岡崎 令治(おかざき れいじ、1930年〈昭和5年〉10月8… 岡崎 令治(おかざき れいじ、1930年〈昭和5年〉10月8日 - 1975年〈昭和50年〉8月1日)は、日本の生物学者(分子生物学)。広島市白島(現:中区白島)出身。 広島高等師範学校附属中学校(現:広島大学附属中学校・高等学校)2年の時、原子爆弾の黒い雨を浴びた(入市被曝)。その後、山口県立岩国中学校(現:山口県立岩国高等学校)、第五高等学校を経て、1953年、名古屋大学理学部生物学科卒業。発生生物学の山田常雄教授の下で形成体(オーガナイザー)について研究。 1960年、セントルイス・ワシントン大学のジャック・ストロミンジャーとアーサー・コーンバーグの下に留学。スタンフォード大学を経て、1963年、名古屋大学理学部化学教室の鈴木旺教授の講座の助教授として帰国。
御子柴 宣夫(みこしば のぶお、1930年10月3日 - 2… 御子柴 宣夫(みこしば のぶお、1930年10月3日 - 2020年1月12日)は、日本の物理学者。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)、旧制松本高等学校を経て、名古屋大学理学部物理学科卒業。名古屋大学大学院理学研究科修了。1957年通商産業省工業技術院電気試験所(現・産業技術総合研究所)入所。1961年シカゴ大学金属研究所勤務。1970年電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)基礎部固体物性研究室長。1974年東北大学電気通信研究所教授。1984年同大学電気通信研究所附属超微細電子回路実験施設初代施設長。1990年同大学定年退官後、同大学名誉教授。
椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 200… 椎名 素夫(しいな もとお、1930年8月19日 - 2007年3月16日)は、日本の政治家、実業家、物理学者。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)、自由の会代表、無所属の会代表などを務めた。 自由民主党副総裁、外務大臣、通商産業大臣を歴任した椎名悦三郎の次男。 東京府東京市(現・東京都文京区)出身。旧制府立高等学校を経て1953年名古屋大学理学部物理学科を卒業。電源開発に入った後、アメリカアルゴンヌ国立研究所に入所する。帰国後、精密機械メーカーサムタクを設立し、自ら取締役に就任した。1979年、父・椎名悦三郎の引退に伴い、第35回衆議院議員総選挙に旧岩手2区から自由民主党公認で立候補し、初当選する。
久世 敏雄(くぜ としお、1930年6月29日 - 2012… 久世 敏雄(くぜ としお、1930年6月29日 - 2012年1月30日)は、日本の心理学者。専門は青年心理学。学位は、教育学博士(1976年)。名古屋大学名誉教授。 1953年、名古屋大学教育学部卒業、1955年、同大学院教育心理学修士課程修了。 1955年から1959年まで同助手を務め、1967年に宮城教育大学助教授。1970年には名古屋大学助教授、1976年に教授に昇任。同年に「青年心理研究の方法論」で教育学博士の学位を取得。 1994年に定年退官し、名誉教授へ就任。また愛知学院大学では2001年退職まで教授を務めた。専門は青年心理学。 2012年1月30日、愛知県豊明市の病院にて多臓器不全により死去。
可児島俊雄(かにしま としお、1930年6月8日 - )は、… 可児島俊雄(かにしま としお、1930年6月8日 - )は、日本の経営学者。経済学博士(名古屋大学・論文博士・1966年)(学位論文「経営監査論」)。名古屋大学名誉教授。 愛知県出身。1953年名古屋大学経済学部卒業。同大学院、神戸大学大学院に学び、1966年「経営監査論」で名古屋大学より経済学博士の学位を取得。 滋賀大学経済学部助手、講師、助教授、名古屋大学経済学部助教授、教授。1994年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学大学院経済経営研究科長教授、特任教授。2002年退職。日本会計研究学会太田賞受賞。監査が専門。 大蔵省公認会計士試験委員、文部省大学入試センター試験簿記会計部会委員長などを歴任し、日本監査研究学会理事、日本会計研究学会会員、日本商工会議所簿記検定試験専門委員、名古屋商工会議所簿記検定試験審査委員長、愛知県公害審査会委員、2010年瑞宝中綬章受章。
加藤 延夫(かとう のぶお、1930年〈昭和15年〉1月25… 加藤 延夫(かとう のぶお、1930年〈昭和15年〉1月25日 - 2025年〈令和7年〉5月7日)は、日本の細菌学者。位階勲等は従三位瑞宝大綬章。医学博士。名古屋大学名誉教授、元総長。愛知県名古屋市出身。 衆議院議長、法務大臣を務めた国会議員加藤鐐五郎の孫婿。 その後、愛知医科大学学長、同理事長。
若林 慎一郎(若林愼一郎、わかばやし しんいちろう、1929… 若林 慎一郎(若林愼一郎、わかばやし しんいちろう、1929年8月22日 - )は、日本の精神医学者。 島根県浜田市出身。1958年名古屋大学医学部卒、1963年同大学院精神医学博士課程修了、1964年「児童神経症についての一考察」で医学博士。1967年日本福祉大学助教授、1969年名古屋大学医学部付属病院講師、1974年愛知県立心身障害者コロニー・発達障害研究所治療部長、1978年名古屋大学医学部助教授、教授、1993年定年退官、金城学院大学教授、岐阜大学医学部教授。1991-1994年日本児童青年精神医学会理事長。
糸魚川 淳二(いといがわじゅんじ、1929年8月21日 - … 糸魚川 淳二(いといがわじゅんじ、1929年8月21日 - 2021年11月11日)は、日本の古生物学者、地質学者。名古屋大学名誉教授、元豊橋市自然史博物館館長。学位は、理学博士(京都大学・1961年)。 岐阜県恵那郡坂下町(現・中津川市)に生まれる。1942年4月、恵那中学(現・岐阜県立恵那高等学校)に入学。1945年4月、海軍経理学校予科に入校し終戦を迎える。恵那中学に復学し、1946年9月には旧制第四高等学校理科甲類に入学し1949年3月に卒業。同年4月、京都大学理学部に入学。1957年、京都大学大学院を退学。同年8月、名古屋大学理学部に採用される。1958年2月、助手。1971年4月、助教授。
安永 寿延(やすなが としのぶ、1929年7月25日 - 1… 安永 寿延(やすなが としのぶ、1929年7月25日 - 1995年9月22日)は、日本文学・思想の研究者、元和光大学教授。 現在の福岡県北九州市生まれ。1954年名古屋大学文学部卒。1965年東邦学園短期大学助教授、1968年和光大学助教授、1971年教授、1978年人文学部長、和光学園理事を務めた。1995年9月22日、在職中にリンパ腫のため死去した。 マルクス主義、コミューン思想を研究し、日本における思想家として安藤昌益に注目し、『自然真営道』の校本を編纂刊行した。
謝 世輝(しゃ せいき、1929年3月10日 - )は、日本… 謝 世輝(しゃ せいき、1929年3月10日 - )は、日本の物理学者。本名:河津 世輝。台湾出身。 台湾・台南市出身。国立台湾大学卒業、1959年名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了、「高エネルギーにおける重陽子の光分解」で理学博士。その後東京大学素粒子研究所をへて、相模工業大学助教授、教授、東海大学文明研究所教授。 はじめ子供向けの宇宙の本などを書いていたが、1970年代に西洋中心でない世界史を執筆、1980年代からは自己啓発書を多く書いた。
藤村 道生(ふじむら みちお、1929年3月3日 - 199… 藤村 道生(ふじむら みちお、1929年3月3日 - 1999年4月7日)は、日本の歴史学者、元上智大学文学部教授。専門は日本政治外交史。 愛知県名古屋市に生まれる。京都臨時教員養成所物象科を経て東海大学予科文科を卒業。1952年名古屋大学文学部史学科卒業、同大学院文学研究科に入学、信夫清三郎に師事。並行して愛知県立瀬戸高等学校教諭を務める。 早稲田大学教育学部非常勤講師を経て、1962年より名古屋大学文学部助手。九州工業大学助教授(1968-74年)、同教授(1974-77年)を経て、1977年より上智大学文学部教授を務める。1994年に定年退職。
武居 良明(たけい よしてる、1929年(昭和4年)1月29… 武居 良明(たけい よしてる、1929年(昭和4年)1月29日 - 2009年(平成21年)1月13日)は、日本の経済史学者。 中華民国関東州大連生まれ。長野県松本市育ち。父は武居郷一。1953年名古屋大学経済学部卒、1954年同助手、1960年信州大学人文学部講師、1965年「イギリス封建制の解体過程」で名大経済学博士。信州大学助教授、教授、経済学部教授、1975-1979年附属図書館長、静岡大学教授、1992年定年退官、名誉教授、常葉学園大学教授、1994年静岡産業大学教授。2008年春、瑞宝中綬章受勲。没後正四位。英国経済史。
牧 二郎(まき じろう、1929年1月10日 - 2005年… 牧 二郎(まき じろう、1929年1月10日 - 2005年5月31日)は日本の理論物理学者。京都大学名誉教授。東京都出身。
山田 昭廣(やまだ あきひろ、1929年 - )は、日本の英… 山田 昭廣(やまだ あきひろ、1929年 - )は、日本の英文学者・書誌学者。 英国バーミンガム大学シェイクスピア研究所で英米書誌学を学び、その後本格的な研究に従事、国際的に一級の評価を獲得した最初の日本人書誌学者・本文校訂者といえる。とりわけ、そのジョージ・チャップマン等の戯曲版本の書誌学的研究は、英米の数あるエリザベス朝書誌学・本文研究においても、歴史的評価に耐え得る高度なものとなっている。著書・編著以外に、英米専門誌を中心に掲載された多数の学術論文が存在する。
嶋田 豊(島田 豊、しまだ ゆたか、1929年 - 1997… 嶋田 豊(島田 豊、しまだ ゆたか、1929年 - 1997年10月22日)は、日本の哲学者。日本福祉大学名誉教授。 東京生まれ。旧制第一高等学校を経て、1952年名古屋大学文学部哲学科卒業。1957年日本福祉大学に赴任。同大学経済学部教授(哲学・社会思想史)、常任理事、全学教授会議長、経済学部長、社会福祉学部長などを務めた。 1982年-1984年唯物論研究協会(全国唯研)委員長。
林 建彦(はやし たけひこ、1928年11月3日 - )は、… 林 建彦(はやし たけひこ、1928年11月3日 - )は、日本のジャーナリスト、東海大学名誉教授。韓国現代史専攻。 長野県飯田市出身。名古屋大学経済学部卒。1953年サンケイ新聞入社。ソウル特派員、 政治部次長、編集委員。1977年東海大学文学部教授。94年定年退任、名誉教授。
大澤 省三(おおさわ しょうぞう、1928年10月2日 - … 大澤 省三(おおさわ しょうぞう、1928年10月2日 - 2022年5月27日)は、日本の生物学者。専門は、分子遺伝学。学位は、理学博士(名古屋大学)。名古屋大学及び広島大学名誉教授。 1984年、バクテリアの1種のマイコプラズマが、変則的な遺伝暗号を使っていることを発見。この現象を説明する学説としてコドン捕獲説を提唱したことで知られる。2022年5月27日に病気のため死去したことが6月1日に報道された。
後藤 幸男(ごとう ゆきお、1928年8月20日 - 202… 後藤 幸男(ごとう ゆきお、1928年8月20日 - 2024年1月15日)は、日本の経営学者。経営学博士(神戸大学・論文博士・1968年)。神戸商科大学名誉教授・元学長。2006年瑞宝中綬章受章。 愛知県一宮市生まれ。名古屋大学経済学部卒業。1954年同大学院修了、名古屋大学助手、1957年神戸商科大学講師、1959年助教授、1965年教授、1968年「企業の投資決定論」で経営学博士(神戸大学)の学位を取得。1986年学長。1990年定年退任、名誉教授、追手門学院大学経営学部教授。2001年日本経営財務研究学会会長。2006年瑞宝中綬章受章。
杉野 幸夫(すぎの ゆきお、1928年7月 - 2017年1… 杉野 幸夫(すぎの ゆきお、1928年7月 - 2017年10月)は、愛知県出身の日本の生化学、分子生物学者。京都大学ウイルス研究所・教授、武田薬品工業株式会社・生物工学研究所・所長、武田薬品工業株式会社・取締役・中央研究所・所長などを務める。
諏訪 兼位(すわ かねのり、1928年5月15日 - 202… 諏訪 兼位(すわ かねのり、1928年5月15日 - 2020年3月15日)は、日本の地球科学者。専門は岩石学・地質学。学位は、理学博士(名古屋大学・論文博士・1962年)(学位論文「領家変成帯の岩石学的及び地質学的研究」)。名古屋大学名誉教授、日本福祉大学名誉教授。日本アフリカ学会元会長。 鹿児島県鹿児島市生まれ。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)、第七高等学校造士館 (旧制)を経て、1951年東京大学理学部地質学科卒業。 1962年、学位論文「領家変成帯の岩石学的及び地質学的研究」で、名古屋大学より理学博士の学位を取得。 その後、名古屋大学理学部地球科学教室教授、名古屋大学理学部学部長、日本福祉大学情報社会科学部学部長、日本福祉大学学長を歴任。
齊藤 隆夫(さいとう たかお、1928年 - )は、日本の会… 齊藤 隆夫(さいとう たかお、1928年 - )は、日本の会計学者。専門は管理会計。名古屋大学名誉教授。元名城大学大学院商学研究科長。元税理士試験試験委員。 名古屋大学卒業。名古屋大学経済学部講師、名古屋大学経済学部助教授、名古屋大学経済学部教授を経て、1981年名古屋大学経済学部長、名古屋大学経済学部附属経済構造分析センター長。1985年名古屋大学経済学部附属経済構造分析センター長。1987年税理士試験試験委員。 1988年名古屋大学経済学博士。1992年に退官し、名古屋大学名誉教授の称号を受け、名城大学教授、名城大学大学院商学研究科長を務め、2001年に退職した。2007年瑞宝中綬章受章。ゼミの指導学生に鈴木武元トヨタファイナンシャルサービス社長、広瀬伸一東京海上日動火災保険社長、公認会計士の稲垣靖元名古屋大学客員教授など。
酒井 憲一(さかい けんいち、1928年 - )は、日本のジ… 酒井 憲一(さかい けんいち、1928年 - )は、日本のジャーナリスト、都市学者、詩人。 名古屋大学法学部政治経済学科卒。1953年朝日新聞記者となる。1983年日曜版編集者から朝日学生新聞社に出向。常務取締役・編集主幹。アメニティ・ミーティング・ルーム主宰。成城大学短期大学部非常勤講師(都市論、アメニティ論)、東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料物理学研究室研究員。詩誌『風』元同人。
大貫 義郎(おおぬき よしお、1928年 - 2026年2月… 大貫 義郎(おおぬき よしお、1928年 - 2026年2月16日[要出典])は、日本の物理学者。専門は素粒子論。学位は、理学博士(名古屋大学・論文博士・1961年)。名古屋大学名誉教授。坂田学派と呼ばれる坂田昌一博士の弟子の一人。 大貫は、坂田モデルに潜む粒子が互いに同等というYOO(山口・小川・大貫)対称性を元に、坂田モデルを群であらわすことに成功した。これが素粒子論の基礎となった。今に至るも素粒子論はこの記述方式に従い理論が構成されている。大貫は、この業績で、1965年と1966年の二度、マレー・ゲルマンやユヴァル・ネーマンらとの連名で、ノーベル物理学賞候補となっていたと、以前のノーベル財団によるノミネートリストには掲載されていたが、2025年時点のノミネートリストには見当たらなくなっている。
道家 達将(どうけ たつまさ、1928年 - 2024年6月… 道家 達将(どうけ たつまさ、1928年 - 2024年6月8日)は、日本の科学史家。理学博士(北海道大学・論文博士・1976年)。東京工業大学名誉教授。 愛知県生まれ。海軍兵学校(77期)を経て、1951年名古屋大学理学部化学科卒。1952年同物理学科研究生修了。紀伊國屋書店、和光学園勤務ののち、1963年東京工業大学助手、1967年助教授、1973年教授、1976年北海道大学より理学博士の学位を取得。1989年退官、名誉教授。茨城大学人文学部教授。放送大学教授。 2024年6月8日に死去。95歳没。
上沼 八郎(かみぬま はちろう、1927年11月20日 - … 上沼 八郎(かみぬま はちろう、1927年11月20日 - )は、日本の教育学者。筆名・伊那竜平。 長野県下伊那郡市田村(現高森町)生まれ。旧制飯田中学(長野県飯田高等学校)を経て、名古屋大学教育学部卒、1956年同大学院教育学研究科博士課程満期退学、1965年「信州教育史の研究 地方教育史研究序説」で名古屋大学より教育学博士の学位を取得。名大助手、沖縄国際大学助教授、信州大学助教授、東京女子体育大学講師、実践女子大学助教授、奈良教育大学教授、1990年高千穂商科大学教授。1998年定年退任。上沼真平の叔父にあたる。
林 董一(はやし とういち、1927年8月18日 - 201… 林 董一(はやし とういち、1927年8月18日 - 2018年9月21日)は、日本の法制史学者。 名古屋市東区七間町(現・中区錦三丁目)、伸銅品販売の小舗岐阜屋東助こと、岐阜東商店の長男として出生。名古屋薬学専門学校(現・名古屋市立大学薬学部)、名古屋帝国大学法学部から、名古屋大学大学院(旧制)に進み、1959年修了。1957年愛知学院大学法学部講師に嘱任、助教授、教授となり、2004年定年、名誉教授。日本法制史担当。1962年「尾張藩公法史の研究」で京都大学法学博士(旧制)の学位を受く。薬剤師免許。城山三郎の妹を妻とする(生年月日も城山と同じである)。
三輪 茂雄(みわ しげお、1927年7月19日 - 2007… 三輪 茂雄(みわ しげお、1927年7月19日 - 2007年10月22日)は、岐阜県養老郡上石津町(現・大垣市)出身の工学者。専門は粉体工学。日本粉体工業協会名誉会員。粉体工学会名誉会員。 1927年(昭和2年)に岐阜県養老郡上石津町(現・大垣市)下山に生まれた。1952年(昭和27年)に名古屋大学工学部応用化学科を卒業し、昭和電工株式会社に就職した。昭和電工でプラント設計などに従事する傍らで、1961年(昭和36年)には「篩分けに関する研究」で名古屋大学から工学博士を授与された。 1966年(昭和41年)には同志社大学工学部の助教授に就任し、1967年(昭和42年)に工学部教授に就任した。1998年(平成10年)3月に定年で同志社大学を退任し、4月には同志社大学名誉教授となった。
朝倉 昌(あさくら しょう、1927年4月16日 - 201… 朝倉 昌(あさくら しょう、1927年4月16日 - 2016年3月16日)は、日本の生物物理学者。理学博士。細菌鞭毛の形成に関する研究で1973年に朝日賞を受賞。名古屋大学名誉教授、元日本生物物理学会会長。大沢文夫 の直弟子。 1954年、大澤文夫とともに枯渇相互作用のモデル(朝倉-大沢理論とよばれる)を提唱し、溶液中に分散したコロイド粒子間にはたらく引力相互作用の存在を理論的に予言した。 その後、生体運動の分子機構に研究テーマをシフトし、細菌の鞭毛タンパク質であるフラジェリンのインビトロでの重合・脱重合に成功し、生物物理学的に研究した。さらに鞭毛の多型の発見などを通し、タンパク質の多型、細菌運動の分子機構の解明で、世界をリードした。
伊藤 礼吉(いとう れいきち、1927年4月10日 - 19… 伊藤 礼吉(いとう れいきち、1927年4月10日 - 1995年7月16日)は、日本の化学者。専門は、量子化学。旧姓は、宮坂。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校)を経て、1953年名古屋大学理学部物理科卒業。同大学大学院、小林理学研究所勤務を経て、1957年東京農工大学助手。1961年理学博士学位取得。1962年同大学助教授。1966年早稲田大学理工学部(現・早稲田大学先進理工学部)助教授、化学科設立要員として赴任し同学科設立へ向けて尽力。1970年同大学理工学部教授。チューリッヒ工科大学留学を経て、1973年早稲田大学理工学部化学科(現・早稲田大学先進理工学部化学・生命化学科)設立し、以後の教育・研究に尽力。
森 政弘(もり まさひろ、1927年〈昭和2年〉2月12日 … 森 政弘(もり まさひろ、1927年〈昭和2年〉2月12日 - 2025年〈令和7年〉1月12日)は、日本の工学者、仏教徒。東京工業大学名誉教授、工学博士(東京大学)。オートメーションやロボットの研究で先駆的な研究実績を持ち、創造性や仏教に関する著書や講演も多い。日本のロボットコンテストの創始者であり、「ロボコン博士」の異名も持つ。紫綬褒章、勲三等旭日中綬章を受勲。 東京大学生産技術研究所助教授、東京工業大学制御工学科教授、(株)自在研究所代表取締役、日本ロボット学会会長を歴任。早期にロボットハンドや人工心肺の自動制御、人工筋肉や群ロボットの研究開発に着手し、サイバネティックモーションや不気味の谷といった新概念も提唱した。
中井 浩(なかい ひろし、1927年1月23日 - 1992… 中井 浩(なかい ひろし、1927年1月23日 - 1992年2月19日)は日本の情報科学者、図書館学者。 今猿人(こんさると)の筆名もある。美学者で国立国会図書館初代副館長の中井正一の長男。 1927年1月23日、京都府で誕生。名古屋大学理学部では理論物理学(素粒子論)を専攻。広島大学理論物理学研究所助手を経て、副館長をしていた父・正一の逝去の翌年から、国立国会図書館に勤める。工業技術院、科学技術庁に出向。高度経済成長を支えた多くの技術移転にかかわった。日本科学技術情報センター(現、科学技術振興機構)の設立に参加。日本の情報検索、データベース分野の草分けとなる。同センター監事。東京大学教育学部、慶應義塾大学文学部、産業能率短期大学(現、産業能率大学)講師(兼任)。
島津 康男(しまづ やすお、1926年9月17日 - )は、… 島津 康男(しまづ やすお、1926年9月17日 - )は、地球物理学者、環境学者、名古屋大学名誉教授。
勝沼 信彦(かつぬま のぶひこ、1926年(昭和元年)7月7… 勝沼 信彦(かつぬま のぶひこ、1926年(昭和元年)7月7日 - 2013年(平成25年)11月10日)は、日本の医学者。専門は生化学、酵素学。徳島大学医学部長を経て、同名誉教授。徳島文理大学名誉教授、名誉学長。学位は医学博士。剣道教士七段。 長崎県長崎市出身。1953年(昭和28年)、名古屋大学医学部卒業。その後、大阪大学蛋白質研究所で助教授を務める。1961年(昭和36年)、徳島大学医学部教授。のち医学部長。1987年(昭和62年)、徳島大学酵素科学研究センター長。1992年(平成4年)、徳島文理大学教授、健康科学研究所所長。1996年(平成8年)、文部省のハイテク・リサーチセンター長。2000年(平成12年)、徳島文理大学学長。
片岡 順(かたおか じゅん、1926年(大正15年)4月26… 片岡 順(かたおか じゅん、1926年(大正15年)4月26日 - 2022年(令和4年)3月15日)は、日本の砂防学者。名古屋大学名誉教授。農学博士。 1926年、静岡市(現在の清水区)生まれ。静岡県立静岡中学校を経て、1952年、東京大学農学部林学科卒業。1955年、名古屋大学農学部治山工学研究室助手。1964年、「山地表層の保水機能に関する実験的研究」で農学博士。名古屋大学助教授。1969年、文部省在外研究員として、カリフォルニア大学バークレー校に「森林水文及び侵食防止についての研究」を目的として留学(1年間)。1977年、名古屋大学教授。1987年、砂防学会会長。1990年、定年退職。名誉教授。
丸㔟 進(まるせ すすむ、1926年 - 2024年9月10… 丸㔟 進(まるせ すすむ、1926年 - 2024年9月10日)は、日本の電子工学者。名古屋大学名誉教授。元名城大学学長。元日本電子顕微鏡学会会長。 長崎県生まれ。1947年名古屋帝国大学工学部電気科卒業。1962年工学博士。 1956年電気学会電気学術振興賞進歩賞。1963年日本電子顕微鏡学会学会賞(瀬籐賞)。 1965年名古屋大学教授。1982年日本電子顕微鏡学会会長。 1983年名古屋大学工学部学部長。同年世界初の2-tank方式超高圧電子顕微鏡を完成させる。 1989年名古屋大学名誉教授、名城大学教授。1991年名城大学学長。2004年瑞宝重光章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
丹生 潔(にう きよし、1925年8月2日 - 2017年1… 丹生 潔(にう きよし、1925年8月2日 - 2017年1月30日)は、日本の物理学者。名古屋大学名誉教授。専門は素粒子物理学。世界で最初の、第4のクォークである「チャームクォーク」の発見者。東京出身。従四位。 1971年から名古屋大理学部教授を務め、原子核乾板の実験装置で得られた宇宙線の素粒子反応の中から、特異な様式で崩壊する新粒子を発見。同年の物理学会で、それを「X粒子」と名付けて報告した。この粒子は、広島大学の小川修三(後に名古屋大学)らによって、4つめのクォーク(当時の表現では「第4の粒子」)であると主張されたが、当時においては広く認められるまでには至らなかった。 しかしこのことが、小林誠や益川敏英に4つめのクォークの存在を確信させ、両者が小林・益川理論(クォーク6個の理論)を生み出す契機となった。
中西 香爾(なかにし こうじ、1925年5月11日 - 20… 中西 香爾(なかにし こうじ、1925年5月11日 - 2019年3月28日)は、香港生まれの日本の化学者。コロンビア大学名誉教授。名古屋大学特別教授。初代サントリー生物有機科学研究所所長。位階は従三位。文化勲章受章。 有機化学の分野、特に生物活性天然有機化合物の分野で高い評価を受けており、円偏光二色性、核オーバーハウザー効果などを構造決定の技術として導入した業績は名高い。イチョウから得られる化合物ギンコライド類やスズメバチの毒成分であるフィラントトキシンの研究などがよく知られている。趣味はマジック。 他に全米科学アカデミー化学賞など。
鷺坂 修二(さぎさか しゅうじ、1925年3月28日 - 2… 鷺坂 修二(さぎさか しゅうじ、1925年3月28日 - 2015年10月14日)は、日本の物理学者。専門は、宇宙線物理学。信州大学名誉教授であった。 1925年鷺坂清信・操夫妻の次男として東京府東京市牛込区(現・東京都新宿区赤城元町)に生まれた。 1931年東京府麴町区小学校に入学。1937年、第一東京市立中学校に入学。1942年、旧制第一高等学校理科に入学。 1945年、名古屋大学理学部物理教室に入学。旧制一高・名古屋大学理学部を通じての級友に物理学者の丹生潔がいる。 入学した年の7月に長野県神川村(現・長野県上田市)に疎開。 この頃、結核を発症し、上田で結核病院に入院療養する。 1945年にはやや快方に向かい、長野県松代町にあった松代地震研究所々長を務めていた父のもとで暮らした。
福村 晃夫(ふくむら てるお、1925年1月5日 - 201… 福村 晃夫(ふくむら てるお、1925年1月5日 - 2016年12月5日) は、日本の情報工学者。名古屋大学名誉教授。初代人工知能学会会長。 広島県江田島生まれ。1945年広島高等学校甲類卒業。1949年名古屋大学工学部電気学科卒業、名古屋大学工学部電気学科助手。 1959年名古屋大学工学部電気学科講師。1960年名古屋大学工学部電気学科助教授。1966年工学博士(東北大学)の学位を取得。1968年名古屋大学工学部電気工学第二学科教授。1980年文部省学術審議会専門委員。1981年名古屋大学大型計算機センタセンター長。1984年情報処理学会理事。1987年文部省大学設置・学校法人審議会専門委員。
家田 正之(いえだ まさゆき、1925年 - 1999年)は… 家田 正之(いえだ まさゆき、1925年 - 1999年)は、名古屋大学名誉教授。電気学会会長。 昭和24年3月名古屋大学工学部電気学科卒業。工学博士。愛知工業大学教授、名古屋大学名誉教授、日本学術会議会員を歴任。平2年放電グループ会長。91年電気学会会長。平成11年従三位。
高橋 康(たかはし やすし、1924年12月12日 - 20… 高橋 康(たかはし やすし、1924年12月12日 - 2013年2月12日)は、日本の物理学者(理論物理学)。専門は量子力学。アルバータ大学(カナダ)名誉教授。名古屋大学で物理学を学び、坂田学派と呼ばれる坂田昌一博士の弟子の一人である。 高橋百千の長男。1951年(昭和26年)、名古屋大学理学部卒業。1954年(昭和29年)、フルブライト留学で渡米。ロチェスター大学へ進む。その後、アイルランド高等科学研究所を経て、1968年(昭和43年)にアルバータ大学教授に就任。 場の量子論において対称性の原理を表現する最も基本的な関係式といわれる「Ward-高橋の恒等式」を導き出したことで知られる(この業績により、2003年日本物理学会・素粒子メダルを受賞)。
西條 八束(さいじょう やつか、1924年11月19日 - … 西條 八束(さいじょう やつか、1924年11月19日 - 2007年10月9日)は日本の陸水学者。名古屋大学名誉教授。日本自然保護協会参与、日本陸水学会会長などを務めた。詩人、作詞家の西條八十は実父。童話作家の三井ふたばこは実姉。
梅沢 博臣(うめざわ ひろおみ、1924年9月20日 - 1… 梅沢 博臣(うめざわ ひろおみ、1924年9月20日 - 1995年3月25日)は、日本の理論物理学者。学位は、理学博士。アルバータ大学(カナダ)名誉教授。坂田昌一の弟子の一人で、場の量子論で世界的に著名。 兄弟に、梅澤純夫(有機合成化学、抗生物質研究)、梅澤濱夫(抗生物質カナマイシン発見)、梅澤邦臣(科学技術事務次官)がいる。 北海道に生まれる。出身は東京都。開成中学(東京)卒業後、旧制武蔵高校を経て名古屋帝国大学工学部電気工学科に入学。大学3年生の時から、理学部の坂田昌一のところに出入りするようになり、物理学の研究者となった。1947年に大学を卒業し、引き続き大学院に進学し、1952年に博士課程を修了して理学博士号を取得した(学位論文「素粒子の相互作用の構造について」 )。
梅沢 博臣(うめざわ ひろおみ 1924年9月20日 - 1… 梅沢 博臣(うめざわ ひろおみ 1924年9月20日 - 1995年3月25日)は、日本の物理学者。理論物理学者。理学博士。アルバータ大学(カナダ)名誉教授。坂田昌一博士の弟子の一人で、場の量子論で世界的に著名。
大井 龍夫(おおい たつお、1924年9月16日 - 200… 大井 龍夫(おおい たつお、1924年9月16日 - 2002年9月25日) は、日本の生物物理学者。京都大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。 1947年名古屋帝国大学理学部物理学科卒業。1961年名古屋大学理学博士。名古屋帝国大学理学部特別研究生、名古屋大学理学部助手、名古屋大学理学部助教授を経て、1968年京都大学化学研究所教授。1978年国際生物物理学会議実行委員長。1980年日本生物物理学会会長。1988年定年退官、京都大学名誉教授、京都女子大学家政学部食物学科教授。1993年京都女子大学図書館長。1998年定年退職。日本の大学で初めて生体分子を用いた生物物理学研究を行った。 2002年9月25日、急性白血病のため死去、正四位。
小川 修三(おがわ しゅうぞう、1924年5月8日 - 20… 小川 修三(おがわ しゅうぞう、1924年5月8日 - 2005年1月9日)は、日本の物理学者(素粒子物理学)。名古屋大学名誉教授、広島大学名誉教授。 1924年、山口県都濃郡徳山で生まれた。徳山で育つが、1940年3月に三重県四日市市に転居したことに伴い、徳山中学校から富田中学校に移った。第八高等学校理科で学び、1944年9月に卒業。名古屋帝国大学理学部物理学科へ進学し、1947年に卒業。 卒業後は、同年12月より同大学の幅助手となった。1949年に理学部の文部教官となり、翌1950年に助手となった。1955年に学位論文『相互作用の普遍性に関する研究』を名古屋大学に提出して理学博士号を取得。同年4月より、広島大学理学部講師となった。
山寺 秀雄(やまてら ひでお、1924年 - )は、日本の化… 山寺 秀雄(やまてら ひでお、1924年 - )は、日本の化学者。理学博士。専門は、無機化学で、名古屋大学名誉教授、大同工業大学名誉教授。京都府出身。
白尾 恒吉(しらお つねきち、1924年 - 2017年2月… 白尾 恒吉(しらお つねきち、1924年 - 2017年2月21日)は、日本の数学者、都留文科大学名誉教授。 名古屋大学理学部卒業。理学博士。名古屋大学教養部教授、東京都立大学 (1949-2011)理学部教授、青山学院大学理工学部教授などを歴任。1990年都留文科大学学長、1996年退任、同大学名誉教授。2017年死去。2001年、勲三等旭日中綬章受章。叙従四位。
有村 章(ありむら あきら、1923年12月26日 - 20… 有村 章(ありむら あきら、1923年12月26日 - 2007年12月10日)は、日本の生理学者。医学博士。チューレーン大学名誉教授。慶應義塾大学医学部客員教授。 鹿児島県鹿児島市出身。旧制の鹿児島県立第二鹿児島中学校および第七高等学校卒業。1951年名古屋大学医学部卒業後、イェール大学での研究生活を経て、1965年からチューレーン大学でアンドリュー・ウィクター・シャリー博士の下で、視床下部ホルモンの研究に従事した。ノーベル生理学医学賞(1997年)を受賞したシャリー博士の研究には、3人の日本人(有村章、馬場義彦、松尾寿之)が直接的に貢献したと言われているが、有村博士は、そのうちの1人。その後、有村博士は、1985年日本の財界の協力を得てチューレーン大学・日米協力生物医学研究所(U.S.-Japan Biomedical Research Laboratories)を設立、同研究所長となり、そこを拠点として、神経科学の発展に貢献した。
早川 幸男(はやかわ さちお、1923年〈大正12年〉10月… 早川 幸男(はやかわ さちお、1923年〈大正12年〉10月16日 - 1992年〈平成4年〉2月5日)は、日本の物理学者(宇宙物理学)、素粒子物理学者。名古屋大学名誉教授。専門は、高エネルギー天体物理学、宇宙論、赤外線天文学。愛媛県新居郡新居浜町(現・愛媛県新居浜市)出身。二男は同じく物理学者の早川尚男。 卒業研究に朝永ゼミに入ったことをきっかけに素粒子、宇宙線の研究を始める。卒業後友人の碓井恒丸(名古屋大学名誉教授)の紹介で気象台に勤めて素粒子論的宇宙線の研究を始める。初期の論文は素粒子論の応用の色彩が強かったが渡米後、本格的な宇宙線研究者になる。1953年にはγ線天文学の提唱、1955年には宇宙線の超新星起源説等を唱えた。