佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、… 佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、日本の男子陸上競技選手(長距離種目)。宮城県加美町出身。仙台育英学園高等学校卒業、順天堂大学を経てトヨタ紡織に所属した。 2002年高校駅伝の新興校である仙台育英高校に入学、その後から本格的に陸上競技に取り組んだ。元々はサッカーをしていたが宮城県中学校総合体育大会の駅伝に出場していたところ、渡辺高夫監督により見出されたことが転向のきっかけであるという。練習ではサムエル・ワンジルと切磋琢磨し力をつけた。 高校3年時には、当時佐久長聖高校3年の佐藤悠基とともにインターハイ、国体、国内主要駅伝大会等においてレベルの高い競走を繰り広げて実業団でも十分通用するほどの突出した成績を残し、ダブル佐藤という言葉まで発生した。
佐分 慎弥(さぶり しんや、1986年6月3日 - )は、日… 佐分 慎弥(さぶり しんや、1986年6月3日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。 神奈川県立荏田高等学校時代の2003年にはシェルブルックで開催された世界ユース陸上競技選手権大会にメドレーリレーで出場し、銅メダルを獲得しており、その翌年にはインターハイ、埼玉国体少年A、ジュニア選手権で100m優勝を果たし3冠を達成した。 高校卒業後は日本体育大学へと進学した。初出場となった2005年の日本陸上競技選手権大会では決勝で10秒40のタイムで優勝をした。この結果から同年にヘルシンキで開催される世界陸上競技選手権大会の4×100mリレーのメンバーに選ばれていたが、右脚太もも裏を痛めたため出場は見送られた。
土橋 茜子(つちはし あかね、本名:平松 茜子(ひらまつ あ… 土橋 茜子(つちはし あかね、本名:平松 茜子(ひらまつ あかね、旧姓:土橋 1986年5月18日 - )は、日本の元近代五種競技選手、元トライアスロン選手。京都府出身。京都外大西高校、立命館大学卒業。 2010年11月、広州アジア競技大会トライアスロンにて銀メダル獲得。 しかし、ロンドンオリンピック出場を逃し去就を考えていたところ、近代五種に興味を持ち転向を決める。 2015年、日本近代五種協会ナショナルチームに選出。 2017年、立命館大学体育会トライアスロン部コーチに就任。 2017年7月18日に日本食研トライアスロン部のコーチ兼選手である平松 幸紘氏と結婚。 トライアスロン選手時代、スパッツタイプのウェアの選手が多い中、「股関節周りが動きやすい」という理由でハイレグタイプのウェアを選択しており、アジア大会ではレース後にボランティアから写真撮影をねだられるなど大人気だった。
藤光 謙司(ふじみつ けんじ、1986年5月1日 - )は、… 藤光 謙司(ふじみつ けんじ、1986年5月1日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身。三室小学校、三室中学校、市立浦和高校、日本大学卒業。300mの元日本記録保持者。マネジメント契約先は藤光謙司個人事務所。 三室中学校3年時の2001年に、参加標準記録ピッタリで全日中の100mと200mに初出場を果たすも、両種目で予選敗退に終わる。 さいたま市立浦和高校2年だった2003年に世界ユース選手権日本代表に選出され、200mとメドレーリレーに出場した。200mは準決勝で敗退したが、メドレーリレーでは2走を務めて銅メダルを獲得した。 日本大学2年だった2006年に関東インカレの200mで20秒46を記録するなどしていたが、日本選手権で好成績を上げることができず、大学時代はオリンピックや世界選手権の出場経験はなかった(2007年のアジア選手権に出場経験があり、200mで優勝している)。
山本 浩之(やまもと ひろゆき、1986年4月30日 - )… 山本 浩之(やまもと ひろゆき、1986年4月30日 - )は、日本の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走・マラソン。埼玉県出身。埼玉県立川口北高等学校、東洋大学卒業。コニカミノルタに所属していた。現在は東洋大学附属牛久高等学校陸上競技部監督。 高校時代はサッカー部に所属し、サッカー部を引退した高校3年生の5月から本格的に走り始めた。これは箱根駅伝で活躍した選手の中では非常に遅い陸上競技デビューと言える。大学時代には東洋大学陸上競技部の一員として駅伝などで活躍。最高学年4年生として迎えた第85回東京箱根間往復大学駅伝競走ではエース区間である2区を担当し、3区を走った同学年のエース大西智也(元旭化成)や、後に4年連続5区で区間賞を獲得することになるスーパールーキー柏原竜二(元富士通)らとともに東洋大学史上初の総合優勝を手繰り寄せた。
中川 智春(なかがわ ちはる(旧姓:中村)1986年4月8日… 中川 智春(なかがわ ちはる(旧姓:中村)1986年4月8日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は1500m・5000m。滋賀県出身。静岡県立藤枝東高等学校、明治大学文学部卒業後、現在はトーエネックに所属。兄はスズキ浜松ACに所属し、3000mSCなどで活躍した中川智博。 その他:2011、2013-2018年ニューイヤー駅伝出場
口野 武史(くちの たけし、1986年4月7日 - )は、日… 口野 武史(くちの たけし、1986年4月7日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は800メートル競走。大阪狭山市立南中学校、清風高等学校、日本体育大学を卒業し、現在は富士通陸上競技部に所属している。父親も日本体育大学で長距離をしていた。母親・姉も陸上選手だった。 2008年6月、第92回日本陸上競技選手権大会800mで同種目2連覇中の横田真人を抑えて優勝を果たした。2009年10月18日、日本体育大学最終フィールド競技会800mにおいて1分46秒71を記録。この記録は日本歴代4位。尚、この時一緒に走った横田真人は日本新記録を樹立した。この他2003年の世界ユース大会に出場し準決勝進出。また、全国高校駅伝には3年連続出場している。
城下 麗奈(じょうした れな、1986年4月2日 - )は、… 城下 麗奈(じょうした れな、1986年4月2日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は100メートルハードル。所属事務所はベンヌ。
堺 晃一(さかい こういち、1986年3月11日 - )は日… 堺 晃一(さかい こういち、1986年3月11日 - )は日本の元陸上競技選手、専門は長距離走。兵庫県加古川市出身。兵庫県立飾磨工業高等学校、駒澤大学卒業。富士通陸上競技部に所属した。 大学2年時の第82回箱根駅伝では8区を担当し区間2位の快走。4位からトップに順位を押し上げた。3年時の第83回箱根駅伝では9区区間4位の走りでチームのシード権獲得に貢献。4年時の第84回箱根駅伝では再び9区を担当。トップと15秒差の2位でタスキを受けるとハイペースで突っ込み、2.6kmで先頭の早稲田大学を捉えると8.4kmで単独先頭に立ち、鶴見中継所では1分21秒の差をつける快走で逆転優勝の立役者となった。 卒業後は富士通に入社。
伊藤 竜也(いとう たつや、1986年2月25日 - )は、… 伊藤 竜也(いとう たつや、1986年2月25日 - )は、日本の車いす陸上競技選手。福井県大野市出身。2018年のアジアパラ競技大会100m走でアジア新記録を樹立。 17歳の時にバイクで交通事故に合い頸椎を損傷、車いす生活が始まった。 2016年に仕事の一環で参加した福井県障がい者スポーツ大会で、高田稔浩より「東京パラリンピックで金メダルを取れる」と評され、競技生活を開始。3か月後の大分国際車いすマラソンのハーフに出走し7位入賞を果たした。その後、全国車いす駅伝に出場し、2017年3月には仕事を辞めて競技に専念する。2018年3月に新日本工業と契約した。 当初はマラソンに挑んでいたが、2018年春に身体能力を測定し、「長距離より、短距離向き」という結果が得られたことや、参加する障害クラス(T52)では東京パラリンピックでマラソン種目が実施されないことを受けて短距離へ転向した。
北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵… 北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵庫県高砂市出身の元陸上競技選手(長距離種目)、現在は指導者。兵庫県立西脇工業高等学校・日本体育大学卒業。日清食品グループを経て、2015年4月からはサンベルクスに所属。2019年から日立女子陸上競技部で監督を務める。 同学年の松岡佑起・伊達秀晃・上野裕一郎とともに「四天王」と呼ばれていた。また、兵庫県出身の1学年下に竹澤健介や木原真佐人(いずれも報徳学園高卒)といった顔ぶれがそろっていた。2年先輩の熊本剛とは小学校から大学まで同じであった。2002年国民体育大会5000mでは13分45秒86を残し、土橋啓太が先着したため記録保持者とはならなかったが当時の高校新記録を出した。
北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵… 北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵庫県高砂市出身の元陸上競技選手(長距離種目)、現在は指導者。日清食品グループを経て、2015年4月からはサンベルクスに所属。2019年から日立女子陸上競技部で監督を務める。 加古川市高砂市組合立宝殿中学校から兵庫県立西脇工業高等学校を経て日本体育大学卒業。同学年の松岡佑起・伊達秀晃・上野裕一郎とともに「四天王」と呼ばれていた。また、兵庫県出身の1学年下に竹澤健介や木原真佐人(いずれも報徳学園高卒)といった顔ぶれがそろっていた。2年先輩の熊本剛とは小学校から大学まですべて同じ学校に通っている。2002年国民体育大会5000mでは13分45秒86を残し、土橋啓太が先着したため記録保持者とはならなかったが当時の高校新記録を出した。
土屋 光(つちや ひかる、1986年2月1日 - 、富田林市… 土屋 光(つちや ひかる、1986年2月1日 - 、富田林市立明治池中学校→大阪府立金剛高等学校→筑波大学→モンテローザ)は日本の陸上競技選手。専門種目は走高跳。身長:171cm、体重:57kg、血液型はAB型。現在の自己記録は2009年の大阪国際グランプリで記録した2m25cm。 日本インカレ:第1位・南部記念第:1位・スーパー陸上:第3位 日本選手権:第5位・日本インカレ:第6位 世界ジュニア陸上選手権:第8位・日本インカレ:第3位・日本ジュニア陸上競技選手権大会:第1位 世界ユース陸上選手権:第3位・インターハイ:第6位 インターハイ:第3位・国民体育大会:第4位 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。
松岡 佑起(まつおか ゆうき、1986年1月14日 - )は… 松岡 佑起(まつおか ゆうき、1986年1月14日 - )は、日本の陸上競技選手(長距離種目)、京都府綴喜郡田辺町(現・京田辺市)出身。身長176cm、体重59kg。洛南高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。大塚製薬所属。現在は引退し、大塚製薬のアシスタントコーチをしている。ユニバーシアードバンコク大会男子5000m2位。2009年東アジア競技大会男子5000m2位。2010年第94回日本陸上競技選手権大会男子5000m優勝者。 中学校では野球部に所属していたが、陸上の試合にも駆り出されていたといい、中学3年になって陸上に転向した。ラストスパートが持ち味である。双子の弟(悟史)は同じ中学・高校から龍谷大学進学ののち、揃って大塚製薬に就職。
山本 慎吾(やまもと しんご、1985年12月28日 - )… 山本 慎吾(やまもと しんご、1985年12月28日 - )は、大阪府三島郡島本町出身の日本の陸上競技選手、陸上競技コーチ。専門は短距離走。NOBY T&F CLUB所属、マネジメントは吉本興業。 島本町立第四小学校に入学した小学1年生から陸上をはじめ、1997年に100mで11秒73と当時の日本小学生新記録をマーク。 中学校は島本町立第一中学校へ入学し、1年生の時に11秒16の中1歴代最高記録をマークし、2年生の時には10秒95(中2歴代8位)を記録、全日本中学校陸上競技選手権大会(以下「全中」)200mでは2位に輝く。3年生の時には10秒77(中学歴代10位)をマークした。当時の山本は、初動負荷理論に基づいたトレーニングを中学生ながら早くに取り入れていた。
笛木 靖宏(ふえき やすひろ、1985年12月20日 - )… 笛木 靖宏(ふえき やすひろ、1985年12月20日 - )は、千葉県千葉市稲毛区出身の陸上競技選手。専門は400mハードルで、自己ベストは49秒31。同種目の2013年モスクワ世界選手権日本代表、2013年プネーアジア選手権の金メダリストである。4×400mリレーの日本高校記録保持者でもある。 B型。千葉市立山王小学校、山王中学校、成田高等学校、日本大学卒業。大学卒業後は、第一総合警備保障、日本大学豊山高等学校の陸上競技部コーチ、千葉市立幕張本郷中学校の教員を経て、現在は千葉市立養護学校の教員を務める。チームアイマを経て、現在はTeam Accel所属。 小学生の時は野球を少しやっていた程度。
松浦 貴之(まつうら たかゆき、1985年12月16日 - … 松浦 貴之(まつうら たかゆき、1985年12月16日 - )は陸上競技選手。兵庫県出身。 兵庫県立伊川谷高等学校-中央学院大学-大塚製薬陸上競技部所属。 日本を代表する3000m障害の選手の一人。中央学院大学を経て、大塚製薬へ入社。専門は3000m障害。 大塚製薬 陸上部 公式ホームページ
吉田 恵美可(よしだ えみか、1985年12月10日 - )… 吉田 恵美可(よしだ えみか、1985年12月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はやり投。2007年大阪世界陸上選手権日本代表。奈良県橿原市出身。奈良県立添上高等学校卒業。
阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は… 阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は、山形県上山市出身の元陸上競技選手。 山形県立山形中央高等学校から国士舘大学に進学。箱根駅伝では第82回(2006年)に初出場するが、1区区間20位(1時間05分54秒)と振るわなかった。しかし第83回(2007年)は8区区間8位(1時間07分41秒)、第84回(2008年)では4区を走り、20位スタートで1人も走者を抜かないまま区間賞を獲得(55分24秒)。 実業団の愛三工業では主将としてチームを引っ張り、ニューイヤー駅伝やハーフマラソンなどで活躍した。2016年3月に引退している。
野上 恵子(のがみ けいこ、1985年12月6日 - )は、… 野上 恵子(のがみ けいこ、1985年12月6日 - )は、日本女子の陸上競技選手。専門種目は長距離走・マラソン。2018年アジア競技大会マラソン銀メダリスト。 兵庫県小野市出身。小野市立市場小学校、小野市立小野南中学校卒業。2001年4月、全国高等学校駅伝競走大会女子の部・兵庫県の強豪校である須磨学園高等学校(兵庫県神戸市須磨区)に入学。全国高等学校駅伝競走大会では、3年連続して補欠登録に留まり一度も出走は出来なかったが、高校3年生時の第15回全国高校女子駅伝(2003年)は、当高校で全国高校駅伝女子の部・優勝を達成している。 高校卒業後の2004年4月、サニックスに入社、女子陸上競技部に入部。
倉林 和宏(くらばやし かずひろ、1985年11月5日 - … 倉林 和宏(くらばやし かずひろ、1985年11月5日 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。2000年の全国中学選手権110メートルハードルに出場し、史上初めて14秒台の壁を破る13秒99の日本中学新記録(当時)を樹立して優勝、脚光を浴びた。その後、中学時代にしたケガの影響で一時は再起不能とまで言われたが、2005年に200mハードルで23秒77の日本歴代3位にあたる好記録をマークし完全復活を遂げた。群馬県高崎市出身。尊敬する人物は元ミキハウスの桜井健一。
海老原 有希(えびはら ゆき、1985年10月28日 - )… 海老原 有希(えびはら ゆき、1985年10月28日 - )は、日本の陸上競技選手。専門種目はやり投。広州アジア大会金メダリスト。やり投の元女子日本記録保持者である。栃木県河内郡上三川町出身、栃木県立真岡女子高等学校・国士舘大学卒業。国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科スポーツ・システム専攻修了。 2002年(高校二年生時)に茨城インターハイやり投で準優勝、2003年(高校三年生時)に長崎インターハイ七種競技で優勝。高校での自己ベストはやり投が50m98、七種競技が5125点であった。 2004年に国士舘大学体育学部に入学。同年に行われたアジアジュニア大会では52m07を記録して銅メダル獲得、世界ジュニア大会では54m44を記録して5位入賞を果たしている。
佐々木 悟(ささき さとる 1985年10月16日- )は、… 佐々木 悟(ささき さとる 1985年10月16日- )は、秋田県大仙市出身の元陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は長距離走・マラソン。 大仙市立南外中学校、秋田県立秋田工業高等学校、大東文化大学卒業。現役時代は旭化成陸上部に所属し、2011年から2016年まで同部の主将を務めた。2016年リオデジャネイロオリンピック男子マラソン日本代表(16位)。また、2017年ニューイヤー駅伝では、チームの18年ぶり22回目の優勝のゴールテープを切った。2024年11月から、亜細亜大学陸上競技部の監督を務める。 秋田工業高等学校時代には全国高等学校駅伝競走大会に2回出場し、第53回(2002年)、第54回(2003年) と3区を走っている。
浦田 佳小里(うらた かおり、1985年9月18日 - )は… 浦田 佳小里(うらた かおり、1985年9月18日 - )は、元陸上競技選手。長距離走。特に駅伝競走で活躍し、全日本実業団女子駅伝で3度の区間賞を獲得。中村友梨香や重友梨佐らと天満屋を何度も上位入賞に導き、2010年大会では6区区間賞で優勝のゴールテープを切った。
菅井 洋平(すがい ようへい、1985年8月30日 - )は… 菅井 洋平(すがい ようへい、1985年8月30日 - )は、栃木県足利市久保田町出身の元陸上競技選手。専門は走幅跳で、自己ベストは日本歴代6位の8m18。2015年北京世界選手権の日本代表。 栃木県足利市久保田町出身。血液型はO型。足利市立久野小学校、足利市立愛宕台中学校、群馬県立太田工業高等学校、順天堂大学卒業。チームミズノアスレティック、ミズノトラッククラブに所属し、2017年に現役を引退。 小学生時代は野球に取り組んでいたが、中学1年時に「個人競技のほうが自分には向いているかな」と思い、陸上競技部へ入部して陸上競技を始めた。走幅跳(と短距離)に取り組み、3年時には全日本中学校選手権に出場を果たしている(結果は予選敗退)。
座間 紅祢(ざま べね、旧名:座間マボロベネディック、198… 座間 紅祢(ざま べね、旧名:座間マボロベネディック、1985年8月22日 - )は、陸上競技選手。フィリピン生まれで神奈川県平塚市育ち。身長164cm、体重48kg。 藤沢翔陵高等学校卒業後専修大学に進学し、第81回箱根駅伝予選会では個人4位(日本人1位)の成績を残しチームを予選会突破へと導いた。2005年、第81回箱根駅伝では1年生ながらエース区間の2区を走るが区間17位の成績に終わった。 第82回箱根駅伝予選会ではメクボ・ジョブ・モグス・竹澤健介らに次ぐ個人4位の成績を残し、前年に続きチーム予選会突破の力となった。2006年、第82回箱根駅伝でも2区を走り区間9位と前年から順位を上げた。 第83回箱根駅伝予選会において木原真佐人・竹澤健介らを抑え個人1位の成績を残し、専修大学予選会突破に大きく貢献した。
山田 壮太郎(やまだ そうたろう、1985年8月7日 - )… 山田 壮太郎(やまだ そうたろう、1985年8月7日 - )は、日本の陸上競技選手、男子砲丸投元日本記録保持者。 兵庫県出身。中学から陸上競技を始め、砲丸投の世界に入った。柏原高等学校では砲丸投と合わせてやり投に取り組んだ。結果は予選敗退であったが、3年時に2種目でインターハイ出場を果たしている。法政大学入学後は砲丸投に専念、着実に力をつけて2008年9月の第77回日本学生陸上競技対校選手権大会で優勝を果たした。山田は大学時代に、短距離走の選手が行なうハードル練習を取り入れて投擲に必要な股関節周りの強化を図った。合わせて腹筋・背筋の強化を行なうなど、バランスを重視した強化を行ない記録を伸ばしている。
大利 久美(おおとし くみ、1985年7月29日 - )は、… 大利 久美(おおとし くみ、1985年7月29日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は競歩。 1985年7月29日、埼玉県出身。西武学園文理中学校・高等学校を経て日本女子体育大学卒業。 西武学園文理中学校時代はスポーツすら何もせず、本人曰く「帰宅部」だったが、西武学園文理高等学校に進学後、友人と「何か青春しよう」と語り合い、部活をやることを決意して入ったのが陸上競技部であった。 陸上競技を始めた時は中距離選手だったが、競歩をやっていた部の先輩のモノマネをやったところ、実にサマになっていた為、陸上部の仲間から「競歩をやってみたら」と言われて転向。転向当初は先輩や他校の指導者からもアドバイスを貰うなどしてレースに出るうちに記録も伸びるようになった。
上野 裕一郎(うえの ゆういちろう、1985年〈昭和60年〉… 上野 裕一郎(うえの ゆういちろう、1985年〈昭和60年〉7月29日 - )は日本の陸上競技選手、指導者。専門は中・長距離種目。長野県佐久市出身。佐久長聖高等学校、中央大学卒業。エスビー食品、DeNA所属を経て立教大学体育会陸上競技部、男子駅伝監督(陸上競技選手としては立教大学の校友会組織である「セントポールクラブ」所属)を務めた。第12回世界選手権男子5000m日本代表。2025年現在はひらまつ病院所属。 佐久長聖高校、中央大学の主力選手として各陸上競技大会で活躍を残し、全国都道府県対抗男子駅伝でも長野県の優勝に貢献している。2009年には第93回日本選手権の1500m・5000m2種目制覇を遂げた。
清水 裕子(しみず ゆうこ、1985年7月13日 - )は日… 清水 裕子(しみず ゆうこ、1985年7月13日 - )は日本の元陸上競技選手。積水化学に所属していた。長距離走。
木﨑 良子(きざき りょうこ、1985年6月21日 - )は… 木﨑 良子(きざき りょうこ、1985年6月21日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。ダイハツ工業所属。2012年・ロンドンオリンピック代表(16位)、2013年・世界陸上モスクワ大会4位入賞、2014年・仁川アジア競技大会銀メダリスト(全て女子マラソン)。
中西 麻耶(なかにし まや、1985年〈昭和60年〉6月3日… 中西 麻耶(なかにし まや、1985年〈昭和60年〉6月3日 - )は、義足(右脚下腿切断)の陸上競技選手。北京パラリンピック日本代表、ロンドンパラリンピック日本代表。リオデジャネイロパラリンピック日本代表。2017年シーズンまで、陸上競技障害クラスT44。2018年シーズンからは、新設された陸上競技障害クラスT64。日本記録・アジア記録保持者。 大阪市に生まれ、小学生の時に父親の仕事の都合で大分県大分郡庄内町に移り住む。 大分県別府市にある明豊高等学校在学中に、ソフトテニスの選手として全国高等学校総合体育大会(インターハイ)及び国民体育大会に出場。2004年3月に高校を卒業した後は社会人として働いていたが、2008年に地元で開催されるチャレンジ!おおいた国体が開催されることを知り、大会出場を目指し、2006年にソフトテニス競技に復帰。
佐野 夢加(さの ゆめか、1985年6月1日 - )は、日本… 佐野 夢加(さの ゆめか、1985年6月1日 - )は、日本の陸上競技選手。陸上競技選手専門は短距離走。 1985年6月1日、山梨県南巨摩郡増穂町(現在の富士川町)出身。増穂町立増穂中学校、駿台甲府高等学校を経て都留文科大学文学部初等教育学科を卒業。高等学校、大学を通して短距離専門選手として活動。 大学卒業後は都留文科大学に就職し、総務課職員として勤務しながら陸上競技選手として活動している。 2010年第16回アジア競技大会( 中国・広州)では女子4✕100mリレーに出場し、3位入賞。 2012年第30回夏季オリンピックロンドン大会( イギリス)では女子4✕100mリレーに出場、予選第1組で最終第四走者を任されたが、第一走者→第二走者でのバトンパスのミスもあり、8着(予選敗退)となった。
湯田友美(ゆだ ともみ、1985年5月28日 - )は、日本… 湯田友美(ゆだ ともみ、1985年5月28日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。ニックネームは「湯田ちゃん」。 結婚後も湯田友美で活動を続け、第一子の長男が2020年に産まれる。 愛知県犬山市羽黒出身。犬山市立東小学校、犬山市立東部中学校を経て、愛知淑徳高等学校を卒業し、ワコールに入社した。 現役時代は全国女子駅伝等で活躍した。2007年開催の第25回全国女子駅伝の第2区で湯田が記録した29人抜きは、最多「ごぼう抜き」女子駅伝記録である(2009年第27回大会で兵庫の小林祐梨子(豊田自動織機)にタイ記録として並ばれたが、現在でも最多「ごぼう抜き」女子駅伝記録である)。第2区は、第1区から引き継いで混戦状態から激しく順位が入れ替わる序盤の重要な区間で、過去においてもしばしばごぼう抜きが見られた区間である。
樋口 紀子(ひぐち のりこ、1985年5月23日 - )は、… 樋口 紀子(ひぐち のりこ、1985年5月23日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。東京マラソン2011優勝者。現姓・末長。 京都府生まれ。小学生の頃から持久走が得意だったため、中学校入学と同時に陸上部に入り本格的に陸上競技を始めた。中学時代から全国都道府県対抗女子駅伝に京都チームのメンバーとして出場し、立命館宇治高校1年時に出場した2002年の第20回大会では福士加代子(ワコール)らと共に優勝を果たし、樋口も7区で区間賞に輝いた。 立命館大学に進み全日本大学女子駅伝などで区間賞を獲得し、卒業後、憧れの福士加代子が所属するワコール女子陸上競技部に入部。他の複数の実業団からオファーがあり、ワコールからは声がかからなかったが、京都が本拠地のワコールのスカウトマンと面識があり、思い切って自分から声をかけ入部が決まったという。
塚原 直貴(つかはら なおき、1985年5月10日 - )は… 塚原 直貴(つかはら なおき、1985年5月10日 - )は日本の元陸上競技選手。専門は短距離。 長野県岡谷市出身。東海大学付属第三高等学校、東海大学を経て2008年富士通に入社。富士通陸上競技部所属。 2003年のインターハイでは100mと200mでの2冠を達成した。2006年の関東インカレでは髙平慎士と争い、100m・200m共に同タイム着差ありの2位となる。また、その年の日本選手権100mでは優勝し、2008年まで3連覇を達成した。2009年の日本選手権は準決勝での怪我のために決勝は棄権し、4連覇は逃した。 第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ)では男子100mで銀メダル、男子4×100mリレーでも銀メダルを獲得した。
岩佐 千亜紀(いわさ ちあき、1985年4月22日 - )は… 岩佐 千亜紀(いわさ ちあき、1985年4月22日 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。専門は100メートルハードル・走幅跳。群馬県伊勢崎市出身。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
伊達 秀晃(だて ひであき、1985年4月11日 - )は陸… 伊達 秀晃(だて ひであき、1985年4月11日 - )は陸上競技選手(長距離種目)。山口県出身。防府市華陽中-大牟田高 - 東海大 - 中国電力(中国電力陸上競技部)。2015年引退。 同学年のライバル北村聡、松岡佑起、上野裕一郎とともに「学生四天王」と呼ばれていた。東海大学入学後はインカレや駅伝を中心に活躍を見せ、3年連続区間賞獲得(2度の区間新記録を含む)の活躍で2005年から2007年まで出雲駅伝3連覇や、第81回大会箱根駅伝の往路優勝に貢献した。大学の1年後輩に同じ長距離種目で活躍中の佐藤悠基がいる。
北風 沙織(きたかぜ さおり、1985年4月3日 - )は、… 北風 沙織(きたかぜ さおり、1985年4月3日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。 北海道釧路市生まれ、江別市出身。江別市立大麻小学校・江別市立大麻中学校・北海道恵庭北高等学校を経て、2008年に北海道浅井学園大学(現・北翔大学)生涯学習システム学部を卒業。北海道ハイテクACに所属していた。 「沙織」という名の由来は、両親が南沙織のファンであったため、名付けられた。 2012年11月1日に、北海道浅井学園大学の後輩(一般人)と結婚した。 両親、二人の姉も元陸上競技選手であり、自身も小学4年生から陸上競技を始めた。小学校時代はバスケットボールクラブにも所属し、小学6年の時(1997年)には、大麻ミニバスケットボール少年団の主将も務めた経歴もある。
森岡 紘一朗(もりおか こういちろう、1985年4月2日 -… 森岡 紘一朗(もりおか こういちろう、1985年4月2日 - )は、日本の競歩選手、競歩コーチ。ユニバーシアードの20km競歩で2005年、2007年の2大会連続で銅メダル。2006年アジア競技大会20km競歩銅メダル。2008年北京オリンピックの20km競歩に出場。広州アジア大会50km競歩で3時間47分41秒のタイムで銅メダル。日本選手権の20km競歩で2010年、2011年に優勝。現在はコーチ。富士通所属。 長崎県諫早市出身。長崎県立諫早高等学校卒業、順天堂大学卒業。もとは長距離ランナーだったが、高校2年のとき競歩に転向。2003年、地元の長崎で行われた長崎ゆめ総体5000m競歩決勝でトップでフィニッシュしたが、歩型違反により失格となった。
三村 芙実(みつむら ふみ、1985年3月1日 - )は、日… 三村 芙実(みつむら ふみ、1985年3月1日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は競歩。 埼玉県立熊谷女子高等学校在学中、2002年世界ジュニア陸上競技選手権大会女子10000メートル競歩に出場し優勝した(タイムは46分01秒51)。この優勝は、1994年世界ジュニア陸上競技選手権大会女子10000mで金メダルを獲得した山崎陽子以来、日本勢史上2人目の金メダル獲得となり、JOCスポーツ賞新人賞を受賞した。 熊谷女子高等学校卒業後は立命館大学へ進んだ。 第59回国民体育大会では選手宣誓を務めた。 2004年世界ジュニア陸上競技選手権大会女子10000メートル競歩では4位(タイムは47分10秒89)。
尾西 美咲(おにし みさき、1985年2月24日 - )は、… 尾西 美咲(おにし みさき、1985年2月24日 - )は、日本の元女子陸上競技選手。専門は中距離・長距離走。 1985年2月24日、三重県度会郡小俣町(現・伊勢市)出身。伊勢市立明野小学校・伊勢市立小俣中学校を経て三重県立宇治山田商業高等学校卒業。高校時代に第13回全国高等学校駅伝競走大会(女子の部)に宇治山田商のメンバーとして出場、第2区を走った経歴を持つ。また、高校2年次の第54回全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(2001年、熊本県)では1,500mに出場し、後にロンドンオリンピック代表となる吉川美香(神奈川県立荏田高等学校)と予選第3組で同走している。 高等学校卒業後には積水化学工業に入社。
ジョセファト・ダビリ(Josephat Muchiri Nd… ジョセファト・ダビリ(Josephat Muchiri Ndambiri、1985年2月12日 - )は日本を拠点として活躍しているケニア共和国の陸上競技選手。専門は中・長距離走。流通経済大学付属柏高等学校卒業、流通経済大学を経て2013年3月まで小森コーポレーションに所属していた。世界陸上選手権大阪大会10000mケニア代表。身長170cm体重54kg。 留学生として来日。流通経済大柏高校時代は同学年に上野裕一郎(佐久長聖)、北村聡(西脇工)、1学年下に同じケニア人留学生サムエル・ワンジル(仙台育英)、ジョン・カリウキ(滋賀学園)、メクボ・ジョブ・モグス(山梨学院大付)らがいたがインターハイを席巻。
目黒真奈美(めぐろ まなみ、1985年2月10日 - )は、… 目黒真奈美(めぐろ まなみ、1985年2月10日 - )は、新潟県五泉市出身の陸上競技選手。 函館大妻高等学校→大分大学→新潟アルビレックスRC
大野 龍二(おおの りゅうじ、1985年1月27日 - )は… 大野 龍二(おおの りゅうじ、1985年1月27日 - )は日本の元陸上競技選手、専門は長距離種目。鹿児島県出身。鹿児島実業高等学校卒業、愛知製鋼所属。アテネオリンピック男子10000m日本代表。男子10000mジュニア日本記録保持者。 鹿児島市立谷山小学校、鹿児島市立桜島中学校卒業。中学校で陸上部に入り本格的に陸上競技を始める。2000年、中学3年時には第5回全国都道府県対抗駅伝の2区を走り、鹿児島県代表として優勝を飾る。 同2000年鹿児島実業高校に進学、同校卒業の後2003年旭化成に入社。2004年には記録を伸ばし6月5日には第88回日本選手権に出場。初出場ながら男子10000mにおいて優勝、ジュニア日本新記録となる27分59秒32をマークした(従来の記録は藤原正和が保持していた28分17秒38)。
ジュリア・モンビ(Julia Mombi Muraga、19… ジュリア・モンビ(Julia Mombi Muraga、1985年1月25日 -)はケニアの女子陸上競技選手。専門は長距離走、マラソン。 ケニアより青森山田高等学校へと留学しインターハイでは800m、1500m、3000mすべてで優勝している。大学卒業後はファイテンを経て、佐倉アスリート倶楽部に所属している。
鷲見 知彦(すみ ともひこ、1985年1月23日 - )は、… 鷲見 知彦(すみ ともひこ、1985年1月23日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。元トヨタ紡織所属。 愛知県岡崎市出身。岡崎市立常磐中学校、愛知県立豊川工業高等学校、日本体育大学卒業。 2002年全国高校駅伝で1区区間4位(日本人1位)の快走。2003年に日本体育大学に入学すると、同学年の上野飛偉楼・保科光作・稲垣晃司とともに「1年生カルテット」として注目された。箱根駅伝には4年連続で出場し、1年時の第80回大会では1区、4年時の第83回大会では7区でそれぞれ区間賞を獲得している。大学卒業後はトヨタ紡織に就職し、実業団選手として活動した。引退後の現在は、実家の家業を継ぐため、愛知県内の専門学校にて土木工学を勉強中。
桝見 咲智子(ますみ さちこ、1984年12月20日 - )… 桝見 咲智子(ますみ さちこ、1984年12月20日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は走幅跳、三段跳。世界陸上選手権ベルリン大会女子走幅跳日本代表。 香川県高松市出身。福岡大学スポーツ科学部を卒業後、2007年に九電工に入社。 香川県明善中学校時代から超中学級選手として全国で注目を集め、2年生だった1998年に全日中走高跳で2位、三種競技Aでは優勝。同年の香川県中学新人戦では不滅とも言われた佐藤恵の持つ三種競技Aの日本中学記録を破った。記録は3395点(1m76-12秒85-13m55)。 翌1999年、富山県で開催された全日中で、三種競技A、三種競技Bの二冠を達成、共に大会新、Bの記録は中学新という離れ業を演じた。
三津谷 祐(みつや ゆう、1984年12月18日 - )は、… 三津谷 祐(みつや ゆう、1984年12月18日 - )は、香川県三豊郡大野原町(現・観音寺市)出身の男性陸上競技元選手、指導者。専門は長距離走・マラソン。世界選手権はヘルシンキ大会10000m、大阪大会5000mに出場した。 小学校時代から陸上競技を始める。尽誠学園高等学校入学後は持ち前のスピードを生かした走りでトラック、駅伝に活躍した。なお高校時代にはマイルリレー(4×400mリレー)のアンカーを務めるなど、スプリント能力も優れている。トヨタ自動車九州に入社後も、バルセロナオリンピックマラソン銀メダリストの森下広一監督の指導で着実に力をつけた。 2005年の第89回日本選手権10000mで優勝し一度は世界選手権日本代表に選ばれたが、参加標準記録Bのみの突破であったため、上位のA標準ながら落選した高知・くろしお通信の大森輝和サイドから抗議があり、日本陸上競技連盟が誤りを認め異例の再選考となった。
杉町 マハウ(すぎまち マハウ、Mahau Sugimach… 杉町 マハウ(すぎまち マハウ、Mahau Sugimachi、ポルトガル語 : Mahau Camargo Suguimati , 1984年11月13日 - )はブラジルの陸上競技選手、専門は400mハードル。北京オリンピック男子400mハードルブラジル代表。ブラジル選手権400mHは2008年から2013年まで6連覇している。身長185cm、体重78kg。 1984年ブラジル中部のゴイアスで生まれる。父方の祖父が日本人の日系4世。 1992年に来日、足利市の小中学校を卒業後は常磐高等学校へ進学し茨城インターハイは走高跳で5位に入賞した。高校卒業後は日本ウェルネススポーツ専門学校へ進み、卒業後に同校の陸上部コーチを務めている。