ファンキー佐藤(ファンキーさとう、2001年1月18日 - … ファンキー佐藤(ファンキーさとう、2001年1月18日 - )は、日本のリングアナウンサー、レフェリー。山梨県笛吹市出身。 2021年8月24日、山梨プロレス祭りにてリングアナウンサーデビュー。2023年7月29日をもってプロレスリングZERO1リングアナウンサーを卒業したオッキー沖田の後任として、ZERO1正規リングアナウンサーに就任。2025年からのZERO1体制変更以降はフリー。 栃木プロレスや佐藤嗣崇自主興行では、レフェリーを務めることもある。
エアコンぶんぶんお姉さん(エアコンぶんぶんおねえさん、200… エアコンぶんぶんお姉さん(エアコンぶんぶんおねえさん、2000年〈平成12年〉3月13日 - )は、日本のお笑い芸人、音楽アーティスト。吉本興業東京本社所属。NSC東京校26期生。 山梨県笛吹市出身。山梨県立日川高等学校卒業。在学時は合唱部に所属していた。 子供の頃からお笑いが好きで、高校生の頃は都内の劇場にも通っていた。しかし当時はあくまでも「見る」側として好いていたため、自分がお笑い芸人になることは考えていなかった。 2018年、専修大学に進学し、サークル「落語研究会お笑い企画STRIP GUN CLUB」に入会。同サークルの3期生となる。スタッフを希望して入ったものの、サークルの人数が足らずに演者をすることになった。
又木 鉄平(またき てっぺい、1999年2月12日 - )は… 又木 鉄平(またき てっぺい、1999年2月12日 - )は、山梨県笛吹市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 笛吹市立石和北小学校で3年生の時に石和北スポーツ少年団で野球を始める。笛吹市立石和中学校では軟式野球部に所属していた。 山梨県立日川高等学校では甲子園大会出場はなく、3年夏は山梨大会準々決勝で東海大甲府に敗れた。 高校卒業後は東京情報大学へ進学。1年春からリーグ戦に登板し、通算成績は15勝11敗。 その後は日本生命へ入社。1年目から公式戦に登板した。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから5位指名を受けた。ドラフト後に開催された第48回社会人野球日本選手権大会では、JR四国との準々決勝に先発して6回を無安打無失点に抑え、勝利投手となった。
乙黒 拓斗(おとぐろ たくと、1998年12月13日 - )… 乙黒 拓斗(おとぐろ たくと、1998年12月13日 - )は、日本の男子レスリングの元選手。2021年開催東京オリンピック男子フリースタイル65kg級金メダリスト。山梨県笛吹市出身。山梨学院大学卒業。自衛隊体育学校所属の自衛官(2021年8月現在の階級は2等陸曹)。兄は同じ自衛隊所属のレスリング選手である乙黒圭祐。 父親の影響で兄がレスリングを始めると、その後に自らも続いた。笛吹市立石和南小学校時代は所属先の山梨ジュニアレスリングクラブのみならず、実家でも父親の指導で夜遅くまで練習に取り組んでいた。小学校5年の時からは山梨学院大学レスリング部でも練習を行うようになった。 また東京GOLDKIDレスリングクラブに所属し、全国少年少女レスリング大会に3度優勝、地方大会でも優勝し実績を積む。
岡 宏明(おか ひろあき、1998年〈平成10年〉11月19… 岡 宏明(おか ひろあき、1998年〈平成10年〉11月19日 - )は、日本の俳優、モデル。 山梨県笛吹市出身、株式会社CAJ所属。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
末木 裕也(すえき ひろや、1997年5月16日 - )は、… 末木 裕也(すえき ひろや、1997年5月16日 - )は、山梨県笛吹市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カターレ富山所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 ヴァンフォーレ甲府のアカデミー出身。進学した法政大学では、4年次の天皇杯でJ2の東京ヴェルディ、J1のガンバ大阪に勝利して16強に進出。4回戦ではアカデミー時代を過ごしたヴァンフォーレ甲府と対戦したが、チームは敗退した。 2020年より、カターレ富山へ加入した。
乙黒 圭祐(おとぐろ けいすけ、1996年11月16日 - … 乙黒 圭祐(おとぐろ けいすけ、1996年11月16日 - )は、日本の男子レスリング(フリースタイル74kg級)選手。2020年東京オリンピック(2021年開催)のフリースタイル74kg級に出場。山梨県笛吹市出身。山梨学院大学卒業。自衛隊体育学校所属の幹部自衛官(2021年8月現在の階級は3等陸尉)。身長176cm、リーチ182cm。弟は同じ自衛隊体育学校に所属し、東京オリンピックのフリースタイル65kg級金メダリストの乙黒拓斗。 最初はサッカーに取り組んでいたが、父親の熱心な勧誘により4歳の時にレスリングを始めると、その後に弟も続いた。笛吹市立石和南小学校時代は所属先の山梨ジュニアレスリングクラブのみならず、実家でも父親の指導で夜遅くまで練習に取り組んでいた。
リナチックステイト(RinaticState、1996年7月… リナチックステイト(RinaticState、1996年7月24日 -)は、日本のソロアイドル。山梨県八代町出身。愛称は「りなさーん」。血液型B型。所属レーベルはタワーレコードのアイドル専門レーベル箱レコォズ。所属事務所はクロスアイデア。現在は綺星★フィオレナードを経て、シンデレラ宣言!に所属。 単行本「ナカGの推しメン最強伝説」のキャンペーンガールとして活動をしていたことがきっかけとなり、2014年9月26日に行われた同事務所所属(クロスアイデア)のアイドルユニットじゅじゅが主催するイベント「じゅじゅの宴」にてシークレットゲストとしてプレデビューする。 正式なデビューは2014年9月27日に行われた「アイドル甲子園 in 赤坂BLITZ」になる。
上原 壮大郎(うえはら そうたろう、1994年〈平成6年〉8… 上原 壮大郎(うえはら そうたろう、1994年〈平成6年〉8月10日 - )は、山梨県笛吹市出身の元プロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。西宮ストークスやバンビシャス奈良でプレーした。 山梨県立甲府西高等学校から、東海大学に進学。卒業後の2017年に西宮ストークスの下部組織に入団。翌年に昇格し、プロバスケットボール選手となる。西宮退団後はバンビシャス奈良、ランポーレ三重を渡り歩き、しながわシティで現役を引退した。 筋トレ、コーヒー、美容
栗林 里奈(くりばやし りな、1993年6月13日 - )は… 栗林 里奈(くりばやし りな、1993年6月13日 - )は、日本の女性ファッションモデル、女優である。 現在、ファッション雑誌『Hana*chu→』(主婦の友社)の専属モデルとして活動中(2009年1月号から受験勉強に専念するために芸能活動を休止している)。 この項目は、ファッション関係の人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル ファッション)。
福嶋 孝顕(ふくしま たかあき、1989年〈平成元年〉11月… 福嶋 孝顕(ふくしま たかあき、1989年〈平成元年〉11月11日 - )は、日本の三味線奏者、作曲家。山梨県笛吹市出身。血液型O型。 山梨県立山梨園芸高等学校(現・山梨県立笛吹高等学校)を卒業。在学時はすいれき太鼓部に所属し、部長としてチームを牽引。和太鼓奏者、前田タクヤの元で和太鼓を学ぶ。同じ頃、15歳で津軽三味線を始める。高校3年の時、三味線の指導で出会った師匠、津軽三味線 山口ひろしの演奏に心打たれ、プロ奏者の道へ進むことを決意。山梨県・長野県各所に稽古場を持ち、津軽三味線の普及にも勤める。2015年、山梨県観光大使「やまなし大使」に就任。2020年には、笛吹市観光大使に就任した。津軽三味線を山口ひろし、山梨県民謡を中心とした民謡を藤本純秀、端唄を藤本秀禎にそれぞれ師事。
河西 美希(かわにし みき、1989年11月11日 - )は… 河西 美希(かわにし みき、1989年11月11日 - )は、日本の女性YouTuber、元ファッションモデル。UUUM所属。愛称はみきぽん。 2008年にファッション雑誌「Popteen」のモデルオーディションPOPガールズオーディションで約3,000人の中からグランプリに選ばれる。以降同誌の専属モデルとして活動。同誌の2009年11月号、2010年11月号、2011年7月号で表紙を飾った。 2010年に上海万国博覧会内で開催されたイベントに、日本のギャルモデル代表として鈴木奈々・舟山久美子・寿るい・出岡美咲・ソンイ・青木英李・村田莉・椎名ひかり・廣瀬麻伊とともに参加。ショーなどを通してギャル文化の広報などを行った。
雨宮 敬(あめみや たかし、1987年7月6日 - )は、山… 雨宮 敬(あめみや たかし、1987年7月6日 - )は、山梨県東八代郡石和町(現:笛吹市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 山梨学院大附高時代は、1年時の秋からエースとなる。3年時の夏は、山梨県予選決勝で日本航空高に3-13で敗れ準優勝。甲子園出場は果たせなかった。 高校卒業後は、関甲新学生野球連盟に加盟する山梨学院大学に進学。1年時の春からリーグ戦に登板。3年時の春、作新学院大学戦でノーヒットノーランを達成。4年時は、同年から監督に就任した元プロ野球選手の高橋一三の元でプレーした。プロ志望届を提出したが、指名漏れとなった。 大学卒業後は、独立リーグであるBCリーグの新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに入団。
田我流(でんがりゅう、1982年10月12日 - )は、日本… 田我流(でんがりゅう、1982年10月12日 - )は、日本のラッパー、音楽プロデューサー、DJ、俳優。本名は田村 隆(たむら たかし)。 「たがりゅう」と呼ばれることがあるが「でんがりゅう」が正しい。 1982年、山梨県東八代郡一宮町(現在の笛吹市一宮町)に生まれた。広告代理店勤務の父親と専業主婦の母親を両親に持つ。高校生の頃にラップを始めた。 高校を卒業した2001年、アメリカ合衆国ニューヨーク州に留学した。2004年に帰国。故郷に戻り、幼馴染たちとstillichimiyaを結成した。 2008年、ソロ・アルバム『作品集 JUST』をリリースした。2011年に公開された映画『サウダーヂ』では、主演のひとりを務めた。
前田 タクヤ(まえだ たくや、1975年6月6日 - )は、… 前田 タクヤ(まえだ たくや、1975年6月6日 - )は、日本のミュージシャン。和太鼓奏者、マルチプレイヤー、作曲家。山梨県笛吹市(旧御坂町)生まれ。音楽ユニット「風カヲル時(ピアノ:大嶽香子、尺八:岩間龍山、ベース林由恭)」のメンバーで作曲、ヴォーカル、三線、和太鼓、ドラム担当。和太鼓天野流師範。ロックバンドレミオロメンのベーシスト前田啓介は実弟。妻は作曲家でピアニストの大嶽香子。子供の頃から大のアウトドア好きで現在はキャンピングカーで旅することが趣味。「やまなし大使」。「笛吹市観光大使」 幼少の頃より音楽に心を奪われ、現在では和太鼓をベースに、多彩なジャンル・楽器をこなす。1995年から和太鼓奏者の天野宣に師事、『天野宣&阿羅漢』のメンバーとして本格的な音楽修業を開始。
山下 政樹(やました まさき、1966年〈昭和41年〉5月1… 山下 政樹(やました まさき、1966年〈昭和41年〉5月11日 - )は、日本の政治家。山梨県笛吹市長(3期)。元山梨県議会議員(4期)。 山梨県東八代郡石和町四日市場(現在の笛吹市石和町四日市場)出身。石和町立石和南小学校、石和町立石和中学校、山梨県立石和高等学校(現在の山梨県立笛吹高等学校)卒業。1989年(平成元年)3月、拓殖大学政経学部政治学科卒業。同年4月、富士急行に就職。1993年(平成5年)7月、衆議院議員の堀内光雄の公設秘書となる。 2003年(平成15年)4月の山梨県議会議員選挙に東八代郡選挙区から無所属で出馬し初当選。 2004年(平成16年)10月12日、東八代郡石和町・御坂町・一宮町・八代町・境川村・東山梨郡春日居町の5町1村が合併して笛吹市が発足。
深澤 雅貴(ふかさわ まさき、1965年(昭和40年)5月2… 深澤 雅貴(ふかさわ まさき、1965年(昭和40年)5月27日 - )は、日本の防衛官僚。防衛省大臣官房審議官、統合幕僚監部総括官、防衛省地方協力局長等を経て、防衛装備庁長官。 山梨県笛吹市出身。駿台甲府高等学校を経て、1988年中央大学法学部卒業、防衛庁入庁。1995年厚生省生活衛生局指導課課長補佐。2014年内閣官房内閣参事官。2016年防衛省東北防衛局長。2018年から防衛省大臣官房審議官として、イージス・アショアの秋田県や山口県への配備計画を担当したが、2019年に報告書にミスが発覚したことを受け、秋田県議会と秋田市議会の全員協議会で謝罪し説明を行った。同年防衛省大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官。
飯島 浩樹(いいじま ひろき、1965年4月10日-)は、シ… 飯島 浩樹(いいじま ひろき、1965年4月10日-)は、シドニー在住のジャーナリスト、作家、TBSシドニー通信員。 山梨県笛吹市出身。青山学院大学在学中に米国ロサンゼルスに留学し、ロサンゼルス・シティー・カレッジ(LACC)放送学科で単位取得。 帰国後、東京の日本ケーブルテレビジョン(JCTV)入社。テレビ朝日のニュース番組などのディレクターとして番組制作に携わる。 1993年、豪ウーロンゴン大学大学院に留学。その後、オーストラリア人女性と結婚し、オーストラリアの永住権を取得。シドニーの地元テレビ局(豪公営SBSテレビ)で日本語教育番組などを制作。 1999年、東京放送(TBS)のシドニー五輪支局の代表になり、支局閉局後、TBSのシドニー通信員として特派員業務を行う。
前田 直樹(まえだ なおき、1959年7月23日 - )は、… 前田 直樹(まえだ なおき、1959年7月23日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。山梨県笛吹市出身。日本体育大学卒業。 笛吹市立浅川中学校、山梨県立山梨園芸高等学校、日本体育大学出身。 中学時代は野球部に所属し、外野とリリーフ投手として県大会優勝に貢献した。陸上競技は高校時代に始めた。 3年時の第57回箱根駅伝では7区で区間賞を獲得し、6km地点で順天堂大学を抜いてトップで襷を渡した。しかし、日本体育大学は8区で再び先頭を譲り、総合2位でのフィニッシュとなった。 4年時の第58回箱根駅伝では主将として9区を任される。2位とは1分53秒差の首位で襷を受け取ったが、18.3kmで順天堂大学に交わされると最終的には歩き出してしまい、逆に1分46秒の差をつけられた。
大乃花 武虎(おおのはな たけとら、1958年6月23日 -… 大乃花 武虎(おおのはな たけとら、1958年6月23日 - )は、山梨県東八代郡八代町(現・笛吹市)出身で大鵬部屋に所属した元大相撲力士。本名は大野 久好(おおの ひさよし)。身長189cm、体重148kg。得意手は右四つ、上手投げ。最高位は西前頭13枚目(1988年3月場所)。 兄・喜夫(よしお、1956年9月生まれ)は、高砂部屋の元三段目力士・八代錦(やしろにしき、初土俵:1972年7月、引退:1978年9月)。妻は、部屋の兄弟子・翔鵬(しょうほう、最高位・十両11枚目)の妹。 八代中学校では野球部で活躍したが、相撲にも興味を持ち、山梨県大会で2位の成績を残している。中学2年生の時、大鵬親方に直接入門を志願し、上京。
藤原 優(ふじわら まさる(1953年7月22日 - )は、… 藤原 優(ふじわら まさる(1953年7月22日 - )は、日本の元ラグビー選手。
藤巻 昇(ふじまき のぼる、1948年(昭和23年)4月28… 藤巻 昇(ふじまき のぼる、1948年(昭和23年)4月28日 - )は、元競輪選手、現在はスポーツ報知北海道総局所属の競輪評論家。現在の山梨県笛吹市石和町出身。日本競輪学校第22期卒業。初出走は1966年1月11日の立川競輪場で初勝利も同日。 競輪選手としての最初の登録地は山梨県であったが、後に高原永伍らがいた平塚競輪場に練習拠点を移したことから神奈川県へと移籍。さらに1973年からは、夫人の郷里である北海道へと移籍し、以後は函館競輪場をホームバンクとしていた。 山梨県立甲府工業高等学校を中退した後、実父の藤巻清一が選手であったことから日本競輪学校を受験し合格。後に弟3人(藤巻清志・藤巻勝・藤巻進) も選手となり、競輪一家としても名を馳せるようになる。
八代 英太(やしろ えいた、1937年〈昭和12年〉6月2日… 八代 英太(やしろ えいた、1937年〈昭和12年〉6月2日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー、タレント、大学教授である。本名は前島 英三郎(まえじま えいざぶろう)。 郵政大臣(第65・66代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(3期)を歴任。 山梨県東八代郡八代町(現:笛吹市)に生まれる。山梨県立石和高等学校(現:笛吹高等学校)卒業後、1957年 ラジオ山梨(1961年から山梨放送)にアナウンサーとして入社。1968年より日本テレビ『お昼のワイドショー』に中山千夏と共に司会者として加入。 1973年6月3日 愛知県刈谷市の市民会館で行われた畠山みどりの歌謡ショーの司会として出演。ものまねを始めようとマイクから後ずさりした際、せり舞台の穴(奈落)に転落。
堀内 光雄(ほりうち みつお、1930年〈昭和5年〉1月1日… 堀内 光雄(ほりうち みつお、1930年〈昭和5年〉1月1日 - 2016年〈平成28年〉5月17日)は、日本の政治家、実業家。血液型AB。 衆議院議員(10期)、富士急行株式会社会長、労働大臣(第51代)、通商産業大臣(第60代)、自由民主党総務会長(第43代)を歴任した。位階は正三位。勲等は勲一等旭日大綬章。 山梨県東八代郡御坂町(現笛吹市)出身。富士急行創業者一族の出身で、祖父、父ともに衆議院議員。生誕地は当時父・一雄が関東軍参謀として赴任していた関東州旅順。誕生時は元日だった為産婆がおらず、隣家に住む石原莞爾の妻が代わりに取り上げたという。父の転任に伴い奉天、新京、安東の日本人小学校に通った。
廣瀬 直人(ひろせ なおと、1929年5月16日 - 201… 廣瀬 直人(ひろせ なおと、1929年5月16日 - 2018年3月1日)は、日本の俳人。 山梨県一宮町(笛吹市)生まれ。本名は直瀬。東京高等師範学校を卒業。卒業後は郷里で高校教師として務める。祖父の影響で句作をはじめ、1948年「雲母」入会、飯田蛇笏に師事。1961年「雲母」同人、1968年第4回山蘆賞受賞。蛇笏の没後は飯田龍太に師事。1992年「雲母」廃刊、翌年その後継誌として「白露」を創刊・主宰。一貫して自然と生活を主題として句作し、2008年には句集『風の空』で第43回蛇笏賞、第1回小野市詩歌文学賞を受賞した。また福田甲子雄とともに『飯田龍太全集』(2005年、角川書店)を監修している。
網野 善彦(あみの よしひこ、1928年〈昭和3年〉1月22… 網野 善彦(あみの よしひこ、1928年〈昭和3年〉1月22日 - 2004年〈平成16年〉2月27日)は、日本の歴史学者。専攻は日本中世史。 江戸時代から続く地主網野家の当主・勝丸の末男として山梨県東八代郡御坂町(現在の笛吹市御坂町)に生まれる。曾祖父の網野善右衛門は実業家で、山梨中央銀行の前身のひとつである網野銀行の創業者である。実父の勝丸は甲州市塩山の旧家出身で代議士も務めていた広瀬久政の次男として生まれ、網野家へ養子に入った人物。久政長男の広瀬久忠は善彦の叔父にあたり、久政も右派政治家で戦前には山梨県初の大臣(厚生大臣)を務め、戦後には参議院議員となった。久政三男の名取忠彦も戦前は山梨県翼賛会壮士団長で、戦後は山梨中央銀行の頭取として山梨県政財界で影響力を持っていた人物で、善彦の幼少期にはこうした右派的政治環境があったことが指摘されている。
深沢 七郎(ふかざわ しちろう、1914年〈大正3年〉1月2… 深沢 七郎(ふかざわ しちろう、1914年〈大正3年〉1月29日 - 1987年〈昭和62年〉8月18日) は、日本の小説家、ギタリスト。 山梨県出身。職を転々とし、ギター奏者として日劇ミュージックホールに出演。『楢山節考』が正宗白鳥に激賞され、異色の新人として注目を集めた。「中央公論」に発表した『風流夢譚』に関わる右翼テロ事件(嶋中事件)後、筆を折った時期もあったが、土俗的な庶民のエネルギーを描いて独自の作品を発表し続けた。農場や今川焼屋を経営したり、ギター・リサイタルを開催したりと多くの話題を残した。他に代表作『笛吹川』『東京のプリンスたち』『庶民烈伝』『みちのくの人形たち』など。 1914年(大正3年)1月29日、印刷業の父・隣次郎、母さとじの四男として、山梨県東八代郡石和町(現笛吹市石和町)市部に生まれる。
古屋 かのえ(ふるや かのえ、1910年8月23日 - 19… 古屋 かのえ(ふるや かのえ、1910年8月23日 - 1993年8月)は、日本の看護教育者。戦後の看護教育の基礎を築くとともに、看護学校の大学化への運動を行った。歌人として八代 かの江の筆名も用いた。 山梨県東八代郡御代咲村(現・笛吹市)に生まれる。両親はともに小学校教員で、父盛治は校長を務めたが結核に罹患し47歳で他界した。 1930年に山梨県女子師範学校本科第一部を卒業し、1930年4月から1934年3月まで山梨県御代咲小学校教員を務める。1934年4月に日本赤十字社中央病院看護婦養成所(甲種)に入学、1937年3月に卒業し、成績優秀により橋本記念賞受賞。同年4月、日本赤十字社山梨支部診療所に勤務。
桑原福保(くわばら ふくほ、1907年(明治40年)11月4… 桑原福保(くわばら ふくほ、1907年(明治40年)11月4日 - 1963年(昭和38年)7月18日)は、日本の洋画家。家族や日常風景を題材とした写実的な作品を多く残す。 山梨県東八代郡境川村寺尾(笛吹市)に生まれる。父は神主の腎蔵、母は志ん。桑原家には四男三女があり、福保は長男。幼少期から洋画を志し、油彩画を手がける。 1927年(昭和2年)3月に山梨県師範学校(山梨大学)本科第一部を、翌1928年(昭和3年)3月に山梨県師範学校専攻科を卒業後、同年4月から山梨県中巨摩郡田之岡村(南アルプス市)の八田尋常小学校に美術教師として勤務する傍ら制作活動を行う。同年12月10日には母の志んが死去。 大正期から昭和初期にかけて、中央画壇ではフォービズムの影響を受けた画風や日本的な油彩画、写実などの画風や前衛美術運動が活発化しており、山梨においても赤蓼会が甲府で展覧会を開催し、土屋義郎らが中心となり岸田劉生をはじめとする草土社の画風に影響された写実表現を展開していた。
内田 義広(うちだ よしひろ、1906年 - 1988年)は… 内田 義広(うちだ よしひろ、1906年 - 1988年)は、日本の詩人作詞家。 山梨県生まれ。笛吹市石和町出身。教職に就きながら、詩の同人誌「中央山脈」を創刊、『花の群落』『笛吹川の水辺にて』などの詩集も発表している。また山梨県内の校歌作詞にも携わっていた。 高等学校・特別支援学校
松沢 一(松澤、まつざわ はじめ、1896年(明治29年)2… 松沢 一(松澤、まつざわ はじめ、1896年(明治29年)2月16日 - 1961年(昭和36年)9月4日)は、昭和期の農民運動家、政治家。衆議院議員。 山梨県東山梨郡春日居村桑戸(春日居町を経て現笛吹市)で生まれる。農業を営む。早くから農民運動に加わった。 1930年(昭和5年)日本農民組合山梨県連合会結成時に青年部理事に就任。以後、会長の平野力三と行動を共にした。しかし社会情勢の変化に伴い、日本国家社会党、さらに皇道会に所属した。 また、春日居村会議員に就任し、さらに1939年(昭和14年)10月、山梨県会議員に選出され、同参事会員、小作戦時特別調停委員、金銭債務戦時特別調停委員、人事戦時特別調停委員、県農地委員、山梨地方森林会議員などを務めた。
小沢 愍昌(おざわ みんしょう、1894年(明治27年)10… 小沢 愍昌(おざわ みんしょう、1894年(明治27年)10月11日 - 2004年(平成16年)7月12日)は、日本の僧。山梨県出身。2004年5月20日より死去するまで男性としての日本国内最高齢者だった。 山梨県御坂町生まれ。1917年に山梨市の浄土宗光雲寺の住職となり、1978年まで務めた。 2004年7月、肺炎のため山梨市の病院で死去。109歳と275日。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
米倉 久子(よねくら ひさこ、1889年〈明治22年〉11月… 米倉 久子(よねくら ひさこ、1889年〈明治22年〉11月6日 - 1938年〈昭和13年〉2月9日)は、日本の歌人。夫は同じく歌人の小田観螢。結婚後の本名は小田 久子。病気療養の身で、夫の手厚い看病を受けて、互いに心を通わせたことで、「現代の比翼歌人」と賞された。 山梨県東八代郡米倉村(現・笛吹市)で誕生した。1904年(明治37年)、17歳のときに作家を志した。1915年(大正4年)に短歌雑誌「潮音」の創刊に参画し、創刊と共に幹部同人として活躍した。 1918年(大正7年)、小田観螢と結婚した。夫の教員としての任地である北海道に移住し、二児をもうけた。しかし生来より病弱の身であり、先妻の子の養育、自身の出産、北海道の厳しい気候で体を患ったことで、1926年(大正15年)、子供を観螢のもとに残して山梨に帰り、療養生活を送った。
福島 茂富(ふくしま しげとみ、1888年11月~1950年… 福島 茂富(ふくしま しげとみ、1888年11月~1950年2月15日)は山梨県出身の経営者。精養軒社長を務めた。 明治21年(1888年)、父・須田五郎(耕)と母とら(登良)の二男として山梨県東八代郡一宮村で生まれた。須田家は当時でも600年以上続く旧家であり、代々郡中惣代や里正を務めたという。母とらは根津財閥創始者であった根津嘉一郎の姉で、茂富は根津にとって甥であった。 山梨で遊興にふけったのち、24歳で故郷を離れ大磯にあった根津の別荘に住み込んだ。これは茂富の放蕩をいさめるためとも言われ、根津による監禁という表現すら見られる。ここで庭の手入れなど家の下働きに1年ほど従事したのち、1913年(大正2年)に根津が経営するカブトビール(のちの日本麦酒鉱泉)に入社した。
小野 政方(おの まさかた、1885年(明治18年)8月3日… 小野 政方(おの まさかた、1885年(明治18年)8月3日 - 1945年(昭和20年)1月19日)は、日本の児童文学者・編集者。 妻は小説家の小野美智子。 山梨県東八代郡境川村(現:山梨県笛吹市)出身。山梨県師範学校を卒業後、八代尋常小学校に訓導として勤務した。その後、上京して巖谷小波に師事し、『少年世界』『少女世界』に童話を発表した。執筆活動初期には、故郷を流れる笛吹川にちなみ「小野小峡」の筆名を名乗った。1912年に山内秋生、竹貫佳水、蘆谷蘆村、大井冷光らと、日本初の児童文学団体である少年文学研究会を設立。1920年には、研究社『小学少女』の編集に当たっている。のちに、小川未明、楠山正雄、鹿島鳴秋、蘆谷蘆村、浜田廣介が創立準備をした童話作家協会に参画。
堀内 伝重(ほりうち でんじゅう、1880年6月18日 - … 堀内 伝重(ほりうち でんじゅう、1880年6月18日 - 1917年6月18日)は、山梨県出身の南米移民者である。「南米太郎」というあだ名でも呼ばれた。実兄は富士身延鉄道、富士山麓電気鉄道(現:富士急行グループ)の創業者で、衆議院議員も務めた堀内良平である。南アメリカでの生活について書き留めたものをまとめた遺稿集『聖母河畔の十六年』は、童話作家の坪田譲治の作品『ペルーの話』『ベニー河のほとり』の着想のもとになった。 1880年(明治13年)6月18日、山梨県東八代郡、のちの黒駒村(現:笛吹市)に、堀内藤右衛門の四男(末弟)として生まれる。幼くして、母が亡くなり、母方の祖母の手で養育される。1892年(明治25年)、高等小学校卒業後に兄達と共に上京して、日本中学校(現:日本学園中学校・高等学校)へ進学した。
堀内 宗平(ほりうち そうへい、1878年(明治11年)9月… 堀内 宗平(ほりうち そうへい、1878年(明治11年)9月10日 - 1943年(昭和18年)6月13日)は、日本の海軍軍人(大佐)、実業家である。官位は従六位。 1878年(明治11年)9月19日、山梨県東八代郡、のちの黒駒村(現:笛吹市)に、堀内藤右衛門の三男として生まれる。1892年(明治25年)、兄の堀内良平に連れられて上京。1898年(明治31年)、海軍兵学校に入学(第29期)。 日露戦争において、浅間に第一分隊長として乗艦。仁川沖海戦に参加した。 1904年(明治37年)、連合艦隊第六艦隊に所属、旅順港口閉塞作戦に水雷艇付としての武勲により功五級金鵄勲章受賞。 1908年(明治41年)、陸奥湯長谷藩の第13代藩主であった内藤政養の次女、房子と結婚。
田村 守衛(たむら もりえ、1871年4月7日(明治4年2月… 田村 守衛(たむら もりえ、1871年4月7日(明治4年2月18日) - 1923年6月13日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 山梨県東山梨郡相興村中尾(現:笛吹市一宮町)に宮司・田村義事の息子として生まれる。1894年(明治27年)7月、陸軍士官学校(5期)を卒業。同年9月、騎兵少尉任官。1901年(明治34年)11月、陸軍大学校(15期)を首席で卒業。参謀本部編制班に配属された。 日露戦争に大本営参謀として出征し、さらに満州軍参謀に転じた。1914年(大正3年)1月、歩兵大佐に昇進し関東都督府高級参謀に就任。1917年(大正6年)4月、陸大幹事となり、1918年(大正7年)7月、陸軍少将に進級。
生原 忠右衛門(忠右衞門、はいばら ちゅうえもん / ちゅう… 生原 忠右衛門(忠右衞門、はいばら ちゅうえもん / ちゅううえもん、1868年3月15日(慶応4年2月22日)- 1932年(昭和7年)12月20日)は、明治後期から昭和前期の政治家、実業家。衆議院議員。 甲斐国山梨郡小松村(山梨県東山梨郡春日居村、春日居町を経て現笛吹市春日居町小松)で、豪農・生原広賢、かく の長男として生まれる。1892年(明治25年)6月、家督を相続した。 1889年(明治22年)町村制施行以来、春日居村会議員を務め、1894年(明治27年)東山梨郡会議員に当選。1899年(明治32年)山梨県会議員に選出され、所得税調査委員、春日居村助役なども務めた。 1917年(大正6年)4月、第13回衆議院議員総選挙に山梨県郡部から立憲政友会所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
宇佐美 一宝(一寶、うさみ いっぽう / かずとみ、1865… 宇佐美 一宝(一寶、うさみ いっぽう / かずとみ、1865年12月18日(慶応元年11月1日)- 1953年(昭和28年)12月5日)は、明治期から昭和前期の農業経営者、政治家。衆議院議員、山梨県東八代郡境川村長。 甲斐国八代郡小黒坂村(山梨県東八代郡五成村、境川村を経て現笛吹市境川町小黒坂)で、宇佐美太兵衛の長男として生まれる。漢学、英学を学んだ。1879年(明治12年)家督を相続し農業を営む。 1891年(明治24年)郡制施行後の初代東八代郡会議員に選出された。1899年(明治32年)山梨県会議員に当選し2期在任。その他、境川村長(5期)、境川村会議員、所得税調査委員、地方森林会議員、山梨県農会代表員、山梨山林会副会長、大日本山林会評議員、日本赤十字社特別社員などを務めた。
田村 沖之甫(たむら おきのすけ、1865年8月27日(慶応… 田村 沖之甫(たむら おきのすけ、1865年8月27日(慶応元年7月7日) - 1919年4月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 甲斐国東山梨郡相興村中尾(現:山梨県笛吹市一宮町)に宮司・田村義事の息子として生まれる。陸軍士官学校(旧10期)に入り、1888年(明治21年)7月28日、砲兵少尉に任官。1899年(明治32年)12月、陸軍大学校(13期)を卒業。陸軍省総務局勤務となる。 日露戦争に第4軍参謀として出征した。1908年(明治41年)12月、砲兵大佐に昇進し野砲兵第4連隊長に就任。1910年(明治43年)10月、ドイツ駐在武官に発令された。1913年(大正2年)2月、軍務局砲兵課長に転じた。
吉岡 順作(よしおか じゅんさく、元治元年10月11日(18… 吉岡 順作(よしおか じゅんさく、元治元年10月11日(1864年11月10日) - 昭和19年(1944年)9月3日)は、山梨県出身の医師。 甲斐国山梨郡徳条村(現・笛吹市春日居町)に、医家であった父・応治の長男として生まれる。明治12年(1879年)に山梨県立医学校に入学し、明治16年(1883年)3月に徽典館医学科(山梨県立医学校から改名)を卒業後、東京に出て田代基徳について医学を修め済生学舎に通学し、明治20年(1887年)4月に医師開業免状を受け東八代郡石和村に医院を開業。明治21年(1888年)3月には西山梨郡甲運村(現・甲府市)に移転、その後、明治23年(1990年)に東山梨郡岡部村、明治30年代に生春医院の名称で石和村、明治40年(1907年)に甲府市富士川町に移転している。
11代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1861年10月2日… 11代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1861年10月2日(文久元年8月28日) - 1933年(昭和8年)4月9日)は、明治期の実業家、政治家。衆議院議員。旧名・平八郎。 甲斐国八代郡南八代村(山梨県東八代郡南八代村、八代村、八代町を経て現笛吹市)で、豪農・10代加賀美嘉兵衛の長男として生まれる。英学、漢学を修めた。 父とは政治姿勢を異にし自由民権運動に加わる。民権派機関紙『峡中新報』の株主総理として経営を行う。1888年(明治21年)山梨県会議員に選出され2期在任し、同参事会員、地方衛生会員、東八代郡会議員なども務めた。 1892年(明治25年)2月、第2回衆議院議員総選挙(山梨県第3区、無所属)で初当選し、その後、第4回総選挙まで再選され、衆議院議員に連続3期在任した。
田村 怡与造(たむら いよぞう、1854年11月30日(嘉永… 田村 怡与造(たむら いよぞう、1854年11月30日(嘉永7年10月11日) - 1903年(明治36年)10月1日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将、位階・勲等・功級は従四位・勲二等・功三級。 甲斐国東山梨郡相興村中尾(現山梨県笛吹市一宮町)に田村義事の長男として生まれる。田村家は中尾神社宮司の家系で、祖は武蔵七党の西党に属していたという。弘綱の代で田村姓を名乗り、室町時代に武蔵国から甲斐へ移る。一宮の私塾で学び、塾頭となる。1872年(明治5年)に学制が敷かれると中尾学校(のちの一宮北小学校)の校長となる。早川七良の娘・伝子を妻に迎えて養子となり早川姓を名乗る。 1875年(明治8年)2月に上京し、東京府市谷の陸軍士官学校の旧2期生として入学。
古屋 専蔵(專藏、ふるや せんぞう、1854年4月4日(安政… 古屋 専蔵(專藏、ふるや せんぞう、1854年4月4日(安政元年3月7日)- 1924年(大正13年)7月25日)は、明治から大正期の豪農、実業家、政治家。衆議院議員。幼名・清太郎。 甲斐国八代郡土塚村(山梨県八代郡御代咲村、東八代郡御代咲村土塚、浅間村、一宮町を経て現笛吹市一宮町土塚)で、豪農・古屋総兵衛、かつ の長男として生まれる。古屋家は代々当主が専蔵と総兵衛を交互に襲名する決まりで、1874年(明治7年)に祖父の通称・専蔵を襲名した。幼くして学問に関心が高く一宮村の蜂谷(名不詳)から学び、次いで徽典館分校・石和教諭所で深町小七郎から指導を受けた。その後上京を願ったが果たせず独学を続けた。
10代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1835年12月11… 10代 加賀美 嘉兵衛(かがみ かへえ、1835年12月11日(天保6年10月22日) - 1891年(明治24年)10月14日)は、幕末から明治期の豪農、政治家。旧名・次左衛門光則。 甲斐国八代郡南八代村(山梨県東八代郡南八代村、八代村、八代町を経て現笛吹市)で生まれた。生家の加賀美家は八代郡小石和筋きっての大富豪。幕末には甲州田安家領の支配勘定格・郡中取締役を務めた。 明治維新後、1872年(明治5年)八代郡第7区長、同第8区長に就任し、藤村紫朗県政に協力した。その後、第22区長、第23区長となる。1878年(明治11年)東八代郡長に就任し東山梨郡長を兼務した。 その後、県内の民権派に対抗して立憲保守党の設立に尽力した。
竹居 安五郎(たけい やすごろう、文化8年4月15日(181… 竹居 安五郎(たけい やすごろう、文化8年4月15日(1811年6月5日) - 文久2年10月6日?)は、日本の侠客。言葉にどもりがあり、竹居の吃安(どもやす)とも言われる。本名は中村安五郎で、名は安蔵とも記される。甲州博徒の一人で、上黒駒村出身の黒駒勝蔵の兄貴分としても知られる。 甲斐国東八代郡竹居村(山梨県笛吹市八代町竹居)に生まれる。生家の中村家は竹居村の名主を務めた家柄で、父は甚兵衛、母は「やす」。安五郎は甚兵衛の4男。父の甚兵衛は無宿人を取り締まる郡中総代にも任じられている。 安五郎の青年期には甲斐国でも無宿・博徒の活動が活発化し、天保7年(1836年)8月に発生した天保騒動は甲斐一国規模の一揆となり、「悪党」と呼ばれた多くの無宿が騒動に参加し激化した。
堀内 良平 は、日本の実業家、政治家、文筆家である。富士身延… 堀内 良平 は、日本の実業家、政治家、文筆家である。富士身延鉄道 、富士山麓電気鉄道 、東京乗合自動車(戦時統合を経て現在の都営バス)の設立と経営に尽力し、山中湖一帯の別荘地開発を推進した。このことにより、富士急行グループの事実上の創業者と見なされ、甲州財閥の一人とされる。新聞記者であったこともあり、「堀内浩庵」というペンネームで執筆活動を行っており、富士五湖の命名者である。また日蓮宗を深く信仰していた。
まつり(9月27日 - )は、山梨県笛吹市出身のシンガーソン… まつり(9月27日 - )は、山梨県笛吹市出身のシンガーソングライターである。 TikTokやYouTubeなどのSNSのほか、山梨で開催されているライブイベントで活動している。 2020年5月、シングル「だーりん。」でデビュー。本楽曲は、2019年末にYouTubeにて先行公開され、数ヶ月で再生回数が100万回を超えた。 2020年7月1日には「インディーズ」、7月29日には「また明日。」がリリースされた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
水萌 みず(みなも みず、3月5日 )は、日本のアイドル、… 水萌 みず(みなも みず、3月5日 )は、日本のアイドル、女優、プラモデラー、ラジオパーソナリティ。ダブルツー所属。 山梨県笛吹市出身。身長:157cm。血液型:A型。趣味:プラモデル・ゲーム。日本大学芸術学部演劇学科演出コース卒。 同じ中学高校の同級生に古今亭雛菊がいる。 女性アイドルグループ・BANZAI JAPANの元メンバー。初期メンバーの1人で「山梨県の伝道師」として2014年から2017年4月まで活動した。グループ在籍中の2015年にやまなし大使に就任。 2017年4月よりソロ活動開始。ほくとインフルエンサー・笛吹市観光大使にも任命される。 2025年7月4日~6日、ガンダム個展「世界一可愛いガンプラミズダム展Vo.1」をパズル浅草橋にて開催。