大村 憲司(おおむら けんじ、1949年5月5日 - 199… 大村 憲司(おおむら けんじ、1949年5月5日 - 1998年11月18日)は、日本のギタリスト、作曲家、編曲家。MIDNIGHTSUNSのギタリスト・大村真司は長男。 兵庫県神戸市出身。甲南高等学校を卒業後、1969年、ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストのロック部門で優勝。 1970年にアメリカに渡り、フィルモア・ウェストのステージに立つ。1971年帰国、上智大学国際学部へ入学する一方、赤い鳥に参加。1973年に赤い鳥を脱退、村上秀一らと「エントランス」を結成。続く1974年にバンブー、1975年にカミーノを結成。 1980年、YMOのサポート・ギタリストとして国内およびワールドツアーに参加。
もっと読む
幾見 雅博(いくみ まさひろ、1949年2月20日 - )は… 幾見 雅博(いくみ まさひろ、1949年2月20日 - )は、日本のギタリスト、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家。静岡県富士宮市出身。長きに亘る東京都世田谷区での生活を経て、現在は岐阜県大垣市在住。 幼少の頃は両親が多忙だったため、小学4年まで祖父母の許で育てられる。中学時代にチェロに触れ、ブラスバンドでは小太鼓を叩き、リーダーを務めた。高校入学と同時にエレキギターを弾き始める。 大学に入学し、ジャズ研究会に入部すると間もなく、18歳でジャズギタリストとしてプロデビューする。吉田拓郎のデビュー前に制作された非売品ソノ・シートに演奏で参加したことがプロとして初めての仕事だった。その後、原信夫とシャープス&フラッツにギタリストの欠員が出たことからオーディションを受け合格。
もっと読む
水橋 春夫(みずはし はるお、1949年2月2日 - 201… 水橋 春夫(みずはし はるお、1949年2月2日 - 2018年8月5日)は、日本のギタリスト、音楽プロデューサーである。1960年代後半に活躍したサイケデリック・ロックバンド、ジャックスの元メンバー。 1949年2月2日、出生。東京都出身。和光大学経済学部で学んだ。 大学在学中の1967年、ロックバンドのジャックスにリード・ギタリストとして加入し、1968年のデビュー・アルバム『ジャックスの世界』発表後に脱退。 大学卒業後、テイチクに入社してディレクターとなり、最初の3年ほどはアシスタントとして働いた。 のち、キングレコードに転籍。同社でプロデュースした音楽バンドや歌手には、1980年代前半にロックバンドとして活動した横浜銀蝿や、同年代後半にアイドル歌手として活動した山瀬まみなどがいる。
もっと読む
ルイズルイス加部( - かべ、本名:加部 正義(かべ まさよ… ルイズルイス加部( - かべ、本名:加部 正義(かべ まさよし)、1948年11月5日 - 2020年9月26日)は、ベーシスト、ギタリストである。横浜市出身。 ※ザ・ゴールデン・カップスの頃は、所属事務所の意向で1歳サバを読んで1949年生まれと称していた。その名残りで今でもたまに1949年生まれと書かれることがある。 1966年、後のグループ・サウンズ(GS)ブームにおける重要なバンドの一つとなる「ザ・ゴールデン・カップス」へ参加。加部はベースを担当していたが、1969年5月にエディ藩の脱退によりギターへ転向(加部はカップス参加前はギタリストだった)。なお、カップスの4thシングル『愛する君に』は、オリコン13位のヒットとなっている。
もっと読む
ルイズルイス加部(るいずるいすかべ、1948年11月5日 -… ルイズルイス加部(るいずるいすかべ、1948年11月5日 - )は、ベーシスト、ギタリストである。本名は加部 正義(かべ まさよし)、父はフランス系アメリカ人(だと自称していたという)、母は日本人、愛称:マーちゃん、マー坊 など。横浜市本牧出身。
もっと読む
鮎川 誠(あゆかわ まこと、1948年〈昭和23年〉5月2日… 鮎川 誠(あゆかわ まこと、1948年〈昭和23年〉5月2日 - 2023年〈令和5年〉1月29日)は、日本のギタリスト、作曲家、俳優。福岡県久留米市出身。身長180cm、アメリカ人とのハーフ。 ロックバンド・サンハウスおよびシーナ&ザ・ロケッツのメンバー。
もっと読む
所 太郎(ところ たろう、1948年〈昭和23年〉4月11日… 所 太郎(ところ たろう、1948年〈昭和23年〉4月11日 - )は、東京都出身のテレビリポーター、元ギタリスト、歌手(ザ・リガニーズ、シュリークスメンバー)、ラジオパーソナリティ、編曲家。東大寺学園中学校・高等学校(同期に北岡伸一)、早稲田大学卒業。 1990年代からワイドショーリポーターとして異なる局の番組を同時に受け持つなど精力的に活動している。
もっと読む
安田 裕美(やすだ ひろみ、男性、1948年4月7日 - 2… 安田 裕美(やすだ ひろみ、男性、1948年4月7日 - 2020年7月6日)は、日本の作曲家・編曲家・ギタリスト。北海道小樽市出身。実妻はシンガーソングライターの山崎ハコ(大分県日田市出身)。 小樽桜陽高等学校卒業、獨協大学外国語学部ドイツ語学科中退。六文銭、フライング・キティ・バンドのメンバーとして活動。その後、サポート・ギタリストをする傍ら、作曲・編曲活動も行う。井上陽水のデビュー当時を支えたバック・ギタリストとして有名。 2020年7月6日14時33分(JST)、かねてから患っていた大腸がんのため死去。72歳没。訃報は山崎の所属レコード会社であるテイチクエンタテインメントから発表された。
もっと読む
長戸 大幸(ながと だいこう、1948年〈昭和23年〉4月6… 長戸 大幸(ながと だいこう、1948年〈昭和23年〉4月6日 - )は、日本の音楽プロデューサー、ギタリスト、ドラマー、不動産投資家、企業経営者。滋賀県大津市出身。音楽制作会社『B ZONE』(旧・ビーイング)グループの創業者で現相談役、エフエム滋賀取締役。株式会社ドリーマップス代表取締役。兵庫県在住。既婚。 両親は公務員。3歳から地元の大津少年管弦楽団に入れられヴァイオリンを習わされる。中学時代はジャズに凝り、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクなどを聞く。高校時代にビートルズを知り、滋賀県立膳所高等学校1年のとき、音楽サークルを立ち上げ、サッカー部の1年先輩とロックバンド「ザ・プラネッツ」を結成、ギターを担当した。
もっと読む
川竹 道夫(かわたけ みちお、1948年1月22日 - )は… 川竹 道夫(かわたけ みちお、1948年1月22日 - )は徳島県徳島市出身のクラシックギタリスト。 楠藤吉左衛門の末裔。 徳島県立城南高等学校、同志社大学工学部電気工学科卒業。 同志社大学ギタークラブにおいてギターを学び、上京の後尚美音楽学園卒業。ギターを大沢一仁、山口治良、阿部元幸、アリリオ・ディアスに師事。リュートをつのだたかしに師事。 その後、1973年に尚美音楽学園(現東京コンセルバトワール尚美)講師として指導を始める。1977年に徳島に帰郷、エミール音楽院を設立、同時にギター教授活動を始める。1990年、徳島ギター協会を設立。1995年より民族楽器、ギターなど楽器製作と民族音楽の研究を始める。
もっと読む
島 英二(しま えいじ、1947年10月24日 - )は、日… 島 英二(しま えいじ、1947年10月24日 - )は、日本のミュージシャン、ベーシスト、ギタリスト。 東京都世田谷区で生まれ、世田谷区立八幡小学校2年生の時に父親の意向で神奈川県鎌倉市の材木座や極楽寺に転居する。鎌倉市立第一小学校、鎌倉市立第一中学校、平塚学園高等学校卒業。 自身の叔父は東芝音楽工業にてエバークリーンレコード(赤盤)を開発したチームに所属し、東芝レコード工場長も務めた人物であったという。 元々は、ギタリストであったが、高校時代に、兄の島雄一と「ロック・ビート」「チェッカーズ」を結成する。 大学浪人時代には加瀬邦彦の大学の後輩で、自身の知人でもあった井原芳隆(後の三井製糖社長)が仲介する形で加瀬と面会し、ザ・ワイルドワンズのメンバーとなる。
もっと読む
渡辺 範彦(わたなべ のりひこ、1947年9月11日 - 2… 渡辺 範彦(わたなべ のりひこ、1947年9月11日 - 2004年2月29日)は、日本のクラシック・ギタリスト。日本人として初めて「パリ国際ギターコンクール」で審査員満場一致の優勝を果たし、日本ギター界の黄金時代を築いた至高の演奏家と評される。 1947年9月11日、宮崎県日南市に生まれる。3歳より兵庫県神戸市で過ごし、8歳から両親の勧めでギターを始める。11歳より松田晃演(旧名 二朗)に師事。その後、月村嘉孝、大西博愛にも師事した。教育熱心な母親によってテレビやラジオの子供向け音楽番組に出演する機会を多く与えられ、1960年にはナルシソ・イエペス来日記念の歓迎演奏会にも出演している。 1965年および1966年の日本ギターコンクール(現・東京国際ギターコンクール)で2年連続2位に入賞。
もっと読む
エディ藩(エディ ばん、Eddie Ban、1947年6月2… エディ藩(エディ ばん、Eddie Ban、1947年6月22日 - 2025年5月10日)は、ギタリスト、ボーカリスト。本名は潘 廣源。神奈川県横浜市山下町出身。中国国籍。 ※1946年生まれの可能性あり。ザ・ゴールデン・カップスのメンバーはデビュー時に所属事務所から1歳サバを読むように指示されていた。1951年生まれのギタリスト・李世福は、インタビューでエディ藩のことを5つ年上だと話している。 ※日本に帰化したという情報もある一方で、「華僑」だとする情報もあり、現状の特定は困難。 1947年6月22日、横浜市山下町で誕生。実家は中華料理の老舗・名店であった「鴻昌」(現在は閉店)。 小学校はインターナショナル・スクールに通う。
もっと読む
鳥塚 しげき(とりづか しげき、本名、鳥塚繁樹、1947年3… 鳥塚 しげき(とりづか しげき、本名、鳥塚繁樹、1947年3月23日 - )は、日本のミュージシャン、ギタリスト。 東京都港区三田小山町出身。実家はクリーニング店を営んでいる。 立教大学ではアマチュアのカントリーウェスタンバンドで活躍していた。加瀬邦彦のファンの女学生が、加瀬が新グループ結成に向けメンバーを探していることを立教の軽音部部長に相談し、部長に鳥塚を推薦され、女学生の仲介により加瀬と面会することになる。加瀬が鳥塚を気に入り、ザ・ワイルドワンズのメンバーに抜擢。 1966年11月に『想い出の渚』で東芝音楽工業(現:EMIミュージック・ジャパン)からデビューを果たす。同曲はデビュー・ヒットとなった。
もっと読む
藤田 浩一(ふじた こういち、1947年3月21日 - 20… 藤田 浩一(ふじた こういち、1947年3月21日 - 2009年10月11日)は、日本のギタリスト、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、実業家。トライアングルプロダクション、バミューダ音楽出版の社長を務めた。
もっと読む
川崎 燎(かわさき りょう、1947年2月25日 - 202… 川崎 燎(かわさき りょう、1947年2月25日 - 2020年4月13日)は、日本を代表するジャズ・ギタリスト。1960年代後半から世界を股に掛けて活躍している。 1970年代後半には、当時のギターシンセサイザー開発者の一人としても全世界で著名であり、1980年代半ばには、米国で発売されたPCの元祖、コモドール64の為に書かれた幾つかの音楽ソフト(以後日本でも富士通FMシンセ搭載の機種に同時期に変換され発売された)の著者でもある。 東京都杉並区高円寺生まれ、世田谷区梅丘育ち。川崎燎の父の川崎寅雄 は海外生活が大半で、昭和初頭以来外交官として働き、当時英語の第一人者でもあった。母、熙子は満州育ちで、中国語、ロシア語、英語が話せ、上海でドイツの秘密情報部のエージェントとして働いていた。
もっと読む
成毛 滋(なるも しげる、1947年〈昭和22年〉1月29日… 成毛 滋(なるも しげる、1947年〈昭和22年〉1月29日 - 2007年〈平成19年〉3月29日)は日本のギタリスト、キーボーディスト。東京都出身。1960年代後半から1970年代を中心として国内のロックシーンで活躍。 ブリヂストン創業者である石橋正二郎の孫で父親は同社副社長、妹は漫画家の成毛厚子。鳩山威一郎は母方の伯母の夫で、鳩山由紀夫・邦夫兄弟は従兄弟。 2007年3月29日、大腸がんのため死去。享年60。 1947年に東京都に生まれる。実家が進駐軍と深い関わりを持っており、進駐軍の女性と暮らしていた。そのため、幼少のころより蓄音機でアメリカのレコードを聴いて育った。小学校は慶應義塾幼稚舎に入学した。
もっと読む
川瀬 泰雄(かわせ やすお、1947年 - )は、日本の音楽… 川瀬 泰雄(かわせ やすお、1947年 - )は、日本の音楽プロデューサー、作曲家、ギタリスト。神奈川県横浜市出身。これまでに井上陽水、山口百恵、浜田省吾、和田アキ子など数多くの歌手の楽曲制作に携わるほか、ビートルズの研究家としても知られる。 武蔵工業大学付属高等学校(現・東京都市大学付属中学校・高等学校)から武蔵工業大学(現・東京都市大学)へと進学。ザ・ベンチャーズを聴いてギターを弾き始め、ビートルズの影響を受け曲をコピーするようになり、バンドを結成する。ベトナム戦争の最中アメリカ兵を相手に、横浜中華街に存在する日本で最初のディスコと云われる ″レッド・シューズ″ や米軍キャンプなどで演奏を始める。
もっと読む
川村 栄二(かわむら えいじ、1946年12月6日 - 20… 川村 栄二(かわむら えいじ、1946年12月6日 - 2025年5月11日)は、日本の作曲家、編曲家、ギタリスト。北海道小樽市出身。 少年時代にギターにはまり、北海道大学の軽音楽クラブに入る。大学を中退し、キャバレーでバンドマンをしていた時に、大学の先輩の誘いでネム音楽院の講師になる。講師と並行して因幡晃や高木麻早などヤマハに所属するアーティストのバックバンドも務めるようになる。 しかし、自身のプレイヤーとしての技量に限界を感じ、32歳の時から本格的にアレンジャーとして活動。1981年にテレビドラマ『拳骨にくちづけ』から劇伴を担当する。1983年に『小説吉田学校』の映画版で本格的に劇伴を手掛けるようになる。
もっと読む
梅垣 達志(うめがき たつし、1946年4月4日 - )は、… 梅垣 達志(うめがき たつし、1946年4月4日 - )は、日本のシンガーソングライター・作曲家・編曲家・ギタリスト。Allan McGee (Alan Mcgee) 名義活動や、グリティー梅垣名義の作品もある。 京都の実家の二階の部屋は、かつて画家の竹久夢二が愛人と間借りを数年していた。 1970年3月関西大学経済学部卒業。 1970年11月5日に第2回ヤマハポピュラーソングコンテストで、自ら作詞・作曲した『さすらう若者の歌』を歌唱してヤマハポプコン作曲コンクール入賞となる。 1976年11月14日にNHKホールで開催された荒井由実リサイタル「14番目の月」で、瀬尾一三らとともにバック・コーラスを担当する。
もっと読む
石間 秀機(いしま ひでき、1944年3月21日 - )は、… 石間 秀機(いしま ひでき、1944年3月21日 - )は、日本のロックギタリスト。インド音階を駆使したラーガ奏法のシタール奏者。北海道札幌市出身。以前は、「石間秀樹」や「石間ヒデキ」の芸名で活動していた。 高校卒業後に本格的にギターを始め、札幌で「ジャローズ」というバンドを結成。その後上京し、1966年にGSグループ「ジ・アウトロウズ」(後にザ・ビーバーズと改名)を結成。1967年シングル「初恋の丘」でデビューしたが、1969年解散。 同年、内田裕也に誘われ、ロックバンド「フラワーズ」にリード・ギタリストとして参加する。同バンドはメンバー・チェンジを経て「フラワー・トラベリン・バンド」(通称:FTB)となり、翌年アルバム『anywhere』でデビュー。
もっと読む
麻生 レミ(あそう れみ、1944年3月5日 - )は、日本… 麻生 レミ(あそう れみ、1944年3月5日 - )は、日本の歌手、ギタリスト。初期の芸名は麻生京子。日本の女性ロック・ボーカリストの草分け的存在で、ソウルフルな歌唱から「和製ジャニス」とも呼ばれた。 東京都出身。本名は土生(はぶ)京子。 1960年頃より、ジャズ喫茶などで演奏していたブルーコメッツにボーカルとして参加するようになる。 1962年、日本コロムビア主催のコンテストにて最優秀賞を受賞し契約。同年、麻生京子の芸名で「ハンガリア・ロック」でソロ・デビューし、主に洋楽ポップスの日本語カヴァー曲をリリースする。 1965年、エレキ・バンドのブルー・ファイアに迎えられ、麻生京子とブルー・ファイアを結成し、ブルーコメッツの前座や、同年秋から放送された「エキサイト・ショー」でレギュラーをつとめた。
もっと読む
古賀 義弥(こが よしや、1943年12月8日 - )は、日… 古賀 義弥(こが よしや、1943年12月8日 - )は、日本の作曲家、ギタリスト、演出家、ボイストレーナー。旧芸名:古賀 修。 福岡県福岡市出身。福岡大学法学部法律学科卒業。 音楽大学を志すも家族(特に姉)の反対により断念し、法学部に進学。地元の福岡でカントリーバンド「シュガーフット・ブラザース」を結成しボーカルを担当。1966年に渡辺プロダクションにスカウトされて上京、GSグループの「レオ・ビーツ」を結成し、ギター・ボーカルを担当。キングレコードから『霧の中のマリアンヌ』でデビュー。 1973年に渡辺プロから独立し、レオ・ビーツ6名のうち3名に新しいメンバー1名を加えて「ブルー・ジャッカス」結成。
もっと読む
石川 鷹彦(いしかわ たかひこ、1943年7月16日 - )… 石川 鷹彦(いしかわ たかひこ、1943年7月16日 - )は、北海道札幌市生まれの編曲家、ギタリスト、スタジオ・ミュージシャンである。 北海道札幌市生まれ。小学生のときに東京に移る。1968年に同じ多摩美術大学の小室等とともに六文銭を結成。その後吉田拓郎・かぐや姫・イルカ・アリスらの演奏を担当。1970年代のフォーク・ニューミュージックシーンにおいて多くの演奏を残し、編曲家としても数々のヒット曲を生み出した。 1992年にさだまさしのアルバム『ほのぼの』をプロデュースして以来、さだのサポートメンバーとしての活動が多かった。『第47回NHK紅白歌合戦』においても、さだのサポートメンバーとして出演した。 1996年9月から10月にかけて、NHK趣味百科「アコースティック・ギター入門」に加藤和彦とともに講師として出演。
もっと読む
仲本 工事(なかもと こうじ、1941年〈昭和16年〉7月5… 仲本 工事(なかもと こうじ、1941年〈昭和16年〉7月5日 - 2022年〈令和4年〉10月19日)は、日本のコメディアン、ミュージシャン(ギタリスト)。ザ・ドリフターズのメンバー。東京府東京市日本橋区(現在の東京都中央区日本橋)出身。本名は仲本 興喜(なかもと こうき)。バンドでの担当はボーカルとギター。ドリフから派生したこぶ茶バンドメンバーとしても活動した。生前は渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属して、同じザ・ドリフターズメンバーで既に故人となっているいかりや長介、志村けんと同様に没後もイザワオフィス所属となっている。 当初は「仲 こうじ」「仲本 こうじ」「仲本 コージ」を名乗っていた。
もっと読む
井上 堯之(いのうえ たかゆき、1941年3月15日 - 2… 井上 堯之(いのうえ たかゆき、1941年3月15日 - 2018年5月2日)は、日本のギタリスト・作曲家・歌手・音楽プロデューサー。本名は同じ。別名は井上 孝之。愛称はイノヤン。兵庫県神戸市出身。 兵庫県立星陵高等学校卒業後は、滝の茶屋駅前の「すしひろ」で板前だったが、TVのオーディション番組をきっかけに、歌の世界に入る。 ザ・スパイダース結成時代は、「スリージェット」という3人組のコーラス&ダンスグループの一員として活躍したが、リバプールサウンド編成に伴い、ギターを独学し、ボーカルと、リード・ギターを担当するまでになった。ザ・スパイダース時代は井上 孝之と名乗っていた。 1970年のザ・スパイダース解散後、1971年にPYGに参加し、「花・太陽・雨」「自由に歩いて愛して」などを作曲した。
もっと読む
井上堯之(いのうえ たかゆき、1941年3月15日 - )は… 井上堯之(いのうえ たかゆき、1941年3月15日 - )は、日本のミュージシャン・ギタリスト・作曲家・歌手・音楽プロデューサー。兵庫県神戸市出身。本名は同じ。別名は井上 孝之。愛称はイノヤン。
もっと読む
アントニオ古賀(アントニオ こが、1941年2月26日 - … アントニオ古賀(アントニオ こが、1941年2月26日 - )は、日本人ギタリスト、歌手、編曲家。東京国際大学人間社会学部客員教授。 ギター演奏や、ピアノ、ギター寄贈などの活動を通してキューバとの親善交流を精力的に行っている。 1941年2月26日、東京都出身。本名は伊東 貞行(いとう さだゆき)。 1949年に日比谷公会堂で催された「古賀政男ショー」を母親と観劇した。このショーの1部と2部の幕間に日本でセゴビア奏法をマスターした唯一のギタリストといわれる[要出典]阿部保夫が出演した。阿部の弾いたギターソロ「荒城の月」を聞いて母親に「ギターをやりたい」と懇願する。当時通っていた小学校の担任に母親が相談し、当時開いていた阿部のギター教室を探し当て阿部に弟子入りし、クラシックギターを学ぶ。
もっと読む
高野 太郎(たかの たろう、1940年 - 2001年10月… 高野 太郎(たかの たろう、1940年 - 2001年10月)は、ギタリスト、歌手。 福島県立郡山工業高校卒業後に、東北電力に就職する。アタウアルパ・ユパンキのフォルクローレに惹かれ、1960年、アルゼンチンに渡る。当地で、実際に、アタウアルパ・ユパンキ本人と出会う。 日本に戻りしばらくの後、1975年、東京都港区六本木に、タンゴとフォルクローレのライブ演奏も行われるアルゼンチン料理の店『六本木カンデラリア』を開業する。営業日にタンゴの生演奏が聴けるタンゲリアとしての『六本木カンデラリア』は、日本においても、注目を浴びていた。日本において、アルゼンチンのフォルクローレの認知度を高める。『ガウチョ・ハポネス』(Gucho japonés、日本のガウチョ)というあだ名がある。
もっと読む
寺内 タケシ(てらうち タケシ、本名は同じ読みで「寺内 武」… 寺内 タケシ(てらうち タケシ、本名は同じ読みで「寺内 武」、1939年1月17日 - 2021年6月18日)は、日本人のギタリストである。 作曲家、編曲家、音楽プロダクション経営者、実業家としての顔を持つ。 茨城県新治郡土浦町祇園町(現・土浦市)出身。ニックネームは「テリー」「エレキの神様」「寺さん」。1962年に「寺内タケシとブルージーンズ」を結成。その後バニーズや第二期ブルージーンズなども結成した。1500校を超える高校を回り「ハイスクール・コンサート」を開催。ロシア、アメリカ合衆国、ブラジル、台湾などの各国でも公演を行った。代表曲は『太陽に叫ぼう』(ブルージーンズ)、『太陽の花』『悪魔のベビー』(バニーズ)など。
もっと読む
加山 雄三(かやま ゆうぞう、1937年〈昭和12年〉4月1… 加山 雄三(かやま ゆうぞう、1937年〈昭和12年〉4月11日 - )は、日本の歌手、俳優、タレント、ギタリスト、ピアニスト、ウクレレ演奏者、画家。本名、池端 直亮(いけはた なおあき)。ニックネームは、若大将。作曲家として、弾 厚作(だん こうさく)のペンネームを用いる。 神奈川県横浜市生まれ、茅ヶ崎市出身。公益財団法人日本セーリング連盟応援団長、文化功労者。勲等は旭日小綬章。 父は俳優の上原謙(池端清亮)、母は女優の小桜葉子(池端具子)。妹は池端亮子。母方の高祖父は明治の元勲・岩倉具視である。 神奈川県横浜市神奈川区幸ケ谷の家に生後8か月まで、次の東京都大田区田園調布には1歳9か月までいた。
もっと読む
秋山 実 (あきやま みのる、1936年3月30日 - 20… 秋山 実 (あきやま みのる、1936年3月30日 - 2000年8月18日)は、日本のギタリスト。岩手県花巻市出身。 昭和期の歌謡曲、演歌の伴奏者として、多くのレコード録音、音楽ステージ(テレビ、ライブ、コンサート等)に参加。 ギター全般、後年はアコースティック・ギターをメインに演奏した。 1963年、日本クラウンレコード設立時から1年間、同社の専属ギタリストを、その後、日本ビクターで専属ギタリストを務めたあと、フリーとなる。 1960年代、「NHK紅白歌合戦」のバックバンドを務めていたが、NHKにバックバンド団員の出演料が低額である事を抗議した次年から出演依頼が途絶える。1990年代に森進一、島倉千代子などのギター伴奏収録で演奏依頼再開。
もっと読む
ソンコ・マージュ(Sonko Mayu、1935年〈昭和10… ソンコ・マージュ(Sonko Mayu、1935年〈昭和10年〉2月20日 - )は、日本の音楽家、ギタリスト、フォルクローレ奏者。栃木県栃木市出身。本名は荒川 義男(あらかわ よしお)。 1966年、スペイン政府奨学生として留学し、アンドレス・セゴビアやホセ・トマス(英語版)に師事したのち、南米で民俗音楽を研究。1967年、アルゼンチンのフォルクローレ奏者であるアタウアルパ・ユパンキの弟子となり、愛用のギターを贈られ、ソンコ・マージュ(ケチュア語で『心の川』の意)と名づけられる。ギターは1953年製の初代ヌーニェスである。 1974年にLP「復活」を発表した時点では、ユパンキの作品のみをレパートリーとし、その奏法をコピーして活動していた。
もっと読む
和田 直(わだ すなお、1934年1月13日 ‐ 2021年… 和田 直(わだ すなお、1934年1月13日 ‐ 2021年4月29日)は、三重県津市塔世西裏出身の日本のギタリスト・ソングライター。名城大学卒業。血液型O型。著作権協会正会員。名古屋市中区東桜「JazzSpot Swing」のオーナーである。 10歳の頃からギターを始め、大学在学中から名古屋で活動を始め、1965年に拠点を東京に移す。その後、再び名古屋に戻りジャズ・クラブ「ココ」を経営する一方、森剣治(sax)らと活動。以降、名古屋を拠点に演奏活動を続け、ジャズ・クラブ「Swing」のオーナーも務める。アルバムは1972年録音の初リーダー作『ココのブルース』の他、『ブルース・ワールド』など。2021年4月29日に87歳で逝去。
もっと読む
中牟礼 貞則(なかむれ さだのり、1933年<昭和8年>3月… 中牟礼 貞則(なかむれ さだのり、1933年<昭和8年>3月15日 - 2026年<令和8年>6月4日)は鹿児島県出水市(旧出水郡)出身のジャズギタリスト。 小学生のころからギターが好きで自作の木製ギターを制作したり、蓄音器で音楽を聴いていたりした。18歳で東京都に移住して青山学院大学在学中の1952年にプロデビューした。 渡辺貞夫、前田憲男、猪俣猛などのミュージシャンと共演した。 1963年に銀巴里セッションに参加した。 2024年、文化庁長官表彰。 2026年6月4日、死去。93歳没。 弟子に渡辺香津美がいる。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
もっと読む
高木 ブー(たかぎ ブー、boo Takagi、1933年〈… 高木 ブー(たかぎ ブー、boo Takagi、1933年〈昭和8年〉3月8日 -)は、日本のコメディアン、ミュージシャン(ウクレレ奏者、ギタリスト)。ザ・ドリフターズのメンバー。 本名は、高木 友之助(たかぎ とものすけ)で、高木ブーへの改名以前は高木 智之名義で活動していた。「8時だョ!全員集合」のオープニングなどでは、高木 ブ~名義で表記されていた。身長160 cm。芸名の由来となったのは若い頃からの肥満体型である。 東京府東京市豊島区巣鴨(現:東京都豊島区巣鴨)に兄2人・姉3人の末っ子として生まれる。第二次世界大戦末期の1945年に戦災で焼け出され、12歳の時に母方の郷里を頼って千葉県東葛飾郡柏町篠籠田(現:千葉県柏市明原2丁目)に一家で移り住み育った。
もっと読む
和田 香苗(わだ かなえ、1932年9月3日 - 2001年… 和田 香苗(わだ かなえ、1932年9月3日 - 2001年2月8日)は、日本の作曲家、編曲家、ギタリスト。愛媛県宇和島市出身。男性。 主にアニメソングや演歌の作・編曲家として知られている。アニメの代表作としてはタツノコプロ製作アニメーション作品のコロムビアレコードの作曲、編曲を多数手掛け『紅三四郎』(丘灯至夫 詩 堀江美都子 唄)、『ハクション大魔王』のエンディング曲『アクビ娘』や『昆虫物語みなしごハッチ』のエンディング曲『ママをたずねて』などがある。 その一方で『会津の小鉄』(作詞:松島一夫 = 宮川左近ショー 、唄: 京山幸枝若 、1967年 キングレコード)、また「ご当地ソング」の先駆けともなった『新宿ブルース』(作詞:滝口暉子、唄: 扇ひろこ 、1967年日本コロムビア)など演歌の大ヒット曲も同時期に手掛けている。
もっと読む
和田 弘(わだ ひろし、1931年(昭和6年)2月15日 -… 和田 弘(わだ ひろし、1931年(昭和6年)2月15日 - 2004年(平成16年)1月5日)は、日本の歌手・ギタリスト。スティール・ギター奏者で和田弘とマヒナスターズのリーダー。専修大学卒業。 東京府東京市本郷区(現東京都文京区本郷)出身。父は製本業を営んでいた。 幼い頃からオルガンに親しみ、銀座日本劇場で灰田晴彦とモアナ・グリー・クラブの演奏を聴いてスティール・ギターに傾倒。兄の同級生である浜口庫之助に弟子入りし、ハワイアンミュージシャンになる。 1949年(昭和24年)4月、専修大学に入学。在学中にリリー・アイランダースを結成し、自らリーダーを務めた。 1950年(昭和25年)4月、バッキー白片とアロハ・ハワイアンズにギタリストとして加入。
もっと読む
澤田 駿吾(さわだ・しゅんご、本名:澤田駿五、1930年2月… 澤田 駿吾(さわだ・しゅんご、本名:澤田駿五、1930年2月10日 - 2006年8月28日)は、日本のジャズ・ギタリスト。 1930年2月10日、愛媛県西宇和郡八幡浜町出身。少年時代に『姉妹と水兵』(1944年アメリカ映画)を見て、劇中のギター演奏に魅せられたのがギターを始めるきっかけになったと言う。 第二次世界大戦後に東京へ出て、本格的にジャズギターを始めると共に、米軍キャンプを回るようになる。 1954年に神奈川県横浜市の伊勢佐木町にあったクラブ:モカンボで行われた『モカンボ・セッション』では、ハナ肇、植木等、守安祥太郎らと共に参加している。 1957年にチコ・ハミルトン楽団のギタリストだったデンプシー・ライトに弟子入りし、本格的なジャズギターテクニックの伝授を受けた。
もっと読む
植木 等(うえき ひとし、本名同じ、1927年2月25日 -… 植木 等(うえき ひとし、本名同じ、1927年2月25日 - 2007年3月27日)は、日本の俳優、コメディアン、歌手、ギタリスト、タレント。「ハナ肇とクレージーキャッツ」のメンバー。愛称は、「ボンさん」「植木屋」「植木やん」。 父は僧侶の植木徹誠。長男は作曲家の比呂公一。妹の夫は部落問題研究者の川村善二郎。父方の祖母の親類に御木本幸吉がいる。 1927年(昭和2年)2月25日、父・植木徹誠、母・いさほの間に三男として愛知県名古屋市で生まれた。父・徹誠は、真宗大谷派名古屋別院にて僧侶としての教修中だった。 実際の生年月日は1926年12月25日。ちなみにこの日は、大正天皇が崩御した日である。植木本人が『徹子の部屋』で語ったことによると、父が出生時に体調を崩しており、叔父・保之助に役所への届けを依頼したが叔父がそれを忘れ、翌年ようやく出生届を出したことから、戸籍上の生年月日が翌年になったという。
もっと読む
阿部 保夫(あべ やすお、1925年9月15日 - 1999… 阿部 保夫(あべ やすお、1925年9月15日 - 1999年12月26日)は、日本のギタリスト。宮城県石巻市出身。息子の阿部恭士もギタリスト。 兄の影響からギターに興味を示し、1938年より管ノ又信太郎に師事。1947年、古賀政男主宰の古賀ギター歌謡学院で講師を務めることとなる。1948年、第一回全国ギターコンクールで一位。1953年にはイタリアへ留学しA・セゴビア、E・プジョールに師事する。1966年からはNHK教育の『NHKギター教室』の初代講師を5期に渡り担当した。1969年、日本ギタリスト協会発足にともない初代委員長を務め多くのコンクール・コンサート等を開き、晩年に至るまで日本のギター界全体の発展に大きく貢献した。
もっと読む
山本 丈晴(やまもと たけはる、1925年5月22日 - 2… 山本 丈晴(やまもと たけはる、1925年5月22日 - 2011年9月7日)は、日本の作曲家、ギタリスト。 山梨県南都留郡河口村(後の河口湖町、現在の富士河口湖町)出身。出生名は古屋 武治(1925年 - 1945年)。作曲家の古賀政男に師事し、ギター演奏により古賀メロディの普及に貢献。作曲作品は、美空ひばりに代表される流行歌・歌謡曲・演歌から映画・テレビ・舞台音楽、社歌・校歌と数多く幅広い。第48回日本レコード大賞功労賞受賞。 音楽活動を始めた当初は古屋 雅章(1946年 - 1948年)の筆名を名乗っていたが、その後に古賀の正式な養子となった際、本名の「武治」を「丈晴」にして古賀 丈晴(1948年 - 1958年)に改名。
もっと読む
ポス宮崎(ポスみやざき、1922年4月21日 - 1977年… ポス宮崎(ポスみやざき、1922年4月21日 - 1977年2月5日)は日本のハワイアンのスティール・ギタリスト。本名は宮崎英夫。 1922年4月21日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれる。 慶應義塾大学在学中、ハワイアン・バンド「ノヴェルティ・ハワイアンズ」を結成。戦時中は笈田敏夫とともに「新緑楽団」)として活動。大学中退後、ペダル・スティール・ギターを自作。 1945年10月、コニー・アイランダースを結成。 1949年、日本コロムビアにてレコーディング・デビュー。以降、キングレコード、日本ビクター、CBSソニーなどに自己名義の録音を残す。 1977年2月5日、入浴中に脳出血を起こして死去。
もっと読む
田端 義夫(たばた よしお、1919年〈大正8年〉1月1日 … 田端 義夫(たばた よしお、1919年〈大正8年〉1月1日 - 2013年〈平成25年〉4月25日)は、日本の歌手、ギタリスト。本名:田畑 義夫(読み同じ)。第二次世界大戦前から21世紀初頭まで現役歌手として活躍した。愛称はバタヤン。高い位置で構えるエレクトリック・ギター(ナショナル1124)、独特の哀愁を帯びた歌声、「オーッス!」という威勢のよい挨拶がトレードマークで、広く国民に親しまれた。 三重県松阪市生まれ。3歳の時に父を亡くし、大正14年(1925年)に一家とともに大阪に出て行く。小学校3年の半ばで中退。赤貧のため慢性的な栄養失調であった。トラコーマにかかり徐々に右目の視力を失う。 13歳より名古屋の薬屋やパン屋、鉄工所などで丁稚奉公。
もっと読む
深沢 七郎(ふかざわ しちろう、1914年〈大正3年〉1月2… 深沢 七郎(ふかざわ しちろう、1914年〈大正3年〉1月29日 - 1987年〈昭和62年〉8月18日) は、日本の小説家、ギタリスト。 山梨県出身。職を転々とし、ギター奏者として日劇ミュージックホールに出演。『楢山節考』が正宗白鳥に激賞され、異色の新人として注目を集めた。「中央公論」に発表した『風流夢譚』に関わる右翼テロ事件(嶋中事件)後、筆を折った時期もあったが、土俗的な庶民のエネルギーを描いて独自の作品を発表し続けた。農場や今川焼屋を経営したり、ギター・リサイタルを開催したりと多くの話題を残した。他に代表作『笛吹川』『東京のプリンスたち』『庶民烈伝』『みちのくの人形たち』など。 1914年(大正3年)1月29日、印刷業の父・隣次郎、母さとじの四男として、山梨県東八代郡石和町(現笛吹市石和町)市部に生まれる。
もっと読む
ディック・ミネ(1908年10月5日 - 1991年6月10… ディック・ミネ(1908年10月5日 - 1991年6月10日)は、徳島県徳島市出身の日本人ジャズ・ブルース・流行歌歌手、ギタリスト、俳優、タレント。訳詞家・編曲家としては本名の三根 徳一(みね とくいち)を名乗り、第二次世界大戦中の敵性語規制の時代には三根 耕一(みね こういち)と名乗った。創成期のテイチクレコードの立役者で、日本のジャズ・シンガーの嚆矢として数多くの名演を残すとともに、日本の創成期の流行歌においても多くのヒットを飛ばした。また、トーキー以降の日活と同社が提携したミュージカル映画をはじめとして映画にも多く出演し、その後純然たる俳優としても活躍した。結婚は3回、初婚相手は死別、2回目と3回目の女性は姉妹。
もっと読む
古賀 政男(こが まさお、1904年(明治37年)11月18… 古賀 政男(こが まさお、1904年(明治37年)11月18日 - 1978年(昭和53年)7月25日)は、昭和期の代表的作曲家であり、ギタリスト。国民栄誉賞受賞者。栄典は従四位、勲三等瑞宝章、紫綬褒章。明治大学商学部(旧制)卒業。本名は古賀正夫(読み同じ)。 少年時代に弦楽器に目覚め、青年期はマンドリン・ギターのクラシック音楽を研鑽しつつ、大正琴を愛した。その後は、プレクトラム音楽家の「古賀正男」から流行歌王の「古賀政男」になり、昭和期を代表する国民的作曲家としての地位を確立し、数多くの流行歌をヒットさせた。生涯で制作した楽曲は5,000曲ともいわれ、「古賀メロディー」として親しまれている。 1904年(明治37年)、福岡県三潴郡田口村(現・大川市)に8人きょうだいの6番目として誕生。
もっと読む
ASAKI(アサキ、12月13日生)は、日本のギタリスト、ミ… ASAKI(アサキ、12月13日生)は、日本のギタリスト、ミュージシャン。青森県弘前市出身。血液型B型。自ら率いるAGE of PUNKのヴォーカル&ギターの他、GUNIW TOOLS、vez(ヴェズ)、ROLL-B DINOSAUR、本田恭章のギタリストとしても活動中。 最新情報はAge Of Punk Official (AgeOfPunkOfficial) - Facebookを参照。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
もっと読む
伊藤 ゴロー(いとう ゴロー、Goro Ito 12月10日… 伊藤 ゴロー(いとう ゴロー、Goro Ito 12月10日 - )は、日本のギタリスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。本名:伊藤 尚規(いとう なおき)。 独特の作曲、編曲、オーケストラ・アレンジから「コードの魔術師」と呼ばれる。 幼少の頃は父親の影響でクラシック音楽(主にドイツ)一辺倒だったが、中学に入った頃にロック、ボサノヴァと出会う。影響を受けたギタリストはジョアン・ジルベルト、ラルフ・タウナー、キース・リチャーズ。影響を受けた作曲家はベートーヴェン、ガブリエル・フォーレ、ジョン・レノン、アントニオ・カルロス・ジョビン。 2005年に来日したキアラ・シヴェロ(Chiara Civello)のプロモーションライブをサポートした際、素晴らしいハーモニーだ!と賞賛される。
もっと読む
BLVELY(ブルーリー、11月19日 - )は、日本の男性… BLVELY(ブルーリー、11月19日 - )は、日本の男性ギタリスト・シンガーソングライター、tatsuによるソロプロジェクト。 三重県四日市市出身。 テクニカルなギターとキャッチーなメロディーをラウドロックやヒップホップに落とし込んだオルタナティブロックが特徴。自身で作詞・作曲・編曲を行うほか、ミュージックビデオのクリエイティブディレクターや監督も務めている。また、作詞・作曲家、スタジオミュージシャンとしても活動し、レコーディングエンジニアやマニピュレーターとしての顔も持つ。 BLVELYはtatsuによるソロプロジェクトである。地元三重県四日市市で高校時代にオリジナルバンドを結成し、ギターを始める。
もっと読む