癌に冒され、聖路加国際病院の緩和ケアー病棟に入院した1999年に、曽野と連絡を取り復縁する。
山出 保(やまで たもつ、1931年〈昭和6年〉11月27日… 山出 保(やまで たもつ、1931年〈昭和6年〉11月27日 - 2025年〈令和7年〉7月14日)は、日本の政治家。石川県金沢市出身。石川県金沢市長(5期)、全国市長会会長(第26代)、石川県市長会会長、石川県中小企業団体中央会会長を歴任した。位階勲等は正四位旭日重光章。 山出は市長在任中に様々な政策を実行してきた。中でも重点を置いてきたのが「歴史都市づくり」であった。住居表示制度で消滅した旧町名を復活させる「旧町名復活運動」を全国で先駆けて実施したことも知られている。これ以外にも、在任中には以下の政策も実施した。 山出は金沢市と隣接する野々市町(現:野々市市)との合併を念頭にして、金沢市の政令指定都市への昇格を構想していた。