平山 犬(ひらやま いぬ、1994年3月3日 - )は、日本… 平山 犬(ひらやま いぬ、1994年3月3日 - )は、日本の劇作家、コント作家、舞台俳優、YouTuber。東京都大田区出身。血液型はA型。中村亮太との演劇コントユニット『転転飯店』の主宰。 東京都大田区出身。多摩美術大学映像演劇学科出身。劇作家、コント作家のほか、舞台俳優としても活動している。 平山犬と言う芸名は2014年6月18日から使用している。 好きな食べ物はアメリカンドッグとベーコンエピとお蕎麦。好きなアーティストはサザンオールスターズ、YUKI、ポップしなないで、aiko、ずっと真夜中でいいのに、など。趣味は散歩、ラジオを聴くこと。大のラジオ好きで少年期よりハガキ職人をしていた。中学時代は硬式テニス部に所属していた。
根本 宗子(ねもと しゅうこ、1989年10月16日 - )… 根本 宗子(ねもと しゅうこ、1989年10月16日 - )は、日本の劇作家、演出家、脚本家、女優。月刊「根本宗子」主宰。以前の所属事務所はヴィレッヂ。 東京都出身。里谷多英に憧れてモーグルを始め、選手を目指していたが中学一年生の時に不慮の事故(競技会のリレーで転倒)で負傷し外傷性大腿骨頭壊死症を患い、迷いに迷ったが寛骨臼回転骨切り術を行なった。そのため今でも足にはボルトが入っている。 車椅子で過ごしていた中学高校時代の中学一年生のとき、実母と中村勘三郎の妻が幼馴染で家族ぐるみの交流があり、元々歌舞伎をよく観ていたが勘三郎に薦められた演劇、大人計画の「ニンゲン御破算」と出会いが演劇にのめり込むきっかけとなり、高校時代には年間100本から120本ほど鑑賞していた。
市川 大貴(いちかわ だいき、1989年1月13日 - )は… 市川 大貴(いちかわ だいき、1989年1月13日 - )は、日本の俳優、劇作家、演出家。東京都出身。MILLENNIUM PRO所属。所属劇団はシタチノ。身長178センチメートル。東京都立国際高等学校卒業。
品田 裕介(しなだ ゆうすけ、1988年9月22日 - )は… 品田 裕介(しなだ ゆうすけ、1988年9月22日 - )は、日本の俳優、劇作家、演出家、映画監督。東京都出身。演劇ユニットUMBRELLA所属。 東京都立府中東高等学校を中退後、写劇団高田倶楽部に入団、高田拓土彦に師事。 在団中にコントユニット「NAKANZUKU-Contemporary」を結成し、三鷹市の公共施設でコント公演や映画制作などを行う。 その後劇団を退団し、2011年に演劇ユニットUMBRELLAを創立。以降、全ての作品の作・演出を担当。 2013年、2014年には中央学院高等学校の芸術鑑賞会にて特別公演を行う。 2014年には、三鷹市の市民ボランティアを起用した映画「案山子」を監督し、上映会後も第6回三鷹コミュニティシネマ映画祭などで上映された。
川名 幸宏(かわな ゆきひろ、1988年4月6日 - )は、… 川名 幸宏(かわな ゆきひろ、1988年4月6日 - )は、日本の劇作家、演出家。 東京都練馬区出身。東京学芸大学附属高等学校、明治大学文学部史学地理学科卒業。 大学在学中の2011年に、第8回明治大学シェイクスピアプロジェクト『冬物語』の演出を務め、同プロジェクトを監修した横内謙介に師事。劇団扉座の演出助手、また市民劇や研究所公演の創作に関わる。 2014年からフリーの演出助手として活動し、特に松居大悟の舞台作品に多く関わり、『イヌの日』『アイスと雨音』『みみばしる』『Birdland』で演出助手を務める。 2017年、第28回下北沢演劇祭の若手支援企画「下北ウェーブ2018」に選出され、それを機に自身の作品をつくる団体「東京夜光」を設立。
春陽 漁介(しゅんよう りょうすけ、1987年6月2日 - … 春陽 漁介(しゅんよう りょうすけ、1987年6月2日 - )は、劇作家、演出家、俳優。 演劇制作セクション「プロデュースユニット四方八方(ふぉーほーやっほー)」および「劇団5454(ランドリー)」主宰、パフォーマンスグループ「96969」メンバー、株式会社L.LovesR.専務取締役。 日本大学豊山高等学校卒業、日本大学芸術学部演劇学科中退を経て2007年小劇場にて「春謡漁介」として俳優デビュー。舞台を中心に活動し、日芸演劇学科2年の時「プロデュースユニット四方八方(ふぉーほーやっほー)」を立ち上げる。 2012年、「劇団5454(ランドリー)」の旗揚げと共に本格的に脚本・演出を始め、同年、劇団イキウメ「ミッション」では読売演劇大賞を受賞した前川知大のもと文芸部に参加。
水原 央(みずはら よう、1982年11月15日 - )は、… 水原 央(みずはら よう、1982年11月15日 - )は、日本の劇作家、演出家。東京都生まれ。
木村 純子(きむら じゅんこ、1982年8月15日 - )は… 木村 純子(きむら じゅんこ、1982年8月15日 - )は、日本の劇作家・脚本家である。スタービートエンターテイメント合同会社業務執行代表社員。樋口夢祈・有沢優兎のマネージメントを行っている。 東京都生まれ。西東京市出身。2010年にスタービートエンターテイメント合同会社設立。同社にてマネージメントと舞台プロデュースを始め、2011年より脚本を書き始める。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
渋谷 悠(しぶや ゆう、1979年5月4日 - )は、バイリ… 渋谷 悠(しぶや ゆう、1979年5月4日 - )は、バイリンガル(日・英)の劇作家・脚本家・映画監督・舞台演出家たまに俳優。日本語と英語の両方で本を書く。劇団牧羊犬主宰。日本初のモノローグ集『穴』やモノローグ集『ハザマ』を出版し、上演料・使用許可不要とするなど、モノローグ(一人芝居)を日本の演劇界・映画界に広める活動にも従事。スクリプトドクター、脚本執筆指導や英語演技指導の講師としても活動する。 ファンタジックな要素を用いて人間の弱さを慈しむストーリーを作っている。日常のなかの、人間の心の小さな変化、葛藤がテーマであることが多い。著作のモノローグ集『穴』も「書かないと消えそうなもの」をテーマに書いている。
古川 健(ふるかわ たけし、1978年8月31日 - )は、… 古川 健(ふるかわ たけし、1978年8月31日 - )は、日本の劇作家、俳優。劇団チョコレートケーキ所属。 東京都出身。東京都立駒場高等学校、駒澤大学文学部歴史学科日本史専攻卒業。高校で演劇部、大学で演劇研究部に所属。 2002年、劇団チョコレートケーキに入団。第2回公演以降、全作品に参加。2009年からは脚本を担当。 第25回テアトロ新人戯曲賞 最優秀賞など受賞。 劇団チョコレートケーキ第2回公演以降、全作品に参加
瀬戸山 美咲(せとやま みさき、1977年 - )は、日本の… 瀬戸山 美咲(せとやま みさき、1977年 - )は、日本の劇作家、演出家、脚本家。演劇ユニット「ミナモザ」主宰。2022年3月に日本劇作家協会会長に就任。 東京都出身。中学1年から高校1年まで演劇部に所属。学習院初等科、学習院女子中・高等科、早稲田大学政治経済学部(日本政治思想史ゼミ)卒業。大学時代は演劇をやらず手話のサークルに入っていたが、大学4年のときに北区・つかこうへい劇団のオーディションを受けて2公演ほど音響の手伝いをする。大学卒業後は就職はせずにフリーライターとなり、週刊誌やファッション誌に記事を書く。週刊現代のライターとしてジャーナリズムの裏側を覗いたことが、後に社会派演劇と称される下地を作ることになる。
桑原 裕子(くわばら ゆうこ、1976年7月19日 - )は… 桑原 裕子(くわばら ゆうこ、1976年7月19日 - )は、日本の女優・劇作家・演出家、脚本家である。 東京都出身、八王子高等学校卒業。劇団KAKUTA主宰。所属事務所は東宝芸能。
小山 ゆうな(こやま ゆうな、1976年1月26日 - )は… 小山 ゆうな(こやま ゆうな、1976年1月26日 - )は、ドイツ・ハンブルク出身の日本の劇作家、脚本家、演出家。2010年まで劇団NLT演出部に所属。退団後フリーの演出家として活動。2012年より有限会社パレナージュに所属し雷ストレンジャーズの演劇企画の演出。戯曲の力を引き出す上質な翻訳物ストレートプレイの演出に定評がある。2017年小田島雄志・翻訳戯曲賞受賞。2018年読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。2018年サンモールスタジオ最優秀団体賞(雷ストレンジャーズ)受賞。2010年より東北新社テクノアカデミア講師。他養成所にて新人養成、ワークショップも実施。児童文学者・演劇評論家の楠山正雄、小説家の前田晁は曾祖父。
比佐 廉(ひさ れん、1975年10月27日 - )は、日本… 比佐 廉(ひさ れん、1975年10月27日 - )は、日本の俳優・演出家・劇作家。フランス生まれ、東京都出身。自由の森学園中学校・高等学校卒業。ウィーズカンパニー所属。チャイルドコーチングアドバイザー。
長塚 圭史(ながつか けいし、1975年5月9日 - )は、… 長塚 圭史(ながつか けいし、1975年5月9日 - )は、日本の劇作家、演出家、俳優。東京都出身。ゴーチ・ブラザーズ所属。身長181cm、体重65kg。父は俳優の長塚京三。妻は女優の常盤貴子。
岩井 秀人(いわい ひでと、1974年6月25日 - )は日… 岩井 秀人(いわい ひでと、1974年6月25日 - )は日本の劇作家、脚本家、演出家、俳優。既婚。 東京都小金井市出身。大学病院の医師である父と兄から暴力をふるわれる家庭環境から、友人を平気で殴るような子供だった。あるとき友人に殴られたのをきっかけに人の目が気になるようになり、16歳から20歳まで対人恐怖症からひきこもり状態となった。ひきこもっていた間にゲームや映画をたくさん見たことから、俳優になることを決心し、進学のために予備校に通い始める。大検を取得し、2001年に桐朋学園大学演劇科を卒業。2002年に竹中直人の会(岩松了演出)「月光のつゝしみ」に代役として参加したことから現代口語演劇に目覚める。
戌井 昭人(いぬい あきと、1971年10月22日 - )は… 戌井 昭人(いぬい あきと、1971年10月22日 - )は、日本の俳優、劇作家、小説家。祖父は文学座代表を務めた演出家の戌井市郎。妻はモデルの愛可。一男がいる。 東京都調布市出身。1995年、玉川大学文学部演劇専攻卒業。同年、文学座付属研究所に入所。翌年に文学座研究生に昇進し12月に退所。1997年に牛嶋みさをらとともにパフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げし、脚本も担当している。 2008年に「新潮」に発表した『鮒のためいき』で小説家デビュー。2009年に小説『まずいスープ』で第141回芥川龍之介賞および第31回野間文芸新人賞の候補になる。2011年に『ぴんぞろ』で第145回の芥川龍之介賞候補、2012年に『ひっ』で第147回の芥川龍之介賞候補、2013年に『すっぽん心中』で第149回芥川龍之介賞候補、第40回川端康成文学賞受賞。
赤堀 雅秋(あかほり まさあき、1971年8月3日 - )は… 赤堀 雅秋(あかほり まさあき、1971年8月3日 - )は、日本の劇作家、脚本家、演出家、映画監督、俳優である。千葉県出身。コムレイド所属。劇団「THE SHAMPOO HAT」の旗揚げメンバーであり、同劇団の全公演の作・演出を務める。明治学院高校卒。明治学院大学中退。 1994年にパフォーマンス集団「STAGE14°」に入団する。 「STAGE14°」のメンバーだった野中隆光らと1996年に劇団「SHAMPOO HAT」(1999年に「THE SHAMPOO HAT」に改名)を旗揚げし、以降、全公演の作・演出を務める。 2006年に下北沢ザ・スズナリで発表した『津田沼』が第51回岸田國士戯曲賞にノミネートされる。
乾 緑郎(いぬい ろくろう、1971年1月18日 -)は、日… 乾 緑郎(いぬい ろくろう、1971年1月18日 -)は、日本の小説家、劇作家、鍼灸師。東京都目黒区出身。 東洋鍼灸専門学校卒業。10代の頃から演劇を志す。小劇場を中心として活動し、俳優活動も行っていた。その一方で小説も執筆し、24歳の頃から各文学賞に投稿していた。演出家、脚本家を経て36歳で鍼灸師の資格を修得し、鍼灸師となる。その傍ら、劇作家として小劇場の演劇や舞台の脚本を手掛け、2008年、「SOLITUDE」が日本劇作家協会の主催する第14回劇作家協会新人戯曲賞の最終候補に残り、同協会により刊行された『優秀新人戯曲集2009』に収録される。2010年、小説でも39歳の時に『忍び外伝』で第2回朝日時代小説大賞、『完全なる首長竜の日』で第9回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した。
羽原 大介(はばら だいすけ、1964年11月27日 - )… 羽原 大介(はばら だいすけ、1964年11月27日 - )は、日本の劇作家、脚本家、演出家。 鳥取県出身、日本大学明誠高等学校、日本大学芸術学部文芸学科卒業。劇団昭和芸能舎主宰。 日本大学芸術学部ではよしもとばななと同期。大学時代に見た舞台『ストリッパー物語』でつかこうへいに興味を持つ。大学を卒業し芸能プロダクションのサンミュージックにてアイドルのマネージャーをしていた所、先輩マネージャーの紹介でつかこうへいに会い、「おまえ何で大学まで出て、アイドルのパンティーストッキングたたむような仕事してるんだ」「会社やめて俺のところに来たらいいじゃないか」のつかの言葉に、翌日辞表を提出してつかに師事。つかこうへい事務所にてつかの運転手・付き人・裏方等を経験した後、3年後つかの紹介で映像制作会社に就職し、低予算ドラマの脚本を見よう見真似で書き始める。
鈴木 裕美(すずき ゆみ、1963年12月30日 - )は、… 鈴木 裕美(すずき ゆみ、1963年12月30日 - )は、日本の劇作家、演出家。 日本女子大学家政学部住居学科在学中の1982年、大学内で飯島早苗らと劇団「自転車キンクリート」を結成、1985年より飯島が脚本を書き、鈴木が演出に当たった。 結成のきっかけとして、日本女子大学附属高等学校時代に演劇部の先輩であった大石静が永井愛と二兎社を結成したことで、「自分もできるのでは?」と思ったからと語っている。 主たる演出作品として1987年の『水に絵を描く』、1992年の『ソープオペラ』があり、1994年に飯島との共同脚本による『法王庁の避妊法』はヒット作となった。 「自転車キンクリートSTORE」を含め、ほとんどの公演を演出。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ(Keralino Sandor… ケラリーノ・サンドロヴィッチ(Keralino Sandorovich、1963年1月3日 - )は、日本の劇作家、演出家、映画監督、音楽家、俳優。演劇分野では「ケラリーノ・サンドロヴィッチ」名義で活動。音楽分野では「ケラ」名義(あるいは「KERA」名義)で活動。出生名は小林 一三(こばやし かずみ)。 東京都渋谷区出身。日本大学鶴ヶ丘高等学校、横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)卒業。劇団「ナイロン100℃」およびインディーズレーベル「ナゴムレコード」主宰。テクノポップバンド「有頂天」で1980年代にブレイクした。所属事務所はキューブ。妻は女優の緒川たまき。 父親はジャズ・ミュージシャンの小林巽。
平田 オリザ(ひらた オリザ、1962年11月8日 - )は… 平田 オリザ(ひらた オリザ、1962年11月8日 - )は、日本の劇作家、演出家、劇団「青年団」主宰、こまばアゴラ劇場支配人、芸術文化観光専門職大学学長(初代)。青森県立美術館館長。戯曲の代表作に『東京ノート』『ソウル市民』三部作など。小説『幕が上がる』は2015年に映画化され、第70回毎日映画コンクール(TSUTAYA映画ファン賞日本映画部門)などを受賞。 現代口語演劇理論の提唱者であり、自然な会話とやりとりで進行していく「静かな演劇」の作劇術を定着させた。戯曲集のほか『現代口語演劇のために』など理論的な著書も多い。 現在、東京藝術大学アートイノベーションセンター特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐、京都文教大学臨床心理学部客員教授、大阪大学コミュニケーションデザインセンター客員教授、東京都立大学客員教授、シューレ大学アドバイザー、日本劇作家協会理事、NPO法人ワークショップデザイナー推進機構理事、日本学術会議委員を務める。
永井 愛(ながい あい、1951年10月16日 - )は、日… 永井 愛(ながい あい、1951年10月16日 - )は、日本の劇作家、演出家。劇団二兎社主宰。 東京都出身。東京都立富士高校時代から演劇部に入る。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻科卒。 春秋団に研究生として参加し、そこで出会った大石静と1981年、「二兎社」を結成。脚本、演出、出演を大石と二人で行う。翌1982年の、老若男女12人を二人で演じた『カズオ』は再演を重ね、初期の代表作となる。 1997年、『見よ、飛行機の高く飛べるを』と『ら抜きの殺意』を発表。両作品により芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。 1991年、大石は二兎社を離れ、以後永井が単独で主宰。日本劇作家協会前会長[リンク切れ]、理事。2016年3月より副会長。
渡辺 千明(わたなべ ちあき、男性、本名・山内 千明(やまの… 渡辺 千明(わたなべ ちあき、男性、本名・山内 千明(やまのうち ちあき)、1950年4月19日 - 2021年3月31日)は、日本の脚本家、劇作家、演出家。野田高梧記念蓼科シナリオ研究所理事。 兵庫県出身。横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業。1999年『ニーセーター(若者たち)』で第2回日本シナリオ大賞準入選。 父は国文学の大学教授。2人の兄は共に東京大学を卒業し、それぞれ弁護士と公務員になったという一家であるが、本人曰く「25歳になるまでぶらぶらしていた」とのこと。都立立川高校を卒業後、1976年横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)に進学。 1978年同校卒業。講師だった田村孟、馬場当、富田義朗の助手を経て、テレビドラマ『からっ風と涙』、映画『夜叉が池』などを手伝う。
高平 哲郎(たかひら てつお、1947年1月3日 - )は、… 高平 哲郎(たかひら てつお、1947年1月3日 - )は、日本の編集者・放送作家・劇作家・演出家。 晶文社を創立した小野二郎は義兄にあたる。東京都杉並区出身。 1953年、学習院初等科の試験に落ち、むさしの学園小学校に入学。父は高円寺で産婦人科を営んでいたが大の映画好きで、高平の少年時代、一家は毎週末には銀座か新宿の映画館に出かけて、映画を見ていた。裕福な家庭であったため、1953年の日本テレビ開局の年にはすぐテレビが購入され、高平は落語や演芸も好きとなる。 一橋大学社会学部卒業。 1956年から始まった「東宝ミュージカル」開始とともに、小学生のうちから通いつめ、中学2年生でアチャラカ喜劇の集大成作品『雲の上団五郎一座』を見る。
金杉 忠男(かなすぎ ただお、1940年12月25日 - 1… 金杉 忠男(かなすぎ ただお、1940年12月25日 - 1997年11月12日)は、日本の劇作家・演出家。東京葛飾区生まれ。 代表作は『胸騒ぎの放課後』、『花の寺』、『プールサイド』など。 1967年、演劇集団「その他の人々」を旗揚げ。1971年、劇団中村座に改名。地元である立石や四ツ木など、東京の下町をモチーフにした多くの戯曲を発表。1990年、中村座解散。その後金杉忠男アソシエーツを結成。1997年11月12日、癌のため死去。金杉忠男アソシエーツは解散となる。 彼の死後、交流のあった劇作家の平田オリザが金杉作品を構成しなおし、『上野動物園再々々襲撃』を劇団青年団で上演。第9回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞している。
山元 清多(やまもと きよかず、1939年6月11日 - 2… 山元 清多(やまもと きよかず、1939年6月11日 - 2010年9月12日)は、日本の脚本家、劇作家、演出家。東京都江東区出身。東京都立両国高等学校卒業、東京大学教育学部教育心理学科卒業。劇団黒テント所属。妻は女優の稲葉良子。 5人兄弟の長男。父親は自営業だが、太平洋戦争終戦を境に事業がうまくいかなくなって仕事・住居ともに転々としていた。大学では演劇研究会に所属。大学在学中より芝居の執筆を開始。大学卒業後は時事通信社に入社し、運動部記者としてアマチュアスポーツを3年間担当。1967年に「六月劇場」の結成参加のため時事通信社を退職。その後六月劇場を経て、1968年に黒テントの前身である「演劇センター68」に参加。
さねとう あきら(本名・實藤述。 1935年1月16日 -2… さねとう あきら(本名・實藤述。 1935年1月16日 -2016年3月7日)は日本の児童文学作家・劇作家。 東京出身。1972年に『地べたっこさま』で日本児童文学者協会新人賞・野間児童文芸推奨作品賞、1979年に『ジャンボコッコの伝記』で小学館文学賞、1986年に『東京石器人戦争』で産経児童出版文化賞をそれぞれ受賞。『なまけんぼの神さま』、『おこんじょうるり』、『かっぱのめだま』、『神がくしの八月』、『ゆきこんこん物語』などの創作・評論多数。 劇作の分野では、1973年、大阪の劇団2月で『ゆきと鬼んべ』を上演したのを皮切りに、泰西名作が幅をきかす関東圏と違い、創作劇の上演が比較的自由だった関西圏を活躍の場に選んだ。
堀内 茂男(ほりうち しげお、1933年― )は日本の劇作家… 堀内 茂男(ほりうち しげお、1933年― )は日本の劇作家、放送作家。 東京府生まれ。学習院大学経済学科卒業。 大学在学中に、演劇集団「マスカラ」の旗揚げに参加し、脚本を担当した。以後、テレビドラマやラジオ等において、構成作家として活動する。 長寿ラジオ番組『JET STREAM』のナレーション構成担当としても知られる。1970年より同番組に参加し、「遠い地平線が消えて…」で始まる有名なナレーションを手掛けた。その後1994年末で一旦降板したが、2002年より同番組の構成に復帰し、現在も取材を行う毎日である。
小幡 欣治(おばた きんじ、1928年6月12日 - 201… 小幡 欣治(おばた きんじ、1928年6月12日 - 2011年2月17日)は、日本の劇作家。 東京市浅草区(現・東京都台東区)出身。東京都立京橋化学工業学校(後の東京都立羽田工業高等学校で、現在の東京都立つばさ総合高等学校)卒業。 元々演劇や文学に傾倒しているわけではなかったが、演劇雑誌の懸賞募集に初めて戯曲を書いて入選したのをきっかけに、1950年に「悲劇喜劇戯曲研究会」に入会。工員、セールスマンなどを務める傍ら演劇界での活動を続け、1956年に「畸生児」で第2回新劇戯曲賞(後の岸田國士戯曲賞)を受賞。菊田一夫の後継者存在とも言われたことがあった。1975年芸術選奨新人賞受賞。それ以降商業演劇だけでなく新劇を手掛け、1999年には第7回「山本安英の会」記念基金に贈られた。
矢代 静一(やしろ せいいち、1927年〈昭和2年〉4月10… 矢代 静一(やしろ せいいち、1927年〈昭和2年〉4月10日 - 1998年〈平成10年〉1月11日)は、日本の劇作家、脚本家、演出家。日本文芸家協会、日本演劇協会の各会員。 東京市京橋区尾張町二丁目(現:中央区銀座六丁目)のヨシノヤ靴店(銀座ヨシノヤ)の2階で、父・矢代乙吉、母・園子の長男として誕生。祖父はヨシノヤ靴店の創業者であった。日比谷幼稚園・泰明小学校・東京府立第五中学校から第二早稲田高等学院を経て、1950年に早稲田大学文学部仏文科を卒業。 早稲田高等学院在学中の1944年(昭和19年)に診断書を偽造して大学を休学し、俳優座研究生となる。のち、戦時下の移動劇団に加わる。移動演劇隊の『父帰る』(菊池寛原作)などで主役を張ったが、東野英治郎の薦めで演出部に転向する。
梅田 晴夫(うめだ はるお、1920年8月12日 - 198… 梅田 晴夫(うめだ はるお、1920年8月12日 - 1980年12月21日)は、日本のフランス文学者、劇作家、小説家、随筆家。本名は梅田晃(あきら)。慶應義塾大学大学院修了。舞台劇やラジオドラマの脚本、物の歴史に関する著述や翻訳などで活躍した。パイプや万年筆などの収集家としても知られる。梅田望夫、梅田みかは子。 1920年(大正9年)、東京府東京市四谷区(現東京都新宿区)愛住町の暗闇坂で、ロシア貿易会社を営んでいた父・梅田潔と文学者の母・玲子の間に、6人兄弟の末子として生まれる。当時の梅田家の家風であった、ヨーロッパ的な生活習慣の中で育ち、1926年(大正15年)、慶應義塾幼稚舎入舎。以後18年間大学院まで慶應の一貫教育を受ける。
北條 誠(ほうじょう まこと、1918年1月5日 - 197… 北條 誠(ほうじょう まこと、1918年1月5日 - 1976年11月18日)は、日本の小説家、劇作家。
木俣 堯喬(きまた あきたか、1915年3月26日 - 20… 木俣 堯喬(きまた あきたか、1915年3月26日 - 2004年11月7日)は、日本の映画監督、脚本家、映画プロデューサー、映画美術家、劇作家、演出家、俳優、彫刻家。本名は木俣 三郎(きまた さぶろう)、舞台俳優・映画美術家としては衣 恭介(ころも きょうすけ)、時代劇俳優としては木南 兵介(きなみ へいすけ)、現代劇俳優として鬼塚 大吉(おにつか だいきち)等、多くの別名をもつ。プロダクション鷹・日東テレビ映画の創業者・元代表取締役、ムービーブラザースの共同代表を歴任した。高見順の短篇小説『大部屋の友』の主人公モデル、あるいは世田谷区・豪徳寺の「無名戦士慰霊記念碑」のレリーフ彫刻を手がけた彫塑作家としても知られる。
福田 恆存(ふくだ つねあり、1912年〈大正元年〉8月25… 福田 恆存(ふくだ つねあり、1912年〈大正元年〉8月25日 - 1994年〈平成6年〉11月20日)は、日本の評論家、翻訳家、劇作家、演出家。現代演劇協会理事長、日本文化会議常任理事、日本芸術院会員などを務めた。名前については「こうそん」と音読みされることも多い。 保守派の文士であり、進歩的文化人を批判した『平和論にたいする疑問』(1955年)は、戦後思潮の転換点となる。討議倫理が戦後民主主義を軸とする進歩派にも影響を与えるなど、戦後日本を代表する思想家。 また、同時期には『ハムレット』(1955年)をはじめとするシェイクスピア戯曲の翻訳、演出を開始する。新劇を日本の近代化問題の象徴的な弱点と捉え、演劇の革新に取り組んだ。
大林 清(おおばやし きよし、1908年4月25日 - 19… 大林 清(おおばやし きよし、1908年4月25日 - 1999年10月27日)は、日本の小説家、劇作家。 第4代日本作家クラブ会長。日本放送作家組合(現・日本脚本家連盟)の創立以来、理事長を務め、日本著作者団体協議会会長など文化団体の会長、理事、評議員など歴任。 東京府立第一中学校を卒業後に慶應義塾大学仏文科入学。1932年に同校中退後、1933年同人雑誌「大衆文学」を創刊。1939年に長谷川伸が主宰する新鷹会に入会した。1939年頃、長谷川伸主宰の劇作研究会で舞台脚本を執筆。 1943年に野間文芸奨励賞を受賞。 戦後は都会風俗を描き、ラジオ、テレビの脚本を多く書き、「あの波の果てまで」などの人気テレビドラマの脚本を手掛けた。
岸井良衞(きしい よしえ、1908年〈明治41年〉3月21日… 岸井良衞(きしい よしえ、1908年〈明治41年〉3月21日 - 1983年〈昭和58年〉11月15日)は、昭和時代の劇作家、演出家、プロデューサー、時代考証家。本名は良雄。弟に俳優岸井明がいる。 1908年(明治41年)3月21日、東京市日本橋区小網町三丁目上田回漕店(上田辰之助の実家)裏店に、弁護士の岸井辰雄とりうの長男として生まれる。 岸井家は江戸時代には裕福だったが、嘉永2年生まれの祖父弁吾の代で散財した。父辰雄は1880年(明治13年)4月2日に現在の埼玉県深谷市に生まれ、貧困の中苦学して青山学院中等部を経て明治法律学校(現在の明治大学)を1903年に首席で卒業。1904年に判事検事登用試験に合格し、浦和地方裁判所に勤務。
村山 知義(むらやま ともよし、1901年(明治34年)1月… 村山 知義(むらやま ともよし、1901年(明治34年)1月18日 - 1977年(昭和52年)3月22日)は、日本の小説家、画家、デザイナー、劇作家、演出家、舞台装置家、ダンサー、建築家。日本演出者協会初代理事長。
池谷 信三郎(いけたに しんざぶろう、1900年10月15日… 池谷 信三郎(いけたに しんざぶろう、1900年10月15日 - 1933年12月21日)は、日本の小説家、劇作家。 東京生まれ。東京帝國大學法学部、ベルリン大学法科中退。 暁星小学校、東京府立第一中学校(現在の東京都立日比谷高等学校)、旧制第一高等学校卒業。一高在学時より校友会雑誌に短歌などを発表し創作活動をはじめる。1922年に東京帝大へ入学するが、その年の終わりには休学してベルリン大学へ行き、先にベルリンへ来ていた一高時代の先輩である村山知義の影響を受けヨーロッパの芸術運動に触れる。最終的に東大は中退した。 1923年9月1日に起きた関東大震災により実家を失い帰国。 1925年、ベルリン滞在の経験を元に執筆した『望郷』が「時事新報」の懸賞小説に当選。
川口 松太郎(かわぐち まつたろう、1899年(明治32年)… 川口 松太郎(かわぐち まつたろう、1899年(明治32年)10月1日 - 1985年(昭和60年)6月9日)は、日本の小説家、劇作家。本名を松田松一とする資料もある。東京市浅草区生まれ。芸道物、明治物、時代物、現代風俗物と広く執筆。巧みな筋立てと独自の話術で庶民情緒を描いた大衆小説で多くの読者を獲得した。また、松田昌一の名で映画・演劇脚本も手がけ、大映専務などを務めた。特に、新生新派の主事として自作小説の脚色や演出を担当、昭和期の新派に欠かせない人気作家となり、作品の多くは新派の代表的演目となった。第1回直木賞受賞者で、映画化され大流行した『愛染かつら』の作者としても知られる。芸術院会員。文化功労者。
三島 通陽(みしま みちはる、1897年(明治30年)1月1… 三島 通陽(みしま みちはる、1897年(明治30年)1月1日 - 1965年(昭和40年)4月20日)は、日本の政治家・小説家・劇作家・演劇評論家。位階・勲等・爵位は正三位勲二等子爵。二荒芳徳とともにボーイスカウト運動を日本に広めた人物として知られる。東京府麻布区生まれ、学習院中退。ペンネームに三島 章道(みしま しょうどう)。 祖父は三島通庸。父は第8代日本銀行総裁を務めた三島弥太郎、母は四条隆謌侯爵の三女・加根子。妹・壽子の夫は阪谷希一、妹・梅子の夫は土方与志。妻は松岡均平の長女・純。叔父に三島弥彦がいる。 幼少期から文学に親しむ。一方で、祖母・和歌子から薩摩の郷中の掟を教わる[要出典]。
清見 陸郎(きよみ ろくろう、1896年10月11日 - 没… 清見 陸郎(きよみ ろくろう、1896年10月11日 - 没年不明)は、日本の作家、編集者、劇作家。東京市神田区猿楽町生まれ。東京中学校卒、東京美術学校中退、早稲田大学英文科中退。『美術新報』『秀才文壇』の編輯に当たり、根岸興行部脚本部員だったこともある。
池田 大伍(いけだ だいご、1885年(明治18年)9月6日… 池田 大伍(いけだ だいご、1885年(明治18年)9月6日 - 1942年(昭和17年)1月8日)は、歌舞伎の劇作家、劇評家、翻訳家。甥は池田弥三郎。 池田鉸三郎・乃婦の次男に生まれた。家は幕末から続く銀座の天ぷら屋「天金」で、兄が金太郎、本人の幼名が銀次郎だった。1891年から私塾の鍋町小学校に通い、公立の麹町小学校を卒業した。その後商工中学を経て、1907年早稲田大学英文科を卒業した。東京毎日新聞の劇評を2年書いた後、1911年(明治44年)、坪内逍遙らの文芸協会の演芸主事となった。1913年(大正2年)の文芸協会解散後は、東儀鉄笛・土肥春曙らと劇団「無名会」を組織し、翌1914年、第一作『滝口時頼』を上演した。
武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、旧字体: 武者小路… 武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、旧字体: 武者小路 實篤、1885年〈明治18年〉5月12日 - 1976年〈昭和51年〉4月9日)は、日本の小説家・詩人・劇作家・画家。貴族院勅選議員。華族の出で、トルストイに傾倒し、『白樺』創刊に参加。天衣無縫の文体で人道主義文学を創造し、「新しき村」を建設して実践運動を行った。伝記や美術論も数多い。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。名誉都民。名誉三鷹市民。贈従三位(没時叙位)。 姓の武者小路は本来「むしゃのこうじ」と読むが、実篤は「むしゃこうじ」に読み方を変更した。しかし、一般には「むしゃのこうじ」で普及しており、本人も誤りだと正すことはなかったという。
生田 長江(いくた ちょうこう、1882年(明治15年)4月… 生田 長江(いくた ちょうこう、1882年(明治15年)4月21日 - 1936年(昭和11年)1月11日)は、日本の評論家・翻訳家・劇作家・小説家。 父喜平治と母かつとの三男一女の末子として、鳥取県日野郡貝原村(現・日野町根雨)に生まれた。1895年(明治28年)(13歳)、地元の日野郡高等小学校を卒業し、翌年、次兄がいる大阪へ出て、1897年、桃山学院の2年生になった。 本名は弘法大師(空海)に因んだ「弘治」ながら、1898年、プロテスタント系のユニバーサリスト教会で受洗し、聖書に親しんだ。翌年上京して青山学院中学部の4年生となり、1900年、第一高等学校文科に入り、1903年、東京帝国大学文科大学哲学科へ進み、美学を専攻した。
右田 寅彦(みぎた のぶひこ、慶応2年2月6日(1866年3… 右田 寅彦(みぎた のぶひこ、慶応2年2月6日(1866年3月22日) - 大正9年(1920年)1月11日)は大正時代の劇作家、歌舞伎狂言作者、小説家。 豊後国(現・大分県)臼杵に臼杵藩士の子に生まれる。右田年英の実弟。柳塢亭、矮亭主人と号す。明治10年代、11歳時には上京、三田英学校や漢学塾に学んだ後、高畠藍泉に師事する。めざまし新聞、都新聞において多くの戯曲の脚本、艶種(つやだね)や雑報などを執筆した。その後、東京朝日新聞に入社して主に小説を書いた。明治38年(1905年)には栗島狭衣らと文士劇の劇団、若葉会を結成する。明治42年(1909年)に帝国劇場が開場されるのに伴い、立作者となって多数の戯曲を執筆した。
藤沢 文翁(ふじさわ ぶんおう、Bun-O FUJISAWA… 藤沢 文翁(ふじさわ ぶんおう、Bun-O FUJISAWA、4月19日 - )は、日本の劇作家、演出家、音響監督、作詞家 東京・六本木生まれ。祖父は藤沢武夫。 ロンドン大学(Goldsmiths)を卒業したバイリンガルの劇作家・舞台演出家である。 VOICARION、READING HIGHの設立者であり、「音楽朗読劇創作の第一人者」とされている。公益財団法人十四世六平太記念財団理事(能・喜多流の財団)である。 エージェントはソニー・ミュージックエンタテインメント傘下のroom NB。 東京都港区六本木生まれ。幼少期は祖父、藤沢武夫に預けられて育つ。母親の住むパリで演劇を学んだ後、イギリスへ渡り、ロイヤル・ホロウェイにてファンデーションコースを修了。
福山 桜子(ふくやま さくらこ、9月10日 - )は、日本の… 福山 桜子(ふくやま さくらこ、9月10日 - )は、日本の劇作家、演出家、映画監督。アクティング・コーチ。立教大学講師。 東京都生まれ。ニューヨーク・東京在住。 東京都世田谷区鷗友学園女子高等学校卒業。立教大学文学部日本文学科卒業。 小劇場で劇作家・演出家として活動。日生劇場、青山劇場などで上演されるミュージカル、デヴィッド・ルヴォー率いるT.P.T.(Theater Projecut Tokyo:シアタープロジェクト・トーキョー)などの演出スタッフとして舞台業界にて活動。 三谷幸喜のもと、フジテレビドラマ『子供、ほしいね』にてテレビ脚本デビュー。 1990年代に渡米。渡米後、ニューヨークにて舞台作品に携わり、『February』『Non-Fiction』『LINK』などのオフ・ブロードウェイ公演の劇作・演出を行う。
池田 建太(いけだ けんた、8月25日 - )は日本の演出家… 池田 建太(いけだ けんた、8月25日 - )は日本の演出家、劇作家、作詞家、俳優、殺陣道場宗家。 出生地は東京都葛飾区。 ・合同会社ケルスプロモーション代表および総合プロデューサー ・劇団SAKURA前戦の代表および演出、俳優、殺陣振り付け ・士剣流殺陣道場 宗家 ・不知火シリーズ「花てまり」「鳥かぐら」「仇討ち・しぐれ傘」 ・パンドラの乙女たち ・幕末疾風伝MIBURO~壬生狼~ おもに代表を務める「劇団SAKURA前戦」のアトリエ公演作品として執筆。 ・うっかりあきらのさわやか青春日記(1999年) ・ヒーロー列伝(1999年) ・ファンタスティック☆らんぷ(2000年) ・サイボーグあかり(2003年) ・ベースマン(2003年) ・THE 射的!!!(2004年) ・☆闘源郷☆(2007年) ・宝塚ドリーム(2008年) ・ハッピー同窓会(2013年) ・ヒーロー列伝改訂版(2015年) ・1999年9月 紫雲の涯て(NTT夢天神ホール)‐ 武蔵坊弁慶 ・2000年4月 Heart Land~あなたがいた風景~(NTT夢天神ホール)- 新三郎、立花(二役) ・2001年2月 紫雲の涯て2001(NTT夢天神ホール)‐ 武蔵坊弁慶 12月 ポセイドンの娘(NTT夢天神ホール)- シュウジ ・2002年5月 ポセイドンの娘(NTT夢天神ホール)- シュウジ 10月 サンセットシンドローム(スカラエスパシオ)- 土方歳三 11月 紫雲の涯て(福岡市立平尾中学校)- 武蔵坊弁慶 ・2003年5月 サンセットシンドローム(福岡市早良市民センター)- 土方歳三 11月 サンセットシンドローム|筑陽学園創立記念公演(福岡サンパレス)- 土方歳三 ・2004年6月 永遠 -えいえん-(福岡市中央市民センター)- 黒崎 9月 永遠 -えいえん-(NTT夢天神ホール)- 黒崎 ・2005年6月 紫雲の涯て2005(福岡市早良市民センター)- 武蔵坊弁慶