恋月姫(こいつきひめ、1955年 - )は、日本の人形作家。… 恋月姫(こいつきひめ、1955年 - )は、日本の人形作家。 他、定期的に個展開催、国内・海外展覧会等に作品出品。 雑誌、小説、漫画単行本、CD等の表紙などに作品写真を多数提供。 ビスク特有の白い肌、端正な顔立ちが特徴の球体関節人形。その眼差しは少し冷ややかにも見える。ほとんどが少女人形で、目を閉じた眠っている様子のものも多い。 素材をビスクに転向してからの作品は原型によってタイプが分かれており、Ariel、Billiel、Babyel、Cliel、Damiel、Enoquiel、Faniel、Gabriel、Haniel、illuminael、Juliel、Kyliel、Lilliel、Michael、Nephilim、Opheliel、Penuel、Queriel, Raphael, Shateiel, Sahaquiel, Teniel, Uriel, Variel が発表されている。
三國 清三(みくに きよみ、1954年8月10日 - )は、… 三國 清三(みくに きよみ、1954年8月10日 - )は、日本のフランス料理シェフ、著作家、料理系YouTuber。東京四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」等のオーナーシェフ、株式会社ソシエテミクニ代表取締役、日本フランス料理技術組合代表。称号(名誉学位)は美食学名誉博士(仏トゥール大学)。東京観光大使、北海道食大使、北海道白老アイヌ食文化大使。黄綬褒章、レジオンドヌール勲章、フランス農事功労章オフィシェ章受章。一般社団法人全日本・食学会理事長代行ほか、政府・各種社団法人の委員・理事等を務める。現在YouTubeチャンネルの登録者数が54万人、Instagramのフォロワー数は18万人、家庭で作れる様々なレシピの紹介やシェフのちょい語りコーナーが人気を博している。
澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、… 澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、日本の作家、評論家、エッセイスト、イタリアルネサンス文学・文化研究家、元関西大学文学部教授、放送大学(大阪学習センター)非常勤講師。本名は茂夫。 公式サイト 澤井繁男 - オフィシャルホームページ 北海道札幌市生まれ。北海道札幌南高等学校から、東京外国語大学外国語学部イタリア語学科を卒業、京都大学大学院でイタリア文学を専攻。イタリア・ルネサンス思想の権威清水純一教授に師事。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。東京外国語大学時代、第19次『新思潮』に参加して小説を書いた。伊藤整・フォークナー・パヴェーゼに私淑。1999年、東京外国語大学論文博士(学術)取得。
久間 十義(ひさま じゅうぎ、1953年11月27日 - )… 久間 十義(ひさま じゅうぎ、1953年11月27日 - )は、日本の小説家。「久間十義」は本名。 北海道新冠町出身。北海道札幌南高等学校、1977年早稲田大学第一文学部仏文科卒業。日本ペンクラブ、日本文芸家協会、各会員。 「」内が久間十義の作品
北村 浩史(きたむら ひろし、1953年〈昭和28年〉8月9… 北村 浩史(きたむら ひろし、1953年〈昭和28年〉8月9日 - )は、日本の批評家、小説家、詩人、エッセイスト、ジャーナリスト。 小説家としての名は北村 洪史(きたむら ひろし)。 北海道士別市出身。道北日報社社長。 本名は北村浩史であるが、小説家としての活動は北村洪史(きたむら ひろし)の名義で行っている。 「洪史」には「こうじ」と振り仮名が付けられていることが多い。1992年に北方文芸賞を受賞した「ファミリー」は、『北方文芸』掲載時は「洪史」の振り仮名は「ひろし」であったが、1993年に講談社が出版した単行本の奥付では「こうじ」と振り仮名がつけられているほか、新刊広告にも「こうじ」と読ませているものがある。
川俣 正(かわまた ただし、1953年7月24日 - )は、… 川俣 正(かわまた ただし、1953年7月24日 - )は、北海道三笠市出身の芸術家、造形作家。作品は日本のみならず、世界各国で展開されている。 作品制作スタイルについては、ワーク・イン・プログレスと呼ばれるプロジェクトを組み、現地で制作されることが特徴。国内でのワーク・イン・プログレス例としてはコールマイン田川(福岡県田川市)、ワーク・イン・プログレス豊田(愛知県豊田市美術館)、直島スタンダード2や越後妻有トリエンナーレ等がある。東京藝術大学教授、フランス国立高等美術学校教授などを歴任。 クリエイティブオフィスキューに所属している、タレント・パーソナリティの北川久仁子は従妹。
外岡 秀俊(そとおか ひでとし、1953年5月22日 - 2… 外岡 秀俊(そとおか ひでとし、1953年5月22日 - 2021年12月23日)は、日本の小説家、ジャーナリスト、元朝日新聞社東京本社編集局長。別名に中原清一郎。 北海道札幌市中央区出身。父は淡水魚卸業経営、母は裏千家茶道教授。三人兄弟の末子で次男。 北海道学芸大学附属札幌小学校、北海道学芸大学附属札幌中学校から北海道札幌南高等学校に入学し、剣道部に所属するかたわら学園闘争に参加。暫定生徒会執行部で生徒会長を務め、全校生徒集会でストライキ決議を行う。高校の同級生には、作家の久間十義や経済学者の高橋伸彰がいる。 東京大学文科Ⅰ類進学後に初小説『白い蝙蝠は飛ぶ』を発表し、学友会「銀杏並樹賞」受賞。
舛井 一仁(ますい かずひと、1953年3月30日 - )は… 舛井 一仁(ますい かずひと、1953年3月30日 - )は、日本の弁護士、大学教授、起業家、作家。第二東京弁護士会所属。国際魅力学会副会長。日本ペンクラブ所属。早稲田大学法学部卒業、ビジネス法修士(ロンドンギルドホール大学)。元国士舘大学法学部教授。
正本 ノン(まさもと のん、1953年1月26日 - )は、… 正本 ノン(まさもと のん、1953年1月26日 - )は、日本の小説家、少女小説家。女性。北海道釧路市出身。 釧路市で16歳まですごし、北海道釧路湖陵高等学校2年生のとき、父親の転勤により東京に引越し、東京都立北高等学校に転入、上智大学文学部新聞学科を卒業。大学卒業後は広告代理店に勤務した。 22歳の1975年、本名の正木典子の名前で書いた映画脚本「ブルー・サマー・ブルース」が第2回城戸賞に準入賞(ただし映像化はされていない)。就職後の1977年、「吐きだされた煙はため息と同じ長さ」が集英社主催の第10回小説ジュニア青春小説新人賞で佳作となり、小説家としてデビュー。以後集英社コバルト文庫を中心に活躍。
矢口 敦子(やぐち あつこ、1953年 -)は、日本の小説家… 矢口 敦子(やぐち あつこ、1953年 -)は、日本の小説家。北海道函館市生まれ。 病気のため小学5年で通学を辞め、通信教育課程を経て慶應義塾大学文学部および中央大学法学部を卒業。山村正夫のもとで小説を学んだ後、1991年4月、講談社ノベルスより「谷口敦子」名義で『かぐや姫連続殺人事件』を刊行しデビュー。第2作から現在の筆名になる。1994年に『家族の行方』が第5回鮎川哲也賞候補になり、1997年には『人形になる』で第40回女流新人賞を受賞。廃止前の最後の受賞者となった。 2007年には早見江堂(はやみえどう)名義でメフィスト賞に応募し、『本格ミステリ館焼失』以下の三部作を刊行している。 文庫化されない作品もあるなどあまりヒットに恵まれていなかったが、2008年に『償い』が65万部を超えるヒットを記録した。
窪田 僚(くぼた りょう、1952年6月7日 - 2025年… 窪田 僚(くぼた りょう、1952年6月7日 - 2025年8月1日)は、日本の小説家、コピーライター。北海道出身。北海道大学工学部建築学科卒業、経済学部中退。 パルコ出版発行の雑誌『ビックリハウス』の読者投稿コーナー「ビックラゲーション」に投稿していた。優秀作2編は、1976年にブロンズ社から発行された単行本「ビックラゲーション選」に収録され、窪田の顔写真も掲載されている。 1976年、23歳の時に「ビックリハウス」が主催した短編小説賞『エンピツ賞』第1回に入選する。なお、受賞作『しづこちゃん』は「エンピツ賞傑作選」(1984年1月、パルコ出版)に収録されている。 エンピツ賞受賞後、ショートショート、青春小説、エッセイを執筆する。
西村 淳(にしむら じゅん、1952年5月15日 - )は、… 西村 淳(にしむら じゅん、1952年5月15日 - )は、日本の料理人、タレント、著作家。かつて海上保安官として南極地域観測隊に参加した経験を踏まえ、「南極料理人」として、著述や講演会、タレント活動を行っている。 1952年、北海道留萌市生まれ。北海道網走南ヶ丘高等学校を卒業後、舞鶴海上保安学校に入学。 海上保安官として巡視船に勤務する。第30次(1988年 - 1990年)と第38次(1996年 - 1998年)の2回、南極地域観測隊に参加し、調理担当のひとりとして越冬隊に加わった。 第38次隊では、南極で最も低温な地域にあるドームふじ観測拠点(現在のドームふじ基地)で越冬した。 その後、舞鶴海上保安学校で練習船「みうら」の教官兼主任主計士として後進の指導に当たる。
山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )… 山田 勇男(やまだ いさお、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の映画監督、映像作家、美術家、漫画家。北海道夕張郡長沼町出身。 1974年(昭和49年)、北海道綜合美術専門学校(現北海道芸術デザイン専門学校)を卒業し、演劇実験室天井桟敷に入団。寺山修司監督『田園に死す』の疑景工作を担う。その後も、寺山修司の映画『ボクサー』(1977年)、『草迷宮』(1979年)、『さらば箱舟』(1984年)の美術や衣装デザインを担当している。 1977年(昭和52年)、札幌にて漫画家・湊谷夢吉らと「銀河画報社映画倶楽部」を結成。稲垣足穂の「一千一夜物語」をモチーフとした8ミリ映画の第一作『スバルの夜』(1977年)が、オフシアター・フィルムフェスティバル'79(後のぴあフィルムフェスティバル)に入選。
石村 博子(いしむら ひろこ、1951年 - )は、日本のル… 石村 博子(いしむら ひろこ、1951年 - )は、日本のルポルタージュ作家、ノンフィクション作家。北海道室蘭市生まれ。法政大学卒業[要出典]。フリーライターとして活動、著書多数。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
杉村 悦郎(すぎむら えつろう、1950年6月27日 - )… 杉村 悦郎(すぎむら えつろう、1950年6月27日 - )は、日本の伝記作家。フリーライター。 新撰組の二番隊長であった永倉新八のひ孫(長男の孫)にあたる。 北海道北檜山町(現在のせたな町)生まれ。北海道札幌東高等学校、明治大学文学部卒業。大学卒業後に札幌に戻り、タウン誌の編集長や広告制作会社のコピーライターを経て、現在、フリーライターの傍ら、主に曽祖父永倉新八の伝記を綴る。 平成17年「板橋の慰霊碑と永倉新八」により新撰組研究論文大会優秀賞を受賞。
佐々木 譲(ささき じょう、1950年3月16日 -)は、日… 佐々木 譲(ささき じょう、1950年3月16日 -)は、日本の作家。本名は同じ漢字で「ささき ゆずる」と読む。東京農業大学客員教授。日本アレンスキー協会の名誉会長。 北海道夕張市生まれ。北海道中標津町在住。父親は択捉島出身、母親は樺太からの引き揚げ者であった。幼時に札幌市へ移り、北海道札幌月寒高等学校卒業。広告代理店や本田技研で広告関連の仕事に従事した後、1979年『鉄騎兵、跳んだ』で文藝春秋「オール讀物新人賞」を受賞し、作家デビュー。同作は映画化もされ評判となった。若い頃はジュブナイル小説も手がけていたが、近年は歴史や犯罪を題材とした重厚な作風で知られる。近年は電子絵本の制作や自作の舞台化にも積極的である。
宇江佐 真理(うえざ まり、1949年10月20日 - 20… 宇江佐 真理(うえざ まり、1949年10月20日 - 2015年11月7日)は、日本の時代小説作家。本名、伊藤 香(いとう かおる)。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校在学中より創作を始める。函館大谷女子短期大学(現・函館大谷短期大学)卒業。OL生活を経て、主婦となる。 1995年、『幻の声』でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。同賞の選考委員の一人、白石一郎から、伊三次(『幻の声』の主人公)を主人公に据えた連作が可能である、との意見をもらい連作化された。同作品を含んだ連作短編集『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』は第117回直木三十五賞候補にもなり注目される。なおペンネーム「宇江佐真理」は『ウエザ・リポート』というタイトルでエッセイを書くために決めたため、その名に拘りはなく、本名を隠蔽することさえできればよかった。
手嶋 龍一(てしま りゅういち、1949年7月11日 - )… 手嶋 龍一(てしま りゅういち、1949年7月11日 - )は、日本のジャーナリスト・作家。「外交ジャーナリスト」を自称する。ニッポンドットコム理事長。 北海道芦別市出身。父は炭鉱主で、裕福な家庭だった。 北海道岩見沢東高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 1974年、NHKに入局。室蘭放送局、横浜放送局、横須賀支局を経て、政治部に異動し、外務省、首相官邸、自由民主党などを担当する。 1987年、ワシントン支局に赴任。1990年代初めには、湾岸戦争前後のアメリカでの取材をもとに執筆したノンフィクション『ニッポンFSXを撃て』『一九九一年日本の敗北』を出版する。 1994年、ハーバード大学国際問題研究所(CFIA)のシニアフェローとなり、『文明の衝突』の著者サミュエル・ハンティントンや、国防次官補を務めたジョセフ・ナイ、ブライアン・ヘア、リベラル派の代表的論客であるスタンレー・ホフマンらの指導を受けた。
桜田 晋也(さくらだ しんや、本名:今野 哲男(こんの てつ… 桜田 晋也(さくらだ しんや、本名:今野 哲男(こんの てつお)、1949年7月 - 2011年5月7日)は日本の歴史小説作家。 北海道生まれ。北海道札幌南高等学校卒業。 高校卒業後東京に出て、アルバイトをしながら専門学校でフランス語を学ぶ。その傍ら独学で小説の勉強を始める。1972年より、日本浪漫派の系譜を引く文芸総合雑誌『浪漫』に文芸評論を行う。 1980年、奈良日日新聞に後醍醐天皇の半生を描いた『南朝記』を丘野哲靖(おかのあきのぶ)名義で連載開始、歴史小説の執筆を始める。歴史上の人物が生きた時代のうねりを描くことを主題とした、長編の歴史小説を手掛ける。 2011年5月7日、肺炎のため静岡県下田市の病院で死去。
伊勢 英子(いせ ひでこ、1949年5月13日 - )は、日… 伊勢 英子(いせ ひでこ、1949年5月13日 - )は、日本の絵本作家。夫はノンフィクション作家の柳田邦男。しばしば「いせひでこ」名義でも活躍している。 北海道石狩郡当別町出身。実父は旭川市出身で、日展画家。13歳で上京し、佐藤良雄からチェロの指導を受ける。 1972年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業。フランスにて1年間イラストレーションの手法を学ぶ。38歳のとき眼疾患で右目の視力を失う。 1999年刊行の『はじまりの記憶』巻頭の柳田邦男との対談を見ると、これの連載開始時にはまだ結婚していなかった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
佐藤 泰志(さとう やすし、1949年4月26日 - 199… 佐藤 泰志(さとう やすし、1949年4月26日 - 1990年10月10日)は、日本の小説家。 北海道函館市高砂町(現・若松町)出身。國學院大學文学部哲学科卒業。芥川賞に計5回ノミネートされたが、受賞は逸したまま41歳で自死した。 1949年(昭和24年)4月26日、北海道函館市高砂町に父・佐藤省三、母・佐藤幸子の長男として生まれた。村上春樹と同年の生まれである。1965年4月、北海道函館西高等学校に入学。1966年、高校の文芸部誌に小説「退学処分」を発表、また「青春の記憶」を第4回有島青少年文芸賞に応募して優秀賞を受賞。翌年の第5回有島青少年文芸賞では、1967年10月の「第一次羽田闘争」に触発を受け、同年9月に函館西高で起こった防衛大学校入学説明会阻止闘争を題材とした「市街戦の中のジャズ・メン」で優秀賞を獲得する。
藤堂 志津子(とうどう しづこ、1949年3月14日 - )… 藤堂 志津子(とうどう しづこ、1949年3月14日 - )は、日本の小説家、エッセイスト。中編小説「熟れてゆく夏」で第100回直木賞受賞。本名は熊谷 政江。札幌市在住の作家として知られる。 1949年(昭和24年)3月14日、北海道札幌市に生まれる。北海道札幌北高等学校を経て、藤女子短期大学国文科に入学。1967年、同人詩誌『にじゅうえん詩集』の創刊に参加、1968年には19歳で第一詩集『砂の憧憬』を刊行する(熊谷政江名義)。1969年、藤女子短期大学卒業。1974年、第二詩集『六月にひとり逝き七月溺愛八月水死』(熊谷名義)を創映出版より公刊して注目される。そのころから詩から小説に転じ、同人誌『莞爾』『マロオス』などに作品を発表。
佐々木 丸美(ささき まるみ、1949年1月23日 - 20… 佐々木 丸美(ささき まるみ、1949年1月23日 - 2005年12月25日)は、日本の小説家。北海道石狩郡当別町出身。 北海道当別高等学校卒業、北海学園大学法学部中退。 1975年、「雪の断章」で二千万円テレビ懸賞小説佳作入選。同作は1985年に斎藤由貴主演、相米慎二監督で、『雪の断章 -情熱-』として映画化された。 2005年12月25日、心不全のため死去。享年56。 2006年から2009年にかけ、未発表草稿を除く全作品が復刊された。 2006年から2009年にかけ、未発表草稿を除く全作品が復刊されたが、復刊に向けては、2000年より復刊ドットコムが『雪の断章』の復刊交渉の為に、お互いに手紙のやりとりを行なうようになる。
久保 正行(くぼ まさゆき、1949年 - )は、日本の元警… 久保 正行(くぼ まさゆき、1949年 - )は、日本の元警察官、著作家。第62代警視庁刑事部捜査第一課長、第七方面本部長などを歴任。北海道出身。 北海道新得町生まれ。北海道新得高等学校、駒澤大学経済学部卒業。 1967年、警視庁に入庁。1974年に捜査第一課に異動。以後、警視正までの全階級で同課に在籍。2004年8月に第62代捜査第一課長に就任(2006年2月まで)。 鑑識課では現場鑑識主任、検視官、理事官を、機動捜査隊では班長、副隊長、隊長を務めた。田園調布署長、渋谷署長を歴任。2008年3月警視庁第七方面本部長を最後に退官。日本航空勤務。警視庁シニア・アドバイザーを務める。 新得町観光大使、警察政策学会員、国際警察協会(IPA)員。
川又 千秋(かわまた ちあき、1948年12月4日 -)は、… 川又 千秋(かわまた ちあき、1948年12月4日 -)は、日本の小説家、SF作家、評論家。日本SF作家クラブ、日本推理作家協会、各会員。 北海道小樽市出身。慶應義塾大学文学部卒業。大学時代より、伝説的なSFファンの集まり「一の日会」に参加。 博報堂に入社しコピーライターとなる。1971年、評論「バラードはどこへ行くか?」(『季刊NW-SF』誌)で評論家デビュー。1972年「舌」(『季刊NW-SF』誌)で作家デビュー。また、同年、評論「明日はどっちだ!」を『S-Fマガジン』に発表。1973年から1975年にかけて『S-Fマガジン』に長編評論『夢の言葉・言葉の夢』を連載する。 1980年より専業作家となる。
平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )… 平石 貴樹(ひらいし たかき、1948年10月28日 - )は、日本のアメリカ文学者・小説家。東京大学名誉教授。元日本アメリカ文学会会長。北海道函館市生まれ。
あべ 弘士(あべ ひろし、1948年6月19日 - )は、日… あべ 弘士(あべ ひろし、1948年6月19日 - )は、日本の絵本作家。 北海道旭川市出身。3人きょうだいの末っ子だった(上に兄と姉)。幼少時から野外での遊びに熱中し、また絵を描いたり工作することが得意だった。小学生から高校時代まで百人一首にも打ち込み、市の大会で優勝したこともあった。中学時代は野球部を目指したがベビーブーム世代で生徒数が多いため断念、スカウトされて合唱部に入り、こちらも高校3年生まで続ける。北海道旭川西高等学校を卒業[要出典]。 高校卒業後、大学受験に3年続けて失敗して進学を諦め、叔父の鉄工所に入り、跡を継ぐ前提で働く。3年間勤務しているうちに、絵に対する興味が再燃して独学で勉強を始める。
藤倉 英幸(ふじくら ひでゆき、1948年6月5日 -)はイ… 藤倉 英幸(ふじくら ひでゆき、1948年6月5日 -)はイラストレーター、貼り絵作家。 北海道岩内郡岩内町で生まれる。北海道岩内高等学校在学中に、美術部に入部。その際、グラフィックデザインに興味を抱く。高校卒業後は、製菓会社に勤務の傍ら、独学でグラフィックデザインやイラストレーションを修得。製菓会社退職後は、印刷会社、広告代理店に転職し、イラストレーターとして活躍。 1974年、「イラスト&デザイン工房フジクラ」を札幌に設立し、アート、デザインに関して幅広く創作活動を行う。1970年代後半からは切り絵の手法を用いてイラストや作品を多く制作するようになる。80年代後半に入ると、切り絵から、洋紙を用いた貼り絵によっても北海道の風景を描く作風となる。
細川 不凍(ほそかわ ふとう、1948年5月13日 - )… 細川 不凍(ほそかわ ふとう、1948年5月13日 - )は、日本の川柳作家。 北海道石狩郡当別町生まれ。 1964年、札幌市立陵北中学校を卒業して、北海道札幌南高等学校へ進学。翌年、海での飛び込み事故で、第七頸椎を脱臼骨折、手足が不自由になる。担任の勧めで川柳を始める。1967年、同校通信教育部(現北海道有朋高等学校)に編入、1970年、卒業。同年、18歳から23歳までの作品をまとめ、第一句集『青い実』を刊行。 1974年、「川柳道産子」創刊に参加。1983年、第1回川柳Z賞を受賞。1987年、第二句集『雪の褥』を刊行、川柳Z賞の選者となる。1993年、「現代川柳新思潮」創刊に参加。2005年、『セレクション柳人 細川不凍集』を刊行。
西田 香代子(にしだ かよこ、1948年〈昭和23年〉 - … 西田 香代子(にしだ かよこ、1948年〈昭和23年〉 - )は、日本の刺繡作家。結婚をきっかけにアイヌ文化と出逢ったことで、アイヌのフチ(高齢女性)たちからアイヌ文様や刺繍を学び、北海道釧路市で夫の店を手伝う一方で、アイヌ刺繡の制作や保存に努め、アイヌ文化の普及と振興に貢献している。 北海道端野町(現・北見市)で誕生する。就職で阿寒に移住し、阿寒で民芸店の息子と結婚、阿寒のコタン(アイヌの集落)へ移住する。 義母の養母がアイヌであり、23歳のときに義母からの依頼で刺繡を始め、マタンプシ(鉢巻き)を縫う。その後、小鳥サワや、アイヌコタンの近所に住むフチたちからも、アイヌ文様の刺繡や着物の縫い方を本格的に刺繡を学び、アイヌ文化研究者の藤村久和からアイヌの知識や刺繡のデザインを学び、刺繡作家としての活動を開始する。
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12… 安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12月9日 - )は、日本の漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督、イラストレーター、小説家。北海道紋別郡遠軽町出身、埼玉県所沢市在住。 遠軽高校、弘前大学 (退学処分)を経て、1970年虫プロ養成所に入りアニメーターとなる。虫プロ倒産後はフリーとなり『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『超電磁ロボ コン・バトラーV』『無敵超人ザンボット3』など数多くのアニメ作品に携わる。その中でもキャラクターデザインおよび作画監督を務めたアニメ『機動戦士ガンダム』は、その後放映された劇場版とも併せ社会現象ともいえるブームを巻き起こし、2022年の時点でも根強い人気を誇る。
久田 恵(ひさだ めぐみ、1947年10月7日- )は、日本… 久田 恵(ひさだ めぐみ、1947年10月7日- )は、日本のノンフィクション作家。北海道室蘭市出身。上智大学文学部社会学科中退。本名・稲泉恵。花げし舎主宰。 父は富士製鐵(現・日本製鉄)室蘭製鉄所の技術者で、北海道室蘭東高等学校では齋藤和と同級生だった。 学生運動に携わって大学を中退。人形劇団・放送作家・雑誌記者など、20以上の職業を転々とする。女性誌のライター時代には、日経ウーマンの創刊に立ちあった。子連れで炊事係としてキグレサーカスに入ったサーカス団での体験をまとめた『サーカス村裏通り』(JICC出版局)が大宅壮一ノンフィクション賞候補となる。 1990年、『フィリピーナを愛した男たち』(文藝春秋)により第21回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
藤井 邦夫(ふじい くにお、1946年11月22日 - 20… 藤井 邦夫(ふじい くにお、1946年11月22日 - 2025年10月12日)は、脚本家、小説家、元監督。北海道旭川市出身。別名義に相里修がある。 北海道旭川北高等学校を経て、日本大学藝術学部卒業。1970年に東映テレビプロダクションに助監督として入社。もともとは脚本家志望ではあったが、本を書くための勉強として割り切ったと本人は後に語っている。同期に映画監督の辻理がいた。 数多くの作品で助監督を務める傍ら、『特別機動捜査隊』(第799話「娘の思春期」)で脚本家としてデビュー。後番組『特捜最前線』では、助監督兼脚本家として活躍した。オープニングナレーションは藤井が考案している。第235話「少女売春・夢を掘る男!」で監督に昇進。
大西 重成(おおにし しげなり、1946年 - )は日本のイ… 大西 重成(おおにし しげなり、1946年 - )は日本のイラストレーター、造形作家。北海道津別町出身。 1972年よりイラストレーターとして活躍。1979年にはハービー・ハンコック「Feets, Don't Fail Me Now」や坂本龍一「サマー・ナーヴス」のレコードジャケットのデザインを手がける。また、1990年から1995年までモスバーガー小冊子「モスモス」の表紙や本文イラストを担当し、一部は発行数が80万部に達した。その他、『ひらけ!ポンキッキ』のオープニングタイトルなど数多くのデザインを手がけている。 2001年津別町相生に私設美術館、シゲチャンランドを開設、廃材を素材とした作品を展示している。
宮本 美智子(みやもと みちこ、1945年8月28日 - 1… 宮本 美智子(みやもと みちこ、1945年8月28日 - 1997年6月13日)は、日本のノンフィクション作家。 自身の体験に基づく作品を発表したほか、低炭水化物ダイエットに関する著作を残している。 夫はイラストレーターの永沢まこと。 北海道富良野市生まれ。北星学園大学文学部英文学科卒業後、1968年にアメリカ合衆国にわたり、インディアナ州にあるゴーシェン大学に留学。その後、ニューヨークのソーホーに移住し、17年間の生活で美術館や画廊でプロデュースなどの仕事に従事。同時期に執筆活動を始め、1986年より東京都で作家として活動を始めた。 1997年6月13日、急性多臓器不全で逝去。51歳没。 著書『世にも美しいダイエット』では、「米、小麦を摂取しない」「1回の食事で取る炭水化物は、パンやパスタなどとし、30g程度に制限する。
池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、… 池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、日本の小説家・詩人。翻訳、書評も手がける。日本芸術院会員。 文明や日本について考察を基調にした小説や随筆を発表している。翻訳は、ギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけている。各地へ旅をしたことが大学時代に専攻した物理学と併せて、池澤の作品の特徴となる。詩が小説に先行していることも、文章に大きな影響を与えている。 声優の池澤春菜と起業家、投資家の池澤摩耶は娘。画家のSaya(摩耶の娘)は孫。 北海道帯広市出身で、マチネ・ポエティクで同人の原條あき子(山下澄、1923年 - 2004年)と福永武彦の間に、疎開先の帯広で誕生した。
今野 雄二(こんの ゆうじ、1943年10月5日 - 201… 今野 雄二(こんの ゆうじ、1943年10月5日 - 2010年7月27日)は、日本の映画・音楽評論家、翻訳家、小説家。 北海道室蘭市生まれ。国際基督教大学教養学部語学科卒業後、平凡出版(後のマガジンハウス)に入社。『平凡パンチ』『an・an』編集部を経て、評論家として独立。音楽評論家としては、ミッシェル・ポルナレフ、ロキシーミュージック、10ccなど、多数のレコードのライナーノーツを担当した。 日本テレビの深夜番組『11PM』に出演して映画紹介や流行のサブカルを紹介するコーナーを受け持ち、司会の愛川欽也から「コンちゃん」と呼ばれ、そのニックネームで知られるようになった。 1970年代にはその他に当時の若者向け番組『リブ・ヤング!』や『チャンネル泥棒!快感ギャグ番組!空飛ぶモンティ・パイソン』などに司会者として出演した。
味戸 ケイコ(あじと ケイコ、1943年9月27日- )は、… 味戸 ケイコ(あじと ケイコ、1943年9月27日- )は、日本のイラストレーター、絵本作家。 北海道函館市 で生まれる。遺愛女子高等学校を経て、1965年に多摩美術大学 デザイン科を卒業する。 大学卒業後は印刷会社デザインルーム、PR誌を作る制作会社に勤めるが、パニック障害を起こし自宅待機でカット描きを1年間行っていた。会社勤めが合わないことを自覚し、フリーのイラストレーターになる。 1971年、菊地信義の依頼で『月刊エレクトーン』(ヤマハミュージックメディア)創刊号から1年間の表紙イラストの発注を受け、本格的にデビューする。この表紙画がイラスト年鑑に掲載され、1973年に年鑑を見たやなせたかし、原田奈翁雄からそれぞれ雑誌『詩とメルヘン』(サンリオ)、雑誌『終末から』(筑摩書房)の表紙画の依頼が舞い込み、以後、各方面で活躍する。
館 淳一(たて じゅんいち、1943年8月16日 - )は、… 館 淳一(たて じゅんいち、1943年8月16日 - )は、日本の小説家、官能小説家、雑学研究家、エッセイスト。日本文芸家クラブ会員、日本推理作家協会会員。 北海道稚内市出身。北海道札幌西高等学校、日本大学藝術学部放送学科卒業。 フリーライター、週刊誌アンカーマン(週刊プレイボーイ、週刊明星など)、フリー編集者、日本版PLAYB0Y(月刊プレイボーイ)などで生計をたてる傍らSM小説を書き、蘭光生に認められ1975年雑誌デビュー。以後、官能小説界で活動。著書は190冊(2017年6月時点)。
後藤 竜二(ごとう りゅうじ・本名・後藤 隆二、1943年6… 後藤 竜二(ごとう りゅうじ・本名・後藤 隆二、1943年6月24日 - 2010年7月3日)は、日本の児童文学作家。 北海道美唄市出身。北海道美唄東高等学校を経て早稲田大学第一文学部卒業。在学中に早大童話会から改名した少年文学会に所属。1967年に『天使で大地はいっぱいだ』(講談社刊)でデビュー。『キャプテンはつらいぜ』シリーズ(講談社)、『12歳たちの伝説』シリーズ(新日本出版社)、でも知られている。 全国児童文学同人誌連絡会「季節風」代表を長く務めた。2010年7月3日、脳内出血のため死去。67歳。
栗 良平(くり りょうへい、本名・伊藤 貢、1943年 - … 栗 良平(くり りょうへい、本名・伊藤 貢、1943年 - )は、日本の作家。 北海道砂川市出身。北海道砂川北高等学校卒業後、病院職員として10年間勤務。退職後、全国を行脚し各地の民話を収集。創作民話作家として、執筆講演活動を始める。 1989年、元々栗が口演し書籍化された童話『一杯のかけそば』が口コミで広がり、2月17日に開かれた衆議院予算委員会で、当時公明党所属の大久保直彦が質疑中に本書を朗読して涙を誘ったということもあって話題となり、映画化もされた。 しかしその後、自称していた「北海道大学医学部卒」が虚偽である事が発覚。さらに、滋賀県で寸借詐欺をしたことも明らかになり、表舞台から姿を消すこととなった。
眞神 博(まがみ ひろし、1943年 - )は、日本のノンフ… 眞神 博(まがみ ひろし、1943年 - )は、日本のノンフィクション作家。 北海道紋別市生まれ。上智大学文学部新聞学科中退。フリーライター、編集者をへて、1977年『文藝春秋』記者、1985年フリーとなる。 1989年「衝突現場 15分間の新事実」で文藝春秋読者賞受賞。
保阪 正康(ほさか まさやす、1939年(昭和14年)12月… 保阪 正康(ほさか まさやす、1939年(昭和14年)12月14日 - )は、日本の作家・評論家。 北海道札幌市生まれ、二海郡八雲町育ち(なお、自著のプロフィールでは「北海道生まれ」のみと表記し、出身市町村については明記していない)。 北海道札幌市で教員の父親のもとに生まれる。父親は群馬県、母親は江別市出身。父親の勤務の関係で、生後間もなく江別市に移り、3歳で福島県二本松市、5歳で北海道二海郡八雲町に移る。そのまま八雲町で終戦を迎え、小学校6年まで同町で育った後、根室市を経て札幌市白石町(現・札幌市白石区)に移った。札幌市立柏中学校、北海道札幌東高等学校を卒業。阿部典英は中学高校の同級生、西部邁は中学校の1年先輩に当たる。
坂口 義弘(さかぐち よしひろ、1938年11月24日 - … 坂口 義弘(さかぐち よしひろ、1938年11月24日 - )は、日本の編集者、フリーライター、ルポルタージュ作家。 北海道函館市出身。1965年東洋大学卒。『週刊ポスト』『週刊現代』記者などののちフリー。『歴史と現代』(1980-1982、歴史と現代社)『新雑誌X』(1983-1991)編集長、元早稲田マスコミ塾専任講師。日本ペンクラブ会員。
ドウス 昌代(Duus まさよ、1938年9月12日 - 2… ドウス 昌代(Duus まさよ、1938年9月12日 - 2022年11月18日)は、日本のノンフィクション作家。 北海道岩見沢市生まれ、本名・梅沢昌代。早稲田大学文学部卒業、米国在住。日本とアメリカの関係、および両国の間に生きた人々を描くノンフィクションを書く。 1977年、『東京ローズ』でデビューし、講談社出版文化賞ノンフィクション部門受賞、1982年、『ブリエアの解放者たち』で文藝春秋読者賞、1992年、『日本の陰謀』で大宅壮一ノンフィクション賞、新潮学芸賞、2000年、『イサム・ノグチ』で講談社ノンフィクション賞受賞。 日本近代史研究者で、スタンフォード大学名誉教授のピーター・ドウスは夫。
沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は… 沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は、日本のノンフィクション作家。 北海道室蘭市生まれ、池田町育ち。北海道池田高等学校、北海道大学文学部卒業。1961年に日本リサーチセンター調査研究部に入社。第二企画室長を経て1976年に退職する。1979年初の単著『女が職場を去る日』を上梓して注目され、同年ドラマ化もされた。 以後、介護問題、人生行路全般について著書多数。合田一道らとともに北海道ノンフィクション集団にて活動した。
松岡 悟(まつおか さとる、1938年3月20日 - )は、… 松岡 悟(まつおか さとる、1938年3月20日 - )は、日本の医師、作家、馬主。 函館市内で小児科院を開業していた傍ら、文筆業や馬主としても活動した。 1938年、函館市出身。順天堂大学医学部大学院を修了後、同大学医学部の小児科講師を経て函館市立函館病院小児科科長、のち同市内に松岡小児科を開院し院長となる。1995年6月まで院長を務め、現在は警察庁警察学校の理事官(診療所長)を務める。 競馬と落語が趣味。立川談志の門下生であり、「立川薮医志」の芸名を持つ。 日本中央競馬会(JRA)および地方競馬全国協会(NAR)に登録する馬主としても知られる。勝負服の柄は緑、白星散、袖赤二本輪、冠名には「ドクター」を用いる。
富盛 菊枝(とみもり きくえ、1937年9月18日- )は、… 富盛 菊枝(とみもり きくえ、1937年9月18日- )は、日本の児童文学作家。 北海道室蘭市生まれ。本姓・杉山。日本女子大学家政学部児童学科卒。20代から創作を始める。吉行淳之介『暗室』のモデルの一人・高山勝美とは同級生。
小檜山 博(こひやま はく、男性、1937年4月15日 - … 小檜山 博(こひやま はく、男性、1937年4月15日 - )は、日本の小説家。本名は「博」を「ひろし」と読む。神田日勝記念美術館館長。元北海道教育大学特任教授。札幌市在住。 北海道滝上町生まれ。北海道苫小牧工業高等学校電気科卒業。高校卒業後、北海道新聞社に勤務する傍ら執筆活動を開始。「文學界」、「新潮」、「すばる」等の文芸誌にて作品を発表するほか、「北方文芸」などで同人活動を行う。 1976年に発表した『出刃』が第1回北方文芸賞を受賞し、第75回芥川賞候補となったのを皮切りに、本格的な作家活動に乗り出す。 1983年、『光る女』が第17回北海道新聞文学賞・第11回泉鏡花文学賞を受賞。 1987年、『光る女』は相米慎二によって映画化され、キネマ旬報ベストテン第9位になった。
高城高(こうじょう こう、1935年1月17日-)は、日本の… 高城高(こうじょう こう、1935年1月17日-)は、日本の推理小説家。元新聞記者。北海道札幌市在住。本名は乳井洋一(にゅうい よういち)。北海道函館市出身。 1935年、北海道函館市に生まれる。5歳の時に、英語教師だった父の転勤で宮城県仙台市に移住。第二次世界大戦中は父の故郷である秋田県北秋田郡比内町(現大館市の一部)に疎開。終戦後に仙台に戻り、進駐軍の兵士が古本屋に売ったペーパーバックや、英語教師だった父と交流があった米軍人から手に入れたハードボイルド小説を読み始めたという。 1955年、東北大学文学部英文科在学中、『宝石』の短編懸賞に「X橋附近」を応募し、1位を受賞した。この小説は江戸川乱歩に絶賛され、現在では日本のハードボイルド小説の嚆矢とされる。