山下 隆志(やました たかし、1960年12月17日 - )… 山下 隆志(やました たかし、1960年12月17日 - )は、日本の検察官、公証人。千葉地方検察庁刑事部長や、長崎地方検察庁検事正、広島地方検察庁検事正を歴任した。埼玉県出身。 東京大学法学部卒業後、1985年に東京地方検察庁検事へ着任。東京地方検察庁特捜部検事、千葉地方検察庁刑事部長等を経て、2011年法務総合研究所研究部長。2014年奈良地方検察庁検事正。2015年高松高等検察庁次席検事。2017年長崎地方検察庁検事正。2018年広島地方検察庁検事正。2019年池袋公証人役場公証人。
田尻 克已(たじり かつみ、1960年12月17日 - )は… 田尻 克已(たじり かつみ、1960年12月17日 - )は、日本の裁判官。東京高等裁判所判事、さいたま地方裁判所部総括判事等を経て、東京地方裁判所立川支部部総括判事。 一橋大学卒業。仙台高等裁判所判事等を経て、2013年札幌地方裁判所部総括判事。2017年東京高等裁判所判事。2018年さいたま地方裁判所部総括判事。2022年東京地方裁判所立川支部部総括判事、東京家庭裁判所立川支部部総括判事、立川簡易裁判所判事。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
引原 毅(ひきはら たけし、1959年12月17日 - )は… 引原 毅(ひきはら たけし、1959年12月17日 - )は、日本の外交官。ボストン総領事や、外務省大臣官房総括審議官兼欧州局大使、外務省軍縮不拡散・科学部長、駐ラオス特命全権大使を経て、在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使を歴任。 奈良県出身。東大寺学園高等学校を経て1982年東京大学法学部卒業、外務省入省。アジア大洋州局南西アジア課長、欧亜局西欧第一課長、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、在ロシア日本国大使館公使、日本APEC準備事務局長〔大使〕、ボストン総領事を経て、2012年大臣官房参事官兼欧州局大使。2013年大臣官房審議官(総括担当)兼欧州局大使。2014年総合外交政策局軍縮不拡散・科学部長〔大使〕。
蓑輪単志(みのわ ひとし、1959年12月17日 - )は、… 蓑輪単志(みのわ ひとし、1959年12月17日 - )は、日本のミュージシャン、作曲家。HOUND DOGのキーボーディストで、現在はJUNGAPOP、鼓単のメンバー。東北学院大学経済学部卒業。
青山 道雄(あおやま みちお、1959年12月17日 - )… 青山 道雄(あおやま みちお、1959年12月17日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロ野球選手(外野手)。
河越 重義(かわごえ しげ、Shige Kawagoe、19… 河越 重義(かわごえ しげ、Shige Kawagoe、1959年12月17日 - )は、日本の作曲家・編曲家・ギタリスト。Plainview Productions所属。 平岡精二クインテットのメンバー潮崎郁男に師事しジャズギターを学ぶ。 1983年、東海大学工学部応用物理学科を卒業後、楽器製造会社京王技研工業株式会社(現・コルグ)に入社。1985年留学のために退社し、バークリー音楽大学Jazz Composition &Arranging科に入学。Hal Crook(英語版)に師事し、在学中にJeff Ramsey、Chris Parks、Dave Delhomme、Zack Alford らと「One Mind, One Soul」を結成。
佐藤 智一(さとう ともかず、1958年12月17日 - )… 佐藤 智一(さとう ともかず、1958年12月17日 - )は、日本の漫画家。岩手県東磐井郡川崎村(現:一関市)出身。 川崎村立薄衣小学校、川崎村立川崎中学校(現:一関市立)、岩手県立千厩高等学校を卒業後、平松伸二とコンタロウの下で4年間のアシスタントをしたのち、1978年『一狂はん』で第9回赤塚賞佳作を受賞。同年、『週刊少年ジャンプ』8月21日号(集英社)に掲載されてデビュー。 代表作である『壁ぎわ税務官』は、フジテレビ系列金曜エンタテイメント枠にてテレビドラマ化された。『ゴーストママ捜査線』は、2012年7月期に日本テレビ系列で連続ドラマ化された。
假屋崎 省吾(かりやざき しょうご、1958年12月17日 … 假屋崎 省吾(かりやざき しょうご、1958年12月17日 - )は、日本のフラワーアーティスト、華道家。愛称は、カーリー。東京都練馬区出身。AB型。 東京都練馬区生まれ。園芸好きの両親のもとに生まれ、自称「園芸少年」であった小学生の頃から、NHK『趣味の園芸』『きょうの料理』『婦人百科』を定期購読していた。練馬区立光和小学校、練馬区立石神井東中学校、東京都立鷺宮高等学校卒業。 華道を始めたのは23歳。明治大学夜間学部を経て、早稲田大学第二文学部に入学。在学中の1983年、「自分を表現するための職業を考えたとき、好きな花で自己表現できるのではないか」と考え、いけばな「草月流」本部教室に入門。家元の勅使河原宏に師事する。
根本 由美(ねもと ゆみ、1958年12月17日 - )は、… 根本 由美(ねもと ゆみ、1958年12月17日 - )は、日本の女優。千葉県松戸市出身。 千葉県生まれ。妹が一人いる。公表していたサイズは身長162cm、B82cm、W59cm、H86cm(1980年当時)。城西大学附属城西高等学校卒業。 高校卒業後は美容学校へ入学してヘアメイクの勉強をしていたが、モデルのアルバイトをしていた友人の勧めで、美容学校を辞めて専業モデルとなり、スカイコーポレーション所属のモデルとしてデビュー。最初は家族に内緒でやっていたということだったが、たまたま本人が掲載されていた雑誌のグラビアが父親の目に入ったことで問題となり、彼女自身から説得する自信が無かったことから、マネジャーから父親に説得してもらってやっと許しを得ることが出来たという。
宮原 慶太(みやはら けいた、本名:宮原 恵太(読み同じ)、… 宮原 慶太(みやはら けいた、本名:宮原 恵太(読み同じ)、1958年12月17日 - )は、日本のピアニスト、作曲家、編曲家。東京都目黒区出身。 武蔵工業大学附属高等学校、武蔵工業大学(現:東京都市大学)出身。曽祖父に日本画家の野村文挙、祖父に日本画家の野村雪江、父に画家野村武義(宮原武義)を持つ。叔父は日活映画監督の川辺和夫。 幼少期よりクラシックピアノを始めて才能を認められ、中学生のころには日本を代表する坂本龍一の自宅にピアノを習いに行き、ピアノだけではなく音楽そのものの楽しさを学び今に至る。 デビューは1981年、喜多郎のツアー。CM、アニメ、レコーディング、他のミュージシャンのサポートに数多く関わる。
夏目 雅子(なつめ まさこ、1957年(昭和32年)12月1… 夏目 雅子(なつめ まさこ、1957年(昭和32年)12月17日 - 1985年(昭和60年)9月11日)は、日本の女優。 本名は西山 雅子(にしやま まさこ)。旧姓は小達(おだて)。神奈川県横浜市中区出身。身長164cm、B83cm、W56cm、H84cm(1980年6月)。 夫は作家の伊集院静。弟にプロゴルファーの小達敏昭がいる。其田事務所などに所属していた。 東京都渋谷区宮代町の日本赤十字社中央病院にて、六本木2丁目の輸入雑貨店・亀甲屋の子として生まれる。亀甲屋とは、荒物、金物、石鹸、亀の子たわしなどを扱う日用品雑貨の店だが、芸能界デビュー後は貿易会社社長の娘などのプロフィールが作られた。
沖谷 昇(おきたに のぼる、1957年12月17日 - )は… 沖谷 昇(おきたに のぼる、1957年12月17日 - )は、元NHK富山放送局長、元アナウンサー(スポーツ担当)。 石川県小松市出身。福井県立高志高等学校、埼玉大学教養学部卒業。 1981年NHK入局。釧路放送局、福井放送局、東京アナウンス室、富山放送局などで勤務。ウインタースポーツなどを中心にスポーツアナウンサーとして活躍。 札幌放送局で3度目の勤務となった2005年からはアナウンス担当部長としての管理職業務が中心となり、以降スポーツ実況の世界からは遠ざかった。アナウンス室勤務(アナウンス室専任部長)を経て、2012年6月から富山放送局長等を務めた後、NHKを退職。
長谷部 浩(はせべ ひろし、1956年12月17日 - )は… 長谷部 浩(はせべ ひろし、1956年12月17日 - )は、演劇評論家。日本文藝家協会会員。 埼玉県生まれ。本名・松野 誠。慶應義塾大学法学部卒業。出版社勤務を経て、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科助教授、同准教授を経て、2010年より同教授。2020年夏学期には、ウィーン大学演劇・映画・メディア研究所のプロフェッショナル・リサーチ・フェローを務める。2024年1月、最終講義。2024年3月、東京藝術大学を定年退職。同年7月、東京藝術大学名誉教授。 現代演劇から歌舞伎まで広く論じる。日本経済新聞(現代演劇)、東京新聞(歌舞伎)で劇評担当を歴任。雑誌「悲劇喜劇」(早川書房)、「文學界」(文藝春秋)などに評論を執筆。
伊藤 眞(いとう まこと、1956年12月17日 - )は、… 伊藤 眞(いとう まこと、1956年12月17日 - )は、日本の外交官。外務省大臣官房調査官や、デンバー総領事を経て、2017年(平成29年)4月17日からアルバニア駐箚特命全権大使。2020年(令和2年)10月16日から2022年(令和4年)12月9日にかけてボスニア・ヘルツェゴビナ駐箚特命全権大使。 東京都出身。東京外国語大学卒業後、1978年外務省入省。2002年から国際協力局国際緊急援助室首席事務官を務め、2003年にアルジェリア大地震が発生した際は、アルジェリアにおける地震災害に対する国際緊急援助隊専門家チーム団長として、現地で調査・復旧活動などにあたった。 2004年在ルーマニア日本国大使館次席参事官。
須藤 正裕(すどう まさひろ、1956年12月17日 - )… 須藤 正裕(すどう まさひろ、1956年12月17日 - )は、日本の俳優である。東京都出身。現在の所属事務所はオフィス佐々木。 一時期には須藤雅宏の名義を用いていた。 明治大学商学部卒業後、武道専門誌『月刊空手道』の編集者を経て俳優にスカウトされ、1982年放映のテレビドラマ『刑事ヨロシク』でデビュー。以後、村川透、瀬川昌治らの作品を中心に演技の幅を広げ活動。 2008年には中国映画『たった一人のオリンピック』(zh:一个人的奥林匹克)に出演。これを機に中国語を猛特訓し多数の中国映画・テレビドラマに出演している。 明治大学中国武術研究会の主将をつとめるなど学生時代から多くの武道に精通しており、一時松田隆智に師事し、NHKの『600 こちら情報部』で蟷螂拳を披露したこともある。
宮城 伸一郎(1955年12月17日 - )は、東京都出身の… 宮城 伸一郎(1955年12月17日 - )は、東京都出身のベーシスト。チューリップのメンバー。 1975年、チューリップの弟バンドとして、チューリップリーダー財津和夫がプロデュースしたフォーク・グループがむがむに、ベーシストとしてオーディション合格。3枚目のシングル、『青い空はいらない』でデビュー。がむがむ解散後、ARBに加入するも1979年、メンバーチェンジ直前のチューリップツアーに参加。その後、チューリップに正式加入し1989年の一時解散に加えて1997年の再結成後から現在に至り一貫してチューリップのベーシスト。 2006年2月、秋田県立能代高等学校の先輩の松尾一彦と、ジョイント・コンサートを開催。
沖中 進(おきなか すすむ、1955年12月17日 - )は… 沖中 進(おきなか すすむ、1955年12月17日 - )は、日本のテレビディレクター、テレビプロデューサー。朝日放送グループホールディングス取締役会長。 大阪市出身。大阪教育大学附属池田高等学校を経て、1978年一橋大学経済学部を卒業後、ABC朝日放送に入社。テレビ製作時代はバラエティ番組のディレクターや、アニメ番組のプロデュースなどで活躍した。 2000年朝日放送経理局財務部長。2005年経理局長。2011年取締役経営戦略室長委嘱。2014年常務取締役。 ビジネス戦略や海外ビジネス等を統括し、2015年ベンチャーキャピタルのABCドリームベンチャーズ初代代表取締役社長兼務。2016年にはアニメーション事業、海外事業、ライセンス事業を事業分割して朝日新聞東京本社内に設立されたABCアニメーション初代代表取締役社長、ABCインターナショナル初代代表取締役社長、ABCライツビジネス初代代表取締役社長及び3社の中間持株会社であるABCフロンティアホールディングス初代取締役会長兼務。
末松 信介(すえまつ しんすけ、1955年〈昭和30年〉12… 末松 信介(すえまつ しんすけ、1955年〈昭和30年〉12月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(4期)、同党参議院議員副会長、兵庫県支部連合会長。 東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、文部科学大臣(第27代・第28代)、教育再生担当大臣、自由民主党参議院国会対策委員長、国土交通副大臣・内閣府副大臣・復興副大臣(第3次安倍第2次改造内閣)、財務大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、参議院議院運営委員長・外交防衛委員長・行政監視委員長、参議院予算委員長、自由民主党幹事長代理、兵庫県議会副議長(第104代)、兵庫県議会議員(6期)を歴任した。 兵庫県神戸市垂水区(現在の西区)生まれ。
影治 信良(かげじ のぶよし、1955年(昭和30年)12月… 影治 信良(かげじ のぶよし、1955年(昭和30年)12月17日 - )は、日本の政治家。徳島県美波町長(3期)。近畿大学卒業。 近畿大学卒業。美波町総務企画課長などを経て、前町長である藤井格の病気辞職による2009年の美波町長選で無投票で初当選した。また、これまでに徳島県漁港漁場協会長などを歴任。 その後、2013年と2017年の美波町長選挙も無投票で当選し、現在は3期目を務める。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
佐藤 奈々子(さとう ななこ、1955年12月17日 - )… 佐藤 奈々子(さとう ななこ、1955年12月17日 - )は、東京都中野区出身のシンガーソングライター、写真家。慶應義塾大学文学部卒業。 叔母が体操の元オリンピック選手で3歳頃より体操を仕込まれる。高校生の時にはインターハイに出場するまでになっていたが、練習中に頭から落ち、一時、記憶が無くなるほどの怪我になり、断念。 大学在学中に佐野元春と出会い、歌や詩を書くことを教わる。大学主催の女性シンガーソングライターコンテストに出場し、「綱渡り」で最優秀作詞賞受賞。このコンテストを機に1977年6月、佐野との共作によるアルバム『Funny Walkin’(ファニー・ウォーキン)』で日本コロムビアよりデビュー。
山崎 史郎(やまさき しろう、1954年〈昭和29年〉12月… 山崎 史郎(やまさき しろう、1954年〈昭和29年〉12月17日 - )は、日本の厚生・厚労官僚。リトアニア国駐箚日本国特命全権大使等を経て、内閣官房参与(社会保障・人口問題担当)。 山口県出身。山口県立下関西高等学校、東京大学法学部卒業。1978年、厚生省入省。各課課長補佐を経て、1991年、大臣官房老人保健福祉部老人保健課課長補佐として老人保健制度の改正、薬価の包括払い制度の導入に携わる。北海道庁へ出向していた1994年、介護対策本部発足により古川貞二郎を本部長とする専従スタッフのトップとして大臣官房高齢者介護対策本部次長に。2000年の介護保険制度の成立、実施、改正すべてに携わったことから「ミスター介護保険」と呼ばれる。
山内 絵美子(やまうち えみこ、1953年12月17日 - … 山内 絵美子(やまうち えみこ、1953年12月17日 - )は、日本の女優・歌手。北海道函館市出身。身長164 cm、B88 cm、W59 cm、H88 cm(1975年3月) 遺愛女子高等学校卒業。1972年に上京後、スカウトされモデルとしてデビュー、1973年、東映に所属となり、山内えみ子の芸名でデビュー。 映画デビュー作『ネオンくらげ』でグラマラスなヌードと体当たり演技を披露し注目され、以後セクシーかつ不良の香りのする役で『番格ロック』、『ネオンくらげ 新宿花電車』に主演。 1974年、映画『聖獣学園』に助演後、歌手としてもデビュー。ロングヘアーの黒髪が印象的な女優だったが、歌手活動後の70年代後半にはショーカットのスタイルにしている。
橋本 弘山(はしもと ひろたか、1953年(昭和28年)12… 橋本 弘山(はしもと ひろたか、1953年(昭和28年)12月17日 - )は、日本の政治家。東京都羽村市長(2期)。元羽村市議会議員(4期)。 東京都西多摩郡西多摩村(羽村町を経て、現・羽村市羽西)生まれ。羽村町立羽村西小学校、羽村町立羽村中学校、東京都立北多摩高等学校、駒澤大学経済学部商業科卒業。 2007年(平成19年)、羽村市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2019年(平成31年)、4期目の当選を果たした。自由民主党羽村総支部の代表を務めている。 2021年(令和3年)1月31日、市議を辞職。同年3月28日に行われた羽村市長選挙に立候補、立憲民主党の推薦を受けた現職の並木心を破り初当選した。
北代 美和子(きただい みわこ、1953年12月17日 -)… 北代 美和子(きただい みわこ、1953年12月17日 -)は、日本の翻訳家・推理小説作家。別筆名に山崎 純(やまざき じゅん)。 東京都生まれ。1978年、上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻修士課程修了。文学修士。 『シャルロット・ペリアン自伝』、ジャン・ルオー『名誉の戦場』など、翻訳多数。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
芳賀 力(はが つとむ、1952年12月17日 - )は、日… 芳賀 力(はが つとむ、1952年12月17日 - )は、日本のキリスト教神学者。東京神学大学特任教授。同大学の第12代・14代学長を務めた。 神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高等学校卒。1977年東京神学大学卒、1979年同大学院修士課程修了。1983年西ドイツ・ハイデルベルク大学神学部留学。1987年神学博士。1988年東京神学大学講師、1991年助教授、1996年教授』(組織神学)。日本基督教団東村山教会牧師、季刊『教会』(QK)編集主幹を務めた。2013年4月から東村山教会を辞任し、東京神学大学学長。 聖餐論争においては、受洗者のみが聖餐に加われる、と主張した。 母(康)方の曾祖父は、クリスチャン政治家の武市安哉(高知県出身国会議員を経た後、ピルグリム・ファーザーズの理念を掲げ、青年を引き連れて北海道に渡り、聖園農場を開拓、聖園教会を設立)。
堤 孝信(つつみ たかのぶ、1952年12月17日- )は、… 堤 孝信(つつみ たかのぶ、1952年12月17日- )は、岡山県出身の日本の技術者。中電工代表取締役副社長。大阪工業大学電気クラブ中国ブロック幹事。 1975年 大阪工業大学工学部電気工学科(現在の電気電子システム工学科)卒業、中電工入社。2002年 岡山支店 工事部 電気工事担当課長。2005年 電気技術部 第二工事担当課長。2009年 広島東部支社長。2012年 執行役員 技術本部副本部長 兼 技術本部 電気技術部長。2014年 取締役 兼 執行役員 技術本部副本部長 兼 技術本部 電気技術部長。2016年 取締役 常務執行役員 技術本部副本部長 兼 技術本部 電気技術部長。2017年 取締役 専務執行役員 技術本部長。
田中 進(たなか すすむ、1951年12月17日 - )は、… 田中 進(たなか すすむ、1951年12月17日 - )は、京都府長岡京市出身の日本の中等教育の教員であり、吹奏楽の指揮者である。 兵庫県で生まれ育ち、物心ついた頃に京都長岡京市に転校する。中学時代より吹奏楽に興味を持ち、音楽の勉強を始める。京都府立乙訓高等学校に進学後、剣道部に入部。その後関西学院大学に入学し、吹奏楽部でクラリネットを担当した。 同大学卒業後に公務員試験を受け公立中学校の教員となる。長岡京市立長岡中学校に赴任し吹奏楽部の顧問となってから、長岡京市に存在する公立中学校4校すべてにおいて吹奏楽部およびその定期演奏会を立ち上げた。その後は京都府吹奏楽連盟の理事長を務めた後に、2010年4月から2012年まではウインドオーケストラキズナの常任指揮者、2012年4月~2018年3月までは長岡京市立長岡第四中学校吹奏楽部の常任指揮者、そして2018年4月から2019年まで長岡京市立長岡中学校吹奏楽部の常任指揮者を務めた後退職。
山地正倫周(やまじりんしゅう、1951年12月17日 - )… 山地正倫周(やまじりんしゅう、1951年12月17日 - )は、日本のファッションデザイナー。香川県高松市出身。多摩美術大学グラフィック科卒業。 RYNSHU(リンシュウ)の名でプレタポルテ(高級既製服)ブランドを展開している。 MAJI STYLED BY RYNSHU、MA-JI MASATOMO、MAJI MAJI、MAJI君等のライセンスブランドのクリエイティブを展開している。 1985年、有限会社MA-JI CREATION設立。 1986年、MAJI MASATOMO、MASATOMO 1992年、株式会社MASATOMO設立。 2010年、RYNSHU 2017年、株式会社RYNSHU設立。
福留 貴美子(ふくとめ きみこ、1951年12月17日 - … 福留 貴美子(ふくとめ きみこ、1951年12月17日 - )は、よど号グループの岡本武の妻。北朝鮮政府は「1988年に死亡」としている。政府認定の北朝鮮による日本人拉致問題被害者ではないが、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)は拉致被害者と認定、死亡情報は疑わしいとして救出運動を行っている。 高知県香美郡暁霞村(現香美市)生まれ。父親は自民党系の村議もしくは役員をしていたと言われる。高知県立山田高校に入学し、剣道部に所属していた。1970年、高校を卒業して綜合警備保障に就職。大阪の日本万国博覧会会場で勤務した後、東京に転勤し1975年に退職。 1974年、幼稚園教諭の免許取得を目指し東京教育専修学校(現・東京教育専門学校)夜間部に入学、1976年3月に卒業した。
井上 誠一郎(いのうえ せいいちろう、1951年(昭和26年… 井上 誠一郎(いのうえ せいいちろう、1951年(昭和26年)12月17日 - )は、日本の実業家、銀行家。ユーシーカード株式会社代表取締役社長や、日本クレジットカード協会会長を務めた。 都立秋川高校(3期生)を経て一橋大学法学部卒業。ペンシルベニア大学ウォートン・スクール卒業、Master of Business Administration。 1975年に日本興業銀行入行後、M&Aなどを手がけ、1987年ニューヨーク支店調査役に就任。1999年米州営業第二部長。2002年みずほコーポレート銀行本店営業二部長。2003年みずほ証券常務執行役員M&A本部長。 2005年ユーシーカード専務取締役に転じ、2007年から社長、2011年に顧問に退いた。
大日方 純夫(おびなた すみお、1950年12月17日 - … 大日方 純夫(おびなた すみお、1950年12月17日 - )は、日本の歴史学者。早稲田大学文学学術院名誉教授。専門は日本近代史(政治史・警察史・社会史)。 長野県上水内郡中条村(現長野市)出身。日本、中国、韓国の研究者、教育者が共同で執筆にあたった『未来をひらく歴史―東アジア3国の近現代史』の日本側の編集委員長を務め、2005年に日本ジャーナリスト会議特別賞を受賞した。 2005年に日本・中国・韓国の研究者が編集した学校副教材『未来をひらく歴史』の執筆者であり、2010年には俵義文らと『日本の歴史歪曲教科書を正すため』として2冊目を出した。 この件について、当時毎日新聞ソウル支局長だった下川正晴は、大日方がハンギョレ新聞(2005年5月15日)のインタビューで「2005年春に出版することが実践的な課題だった」と発言しており、2005年の『新しい歴史教科書・改訂版』の検定・採択に対抗することが先決だったためだろうと推測している。
細川 隆雄(ほそかわ たかお、1950年12月17日 - )… 細川 隆雄(ほそかわ たかお、1950年12月17日 - )は、日本の農学者、愛媛大学名誉教授。専門はソ連の農林水産業。 大阪市住吉区生まれ。1974年京都大学農学部農林経済学科卒、1980年同大学院博士課程満期退学、1985年「ソ連における東部開発と林業配置に関する研究」で農学博士。1980年甲子園大学講師、助教授、1990年愛媛大学農学部教授。2016年定年退任、名誉教授となる。
岩田 久和(いわた ひさかず、1949年12月17日 - 2… 岩田 久和(いわた ひさかず、1949年12月17日 - 2017年9月22日)は、日本の柔道家(講道館9段)。 現役時代は主に軽重量級・無差別級で活躍し、世界選手権大会3位や全日本選手権大会準優勝といった成績を残した。また、娘の岩田千絵も全日本の強化指定選手として、全日本実業個人選手権大会や講道館杯で活躍していた。 熊本県熊本市にて三兄弟の長男として生まれる。市立藤園中学校時代に白石礼介に師事し、鎮西高校では牛島辰熊直系の弟子である船山辰幸の薫陶を受けた。3年生の時にはインターハイ団体戦で優勝。岩田は高校時代も幼少時より慣れ親しんだ背負投に拘り、これを重量級の選手相手にも使えるようにと腰を鍛えるために、重量級の練習相手を2人重ねて担ぎ上げるという激しい練習を日課にしていたという。
武田 均(たけだ ひとし、1949年12月17日 - )は、… 武田 均(たけだ ひとし、1949年12月17日 - )は、日本の実業家。日本興業社長、会長。 岡山県出身。1974年駒澤大学法学部卒業。 積水樹脂入社。 2003年常務執行役員、2008年専務取締役、2011年積水樹脂商事社長を経て、2012年日本興業社長に就任。2014年会長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
竹腰 創一(たけごし そういち、1949年(昭和24年)12… 竹腰 創一(たけごし そういち、1949年(昭和24年)12月17日 - )は、日本の政治家。元島根県大田市長(3期、新市制)、元島根県議会議員(2期)、元大田市議会議員(2期、旧市制)。 島根県大田市出身。東京教育大学体育学部(現・筑波大学)卒業後、広島市で会社勤務。1975年(昭和50年)に帰郷。 1988年(昭和63年)、島根大田青年会議所第17代理事長。 1990年(平成2年)、旧大田市議会議員に初当選。1995年(平成7年)、島根県議会議員に初当選。1999年(平成11年)に再選するも、2003年(平成15年)、落選。県議時代は自由民主党に所属した。 2005年(平成17年)10月1日、旧大田市は温泉津町と仁摩町と合併し、新大田市が発足。
能村 研三(のむら けんぞう、1949年12月17日 - )… 能村 研三(のむら けんぞう、1949年12月17日 - )は、日本の俳人。千葉県市川市八幡出身・在住。代表句に「青林檎置いて卓布の騎士隠る」(『騎士』所収)など。公益社団法人俳人協会理事長、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会会長、国際俳句協会副会長(文化財担当)、千葉俳句作家協会会長、朝日新聞千葉版俳壇選者、読売新聞千葉県版俳壇選者、北國新聞俳壇選者などを務める。 能村登四郎の三男として市川市に生まれる(兄二人は研三の出生以前に死没)。東洋大学を卒業後、市川市役所に勤務。 1971年、父の登四郎の主宰する「沖」に入会。福永耕二から手ほどきを受け、能村登四郎、林翔に師事。1976年、「沖」同人。
井上 裕正(いのうえ ひろまさ、1948年12月17日 - … 井上 裕正(いのうえ ひろまさ、1948年12月17日 - 2022年2月8日)は、日本の東洋史学者、奈良女子大学名誉教授。 1948年、神奈川県横浜市で生まれた。京都大学文学部東洋史学科で学び、1971年に卒業。京都大学大学院文学研究科に進学し、1977年に博士課程を単位取得満期退学した。 卒業後は、1978年に島根大学法文学部講師となった。1982年に助教授昇格。1984年に奈良女子大学文学部助教授に転じ、1996年に教授に昇格した。大学では、文学部長、副学長を務めた。2001年、学位論文『清代アヘン政策史の研究:アヘン戦争前における』を京都大学に提出して文学博士号を取得した。2004年からは奈良女子大学理事。
西川 知雄(にしかわ ともお、1948年12月17日 - )… 西川 知雄(にしかわ ともお、1948年12月17日 - )は、日本の政治家、弁護士。西川シドリー・オースティン法律事務所・外国法共同事業の元代表パートナー。衆議院議員を1期務めた。元東北大学客員教授・監事。文部科学省の大学ガバナンス改革推進方策に関する検討議会委員。妻は元参議院議員の松あきら。 東京大学法学部卒業後、建設省勤務。1977年弁護士登録。アンダーソン・毛利法律事務所においてパートナーとなったが、移籍して1995年小松・狛・西川法律事務所パートナーとなる。 1996年10月、第41回衆議院議員総選挙で新進党公認で神奈川3区より立候補し、自由民主党現職の小此木八郎を破り、初当選。 1997年12月31日、新進党の分党に伴い、小沢辰男が党代表となった改革クラブの結党に参加、1998年には改革クラブの政調会長となる。
那波 一寿(なば かずとし、 1948年12月17日 - )… 那波 一寿(なば かずとし、 1948年12月17日 - )は、日本のナレーター、声優。秋田県秋田市出身。ハイブリッヂコミュニケーション所属。ライトハウス提携タレント。以前はプロダクション・タンクに所属していた。 立教大学経済学部卒業。東京アナウンスアカデミーを経て、岩尾康延、山内雅人、坂井清成などに師事。
今野 東(こんの あずま、本名:今野 東吾(こんの とうご)… 今野 東(こんの あずま、本名:今野 東吾(こんの とうご)、1947年12月17日 - 2013年4月24日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、参議院議員(1期)、復興副大臣兼内閣府副大臣(野田第3次改造内閣)などを歴任。位階は従四位。 宮城県塩竈市出身。宮城県農業高等学校、明治学院大学社会学部第二部社会学科を卒業。 東北放送の関連会社でアナウンス業務を務めた後、フリーアナウンサーに転向。東日本放送の『トーホク独立TV』や仙台放送の『CATCH』のキャスター等を務めた。1997年には「東方落語」を発足させ、家元として活動。 1992年6月、エスエル出版より小説『相澤村れんげ条例』を出版し、日本文芸大賞現代文学新人賞受賞。
岡田 晃(おかだ あきら、1947年〈昭和22年〉12月17… 岡田 晃(おかだ あきら、1947年〈昭和22年〉12月17日 - )は、日本の経済評論家。大阪経済大学客員教授、21世紀臨調運営委員。大阪府出身。 BSジャパン(現:BSテレビ東京) この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は… 三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は、日本の編集者、文芸評論家、舞踊研究者。日本芸術院会員。1978-80年は執筆時に今井裕康というペン・ネームを使用した。 「ユリイカ」「現代思想」の編集長を経て評論家に。文学、芸術、思想を中心に批評活動を展開する。著書に『メランコリーの水脈』(1984年)、『小説という植民地』(1991年)、『考える身体』(1999年)、『人生という作品』(2010年)など。 青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校卒業。 1969年、青土社創業とともに入社、『ユリイカ』創刊に参画。1972年より『ユリイカ』編集長。1975年より『現代思想』編集長。1982年退社。
吉永 陽一(よしなが よういち、1946年12月17日 - … 吉永 陽一(よしなが よういち、1946年12月17日 - )は、日本の音楽教育者、教員。神戸山手大学特任教授、兵庫県吹奏楽連盟副会長、関西吹奏楽連盟理事、NPO法人アマバンド&スポーツ副理事長。兵庫県神戸市兵庫区出身。
山内 俊夫(やまうち としお、1946年(昭和21年)12月… 山内 俊夫(やまうち としお、1946年(昭和21年)12月17日 - )は、日本の実業家、元政治家。香川県丸亀市出身。 参議院議員(2期)、文部科学副大臣(福田康夫改造内閣、麻生内閣)、香川県議会議員(2期)などを務めた。 1965年香川県立丸亀高等学校卒業、1969年早稲田大学教育学部教育学科卒業。セーラー広告勤務を経て、家業の株式会社山内不動産を承継し代表取締役社長。このほか瀬戸大橋タワー副社長等を歴任した。 1972年 丸亀青年会議所入会。その後青年会議所四国地区協議会会長、香川県社会教育委員などを歴任。 1991年 香川県議会議員に初当選、1995年に再選。 1998年 第18回参議院議員通常選挙(香川県選挙区)に自民党公認、公明党推薦で初当選。
有藤 通世(ありとう みちよ、1946年12月17日 - )… 有藤 通世(ありとう みちよ、1946年12月17日 - )は、高知県高岡郡宇佐町(現:土佐市)出身・千葉県船橋市在住のプロ野球解説者、元選手(内野手、外野手)・監督。プロゴルファーの有藤実花(長女)、有藤智香(次女)、有藤英世(長男)の父。
加藤 国洋(加藤 國洋、かとう くにひろ、1946年(昭和2… 加藤 国洋(加藤 國洋、かとう くにひろ、1946年(昭和21年)12月17日 - 2024年 (令和6年) 6月2日)は、日本の政治家。元山形県尾花沢市長(2期)、元山形県議会議員(3期)、元尾花沢市議会議員。 山形県尾花沢市出身。日本大学法学部法律学科卒業。1970年(昭和45年)4月、殖産相互銀行(現・きらやか銀行)に就職。1988年(昭和63年)9月、同行を退社。1989年(平成元年)4月、株式会社佐藤商会取締役に就任。 1991年(平成3年)7月、尾花沢市議会議員に就任。何期市議を務めたかは不明。 1999年(平成11年)4月の山形県議会議員選挙に初当選。計3期、県議を務めた。県議時代は自由民主党に所属した。
広瀬 憲発(ひろせ けんぱち、1945年(昭和20年)12月… 広瀬 憲発(ひろせ けんぱち、1945年(昭和20年)12月17日 - )は、日本の政治家。松茂町長。徳島県松茂町出身。徳島県立鳴門高等学校卒業。 松茂町立松茂中学校、徳島県立鳴門高等学校卒業。高校在学中は松茂町役場で働きながら鳴門高校の定時制課程に通った昭和39年には東京オリンピックの正ランナーとして聖火を持って走った。 1996年(平成8年)、松茂町役場で総務課長を務めていたが退職。1997年(平成9年)、松茂町長選挙に出馬し初当選。町長就任後は徳島空港の整備などの大事業に尽力した。 2013年8月4日、松茂町長選挙で当選し5期目を務める。2017年3月6日に、同年7月18日の松茂町長選挙に立候補せず、今期限りで引退する意向を表明した。
長田 徹(おさだ とおる、1945年(昭和20年)12月17… 長田 徹(おさだ とおる、1945年(昭和20年)12月17日 - )は、日本の政治家。元長崎県壱岐市長(1期)。旭日双光章受章。 長崎県壱岐郡勝本町出身。1968年、名古屋商科大学卒。卒業後は帰郷し、壱岐観光協会青年部長、郷ノ浦町商工会理事、壱岐島民世話人会会長を経て、1991年、郷ノ浦町議会議員となり、3期務める。2003年の郷ノ浦町長選挙に立候補したが、落選した。翌2004年、郷ノ浦町は島内の勝本町、芦辺町、石田町と合併、壱岐市が発足した。合併後の市長選挙に立候補し、元芦辺町長の白川博一と元郷ノ浦町長の長嶋立身を破って当選した。2008年の市長選挙も前回と同じ顔ぶれで、再選を目指したが、前回次点の白川博一に敗れた。
馬場 弘融(ばば ひろみち、1944年(昭和19年)12月1… 馬場 弘融(ばば ひろみち、1944年(昭和19年)12月17日 - )は、日本の政治家。東京都日野市長(4期)、東京都市長会会長、日野市議会議員(2期)を務めた。 東京都出身。東京都立立川高等学校ではバスケットボール部所属で、中井洽が先輩にいた。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、日野市消防団に入団し、1993年まで所属した。日野市商工会理事、日野青年会議所理事長を経て、日野市議会議員に当選。市議を2期務めた後、1997年から2013年まで市長。2012年からは東京都市長会会長も務めた。2015年春の叙勲で旭日小綬章受章。2018年から立川高校の同窓会である一般社団法人紫芳会の理事長。 趣味は読書(歴史小説)、ギター演奏、オペラ・ミュージカル鑑賞、ソフトボール。
上田 廣一(うえだ こういち、1943年12月17日 - )… 上田 廣一(うえだ こういち、1943年12月17日 - )は、日本の元検察官。上田廣一法律事務所所長。 北海道河西郡芽室町出身。東京地方検察庁特別捜査部長、最高検察庁次長検事、東京高等検察庁検事長、政治資金適正化委員会委員長、整理回収機構代表取締役社長等を歴任。 横浜市立金沢高等学校を経て、 東京地検特捜部の部長として、泉井石油商会脱税事件などを手がけた。 母校の明治大学にて教鞭を取りつつ、裁判員制度の啓発も行っている。