中村 粲(なかむら あきら、1934年4月24日 - 201… 中村 粲(なかむら あきら、1934年4月24日 - 2010年6月23日)は、日本の英文学者、近代史研究家、獨協大学名誉教授。 1934年、東京都生まれ。海軍主計少佐の父・春男の下に生まれる。鎌倉市立御成小学校、栄光学園中学校・高等学校卒業。1959年、東京大学文学部英文学科を卒業。 都立高校教員を経て、1964年より獨協大学に勤務する。所属は外国語学部英語学科。専任講師、助教授(1971年)を経て1987年より教授。1991年からは英語学科長を務めた。2005年3月に定年退職し、名誉教授となった。2010年6月23日、肺癌のため死去。76歳没。 なお、「昭和史研究所」「NHK報道を考へる会」は、中村の死去により同年末解散した。
和久田 康雄(わくだ やすお、1934年3月1日 - 201… 和久田 康雄(わくだ やすお、1934年3月1日 - 2017年4月13日)は、日本の鉄道研究家、元官僚。栃木県生まれ。 父親の転勤とともに東京、仙台、広島に移り住む。1957年東京大学法学部卒。在学中に東大鉄道研究会を組織。1984年まで運輸省に勤務。本省の他、福岡陸運局、仙台陸運局等に勤め、その後、2003年まで交通関係の団体に勤務。日本民営鉄道協会常務理事、日本鉄道建設公団理事、JTBトラベルカレッジ校長などを務める。日本交通学会、鉄道史学会、赤門鉄路クラブの各会員。「鉄道ピクトリアル」編集委員を務めた。私鉄を研究対象とした。2017年に死去。83歳没。
安本 美典(やすもと びてん、1934年2月13日 - )は… 安本 美典(やすもと びてん、1934年2月13日 - )は、日本の心理学者・日本史研究家(古代史)。文章心理学、計量比較言語学日本古代史の分野で著書及び論文がある。日本行動計量学会会員。 満洲国奉天省鞍山市に生まれ、1946年に帰国して岡山県高梁市で育つ。1949年に岡山県立高梁高等学校へ入学。同期には公正取引委員会事務局長(事務方トップ)となる植木邦之がいる。同高校を卒業。京都大学文学部(心理学)卒業を経て、京都大学大学院文学研究科(心理学)修了。国家公務員採用上級甲種試験(現在の国家公務員総合職)の心理職試験にトップで合格し、旧労働省(現在の厚生労働省)に入省。 旧労働省退官後、社会心理学者の南博(一橋大学教授)が設立した日本リサーチセンターに入社。
折田 至(おりた いたる、1934年1月3日 - 2006年… 折田 至(おりた いたる、1934年1月3日 - 2006年9月27日)は、映画監督、演出家、テレビプロデューサー、UFO研究家、発明家。アイデア開発研究所代表、発明協会会員。鹿児島県鹿児島市出身。千葉大学工学部工業化学科(写真映画専攻)卒業。 1958年に東映に入社し、助監督として配属された東映京都撮影所を経て、1965年より東映東京制作所に所属する。『丸出だめ夫』・『悪魔くん』・仮面ライダーシリーズなど、特撮テレビドラマの監督として活躍した後、1978年には東映テレビ事業部プロデューサーに昇進し、スーパー戦隊シリーズの『バトルフィーバーJ』からはプロデューサーとして東映キャラクター路線を支える。
藤井 康栄(ふじい やすえ、女性、1934年〈昭和9年〉 -… 藤井 康栄(ふじい やすえ、女性、1934年〈昭和9年〉 - )は、日本の編集者・昭和史研究家。北九州市立松本清張記念館名誉館長。旧姓大木。父は詩人の大木惇夫。編集者・文芸エッセイストの宮田毬栄は次妹、俳人の大木あまりは末妹。夫は歴史家の藤井忠俊。 小説家の松本清張の作家生活約40年の内の約30年間を担当編集者として務め、『昭和史発掘』『二・二六事件 = 研究資料』などの資料収集に奔走し、『松本清張全集』にも携わった。松本清張記念館設立後は館長および名誉館長として、清張に関する講演、企画展などでも大きな働きを見せている。 東京府出身。東京都立三田高等学校を経て、早稲田大学文学部史学科で大正デモクラシーなどの近代史を専攻する。
渡部 清(わたなべ きよし、1934年 - )は、日本の教育… 渡部 清(わたなべ きよし、1934年 - )は、日本の教育者、書家、書道史研究家。長野県諏訪市出身。NHK番組や大河ドラマの題字制作に従事し、のちに横浜国立大学教授を務めた。 長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京教育大学教育学部芸術学科を卒業し、同大学院教育学研究科修士課程を修了した。大学時代には西川寧の影響を受け、古典を中心に学んだ。また、仮名については森田竹華から学んだと述べている。 大学在学中からNHKのタイトル制作に関わり、卒業前から同局と契約して仕事を始めた。東京教育大学附属中学校・高等学校の講師も務め、のちに横浜国立大学教授を歴任した。 その後も古筆・古文書に関する活動を続け、室町時代から江戸時代までの書状を中心とする「ふみを読む会」の講師を務めている。
田中 忠三郎(たなか ちゅうざぶろう、1933年11月26日… 田中 忠三郎(たなか ちゅうざぶろう、1933年11月26日 - 2013年3月5日)は、日本の民俗学者、民俗民具研究家、著述家。アミューズミュージアム名誉館長。渋沢敬三に傾注し、在野の民族研究家として民具の調査・収集にあたった。 1933年(昭和8年)11月26日、青森県下北郡川内町(現・むつ市)生まれ。 23 歳から単独で、平内町にある槻の木遺跡・一本松遺跡を 10 年間発掘する。その後、平内町教育委員会の勤務を経て、1977年から、布類を中心とした民具の収集を行う。三沢市小川原湖民俗博物館館長を務めた後、青森市歴史民俗展示館 稽古館の館長に就任する。民俗学へ転じて以降、半世紀近くにわたり、集落の姥や古老から昔の話を聞き取るフィールドワークを行った。
小泉 和子(こいずみ かずこ、1933年11月19日 - )… 小泉 和子(こいずみ かずこ、1933年11月19日 - )は、日本の民俗学者・歴史学者・生活史研究家。小泉和子生活史研究所代表。昭和のくらし博物館館長。NPO法人昭和のくらし博物館理事長。家具道具室内史学会会長。重要文化財熊谷家住宅館長。 父の小泉孝(1901 - 1982)は建築技師で、自ら設計施工した自宅が、登録有形文化財になり、昭和のくらし博物館(東京都大田区)として公開されている。日本社会党の衆議院議員を務めた野間千代三は母方の叔父である。 東京生まれ。女子美術大学で洋画をまなび、卒業後家具製作会社に入社。1970年東京大学工学部建築学科の研究生となり、日本家具・室内意匠史を研究。1971年生活史研究所を設立。
小菅 桂子(こすげ けいこ、1933年8月4日 - 2005… 小菅 桂子(こすげ けいこ、1933年8月4日 - 2005年8月10日)は、日本の食文化研究家。専門は食文化史。 東京都出身。昭和女子大学短期大学部国文学科卒業後、國學院大學文学部史学科編入、同学科卒業。毎日映画社製作部に入社。のちに退社し、杉野女子大学博物館非常勤講師、別府大学短期大学部生活科教授、くらしき作陽大学食文化学部教授、國學院大學日本文化研究所共同研究員、昭和女子大学近代文化研究所研究員をつとめた。 2005年、慢性呼吸不全のため死去。72歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
湯川 仁(ゆかわ まさし、旧姓:藤原、1933年6月3日 -… 湯川 仁(ゆかわ まさし、旧姓:藤原、1933年6月3日 - 1980年5月28日)は、日本の哺乳類研究家。広島県出身。 広島県比婆郡比和町(現庄原市比和地区)に生まれた。比婆郡を中心とする広島県北東部で、主に小型哺乳類の研究、特に食虫類やげっ歯類の標本収集、生活史の研究を行なった。比和自然科学博物館を基盤として行動していたが、その立場は博物館の学芸員補(1953年 - 1958年)、および比和町教育委員会職員(1958年以降)であり、実質的には在野のアマチュア研究家であった。1980年没。 死後に湯川の研究は再評価され、1997年には「第1回 野生動物の保護をめざすもぐらサミット」が比和町で開かれた。
近藤 喜代太郎(こんどう きよたろう、1933年(昭和8年)… 近藤 喜代太郎(こんどう きよたろう、1933年(昭和8年)5月24日 - 2008年(平成20年)9月30日)は、医学者・公衆衛生学者、鉄道研究家。北海道大学名誉教授。 静岡県生まれ。1959年東京大学医学部卒業。1969年医学博士。東大内科、新潟大学助教授(神経内科)、1984年北海道大学医学部教授(公衆衛生学)、1997年定年退官、名誉教授、放送大学教授(健康科学)、2002年同客員教授。 2008年9月30日、脳内出血のため死去。
石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日… 石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日 -)は、日本の小説家、SF作家、サイエンス・ライター、SF書誌研究家、通信工学者(工学博士)である。2000年ごろ、インターネット上で保守的な発言を始めた頃から、過去の自作に因んで“オロモルフ”と名乗り始めた。 ハードSF研究所、SF資料研究会主宰。日本文芸家協会、日本推理作家協会、日本SF作家クラブなどの会員。靖国神社崇敬奉賛会終身会員。元玉川大学教授。論文特許多数あり。 遠縁に社会主義者の沖野岩三郎。 東京府東京市(現在の東京都渋谷区原宿)生まれ。歯科医の長男としてうまれる。母親は同志社大学卒業で、吉屋信子の英語の家庭教師をしたこともある。
吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年2月21日 - 2025… 吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年2月21日 - 2025年)は、日本の古文書研究家。主な分野は江戸から明治期の文芸、草双紙の収集・研究。 1933年、福島県郡山市出身。國學院大学文学部卒業。 林美一に師事し、平成期を通じ古文書解読の講師として活動。 生涯学習1級インストラクター(古文書)。
中瀬 喜陽(なかせ ひさはる、1933年2月21日 - 20… 中瀬 喜陽(なかせ ひさはる、1933年2月21日 - 2018年3月11日)は、和歌山県の郷土史家・南方熊楠研究家。中瀬ゆかりは次女。 和歌山県西牟婁郡上富田町の出身で、1960年に東洋大学中国哲学文学科を卒業した。同年から上富田町立岩田中学校、1964年からは和歌山県立南紀高等学校の教諭として1993年まで勤務した。1993年に大阪青山短期大学非常勤講師となり2003年まで勤める。 2006年5月に南方熊楠顕彰館館長に就任し、2012年3月まで務めた。 南方熊楠邸保存顕彰会副会長、田辺市文化財審議会委員長、紀南文化財研究会会長 南方熊楠顕彰記念館名誉館長を歴任した。2013年に和歌山県文化功労賞と南方熊楠文化賞特別賞を受ける。
上 笙一郎(かみ しょういちろう、1933年2月16日 - … 上 笙一郎(かみ しょういちろう、1933年2月16日 - 2015年1月29日)は、日本の児童文化研究家。本名は山崎健寿(けんじゅ)。妻は、女性史研究家の山崎朋子。共著で『日本の幼稚園 - 幼児教育の歴史』(ちくま学芸文庫)がある。 埼玉県飯能市生まれ。1945年、文化学院卒。 売文業をしながら児童文学、女性問題を研究し、青地晨に師事する。1959年、山崎朋子と結婚、共著『日本の幼稚園』で1966年、毎日出版文化賞受賞。1981年、共著『光ほのかなれども』で日本保育学会保育学文献賞。1990年、『日本児童史の開拓』で日本児童文学学会特別賞。2006年、『日本童謡事典』で日本童謡賞、三越左千夫少年詩賞特別賞受賞。
加藤 暁子(かとう あきこ、1933年 - )は、人形劇研究… 加藤 暁子(かとう あきこ、1933年 - )は、人形劇研究家。 東京生まれ。1955年東京大学文学部美学美術史学科卒業。人形劇団人形座に入団、1963年退座、人形劇団カラバス、おはなしきゃらばん、一寸座などで美術、演出、劇作などを担当。62年プラハ芸術アカデミー演劇学部人形劇科の聴講生として奨学金を得てチェコスロヴァキア(現在はチェコ)に留学。チェコ、ハンガリー、ルーマニア、ポーランドなど中欧や東欧を中心にヨーロッパの人形劇事情を学ぶ。 1965年頃から日本演劇教育連盟、子どもの文化研究所、横浜人形の家、埼玉県立衛生短期大学、聖徳大学などで非常勤講師。1970年度日本児童演劇協会賞受賞(海外人形劇作品の翻訳と演出に対して)、1979年度の論文「劇人形づくりからの出発」に対して日本演劇教育連盟演劇教育賞受賞。
野口 孝一(のぐち こういち、1933年 - )は、日本の都… 野口 孝一(のぐち こういち、1933年 - )は、日本の都市史研究家。 神奈川県横浜市生まれ。東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科修士課程(日本史専攻)修了。川崎市立工業高等学校教諭、川崎総合科学高等学校教諭を経て、中央区立郷土天文館勤務。2013年東京都文化功労者。近代都市史。
遠藤 公男(えんどう きみお、1933年 - )は、日本の作… 遠藤 公男(えんどう きみお、1933年 - )は、日本の作家、動物研究家。日本野鳥の会名誉会員。 岩手県一関市生まれ。岩手県立一関第一高等学校卒業。小学校の教師として働きながら活動を続ける。 1974年、教師を退職して作家生活に入る。岩手県宮古市在住。 著書『野鳥売買 メジロたちの悲劇』では、中国での野鳥売買の現場を調査している(「中国の環境問題」を参照)。
松木 正利(まつのき まさとし、1933年(昭和8年) -2… 松木 正利(まつのき まさとし、1933年(昭和8年) -2018年(平成30年) )は、日本の園芸家、ダリア研究家、東北ダリア作出家協会会長、鶴岡ダリア研究会会長、元荘内日報社編集局長。 庄内農業高等学校在学中にダリアの研究を始め、卒業後は、農業荘内社『農業荘内』主幹、荘内日報社編集局長経て、1952年に「鶴岡ダリア研究会」を発足させて会長に就任、1956年には「東北ダリア作出家協会」を発足して会長に就任し、協会本部を自宅に置いた。 1947年から1965年までの間に、種苗商によって発表・発売された4874品種の全品種を、植物学者の芳賀卓(現・北海道教育大学名誉教授)と共に、カードに書き込んで「ダリア・リスト」を完成させた。
向井 芳樹(むかい よしき、1933年 - 2010年5月6… 向井 芳樹(むかい よしき、1933年 - 2010年5月6日)は、日本近世文学演劇(特に近松門左衛門)研究家。同志社大学名誉教授。 1955年神戸大学文学部国文専攻卒業、1959年東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1962年同博士課程退学。 1955年神戸大学文学部助手、1957年同退職。その後地方公務員となり1962年西宮市立西宮高等学校教諭、退職後1963年帝塚山学院短期大学専任講師、1964年同助教授。1968年帝塚山学院大学助教授、1971年同教授。1977年4月同志社大学教授、2003年同定年退職、名誉教授。このほか、武漢大学外籍教授、中国戯曲学院外籍教授などを務める。武漢大学、中国戯曲学院に滞在した関係で、伝統演劇を中心とした日中演劇交流にも勉める。
西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月… 西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月6日)は、イタリア文化研究家、書籍輸入業者、翻訳家。(財)日伊協会評議員。 京都市生まれ。1956年東京外国語大学イタリア語科卒業。1975年国際交流基金の派遣で日本語講師としてヴェネツィアに滞在。株式会社文流取締役社長をへて会長。書籍の輸入、翻訳を行い、イタリアに日本人のための料理学校を設立し、日本でのイタリア料理普及など、日伊文化交流に尽くした功績で、1980年サンドロ・ペルティーニ大統領から教育・文化・芸術銀賞を授与され、99年イタリア政府から大騎士の称号を授かる。
吉川 文夫(よしかわ ふみお、1932年12月18日 - 2… 吉川 文夫(よしかわ ふみお、1932年12月18日 - 2007年8月11日)は、日本の鉄道研究家。 東京本郷の尚工舎(現・シチズン時計)の工場を運営する家に生まれる。祖父は元工場長の吉川政吉、父は元NHK芸能局長の吉川義雄。幼少時東京都世田谷区に住み、近所の井の頭線、小田急線、東急線などを見て育ち、東急は小学校の通学にも使った(都市名・社名・路線名は現在のもので表現)。1955年(昭和30年)3月日本大学第二工学部電気工学科卒業。 のちに神奈川県鎌倉市に家を構え、本業は池貝鉄工勤務、累進して溝の口工場長を最後に退職。その後、大和電業に勤務し、関東学院大学、神奈川大学(いずれも工学部)で非常勤講師も務めた。
戸田 勝久(とだ かつひさ、1932年12月15日 - 20… 戸田 勝久(とだ かつひさ、1932年12月15日 - 2023年5月9日)は、日本の茶人、茶道研究家、創造学園大学名誉教授。茶名・宗安、裏千家今日庵業躰。 東京日本橋茅場町に即日庵戸田宗寛の長男として生まれる。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。創造学園大学教授、名誉教授。2008年『武野紹鷗研究』『武野紹鴎研究 茶と文芸』で東京大学学術博士。元茶の湯文化学会前副会長。第5回茶道文化学術賞受賞。 死後、一般社団法人茶道裏千家淡交会から特別功労賞を追贈された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長谷川 五郎(はせがわ ごろう、本名:長谷川敏、1932年〈… 長谷川 五郎(はせがわ ごろう、本名:長谷川敏、1932年〈昭和7年〉10月19日 - 2016年〈平成28年〉6月20日)は、日本のボードゲーム研究家、ボードゲーム開発者。特にオセロのパッケージを開発したことで知られる。五郎はペンネームであり、オセロに関しては本名の長谷川敏で商標権を取得している。 日本オセロ連盟元会長。オセロ名誉十段。オセロ以外にも88オセロ、グランドオセロ、ソクラテス、ミラクルファイブ、セルゴ、大碁(だいご)といったボードゲームを開発した。将棋・囲碁共にアマチュア五段でもある。 茨城県水戸市出身。英文学研究者で、茨城大学教授の長谷川四郎を父として生まれる。旧制水戸中学校(現在の茨城県立水戸第一高等学校)に入学。
加藤 有次(かとう ゆうじ、1932年8月1日 - 2003… 加藤 有次(かとう ゆうじ、1932年8月1日 - 2003年11月11日)は、日本の博物館学者、うどん研究家。國學院大學名誉教授。 東京出身。國學院大學文学部卒。國學院大學助教授、教授、95年「博物館学及び博物館の歴史的研究」で國學院大博士 (歴史学)。2002年定年、名誉教授。川崎市市民ミュージアム館長。うどんに造詣が深くうどん博士として知られた。
服部 幸雄(はっとり ゆきお、1932年7月28日 - 20… 服部 幸雄(はっとり ゆきお、1932年7月28日 - 2007年12月28日)は、歌舞伎研究家、芸能研究家、日本文化史家。千葉大学名誉教授。 愛知県海部郡弥富町(現・弥富市)に生まれる。1955年に名古屋大学大学文学部卒業。 高校教師を経て、1967年より国立劇場芸能調査室主任専門員。1969年芸術選奨新人賞受賞。1984年より千葉大学教授、1999年退職して千葉大学名誉教授となるとともに、日本女子大学教授となり、2001年まで務めた。視野の広い歌舞伎研究と日本文化史の研究で知られる。 国立劇場における復活狂言を監修し、『歌舞伎俳優名跡便覧』を編纂して歌舞伎の史料的保存に努めた。研究者としても、『歌舞伎成立の研究』において、阿国かぶきを歌舞伎の始まりとする俗説を排した。
斎藤 守弘(さいとう もりひろ、1932年7月7日 - 20… 斎藤 守弘(さいとう もりひろ、1932年7月7日 - 2017年4月14日)は、日本の科学評論家、SF作家、超古代文明研究家。 1960年代、自分では前衛科学評論家を名乗った。日本考古学会会員、日本天文学会会員。超歴史学研究会理事。 東京府北豊島郡三河島町(現・東京都荒川区)出身。父は九州帝国大学(現・九州大学)農学部助手、母方の一族は三河島の大地主。第一峡田小学校(現・荒川区立峡田小学校)5年生の時、福島県伊達郡梁川町(現・伊達市)に疎開。中学校1年生の時に敗戦を迎えて東京に戻り、東京都立上野中学校(現・東京都立上野高等学校)に入る。当時、アメリカへの復讐として原子破壊機の発明を誓い、物理学の本を読みあさっていた。
尾原 昭夫(おばら あきお、1932年6月30日- )は、作… 尾原 昭夫(おばら あきお、1932年6月30日- )は、作詞・作曲家/わらべうた・子どもの文化史研究家。 1932年(昭和7年)島根県簸川郡直江村(現出雲市斐川町直江)生まれ。1958年に島根大学教育学部特設音楽科を卒業(作曲・理論専攻)。上京後、東京都公立小学校・養護学校・盲学校音楽専科教諭として教職のかたわら、日本のわらべうた・民謡の採集・研究を行う。1976年久留島武彦文化賞、1993年毎日出版文化賞特別賞(『日本わらべ歌全集』共著)、1994年田村虎蔵特別賞(鳥取県)。2017年 第41回鳥取県出版文化賞影井賞 1932年(昭和14年)島根県簸川郡直江村立直江小学校入学 。 1945年(昭和20年)島根県簸川郡直江村立直江国民学校卒業、島根県立大社中学校入学 。
宇井 純(うい じゅん、1932年(昭和7年)6月25日 -… 宇井 純(うい じゅん、1932年(昭和7年)6月25日 - 2006年(平成18年)11月11日)は、日本の環境学者・公害問題研究家。専門は下水道。畜産排水技術の研究開発で実績がある。沖縄大学名誉教授。富田八郎のペンネームで水俣病を告発し、新潟水俣病訴訟や公開自主講座「公害原論」でも活躍した。 東京大学で21年間助手を務めた後、沖縄大学教授、地域研究所初代所長、特任教授を歴任。UNEPグローバル500賞、アジア太平洋環境賞等を受賞。 東京都新宿区出身。大日本帝国陸軍少将の小嶋時久は祖父。「純」の名前は6月(June)生まれに由来する。2歳の時、父が茨城県の女学校に就職したため東京を離れ、以後、父の転勤に従って引っ越しを繰り返した。
田辺 久之(たなべ ひさゆき、1932年6月16日 - 20… 田辺 久之(たなべ ひさゆき、1932年6月16日 - 2023年3月18日)は、日本の図書館情報学者・オペラ研究家・ナチュラリスト。 義弟(妻の弟)はドイツ文学者で東京大学名誉教授の小堀桂一郎。義姪(妻の姪)は宗教史学者の小堀馨子。義祖父(妻の祖父)は日本画家の小堀鞆音。 元常葉学園大学教授。国際青少年音楽祭監督。とこはカルチャー講座講師(オペラ)。プッチーニ友の会日本名誉会員。日本学校図書館学会理事(2003~)、日本音楽芸術マネージメント学会会員、静岡県演奏家協会顧問(2015~)、日本気象協会会員、静岡地学会会員。 文化庁民謡調査、音楽放送解説、新聞音楽評等の音楽啓蒙活動に1968年からかかわる。
嶋崎 丞(しまさき すすむ、1932年4月17日 - 201… 嶋崎 丞(しまさき すすむ、1932年4月17日 - 2019年12月19日)は、日本の陶磁器研究家。 石川県小松市生まれ。立教大学卒業、九州大学大学院文学研究科国史学専攻修士課程修了。1959年石川県美術館職員となる。資料課長、専業課長、1980年石川県立美術館開設準備室長、1983年石川県立美術館副館長、1991年館長。石川県七尾美術館館長、石川県文化財保存修復工房所長を兼任する。 2019年12月18日にホテル日航金沢で開かれていた「第60回美術家まつり」の席上で意識を失い、翌12月19日に虚血性心疾患のため石川県立中央病院で死去した。87歳没。 兄に嶋崎弘(雲井社長)、嶋崎均(参議院議員)、嶋崎譲(政治学者・衆議院議員)、東方歩(東洋交通社長)、妹に嶋崎晶子(立正短期大学教授)がいる。
板倉 由明(いたくら よしあき、1932年3月 - 1999… 板倉 由明(いたくら よしあき、1932年3月 - 1999年2月4日)は、日本の経営者、南京事件研究家、戦史研究家。元南京戦史編集委員。 神奈川県横浜市南区出身。1958年横浜国立大学工学部を卒業後、製菓機械製造業の板倉製作所を経営し、1981年頃からその傍ら、戦史研究、特に南京事件や慰安婦問題、歴史教科書問題などに取り組んだ。南京事件論争では、中国側の被虐殺者を1~2万人と推定し、30万人説などの大虐殺を主張する論者を一貫して批判した。『南京戦史』(偕行社)編集委員。 南京事件については同じくある程度の虐殺を認める現代史家の秦郁彦とは論戦をしながらも親しい間柄であった。また、南京虐殺の完全否定派とも言うべき田中正明とも親交があった。
神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 20… 神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 2021年8月4日)は、日本の児童文学者・翻訳家・研究家。青山学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。旧制・群馬県立高崎中学校、旧制・第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒業、早稲田大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。在学中から早大童話会に参加し、鳥越信、古田足日、山中恒らと活躍。「小さい仲間」の同人となる。 英国児童文学の翻訳を精力的に続け、アーサー・ランサム全集のほか、リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、モーリス・センダック『かいじゅうたちのいるところ』、ジョン・ロウ・タウンゼンド『アーノルドのはげしい夏』、ウィリアム・メイン、ロイド・アリグザンダー、アラン・ガーナーなど、戦後の代表的な作品の多くを手がけた。
鈴木 その子(すずき そのこ、1932年(昭和7年)1月20… 鈴木 その子(すずき そのこ、1932年(昭和7年)1月20日 - 2000年(平成12年)12月5日)は、昭和50年代から平成年代にかけての美容研究家・料理研究家である。本名、鈴木 荘能子(読み同じ)。株式会社トキノ(現在の株式会社SONOKO)を創業した。
山崎 朋子(やまざき ともこ、1932年1月7日 - 201… 山崎 朋子(やまざき ともこ、1932年1月7日 - 2018年10月31日)は、女性史研究家、ノンフィクション作家。夫は児童文化研究家の上笙一郎。 長崎県佐世保市生まれ、広島県呉市と広島市で育つ。呉市立仁方小学校卒(文芸春秋講演会での発言から)。本籍地は福井県。父は大日本帝国海軍中佐の大畑正、母は若山喜志子門下の歌人で三冊の歌集を持つ大畑晴子。1940年、父が艦長を務める伊号第六十七潜水艦が沈没し、父を喪う。 1945年、広島市への原子爆弾投下前に母親の郷里福井県に移り終戦を迎える。1952年、福井大学教育学部二部を2年修了。福井県で小学校の教師をした後、1954年、女優となることを夢見て上京、再度小学校教諭を務めるが一年で辞め、演劇の勉強をするうち、知り合った東京大学院生・金光澤と事実婚。
江波戸 昭(えばと あきら、1932年1月6日 - 2012… 江波戸 昭(えばと あきら、1932年1月6日 - 2012年10月23日)は、日本の地理学者、民族音楽研究家。明治大学名誉教授。 東京生まれ。1955年、東京大学理学部地理学科卒業。1960年、同大学院博士課程修了、「蚕糸業地域の地理学的研究」で理学博士。1965年、明治大学商学部専任講師、のち助教授、教授。2002年、定年退任、名誉教授。 経済地理学を専攻し、蚕糸業地域の研究や、東京大都市圏の研究で業績をあげたほか、世界の民族音楽についての研究でも知られ、1970年から2000年までNHK-FMの番組『世界の民族音楽』を担当していた。また、楽器などを図案に取り込んだ切手の収集でも知られ、この方面の著作も多数ある。
岩野 貞雄(いわの さだお、1932年1月3日 - 1998… 岩野 貞雄(いわの さだお、1932年1月3日 - 1998年9月13日)は、日本のワイン醸造家・ワイン研究家。 東京市出身。東京農業大学農学部農芸化学科卒業。東京大学大学院応用微生物研究所で学び、1955年にイタリアのトリノ大学に留学し、ブドウ栽培とワイン醸造学を学ぶ。 帰国後、大黒葡萄酒、名城大学を経て、1964年に北海道池田町のブドウ・ブドウ酒研究所の初代所長に就任し、十勝ワインを開発。 その後、北海道富良野市、新潟県大和町、神戸市で地場のワイン作りに携わる。中国の新疆ウイグル自治区でのブドウ栽培を指導したこともある。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
犬塚 幹士(いぬづか かんじ、1932年(昭和7年) - )… 犬塚 幹士(いぬづか かんじ、1932年(昭和7年) - )は、日本の民俗研究家。致道博物館常務理事、(元)副館長理事、庄内民俗学会代表幹事、日本民具学会監事、鶴岡市文化財保護審議委員、荘内日報客員論説委員。
宮坂 武男(みやさか たけお、1932年 - )は、長野県の… 宮坂 武男(みやさか たけお、1932年 - )は、長野県の城郭研究家。 長野県下諏訪町出身、現在は岡谷市湖畔に在住する。長野県諏訪清陵高等学校を経て、信州大学教育学部卒業。茅野市立永明小学校校長、岡谷市教育委員長を務めた。現在は、県文化財保護協会諏訪支部長、信濃史学会会員。 長野県の城砦研究の第一人者である。中世の城郭が数多く存在するが、特に山間部が多面を占める地域ゆえ険しい山城が多く、体系的な研究の乏しかった長野県の城郭研究であるが、ほぼすべての城・館・砦跡を踏査し、詳細な縄張り・概念図を発表した。積極的に講演も行っている。 長野県城郭調査の先駆である『長野県町村誌』『長野県の中世城館跡-分布調査報告書-』をはじめとして、各行政誌などに基づき、いくたびにわたり同じ城館に訪問。
井上 博司(いのうえ ひろし、1932年(昭和7年) - )… 井上 博司(いのうえ ひろし、1932年(昭和7年) - )は日本の釣り師、ジャーナリスト、釣具研究家、フライフィッシング研究家、フィッシング技術研究者。 日本におけるルアー、およびフライフィッシングのパイオニアであり、釣りに関する書物を多数著している。 中央大学卒業後、報知新聞社アングラーズ・ペン・クラブに所属し疑似餌釣りの普及に貢献する。 日本バスプロ協会 (JB) 顧問、日本疑似餌連盟 (JLAA) 顧問、NPO法人日本釣り環境保全連盟理事などを歴任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
石井 義長(いしい よしなが、1932年 - )は、日本の歴… 石井 義長(いしい よしなが、1932年 - )は、日本の歴史家、空也研究家。 東京都南多摩郡由木村生まれ。1956年東京大学法学部卒業、NHK入局。教養部プログラム・ディレクター、放送総局計画担当部長、経営企画室主管、ニューメディア推進本部事務局長を歴任。 1989年定年退職後、東方学院・駒澤短期大学に学ぶ。2000年東洋大学大学院博士後期課程修了、「空也上人の研究 その行業と思想について」で文学博士。東洋大学非常勤講師、東方学院講師、仏教文化研究所研究員。
吉田よし子(よしだ よしこ、1932年- )は、日本の野菜・… 吉田よし子(よしだ よしこ、1932年- )は、日本の野菜・果実研究家。 東京生まれ。旧姓・大西。1957年東京大学農学部農芸化学科卒。フイリピンで食生活に関する調査をしたのを皮切りに、熱帯圏の食文化を精力的に調べる。夫は吉田昌一(1930-84)IRRI(国際稲研究所(フィリピン))
柴田 弘武(しばた ひろたけ、1932年 - )は、日本の古… 柴田 弘武(しばた ひろたけ、1932年 - )は、日本の古代史研究家。 神奈川県藤沢市生まれ。1955年、早稲田大学教育学部卒業。東京都の中学校や東京都立荒川工業高等学校(定時制)の社会科教員を歴任し、1992年に退職。えみし学会会長。郷土教育全国協議会・史遊会・たたら研究会・日本地名研究所・日本ペンクラブなどの各会員。2001年、北野道彦賞受賞。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の… 境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の哲学者、東洋思想研究家、著作家。 神奈川県横浜市出身。浅野学園高等学校を経て、1955年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。同年より、栄光学園で国語科教員として教鞭を執る。1973年、同校を退職。1973年、神奈川県大磯町に「道塾」を開設。1975年、駒澤大学大学院禅学特殊研究科博士課程修了。
直井 明(なおい あきら、1931年9月22日 - 2025… 直井 明(なおい あきら、1931年9月22日 - 2025年2月2日)は、日本の海外ミステリ研究家。エド・マクベイン研究者として知られる。マクベイン本人とも交流があった。 東京で生まれて、東京外国語大学インド語科を卒業する。商社時代には、パキスタンのカラチ、ヒューストン、 ルーマニアのブカレスト、ニューヨークに赴任した。2003年に商社を退職。 エド・マクベインに感銘を受けて、「87分署シリーズ」を研究した『87分署グラフィティ―エド・マクベインの世界』で1989年に日本推理作家協会賞(評論部門)を受賞。晩年のマクベインとも交流があり、マクベインが新作を書く際に「過去の自作についての情報」を直井に尋ねるほどだった。
古屋 奎二(ふるや けいじ、1931年9月14日 - 200… 古屋 奎二(ふるや けいじ、1931年9月14日 - 2000年8月11日)は、日本のジャーナリスト、中国研究家。 山梨県生まれ。1953年信州大学文理学部卒、産経新聞社に入り、1981年論説副委員長。文部省国語審議会委員。近畿大学人文学部教授となる。妻は新藤涼子。
山本 進(やまもと すすむ、1931年9月2日 - 2022… 山本 進(やまもと すすむ、1931年9月2日 - 2022年11月4日)は、日本の落語研究家、芸能研究家。諸芸懇話会会員。 兵庫県に生まれ、横浜市で育つ。1954年東京大学法学部卒業。日本放送協会に勤務し、職員局人事部副部長、秘書室担当部長、同室次長、85年監事事務局長を経て退職し、のち日本放送出版協会監査役。東大落語研究会OBで、かたわらゴーストライター、聞き書きの名手として、6代目三遊亭圓生の全集や著書を編集、執筆。退職後はさらに活発に、落語を中心とする芸能の研究と著述活動をおこなっている。2013年、第19回横浜文学賞受賞。[要出典] 6代目三遊亭圓生没後、山崎はな(6代目圓生未亡人)・稲葉修・京須偕充・5代目三遊亭圓楽とともに、「三遊亭圓生」の名跡を止め名にするという連名の署名人の一人となっていた[要出典]。
岡田 哲(おかだ てつ、1931年9月 - 2019)は、日… 岡田 哲(おかだ てつ、1931年9月 - 2019)は、日本の食文化史研究家。 神奈川県横浜市生まれ。1956年東京大学農学部農芸化学科卒業。1990年まで日清製粉勤務、1994-1997年放送大学食文化史担当。全国調理師養成施設協会『調理用語辞典(改訂版)』の編集委員。
壱岐一郎(いき一郎、いき いちろう、1931年9月 - )は… 壱岐一郎(いき一郎、いき いちろう、1931年9月 - )は、日本のジャーナリスト、日本古代史研究家。日本記者クラブ会員。 東京都雑司が谷生まれ。戦争中は滋賀県に疎開。第四高等学校 (旧制)修了、東北大学法学部卒業後、九州朝日放送・北京放送に勤務し、国会、交通記者を務めた。東海大学福岡短期大学教授、1997年沖縄大学教授、2004年より関西在住。天津社会科学院・東北亜研特別研究員等を務めた。いき一郎の表記も用いる。
小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本… 小池 滋(こいけ しげる、1931年7月15日- )は、日本の英文学者、鉄道史研究家、東京都立大学名誉教授。