大滝 平正(おおたき ひらまさ、1949年(昭和24年)1月… 大滝 平正(おおたき ひらまさ、1949年(昭和24年)1月16日 - )は、日本の政治家。前新潟県村上市長(2期)。 新潟県山北町(現・村上市)出身。1967年3月、新潟県立新発田商工高等学校(新潟県立新発田商業高等学校と新潟県立新発田南高等学校の前身)卒業。同年4月、印刷会社に就職。1984年(昭和59年)3月、山北町議会議員に就任。1994年(平成6年)12月、山北町長選挙に出馬するために、町議を辞任。1999年(平成11年)4月、山北町長に就任。 2008年(平成20年)4月1日、村上市(旧市)が岩船郡荒川町・神林村・朝日村・山北町と合併し、新市制による「村上市」が誕生する。それにより同年4月27日に執行された村上市長選挙に無所属で出馬し、旧村上市長の佐藤順と佐藤度を破って初当選。
佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月… 佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月8日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚(技官)。自由民主党新潟県支部連合会会長。 参議院議員(3期)、参議院決算委員長、同財政金融委員長、同地方創生及び消費者問題に関する特別委員長、同行政監視委員長、同環境委員長、第6代国土交通事務次官、技監、国土交通省道路局長、自由民主党国土強靭化推進本部長などを務めた。学位は工学修士(京都大学・1972年)。 新潟県新潟市出身。1966年、新潟県立新潟高等学校卒業。1970年、京都大学工学部土木工学科卒業。1972年、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。修士論文ではinteger programming(整数計画問題)を扱った。
会田 洋(あいだ ひろし、1947年(昭和22年)3月28日… 会田 洋(あいだ ひろし、1947年(昭和22年)3月28日 - )は、日本の政治家。元新潟県柏崎市長(3期)。旭日小綬章受章。 新潟県柏崎市生まれ。新潟県立柏崎高等学校、東京大学工学部卒業。 大阪市役所に就職後、1977年に長岡市役所へ。2002年から財団法人環日本海経済研究所へ。 2004年、柏崎市長選挙に出馬し、自民党と公明党の推薦を受けた現職の西川正純、柏崎刈羽原子力発電所再稼働容認派の桜井雅浩らをおさえ初当選した。 2008年、前回戦った桜井雅浩を破り再選。2012年の柏崎市長選は、原発推進派に推された元共同通信社論説委員長の西川孝純を破り3選。 2013年7月に柏崎刈羽原子力発電所の再稼働問題に関し東京電力の広瀬直己社長と会談し、「手続きもないまま申請を発表したことは、誠に遺憾。
栗原 博久(くりはら ひろひさ、1947年3月23日 - )… 栗原 博久(くりはら ひろひさ、1947年3月23日 - )は、日本の政治家。聖籠町議会議員(1期)。衆議院議員(3期)、環境政務次官(小渕内閣・小渕改造内閣)、農林水産副大臣(第1次小泉第2次改造内閣)などを歴任した。 新潟県新津市(現新潟市秋葉区)生まれ。農家の次男であり、新潟県立新津高等学校を経て新潟大学農学部卒業後、新潟県職員となる。その後、自民党衆議院議員であった旗野進一の秘書を務めた。1979年、第35回衆議院議員総選挙の旧新潟2区に無所属で立候補したが落選。以降5回連続で落選したが、1993年の第40回衆議院議員総選挙において初当選した。当選後は自民党に入党。 小選挙区比例代表並立制導入後は新潟4区で2回再選。
近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )… 近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:15594)。 参議院議員(1期)を務めた。 新潟県三島郡出雲崎町生まれ。新潟県立柏崎高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1977年、新潟市で法律事務所を開業した。 1987年、日本社会党公認で新潟県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を5期務めた後、2004年の第20回参議院議員通常選挙に新潟県選挙区から無所属で出馬し、初当選。当選後、社会民主党・護憲連合(参議院の院内会派)入りした。なお近藤は1997年には社民党新潟県連代表に就任しており、2004年の参院選に出馬した時も党籍はあったが、民主党からの選挙協力を受けるため無所属で出馬し、民主・社民両党が推薦する形が採られた(新潟方式)。
上村 清隆(かみむら きよたか、1946年12月22日 - … 上村 清隆(かみむら きよたか、1946年12月22日 - )は、日本の政治家。新潟県南魚沼郡湯沢町長(第6代、2期)。
甲斐 元也(かい もとなり、1946年(昭和21年)4月7日… 甲斐 元也(かい もとなり、1946年(昭和21年)4月7日 - )は、日本の政治家。元新潟県佐渡市長(1期)。
田口 直人(たぐち なおと、1946年(昭和21年)1月24… 田口 直人(たぐち なおと、1946年(昭和21年)1月24日 - 2021年(令和3年)2月23日) は、日本の政治家。初代十日町市長。 新潟県中魚沼郡川西町(現十日町市)大字木落出身。萬歳章(JA新潟中央会会長)とは、加茂農林高校の同級生。
小林 豊彦(こばやし とよひこ、1945年7月3日 - )は… 小林 豊彦(こばやし とよひこ、1945年7月3日 - )は、日本の政治家。前新潟県西蒲原郡弥彦村長。 新潟県西蒲原郡弥彦村出身。 小林靜夫(元新潟県議会議員、元新潟県議会議長、元弥彦村村長(第16代・17代)とミヱの長男として生まれる。 日本経済新聞社の新聞記者として化学・石油化学産業・農林水産省・三井物産など総合商社を担当。農林水産省担当時代は鈴木善幸農林大臣に随行し、モスクワで行われた日ソ漁業交渉を取材。浦和支局長・東京本社編集局部長を歴任、出版局長・営業推進本部長、日経リサーチ社長を経て退社。 60歳で帰郷して、母を介護しながら田圃(30a)と畑(24a)を耕作。田圃は5年前から無農薬栽培に挑戦、彌彦神社の初穂講献納米審査で5年間連続して入賞(1等賞を受賞1回)。
白川 勝彦(しらかわ かつひこ、1945年〈昭和20年〉6月… 白川 勝彦(しらかわ かつひこ、1945年〈昭和20年〉6月22日 - 2019年〈令和元年〉11月18日)は、日本の政治家・弁護士・評論家。位階は従三位。 衆議院議員(6期)、自治大臣、国家公安委員会委員長、新党・自由と希望代表などを歴任。新潟県出身。 新潟県十日町市大字四日町に生まれる。生家は機屋(はたや)と呼ばれる絹織物業者で祖父が創業し、父で2代目になり明治の終わり頃までは十日町地方で長く続いた神官だった。 十日町市立中条中学校、新潟県立十日町高等学校を経て、1969年 東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。大学在学中に司法試験に合格し、司法修習24期経て弁護士(登録番号:13439)となる。
吉田 和夫(よしだ かずお、1945年2月28日 - )は、… 吉田 和夫(よしだ かずお、1945年2月28日 - )は、日本の政治家。元新潟県胎内市長(3期)。旭日小綬章受章。 新潟県中条町(現・胎内市)出身。中条町立中条小学校、中条町立中条中学校、新潟県立新発田農業高等学校を経て東京農業大学農業経済学部を卒業。 製紙会社に勤務後、中条町役場に転職。中条町町民課長、中条町教育長などを歴任した。 2005年(平成17年)9月1日、中条町と黒川村が合併し胎内市が発足。これに伴って同年10月2日に行われた市長選挙に自民党と公明党の推薦を受けて出馬。中条町長の丸岡隆二との一騎討ちを制し初当選した(吉田:12,186票、丸岡:9,364票)。 2009年(平成21年)、無投票で再選。
漆原 良夫(うるしばら よしお、1944年〈昭和19年〉11… 漆原 良夫(うるしばら よしお、1944年〈昭和19年〉11月18日 - )は、日本の政治家、弁護士。愛称は「うるさん」。 衆議院議員(7期)、公明党国会対策委員長、公明党中央幹事会会長(初代)、公明党顧問などを歴任した。 新潟県出身。新潟県立三条高等学校卒業後に大学進学のために上京。大学時代は住み込みで新聞配達をしながら勉学に励み、明治大学法学部を卒業した。 1968年、23歳で司法試験に合格(司法修習23期。同期に仙谷由人がいる)。 1971年、東京弁護士会に弁護士登録を行い、弁護士として活動。 1996年10月の第41回衆議院議員総選挙に比例北陸信越ブロックから新進党公認で出馬し、初当選。
大渕 絹子(おおふち きぬこ、1944年11月12日 - )… 大渕 絹子(おおふち きぬこ、1944年11月12日 - )は、日本の政治家。参議院議員(通算3期)を務めた。 新潟県小千谷市出身。中学卒業後集団就職で上京。日東紡績で働きながら、東京都立第三商業高等学校の定時制に通う(1965年卒業)。日東紡績では労働組合で活動した。その後、結婚を機に帰郷。地元の工場に勤務した。1987年の新潟県議会議員選挙に無所属(革新系)から立候補し、自民党の広井忠男に500票近くまで迫ったが、落選した。1989年に行われた参議院議員新潟県選挙区補欠選挙に日本社会党から出馬し、自民党の候補などを破って初当選。いわゆる社会党のマドンナブームの火付け役となり、同年7月の通常選挙で社会党が躍進する切っ掛けとなった。
筒井 信隆(つつい のぶたか、1944年11月10日 - )… 筒井 信隆(つつい のぶたか、1944年11月10日 - )は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(5期)、農林水産副大臣などを歴任した。 神奈川県川崎市生まれ。新潟県立柏崎工業高等学校機械科、早稲田大学法学部卒業。 1967年、22歳で司法試験に合格。司法修習第22期を修了し、1970年に法律事務所を開業。 1990年第39回衆議院議員総選挙で初当選。 2000年第42回衆議院議員総選挙では、民主党公認で新潟6区から出馬し再選。 2003年第43回衆議院議員総選挙では、引退した高鳥修に代わって出馬した高鳥修一を破り、3選。 2005年第44回衆議院議員総選挙では民主党が苦戦する中、4選。 2009年8月の第45回衆議院議員総選挙で5選。
平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月2… 平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月21日 - )は、日本の政治家、大学教員。新潟県知事(公選第14・15・16代、在任1992年 - 2004年)。新潟県知事時代に大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレを発案し、開催に漕ぎ着けた。長岡技術科学大学特任教授、事業創造大学院大学非常勤教員。新潟国際情報大学前学長(在任2008年 - 2018年)。 東京佐川急便事件に関わったとして金子清が辞職したことに伴い行われた1992年新潟県知事選挙にて、自民党と社会党からの推薦を受け出馬し、長﨑明を破り当選した。ロシアとの交流に積極的であり、1994年8月には新潟市にロシア総領事館を開設することなった。
広井 忠男(ひろい ただお、1943年5月22日 - )は、… 広井 忠男(ひろい ただお、1943年5月22日 - )は、日本の著作家、政治家。全国木喰研究会初代会長や新潟県議会副議長(第68代)を務めた。新潟県小千谷市出身。
西川 正純(さいかわ まさずみ、1943年(昭和18年)3月… 西川 正純(さいかわ まさずみ、1943年(昭和18年)3月17日 - 2022年(令和4年)9月2日)は、日本の政治家。新潟県柏崎市長(3期)。 新潟県柏崎市出身。1967年慶應義塾大学経済学部卒。柏崎市議会議員、同議長を経て、1992年に市長に当選。3期務める。在任中に東京電力柏崎刈羽原子力発電所で実施が計画されたプルサーマルの事前了解に向けた議論を新潟県と刈羽村と協力して進め、同計画に同意した。その後、2002年に発覚した東京電力による柏崎刈羽原子力発電所のトラブル隠しを巡る対応にあたった。そして、一連のトラブル隠しを受け、不正再発防止に向けた住民組織「地域の会」の発足を主導した。また、1978年7月に北朝鮮に拉致され、24年後の2002年に帰国した蓮池薫と祐木子の支援にあたり、拉致問題の全面解決に向け、政府への働きかけを続けた。
水落 敏栄(旧字体: 水落 敏榮、みずおち としえい、194… 水落 敏栄(旧字体: 水落 敏榮、みずおち としえい、1943年〈昭和18年〉2月24日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(3期)、一般財団法人日本遺族会会長。 文部科学副大臣・内閣府副大臣(第3次安倍第2次改造内閣・第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、文部科学大臣政務官(第1次安倍内閣)、参議院文教科学委員長・内閣委員長、日本会議代表委員などを歴任した。 新潟県十日町市生まれ。海軍航空隊の整備兵だった父は山形県東根市で戦死しており、その関わりで新潟県立新潟商業高等学校卒業後、常磐興産の社員を経て一般財団法人日本遺族会事務局で専従職員を務める。福祉事業部長、事務局長、専務理事を経て、2004年の第20回参議院議員通常選挙に比例区から自由民主党公認で立候補し、初当選した。
加藤 全一(かとう ぜんいち、1942年2月8日 - )は、… 加藤 全一(かとう ぜんいち、1942年2月8日 - )は、日本の政治家。閉村までの新潟県神林村村長で、合併後の村上市市長職務執行者であった。
渡辺 紘三(旧字体: 渡邊 紘三、わたなべ こうぞう、194… 渡辺 紘三(旧字体: 渡邊 紘三、わたなべ こうぞう、1942年(昭和17年)1月28日 - 2007年(平成19年)9月16日)は、日本の政治家。自由民主党の衆議院議員。 同じ派閥で名の読みが同じ渡部恒三が会津のケネディと呼ばれたのに対し、越山会のスポークスマンと呼ばれた。 渡邊良夫の三男として生まれる。新潟県北蒲原郡黒川村(現・胎内市)に本籍があり、現在の新発田市紫雲寺地区で幼少期を過ごした。早稲田高等学校を中退後、新潟県内の会社に勤務していたが兄の渡辺肇の引退を受け、1972年(昭和47年)第33回衆議院議員総選挙に旧・新潟2区から自由民主党公認で出馬し初当選(当選同期に小泉純一郎・加藤紘一・山崎拓・石原慎太郎・村岡兼造・保岡興治・瓦力・三塚博・越智通雄・野田毅・深谷隆司など)。
山田 紀之(やまだ のりゆき、1941年(昭和16年)9月1… 山田 紀之(やまだ のりゆき、1941年(昭和16年)9月15日 - 2018年(平成30年)12月7日)は、日本の政治家。新潟県糸魚川市長(1期)。位階は従五位。旭日小綬章。 新潟県糸魚川市出身。法政大学法学部卒。糸魚川市議会議員、同議長を務め、1997年糸魚川市長選挙に立候補し、初当選する。市長を1期務め、2001年の市長選に立候補し、再選をめざしたが、元糸魚川市議の吉岡静夫に敗れた。2011年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。2018年に死去した。死没日付をもって叙従五位。
宮越 馨(みやこし かおる、1941年〈昭和16年〉9月14… 宮越 馨(みやこし かおる、1941年〈昭和16年〉9月14日 ‐ )は、日本の政治家。元上越市議会議員(2期)、元新潟県議会議員(1期)、元上越市長(2期)、元官僚(大蔵省主計局主査など歴任)。 新潟県旧高田市出身。新潟県立高田高等学校、中央大学商学部卒業。 大蔵省を退官後、渡辺美智雄の秘書を8年務めながら、衆院選に3度出馬 したものの、いずれも落選した。宮越が出馬した旧新潟県第4区は、定数2を自民党の高鳥修と当時同じく自民党だった白川勝彦、さらに社会党(当時)の筒井信隆の3人が激しく争っており、宮越はこの3度の選挙全てで4位に終わった。 3度目の落選直後の1993年11月より出身地の上越市長に就任。
五十嵐 基(いがらし もとい、1940年(昭和15年)8月1… 五十嵐 基(いがらし もとい、1940年(昭和15年)8月14日 - )は、日本の政治家。元新潟県五泉市長。 五泉市出身。五泉市立五泉実業高等学校卒業。 五泉市議会議員2期を経て、1987年(昭和62年)新潟県議会議員に当選。3期務めた。 1998年(平成10年)五泉市長に当選し、同年3月から2010年(平成22年)1月まで務めた。
吉田 六左エ門(よしだ ろくざえもん、1939年(昭和14年… 吉田 六左エ門(よしだ ろくざえもん、1939年(昭和14年)12月15日 - )は、日本の政治家、自由民主党所属の元衆議院議員(3期)。
川口 徳一(かわぐち とくいち、1939年(昭和14年)11… 川口 徳一(かわぐち とくいち、1939年(昭和14年)11月8日 - )は、日本の政治家。元新潟県両津市(現・佐渡市)長(3期)。 新潟県佐渡郡両津町(のち両津市、現・佐渡市)出身。1958年、新潟県立両津高等学校卒。地元の漁業協同組合に入り、参事を務める。1995年の両津市長選挙に立候補し初当選する。1999年、2003年と続けて当選した。2004年に両津市は合併で佐渡市となり、合併後の佐渡市長選挙に立候補したが、元真野町長の高野宏一郎に敗れた。4年後の佐渡市長選挙に再び立候補したが落選した。
星野 伊佐夫(ほしの いさお、1939年6月27日 - )は… 星野 伊佐夫(ほしの いさお、1939年6月27日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。 新潟県長岡市・三島郡選挙区選出の新潟県議会議員(12期)、新潟県議会議長、新潟県議会副議長、自由民主党新潟県連会長、自由民主党新潟県連常任顧問、自由民主党長岡支部長などを歴任した。 新潟県長岡市に生まれる[要出典]。1958年(昭和33年)3月、新潟県立長岡商業高等学校卒業。 1978年(昭和53年)4月、新潟県議会議員補欠選挙に立候補し初当選(1期)。越山会青年部長、越山会県議団長などを務める。 1991年(平成3年)5月16日、新潟県議会副議長に就任。 1996年(平成8年)7月12日、新潟県議会議長に就任。
髙野 宏一郎(たかの こういちろう、1939年4月27日 -… 髙野 宏一郎(たかの こういちろう、1939年4月27日 - )は、日本の政治家。初代新潟県佐渡市長(2期)。 新潟県佐渡市出身。慶應義塾大学商学部卒業。 佐渡テレビジョン代表取締役社長、マルゴ味噌代表取締役社長等を経て、2000年真野町長に就任。 2004年佐渡市初代市長に就任。2期8年務め、2012年任期満了に伴い退任。 現在は「曽我さん母娘を救う会」顧問を務める。
渡辺 惇夫(わたなべ あつお、別表記:渡邉 惇夫、1938年… 渡辺 惇夫(わたなべ あつお、別表記:渡邉 惇夫、1938年〈昭和13年〉11月14日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。第84代新潟県議会議長、新潟県議会議員(9期)、新潟市議会議員(2期)。 1957年(昭和32年)、新潟明訓高等学校卒業。中央大学法学部卒業。1979年(昭和54年)の新潟市議会議員選挙に無所属で立候補して、初当選を果たした。同年5月2日に就任した。1983年(昭和58年)の選挙では自由民主党公認で立候補して、再選を果たした。1987年(昭和62年)の新潟県議会議員選挙に新潟市選挙区から、自民党公認で立候補して初当選を果たした。1991年(平成3年)の県議選で再選を果たした。
青木 太一郎(あおき たいちろう、1938年〈昭和13年〉7… 青木 太一郎(あおき たいちろう、1938年〈昭和13年〉7月2日 - )は、新潟県新潟市西区出身の政治家。新潟県立新潟南高等学校卒業、東京農業大学修了。新潟県議会議員(7期)、黒埼町長(1期)、黒埼町議会議員を歴任した。勲等は旭日中綬章。 新潟県立新潟南高等学校を卒業後、家業の農業に従事する傍ら、村の青年団に入り、後に団長を務める。1958年(昭和33年)に東京農業大学農学部を通信制で修了。1971年(昭和46年)から黒埼町議会議員を務め、3期目途中で辞任し、1981年(昭和56年)に行われた黒埼町長選に出馬。当時の浅妻茂一郎町長に挑んだが、落選。4年後の町長選では同じ顔合わせになり、7443票を集めて当選する。
小川 竹二(おがわ たけじ、1937年(昭和12年)6月17… 小川 竹二(おがわ たけじ、1937年(昭和12年)6月17日 - 2014年(平成26年)2月18日)は、日本の政治家。元新潟県豊栄市(現・新潟市)長(5期)。位階は従四位。旭日中綬章。 新潟県北蒲原郡葛塚町(現・新潟市北区葛塚)出身。葛塚町立葛塚中学校(現・新潟市立葛塚中学校)、新潟県立新発田高等学校を経て、1960年立命館大学経済学部卒。卒業後は帰郷し、農業に従事した。1966年の下越水害で被災。1971年、豊栄市議会議員に当選し、4期務める。1987年、豊栄市長に当選し、2005年に新潟市に合併するまで5期務めた。新潟県市長会長、北信越市長会長、全国市長会副会長を歴任した。2002年に新潟市長選挙に立候補した篠田昭を支援した。
小池 清彦(こいけ きよひこ、1937年〈昭和12年〉2月2… 小池 清彦(こいけ きよひこ、1937年〈昭和12年〉2月22日 - )は、日本の政治家、防衛官僚。新潟県加茂市長(6期)、防衛研究所長などを歴任した。 新潟県加茂市生まれ。加茂市立加茂中学校、新潟県立三条高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1960年、防衛庁に入庁。英国王立国防大学に留学し、帰国後は防衛庁防衛局計画官、防衛庁長官官房防衛審議官、防衛研究所長を歴任した。1990年に防衛庁教育訓練局長に就任。1992年6月に防衛庁を退官。同年7月、防衛大学校学術・教育振興会理事長に就任。 1995年4月、加茂市長選挙に無所属で立候補し、初当選。以後6期連続当選。2003年に勃発したイラク戦争に関しては、元防衛官僚ながら小泉純一郎首相によるイラクへの自衛隊派遣に反対する要望書を政府に提出した。
吉岡 静夫(吉岡 靜夫、よしおか しずお、1936年〈昭和1… 吉岡 静夫(吉岡 靜夫、よしおか しずお、1936年〈昭和11年〉5月21日 - 2023年〈令和5年〉7月2日)は、日本の政治家。元新潟県糸魚川市長(1期)。 新潟県糸魚川市出身。慶応義塾大学法学部(通信制)中退。1958年(昭和33年)糸魚川市役所に入り、26年間勤務する。1984年(昭和59年)に退職。タウン誌を発行する。糸魚川市議会議員を3期務めた。 1997年(平成9年)糸魚川市長選挙に立候補するが、元市議会議長の山田紀之に敗れて落選した。※当日有権者数:-人 最終投票率:78.40%(前回比:-pts) 2001年(平成13年)に再び立候補し、現職を破って初当選する。同年11月5日に市長に就任した。
小林 一三(こばやし かずみ、1936年〈昭和11年〉1月4… 小林 一三(こばやし かずみ、1936年〈昭和11年〉1月4日 - )は、日本の政治家。元新潟県新津市長(3期)。 新潟県中蒲原郡新津町出身。1958年、新潟大学農学部卒。卒業後は国家公務員試験に合格し、建設省に入る予定だったが、事情により建設省が新潟県庁へ推薦したため、新潟県庁に入ることになった。土木部砂防課長、上越、新潟の各土木事務所長、土木部都市整備局長などを歴任した。 1991年、新潟県庁を退職し、新津市長選挙に立候補し、当選する。以来3期務める。3期目途中の2000年に新潟県知事選挙に立候補するが落選した。2003年の第43回衆議院議員総選挙において自由民主党から比例北陸信越ブロックで立候補するが落選した。
関 広一(せき ひろかず、1935年8月9日 - 2015年… 関 広一(せき ひろかず、1935年8月9日 - 2015年(平成27年)1月18日)は、日本の政治家。新潟県小千谷市長(2期)。 新潟県小千谷市出身。新潟県立六日町高等学校卒。小千谷市役所に入り、市職員労働組合書記長、新潟県労働金庫監事から、小千谷市議会議員に転じ、議長となった。1998年小千谷市長広井庄一の辞職による出直し市長選挙に立候補し、広井を破って初当選。2002年は無投票当選。市長を2期務め、2006年に退任した。2015年死去。
長谷川 義明(はせがわ よしあき、1934年(昭和9年)11… 長谷川 義明(はせがわ よしあき、1934年(昭和9年)11月2日 - )は、日本の政治家。元新潟県新潟市長(3期、第28代~第30代)。現在は特定非営利活動法人愛郷会理事長、全国良寛会会長を務める。
渡辺 秀央(渡邉 秀央、旧本名:渡邉 秀雄、わたなべ ひでお… 渡辺 秀央(渡邉 秀央、旧本名:渡邉 秀雄、わたなべ ひでお、1934年〈昭和9年〉7月5日 - 2024年〈令和6年〉7月31日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 郵政大臣(第54代)、内閣官房副長官(第3次中曽根内閣)、衆議院商工委員長、衆議院議員(6期)、参議院経済産業委員長、参議院議員(2期)、新党改革最高顧問、改革クラブ代表、自由民主党全国組織委員長、日本ミャンマー協会会長、同理事長などを歴任。 新潟県栃尾市(現・長岡市)出身。東京都立目黒高等学校、拓殖大学政経学部卒業。中曽根康弘の秘書を務める。 1976年(昭和51年)の第34回衆議院議員総選挙に、旧新潟3区(定数5)から自民党公認で立候補し初当選。
杵渕 衛(きねふち まもる、1933年〈昭和8年〉9月25日… 杵渕 衛(きねふち まもる、1933年〈昭和8年〉9月25日 - 2020年〈令和2年〉1月18日)は、日本の政治家。元新潟県栃尾市(現・長岡市)長(4期)。 新潟県古志郡栃尾町(のち栃尾市を経て、長岡市)出身。新潟県立栃尾高等学校卒。1963年、栃尾市議会議員に初当選し、6期務め、副議長、議長を務める。1986年、栃尾市長に当選し、4期務める。2002年に落選した。
桜井 新(さくらい しん、1933年4月8日 - 2017年… 桜井 新(さくらい しん、1933年4月8日 - 2017年11月9日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)、元衆議院議員(6期)。櫻井新とも書く。 新潟県南魚沼郡大和町(現:南魚沼市)出身。新潟県立六日町高等学校併設中学校、新潟県立新潟工業高等学校を経て1957年早稲田大学第一理工学部卒業。早稲田大学在学中から田中角栄の書生を務めた後に田中氏の後援会「越山会」の青年部長として活動した。東京都から新潟県に帰郷して建設業を経営した[要出典]。 1971年、新潟県議会議員選挙に立候補。この時は自らの会社の従業員を党員登録して、支部大会を半ば乗っ取る格好で自民党の公認を獲得し、当選して2期務める。
真島 一男(眞嶋 一男、まじま かずお、1932年(昭和7年… 真島 一男(眞嶋 一男、まじま かずお、1932年(昭和7年)10月28日 - 2001年(平成13年)11月22日)は、日本の政治家、官僚。位階は従四位勲二等、勲章は瑞宝章。参議院議員(通算3期)、通商産業政務次官、建設省大臣官房総務審議官、都市局長を歴任。 新潟県長岡市出身。新潟県立長岡工業高等学校卒業。中央大学法学部卒業後、一橋大学大学院法学研究科の田上穰治ゼミで学ぶ。旧司法試験合格。大学院修了後、1960年、建設省に入省。経済企画庁総合計画局計画官、近畿地方建設局総務部長、道路局路政課長、道路局道路総務課長、大臣官房文書課長、大臣官房審議官、都市局長、大臣官房総務審議官などを歴任。1990年、国際花と緑の博覧会の大会実行委員長を務めた。
小出 弘(こいで ひろし、1932年(昭和7年)7月3日 -… 小出 弘(こいで ひろし、1932年(昭和7年)7月3日 - 2013年(平成25年)2月13日)は、日本の政治家。新潟県小千谷市長(2期)。位階は正六位。旭日双光章受章。 新潟県小千谷市出身。新潟県立小千谷高等学校卒。小千谷市役所に入り、市議会事務局長、市選挙管理委員会書記長、総務局長を経て、1989年小千谷市長に当選。1993年は無投票当選。市長を2期務め、1997年に退任した。2006年秋の叙勲で旭日双光章を受章。2013年死去。死没日付をもって叙正六位。
斎藤 富雄(さいとう とみお、1932年〈昭和7年〉3月26… 斎藤 富雄(さいとう とみお、1932年〈昭和7年〉3月26日 - 1991年〈平成3年〉1月31日)は、日本の政治家。新潟県新津市(現・新潟市)長(3期)。位階は正六位。勲五等双光旭日章。 新潟県中蒲原郡新津町(のち新津市を経て、新潟市)出身。1954年新潟県立新津高等学校卒。卒業後は新津市役所に入り、企画室長などを経て、1974年助役に就任する。1981年の新津市長選挙に立候補し、初当選した。1985年に再選。1989年に三選を果たした。3期目途中の1991年、病気のため死去した。1991年死去。死没日付をもって正六位に叙され、勲五等双光旭日章を追贈された。
木島 長右ェ門(きじま ちょううえもん、1932年(昭和7年… 木島 長右ェ門(きじま ちょううえもん、1932年(昭和7年)2月9日 - 2017年(平成29年)12月12日)は、日本の政治家。新潟県糸魚川市長(3期)。 新潟県糸魚川市出身。早稲田大学政経学部卒。糸魚川市議会議員を4期、同議長を務め、1985年糸魚川市長選挙に立候補し、初当選する。1989年と1993年の市長選はともに無投票で当選。市長を3期務め、1997年に退任した。 在任中の実績として、『フォッサマグナと地域開発構想』が挙げられる。この構想は、フォッサマグナやヒスイなどを糸魚川市特有の地域資源として、地域振興はもとより教育に活用することを目指すものである。この構想によって、まず1990年にフォッサマグナパークが造られた。
広井 庄一(ひろい しょういち、1931年12月19日 - … 広井 庄一(ひろい しょういち、1931年12月19日 - 2020年6月29日)は、日本の政治家。新潟県小千谷市長(1期)。 新潟県小千谷市出身。高等小学校卒。小千谷市議会議員を4期務め、副議長となった。1997年小千谷市長に当選。翌年市の発注工事の談合事件が起き、行政処分を不服とした市長解職請求運動が起き、広井はこれに反対した。同年10月に市長を辞職し、出直し市長選挙に立候補したが、元市議会議長の関広一に敗れた。
吉川 芳男(よしかわ よしお、1931年〈昭和6年〉10月2… 吉川 芳男(よしかわ よしお、1931年〈昭和6年〉10月25日 - 2018年〈平成30年〉4月6日)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)、労働大臣(68代)、参議院農林水産委員長などを務めた。 新潟県新潟市出身。父の平一は元新潟市議。 早稲田大学第一政治経済学部卒業。新潟県議会議員を5期務め、副議長(第59代)にも就任した。1983年の参議院議員選挙に出馬し初当選。 自民党内では田中派に所属。1987年7月に竹下登らが経世会を結成した際は残留し、二階堂進らの二階堂グループに属した。1990年の衆院選で二階堂グループは解散状態に追い込まれるが、選挙翌日の同年2月19日、吉川の宏池会(宮澤喜一派)入りが内定した。
本田 欣二郎(ほんだ きんじろう、1931年(昭和6年)6月… 本田 欣二郎(ほんだ きんじろう、1931年(昭和6年)6月18日 - )は、日本の政治家。元新潟県十日町市長(2期)。 現在の新潟県十日町市出身。新潟県立十日町高等学校卒。卒業後は十日町役場に入り、総務部長、助役などを務める。1989年の十日町市長選挙に立候補するが落選。1993年の市長選挙に立候補し、初当選。1997年の市長選挙では元十日町市議会議員の滝沢信一を破って再選する。市長を2期務め、2001年の市長選挙で三選を目指したが、再び立候補した滝沢信一に敗れた。
近藤 元次(こんどう もとじ、1930年(昭和5年)6月20… 近藤 元次(こんどう もとじ、1930年(昭和5年)6月20日 - 1994年(平成6年)2月16日)は、日本の政治家。位階は従三位勲一等、勲章は瑞宝章 農林水産大臣、衆議院議員(6期・自由民主党)を歴任した。息子は元自民党衆議院議員の近藤基彦。 新潟県佐渡郡相川町出身。新潟県立新潟工業高等学校を経て日本大学理工学部卒業。 相川町議会議員、新潟県議会議員を経て、1979年の第35回衆議院議員総選挙に旧新潟1区からに立候補し初当選(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・畑英次郎・麻生太郎・小里貞利・岸田文武・白川勝彦・丹羽雄哉・亀井静香・吹田愰・宮下創平・亀井善之・船田元など)。連続当選6回。 自民党内では宏池会(大平正芳→鈴木善幸→宮澤喜一派)に所属。
飯塚 正(いいづか ただし、1929年(昭和4年)1月29日… 飯塚 正(いいづか ただし、1929年(昭和4年)1月29日 - 2019年(平成31年)3月4日)は、昭和から平成時代の政治家。新潟県柏崎市長、新潟産業大学理事長を務めた。 柏崎市出身。1946年(昭和21年)新潟県立柏崎農学校卒業。 1959年(昭和34年)柏崎市議会議員に当選し、1987年(昭和62年)4月に7期目の途中で辞職するまで務めた。この間、1975年(昭和50年)5月から1979年(昭和54年)4月まで同市議会議長を歴任。1987年(昭和62年)以来、柏崎市長に2選。1992年(平成4年)11月、2期目の途中で辞職した。ほか、新潟産業大学理事長を務めた。 市長在任中は原子力発電所誘致による地域振興、新潟産業大学および新潟工科大学の開学、第6次上水道拡張事業に尽力した。
内山 裕一(うちやま ゆういち、1928年(昭和3年)12月… 内山 裕一(うちやま ゆういち、1928年(昭和3年)12月1日 - 2012年(平成24年)7月30日)は日本の政治家。新潟県三条市長(3期)。 新潟県出身。旧制新潟県立三条中学校(現新潟県立三条高等学校)、旧制新潟高等学校を経て、早稲田大学理工学部卒。卒業後は家業の内山商店(株)に入り、のち代表取締役となる。三条市教育委員、同委員長を務めた。1983年の三条市長滝澤賢太郎死去による市長選挙に立候補し、初当選する。市長を3期12年務め、1995年に市長を引退した。
佐藤 昭子(さとう あきこ、旧名:佐藤 昭〈さとう あき〉、… 佐藤 昭子(さとう あきこ、旧名:佐藤 昭〈さとう あき〉、1928年〈昭和3年〉8月5日 - 2010年〈平成22年〉3月11日、女性)は、日本の政治家秘書、政治運動家。33年間にわたって田中角栄の秘書を務め、その愛人であったといわれ「越山会の女王」と称された。後に「政経調査会」を主宰した。 新潟県刈羽郡枇杷島村(現・柏崎市)に生まれる。両親は雑貨店を営んでいた。6人きょうだいの末っ子であったが、1人の姉は昭の出生前に死亡しており、1944年(昭和19年)までに父母、2人の兄、2人の姉と死別した。枇杷島小学校3年からそろばん塾に通って1級を取得し、数学・習字・体育が得意であった。1941年(昭和16年)小学校卒業後に進学した新潟県立柏崎高等女学校(5年制、のち4年制に変更。
大橋 和夫(おおはし かずお、1928年(昭和3年)8月3日… 大橋 和夫(おおはし かずお、1928年(昭和3年)8月3日 - 2005年(平成17年)10月25日)は、日本の政治家。千葉県船橋市長。 新潟県長岡市出身。表町小学校、旧制長岡中学校、旧制新潟高等学校を経て、東京大学法学部卒業後、自治庁に入庁。外事広報課長、地方課長、衆議院議長秘書官、埼玉県財政課長等を歴任、1968年4月、千葉県へ赴任。企画部長を経て、1971年7月には千葉県教育長に就任、県立高校7校を新設開校したのをはじめ、若潮国体の開催、千葉県立美術館の開館等に尽力。後に川上紀一と千葉県知事の座を巡って争うが、知事選挙において川上に敗れる。 習志野文化ホール理事長を歴任後、1981年7月、公選制第6代の船橋市長に就任した。