近江 輝子(おうみ てるこ、1920年2月1日 - 2008… 近江 輝子(おうみ てるこ、1920年2月1日 - 2008年)は、日本の女優。 淑徳高等女学校卒業後、宝塚音楽歌劇学校に進学。同期に日高澄子、宮城千賀子がいた(宝塚歌劇団25期生を参照)。1938年、宝塚少女歌劇団・雪組に配属。最初は大宮輝子と名乗ったが大美輝子に改名。1945年に宝塚を退団すると、霧立のぼるのロマン座、希望座に加入。1948年12月、大映京都撮影所に入社。同年の『三十三の足跡』で映画デビュー。以後、1971年の大映倒産まで脇役として多くの映画に出演。多い時は年間14、5本に出て、時代劇では中老け役・老女役を得意とした。1972年から松竹芸能に所属し、テレビを中心に活躍。1959年に近江輝子に改名。
加藤 道子(かとう みちこ、1919年10月31日 - 20… 加藤 道子(かとう みちこ、1919年10月31日 - 2004年1月31日)は、日本の女優、声優。東京府東京市(現・東京都)出身。俳優・加藤精一の長女。 東京府立第五高等女学校(現東京都立富士高等学校)卒業。 1941年、東京放送劇団第1期生として入団。 1957年から森繁久彌と共に『日曜名作座』に出演していた。 2004年1月31日、膵臓がんのため、東京都港区の病院で死去。84歳没。
櫻町 公子(さくらまち きみこ、1918年10月10日 - … 櫻町 公子(さくらまち きみこ、1918年10月10日 - 2005年4月14日)は、宝塚歌劇団雪組トップ娘役の元女優である。東京都芝区(現・港区)出身。本名は犬伏幸子、旧姓は千野。宝塚歌劇団時代の愛称は、ちんない(顎が無いことから。)、チフちゃん。 1932年に東洋英和女学校(現・東洋英和女学院中学部・高等部)を2年次で中退して、宝塚歌劇団22期生として、宝塚音楽歌劇学校(現・宝塚音楽学校)に入学し、宝塚少女歌劇団(現・宝塚歌劇団)に入団する。当時は入学=入団で学校と劇団は一体であった。同期生に美吉左久子、春江ふかみ、照国佐智子、山部志賀子、櫻野里子らがいる。入団時の成績は39人中の首席。芸名は詩人・北原白秋によって命名された。
高杉 早苗(たかすぎ さなえ、1918年〈大正7年〉10月8… 高杉 早苗(たかすぎ さなえ、1918年〈大正7年〉10月8日 - 1995年〈平成7年〉11月26日)は、日本の女優。本名は喜熨斗 弘子(きのし ひろこ)。旧名は清水ヒロ。 夫・三代目市川段四郎との間に、長男・二代目市川猿翁(旧名:三代目市川猿之助)、次男・四代目市川段四郎、長女・市川靖子の三子。香川照之、四代目市川猿之助は孫、五代目市川團子は曾孫にあたる。長女の元夫は俳優の川合伸旺。 浅草生まれ。立正高等女学校(現・東京立正高等学校)在学中に父親が急死したことにより中退して働き始める。新橋のダンスホールでダンサーをしていた昭和9年(1934年)、『オール読物』誌のミスコンテストで3位になり、その美貌を見込まれ松竹蒲田撮影所にスカウトされる。
北城 真記子(きたしろ まきこ、1918年3月26日 - 1… 北城 真記子(きたしろ まきこ、1918年3月26日 - 1995年2月24日)は、日本の女優。東京府出身。本名は北城 ます子。 東洋高等女学校中退。1943年(昭和18年)文学座研究所に入り「怒潯」出演。戦後、1947年(昭和22年)神協劇団研究生で入り「タルチュフ」初舞台。1949年(昭和24年)に文学座に戻り「娼婦マヤ」、「道遠からん」。1953年(昭和28年)文学座自主映画「にごりえ」で杉村春子を助演。1957年(昭和32年)東映「純愛物語」「越後つついし親不知」。1960年(昭和35年)文学座の「女の一生」「メアリー・スチュアート」に出演した。 1995年(平成7年)、直腸がんのため死去。
水川 八重子(みずかわ やえこ、1918年2月15日 - 1… 水川 八重子(みずかわ やえこ、1918年2月15日 - 1976年7月25日)は、日本の女優。本名:目黒 やゑ(旧姓:角西)。東京市浅草区(現在の東京都台東区)生まれ。夫は近衛十四郎、長男は松方弘樹、次男は目黒祐樹。孫に目黒大樹、仁科克基、仁科仁美、近衛はながいる。 大正7年(1918年)、浅草の象牙職人の娘として生まれる。 上野高等女学校(現:上野学園高等学校)卒業後の昭和10年(1935年)、大都映画に入社。同年「御存知猿飛佐助」に脇役でデビュー。以後、主に時代劇の相手役として可憐な姿を見せるようになり、売れっ子になる。 昭和14年(1939年)、軍隊帰りの近衛十四郎主演作品に助演し、その後も相手役をつとめ、昭和16年(1941年)、近衛と結婚。
露原 千草(つゆはら ちぐさ、1918年〈大正7年〉1月17… 露原 千草(つゆはら ちぐさ、1918年〈大正7年〉1月17日 - 2004年〈平成16年〉3月9日)は、日本の女優。東京府荏原郡大崎町(現東京都品川区大崎)出身。頌栄女子学院高等学校卒業。本名は服部 千草。 2004年3月9日、86歳で死去。
東 龍子(東 竜子、あずま りゅうこ、1917年1月10日 … 東 龍子(東 竜子、あずま りゅうこ、1917年1月10日 - 2004年頃)は、日本の女優である。本名は出生名は今出 りう子(いまで りゅうこ)、俳優の阿部九洲男と結婚して伊東 りう子(いとう りゅうこ)となる。 1917年(大正6年)1月10日(水曜日)、 東京府南葛飾郡吾嬬町に今出 りう子として生まれる。 1931年(昭和6年)、満14歳のときに東京・巣鴨の河合映画製作社に入社する。同年、『夜明け』に出演し、映画界にデビューした。最初の主演作は、1933年(昭和8年)の『マラソン令嬢』 であった。同年、河合と配給提携を行っている市川百々之助プロダクションが製作した市川百々之助主演映画に3作出演、『開化異聞 落花の曲』では百々之助の相手役を務めた。
梅園 龍子(うめぞの りゅうこ、1915年11月28日 - … 梅園 龍子(うめぞの りゅうこ、1915年11月28日 - 1993年4月30日)は、日本の女優。 梅園 竜子と表記されることもある。 1915年(大正4年)11月28日、植草正枝として東京市日本橋区村松町(現在の東京都中央区東日本橋)に生まれる。 三崎英語学校在学中の1929年(昭和4年)に榎本健一の第2次カジノ・フォーリーの旗揚げ公演に踊り子で出演した。 1931年(昭和6年)退団し、1932年(昭和7年)パイオニヤ・クインテット舞踊団、益田隆のトリオ舞踊団に入団した。 1935年(昭和10年)P.C.L.映画製作所準専属で『乙女ごころ三人姉妹』で映画デビューした。 1936年(昭和11年)に専属となり、1937年(昭和12年)『夜の鳩』、『江戸の白鷺』、1938年(昭和13年)『エノケンの猿飛佐助 ありゃありゃの巻』、『泣蟲小僧』などに出演した。
音羽 久米子(おとわ くめこ、1915年7月8日 - 没年不… 音羽 久米子(おとわ くめこ、1915年7月8日 - 没年不詳)は、日本の女優。本名は滝沢 ヤス(旧姓:森)。 1915年(大正4年)7月8日、東京府東京市四谷区(現在の東京都新宿区)に、父・芳五郎と母・寿美の8人兄姉の末子として生まれる。父は政治好きで、定職を持たなかった。 高等小学校を卒業後、師範学校入学を希望するが、芸事好きの末兄に勧められ、六代目尾上菊五郎が創設した日本俳優学校に2期生として入る。1936年(昭和11年)3月に卒業、その後は関西新派で舞台に立つが、数か月で帰京。久米正雄の紹介で9月に日活多摩川撮影所へ入社。六代目菊五郎の屋号である音羽屋と久米正雄の姓をもらって、芸名とする。
坪内 美子(つぼうち よしこ、本名:山崎 登美子、1915年… 坪内 美子(つぼうち よしこ、本名:山崎 登美子、1915年6月22日 - 1985年11月3日)は、昭和期の女優。 東京市小石川区白山御殿町(現・文京区白山)に生れる。牛込高等女学校(現・豊島岡女子学園)卒業後、銀座の有名カフェの女給(源氏名・孔雀)をしているところをスカウトされ、1932年松竹蒲田撮影所に入社する。 1933年、野村芳亭監督の『涙の渡り鳥』で竹内良一の相手役に抜擢され、映画デビュー。続く『島の娘』でも主演し、人気スターの仲間入りをする。その後、島津保次郎監督の『春琴抄 お琴と佐助』、小津安二郎監督の『浮草物語』などの話題作に出演し、その美貌が人気を集めると共に、1935年には幹部に昇進し、名実共に、松竹の看板女優となる。
久松 三津枝(ひさまつ みつえ、1914年9月13日 - 1… 久松 三津枝(ひさまつ みつえ、1914年9月13日 - 1947年8月13日)は、日本の女優である。本名上松 美津江(うえまつ みつえ)、旧芸名久松 美津江(ひさまつ みつえ)のほか、別名・表記の揺れがある(#芸名)。全国公募から選ばれ、深水藤子とならぶ日活スター女優として登場、サイレント映画末期からトーキー初期にかけて人気があった。 1914年(大正3年)9月13日、東京府東京市浅草区(現在の東京都台東区浅草地区)に生まれる。出生名については、「美津江」であるとする説と「三津枝」であるとする説がある。 1931年(昭和6年)3月、麹町区中六番町(現在の千代田区四番町)にあった旧制・千代田高等女学校(現在の武蔵野大学附属千代田高等学院)を卒業後、翌1932年(昭和7年)、前年の労働争議の後で日活の行った大規模な新人募集に応募して、2,000人を超えるなかから採用が決まり、同年秋に京都に移動して日活太秦撮影所に入社する。
森 赫子(もり かくこ、1914年6月2日 - 1986年4… 森 赫子(もり かくこ、1914年6月2日 - 1986年4月14日)は、日本の女優、作家。 東京府渋谷町猿楽生まれ。岩谷松平の孫。旧姓は岩谷。跡見高等女学校卒。伯母森律子の養女となる。1932年松竹蒲田撮影所に入り、映画女優でデビュー。1934年新派に転向、花柳章太郎の相手役として活躍。1939年映画「残菊物語」で花柳の相手役を演じた。1956年失明して引退。同年、失明寸前に書き上げた自伝「女優」を出版。ベストセラーになり「書きますわよ」の流行語を生んだ。同作は映画化された(女優 (1956年の映画))。
一の宮 あつ子(いちのみや あつこ、1913年12月29日 … 一の宮 あつ子(いちのみや あつこ、1913年12月29日 - 1991年2月16日)は、日本の女優。本名は吉田 あつ。旧芸名に一の宮 敦子。 1913年(大正2年)12月29日(月曜日)、東京府東京市神田区旅籠町(現在の東京都千代田区外神田)に、父・勇と母・たまの2人姉妹の妹として生まれる。生家は江戸時代から太々餅を製造販売していた甘味商だった。 幼時に本郷区湯島に移り、誠之小学校から三輪田高等女学校(現在の三輪田学園高等学校)へ進み、1930年(昭和5年)に卒業。小学校時代から陸上競技をはじめ、女学校時代には人見絹枝や加賀一郎のコーチを受け、全国大会にも出場した。 1932年(昭和7年)、鈴木傳明らの不二映画社の映画に、加賀一郎の弟が同社の経理・宣伝を担当していた縁で吹き替え走者で出演し、これをきっかけに不二映画社へ女優として入社する。
三代目 市川 翠扇(いちかわ すいせん、1913年(大正2年… 三代目 市川 翠扇(いちかわ すいせん、1913年(大正2年)12月16日 - 1978年(昭和53年)9月27日)は、昭和時代に活躍した新派の女優、舞踊家。歌舞伎舞踊市川流三世家元。本名は堀越 喜久榮(ほりこし きくえ)。 東京都東京市京橋区築地の生まれ。父は歌舞伎役者の五代目市川新之助、母は九代目市川團十郎の次女の二代目市川旭梅。二代目市川翠扇は伯母にあたる。千代田高等女学校(現在の武蔵野大学附属千代田高等学院)卒業。 1929年(昭和4年)6月歌舞伎座『戻り駕』の禿で市川紅梅(いちかわ こうばい)を名乗って初舞台。翌年日本俳優学校の1期生となる。1931年(昭和6年)11月より新派に参加。
江戸川 蘭子(えどがわ らんこ、1913年(大正2年)11月… 江戸川 蘭子(えどがわ らんこ、1913年(大正2年)11月13日 - 1990年(平成2年)11月5日)は、昭和期の歌手、女優。本名は大宮 まつ、竹澤 まち子。 東京市出身。1930年(昭和5年)日劇音楽舞踊学校卒業。多摩川京王閣を経て、1932年(昭和7年)10月、松竹歌劇団(SKD)に入団。歌劇「ロザリア姫」等で人気を得る。1936年(昭和11年)退団。 1933年(昭和8年)コロムビアからデビュー。タンゴを多く唄い、「タンゴ・ローザ」、「ラ・クンパルシータ」などを吹き込む。戦争に突入するにつれ、戦時歌謡を多く吹き込んだ。「たそがれの湖」や「ロッパのガラマサどん」、「船出は楽し」など東宝映画に出演する。
橋本 菊子(はしもと きくこ、1913年9月12日 - 20… 橋本 菊子(はしもと きくこ、1913年9月12日 - 2004年2月4日)は、日本の女優。東京都出身。 1934年、久松喜世子の内弟子として新国劇に入所。 1937年、文学座に入団。1度は結婚・子育てのために女優業を退いたものの、1951年、ラジオ東京放送劇団に1期生として入団。 1955年、再び文学座に所属、 1959年、鈴木事務所に所属し、劇団現代劇場、文芸ぷろ、エヌ・エー・シー、劇団手織座に所属していた。 1998年、脳梗塞を発症。 2004年2月4日、死去。 三回忌となる2006年に遺族が「遺句集 菊一輪」を出版した。
桜井 京子(さくらい きょうこ、1912年12月2日 - 没… 桜井 京子(さくらい きょうこ、1912年12月2日 - 没年不詳)は、日本の女優である。本名池田 善子(いけだ よしこ)、旧芸名糸浦 柳子(いとうら りゅうこ)。身長は5尺1寸(約154.5センチメートル)、体重は非公表である。 1912年(大正元年)12月2日、東京府東京市日本橋区葺屋町に生まれる。 旧制・千代田高等女学校(現在の武蔵野大学附属千代田高等学院)に進学するも、1927年(昭和2年)に中途退学し、同年2月、満14歳で松竹蒲田撮影所に入社した。同年10月、入社早々に松竹下加茂撮影所に異動になり、「糸浦 柳子」の芸名を名乗って、同撮影所と製作提携をしていた衣笠貞之助が主宰する衣笠映画聯盟の製作、山崎藤江の監督による『天保悲剣録』に出演して、映画界にデビューした。
及川 道子(おいかわ みちこ、1911年10月25日 - 1… 及川 道子(おいかわ みちこ、1911年10月25日 - 1938年9月30日)は、日本の女優。 1920年代後半〜1930年代前半の日本映画で、清楚で近代的なキャラクターを数多く演じ、「永遠の乙女」と呼ばれた。 1911年10月20日、東京府豊多摩郡渋谷町(現・東京都渋谷区)に生まれる。父・鼎寿は、社会主義運動家の経歴を持ち、後に出版社の春秋社に勤務した。両親ともにクリスチャンであり、その影響で道子も敬虔なキリスト教信者となる。1924年に小学校を卒業し、当時存在した東京音楽学校一橋分教場声楽科に入学。同年秋、小山内薫の紹介で、築地小劇場に加わる。 同年12月の第18回公演『そら豆の煮えるまで』で主役の少年に抜擢され初舞台。
入江 たか子(いりえ たかこ、本名・東坊城 英子(ひがしぼう… 入江 たか子(いりえ たかこ、本名・東坊城 英子(ひがしぼうじょう ひでこ)、1911年(明治44年)2月7日 - 1995年(平成7年)1月12日)は、昭和期の日本の映画女優。 東京市四谷区四谷箪笥町(現・新宿区四谷三栄町)に生まれる。公卿華族・東坊城家(菅原氏)の出身で父の東坊城徳長は子爵、貴族院議員。生母は北村キミ。1922年(大正11年)、父が亡くなり、翌1923年(大正12年)の関東大震災で千駄ヶ谷の東坊城家の住居が半壊し生活に困窮するも、文化学院中学部に入学し油絵を習う。次姉の敏子(1899~1991)が権掌侍「白百合の局」として貞明皇后の女官を長く務めた縁で、宮城の御局から文化学院まで徒歩通学する。
木下 双葉(きのした ふたば、1910年8月9日 - 193… 木下 双葉(きのした ふたば、1910年8月9日 - 1938年8月30日)は、日本の女優である。本名は光田 貞子(みつだ さだこ)で、初期は本名で活動していた。 1910年(明治43年)8月9日、東京府東京市本所区押上町(現在の東京都墨田区押上)に「光田貞子」として生まれる。 1926年(大正15年)、名古屋のキリスト教主義学校である旧制・金城女学校(現在の金城学院高等学校)を卒業し、東京に戻って、松竹蒲田撮影所に入社する。当時は本名を名乗っていた。1929年(昭和4年)、京都に移り、東亜キネマ京都撮影所に移籍した。1931年(昭和6年)9月、東亜キネマが経営不振に陥り、福西譲治監督の『霧の中の白蓮』を最後に、同社の業務を代行する会社として設立された東活映画社(東活)に移籍する。
橘 喜久子(たちばな きくこ、1909年10月2日 - 19… 橘 喜久子(たちばな きくこ、1909年10月2日 - 1968年12月5日)は、日本の女優。女優の大山デブ子は妹。 本名、石川政子。大阪市東区出身。1924年、松竹下加茂撮影所へ入社。「繞る秘密」(ヘンリー小谷監督)でデビュー。1925年、蒲田に移り、「孔雀の光」全6編でヒロインを演じたが、病気退社。1927年ヤマト映画製作所、1928年河合映画に入社する。葉山純之輔、雲井竜之介らの相手役で現・時代劇に出演し、1933年大都映画に改称後も多くの作品に助演。1942年合併で大映東京撮影所に所属し、1967年「早射ち犬」を最後に引退した。1968年12月5日、59歳で死去した。
仲 みどり(なか みどり、1909年〈明治42年〉6月19日… 仲 みどり(なか みどり、1909年〈明治42年〉6月19日 - 1945年〈昭和20年〉8月24日)は、昭和時代の新劇女優。太平洋戦争中、移動演劇桜隊に所属し公演先の広島県広島市で原爆投下の被害を受けた。医学的に認定された原爆という核兵器による攻撃の被害を受けた人類史上初の原爆症認定患者としても知られる。 東京府東京市日本橋区区本町(現・東京都中央区日本橋本町)の塗料問屋で近衛騎兵中尉・仲万次郎の三女として生まれる。 仏英和高女(現・白百合学園中学校・高等学校)に進学するが中退。大阪のウヰルミナ女学校(現・大阪女学院中学校・高等学校)を卒業後、浅草の剣劇団「明石潮一座」を経て1931年(昭和6年)、築地小劇場内に設立されたプロット(プロレタリア演劇同盟)研究所に入所。
川島 奈美子(かわしま なみこ、1908年10月22日 - … 川島 奈美子(かわしま なみこ、1908年10月22日 - 没年不詳)は、日本の女優である。川島 なみ子(かわしま なみこ)とも。本名高野 千代(たかの ちよ)。 1908年(明治41年)10月22日、東京市神田区(現在の東京都千代田区神田)に生まれる。 神田錦町の正則英語学校中等科(現在の正則学園高等学校)を4年次で修了し、1925年(大正14年)、東亜キネマ甲陽撮影所に入社する。満18歳となる1926年(大正15年)、西本武二監督の『漁村の唄』で映画界にデビュー、同作で注目される。1927年(昭和2年)、同社が甲陽撮影所を閉鎖、等持院の「東亜キネマ京都撮影所」に製作拠点の一元化にともない、京都に異動する。
河原崎 しづ江(かわらざき しづえ、1908年1月25日 -… 河原崎 しづ江(かわらざき しづえ、1908年1月25日 - 2002年1月1日)は、日本の女優。旧姓は山岸。初期の芸名は山岸 静江(後に山岸 しづ江)など。しづ江をしず江と表記することもある。 東京市日本橋区(現在の東京都中央区)生まれ。石川県出身。1923年、帝国劇場附属技芸学校(帝国女優養成所)の7期生として卒業。同期に飯島綾子らがいる。子爵家の長男大河内信威と結婚し、男児・信具を儲ける。1931年、前進座の創設に参加し、山岸しづ江の芸名で舞台に立った他、1933年以降は前進座がユニット出演した映画に出演した。1932年に夫の信威が共産党事件で逮捕される。 信威とは離婚し、1936年、前進座座員の河原崎長十郎と結婚。
田村 秋子(たむら あきこ、1905年10月8日 - 198… 田村 秋子(たむら あきこ、1905年10月8日 - 1983年2月3日)は、日本の新劇女優。 小説家・劇作家の田村西男の長女として東京市下谷区に生まれる。神田高等女学校卒業。1924年築地小劇場に入り、1925年3月、俳優友田恭助と結婚。結婚後の本名は伴田秋子。1927年「愛欲」などに出演する。1932年友田ともに築地座を結成、1936年解散。 1937年9月6日、夫とともに「文学座」の結成に参加。だが友田はすぐに日中戦争に召集され10月6日に戦没した。文学座は、11月31日、秋子を主役とした旗揚興行を予定していたが、秋子が「遺骨が戻ってくるまでは出演をしない」と拒否して公演は延期となった。 戦後1949年、文学座に名誉座員として迎えられ、自作「姫岩」で舞台復帰し1950年『ヘッダ・ガブラー』に主演、自伝『一人の女優の歩んだ道』(1962)がある。
浦路 輝子(うらじ てるこ、1904年7月22日 - 没年不… 浦路 輝子(うらじ てるこ、1904年7月22日 - 没年不詳)は、日本の女優である。本名は堀内 照子(ほりうち てるこ)。 1904年(明治37年)7月22日、東京府東京市小石川区(現在の東京都文京区)に「堀内照子」として生まれる。 名古屋市内の旧制・尋常小学校を卒業、京都市内の旧制・高等小学校を一年次で終了、長崎県佐世保市の長崎県立佐世保高等女学校(長崎県立佐世保北高等学校と長崎県立佐世保南高等学校の前身)に入学した。1921年(大正10年)、同女学校を三年次で中途退学し、東京少女歌劇団に入団する。1925年(大正14年)には、渡瀬淳子が主宰する「渡瀬淳子演劇研究所」に参加、舞台女優を目指す。
梅村 蓉子(うめむら ようこ、1903年10月21日 - 1… 梅村 蓉子(うめむら ようこ、1903年10月21日 - 1944年3月8日)は、日本の女優である。本名は鈴木 花子(すずき はなこ)。 1903年(明治36年)10月21日、東京府東京市日本橋区日本橋蛎殻町(現在の東京都中央区日本橋蛎殻町)の瀬戸物問屋に「鈴木花子」として生まれる。 旧制小学校に上がる1910年(明治43年)には、東京市本郷区(現在の文京区本郷)の本郷座で新派の初舞台を踏む。有楽座のお伽芝居の舞台にも立つ。 1922年(大正11年)、松竹蒲田撮影所に入社し、翌1923年(大正12年)公開、島津保次郎監督の『散りにし花』で映画界にデビューする。同年9月1日の関東大震災によって同撮影所は稼動を停止し、京都の松竹下加茂撮影所に異動になる。
高井 ルビー(たかい ルビー、1903年2月7日 - 197… 高井 ルビー(たかい ルビー、1903年2月7日 - 1972年7月5日)は、日本の歌手、女優である。本名は「天田 春音(あまだ はるね)」。大正期~昭和初期の浅草オペラでソプラノの歌姫として活躍。 東京都本所区向島にて出生。東京育ちではあるが、祖父は群馬の博徒国定忠治の子分の一人であり左の腕にあたる人物であったという。 鎌倉高等女学校を卒業後、歌手・井上起久子に師事。1920年に演出家の獏与太平に見初められオペラ女優の仲間入りを果たす。初期の芸名は「高井爾美」(読み同じ)。この芸名は井上に付けられたという。なお、芸名の由来は駆け出しの頃大学生のパーティに招かれた際、指輪がないので小道具の指輪をはめて行き、学生に「あっ、高いルビー」と言われたのにちなんだと言われる。
栗島 すみ子(くりしま すみこ、明治35年〈1902年〉3月… 栗島 すみ子(くりしま すみこ、明治35年〈1902年〉3月15日 - 昭和62年〈1987年〉8月16日)は、明治・大正・昭和期の女優。日本映画界初期の人気女優である。日本舞踊水木流家元水木歌紅でもある。 東京府豊多摩郡渋谷村大字中渋谷(現在の東京都渋谷区道玄坂)に生まれた。父の死後、母の再婚先である川村家を経て新派俳優栗島狭衣の養女となった。 明治40年(1907年)、5歳のとき狭衣の師である水木歌橘に入門し、日本舞踊を習い始めた。同年父の主宰するお伽劇『うそつき爺い』で初舞台を踏んだ。また、明治42年(1909年)には狭衣と共にM・パテー商会製作・公開の映画『新桃太郎』に出演した。 大正2年(1913年)、栗島狭衣一座の座員となり、巡業生活を送った。
上山 珊瑚(かみやま さんご、1900年9月23日 - 19… 上山 珊瑚(かみやま さんご、1900年9月23日 - 1927年9月8日)は、日本の女優。本名は三田小枝子。山川浦路の実妹にして上山草人の義妹。 1900年、東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に、鉱物学者の守一の娘として生まれる。東京女学館へ通うが、父の事業不振のため、大阪のプール女学院に転校後、中退。姉・千枝子(山川浦路)が上山草人と結婚したつながりから、近代劇協会が上演した舞台『ヴェニスの商人』などに出演。草人の友人だった谷崎潤一郎の紹介で1920年大正活映に入社。葉山三千子主演の『アマチュア倶楽部』に出演。谷崎潤一郎脚本映画『月の囁き』に主演予定だったが企画が頓挫。代わりに、泉鏡花原作、谷崎脚色、トーマス栗原監督の『葛飾砂子』に主演。
森 律子(もり りつこ、1890年10月30日 - 1961… 森 律子(もり りつこ、1890年10月30日 - 1961年7月22日)は、日本の女優。最初期の女優として、また元代議士を父に持つお嬢様女優として話題を集め、喜劇を得意とした。 東京府東京市京橋区日吉町(現・東京都中央区銀座8丁目)生まれ。父は愛媛県松山出身の弁護士・衆議院議員の森肇(1864年-1927年)。肇は長髪がトレードマークの熱血漢であると同時に、癇癪を起こすと自宅で銃や日本刀を振り回すような暴君でもあり法曹界の名物男として有名だった。 跡見女学校卒業後、築地のサンマース、女子語学校専科で英語を学ぶ。1908年川上貞奴の帝国女優養成所に入り、帝劇女優第一期生となる。当時、芸人は卑しい職業とされていたため、跡見女学校の同窓会から除名されたとの説を福田和也らが書いているが、実際にはその後も同窓会に出席している。
川上 貞奴(かわかみ さだやっこ、戸籍名 川上 貞(旧姓:小… 川上 貞奴(かわかみ さだやっこ、戸籍名 川上 貞(旧姓:小山)、明治4年7月18日(西暦1871年9月2日) - 昭和21年(1946年)12月7日)は、戦前の日本の女優。 東京・日本橋の両替商・越後屋の12番目の子供として誕生。生家の没落により、7歳の時に芳町の芸妓置屋「濱田屋」の女将、可免吉の養女となる。伝統ある「奴」名をもらい「貞奴」を襲名。芸妓としてお座敷にあがる。日舞の技芸に秀で、才色兼備の誉れが高かった貞奴は時の総理伊藤博文や西園寺公望など名立たる元勲から贔屓にされ、名実共に日本一の芸妓となった。 1894年、自由民権運動の活動家で書生芝居をしていた川上音二郎と結婚した。しかし当初は苦労も多く、音二郎の2度もの衆議院選挙落選により資金難に陥る。
坂場 明日香(さかば あすか、12月1日 - )は、日本の舞… 坂場 明日香(さかば あすか、12月1日 - )は、日本の舞台女優である。年齢非公開。愛称は、ばっちゃん、さかじょー、あすか、あちゅか、あすちゃん 高校時代は吹奏楽部に所属し、トランペットを担当していた。マーチング世界大会の優勝経験もある。 元々は、美容師として働いていたが、2015年4月に株式会社soymilk主催の劇団TEAM-ODACに研究生として入団。2020年のコロナ禍よりファンとの交流と新規ファンの獲得を目的として、ライブ配信アプリ「Pococha」での配信をスタートする。 本人曰く、犬派。実家で茶太郎と言う名のチワワを飼っており、しばしばSNSに登場する。 口癖は、「なんでだよー」 自身の年齢を永遠の20歳としており、エターナルハタチ(エタハタ)、ベテランのハタチ(ベテハタ)、プロのハタチ、エターナルベテランハタチなどリスナーやファンからいじりの対象となっている。
香月 彩里(こうづき さおり、11月24日 - )は、日本の… 香月 彩里(こうづき さおり、11月24日 - )は、日本の女優、映画監督。 宮城県出身。関東国際高等学校演劇科卒業、 青山学院女子短期大学卒業。
黒田 よし子(くろだ よしこ、本名:黒田 佳子、11月23日… 黒田 よし子(くろだ よしこ、本名:黒田 佳子、11月23日 - )は、東京都中野区出身の女優、モデル。 東京都中野区生まれ、埼玉県育ち。幼少期から音楽が好きで将来歌手になることを夢見、14歳の時「桜っ子クラブ」桜組オーディションを受け、最終審査まで残る。TV上での公開オーディションを受けるが事務所に所属していないという理由から不合格に。 高校入学と同時にサンミュージック系列のスクールへ所属し、マルチタレント部門の特待生として3年間、歌とダンス(バレエ、ジャズ、日本舞踊)、演技のレッスンを受ける。スクールの同期には来栖あつこ。 高校では演劇部に所属し、次第に舞台を作り上げる事に魅力を感じ、尚美学園大学音楽学科声楽専攻で、声楽とフルートを学ぶ(フルートは中学時代、吹奏楽部でもやっていた)。
古谷 佳乃(ふるや よしの、11月1日 - )は、日本の女性… 古谷 佳乃(ふるや よしの、11月1日 - )は、日本の女性声優、女優。東京都出身。アクセント所属。 2015年、富士見中学高等学校卒業。中学、高校時代から演劇部に所属し、世田谷パブリックシアターや俳優座劇場での公演にも参加経験がある。 2019年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。在学時は早稲田大学公認ミュージカルサークル「Seiren Musical Project」に所属して、数多くの舞台でヒロイン役を経験する。 大学卒業後に本格的に役者活動を開始し、CAMPFIREのクラウドファンディングを経て2022年に劇場公開予定の自主映画『#アリスの裁き』にて、映画初出演を務めた。 資格は図書館司書、英検2級。
蒼羽 りく(そらはね りく、10月13日 - )は、日本の女… 蒼羽 りく(そらはね りく、10月13日 - )は、日本の女優。元宝塚歌劇団宙組の男役スター。 東京都府中市、都立神代高等学校出身。身長173cm。愛称は「りく」。 2005年、宝塚音楽学校入学。 2007年、宝塚歌劇団に93期生として入団。入団時の成績は3番。星組公演「さくら/シークレット・ハンター」で初舞台。その後、宙組に配属。 2010年の「TRAFALGAR」で新人公演初主演。入団4年目での抜擢となった。 2012年、凰稀かなめ・実咲凜音トップコンビ大劇場お披露目となる「銀河英雄伝説@TAKARAZUKA」で、2度目の新人公演主演。 2013年の「風と共に去りぬ」で3度目の新人公演主演。
石内 忍(いしうち しのぶ、10月13日生)は、日本の舞台女… 石内 忍(いしうち しのぶ、10月13日生)は、日本の舞台女優、ラジオパーソナリティ。東京都江戸川区出身。 かつしかFM(78.9MHz) 劇団シェイクスピア・シアター:出口典雄演出 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
菖蒲 菜月(あやめ なつき、9月20日 - )は、日本の女優… 菖蒲 菜月(あやめ なつき、9月20日 - )は、日本の女優 。 2023年、テレビ朝日暴太郎戦隊ドンブラザーズ第44話ゲスト女性社員役で初のテレビドラマキャスト出演を果たし、同年ミュージカルゴーストミュージカル(音楽監督山口琇也)にてミュージカルでの初のメインキャスト三人姉妹・長女役を演じ、山科諒馬と共演。 5歳よりクラシックバレエとピアノを始め、小学校から国立音楽大学附属で学び、附属高校声楽専攻を卒業後、ミュージカルに転向。 また14歳より牧阿佐美バレヱ団附属橘バレヱ学校で学ぶ。物心ついた頃から、宝塚の花總まりに影響を受け、将来をミュージカルの世界で生きると決意。 母の伯母(母方の祖父の姉)がOSK日本歌劇団に在団していたことがあるという。
希山 明里(きやま あかり、9月7日 - )は、日本の女優、… 希山 明里(きやま あかり、9月7日 - )は、日本の女優、声優。 ラ・マシン搭乗時には英芸名にて参加。2013年9月末まで別名で活動アクロス エンタテインメント所属。劇団BQMAPに所属。東京都江東区木場出身。身長158cm。血液型はO型。星座は乙女座。愛称は「隊員」「Carry」「きやちん」。弟は俳優・声優の望海将太郎。 高校卒業と同時にラジオDJを目指し、大学生活の傍ら、ラジオ局でアシスタントなどを務めるようになる。卒業後単身でロサンゼルスに留学。ミュージカルを学び、現地でラジオDJを務める。ニューヨーク、カナダのトロントに生活を移し、翌年帰国。 2009年横浜で開催した、横浜開国博Y150のメインイベント「la・machine(ラ・マシン)」に日本人パイロット代表10名に選出。
安澤 千草(やすざわ ちぐさ、9月6日 - )は日本の女優、… 安澤 千草(やすざわ ちぐさ、9月6日 - )は日本の女優、東京都出身。ナイロン100℃所属。ダックスープ所属。血液型AB型。
甲田 真理(こうだ まり、mari koda、8月3日 - … 甲田 真理(こうだ まり、mari koda、8月3日 - )は、日本の女優、ダンサー、経営者。 東京都渋谷区出身(新宿区出生)。米国ニューヨーク在住。ダンサー名「kodance」(読み:コ-ダンス)。 映画、TV、CM等様々な分野で活躍中。世界的に有名なヒップホップ・アーティスト集団『ロック・ステディー・クルー』に所属。ヒップホップだけでなく、サルサ、ハッスル、ハウス、バレエなどジャンルに隔たりなく、音楽に合ったパフォーマンスを心がけている。ダンス映画の歴代興行成績をたった1週間で塗り替えたディズニー配給のハリウッド映画「ステップ・アップ2:ザ・ストリート」の一般公募オーディションに参加、1500人の中から役を勝ちとった彼女は『2』に出演するだけでなく、ディズニーから『3』出演の要望を受けた。
華耀 きらり(かよう きらり、7月22日 - )は、日本の女… 華耀 きらり(かよう きらり、7月22日 - )は、日本の女優。元宝塚歌劇団花組の娘役。 東京都大田区、順心女子学園出身。身長162 cm。血液型O型。愛称は「きらり」、「ゆうこ」、「ゆうこりん」。 個人事務所(2022-バイ・ザ・ウェイ業務提携)。 2000年、宝塚音楽学校入学。 2002年、宝塚歌劇団に88期生として入団。入団時の成績は9番。星組公演「プラハの春/LUCKY STAR!」で初舞台。その後、花組に配属。 愛らしい容姿と卓越したダンス力で注目を浴び、2008年のバウ・ワークショップ「蒼いくちづけ」で、バウホール公演初ヒロイン。 2009年の「フィフティ・フィフティ」で、白華れみとバウホール公演ダブルヒロイン。
川渕 かおり(かわぶち かおり、7月7日 - )は、日本の女… 川渕 かおり(かわぶち かおり、7月7日 - )は、日本の女優、声優、モーションアクター、歌手、剣舞師、演出家・殺陣師・モデル・作詞家・演出家・アクション指導家。 立川市にて自衛官の父と一般人の母との間に出生。妹が1人いる。獨協大学外国語学部在学中に女優としての活動を始め、主に映画や舞台に出演。並行して米山流殺陣術の米山勇樹に師事する。ソードパフォーマンスチーム『偉伝或〜IDEAL〜』を立ち上げ、演出家としても才能を発揮。2009年からはCGキャラクターの動きの基となるモーションアクターとしての活動も開始し、ファイナルファンタジーシリーズなどのゲームやアニメ、『キャプテンハーロック』などのCG映画で重要な役を担当。
中谷真希枝(なかや まきえ、本名非公表、6月4日 - )は、… 中谷真希枝(なかや まきえ、本名非公表、6月4日 - )は、東京都渋谷区生まれ、東京都千代田区、栃木県足利市育ちの、日本のミュージカル女優・舞台女優。身長155cm。双子座。血液型B型。14歳頃より栃木県宇都宮市にあるジュニアミュージカル劇団どりーみんぐや、東京宝映テレビ(現・宝映テレビプロダクション)などを経て、現在劇団シアタージャパンに所属。
広江 美奈(ひろえ みな、5月16日 - )は、日本の女優、… 広江 美奈(ひろえ みな、5月16日 - )は、日本の女優、声優。所属:エムキューブ・デザイン。東京都立川市出身。 太字はメインキャラクター。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
新川 千華(しんかわ ちはる、5月12日 - )は、日本の女… 新川 千華(しんかわ ちはる、5月12日 - )は、日本の女優。東京都練馬区出身。早稲田大学大学院経営管理研究科在学中。 初期は舞台俳優として学業と並行しつつ活動。ストレートプレイから、バレエ経験・持ち前の運動神経を生かしたダンスや殺陣の舞台など、幅広いジャンルに出演。 大学在学中に本格的に芝居の勉強をしようと英語が全く話せない中、単身渡米。アメリカ・ロサンゼルスのアクティングスクールに入学。 現在はドラマ・映画・CM等の映像作品への出演、モーションアクターへと活動の幅を広げている。 2022年ミス・ジャパン (株式会社HDR)東京大会ファイナリスト
田中 香子(たなか よしこ、4月30日 - )は、東京都豊島… 田中 香子(たなか よしこ、4月30日 - )は、東京都豊島区出身の女優。ライブやブログ等でSoo(すー)の名前を用いる場合もある。身長154cm、B型。 東京都豊島区生まれ。大妻女子大学短期大学部卒業、中学校教諭2種免許(国語)取得。劇団青杜にて、声優の古川登志夫に師事。同退団後、俳協演劇研究所入所、演出家・手塚敏夫への師事を経てフリーとなり、舞台を中心に活動。自身が主宰するプロデュースユニット「Soorasia(すぅらしあ)」の名で不定期にプロデュース公演やワークショップも行う。 趣味は漫画、温泉、乗馬。特技はやせがまんと図画工作。劇中の小道具や衣裳を自ら手がけることも多い。舞台では、ファンタジックな作品への出演やヒロインを務めることが多く、自身のブログで「メルヘン担当」「ロマンス班」としばしば自称していた。
松本 都(まつもと みやこ、4月11日 - )は、日本の女優… 松本 都(まつもと みやこ、4月11日 - )は、日本の女優、グラビアアイドル、プロレスラー、アイドル。東京都出身。 ポニーキャニオンよりメジャーデビュー。リーダーとなり、CDリリース、テレビやフェス出演、ライブ活動、ライブハウスやでの試合などをプロレスと並行して精力的に行う(2016年活動終了)。 猫舌SHOWROOM 吉田豪「豪の部屋」