太田 清和(おおた きよかず、1953年(昭和28年) - … 太田 清和(おおた きよかず、1953年(昭和28年) - )は、日本の外交官。中小企業基盤整備機構業務統括役を経て、駐ルワンダ兼ブルンジ特命全権大使。 静岡県浜松市出身。東京大学教養学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1977年(昭和52年)東大を卒業し、外務省に入省した。 入省後、イギリス、オックスフォード大学で語学研修。その後、在オランダ大使館、在ザンビア大使館、在オーストリア大使館で勤務する。その後、中東アフリカ局アフリカ第二課長、在オーストラリア公使、在バングラデシュ公使、ウィーン日本政府代表部公使を歴任する。日本原子力研究開発機構・核不拡散センター次長として出向。在オランダ公使を経て、2010年(平成22年)からシアトル総領事。
福田 裕穂(ふくだ ひろお、1953年 - )は、日本の生物… 福田 裕穂(ふくだ ひろお、1953年 - )は、日本の生物学者・植物学者。専門は植物生理学、分子生物学。学位は理学博士(東京大学・1982年)。東京大学名誉教授。公立大学法人秋田県立大学理事長兼学長(2023年4月 - )。紫綬褒章受章(2012年)。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を経て、1982年、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、理学博士の学位を取得。 大阪大学助手、ドイツマックス・プランク植物育種学研究所での在外研究、東北大学理学部助教授および教授を経て、1995年10月に東京大学大学院理学系研究科教授に就任した。 植物の維管束、特に水や養分を運ぶ「導管(道管)」の分化メカニズムの研究において世界的な業績を上げる。
小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の… 小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の漫画家、絵本作家。ただ、漫画家としては珍しく[誰?]コピーライターの経験がある。最近[いつ?]、結婚式のスピーチや、道徳の教科書に載ったり[要出典]するなどで有名になった、『一秒の言葉』の詩の作者でもある。もともと『一秒の言葉』は、SEIKOのCMとして1985年に流れたもので、広告マン時代に書いた詩「一秒の言葉キャンペーン」。静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校、武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。妻は作詞家の芹沢類。 正確には「吉」の字は「士」に「口」ではなく、「土」に「口」の字を使う。広告代理店勤務ののち、1987年に独立する。
岩﨑 学(いわさき まなぶ、1952年12月14日 - )は… 岩﨑 学(いわさき まなぶ、1952年12月14日 - )は、日本の統計学者。元日本統計学会会長。専門は統計科学。理学博士。静岡県浜松市出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
北脇 保之(きたわき やすゆき、1952年(昭和27年)1月… 北脇 保之(きたわき やすゆき、1952年(昭和27年)1月12日 – )は、日本の自治官僚、政治家、政治学者(多文化共生)。 学位は政治学修士(コーネル大学・1981年)。東京外国語大学外国語学部教授(多言語・多文化教育研究センター長)、城西大学現代政策学部社会経済システム学科客員教授、浜松聖星高等学校理事長。 衆議院議員(1期)、浜松市長(第24・25代)などを歴任した。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を卒業し、東京大学に進学した。1974年、東京大学法学部を卒業し、法学士の称号を取得した。 東京大学卒業後、自治省に入省した。1982年栃木県税務課長。自治省では1988年から自治税務局企画課の理事官。
加藤 直之(かとう なおゆき、1952年 - )は、日本のイ… 加藤 直之(かとう なおゆき、1952年 - )は、日本のイラストレーター。スタジオぬえ所属。静岡県浜松市出身。 日本SF作家クラブ会員。 装画家武部本一郎に影響され、SFイラストレーターを志す。千代田デザイナー学院在学時に同人会SFセントラルアートに入り、スタジオぬえ設立メンバーのひとりとなる。テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』ではぬえのメンバーと共にメカデザイン作業に参加した。 1974年、早川SFコンテスト・アート部門に1位入賞し、早川書房の「SFマガジン」やSF小説の表紙絵や挿絵を描き始める。文庫版『宇宙の戦士』のパワードスーツのイラストは日本のSF界に大きな影響を与えた。また、『銀河英雄伝説』では宇宙艦艇をデザインし、アニメ版のメカニックデザインも担当した。
山内 伸弥(やまうち しんや、1951年11月14日 - )… 山内 伸弥(やまうち しんや、1951年11月14日 - )は、日本のラリードライバー。静岡県浜松市出身。中央大学理工学部精密機械工学科卒業。 大学在学中からラリーを始め、1971年に三菱・コルトギャランでラリーデビュー。1975年にチームエンケイから本格的にラリー参戦。1979年アドバンラリーチーム結成とともにチームに参加。大庭誠介との2枚看板として活躍。1994年にラリー活動を一時休止するまでに7度のチャンピオンを獲得する。 海外ラリーにも数多く参戦しており、1978年サザンクロスラリーではトヨタ・スプリンタートレノで参戦しクラス優勝。1985年マレーシアラリーでは三菱・コルディアで総合2位に入る。
大城 純男(おおしろ すみお、1951年4月 - )は、日本… 大城 純男(おおしろ すみお、1951年4月 - )は、日本の経済学者、札幌大学法学部教授、博士(経済学)(中京大学・論文博士・2007年)。 (地下鉄・市バス、留学生支援、観光・コンベンション・メッセ振興、研究学園都市、統計解析、市マスタープラン策定、生涯学習、図書館、まちづくり、NPOとの協働、外資系企業誘致などを名古屋市役所で担当)
江川 雅司(えがわ まさし、1951年 - )は、日本の経済… 江川 雅司(えがわ まさし、1951年 - )は、日本の経済学者。明治学院大学経済学部教授を経て、新潟産業大学経済学部教授。専門は、財政学・地方財政論。元日本地方財政学会理事長。 静岡県浜松市出身。 1975年3月 高崎経済大学経済学部卒業。1977年3月 明治大学大学院政治経済学研究科修士課程修了。1980年3月 明治大学大学院政治経済学研究科経済学専攻。1984年 駒澤大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。1986年4月 明星大学人文学部経済学科専任講師、1991年4月 明星大学 人文学部経済学科助教授、1996年4月 明星大学人文学部経済学科教授。1997年4月 駿河台大学経済学部教授。
松岡 榮志(まつおか えいじ、1951年 - )は、日本の中… 松岡 榮志(まつおか えいじ、1951年 - )は、日本の中国古典文学者、中国語教育者。東京学芸大学名誉教授。日中翻訳文化教育協会会長。 専門は中国古典文学、中国語教育など。日本語、中国語辞書編纂に力を尽くし、漢字の情報処理(デジタル化)などにも貢献。アジアの漢字コード標準化や、コンピュータにおける多言語処理の先駆者としても知られる。また、長年中国語翻訳や漢方医学の古典訓読などにも携わり、多くの人材を育てている。 1951年、静岡県浜松市生まれる。 1971年東京教育大学(現筑波大学)文学部に入学、1975年東京大学大学院修士課程に進学、博士課程を経て、1979年より2016年まで東京学芸大学で教鞭を執り、一橋大学大学院で10年間兼任教授を務めた。
斉木 しげる(さいき しげる、1949年11月18日 - )… 斉木 しげる(さいき しげる、1949年11月18日 - )は、日本の俳優、タレント。本名、斎藤 滋樹(さいとう しげき)。静岡県浜松市天竜区出身。芝居ユニットシティボーイズ(大竹まこと・斉木しげる・きたろう)の一人。実兄はイラストレーター・画家の斎藤雅緒。
榊原 良行(さかきばら よしゆき、1949年6月13日 - … 榊原 良行(さかきばら よしゆき、1949年6月13日 - )は、静岡県浜松市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。娘は元バスケットボール女子日本代表主将の榊原紀子。
川合 康三(かわい こうぞう、1948年4月4日 - )は、… 川合 康三(かわい こうぞう、1948年4月4日 - )は、日本の中国文学者、京都大学名誉教授。日本学術会議会員。日本学士院会員。 静岡県浜松市生まれ。1971年京都大学文学部中国文学科卒、小川環樹に師事、1976年同大学院博士課程中退、京都大学助手、1979年東北大学文学部専任講師、1981年助教授、1987年京都大学文学部助教授、1995年教授を経て大学院文学研究科教授、2012年定年退任。台湾大学招聘教授(2012-13年度)、ブランダイス大学招聘教授、國學院大學文学部特別専任教授(2015-19年度)。1991年蘆北賞受賞。2000年『中国自伝文学研究』により京大文学博士。 中国古典文学で中唐の詩を専門とし、恋愛詩を論じた『中国のアルバ』のような著書もある。
スズキ コージ(1948年2月28日 - )は、日本の絵本作… スズキ コージ(1948年2月28日 - )は、日本の絵本作家。本名、鈴木 康司(読みは同じ)。血液型はB型。子年生まれ。魚座生まれ。
西松 遙(にしまつ はるか、1948年1月5日 - )は日本… 西松 遙(にしまつ はるか、1948年1月5日 - )は日本航空の元代表取締役社長。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校、東京大学経済学部卒業後、1972年日本航空株式会社入社。資金部長、執行役員、取締役などを歴任し、2006年に株式会社日本航空(事業持株会社)と日本航空インターナショナルの社長兼CEOに就任した。 2005年から、運航・整備面に関わるヒューマンエラーが続発する不祥事により引責辞任となった新町敏行の後任として、社長に就任。2009年に発足した鳩山内閣の意向により、債務超過状態にある日本航空と日本航空インターナショナル、ジャルキャピタルは2010年1月19日に会社更生法を申請。
西松 遙(にしまつ はるか、1948年1月5日 - )は日本… 西松 遙(にしまつ はるか、1948年1月5日 - )は日本航空の元代表取締役社長。
皆川 康夫(みながわ やすお、1947年11月3日 - 20… 皆川 康夫(みながわ やすお、1947年11月3日 - 2022年12月19日)は、静岡県浜松市出身のプロ野球選手(投手)。 父は元プロ野球選手の皆川定之。 浜松日体高卒業後は1966年に中央大学へ進学したが、1勝も出来ず、1年下のエース・杉田久雄の影に隠れていた。大学同期に萩原康弘、長井繁夫、末永正昭がいる。 大学卒業後の1970年に富士重工業へ入社し、素質が開花。同年は産別対抗で活躍すると、都市対抗には日立製作所の補強選手として出場し、東海理化との1回戦でリリーフ登板。中央球界では全くの無名であったが、ドラフト5位で東映フライヤーズへ入団し、富士重工出身初のプロ野球選手となる。 1971年には、4月11日、開幕3戦目の西鉄戦(平和台)で初登板初勝利を飾る。
山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は… 山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト。親しい知人には「ブンケン」「ブンケンさん」と呼ばれる。 静岡県浜松市生まれ。父の山口文太郎は静岡大学名誉教授で、戦中は浜松高等工業学校で化学を教えていた。その父から「文化国家・平和憲法」から「文憲(ふみのり)」と名付けられた。 静岡大学教育学部附属浜松小学校、中学校を経て、静岡県立浜松北高等学校を卒業。 東京芸術大学器楽科(トランペット専攻)を受験するが、不合格。高校卒業後、1966年に、東京に上京して予備校に通うが、受験に失敗し、浪人生活がつづく。 1967年、トランペットのレッスンの帰りに、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の事務所を覗いてみたところ、後にノンフィクション作家となる吉岡忍から「ベ平連ニュース」を封筒に詰める作業を頼まれ、そのままベ平連に入会。
岡部 政之(おかべ まさゆき、1947年 - 2017年1月… 岡部 政之(おかべ まさゆき、1947年 - 2017年1月7日)は、日本のパズル作家。専門は産業機械工学、数理科学。工学博士(東京大学)。 静岡県浜松市出身。1965年、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学大学院博士課程終了。三井金属鉱業入社。ミカンやメロンなどの 糖度を測る糖度センサーの開発プロジェクトリーダーを務めた。同社退職後、外資系非鉄金属会社の品質保証部長などを歴任。 病気をしたときに、知人に勧められ始めたナンバープレイス(通称ナンプレ)を解くうちに、自分でも作らないとつまらなくなり、1年間かけて3,600兆の問題を作成できるデータベースを構築。出版社から難問集の執筆依頼を受け、2014年1月、作家デビューした。
中村 生雄(なかむら いくお、1946年7月15日 - 20… 中村 生雄(なかむら いくお、1946年7月15日 - 2010年7月4日)は、日本の民俗学者・文化学者。専門は、日本思想史・比較宗教学。柳田國男、折口信夫らの民俗学者を中心に日本思想を研究した。 静岡県浜松市出身。京都大学文学部宗教学専攻を卒業後、法政大学大学院日本文学専攻に進み、修士課程を修了した。[要出典]春秋社の編集者を経て、静岡県立大学国際関係学部助教授となり、同教授に昇格した。1996年7月に大阪大学文学部日本学専攻教授に移る。[要出典]2005年に学習院大学文学部日本語日本文学科教授となる。在職中の2010年7月、3年近くの闘病の後に白血病のため静岡県駿東郡長泉町の病院で[要出典]死去。
石神 豊(いしがみ ゆたか、1946年4月 - )は日本の哲… 石神 豊(いしがみ ゆたか、1946年4月 - )は日本の哲学者、博士(文学)。創価大学名誉教授、元大学院文学研究科長、元文学部長。公益財団法人東洋哲学研究所副所長。近代西洋哲学、西田哲学、人間形成の倫理と論理を専攻。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を経て、1969年3月 名古屋大学文学部卒業、1975年7月東北大学大学院文学研究科博士課程修了。2017年創価大学名誉教授。
山下 善彦(やました よしひこ、1946年3月4日 - )は… 山下 善彦(やました よしひこ、1946年3月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。 浜名郡小野口村(現・浜松市浜名区)生まれ。静岡県立浜松北高等学校卒業[要出典]。早稲田大学政治経済学部卒業。1982年の静岡県議会議員補欠選挙に浜松市選挙区から、自民党公認で立候補したが、この時は同じ自民党公認の前議員に敗れた。1983年の静岡県議会議員選挙に浜松市選挙区から、自民党公認で立候補して当選した。その後、1987年、1991年、1995年と連続で当選した。また、1995年5月19日から1996年6月20日まで第94代静岡県議会副議長を務めた。1998年6月24日に参議院議員選挙に立候補するため、県議を辞職した。
廣瀬 典昭(ひろせ のりあき、1945年(昭和20年)7月3… 廣瀬 典昭(ひろせ のりあき、1945年(昭和20年)7月30日 - )は、日本の土木工学者、実業家。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を経て、1968年(昭和43年)東京大学工学部土木工学科を卒業し、日本工営に入社する。のちスタンフォード大学にて土木工学の修士号を取得する。日本工営ではインドネシア、マレーシア、フィリピンなどにおける水資源開発、防災事業にコンサルタントとして従事。2002年(平成14年)土木学会認定特別上級土木技術者(流域・都市)。2008年(平成20年)同社代表取締役社長を経て、2014年(平成26年)会長に就任した。 ほか、土木学会水工学委員会委員、コンサルタント委員会委員長、建設マネジメント委員会副委員長、論説委員会委員、理事、会長などを歴任。
中山 信弘(なかやま のぶひろ、1945年5月7日 - )は… 中山 信弘(なかやま のぶひろ、1945年5月7日 - )は、日本の法学者。専門は知的財産法。東京大学名誉教授。明治大学研究・知財戦略機構顧問。日本学士院会員。弁護士(西村あさひ法律事務所顧問)。来栖三郎門下。 学界を代表して政府の知的財産法関連の審議会に多数参加している他、知的財産制度改革を推進する知的財産戦略本部の本部員を務める。知的財産戦略本部および推進事務局の改革案には、早急であり「議論が足りていない」と頑として反対意見を述べ、推進事務局の姿勢を反対意見を封じ込めるものとし「あまりにも独善的」と強く批判した。特に、2003年の第6回知的財産戦略本部での意見表明は、衆議院法務委員会でも取り上げられた。
坂本 鐵司(さかもと てつじ、1945年 - )神奈川県茅ケ… 坂本 鐵司(さかもと てつじ、1945年 - )神奈川県茅ケ崎市在住。日本の工業デザイナー。ユニバーサルデザイン研究者。静岡文化芸術大学デザイン学部教授生産造形学科学科長。司ユニバーサルデザイン研究所所長。 神奈川県茅ケ崎市在住、静岡県浜松市出身。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。国内外のザインコンペで多くの受賞歴、日本を代表するユニバーサルデザイン、福祉用具、および住宅設備機器,のデザイナー。1970(昭和45年)東陶機器(現・TOTO)(株)デザイン部入社。1973(昭和48年)よりバリアフリー衛生設備器具の研究・開発活動に着手。 『身障者・高齢者配慮水まわり設計プランニング集』、器具の開発、及び公的なプロジェクトに参加。
刈屋 武昭(かりや たけあき、1944年 - )は、日本の経… 刈屋 武昭(かりや たけあき、1944年 - )は、日本の経済学者・統計学者・計量経済学者・金融工学者・リスクマネジメント学者。学位は、Ph.D.(ミネソタ大学統計学・1975年)・理学博士(九州大学・1982年)。一橋大学名誉教授、米国Institute of Mathematical Statisticsフェロー。一橋大学経済研究所教授、京都大学金融工学研究センター長、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科長、城西国際大学国際ビジネス・アドミニストレーション研究科教授、名古屋商科大学・企業マネジメント研究科教授を歴任。 1944年(昭和19年)生まれ、静岡県浜松市出身。浜松市立県居小学校で国学者賀茂真淵の生き方に感銘を受ける。
橋本 元一(はしもと げんいち、1943年10月13日 - … 橋本 元一(はしもと げんいち、1943年10月13日 - )は、日本の団体役員。第18代日本放送協会会長。元アジア太平洋放送連合会長。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校、東京工業大学理工学部電子工学科卒業。1968年NHKに入局、大阪局に赴任、後に技術畑を歩み、放送の発展を陰で支えた。 2004年にNHKの不祥事が次々と発覚し、批判に晒される中での前任者海老沢勝二の辞任を受けて、2005年、NHK会長に就任。技術畑出身者としては初であり、政治部記者出身で、強権的な手法が目立った海老沢や15代会長の島桂次とは異なる、技術者らしいクリーンさ、清新さが求められた結果だった。副会長には永井多恵子が就任した。
泉 秀樹(いずみ ひでき、1943年3月16日 - )は、日… 泉 秀樹(いずみ ひでき、1943年3月16日 - )は、日本の作家、写真家。 テレビ番組「泉秀樹の歴史を歩く」(J:COMテレビ)ナビゲーター。 静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。新聞社勤務を経て、以後、作家・写真家として活動する。 1973年、小説「剥製博物館」で第5回新潮新人賞を受賞。歴史に関する著作が多い。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
井口 泰孝(いぐち やすたか、1943年1月24日 - 20… 井口 泰孝(いぐち やすたか、1943年1月24日 - 2019年12月3日)は、日本の物理化学者。工学博士。東北大学名誉教授。元八戸工業高等専門学校校長。元日本金属学会会長。 静岡県浜松市出身。1965年東北大学工学部金属工学科卒業。1967年東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修士課程修了。1970年東北大学大学院工学研究科金属工学専攻博士課程修了、工学博士、東北大学工学部金属工学科助手。1973年東北大学工学部金属工学科講師。1974年東北大学工学部金属工学科助教授。1976年マサチューセッツ工科大学客員研究員。 1986年東北大学工学部金属工学科教授。1988年日本鉄鋼協会評議員。1994年日本金属学会理事、日本鉄鋼協会理理事。
大橋 鎬志(おおはし こうし、1943年 - )は、日本のラ… 大橋 鎬志(おおはし こうし、1943年 - )は、日本のランドスケープアーキテクト。静岡県浜松市生まれ。ランドスケープコンサルタントのM&N環境計画研究所代表取締役。 父はオート三輪の製造販売、エンジンの設計、車体のデザイン、水冷エンジンバイク、オート三輪への丸ハンドル、ツインのヘッドライト、セルモーターの導入などの凄腕の技術者。浜松はバイクのメッカ、若き本田宗一郎 も父の工場によく来ていたという。縞志は4人兄弟の長男でエンジン音だけで車種さえ当てられる少年だった。母は教室を構えて教えるほど手芸が得意。庭には花がいっぱい育てられていた。 静岡県立浜松北高等学校時代は陸上部で三段跳びの選手。1965年千葉大学園芸学部造園学科卒業。
垣見 隆(かきみ たかし、1942年〈昭和17年〉12月27… 垣見 隆(かきみ たかし、1942年〈昭和17年〉12月27日 - )は、日本の警察官僚。弁護士。元警察大学校長。静岡県浜松市出身。 東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。警察庁長官官房審議官(警備局担当)、警察庁長官官房長を経て、1993年(平成5年)刑事局長に就任。 一連のオウム真理教事件に対する捜査の最高責任者であった。 1995年(平成7年)警察大学校長に異動。本人は更迭と受け止めた。1996年(平成8年)、退職勧奨を受け満53歳で退官。 1999年(平成11年)に弁護士登録し、以後、住友電気工業、日本コムシス、コムシスホールディングス、熊谷組で監査役を務めた。
伊藤 典夫(いとう のりお、1942年10月5日 - )は、… 伊藤 典夫(いとう のりお、1942年10月5日 - )は、日本の翻訳家、SF研究家、アンソロジスト。日本SF作家クラブ名誉会員。 十代で商業誌に翻訳を載せた早熟の翻訳家である。1960年代に『SFマガジン』誌に連載した「SFスキャナー」などを通じて海外SFを精力的に日本に紹介するとともに、今日にいたるまで多数の名作を翻訳して、戦後の日本におけるSFの発展に尽力した。 また、同業者の浅倉久志と共に、R・A・ラファティ、コードウェイナー・スミス、ジェイムズ・ティプトリー・Jr.といった異色の実力派作家を日本に紹介した。カート・ヴォネガット・ジュニアの作品も、浅倉と分担して翻訳・紹介した。 静岡県浜松市出身。
船田 和英(ふなだ かずひで、1942年5月5日 - 199… 船田 和英(ふなだ かずひで、1942年5月5日 - 1992年5月28日)は、プロ野球選手。ポジションは内野手。ニックネームは「ライフルマン」(同名のアメリカのテレビドラマにちなむ。主人公ルーカス・マッケイン役のチャック・コナーズに顔が似ていた)。静岡県出身。
嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう、1942年〈昭和17… 嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう、1942年〈昭和17年〉1月10日 - 2025年11月14日)は、日本の編集者、作家、エッセイスト。本名は祐乗坊 英昭(ゆうじょうぼう ひであき)。 父は、朝日新聞社社員から、多摩美術大学の教授に転じたデザイナーの祐乗坊宣明。弟の祐乗坊進は造園コンサルタントで多摩美術大学講師。 静岡県浜松市に生まれ、1950年から東京都北多摩郡国立町(現:国立市)に育つ。国立学園小学校卒業。小学校時代の同級生に、後の外務省・軍縮大使の登誠一郎、朝日新聞社の宮本貢がいた。 桐朋中学校・高等学校を経て、1965年國學院大學文学部国文科卒業。専攻は中世文学。また、笠井叡は高校の2年後輩で、大学時代に笠井から土方巽を紹介され、金粉ショーのアルバイトをやったこともある。
戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )… 戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )は、日本の弁護士。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。 「強制従軍慰安婦」、韓国人 慰安婦の対日補償請求運動を支援し、1992年2月国連人権委員会で、朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発」の代表として初めて提起し、日本政府に責任を取るよう求め、国連の対応をも要請するなど、今日の日本の慰安婦問題に多大な影響を与えた。また、慰安婦の呼称として「性奴隷(Sex slaves)」を提唱し、日弁連や国連に使用を働きかけた。内縁の妻は元挺対協(現:正義連)山下英愛。 静岡県浜松市生まれ。1960年、立教大学理学部物理学科入学。
山川 紘矢(やまかわ こうや、1941年11月21日 - )… 山川 紘矢(やまかわ こうや、1941年11月21日 - )は、日本の精神世界・スピリチュアル系の翻訳家、著作家、講演家。スピリットダンス主催、セミナー講師。翻訳は妻の山川亜希子と共に行っている(なお「紘矢」「亜希子」はペンネームである)。 静岡県引佐郡引佐町(現・浜松市浜名区)生まれ。静岡県立掛川西高等学校を経て東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省(国有財産局総務課)。その後は外務省に出向し在マレーシア日本国大使館で3年間、外交官として勤務。1971年7月 加治木税務署長。1972年7月 大臣官房秘書課長補佐(財務官室)心得。1973年7月よりハワイ大学大学院、シカゴ大学大学院で学ぶ。
荒木 紀一 (あらき きいち、1940年11月11日 - … 荒木 紀一 (あらき きいち、1940年11月11日 - ) は、日本の陸上競技選手。1964年東京オリンピック陸上日本男子円盤投代表候補選手 (膝の故障により出場断念)。円盤投男子元日本記録保持者。静岡県浜松市出身。中央大学法学部法学科卒業。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
竹原 あき子(たけはら あきこ、1940年11月1日- )は… 竹原 あき子(たけはら あきこ、1940年11月1日- )は、日本の工業デザイナー、和光大学名誉教授。 静岡県浜松市生まれ。1964年千葉大学工学部工業意匠学科卒、キヤノンカメラ株式会社デザイン課勤務。1968年フランス政府給費留学生として渡仏。1968年フランス国立高等工芸大学。1970年パリ環境研究院。1972年フランス高等インスチチュート。1975年和光大学芸術学科助教授。1984年教授、2011年定年、名誉教授。
渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1… 渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1日 - )は、日本の弁護士、評論家。 静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松北高等学校を経て、1963年に中央大学法学部を卒業後、1966年に弁護士開業。 千葉県の女性弁護士第1号。 家族、遺産相続、DVなどの問題を担当、人生相談の回答者として活動している。 女性と仕事の未来館館長(2003年 - 2011年)を務めたほか、NPO法人DV被害者支援活動促進のための基金を設立(同理事長)、NPO法人高齢社会をよくする女性の会監事などを務めている。2005年に男女共同参画社会づくり功労者として内閣総理大臣表彰を受けている。 法律事務所の会議室に高座をもうけて講談師を招き、「渥美講談塾」を開設。
小池 兼司(こいけ けんじ、1939年2月5日 - )は、静… 小池 兼司(こいけ けんじ、1939年2月5日 - )は、静岡県出身の元プロ野球選手。内野手。
國松 孝次(くにまつ たかじ、1937年6月28日 - )は… 國松 孝次(くにまつ たかじ、1937年6月28日 - )は、日本の元警察官僚、警察庁長官。静岡県浜松市出身。
太田 誠(おおた まこと、1936年5月20日 - )は、駒… 太田 誠(おおた まこと、1936年5月20日 - )は、駒澤大学硬式野球部OB会長。元駒澤大学硬式野球部監督。
小楠 和正(おぐす かずまさ。1936年(昭和11年) - … 小楠 和正(おぐす かずまさ。1936年(昭和11年) - )は、日本の歴史学者郷土史家。静岡大学教育学部卒、公立中学校教諭を経て、浜松市中央図書館非常勤職員。静岡県浜松市出身。徳川家康の研究家としては、浜松市の第一人者とされている。 浜松市周辺の郷土史を専門としており、複数の著作を発表し、講演も行っている。また、NHKの歴史番組制作にも資料調査の面から協力したことがある。
伊藤 惣一(いとう そういち、1935年10月1日 - )は… 伊藤 惣一(いとう そういち、1935年10月1日 - )は、日本の俳優、声優、ナレーター。フリー。 静岡県浜松市出身。早稲田大学卒業。大学時代は劇団自由舞台で活動。 1959年4月「ぶどうの会」に入団し、1964年9月の解散まで在籍。同年10月、「演劇集団・変身」にの創立に参加しし、1970年まで在籍。1971年に「劇団三十人会」に入団し、現在はフリー 太字はメインキャラクター。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
杉浦 健五(すぎうら けんご、1935年(昭和10年)8月1… 杉浦 健五(すぎうら けんご、1935年(昭和10年)8月12日 - 2006年(平成18年)5月7日)は、日本の空手家および実業家。静岡県浜松市出身。愛知大学出身。元全日本空手道連盟和道会理事長。政治活動家・田中清玄の秘書だった。
鈴木 敬彦(すずき よしひこ、1934年6月7日 - 202… 鈴木 敬彦(すずき よしひこ、1934年6月7日 - 2022年7月26日)は、日本の実業家。遠州鉄道株式会社の第6代社長。 静岡県浜松市出身。遠州鉄道株式会社の第2代社長の鈴木俊雄氏の次男で、1958年に慶應義塾大学法学部を卒業後、遠州鉄道株式会社に入社。1994年から2005年まで11年間遠州鉄道第6代社長を務めた。社長在任中はバブル崩壊後の厳しい経営環境の中で「お客様第一主義」を掲げ、事業の多角化を推進しグループ経営の礎を築いた。また、1988年の遠鉄百貨店開業の担当役員として準備を主導し、1990年 - 1994年には遠鉄百貨店の社長も務めた。また、遠州鉄道の保険事業を全国有数のアメリカンファミリー販売代理店に育てあげたほか、遠州鉄道社長時代に路線バスの利用促進に向けて浜松市と「オムニバスタウン計画」を展開。
鈴木 克美(すずき かつみ、1934年3月23日 -2024… 鈴木 克美(すずき かつみ、1934年3月23日 -2024年12月28日 )は、日本の魚類学者・水族館学者、東海大学名誉教授。 静岡県浜松市生まれ。興誠高等学校を経て1956年東京水産大学増殖学科卒。1980年「日本産ハナダイ類の生態学的研究」で東京大学農学博士。江の島水族館飼育主任、金沢水族館副館長、1968年東海大学講師、助教授、1975年同海洋研究所助教授、1981年教授、海洋科学博物館副館長、館長、社会教育センター学芸室長。1999年定年退任、名誉教授。
宇波 彰(うなみ あきら、1933年1月24日 - 2021… 宇波 彰(うなみ あきら、1933年1月24日 - 2021年1月6日)は、日本の哲学者、文芸・芸術評論家。明治学院大学名誉教授。 1933年、静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松北高等学校を卒業し、東京大学文学部仏文科を卒業した。同大学院哲学科修士課程修了。埼玉県立川越高校、同所沢高校などの教諭をしながら、雑誌などに評論を発表するほか、フランス現代思想の翻訳を数多く上梓した。1990年、明治学院大学文学部教授となる。2001年に定年退職した。その後は札幌大学教授として教鞭をとり、2005年に退職。
中村 宏(なかむら ひろし、1932年9月20日 - )は、… 中村 宏(なかむら ひろし、1932年9月20日 - )は、日本の画家。日本大学藝術学部美術学科卒業。東京造形大学客員教授。児童文学の挿絵を担当する際は「中村ヒロシ」の表記も使用する。静岡県浜松市出身。
高柳 暁(たかやなぎ さとる、1931年5月9日 - 199… 高柳 暁(たかやなぎ さとる、1931年5月9日 - 1998年4月11日)は、日本の経営学者。筑波大学名誉教授。 静岡県浜松市生まれ。工学者・高柳健次郎の次男。妹に小児心理学者の吉村たづ子。岳父は経済史学者の大塚久雄。1963年東京大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学、中央大学経済学部専任講師、1965年助教授、1971年教授、1979年筑波大学社会工学系教授。1995年定年退官、名誉教授、中央大学総合政策学部教授。