川尻 徹(かわじり とおる、1931年〈昭和6年〉6月7日 … 川尻 徹(かわじり とおる、1931年〈昭和6年〉6月7日 - 1993年〈平成5年〉9月)は、日本の精神科医(医学博士、東京慈恵会医科大学、1981年)、予言研究家。 東京慈恵会医科大学卒業。国立精神衛生研究所所員、青梅成木台病院院長等を経て、病院コンサルタントなどを手がけた。精神科医としての研究もあるが(「慢性精神分裂病症候群の病態推移と脳波パターンとの関連について」『東京慈恵会医科大学雑誌』第94巻第5号、1979年、本論は後に博士論文として大学に提出されている)、むしろ独特の予言解釈で知られる。 トンデモ本などを主に収集すると学会の前会長山本弘は著書『トンデモ本の世界』の中で、川尻徹の著書を見てトンデモ本にはまったと書いている。
藤井 忠俊(ふじい ただとし、1931年4月25日 - 20… 藤井 忠俊(ふじい ただとし、1931年4月25日 - 2018年1月24日)は、日本近代史研究家。 山口県山口市生まれ。早稲田大学法学部卒。専攻は日本近現代史・民衆史。『季刊現代史』主宰、駿河台大学講師などを務めた。妻は松本清張記念館名誉館長の藤井康栄。 2018年1月24日午前10時35分、急性心不全のため、東京都内の病院で死去。86歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
倉田 喜弘(くらた よしひろ、1931年1月14日- 202… 倉田 喜弘(くらた よしひろ、1931年1月14日- 2022年8月31日)は、日本の芸能史研究家。 大阪市生まれ。大阪市立大学経済学部卒業後、NHKに勤務。1966年、根岸登喜子と結婚。1988年、NHKを退職。その後は芸能史研究に専念する。特に、端唄を収録した『江戸端唄集』の編纂で知られる。2022年8月31日、肺がんのため死去。91歳没。
磯部 定治(いそべ さだじ、1931年- )は、新潟県の地方… 磯部 定治(いそべ さだじ、1931年- )は、新潟県の地方史・文学研究家。 新潟県小出町(現魚沼市)に生まれる。1952年新潟県立小千谷高等学校小出分校(後の新潟県立小出高等学校)卒。同年、越南タイムズ社入社、92年同社退社。
田隅 恒生(たすみ つねお、1931年 - 2019年)は、… 田隅 恒生(たすみ つねお、1931年 - 2019年)は、日本の中東近代史研究家。 兵庫県出身。兵庫県立芦屋高等学校卒、1954年京都大学法学部卒業。丸紅に勤務。その間テヘラン、ニューヨーク、マニラに駐在。丸紅紙業を経て、1993年退職。 T・E・ロレンスの『知恵の七柱』を完訳した。
谷口 正子(たにぐち まさこ、1931年 - )は、フランス… 谷口 正子(たにぐち まさこ、1931年 - )は、フランス文学者、仏教研究家。専門はフランスの近代象徴詩。カトリック信者である。 1963年、早稲田大学大学院博士課程単位取得退学。1978年、パリ・ソルボンヌ大学で博士号取得(フランス文学)。東洋女子短期大学教授、共立女子大学国際文化学部教授。2001年、同大学退職。在職中に佛教大学文学部仏教学科通信教育部に入学し、2003年に卒業した[要出典]。東西宗教交流学会会員[要出典]。『同時代』同人[要出典]。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山崎 三四造(やまざき みよぞう、1931年 - 2018年… 山崎 三四造(やまざき みよぞう、1931年 - 2018年)は、日本のアマチュア考古学者・歴史研究家。縄文時代の生活を再現した第一人者として知られ、「縄文さん」「伊勢の名物男」などと称される。 三重県一志郡一志町(現・津市)出身。山崎家21代当主として生まれる(祖先は徳川吉宗の出城の殿様)。山九に在籍中は遺跡の発掘調査や土器の復元を父と共に行い1986年に退職。翌1987年、退職金700万円を元手に竪穴建物を建設し、縄文時代の生活の再現を開始する。1989年には弥生時代の竪穴建物を、縄文の竪穴建物の脇に建設する。食生活は、ウサギ、ナマズ、フナ、スッポンなどの狩猟を行ない、手製の石器で魚を三枚におろして調理するほか、ドングリを粉にして団子を作ることも試みたが、一方では、現代のたばことビールもたしなむというものであった。
高木 茂男(たかぎ しげお、1931年(昭和6年) - 20… 高木 茂男(たかぎ しげお、1931年(昭和6年) - 2001年(平成13年)4月9日)は、日本のパズル研究家である。 『Play puzzle』『パズル遊びへの招待』など、多くのパズル研究の著書がある。芦ヶ原伸之とはパズル懇話会設立のメンバーとしても一緒で交友があった。虫食い算の作者としても知られており、何冊かの本を自家出版している。 東京都立大学 (1949-2011)出身。
中村 一枝(なかむら かずえ、1931年〈昭和6年〉 - 2… 中村 一枝(なかむら かずえ、1931年〈昭和6年〉 - 2019年〈令和元年〉12月7日)は、日本の郷土史研究家。北海道釧路市の釧路アイヌ文化懇話会や札幌女性史研究会に所属し、札幌市を拠点に歴史を掘り起こす地道な活動を続ける一方、現代に警鐘を鳴らすべく、戦争体験の積極的な発信を続けた。日本大学文学部卒業。釧路でアイヌ教育に取り組んだ永久保秀二郎の日記『永久保日誌』の研究でも知られる。 北海道釧路市で誕生した。女学生だった1945年(昭和20年)、戦中当時に学校では防空壕を掘らされ、駆り出された援農先では作業の合間に歌を歌った者が目の前で体罰を受けるといった戦時体験が、その後の生涯に影響を及ぼした。
馬原 鉄男(まはら てつお、1930年12月15日 - 19… 馬原 鉄男(まはら てつお、1930年12月15日 - 1992年7月2日)は、日本の歴史学者・部落問題研究家。宮崎県高千穂町の貧しい小作農の三男。中原 京三名義による著作もある。 部落問題研究所主任研究員として、共同研究『水平運動史の研究』(全6巻)、『戦後部落問題の研究』(全7巻)を主導した。 一方、主著『日本資本主義と部落問題』の主張の根幹が、日本共産党の「国民的融合論」提唱によって否定されたため、自ら絶版に付したこともあった。[要出典]
堀場 清子(ほりば きよこ、1930年10月19日 - 20… 堀場 清子(ほりば きよこ、1930年10月19日 - 2025年1月10日)は、日本の詩人、女性史研究家である。 広島県広島市生まれ。父は陸軍軍人の堀場一雄。東京で育つが、縁故疎開先の広島で原爆被害を目撃する。早稲田大学文学部国文科卒業。鹿野政直の妻で本姓は鹿野。共同通信社勤務を経て詩作・評論に専念する。詩誌『いしゅたる』主宰。1990年、『イナグヤ ナナバチ/沖縄女性史を探る』で第5回女性史青山なを賞、1993年『首里』で第11回現代詩人賞受賞。2010年、第14回女性文化賞受賞。ほか高群逸枝、原爆被害の研究をおこなう。 2025年1月10日、老衰のため千葉県の高齢者施設で死去。94歳没。
竹腰 美代子(たけこし みよこ、1930年10月5日 - 2… 竹腰 美代子(たけこし みよこ、1930年10月5日 - 2001年3月1日)は、日本の美容体操研究家。日本のテレビ体操の草分けとして広く知られている。香淳皇后の体操の先生としても著名。 神奈川県逗子市出身。神奈川県立第一高等女学校(現在の神奈川県立横浜平沼高等学校)卒業。岸恵子と草笛光子は高校の同窓生である。その後お茶の水女子大学体育学科に進み、卒業後、高校の体育教師となる。 1954年4月16日から日本放送協会で放映された『美容体操』の専属講師に就任。1958年から香淳皇后に美容体操を教えた。 著書に「いつもお陽さま家族」などがある。 1966年、クレイジーキャッツの安田伸と結婚した。 1967年4月に行われた東京都知事選挙では、美濃部亮吉の推薦人に名を連ねた。
松山 俊太郎(まつやま しゅんたろう、1930年8月27日 … 松山 俊太郎(まつやま しゅんたろう、1930年8月27日 - 2014年5月11日)は東京府出身のインド学者、幻想文学研究家。英語やサンスクリット語の他、フランス語やアラビア語などにも堪能。女子美術大学教授、國學院大學講師、多摩美術大学講師、美学校講師などを歴任。
高木 重朗(たかぎ しげお、1930年8月8日 - 1991… 高木 重朗(たかぎ しげお、1930年8月8日 - 1991年1月7日)は、日本の奇術研究家・アマチュアマジシャン。東京生まれ。 1935年頃、新橋演舞場で松旭斎天勝のイリュージョン(人体浮揚や美女の胴体切り)を見て奇術に興味を持つようになった。1952年、慶応義塾大学経済学部卒業、1954年、慶応義塾大学法学部卒業。 衆院事務局参事を経て、国立国会図書館参考書誌部索引課主査。1986年4月退官。 1950年代~1960年代ごろ、日本国外の奇術の書籍・雑誌があまり日本に流通していなかったころから、日本国外の専門書の翻訳や解説書の執筆を精力的に行って日本の奇術界に貢献した。特に専門季刊雑誌『奇術研究』を通じてのクロースアップ・マジックの紹介は、当時の日本では非常に貴重なものだった。
竹前 栄治(たけまえ えいじ、1930年8月4日 - 201… 竹前 栄治(たけまえ えいじ、1930年8月4日 - 2015年7月14日)は、日本の政治学者、占領史研究家。学位は、法学博士。東京経済大学名誉教授。 長野県須坂市出身。1951年長野県須坂西高等学校卒業、1955年東京教育大学文学部社会科学科法律政治学専攻を卒業し、世田谷区立尾山台中学校教諭に赴任。1958年から東京都立工業短期大学附属工業高等学校(現東京都立工業高等専門学校)教諭、1962年東京都立工業高等専門学校教諭。1963年旧・東京都立大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了。1964年東京都立工業高等専門学校助教授、1968年東京都立大学大学院社会科学研究科政治学専攻博士課程単位取得満期退学。
澁澤 幸子(しぶさわ さちこ、1930年〈昭和5年〉7月22… 澁澤 幸子(しぶさわ さちこ、1930年〈昭和5年〉7月22日 - )は、日本の著作家、トルコ研究家。日本文芸家協会会員。日本・トルコ協会会員。小説家、フランス文学者澁澤龍彦の妹。 東京生まれ。武州銀行に勤める澁澤武の長女。澁澤龍彦の妹。澁澤道子の姉。1948年、十文字高等女学校卒業。津田塾大学英文学科卒業。 『ドレスメーキング』『スタイル』編集者を経てフリーライターになる。『週刊現代』『ヤングレディ』『平凡パンチ』などのアンカーをつとめ、多くの女性誌等にエッセー、旅行記など執筆。1981年以降、足繁くトルコを訪問し、トルコ関連の旅行記や歴史物語、評論、エッセーなどを執筆、トルコに関する講演も行う。
村越 末男(むらこし すえお、1930年7月2日 - 200… 村越 末男(むらこし すえお、1930年7月2日 - 2008年4月11日)は、日本の部落問題研究家。大阪市立大学名誉教授。高知県出身。 高知県幡多郡大方町(現・黒潮町)の被差別部落に生まれ育つ。1953年、龍谷大学文学部哲学科社会学専攻卒業。高知県立中村高校教諭、高知大学教育学部非常勤講師などを勤めながら、解放団体高知県連合会の創立に参加した。1968年4月、大阪府同和教育指導員となり、同年8月大阪部落解放研究所の設立に参加し、事務局長と理事を兼任する。1970年9月、大阪市立大学助教授、1980年4月、同教授。1983年、全国大学同和教育研究協議会事務局長(1992年、同副会長)。1984年、部落解放研究所第2代理事長に就任、大阪市立大学同和問題研究室室長。
半藤 一利(はんどう かずとし、1930年〈昭和5年〉5月2… 半藤 一利(はんどう かずとし、1930年〈昭和5年〉5月21日 - 2021年〈令和3年〉1月12日)は、日本のジャーナリスト、戦史研究家、作家。近現代史、特に昭和史に関し人物論・史論を、対談・座談も含め多く刊行している。 先祖は長岡藩士。東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)に生まれる。実父は運送業と区議をつとめる。近所に幼少期の王貞治が住んでおり顔見知りだった。東京府立第七中学校に入学、1945年(昭和20年)3月の東京大空襲では逃げまどい中川を漂流し、死にかける体験をする。茨城県の県立下妻中学校を経て、父の生家のある新潟県長岡市へ疎開し、県立長岡中学校3年次で終戦を迎え、そこを卒業後東京へ戻る。
長田 暁二(おさだ ぎょうじ、1930年〈昭和5年〉3月19… 長田 暁二(おさだ ぎょうじ、1930年〈昭和5年〉3月19日 - 2024年〈令和6年〉11月4日)は、日本の音楽文化研究家、音楽プロデューサー。ポリドール・レコード学芸部長、徳間音楽工業常務取締役、テイチクエンタテインメント顧問を歴任。 岡山県笠岡市生まれ。笠岡市の禅寺威徳寺の次男として育つ。1953年、駒澤大学英米文学科卒業。 大学在学中からコロムビアレコードでアルバイトをし、レコード業界に出入り。卒業後、同年キングレコード入社。童謡担当ディレクターを振り出しに22年間ディレクターを務めた。 1968年、芸術祭賞受賞(児童のための音楽入門レコード『チュウちゃんが動物園へいったお話』)に始まり、同奨励賞3回、批評家選賞1回。
佐々木 茂美(ささき しげみ、男性、1930年2月11日 -… 佐々木 茂美(ささき しげみ、男性、1930年2月11日 - )は、日本の機械工学者、気の研究家、電気通信大学名誉教授。本名は栗田 慶祐。 長野県上水内郡(現長野市)生まれ。1953年東北大学工学部精密工学科卒業。「炭素鋼の疲れ損傷度に関する研究」で工学博士。東芝機械、防衛大学校機械工学科講師、1972年電気通信大学助教授、教授、1994年定年退官、名誉教授、東海大学教授。2009年秋瑞宝中綬章受勲。 1974年のユリ・ゲラー来日を機に念力などの超常現象に興味を持ち、日本サイ科学会会長。「気」を研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
北野 進(きたの すすむ、1930年-)は、日本の産業考古学… 北野 進(きたの すすむ、1930年-)は、日本の産業考古学者、技術史研究家、赤十字史研究家。専攻は産業考古学。 1930年、長野県に生まれる。 旧制・長野県立屋代中学(現・屋代高校)を経て、1951年、東京工業専門学校(現・千葉大学工学部)機械科卒業。1958年以来、長野県の高校に勤務、池田工業高校長を経て岩村田高校長を最後に1991年3月末退職。長年の研究と著述を継続、技術史研究家、赤十字史研究家。2018年、瑞宝小綬章を受章。 拾ヶ堰、和時計、ガラ紡機、電気製鋼、水力発電など、安曇野地域の近代化遺産について取材・調査を行い、江戸時代から明治、大正、昭和時代(敗戦まで)の技術文化への研究を通して、日本全体の技術史を研究している。
中上史行(なかがみ しこう、本名:なかがみ ふみゆき、193… 中上史行(なかがみ しこう、本名:なかがみ ふみゆき、1930年(昭和5年) - 1997年(平成9年)5月5日)は、日本の歴史研究家、元勝本町立勝本小学校校長、長崎県文化財保護指導委員。栄典は正六位・勲五等瑞宝章。長崎県壱岐市出身。
實吉 達郎(さねよし たつお、1929年11月29日 - 2… 實吉 達郎(さねよし たつお、1929年11月29日 - 2025年9月23日)は、日本の動物研究家、作家。未確認動物「UMA」の命名者として知られる。 シャーロック・ホームズの研究家でもあり、日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員である。 子爵實吉安純の孫として広島県(父の赴任地・呉市)に生まれる。学習院幼稚園から学習院初等科、学習院中等科を経て、東京農業大学卒業後、宮内庁下総御料牧場、野毛山動物園に勤務。 1955年から1962年までブラジルで動物を研究。帰国後、動物作家として活躍。また、数多くのテレビ番組に出演している。 娘はシンガーソングライターのさねよしいさ子、風水鑑定士の佐々木啓乃。
北沢 杏子(きたざわ きょうこ、1929年11月23日 - … 北沢 杏子(きたざわ きょうこ、1929年11月23日 - )は、日本の脚本家・性教育研究家。アーニ出版共同代表、性を語る会代表。 埼玉県浦和市(現:さいたま市)生まれ。実践女子大学国文科、舞台芸術学院、東京綜合写真専門学校卒業。2007年現在、東京都世田谷区在住。 日本放送作家協会会員として、演劇・ミュージカル・テレビドラマなど多くの脚本を手がけ(ウルトラQ 第22話「変身」〈原案は金城哲夫〉・第25話「悪魔ッ子」〈原案は当時の円谷プロのプロデューサー・熊谷健〉・未発表作「怪しき隣人」の脚本に参加している)、1960年、「アーニクーニの歌」で東京都児童演劇祭最優秀賞を受賞。1965年より性教育を中心とする言論出版活動を展開する。
出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 201… 出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 2019年8月2日)は、日本の英文学者、英国文化研究家、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 三重県松阪市生まれ。1953年早稲田大学教育学部英語英文科卒業、同副手。1955年早稲田大学大学院修了。1963年早大教育学部講師、1966年助教授、1971年教授、2000年に退職後、名誉教授。2009年春、瑞宝中綬章受勲。 1963年、大英博物館研究員として渡英。その後も、オックスフォード大学キャンピオン・ホール(Campion Hall)上級客員教授などとして、たびたびイギリスに滞在する。 ジョン・キーツをはじめとするイギリス・ロマン派についての研究業績や、『キーツ全詩集』などの訳業も多い。
七田 眞(しちだ まこと、1929年7月28日 - 2009… 七田 眞(しちだ まこと、1929年7月28日 - 2009年4月22日)は、日本の教育研究家。右脳を重視する幼児教育を提唱した。 中国東北部生まれ、島根県出身。ニューポート大学の日本校で教育学部教授。 1958年、島根県江津市に「児童教育研究所」という塾を開いた。高校生クラスからAFS日本協会試験の合格者を出すなど、次第に評判を呼び、その後、「右脳」の力を引き出すことを目的とした幼児教育(七田式教育)を提唱した。 『0歳教育』を提唱して反響を呼び、1976年に江津市に本部教室を開設。 1978年には「有限会社七田児童教育研究所」(現「株式会社しちだ・教育研究所」)を創立するとともに、七田式教室の日本国内での展開を開始。
前川 久太郎(まえかわ きゅうたろう、1929年7月4日 -… 前川 久太郎(まえかわ きゅうたろう、1929年7月4日 - 1983年1月20日)は、日本の医学者、動物学者、民具研究家。東京医科大学教授、解剖学専攻。理学博士、医学博士。江戸時代の古民具の研究家としても知られ、主に野外食器(弁当箱)、子供錦絵(おもちゃ絵)、医学・薬学関係、旅道具などの研究を行った。大阪府出身。在職中逝去。
山際 素男(やまぎわ もとお、1929年5月21日 - 20… 山際 素男(やまぎわ もとお、1929年5月21日 - 2009年3月19日)は、日本のノンフィクション作家、インド文化研究家、翻訳家。専門はインド文学。 三重県大王町出身。中学、高校でそれぞれ中退を経験し、法政大学文学部日本文学科卒。朝日新聞東京本社、世界労連東京事務所勤務を経て、インドに留学。インド国立パトナ大学(英語版)、ビスババラティ大学(英語版)で学ぶ。帰国後、文筆活動に入る。 代表作として、インドにおけるカースト制度の実態を告発した『不可触民 もうひとつのインド』がある。1998年には、古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』の翻訳で第34回日本翻訳出版文化賞を受賞した。 チベット問題にも関わり、『ダライ・ラマ自伝』他、チベット関連書を翻訳。
大西 信行(おおにし のぶゆき、1929年5月8日 - 20… 大西 信行(おおにし のぶゆき、1929年5月8日 - 2016年1月10日)は、日本の劇作家、脚本家、演芸研究家。正岡容の門下。同門には小沢昭一、永井啓夫、3代目桂米朝、都筑道夫、加藤武、小島貞二らがいる(小沢昭一、加藤武とは、麻布中学・早稲田大学を通じての友人)。俳号は獏十。
実藤 遠(さねとう とおし、1929年4月19日 - 201… 実藤 遠(さねとう とおし、1929年4月19日 - 2016年10月30日)は、日本の中国研究者、超常現象研究家。 東京生まれ。父は実藤恵秀、弟にさねとうあきら。1951年早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田実業高等学校で地理の教師を務める。はじめは日本と中国との関係史を研究したが、1974年の超能力ブームに触発されて、超常現象の研究をはじめる。日本サイ科学理事長、国際新科学会会長、国際新科学研究所所長。天然自然研究会歴任、チョウ常識教室を主宰。
秋山 紀夫(あきやま としお、1929年3月26日 - 20… 秋山 紀夫(あきやま としお、1929年3月26日 - 2025年12月9日)は、日本の指揮者、吹奏楽指導者、吹奏楽史研究家。 1956年、戦後初の第4回全日本吹奏楽コンクール全国大会に埼玉県立大宮工業高等学校の指揮者として出場する。その後、大宮市立桜木中学校とソニー吹奏楽団の指揮者としても全日本吹奏楽コンクール全国大会に出場する。1963年に教員を1年間休職し渡米する。アメリカ各地の吹奏楽を視察し、イーストマン音楽学校へ留学したり、ミッドウェスト・クリニック(英語版)に日本人として初めて参加する。その後、ヨーロッパ各地の吹奏楽を視察する。帰国後、教職を務めながら海外で見聞した吹奏楽指導法を書籍や教則本にまとめたり、アメリカの吹奏楽専門書の翻訳をする。
河野友美(こうの ともみ、1929年2月1日-1999年2月… 河野友美(こうの ともみ、1929年2月1日-1999年2月23日)は、日本の食品研究家。 兵庫県出身。関西学院大学卒。大阪市立大学助手などをへて、1968年大阪薫英女子短期大学教授。1964年河野食品研究所を設立し所長となる。食品学,栄養学・調理科学・嗜好学をベースに生活文化を研究した。
山田 修(やまだ おさむ、1929年1月31日- )は、日本… 山田 修(やまだ おさむ、1929年1月31日- )は、日本の建築家、韓国古文化研究家。 兵庫県伊丹市出身。1950年神戸工業専門学校卒。大阪市立工芸高等学校教諭。韓国古文化研究会主宰。1979年日本建築士連合会長賞受賞。大阪市立大学生活科学部・大阪市立デザイン教育研究所講師。修(しゅう)建築事務所主宰。伊丹市図書館協議会委員、伊丹市美術館協議会委員。1987年韓国観光公社賞、1998年釜山広域市建築士会功労牌、2002年駐大阪大韓民国総領事感謝状。
斉藤 俊彦(齊藤 俊彦、さいとう としひこ、1929年 - … 斉藤 俊彦(齊藤 俊彦、さいとう としひこ、1929年 - )は、日本の乗り物史研究家。 熊本県生まれ。熊本大学法文学部卒業後、NHKに入社。資料センター主査。退職後、立正大学大学院に学び、1989年「近代における道路交通地理 人力車から自動車へ」で立正大学文学博士。東京交通短期大学非常勤講師を務める。また、『藤沢市教育史』編纂に参加、幼児教育部門を担当。『人力車』で1979年度交通図書賞、『轍の文化史』で1993年度自動車工業史・中尾奨学金受賞、1994年度国際交通安全学会賞受賞。近代道路交通史研究、日本地理学会、交通史学会、富士学会、自動車史研究会会員。
狩野 美智子(かのう みちこ、1929年〈昭和4年〉 - )… 狩野 美智子(かのう みちこ、1929年〈昭和4年〉 - )は、日本のスペイン研究家、文筆家、翻訳家。 東京浅草生まれ。東京で空襲を度々経験し、長崎での学徒動員中に工場で被爆。旧姓は切通。 1946年長崎県立長崎高等女学校卒業。1956年慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。都内の公立中学校、定時制高校で社会科教論として28年間教えた。1983年退職。その後は文筆家、翻訳家。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大畑 哲(おおはた さとし、1929年〈昭和4年〉- 201… 大畑 哲(おおはた さとし、1929年〈昭和4年〉- 2010年〈平成22年〉)は、日本の自由民権運動研究家、教育者。神奈川県伊勢原市上粕屋の雨岳文庫(国登録有形文化財、山口家住宅)資料館の初代館長。 1929年静岡県出身。東北大学経済学部を卒業。元神奈川県立厚木高等学校教諭。神奈川県史のほか、厚木・相模原・大和・座間・綾瀬など、神奈川県内の多くの自治体史編さんに携わった。
関根 日出男(せきね ひでお、1929年 - 2017年1月… 関根 日出男(せきね ひでお、1929年 - 2017年1月18日)は、医師、チェコ語の翻訳家、チェコ音楽研究家。 長野県北安曇郡大町(現大町市)生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、大阪陸軍幼年学校を経て、旧制松本医学専門学校(信州大学医学部)卒。1959年北海道大学医学博士。東京都内に耳鼻科医院を開業、同院長。1959年からチェコ音楽を研究、1964年からチェコ語を研究し、翻訳する。
西形 節子(にしかた せつこ、1929年 - 2025年6月… 西形 節子(にしかた せつこ、1929年 - 2025年6月27日)は、日本舞踊家、舞踊研究家。 東京に生まれる。18歳の時、初代藤間勘斎(七代目松本幸四郎)から名取りを許されて、藤間すみれを名乗る。その後早稲田大学文学部演劇学科、同大学院文学研究科修士課程で河竹繁俊に演劇を学ぶ。お茶の水女子大学・共立女子大学などで近世文学(歌舞伎・日本舞踊)の講座を持つかたわら、日本舞踊の師匠として後進の育成に当たる。のち集団日本舞踊21を主催し、全国各地で公演を行なう。またイヤホンガイドも務める。 2025年6月27日死去。96歳没。
北西 英子(きたにし ひでこ、1929年〈昭和4年〉 - 1… 北西 英子(きたにし ひでこ、1929年〈昭和4年〉 - 1999年〈平成11年〉7月17日)は、日本の歴史研究家。女性の地位向上をテーマとした広島県の女性団体「広島女性史研究会」の代表。夫は政治学者で広島大学名誉教授の北西允。 山口県須佐町(後の萩市)で誕生した。男女差別の厳しい土地に生まれ育ったことが、後の活動の原点となった。1955年(昭和30年)に結婚に伴い、夫の都合で広島県へ転居した。 1970年(昭和45年)、女性の地位向上をテーマとして、ボランティア活動などに携わる主婦たちを集めて広島女性史研究会を発足させ、代表を務めた。1981年(昭和56年)に、新聞から拾った女性の記事を年表にまとめ、『新聞集成広島女性史』を出版した。
荒崎良徳(あらざき りょうとく、1928年10月21日- 2… 荒崎良徳(あらざき りょうとく、1928年10月21日- 2014年10月13日)は、曹洞宗の僧、福祉事業家、鉄道模型研究家。 金沢で生まれる。父は荒崎良道。1951年駒澤大学文学部国文科卒業。公立高校教員を務める。1976年実家の雲龍寺住職となる。児童養護施設林鐘園々長。鉄道模型のレイアウトで雲竜寺模型と呼ばれるものを製作。
森 納(もり おさむ、昭和3年(1928年)9月1日 - 平… 森 納(もり おさむ、昭和3年(1928年)9月1日 - 平成24年(2012年))は、日本の医師、郷土史研究家。森医院理事長。医学博士。 鳥取県西伯郡夜見村(現・米子市夜見町)に生まれる。鳥取県立米子中学校(現・鳥取県立米子東高等学校)を経て、昭和26年(1951年)米子医学専門学校卒業。昭和27年(1952年)鳥取大学医学部第二内科研究生、西伯病院勤務。 昭和36年(1961年)島根県大田市祖式診療所長。昭和41年(1966年)鳥取県岩美郡国府町糸谷で開業。岩美郡医師会理事、鳥取県東部医師会理事、鳥取県医師会理事を歴任した。 森が20歳になる前、米子医学専門学校3年の時に父が死去。残されたものは先祖伝来の土地の一部、五反ほどの畑と借金だけであった。
飯野 徹雄(いいの てつお、1928年8月12日 - 200… 飯野 徹雄(いいの てつお、1928年8月12日 - 2008年2月22日)は、日本の遺伝学者、ふくろう研究家。東京大学名誉教授。 東京府生まれ。1951年東京大学理学部植物学科卒業、1962年理学博士。国立遺伝学研究所研究員、微生物遺伝部部長を経て、1971年東京大学理学部教授。小石川植物園園長等を務める。1989年定年退官、東京大学名誉教授。同年より,早稲田大学人間科学部教授,1998年退職。 久美子夫人と共にふくろうに関する資料を蒐集し、自宅に「ふくろうギャラリー」を開設。1962年日本遺伝学会賞受賞。1991年紫綬褒章受勲。
松谷 健二(まつたに けんじ、1928年8月12日 - 19… 松谷 健二(まつたに けんじ、1928年8月12日 - 1998年2月9日)は、日本のドイツ文学研究家、翻訳家、作家。元山形大学教授。 1928年、東京市(現大田区)に生まれ、幼少年時代をここで過ごす。東京外国語大学を経て1953年に東北大学文学部ドイツ文学科卒業。 1959年、初出版は『文学における彼岸表現の研究』内の論文「北歐の彼岸表象」。 1971年、「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズの第1巻『スターダスト計画』が刊行される。1974年に山形大学を退職。 1998年、肝硬変のため山形県の病院で死去。享年69。
高橋 華王(たかはし かおう、1928年(昭和3年)7月3日… 高橋 華王(たかはし かおう、1928年(昭和3年)7月3日 - 2003年(平成15年)8月14日)は古武術研究家・武道家(宮本武蔵円明流判官派第14代宗家)、教育者、セルフディフェンスビクス発案者。東京理科大学経営学部教授。 福島県伊達市出身。福島師範学校(現:福島大学)、東京教育大学、日本体育大学を卒業。東京教育大学、東京外国語大学、明治大学、日本女子体育大学講師を経て、東京理科大学経営学部教授。教授を務める傍ら、東京大学医学部解剖学教室にて人体解剖生理学を研究。 宮本武蔵円明流判官派第14代宗家(関西・武蔵円明流、東京・武蔵円明流判官派などとは異なる)。東洋医学に精通し、鍼灸の資格も持っていた。
立石 定夫(たていし さだお、1928年(昭和3年)2月29… 立石 定夫(たていし さだお、1928年(昭和3年)2月29日 - 1995年(平成7年)6月8日)は、日本の政治家、弁護士、歴史研究家。第8代福山市長(3期)。位階は従五位。勲四等旭日小綬章。 広島県福山市東堀端町(現・福山市城見町)に生まれる。1945年(昭和20年)、広島県立福山誠之館中学校(現・広島県立福山誠之館高等学校)卒業。1948年(昭和23年)、旧制広島高等学校卒業。1951年(昭和26年)、同志社大学法学部卒業。 1955年(昭和30年)4月、弁護士を開業。1960年(昭和35年)4月、広島弁護士会福山地区会会長に就任。 1963年(昭和37年)4月、広島県議会議員に初当選。1967年(昭和42年)に再選。
大和 岩雄(おおわ いわお、1928年2月15日 - 202… 大和 岩雄(おおわ いわお、1928年2月15日 - 2021年6月20日)は、日本の編集者、出版事業家、古代史研究家。大和書房(だいわしょぼう)および青春出版社の創業者。 長野県上伊那郡高遠町(現在の伊那市)にて、江戸時代から続く呉服商の家庭に生まれる。生家が没落したため、高等小学校卒業後、名古屋市の三菱重工業に旋盤工として就職する予定であったが、1942年、官費で学べる長野師範学校(信州大学教育学部)に入学し、1948年に卒業すると長野県下伊那郡大鹿村立鹿塩中学校に赴任、国語と音楽を教えていた。1948年12月に退職し、長野市に移住。ここで山本茂実主宰の人生誌「葦」に参加。第4号以降、同誌の編集長となる。
紺野昭(こんの あきら. 1928年1月3日 - 2013年… 紺野昭(こんの あきら. 1928年1月3日 - 2013年10月22日)は日本の都市研究家。豊橋技術科学大学名誉教授。 地域計画プランナーとして、日本の戦後の都市計画、地域開発を推進する担い手として活躍。研究業績は工業立地原単位に代表される明快な理論展開である一方で、地域計画の実践では理論化しきれない部分も多出するために計画のフィロソフィーという言葉で示した。フィロソフィー構築にあたって、2つの視点を強く求めた。第1は、地域の独自性から出発することであり全国分析から始めると研究も顕くことを指導した。第2は、出来ることと出来ないことを区分するということでこれは計画には不測の部分が必ず生じる。だからこそ出来る部分を明確にして、後は時間と共に修正せよということである。
坂崎 乙郎(さかざき おつろう、1928年1月1日 - 19… 坂崎 乙郎(さかざき おつろう、1928年1月1日 - 1985年12月21日)は、日本の西洋美術史研究家、美術評論家。早稲田大学教授。父は美術史家坂崎坦。東京都生まれ。 『夜の画家たち』などの著作でドイツ表現派や幻想派の画家を紹介、評論活動、執筆活動をおこなう。深井克美など無名の芸術家の紹介にも力をそそいだ。1985年9月7日に自殺した盟友鴨居玲の後を追うように同年12月21日に自殺。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
長谷部 楽爾(はせべ がくじ、1928年 - )は、日本の陶… 長谷部 楽爾(はせべ がくじ、1928年 - )は、日本の陶磁器研究家。父は人類学者の長谷部言人。 仙台市生まれ。1948年私立武蔵高等学校卒業後、1953年東京大学文学部美学美術史卒。 1954年、文化財保護委員会美術工芸課。1958年、東京国立博物館学芸部工芸課。のち東洋課長、学芸部長、次長を経て、1988年、退官。文化財保護審議会専門委員、恵泉女学園大学教授、東京国立博物館名誉館員、日本貿易陶磁研究会会長。
池田 運(いけだ はこぶ、1928年 - )は、ヒンディー語… 池田 運(いけだ はこぶ、1928年 - )は、ヒンディー語文学の翻訳者でインド研究家。日印友好のために広く活動したことでも著名であり、代表的著作に『インドの農村に生きる』がある。一般社団法人日印サルボダヤ交友会員。 池田運は、1928年(昭和3年)、熊本県の農家に生まれた。1945年(昭和20年)、旧制熊本県立中学校済々黌を卒業し、その後は、自宅で家業を手伝った。1949年(昭和24年)からは熊本県菊池郡西合志町の役場に勤務していた。 1956年(昭和31年)、熊本の篤志家児玉亀太郎の世話で、当時、東京大学の神谷慶治教授が主催していた「日印土の会」から、農業指導のために派遣される青年6名のうちの1人に選ばれてインドへ渡った。