神田 勝夫(かんだ かつお、1966年6月21日 - )は、… 神田 勝夫(かんだ かつお、1966年6月21日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロサッカー選手、大学教授。兄(昭夫・日立)と弟(勝利・NKK)は共にJSLでプレーした経験を持つ。 NKK在籍時まではフォワードであったが、1994年に移籍したセレッソ大阪で左サイドバックに転向。同年JFLのベストイレブンに選出される。アウトサイドのプレーヤーとして中盤でもプレーした。 1995年に新潟県出身者として初めて日本代表に選ばれ、1995年5月28日のキリンカップ・エクアドル代表戦で1キャップを記録。1998年より横浜F・マリノス、2000年よりアルビレックス新潟でプレーし、2003年をもって現役を引退した。
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樋口 正人(ひぐち まさと、1960年〈昭和35年〉8月17… 樋口 正人(ひぐち まさと、1960年〈昭和35年〉8月17日 - )は、日本の起業家・研究者である。2009年(平成21年)より株式会社ダステック代表取締役社長。新潟県新潟市生まれ、事業拠点は石川県金沢市。 一般社団法人日本ファンクショナルダイエット協会の「シニアケトジェニックアドバイザー」(認定証発行2016年3月20日)。および一般社団法人AGE研究協会の「AGE研究協会認定講師」(認定証発行2016年4月1日)。1998年(平成10年)4月 - 2001年(平成13年)3月は、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所の技術研修員もつとめた。先生は岡修一。 ペンネーム「純炭社長」としてブログやSNSの発信もおこなっている(「純炭社長の徒然起業日誌」など)。
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長沢 伸也(ながさわ しんや、1955年9月21日 - )は… 長沢 伸也(ながさわ しんや、1955年9月21日 - )は、日本の経営学者、早稲田大学教授。 新潟県新潟市生まれ。1978年早稲田大学理工学部工業経営学科卒業。1980年同大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。1986年「大気汚染濃度予測のための環境アセスメント手法に関する研究 起伏のある地形上における大気汚染予測モデルについて」で工学博士(早稲田大学)。1980年日本軽金属株式会社、1981年明治大学工学部専任助手、1988年産業能率大学専任講師、1991年亜細亜大学経営学部助教授、1995年立命館大学経営学部教授、2003年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、2008年同商学研究科教授。
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佐藤 岩昭(さとう いわあき、1955年7月1日 - )は、… 佐藤 岩昭(さとう いわあき、1955年7月1日 - )は、日本の法学者。専門は民法。上智大学法学部教授・同法科大学院教授。新潟市出身。 佐藤岩昭は前掲書で「訴権説」を提唱した。佐藤の唱える「訴権説」とは、詐害行為取消権が実体法上の権利と訴訟法上の権利とが融合していると考える学説である。それはローマ法のactio(アクチオ)や、フランス法のaction(アクスィオン)にその沿革的・比較法的根拠を求める学説である。 「訴権説」は、判例・通説(「相対的」取消概念)の理論的欠陥を鋭く指摘すると同時に、下森定、中野貞一郎の唱える責任説(「責任法的」無効概念)からの飛躍を主張した。 それとともに、同教授は、詐害行為取消訴訟に関する新たな訴訟構造論も提唱した。
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小池 和彦(こいけ かずひこ、1955年 - )は、日本の医… 小池 和彦(こいけ かずひこ、1955年 - )は、日本の医学者、博士(医学)。専門は内科学、消化器病学、肝臓学。東京大学大学院医学系研究科教授、一般社団法人日本内科学会理事長、一般社団法人日本肝臓学会理事長、一般財団法人日本消化器病学会理事長等を歴任。 肝臓病、消化器病の診療と研究に携わり、その研究業績は国際的に高い評価を受けている。特に、(1) B型肝炎における肝発癌機序の解明と治療、(2) C型肝炎における肝発癌機序の解明と治療、(3) C型肝炎の代謝性疾患としての同定と病態解明・治療、(4) 非B非C型肝癌、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)の成因・病態の解明と治療に貢献した。 2010年より日本肝臓学会理事長(2018年まで)[2]、2013年より日本内科学会理事長(2016年まで)[3]、2019年より日本消化器病学会理事長(2023年まで)[4]、2023年より日本消化器関連学会機構(JDDW)理事長[5]を務める。
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猪股 裕紀洋(いのまた ゆきひろ、1953年〈昭和28年〉3… 猪股 裕紀洋(いのまた ゆきひろ、1953年〈昭和28年〉3月29日 - )は、日本の小児外科学者、移植外科学者、小児外科医、移植外科医。医学博士。熊本大学名誉教授、熊本労災病院名誉院長。 新潟県新潟市(現 新潟市東区)出身。1971年(昭和46年)3月に新潟高等学校を卒業、1977年(昭和52年)3月に京都大学医学部医学科を卒業、1986年(昭和61年)3月に京都大学大学院医学研究科医学専攻博士課程を修了。 2000年(平成12年)8月に熊本大学医学部附属病院小児外科教授に就任、2002年(平成14年)4月に熊本大学医学部小児外科学講座教授に就任、2003年(平成15年)4月に熊本大学大学院医学薬学研究部小児外科学分野教授に就任。
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横山 隆晴(よこやま たかはる、1953年3月18日 - )… 横山 隆晴(よこやま たかはる、1953年3月18日 - )は、日本の情報学者。近畿大学総合社会学部教授。元・フジテレビ編成制作局のゼネラルプロデューサー。早稲田大学政治経済学部卒。新潟県新潟市出身。
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羽入 辰郎(はにゅう たつろう、1953年2月 - )は、日… 羽入 辰郎(はにゅう たつろう、1953年2月 - )は、日本の倫理学・文献学者。青森県立保健大学健康科学部理学療法学科教授。 新潟市生まれ。1978年埼玉大学教養学部卒、1979年日本社会事業学校研究科卒業。ソーシャル・ワーカーとしての勤務ののち、1984年東京大学文科三類に入学、オリエンテーション合宿において山中湖の東大生五人死亡事件に遭遇した。1989年東京大学教養学部教養学科第二「ドイツの文化と社会」分科を卒業。この頃からマックス・ヴェーバー批判の構想を温め、東京大学大学院人文科学研究科倫理学専修に進学し、濱井修に師事する。1995年「『倫理』論文におけるウェーバーの資料の取り扱い方について」により、東京大学博士(文学)。
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木口 昭二(きぐち しょうじ、1950年10月3日 - )は… 木口 昭二(きぐち しょうじ、1950年10月3日 - )は、日本の鋳造工学学者。近畿大学名誉教授。大阪府枚方市在住。 新潟県新潟市生まれ。1966年新潟市立白新中学校卒、1969年新潟県立新潟高等学校卒。1974年早稲田大学理工学部金属工学科卒。1979年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。1979年コマツ入社、生産技術研究所、鋳造事業部、1996年近畿大学理工学部金属工学科助教授、2002年機械工学科教授、全学共通教育機構副機構長、教養・外国語教育センター長、2017年名誉教授。 1979年「溶融金属の凝固開始前後における流動性の解析」で工学博士(早稲田大学)。 2014年-2018年(公社)日本鋳造工学会【1】会長、2019年(公社)日本鋳造工学会名誉会員、2008年- (一社)日本鋳造協会参与、2014年-2025年(一財)素形材センター理事、2025年- (一財)素形材センター評議員、2017年-2019年(公社)日本工学会監事、2019年(公社)日本工学会フェロー、2020年 (一社)日本技術者教育認定機構フェロー。
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池 享(いけ すすむ、1950年9月 - )は、日本の日本史… 池 享(いけ すすむ、1950年9月 - )は、日本の日本史学者。一橋大学名誉教授。専門は日本中近世史、特に室町・戦国時代の大名の研究。一橋大学教授・ソウル大学校教授・歴史学研究会委員長・歴史科学協議会代表理事などを歴任。 新潟県新潟市生まれ。1974年一橋大学社会学部卒業、1976年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1980年一橋大学大学院経済学研究科経済史専攻博士課程単位取得退学(永原慶二門下、同門に池上裕子、蔵持重裕、森武麿、西田美昭など)。1997年「大名領国制の研究」で一橋大学より博士(経済学)の学位を取得。 1980年一橋大学大学経済学部助手、1981年市立大月短期大学専任講師、1983年新潟大学人文学部助教授、1987年一橋大学経済学部助教授、1991年同教授、2014年定年退職、一橋大学名誉教授、飯田市歴史研究所顧問研究員、2014年9月ソウル大学校師範大学歴史教育科教授(日本史)、2016年3月ソウル大定年退職、同年8月までソウル大学訪問教授。
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波田野 節子(はたの せつこ、1950年- )は、朝鮮文学者… 波田野 節子(はたの せつこ、1950年- )は、朝鮮文学者、新潟県立大学名誉教授。専攻は朝鮮近代文学。 新潟市生まれ。新潟県立新潟高等学校卒、1973年青山学院大学文学部卒業。フランスに渡る。県立新潟女子短期大学教授、新潟県立大学国際地域学部教授。2014年定年退官、名誉教授。2011-12年まいにちハングル講座講師。
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鹿島 正裕(かしま まさひろ、1948年(昭和23年) - … 鹿島 正裕(かしま まさひろ、1948年(昭和23年) - )は、日本の国際政治学者、金沢大学名誉教授。 新潟県新潟市生まれ。1971年東京大学教養学部教養学科国際関係論分科卒業。1979年同大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。2001年「中東戦争との関連における米国・エジプト関係史の研究」で東大博士(学術)。1980-82年エジプト・カイロ大学文学部客員助教授。1982年金沢大学法学部専任講師、84年助教授、1988年教授、2008年同人間社会学域国際学類教授。2013年定年退任、名誉教授。
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佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月… 佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月8日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚(技官)。自由民主党新潟県支部連合会会長。 参議院議員(3期)、参議院決算委員長、同財政金融委員長、同地方創生及び消費者問題に関する特別委員長、同行政監視委員長、同環境委員長、第6代国土交通事務次官、技監、国土交通省道路局長、自由民主党国土強靭化推進本部長などを務めた。学位は工学修士(京都大学・1972年)。 新潟県新潟市出身。1966年、新潟県立新潟高等学校卒業。1970年、京都大学工学部土木工学科卒業。1972年、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。修士論文ではinteger programming(整数計画問題)を扱った。
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五十嵐 一(いがらし ひとし、1947年(昭和22年)6月1… 五十嵐 一(いがらし ひとし、1947年(昭和22年)6月10日 - 1991年(平成3年)7月11日)は、日本の中東・イスラーム学者。井筒俊彦の弟子。比較文学の学者である五十嵐雅子は妻。長男の五十嵐中も大学教授である。十数の言語の読み書きが出来、イスラム思想、数学や医学、ギリシア哲学などを研究していた。 新潟県新潟市出身。新潟大学教育学部附属新潟小学校、新潟県立新潟高等学校を経て、1970年(昭和45年)に東京大学理学部数学科を卒業した。理数系から人文系に転身し、1976年(昭和51年)に同大学院美学芸術学博士課程を修了した。同年からイランに留学し、イラン革命が起こった1979年(昭和54年)までイラン王立哲学アカデミー研究員を務めた。
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鈴木 厚人(すずき あつと、1946年10月3日 - )は、… 鈴木 厚人(すずき あつと、1946年10月3日 - )は、日本の物理学者(素粒子物理学・ニュートリノ天文学)。学位は理学博士(東北大学・1974年)。岩手県立大学学長、東北大学名誉教授、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構名誉教授、日本学士院会員、文化功労者。 日本学術振興会奨励研究員、高エネルギー物理学研究所助手、東京大学理学部助手、高エネルギー物理学研究所助教授、東北大学理学部教授、東北大学大学院理学研究科研究科長、東北大学副学長、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構機構長などを歴任した。 素粒子物理学やニュートリノ天文学を専攻する物理学者である。新潟県新潟市出身。カミオカンデ・スーパーカミオカンデを経て、世界最大(1000トン)の液体シンチレータを用いたニュートリノ検出装置カムランドを発案・建設し、2002年(平成14年)に、遠方の原子炉から飛来するニュートリノの振動現象を、世界で初めて観測した。
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猪口 孝(いのぐち たかし、1944年〈昭和19年〉1月17… 猪口 孝(いのぐち たかし、1944年〈昭和19年〉1月17日 - 2024年〈令和6年〉11月27日)は、日本の国際政治学者。東京大学名誉教授。専門は、政治学・国際関係論。政治学博士(マサチューセッツ工科大学、1974年)。新潟県立大学学長兼理事長、国際連合大学上級副学長などを歴任した。 新潟県新潟市生まれ。東京大学から米国マサチューセッツ工科大学に進み、博士号を取得する。 1982年、『国際政治経済の構図』でサントリー学芸賞受賞。1987年に大嶽秀夫、村松岐夫ともに雑誌『レヴァイアサン』を共同で創刊し、実証主義的政治学の発展に貢献した。 2000年から2002年まで日本国際政治学会理事長を務める。
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中矢 一義(なかや かずよし、1940年 - )は、日本の文… 中矢 一義(なかや かずよし、1940年 - )は、日本の文化学者、音楽評論家、慶應義塾大学名誉教授。専門は18世紀英国芸能史。 新潟県新潟市出身。新潟県立新潟高等学校を経て、1962年東京外国語大学英米科卒業、1968年東京都立大学 (1949-2011)人文科学研究科博士課程中退、同大学英文研究室助手、1969年國學院大學専任講師、1973年慶應義塾大学法学部専任講師、1979年助教授、1986年教授、2005年定年退職、名誉教授。 1996年 - 2002年長岡リリックホール館長。国際音楽フェスティヴァル、オペラなどの総合プロデュースを多数手がけた。雑誌に多くの音楽評を書いた。
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湯川 豊(ゆかわ ゆたか、1938年8月16日 ‐ )は、日… 湯川 豊(ゆかわ ゆたか、1938年8月16日 ‐ )は、日本の編集者、評論家、エッセイスト、元京都造形芸術大学教授。
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神林 恒道(かんばやし つねみち、1938年4月19日 - … 神林 恒道(かんばやし つねみち、1938年4月19日 - 2025年12月16日)は、日本の美学者。大阪大学名誉教授。元美学会会長。専門はドイツ・ロマン主義、近代日本の芸術。日本美術教育学会会長。新潟市會津八一記念館館長。日本フェノロサ学会会長。 新潟市出身。新潟県立新潟高等学校、京都大学文学部卒業。1967年同大学院美学専攻博士課程中退。1996年「シェリングとその時代―ロマン主義美学の研究」で文学博士(大阪大学)。帝塚山学院大学助教授、1974年大阪大学文学部助教授、1989年教授。2002年定年退官、名誉教授、立命館大学先端総合学術研究科教授。2009年退職。 2025年12月16日、病気のため大阪府高槻市の病院で死去。
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田村 博(たむら ひろし、1935年(昭和10年)4月14日… 田村 博(たむら ひろし、1935年(昭和10年)4月14日 - 2010年(平成22年)8月28日)は、日本の人間工学者。工学博士。モバイル学会初代会長。ヒューマンインタフェース学会名誉会員(第1号)、京都工芸繊維大学名誉教授。 新潟県新潟市出身。1954年(昭和29年)3月に新潟高等学校を卒業、1958年(昭和33年)3月に京都大学工学部電気工学科を卒業、1963年(昭和38年)3月に京都大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程を修了。 1963年(昭和38年)に京都大学工学部助手に就任、同年9月に退任、10月に大阪大学基礎工学部制御工学科助手に就任、1964年(昭和39年)に同講師に就任、1966年(昭和41年)に同助教授に就任。
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山本 和郎(やまもと かずお、1935年2月6日 - 201… 山本 和郎(やまもと かずお、1935年2月6日 - 2016年7月12日)は、日本の心理学者。慶應義塾大学名誉教授。日本コミュニティ心理学会初代会長。日本・精神技術研究所心理臨床学院長。専門はコミュニティ心理学。 新潟県新潟市生まれ。1950年大田区立大森第六中学校卒業、1953年東京都立小山台高等学校卒業、1958年東京大学文学部心理学科卒業、1963年同大学院人文科学研究科心理学専攻博士課程単位取得退学、1963年国立精神衛生研究所研究員、1965年ハーバード大学医学部リサーチ・フェロー(1966年帰国)。 慶應義塾大学文学部助教授、1981年教授。2000年定年退任、名誉教授、大妻女子大学人間関係学部教授。
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石附 実(いしづき みのる、1934年11月29日 - 20… 石附 実(いしづき みのる、1934年11月29日 - 2006年5月23日)は、日本の教育学者。大阪市立大学名誉教授。専門は比較・国際教育学、近代日本比較教育文化史。 新潟市生まれ。1959年、京都大学教育学部卒業。1965年、同大学院博士課程満期退学。1973年「近代日本海外留学史の研究」で教育学博士。神戸山手女子短期大学講師、1966-1968年、オーストラリア国立大学極東史研究所員。天理大学助教授。大阪市立大学文学部助教授、教授。1996年、定年退官、名誉教授。京都女子大学教授。2005年退職。
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諏訪 春雄(すわ はるお、1934年3月30日 - )は、日… 諏訪 春雄(すわ はるお、1934年3月30日 - )は、日本の近世文学・芸能史学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1966年)。学習院大学名誉教授。 新潟県新潟市生まれ。1956年新潟大学人文学部国文学科卒業、1961年東京大学大学院国文科博士課程単位取得退学、1958年中・高等科教諭、1970年学習院女子短期大学教授、1979年学習院大学教授。1966年「元禄歌舞伎の研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。2005年定年退職、名誉教授。 国際浮世絵学会理事長、歌舞伎学会監事、日本近世文学会代表など。1995年内山記念浮世絵賞、2004年安倍能成記念学術賞。2013年秋、瑞宝中綬章受勲。
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笠原 茂(かさはら しげる、1933年(昭和8年)6月11日… 笠原 茂(かさはら しげる、1933年(昭和8年)6月11日 - 1990年(平成2年)11月13日 )は、新潟県新潟市出身のアマチュアレスリング選手でのちに明治大学農学部教授。1956年メルボルンオリンピックレスリング男子フリースタイルライト級銀メダリスト。
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永井 克孝(ながい よしたか、1931年〈昭和6年〉9月7日… 永井 克孝(ながい よしたか、1931年〈昭和6年〉9月7日 - 2014年〈平成26年〉6月23日)は、日本の生化学者。理学博士、医学博士。東京大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員。専門は糖鎖生物学。 新潟県新潟市出身。1950年(昭和25年)3月に新潟高等学校を卒業、4月に東京大学に入学、木村雄吉と前田護郎に師事、1954年(昭和29年)3月に東京大学教養学部教養学科を卒業。 1958年(昭和33年)4月に東京大学伝染病研究所助手に就任、山川民夫に師事、1963年(昭和38年)4月に東京大学教養学部助手に就任、12月に東京大学から理学博士の学位を取得。 1966年(昭和41年)4月に東京大学教養学部助教授に就任、1968年(昭和43年)4月に東京大学医科学研究所細胞化学研究部助教授に就任、1974年(昭和49年)4月に東京都老人総合研究所生化学部部長に就任。
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後藤 鉄男(ごとう てつお、1931年6月5日- 1982年… 後藤 鉄男(ごとう てつお、1931年6月5日- 1982年12月16日)は、日本の物理学者(素粒子論・場の量子論)。1970年に南部陽一郎が弦理論を提唱した後、南部と独立に南部-後藤のラグランジアン(南部=後藤作用)を提案した。 新潟県出身。旧制佐渡中学(現・新潟県立佐渡高等学校)、旧制新潟高等学校を経て新潟大学医学部に入学。後に理学部に転科した。 1958年大阪大学博士課程修了、日本大学理工学部教授となった。肺癌のため51歳で死去。
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眞保 亨(しんぼ とおる、1931年 - 2024年)は、日… 眞保 亨(しんぼ とおる、1931年 - 2024年)は、日本の美術史学者(日本美術史)。 新潟市生まれ。1955年東京教育大学を卒業。文化庁主任文化財調査官、東京国立文化財研究所美術部長、筑波大学教授・同芸術学研究科長・同芸術学系長・同芸術専門学群長、東京家政学院大学教授・同生活文化博物館長を歴任。筑波大学名誉教授。芸術学博士。 2024年3月に死去したことが、2025年3月発行の「芸叢 第40号」内で発表された。享年93歳。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
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吉原 賢二(よしはら けんじ、1929年(昭和4年)9月16… 吉原 賢二(よしはら けんじ、1929年(昭和4年)9月16日 - )は、日本の化学者。専門は放射化学。
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木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月… 木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月16日)は、日本の哲学者、翻訳家。専攻は西洋哲学史、現象学の研究。中央大学名誉教授。 モーリス・メルロー=ポンティ、エドムント・フッサール等の、20世紀ヨーロッパ思想で著名な哲学者の代表作を平易な日本語に訳した。ハイデガーの研究でも知られる。 新潟県新潟市生まれ、本籍地は山形県最上郡東小国村(現在は最上町)。 3歳のとき一家で満洲・新京に渡る。新京第一中学校(戦時体制のため4年で繰り上げ卒業)を経て、1945年(昭和20年)海軍兵学校に入学(78期)。同年8月6日、江田島で水泳の訓練中、原爆投下を広島市側の海岸で目撃。8月15日に日本が終戦を迎えると軍海軍兵学校では生徒たちに帰宅の指示が出たが、満州出身であったため本土にいる親戚もよくわからず困っていたところ、教官が自身の佐賀の実家へ行くよう指示してくれる(教官は兵学校での残務処理に残った)。
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茂野 六花(しげの ろっか、1926年(大正15年)7月1日… 茂野 六花(しげの ろっか、1926年(大正15年)7月1日 - 1985年(昭和60年)11月24日)は、日本の俳人、医師、法医学者。医学博士。第9代新潟大学学長、新潟大学医学部第12代学部長。本名は茂野 錄良(しげの ろくろう)。 新潟県新潟市出身。1943年(昭和18年)11月に新潟中学校を繰り上げ卒業、1945年(昭和20年)10月に海軍兵学校を卒業、1950年(昭和25年)3月に新潟医科大学を卒業。 1951年(昭和26年)7月に新潟大学新潟医科大学法医学教室助手に就任、同年9月から同教室教授で俳人の高野素十から俳句の指導を受け、「六花」の俳号を授かった。 1953年(昭和28年)4月に新潟大学医学部法医学教室助手に就任、1954年(昭和29年)8月に新潟大学医学部法医学教室(担任:山内峻呉教授)講師に就任。
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原 宏(はら こう、1925年〈大正14年〉12月24日 -… 原 宏(はら こう、1925年〈大正14年〉12月24日 - 2010年〈平成22年〉11月)は、日本の通商産業技官、電磁気学者、計測工学者。工学博士。元通商産業省工業技術院電子技術総合研究所標準計測部量子計測研究室長。東京大学名誉教授。 新潟県新潟市出身。1942年(昭和17年)3月に新潟中学校を4年で修了(四修)、1944年(昭和19年)9月に新潟高等学校を半年繰り上げ卒業、1947年(昭和22年)9月に東京帝国大学理学部物理学科を卒業。 1947年(昭和22年)10月に逓信省電気試験所に入所、1957年(昭和32年)11月からカナダ国立研究機構で研究、1959年(昭和34年)3月に帰国、通商産業省工業技術院電気試験所標準器部第一標準器課単本位研究室主任を経て、1962年(昭和37年)2月に第一標準器課長に就任、4月に第一標準器課の第一標準研究室への改称に伴い第一標準研究室長に就任、1965年(昭和40年)1月に第一標準研究室の計測基礎研究室への改組に伴い計測基礎研究室長に就任、1970年(昭和45年)7月に電気試験所の電子技術総合研究所への改称と標準器部計測基礎研究室の標準計測部量子計測研究室への改組に伴い電子技術総合研究所標準計測部量子計測研究室長に就任。
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片岡 信二(かたおか しんじ、1925年〈大正14年〉8月6… 片岡 信二(かたおか しんじ、1925年〈大正14年〉8月6日 - 2014年〈平成26年〉4月21日)は、日本の計算機科学者、応用数学者、統計物理学者。理学博士(九州大学・1962年)。一橋大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授。 新潟県長岡市出生、新潟市出身。1942年(昭和17年)3月に新潟中学校を4年で修了(四修)、1944年(昭和19年)9月に新潟高等学校を半年繰り上げ卒業、1947年(昭和22年)9月に東京帝国大学理学部物理学科を卒業。 1949年(昭和24年)6月に東京商科大学助手に就任、1959年(昭和34年)7月にカリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) Western Data Processing Center 研究助手に就任(期間1年)、1960年(昭和35年)7月にマサチューセッツ工科大学 (MIT) Operations Research Center 研究助手に就任(期間1年)、1962年(昭和37年)5月に一橋大学経済学部講師に就任、1963年(昭和38年)7月に一橋大学経済学部助教授に就任、1967年(昭和42年)4月に一橋大学経済学部教授に就任、1977年(昭和52年)4月に一橋大学評議員に就任、1984年(昭和59年)12月に一橋大学情報処理センター長に就任、1987年(昭和62年)4月に一橋大学名誉教授の称号を受称、フェリス女学院大学教授に就任。
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五十嵐 清(いがらし きよし、1925年(大正14年)5月1… 五十嵐 清(いがらし きよし、1925年(大正14年)5月12日 -2015年(平成25年)9月12日 )は、日本の法学者。専門は、比較法学・民法総則・不法行為法。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1961年)。北海道大学名誉教授。新潟県新潟市出身。比較法学の第一人者。[要出典] 専門は、比較法学・民法総則・不法行為法。個人研究としてヨーロッパ近代法史・国際私法・法社会学も研究対象としている。また、各大学または法科大学院では、民法を担当し民法に関する学術書も出しているが、基幹の研究は、あくまで比較法である。 民法総則・比較法分野 不法行為法・医事法・法哲学・法社会学分野
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清水 司(しみず つかさ、1925年(大正14年)1月22日… 清水 司(しみず つかさ、1925年(大正14年)1月22日 - 2017年(平成29年)10月21日)は、日本の工学者。早稲田大学第11代総長。早稲田大学名誉教授。学校法人渡辺学園名誉理事長。専門は電波工学。1997年文化功労者。新潟県新潟市出身。位階は従三位。 1948年早稲田大学理工学部電気通信学科を卒業、1953年から同大にて大学院文部省特別研究生(1958年3月まで)。1960年工学博士(博士論文「フェライトを用いたマイクロ波回路素子の設計に関する研究」)。1953年同大助手に採用。専任講師、助教授を経て1965年から同大教授(1984年3月まで)。この間、1970年から常任理事(8年間)、1978年11月から第11代総長(4年間)を歴任。
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村山 登(むらやま のぼる、1918年〈大正7年〉12月1日… 村山 登(むらやま のぼる、1918年〈大正7年〉12月1日 - 2015年〈平成27年〉1月22日)は、日本の農林技官、植物栄養・肥料学者。農学博士。元農林省農業技術研究所化学部作物栄養科長、元東京農工大学農学部長。東京農工大学名誉教授。 新潟県新潟市出身。1935年(昭和10年)3月に新潟中学校を4年で修了(四修)、1938年(昭和13年)3月に新潟高等学校を卒業、1941年(昭和16年)3月に東京帝国大学農学部農芸化学科を卒業。 1941年(昭和16年)4月に農林省農事試験場助手に就任、1943年(昭和18年)7月に応召、1945年(昭和20年)9月に復員、農事試験場に勤務、1950年(昭和25年)4月に農林省農業技術研究所化学部作物栄養科作物栄養第2研究室長に就任、1961年(昭和36年)3月に東京大学から農学博士の学位を取得、1964年(昭和39年)5月に農林省農業技術研究所化学部作物栄養科長に就任。
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井上 栄一(いのうえ えいいち、1917年〈大正6年〉1月1… 井上 栄一(いのうえ えいいち、1917年〈大正6年〉1月1日 - 1993年〈平成5年〉3月3日)は、日本の農林技官、気象学者、農業気象学者、微気象学者。理学博士。元農林省農業技術研究所物理統計部気象科長。日本農業気象学会名誉会員。 新潟県新潟市出身。新潟尋常小学校を経て、1934年(昭和9年)3月に新潟中学校を卒業、1937年(昭和12年)3月に第一高等学校を卒業、1941年(昭和16年)3月に東京帝国大学工学部航空学科を卒業。 1941年(昭和16年)4月に陸軍航空技術学校に入校、軍曹に任官、6月に見習士官に任官、8月に陸軍技術中尉に任官、陸軍航空本部に配属。 航空技術将校として、太平洋戦争の戦地や大日本帝国軍の占領地に出向き、そこに残された戦闘機スーパーマリン スピットファイアや戦闘機P-40 キティホークなどの敵国の航空機や文書などを調査した。
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松岡 英夫(まつおか ひでお、1912年12月9日 - 20… 松岡 英夫(まつおか ひでお、1912年12月9日 - 2001年4月8日)は、日本の政治評論家、歴史家。 新潟県新潟市生まれ。1938年東京帝国大学卒業、東京日日新聞社に入社、戦後、毎日新聞政治部長、論説委員、編集局次長を経て、政治評論家に。1971年から『サンデー毎日』の「サンデー時評」を担当、幕末史の研究者でもあり、1979年『大久保一翁』で毎日出版文化賞受賞。1983年の東京都知事選に、革新統一候補として立候補し、148万2169票を獲得したが、鈴木俊一に敗れた。2001年、肺炎のため88歳で死去。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
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長濱 政壽(ながはま まさとし、1911年1月1日 - 19… 長濱 政壽(ながはま まさとし、1911年1月1日 - 1971年5月21日)は、日本の行政学者、政治学者。京都大学名誉教授。辻清明と並ぶ行政学第2世代の一人。新潟県新潟市生まれ。「長浜 政寿」とも表記される。 1931年、新潟高等学校文科甲類卒業。1934年、京都帝国大学法学部政治科卒業。同年、京都帝国大学法学部助手。1936年、京都帝国大学法学部専任講師。1938年、京都帝国大学法学部助教授に就任。1945年、京都帝国大学法学部教授に就任。1956年、京都大学評議員。1960年、京都大学より法学博士を取得。1961年、国家公務員採用上級甲乙種試験専門試験委員。1967年、京都大学法学部長。1971年、京都大学評議員。
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岩田 孝三(いわた こうぞう、1907年1月30日-1994… 岩田 孝三(いわた こうぞう、1907年1月30日-1994年2月21日)は、日本の地理学者。専門は地政学。 新潟市出身。本籍は埼玉県浦和市。1930年東京高等師範学校文科第一部卒業、1933年東京文理科大学地理学科卒業。1934年同大学院退学、第二東京市立中学校(現東京都立上野高等学校)教諭、1936年陸軍経理学校教授、1937年陸軍教授。1945年敗戦により解雇、1951年東京学芸大学教授。1952年「わが国、国界、藩界についての政治地理学的研究」で東北大学理学博士(主査 富田芳郎教授)。1970年東京学芸大学定年退官、名誉教授、国士舘大学文学部地理学専攻教授。
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安芸 皎一(あき こういち、男性、1902年4月9日 - 1… 安芸 皎一(あき こういち、男性、1902年4月9日 - 1985年4月27日)は、日本の河川工学者、資源問題研究者。河川開発、水害問題のほか、資源問題を国際的視野で研究した。 内務省土木局技師安芸杏一の長男として新潟市に生まれる。兄弟構成は6人兄弟一女5男で、他5人とも大学出である。東京で育ち、府立四中(現・東京都立戸山高等学校)に進学。府立中時代は水練部主将を務める。四修で新潟高等学校 (旧制)に進学。同校を卒業後、東京帝国大学文学部英文科に進むが、1年後に工学部土木工学科に再入学。再入学した土木工学科では水理学者物部長穂のもとで河川工学を修める。1926年同学科卒業、内務省に入省。東京土木出張所内務工手。
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田中 美知太郎(たなか みちたろう、1902年(明治35年)… 田中 美知太郎(たなか みちたろう、1902年(明治35年)1月1日 - 1985年(昭和60年)12月18日)は、日本の哲学者、西洋古典学者。京都大学名誉教授。文学博士(1950年)。
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住木 諭介(すみき ゆすけ、1901年〈明治34年〉2月10… 住木 諭介(すみき ゆすけ、1901年〈明治34年〉2月10日 - 1974年〈昭和49年〉9月11日)は、日本の農芸化学者。農学博士。東京大学名誉教授、日本農芸化学会名誉会員。元東京大学農学部学部長、元理化学研究所副理事長。 新潟県新潟市東堀前通9番町(現 新潟市中央区)の新潟県庁職員・住木正次郎の長男として出生。 1919年(大正8年)3月に新潟中学校を卒業、1922年(大正11年)3月に新潟高等学校を卒業、1925年(大正14年)3月に東京帝国大学農学部農芸化学科を卒業、1929年(昭和4年)3月に東京帝国大学農学部大学院を修了。 1929年(昭和4年)4月に東京帝国大学農学部農芸化学科(主任:鈴木梅太郎)副手に就任、1932年(昭和7年)9月に東京帝国大学農学部農芸化学科助手に就任、1936年(昭和11年)8月に東京帝国大学農学部農芸化学科助教授に就任。
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近藤 正二(こんどう しょうじ、1893年〈明治26年〉2月… 近藤 正二(こんどう しょうじ、1893年〈明治26年〉2月5日 - 1977年〈昭和52年〉1月22日)は、日本の衛生学者、医師。医学博士。東北大学名誉教授。 生涯を通して食生活改善の啓蒙・普及に尽力し、欧米人と比較して著しく劣っていた日本人の体格、体力、寿命の向上に貢献した。 新潟県新潟市本町通10番町(現 新潟市中央区本町通10番町)の薬種商・近藤市蔵の次男として出生。 1910年(明治43年)3月に新潟中学校を卒業、1913年(大正2年)7月に第一高等学校を卒業、1917年(大正6年)12月に東京帝国大学医科大学医学科を卒業。 1918年(大正7年)1月に東北帝国大学医科大学細菌学教室細菌学講座(担任:青木薫教授)助手に就任、1920年(大正9年)11月に東北帝国大学医学部細菌学教室細菌学講座講師に就任、1921年(大正10年)3月に助教授に就任。
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伊藤 誠哉(いとう せいや、1883年8月7日 - 1962… 伊藤 誠哉(いとう せいや、1883年8月7日 - 1962年3月28日)は、植物学者、菌類学者、植物病理学者、元北海道大学総長。農学博士。新潟県新潟市生まれ。 新潟県立新潟中学校を経て東北帝国大学農科大学(現北海道大学農学部)卒業。稲熱病の防除法を研究。その後も日本に点在する全菌類の調査研究をする等、日本の植物病理学の発展に尽力した。1950年(昭和25年)、日本学士院(当時の第二部自然科学部門)会員になる。新会員一同は、昭和天皇から皇居に招かれたが伊藤は欠席した。1959年(昭和34年)文化功労者。 主著に『日本菌類誌』等。
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会津 八一(あいづ やいち、旧字体: 會津 八一、1881年… 会津 八一(あいづ やいち、旧字体: 會津 八一、1881年〈明治14年〉8月1日 - 1956年〈昭和31年〉11月21日)は、日本の歌人・美術史家・書家。雅号は、秋艸道人・渾斎。1951年に新潟市名誉市民。 早大英文科卒。奈良の仏教美術にひかれ、ひらがな書きの万葉調短歌を詠み、『南京新唱』(1924年)を刊行。のち上京、早大教授となり、「東洋美術史」等を講じた。晩年は新潟市に戻り、書に専念。歌集に『鹿鳴集』(1940年)など。 新潟県新潟市古町通五番町に生まれる。中学生の頃より『万葉集』や良寛の歌に親しんだ。1900年新潟尋常中学校(現新潟県立新潟高等学校)卒業後、東京専門学校(早稲田大学の前身校)に入学し、坪内逍遙や小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)らの講義を聴講した。
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久代 恵介(くしろ けいすけ)は、日本のスポーツ心理学者。京… 久代 恵介(くしろ けいすけ)は、日本のスポーツ心理学者。京都大学大学院人間・環境学研究科共生人間学専攻認知・行動科学講座教授。 新潟県新潟市出身。新潟市立新通小学校、新潟市立坂井輪中学校、新潟県立新潟高等学校を経て、筑波大学体育専門学群健康体力学専攻卒業。上越教育大学大学院学校教育研究科修士課程教科・領域教育専攻修了、修士(教育学)。東京医科大学大学院医学研究科生理学専攻博士課程修了、博士(医学)。マウントサイナイ医科大学客員研究員、ニューヨーク大学博士研究員、東京大学産学官連携研究員、京都大学大学院人間・環境学研究科助手、同助教、京都大学高等教育研究開発推進センター准教授、京都大学大学院人間・環境学研究科准教授を経て、2018年京都大学大学院人間・環境学研究科教授。
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