小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉1… 小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉10月1日 - 1998年〈平成10年〉3月31日)は、日本の翻訳家、随筆家、ノンフィクション作家。トーベ・ヤンソンの『ムーミンシリーズ』などの児童文学翻訳で知られる。旧姓、一戸。陸軍少将小野寺信は夫。 東京都渋谷区生まれ。東京女子高等師範学校附属高等女学校専攻科(現・お茶の水女子大学附属中学校・お茶の水女子大学附属高等学校)卒。第二次世界大戦中、公使館附武官だった夫とともにスウェーデンに滞在し、和平工作のための夫の情報活動を手伝い、暗号電文を作ったり、本国からの電文を解読したりした。60歳を過ぎてから、トーベ・ヤンソンやアストリッド・リンドグレーン、エレン・ケイなどスウェーデン文学の翻訳に従事した。
高沖 陽造(たかおき ようぞう、1906年4月25日 - 1… 高沖 陽造(たかおき ようぞう、1906年4月25日 - 1999年10月15日)は、日本の文芸評論家、翻訳家。 広島県生まれ。正則英語学校卒業。1933年から西洋の文芸思想の紹介を始める。戦後は民主主義科学者協会に所属、マルクス主義芸術理論を研究、紹介した。
瀬沼 茂樹(せぬま しげき、1904年10月6日 - 198… 瀬沼 茂樹(せぬま しげき、1904年10月6日 - 1988年8月14日)は、日本の文芸評論家、翻訳家。本名は鈴木忠直。 東京府生まれ。1929年、東京商科大学(現一橋大学)卒。金子鷹之助ゼミでノヴァーリスを学んだ。在学中伊藤整と知り合い終生の親友となる。出版社に勤め、1930年、伊藤の『文芸レビュー』同人となり、谷川徹三の知遇を得て評論活動を始める。1932年、イポリット・テーヌの『文学史の方法』を翻訳、岩波文庫から刊行。唐木順三、藤原定らと季刊『理論』を創刊、1933年、最初の著書『現代文学』を上梓、1934年、埼玉県立商業学校教師、1935年、川越中学校教師、1937年から化粧品会社に勤め、執筆活動を一時休止。
鹿島 宗二郎(かしま そうじろう、1904年(明治37年)6… 鹿島 宗二郎(かしま そうじろう、1904年(明治37年)6月13日 - 1980年(昭和55年)6月1日)は、日本の諜報員、著述家、翻訳家。別名吉田 東祐(よしだ とうすけ)。筆名高杉 三郎。 東京生まれ。東京府立第四中学校(のちの東京都立戸山高等学校)を経て、1927年に東京商科大学(のちの一橋大学)を卒業後、鉄鋼会社に入社。 共産主義を研究するため退社し、横浜専門学校(のちの神奈川大学)教授や、第一飛行学校理事も務めたが、教壇を追われたため、麹町区飯田町にて古本屋「三一書房」を立ち上げ、日本共産党に入党(中央委員会直属特別資金局B班)。 逮捕され執行猶予判決を受けるなどし、1936年に中国に渡り、秋草俊中佐や大使館付武官だった喜多誠一の発案で、大日本帝国陸軍の下、上海租界に潜入して情報網を築き、日中戦争開戦後は、和平交渉に従事した。
市原 豊太(市原 豐太、いちはら とよた、1902年6月22… 市原 豊太(市原 豐太、いちはら とよた、1902年6月22日 - 1990年8月14日)は、日本のフランス文学者、随筆家、翻訳家。 東京で生まれる。父市原卯之助は、山形県出身で帝国海軍将官だった。 1915年に東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、1920年に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。附属中学の同級生には、下村三郎(元最高裁判所判事)、菊池正士(物理学者)、坪井忠二(東京大学名誉教授)、中島健蔵(フランス文学者)などがいた。旧制第一高等学校を経て、1926年東京帝国大学文学部仏文科卒。 浦和高等学校教授、第一高等学校教授、東京大学教養学部教授、1963年定年退官、青山学院大学教授、獨協大学教授、獨協大学学長代行を経て名誉教授。
小栗 孝則(おぐり たかのり、1902年3月22日 - 19… 小栗 孝則(おぐり たかのり、1902年3月22日 - 1976年)は、日本のドイツ文学者、詩人、翻訳家。 東京生まれ。海軍大将の小栗孝三郎の長男。父親の母方の親戚に戸田城聖がいる。 東京府立第一中学校を経て東京外国語学校ドイツ語科中退。1937年の『新編シラー詩抄』のうちの「人質」をネタとして太宰治が「走れメロス」を書いた。
竹内 道之助(たけうち みちのすけ、1902年1月25日 -… 竹内 道之助(たけうち みちのすけ、1902年1月25日 - 1981年4月20日)は、日本の翻訳家、実業家、三笠書房創立者。東京府東京市深川区(現・東京都江東区)出身。 本所高等小学校卒業。正則英語学校、アテネフランセに通い英語、ドイツ語、フランス語を習得。 藤澤衛彦の主宰の雑誌『伝説』の編集に携わる。のち、梅原北明が企画し福山福太郎が創設した「文藝資料研究会」に参加し、雑誌『奇書』や「変態文献叢書」の編集を手がける。1930年には酒井潔らの協力をうけ「風俗資料刊行会」を設立し、雑誌『風俗資料』『デカメロン』らを編集刊行した。 そののち、哲学者三木清らのグループや、唯物論研究会との親交を重ね、1933年に妻富子と共に、社会科学書、ヨーロッパ・アメリカ文学の翻訳書の刊行を主とする、三笠書房を創立。
菊池 重三郎(きくち しげさぶろう、1901年7月3日-19… 菊池 重三郎(きくち しげさぶろう、1901年7月3日-1982年4月16日)は、日本の作家、編集者、翻訳家。「芸術新潮」初代編集長。 宮崎県臼杵郡北方村(現在の延岡市) で生まれる。1920年、旧制日本大学中学校(現在の日本大学第一高等学校)卒業、1925年、立教大学文学部英文科を卒業。1925年から3年間、麻布中学校の英語教師を務め、1928年渡欧し、1930年帰国。 研究社、春秋社、新潮社に勤務し、傍ら文筆活動にも努める。 新潮社では、1950年「芸術新潮」初代編集長となり、創刊から62号まで携わり、1955年退職。 晩年の島崎藤村と交流があり、1947年の木曾馬籠の藤村記念館の設立に尽している。
岩田 欣三(いわた きんぞう、1898年2月5日 - 198… 岩田 欣三(いわた きんぞう、1898年2月5日 - 1986年6月5日)は、翻訳家、医師。本名・良吉。東京生まれ。1925年東京帝国大学英文科卒。45年日本医科大学卒。法政大学教授。 W・H・ハドソン、ロバート・ルイス・スティーヴンソン、ジャック・ロンドン、アーサー・ランサムなど、少年向けの英国小説を訳した。岩田良吉、欣三双方の名を用いた。
村松 正俊(むらまつ まさとし、1895年4月10日 - 1… 村松 正俊(むらまつ まさとし、1895年4月10日 - 1981年9月20日)は、文明批評家、翻訳家。
吉田 甲子太郎(よしだ きねたろう、1894年〈明治27年〉… 吉田 甲子太郎(よしだ きねたろう、1894年〈明治27年〉3月23日 - 1957年〈昭和32年〉1月8日)は、日本の翻訳家、英文学者、児童文学者。筆名に朝日壮吉、吉田夏村などがある。 群馬県北甘楽郡小野村(現・富岡市)生まれ。東京芝桜田小学校高等科、旧制立教中学校を経て、早稲田大学英文科卒業。 大学卒業後、母校、旧制立教中学校の英語教師となる。大学在学中より山本有三に師事。朝日壮吉などの筆名を用い、中学教師のかたわら、『新青年』などに探偵小説を翻訳するが、1927年ころから児童文学に移行し、少年小説を書く。1932年、新設された明治大学文藝科で、科長となった山本の推薦で教授となる。戦後は明大文学部文学科長を務め、児童雑誌『銀河』の編集にも携わる。
村岡 花子(むらおか はなこ、1893年〈明治26年〉6月2… 村岡 花子(むらおか はなこ、1893年〈明治26年〉6月21日 - 1968年〈昭和43年〉10月25日)は、日本の翻訳家・児童文学者。 児童文学の翻訳で知られ、モンゴメリの著作の多くと、エレナ・ポーター、オルコットなどの翻訳を手がけた。基督教文筆家協会(現・日本クリスチャン・ペンクラブ)初代会長(在任、1952年〈昭和27年〉6月 - 1958年〈昭和33年〉10月)。 山梨県甲府市の安中逸平・てつ夫妻の長女として生まれる。本名:村岡 はな(むらおか はな)、旧姓:安中(あんなか)。 クリスチャンである父の希望により、2歳でカナダ・メソジスト派の甲府教会において小林光泰牧師より幼児洗礼を受ける。
南 洋一郎(みなみ よういちろう、1893年1月20日 - … 南 洋一郎(みなみ よういちろう、1893年1月20日 - 1980年7月14日)は、日本の児童文学・冒険小説・ノンフィクション作家、翻訳家。教員としては東京府東京市牛込区余丁町尋常小学校などで訓導を務めた。 東京府西多摩郡東秋留村(現在の東京都あきる野市)出身。本名は池田宜政(いけだ よしまさ)。南洋一郎以外にも荻江信正(おぎえ のぶまさ)などの筆名や本名を用い、数々の著作を発表した。 東京府青山師範学校(現・東京学芸大学)卒業。1915年にカトリックの洗礼を受ける。 12歳で父を亡くし、高等小学校卒業後、学校からの紹介で小石川の商家に住み込み奉公へ出る。働く合間に独学で学んでいたが、約1年で体調を崩してしまい、帰郷する。
延原 謙(のぶはら けん、本名読み:ゆずる、1892年9月1… 延原 謙(のぶはら けん、本名読み:ゆずる、1892年9月1日 - 1977年6月21日)は、日本の編集者、翻訳家。シャーロック・ホームズなど探偵小説の翻訳で知られる。別名に小日向 逸蝶。 妻は劇作家・フランス文学者岸田國士の妹の勝伸枝。 1892年9月1日、京都で生まれた。父は竹内(旧姓馬場)種太郎、母は竹内文で、謙は二男である。父の種太郎は謙出生の翌年に死去し、母と兄とともに暮らすことになった。この際、戸籍上では母方の祖母の妹の養子となり、姓は延原となった。母の文は学校教師をしながら下宿屋を営み生計を立てた。1894年、母と兄とともに、母の実家である岡山県津山に引っ越した。1899年、文は津山に女学校を建て英語などを教えつつ2人の息子を育てた。
木村 荘太(きむら そうた 1889年2月3日 - 1950… 木村 荘太(きむら そうた 1889年2月3日 - 1950年4月15日)は、東京府出身の作家、翻訳家。本名の読みは「しょうた」。別名に久木今作、木村艸太(そうた)。木村荘平の子。女性関係と奇人ぶりで知られた。 東京市日本橋区吉川町両国広小路(現在の東京都中央区東日本橋)に、木村荘平の妾腹の子として生まれる。 父は牛鍋屋チェーン店"いろは"を20数箇所に展開して"いろは大王"と呼ばれると共に、葬儀会社"博善社"の社長も兼ねた実業家で、正妻の他に多数の愛人を持ち、諸方に儲けた子の数が男13人に女17人。荘太の異母姉栄子が木村曙の筆名で作家として知られた他、同母弟に木村荘八(挿絵画家)、異母弟に木村荘十(直木賞作家)と木村荘十二(映画監督)がいる。
東 健而(ひがし けんじ、あずま けんじ、とう けんじ、18… 東 健而(ひがし けんじ、あずま けんじ、とう けんじ、1889年(明治22年) - 1933年(昭和8年)3月20日)は、日本のユーモア作家、翻訳家、映画評論家。筆名は愚教師のほか、森田三祢子、森田みね子などを用いた。 東京都出身、正則英語学校卒。大正から昭和にかけて、ユーモア小説、雑文、シャーロック・ホームズ等の初期の翻訳家として活躍した。実父は「坂の上の雲」の秋山好古と陸軍士官学校同期の陸軍騎兵第二連隊長騎兵大佐東常久である。妻、静江は外務省参事官(広東総領事)森田寛蔵の息女。家族は長女冨士子(神奈川県三浦郡葉山町在住)の三人。 松竹キネマ俳優学校で映画劇史を教え、徳川夢声と知り合う。東の没後、夫人は友人の徳川夢声(徳川も妻に先立たれていた)と再婚した。
池田 大伍(いけだ だいご、1885年(明治18年)9月6日… 池田 大伍(いけだ だいご、1885年(明治18年)9月6日 - 1942年(昭和17年)1月8日)は、歌舞伎の劇作家、劇評家、翻訳家。甥は池田弥三郎。 池田鉸三郎・乃婦の次男に生まれた。家は幕末から続く銀座の天ぷら屋「天金」で、兄が金太郎、本人の幼名が銀次郎だった。1891年から私塾の鍋町小学校に通い、公立の麹町小学校を卒業した。その後商工中学を経て、1907年早稲田大学英文科を卒業した。東京毎日新聞の劇評を2年書いた後、1911年(明治44年)、坪内逍遙らの文芸協会の演芸主事となった。1913年(大正2年)の文芸協会解散後は、東儀鉄笛・土肥春曙らと劇団「無名会」を組織し、翌1914年、第一作『滝口時頼』を上演した。
牛山 充(うしやま みつる、1884年6月12日 - 196… 牛山 充(うしやま みつる、1884年6月12日 - 1963年11月9日)は、日本の音楽学者、舞踊・浮世絵評論家、翻訳家。旧姓は百瀬。 長野県諏訪郡四賀村(諏訪市四賀)生まれ。高島小学校卒業後、1913年東京音楽学校甲種師範科卒。高野辰之、田村寛貞に師事し、在学中、学友会誌「音楽」の主筆・編集長を務めた。1912年には学友会主宰の「土曜演奏会」を始めた。また東京外国語学校や正則英語学校に通い、英語を習得し、海外音楽理論の翻訳に着手した。東京音楽学校講師を経て、教授。1922年から「東京朝日新聞」の音楽・舞踊欄を担当した。 1934年8月から「月刊楽譜」主筆を務めた。1938年4月に行われた第6回日本音楽コンクールではバイオリン部門の審査員を務める。
生田 長江(いくた ちょうこう、1882年(明治15年)4月… 生田 長江(いくた ちょうこう、1882年(明治15年)4月21日 - 1936年(昭和11年)1月11日)は、日本の評論家・翻訳家・劇作家・小説家。 父喜平治と母かつとの三男一女の末子として、鳥取県日野郡貝原村(現・日野町根雨)に生まれた。1895年(明治28年)(13歳)、地元の日野郡高等小学校を卒業し、翌年、次兄がいる大阪へ出て、1897年、桃山学院の2年生になった。 本名は弘法大師(空海)に因んだ「弘治」ながら、1898年、プロテスタント系のユニバーサリスト教会で受洗し、聖書に親しんだ。翌年上京して青山学院中学部の4年生となり、1900年、第一高等学校文科に入り、1903年、東京帝国大学文科大学哲学科へ進み、美学を専攻した。
片山 広子(片山 廣子、かたやま ひろこ、1878年〈明治1… 片山 広子(片山 廣子、かたやま ひろこ、1878年〈明治11年〉2月10日 - 1957年〈昭和32年〉3月19日)は、日本の歌人、随筆家、アイルランド文学翻訳家(松村みね子名義)。 外交官・吉田二郎の長女として東京麻布で生まれる。妹は次子、弟は精一と東作。東洋英和女学校卒。佐佐木信綱に師事して歌人として活動。 短歌の作風は、「近代短歌史上類例の静謐にして孤独、高貴にして率直誠実な霊魂の響き」(藤田福夫)と評されているが、生前の明治・大正期の画壇では正当に評価されなかった。 また、松村みね子の筆名で、ジョン・ミリントン・シング、レディー・グレゴリー、W・B・イェーツ等のアイルランド文学を中心に翻訳も行う。
片山 広子(片山 廣子、かたやま ひろこ、1878年(明治1… 片山 広子(片山 廣子、かたやま ひろこ、1878年(明治11年)2月10日 - 1957年(昭和32年)3月19日)は、日本の歌人、随筆家、アイルランド文学翻訳家(松村みね子名義)。
上田 敏(うえだ びん、1874年(明治7年)10月30日 … 上田 敏(うえだ びん、1874年(明治7年)10月30日 - 1916年(大正5年)7月9日)は、日本の英文学者・詩人・翻訳家。学位は、文学博士。京都帝国大学文科大学教授。族籍は静岡県士族。「柳村」と号したため、上田柳村名義でも執筆活動を行った。 外国文学、とくに西欧の象徴詩の紹介と翻訳を精力的に行った。名訳詩集『海潮音』(1905年)は、日本の詩壇を覚醒させ、「パンの会」結成などに影響を与えた。作品に訳詩集『牧羊神』(1920年)など。 1905年(明治38年)に本郷書院で刊行された訳詩集『海潮音』で知られ、日本にベルギー文学や南仏プロヴァンス文学、象徴派や高踏派の詩を紹介した。 『海潮音』に収められたドイツの詩人カール・ブッセの詩『山のあなた』より「山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ。
馬場 孤蝶(ばば こちょう、1869年12月10日(明治2年… 馬場 孤蝶(ばば こちょう、1869年12月10日(明治2年11月8日) - 1940年(昭和15年)6月22日)は、日本の英文学者、評論家、翻訳家、詩人、慶應義塾大学教授。 孤蝶は土佐藩士馬場来八の四男として、土佐国土佐郡(現・高知市)に生まれた。本名は勝弥といい、19歳上の次兄に自由民権運動家の馬場辰猪がいる。病弱で就学せずに、1878年両親と上京し、下谷茅町(現・台東区池之端二丁目)の忍ヶ丘小学校から三菱商業学校に進んで中退し、1884年から、共立学校で英語を学んだ。少年期から寄席に入り浸った。浄瑠璃を語った。弓術・盆栽・将棋・パイプ・俳画・古書漁り・旅行と、趣味が広かった。 1889年(明治22年)(20歳)、明治学院2年に入学し、島崎藤村、戸川秋骨と同級になった。
渋江 保(しぶえ たもつ、1857年9月14日(安政4年7月… 渋江 保(しぶえ たもつ、1857年9月14日(安政4年7月26日) - 1930年4月7日)は日本の翻訳家、著作家、教師、ジャーナリスト、自由民権家として明治期に活躍した人物である。渋江抽斎の実子で、本名は成善(しげよし)、幼名は三吉(さんきち)、通称は道陸(どうりく)である。森鷗外が小説『渋江抽斎』を執筆した際の情報提供者であるというのが一般的な評価である。 渋江は親交の深かった多くの民権家が民権運動後期に至り、アジアへの国権拡張を主張する中で、誰もが唱えなかった植民地問題について深い理解があった。多くの自由民権思想家が自国民の自由民権だけを意識してきたのに対して、渋江は代表作『万国戦史』の編纂をとおして戦史思想を展開し植民地政策に反対を唱えた。
川島 忠之助(かわしま ちゅうのすけ、1853年6月9日(嘉… 川島 忠之助(かわしま ちゅうのすけ、1853年6月9日(嘉永6年5月3日)‐ 1938年(昭和13年)7月14日)は、明治時代から昭和初期に活躍した翻訳家、銀行家(横浜正金銀行東京支店長)である。1878年に『八十日間世界一周』を和訳し、日本で初めてフランス文学を原典から翻訳した人物である(訳書は生涯で3冊のみ)。 1853年(嘉永6年)5月3日、江戸本所(後の東京府東京市本所区、現・東京都墨田区)外手町の御料所の手代、川島奥六知脩の末子として生まれる。 父の赴任に伴い、6歳の頃に飛騨高山に移り住むが、1863年(文久3年)に父が病没した上に明治維新が起こり、扶持を失う。 1868年(明治元年)末、横須賀製鉄所に製図工見習工として就職してフランス語を修めるが、1870年(明治3年)に退職して横浜に出る。
大橋 さやか(おおはし さやか)は、日本の翻訳家、弁護士。 … 大橋 さやか(おおはし さやか)は、日本の翻訳家、弁護士。 東京学芸大学附属高等学校卒業後、1997年 東京大学文科一類に入学。2002年 東京大学法学部卒業。2004年10月2日 弁護士登録(第二東京弁護士会)。同年10月 アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2018年9月 琴平綜合法律事務所勤務。2020年1月 アジャイルプラス法律事務所を設立。
林 紅(はやし こう)は、ニュージーランド在住の翻訳家である… 林 紅(はやし こう)は、ニュージーランド在住の翻訳家である。 1989年に東京都で生まれ、東京大学教育学部附属中等教育学校、1998年お茶の水女子大学卒業する。お茶の水女子大学大学院で数学修士、ニュージーランドオークランド大学大学院でビジネスマネジメント修士 (MMgt} を修める。ニュージーランドに移住してフリーで翻訳する。
尾之上 浩司(おのうえ こうじ、生年非公開)は、日本の英米文… 尾之上 浩司(おのうえ こうじ、生年非公開)は、日本の英米文学翻訳家、評論家。 東京都大田区出身、神奈川県在住。 1990年代にモダンホラー評論家として注目され、以後、ホラー小説・映画やTV原作の翻訳、ノベライゼーションの執筆を主に行っている。また、リチャード・マシスンの翻訳多数。 1989年、SFコミューン名義で編集・刊行したファンジン『SFヒストリー』でSFファンジン大賞グランプリを受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。