村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12… 村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12月6日 - 2003年(平成15年)1月6日)は日本の陸軍軍人、評論家、作家。本名は宏城(ひろき)。兄は武藤電機創業者の村上稔夫。
東京都立戸山高等学校:26人
村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12… 村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12月6日 - 2003年(平成15年)1月6日)は日本の陸軍軍人、評論家、作家。本名は宏城(ひろき)。兄は武藤電機創業者の村上稔夫。
白根 斐夫(しらね あやお、1916年8月7日 - 1944… 白根 斐夫(しらね あやお、1916年8月7日 - 1944年11月24日)は、大日本帝国海軍の軍人。第二次世界大戦時の戦闘機搭乗員で、日中戦争での1機を含む9機の総撃墜数を持つエース・パイロットである。最終階級は戦死による一階級特進で海軍中佐。岡田内閣の内閣書記官長だった白根竹介は実父。 1916年(大正5年)8月7日に白根竹介の四男として東京都で生まれる。東京府立四中を経て、1937年(昭和12年)3月、海軍兵学校第64期を卒業。同期生に空母「赤城」艦上爆撃機隊分隊長として真珠湾攻撃に参加し、太平洋戦争を戦い抜いた阿部善次や「特攻に反対した指揮官」として知られる美濃部正がいる。1938年(昭和13年)7月に第31期飛行学生となり、1939年(昭和14年)3月に修了し、戦闘機搭乗員となった。
西尾 常三郎(にしお つねさぶろう、大正5年(1916年)7… 西尾 常三郎(にしお つねさぶろう、大正5年(1916年)7月2日 - 昭和19年(1944年)11月13日)は、大日本帝国陸軍軍人。陸軍少佐だったが特別攻撃隊に志願、富嶽隊隊長として特攻、戦死。二階級特進により大佐となる。正七位、勲三等、功二級。
林 八郎(はやし はちろう、1914年(大正3年)9月5日 … 林 八郎(はやし はちろう、1914年(大正3年)9月5日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人、皇道派。最終階級は陸軍少尉。二・二六事件で反乱部隊の首相官邸襲撃指揮官。
緒方 景俊(おがた かげとし、1913年(大正2年)9月1日… 緒方 景俊(おがた かげとし、1913年(大正2年)9月1日 - 1982年(昭和57年)12月26日)は、日本の陸軍軍人及び航空自衛官、第8代航空幕僚長。 教員・緒方竜之進の息子として鹿児島県に生まれる。伊集院中学、東京府立四中を経て、陸軍士官学校に入校。陸軍大学校を恩賜軍刀組で卒業。第3飛行団司令部員、第51教導飛行師団参謀、大本営参謀等を務めたのち、陸軍省軍務局課員で終戦を迎える。 戦後は公職追放を経て、1952年(昭和27年)7月に警察予備隊に入隊。1954年(昭和29年)7月に航空自衛隊の発足と同時に転官。空自では航空保安管制気象群司令、空幕人教部副部長を務めたのち、陸自に転身して陸幕第5部副部長、その後は防衛研修所副所長、統合幕僚会議事務局長と空自の主流ポストを歩いてはこなかったが、術科教育本部長となり、1968年(昭和43年)7月にFX(次期主力戦闘機)の調査団長として渡米。
野中 五郎(のなか ごろう、1910年(明治43年)11月1… 野中 五郎(のなか ごろう、1910年(明治43年)11月18日 - 1945年(昭和20年)3月21日)は、日本の海軍軍人。特攻兵器「桜花」を擁する神雷部隊指揮官として九州沖航空戦に参加。最終階級は戦死による二階級特進で海軍大佐。海兵61期卒。
鈴木 英(すずき すぐる、1908年(明治41年) 4月1日… 鈴木 英(すずき すぐる、1908年(明治41年) 4月1日 - 1985年(昭和60年)9月18日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。太平洋戦争において軍令部作戦課員などを務め、戦後は海上自衛隊に入隊。最終階級は日本海軍では海軍中佐、海自では海将。父は鈴木孝雄陸軍大将で、その次男。妻は岡田啓介首相の娘、喜美子。枢密院議長や内閣総理大臣を歴任した鈴木貫太郎海軍大将は伯父(父の長兄)。 千葉県出身。東京府立四中を経て海軍兵学校に入校(第55期)。席次4番、恩賜組で卒業した。同期生に藤村義一、寺内正道、のちに義兄となる岡田貞外茂がいる。鈴木は搭乗員であり専門は飛行艇であった。中尉に進級後の1930年(昭和5年)12月、第21期飛行学生を命ぜられ、首席で修了。
松田 武(まつだ たけし、1906年(明治39年)8月3日 … 松田 武(まつだ たけし、1906年(明治39年)8月3日 - 1988年(昭和63年)9月4日)は、日本の陸軍軍人、航空自衛官、旧軍需省官僚、実業家である。第4代航空幕僚長。
野中 四郎(のなか しろう、1903年(明治36年)10月2… 野中 四郎(のなか しろう、1903年(明治36年)10月27日 - 1936年(昭和11年)2月29日)は、日本の陸軍軍人。
松村 知勝(まつむら ともかつ、1899年(明治32年)10… 松村 知勝(まつむら ともかつ、1899年(明治32年)10月13日 - 1979年(昭和54年)5月7日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
沖野 亦男(おきの またお、1898年(明治31年)7月27… 沖野 亦男(おきの またお、1898年(明治31年)7月27日 - 1978年(昭和53年)3月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍大佐。 中国勤務が長く、“海軍の長江男”との異名があった中華民国専門家である。第二次世界大戦で片足を失って捕虜となる。戦後は、傷痍軍人会の創設、障害者スポーツの振興に尽力した。傷痍軍人会専務理事、世界歴戦者連盟(WVF - World Veterans Federation)理事。 府立四中を経て、海軍兵学校卒業。沖野は海兵47期で光延東洋、山本善雄、城英一郎らが同期生である。1920年(大正9年)少尉任官。大尉時代に海軍大学校選科学生として中国語を学び、第一遣外艦隊参謀兼副官として、司令官・米内光政を補佐している。
横井 忠雄(よこい ただお、1895年(明治28年)3月6日… 横井 忠雄(よこい ただお、1895年(明治28年)3月6日 - 1965年(昭和40年)9月10日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍少将。大分県大分市出身。
長井 満(ながい みつる、1895年(明治28年)1月16日… 長井 満(ながい みつる、1895年(明治28年)1月16日 - 1978年(昭和53年)12月13日)は、昭和期の大日本帝国海軍軍人。 最終階級は従四位勲二等海軍少将。福井県丹生郡殿下村(現福井市風尾町)出身。長井斎藤別当実盛の後裔と伝える浄土真宗勝鬘寺の長井真応住職の四男。長兄に仏教学者長井真琴博士、三兄に真向法の創始者として知られる長井津がいる。弟の長井洗は陸軍中佐。 東京府立第四中学校を経て、1917年(大正6年)11月、海軍兵学校(45期)を卒業。卒業席次は89名中5位(首席は皇族の名誉席次であり、実質上の4位)で、優等生として恩賜品を下賜されている。1918年(大正7年)8月1日、海軍少尉に任官。
下山 琢磨(しもやま たくま、1892年(明治25年)12月… 下山 琢磨(しもやま たくま、1892年(明治25年)12月1日 - 1957年(昭和32年)12月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 福井県出身。下山筆八工兵大佐の長男として生まれる。東京府立四中、陸軍中央幼年学校予科、同校本科を経て、1913年(大正2年)5月、陸軍士官学校(25期)を卒業。同年12月、陸軍歩兵少尉に任官し歩兵第1連隊付となる。1921年(大正10年)11月、陸軍大学校(33期)を優等で卒業した。 1922年(大正11年)9月、陸士教官に就任し、1925年(大正14年)3月、ドイツ駐在に発令された。1927年(昭和2年)11月、教育総監部付となり、教育総監部課員に異動し、1928年(昭和3年)8月、歩兵少佐に昇進。
本郷 義夫(ほんごう よしお、1892年3月20日 - 19… 本郷 義夫(ほんごう よしお、1892年3月20日 - 1962年6月28日)は、日本の陸軍軍人。陸軍中将。
戸塚 道太郎(とづか みちたろう、1890年〈明治23年〉4… 戸塚 道太郎(とづか みちたろう、1890年〈明治23年〉4月21日 - 1966年〈昭和41年〉3月6日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。 1890年(明治23年)4月21日東京府南豊島郡千駄ヶ谷村(現在の東京都渋谷区)に生まれる。旧制東京府立第4中学校を経て、1907年(明治40年)9月21日海軍兵学校38期に150名中12番の成績で入校、1910年(明治43年)7月18日149名中33番の成績で卒業、少尉候補生、装甲巡洋艦「浅間」乗組。10月16日- 練習艦隊遠洋航海出発(ホノルル-サンフランシスコ-サンピドロ-マサニーリョ-アカプルコ-パナマ-アカプルコ-ホノルル方面巡航)。1911年(明治44年)3月6日帰着。
佐藤 市郎(さとう いちろう、1889年(明治22年)8月2… 佐藤 市郎(さとう いちろう、1889年(明治22年)8月28日 - 1958年(昭和33年)4月14日)は、日本の海軍軍人、歴史家。海兵36期首席・海大18期首席。最終階級は海軍中将。 男3兄弟の長男で弟二人が内閣総理大臣(岸信介・佐藤栄作)を務めるという特異な家族構成である。さらに大甥(岸の孫)には第90・96・97・98代内閣総理大臣の安倍晋三がいる。 佐藤の遺品は、郷里である山口県熊毛郡田布施町の田布施町郷土館(外部リンク)に収蔵・展示されている。 山口県熊毛郡田布施町に、父・佐藤秀助、母・茂世の長男として生まれた。 東京府立第四中学校を経て、海軍兵学校36期(同期には南雲忠一がいる)に入校した。
吉本 貞一(よしもと ていいち、1887年3月23日 - 1… 吉本 貞一(よしもと ていいち、1887年3月23日 - 1945年9月14日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。
大島 浩(おおしま ひろし、1886年(明治19年)4月19… 大島 浩(おおしま ひろし、1886年(明治19年)4月19日 - 1975年(昭和50年)6月6日)は、日本の陸軍軍人、外交官。最終階級は陸軍中将。 第二次世界大戦前から戦中にかけて駐ドイツ特命全権大使を務め、日独伊三国同盟締結の立役者としても知られる。終戦後の極東国際軍事裁判ではA級戦犯として終身刑の判決を受けた。 大島は、陸軍士官学校、及び陸軍大学校を卒業した陸軍軍人であった。1921年(大正10年)、駐在武官補として初めてドイツに赴任、ナチ党とのあいだに強い個人的関係を築くようになった。1938年(昭和13年)には駐ドイツ日本大使に就任、日独同盟の締結を推進し、1940年(昭和15年)に調印された日独伊三国同盟も強力に支持した。
渡 久雄(わたり ひさお、1885年(明治18年)10月7日… 渡 久雄(わたり ひさお、1885年(明治18年)10月7日 - 1939年(昭和14年)1月2日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
東條 英機(とうじょう ひでき、1884年〈明治17年〉12… 東條 英機(とうじょう ひでき、1884年〈明治17年〉12月30日 - 1948年〈昭和23年〉12月23日)は、日本の40代内閣総理大臣、陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。位階は従二位。勲等は勲一等。功級は功二級。戦後、A級戦犯として死刑判決を受け処刑された。 陸軍次官(第25代)、陸軍航空総監(初代)、陸軍大臣(第29代)、参謀総長(第16代)、大政翼賛会総裁(第2代)、内務大臣(第57代)、外務大臣(第59代)、文部大臣(第53代)、商工大臣(第24代)、軍需大臣(初代)、関東軍参謀長(第10代)を歴任した。 父は岩手県(盛岡市)出身である東條英教(陸軍中将)、妻は東條かつ子。次男は東條輝雄(三菱自動車工業社長・会長)、三男は東條敏夫(空将補)。
安藤 三郎(あんどう さぶろう、1883年(明治16年)12… 安藤 三郎(あんどう さぶろう、1883年(明治16年)12月24日 - 1963年(昭和38年)8月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。 旧黒羽藩家老・安藤小次郎の長男として生れる。東京府立第四中学校を経て、1905年(明治38年)11月、陸軍士官学校(第18期)を卒業。翌年6月、歩兵少尉に任官し歩兵第8連隊付となる。歩兵第66連隊付などを経て、1917年(大正6年)11月、陸軍大学校(第29期)を卒業した。 歩兵第66連隊中隊長、陸士教官、参謀本部員、中国政府招聘(北京陸軍大学校教官)、歩兵第40連隊付などを歴任し、1925年(大正14年)5月、航空兵科に転じ航空兵少佐となり下志津陸軍飛行学校教官に就任した。
谷 寿夫(たに ひさお、1882年(明治15年)12月23日… 谷 寿夫(たに ひさお、1882年(明治15年)12月23日 - 1947年(昭和22年)4月26日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 陸士15期、陸大24期(優等)。師団参謀長、旅団長、師団長を歴任し、第6師団師団長として第二次上海事変、南京攻略戦に参加した。第二次世界大戦後、南京軍事法廷で、南京事件の首脳クラスの責任者の一人とされ死刑判決、銃殺刑に処せられた。 岡山県の農民出身。岡山中学校、東京府立四中(現東京都立戸山高等学校)卒業。 1937年(昭和12年)10月29日施行を昭和天皇に裁可された、帷幄上奏勅令軍事機密『軍令陸甲第34号』を根拠とした、軍政上の奉勅命令である中支那方面軍司令部の動員命令が、陸軍大臣杉山元大将によって動員担任官へ伝宣され、同司令部の動員がなされた。
石原 忍(いしはら しのぶ、1879年9月25日 - 196… 石原 忍(いしはら しのぶ、1879年9月25日 - 1963年1月3日)は、東京府東京市麹町区永田町(現在の東京都千代田区)出身の医学者・眼科医・陸軍軍人(最終階級は軍医少将)。東京帝国大学教授。文化功労者。 石原式色覚異常検査表と呼ばれる色覚検査表(石原表と略される)の考案者として有名である。石原表は1933年の第14回国際眼科学会で認定されたことなどから国際的にも高い評価を得ており、色覚検査表といえば石原表と同義語と解されるほど日本では普及している。 その他、石原は視力・色覚・屈折異常など、機能検査表の研究を行ったり、1色覚(先天性全色盲)を発見するなどし、眼科分野の先駆者となった。 1879年(明治12年)9月25日、東京府東京市麹町区永田町(現在の東京都千代田区)に生まれた。
小野寺 長治郎(おのでら ちょうじろう、1875年(明治8年… 小野寺 長治郎(おのでら ちょうじろう、1875年(明治8年)3月24日 - 1939年(昭和14年)2月7日)は、日本の陸軍軍人。階級は陸軍主計中将。貴族院議員。
古谷 清 は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。