山田 利明(やまだ としあき、1947年6月2日 - )は、… 山田 利明(やまだ としあき、1947年6月2日 - )は、中国哲学・道教学者、東洋大学名誉教授。 1947年、東京都で生まれた。東洋大学文学部中国哲学科で学び、1971年に卒業。同大学大学院に進み、修士課程修了。大正大学大学院博士課程に進み、1976年に満期退学。修了後は、大正大学文学部助手に採用された。1983年から1984年まで、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。1986年に東洋大学文学部講師となり、1990年に助教授、1997年に教授昇格。2018年名誉教授。 1995年、学位論文『六朝における道教儀礼の研究』を大正大学に提出して文学博士号を取得。
川上 光彦(かわかみ みつひこ、1947年 - )は、日本の… 川上 光彦(かわかみ みつひこ、1947年 - )は、日本の都市学者、金沢大学名誉教授。工学博士。石川県都市計画審議会会長、金沢市商業環境調整審議会会長、金沢市まちづくり専門員、富山県都市計画審議会委員など多数歴任。NPO法人金澤町家研究会理事長。 1947年金沢市生まれ。1970年京都大学工学部建築学科卒業、1972年京都大学大学院工学研究科修士課程建築学専攻修了。 金沢大学工学部助教授、金沢大学理工研究域環境デザイン学系教授を経て2013年退職により現職。 著書に『まちづくりの戦略―21世紀へのプロローグ 』(共編著、山海堂)、『人口減少時代の土地利用計画』(共編著、学芸出版社)、『都市計画(第2版)』(森北出版)『地方都市における中心市街地の再活性化』(編著、日本建築学会研究協議会資料)、『地方都市の再生戦略』(編著)『地域共生のまちづくり』(分担、学芸出版社)など。
竹内 郁雄(たけうち いくお、1946年 - )は、日本の工… 竹内 郁雄(たけうち いくお、1946年 - )は、日本の工学者。早稲田大学理工学術院教授。2010年、東京大学名誉教授。 金沢大学附属高等学校を経て、1969年東京大学理学部数学科卒業、1971年東京大学大学院理学系研究科数学専攻修士課程修了し、日本電信電話公社電気通信研究所入所。 1987年NTTソフトウェア研究所ソフトウェア基礎技術研究部グループリーダ。1989年NTT基礎研究所情報科学研究部グループリーダー、1994年NTTソフトウェア研究所広域コンピューティング研究部主幹研究員。 1996年論文「パラダイム融合言語の研究」により東京大学博士(工学)を取得。 1997年電気通信大学電気通信学部情報工学科教授。
中田 平(なかた ひとし、1946年 - )は、日本の情報学… 中田 平(なかた ひとし、1946年 - )は、日本の情報学者、翻訳家。金城学院大学名誉教授(元・現代文化学部情報文化学科教授)。特定非営利活動法人東海インターネット協議会理事長。デジタルエステイト株式会社代表取締役社長。 石川県金沢市出身。愛知県立瑞陵高等学校、愛知県立大学卒業、名古屋大学大学院文学研究科修士課程修了。 吉本隆明『共同幻想論』のフランス語翻訳者として知られる。 2014年3月に大学を定年退職したあとは、デジタルエステイトでの電子書籍出版業をメインに活動している。
城ヶ端 初子(じょうがはな はつこ、1945年2月28日-)… 城ヶ端 初子(じょうがはな はつこ、1945年2月28日-)は、日本の看護学者、東京有明医療大学教授。 石川県珠洲市生まれ。1960年珠洲市立三崎中学校卒業、京都博愛会冨田准看護婦学校に入学。准看護婦として働きながら、定時制高等学校卒、1970年立命館大学法学部卒業。1971年堀川高等看護学院卒業、同教員となるが1975年日本看護協会看護研修学校教員養成課程卒業。看護婦となる。1992年滋賀県立短期大学看護学科教授。1994年ジョージ・メイソン大学大学院看護学研究科(看護管理学専攻)修士課程入学。1995年国際医療福祉大学保健学部看護学科教授。1997年佛教大学大学院教育学研究科(生涯教育専攻)修士課程修了。
寺島 隆吉(てらしま たかよし、1944年7月12日 - )… 寺島 隆吉(てらしま たかよし、1944年7月12日 - )は、日本の英語学者、英語教育学者。岐阜大学名誉教授。 石川県生まれ。1963年、石川県立羽咋高等学校卒業。東京大学理科Ⅱ類入学。1969年、東京大学教養学部教養学科(科学史科学哲学 専攻)卒業。石川県立高校教諭(英語)として在職中の1984年、金沢大学大学院教育学研究科英語教育修士課程修了。1986年、岐阜大学教養部専任講師、のち1988年に助教授。カリフォルニア大学バークレー校、南カリフォルニア大学客員研究員。1993年、岐阜大学教養部教授。1996年、岐阜大学教育学部教授。2010年、定年退任。国際教育総合文化研究所を設立。 英語教育応用記号論研究会代表。
藤田 英典(ふじた ひでのり、1944年5月6日 - )は、… 藤田 英典(ふじた ひでのり、1944年5月6日 - )は、日本の教育学者。第14代都留文科大学学長(2020年 - 2023年)。東京大学名誉教授。共栄大学名誉教授。専門は教育社会学。 東京都生まれ、石川県金沢市育ち。1964年に石川県立金沢泉丘高等学校(椎間板ヘルニアによる入院で1年留年)、1969年に早稲田大学政治経済学部を卒業。大手銀行勤務を経て、1975年に東京大学大学院教育学研究科(教育学専攻)修士課程修了、1978年にスタンフォード大学(教育系大学院)でPh.Dの学位を取得。 1976年度から名古屋大学教育学部助手、1979年度から助教授、1986年度から東京大学教育学部助教授、1992年から教授(2000年 - 2001年度 教育学部長)、2003年から2009年まで国際基督教大学教養学部教育学科教授、2009年立教大学文学部教授を経て、2011年より共栄大学教育学部教授(2011年 - 2014年度 教育学部長、2015年 - 2016年度 副学長)。
元吉瑞枝(もとよし みずえ、1944年3月 - )は、日本の… 元吉瑞枝(もとよし みずえ、1944年3月 - )は、日本のドイツ文学者、熊本県立大学名誉教授。 石川県小松市に生まれる。1962年石川県立小松高等学校卒業、東京大学教養学部文科Ⅲ類入学。66年文学部ドイツ文学科卒業。68年同大学院人文科学研究科修士課程修了、熊本女子大学助手。講師、助教授、95年熊本県立大学教授。2004-06年文学部長、2009年定年退職、名誉教授。
中山 武憲(なかやま たけのり、1944年 - )は、日本の… 中山 武憲(なかやま たけのり、1944年 - )は、日本の法学者。学位は経済法。名古屋経済大学名誉教授。元公取官僚。 富山県福岡町生まれ。金沢大学附属高等学校を経て、1969年に滋賀大学経済学部を卒業。同年公正取引委員会事務局に入局。この間2年間通商産業省。1982年以降、公正取引委員会事務局官房、取引部、審査部の各課・室長、名古屋地方事務所長等を経て、1991年に公正取引委員会事務局退職。同年名古屋経済大学企業法制研究所教授に就任。1994年に同法学部教授となり、2012年名誉教授。
北畠 能房(きたばたけ よしふさ、1944年 - )は、日本… 北畠 能房(きたばたけ よしふさ、1944年 - )は、日本の環境学者、神職。京都大学名誉教授、小松天満宮宮司、宗教法人小松天満宮代表役員。通称は北畠 佳房。 石川県小松市出身。金沢大学教育学部附属高等学校卒業。一橋大学社会学部で指導教官杉田元宜のゼミでサイバネティックス関連書の輪読を行った。1968年一橋大学社会学部卒業。1970年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。指導教官は宮川公男。杉田ゼミ及び宮川ゼミの同期にアイ・アール ジャパンホールディングス創業者の鶴野史朗がいた。1974年コーネル大学大学院政策計画・地域分析研究科博士課程修了 (Ph.D.)。 小松天満宮の禰宜や宮司を務めながら、大学で教鞭を執り、環境・資源経済学、環境政策論、公会計学についての研究を行った。
南部 健一(なんぶ けんいち、1943年2月22日 - )は… 南部 健一(なんぶ けんいち、1943年2月22日 - )は、日本の工学者、東北大学名誉教授、工学博士、100年余学界の難問と云われたボルツマン方程式(Boltzmann equation)の解法を1980年世界で初めて発見した。又、ランダウ・フォッカー・プランク方程式(Landau-Fokker-Planck equation)の解法を世界で初めて63年振りに導いた。研究分野は層流・乱流、希薄気体、プロセスプラズマ。
山上 徹(やまじょう とおる、1943年 - )は日本の観光… 山上 徹(やまじょう とおる、1943年 - )は日本の観光経営学者。台湾・台中生まれ、石川県羽咋市出身。同志社女子大学名誉教授、博士(商学)。専門研究領域は観光経営、ホスピタリティ・マネジメント、国際交通政策など。2025年秋の叙勲にて瑞宝小綬章を受章。 日本大学経済学部卒、日本大学大学院商学研究科修士課程修了、 青山学院大学大学院経営学研究科修士課程修了、 日本大学大学院商学研究科博士課程 単位取得満期退学 日本大学在外研究員(西ドイツ・ハンブルク大学)に1年間留学。 日本国際観光学会理事・監事・顧問、日本海運経済学会評議員、アジア市場経済学会理事、日本貿易学会監事・理事・名誉会員、日本港湾経済学会常任理事・副会長・会長、関西部会会長を経て名誉会員、日本観光ホスピタリティ教育学会理事・副会長・会長・評議員・名誉会員、日本ホスピタリティ・マネジメント学会理事・副会長・会長・顧問、経営関連学会協議会評議員、日本経済学会連合評議員等を歴任。
丸田 榮藏(まるた えいぞう、1943年 - )は、工学博士… 丸田 榮藏(まるた えいぞう、1943年 - )は、工学博士(1984年、日本大学)、元日本大学教授。専門は風工学。石川県七尾市生まれ。 1967年、日本大学理工学部建築学科卒業。1969年、同大学院理工学研究科修士課程修了。 1969年、日本大学生産工学部副手。1972年、同助手。1976年、専任講師。1984年、工学博士学位取得。1984年、日本大学生産工学部助教授。1990年、同教授。 『住宅の耐風設計施工点検指針』(共著、日本建築センター、1993年)、『建築物荷重指針・同解説』(共著、日本建築学会、1975年、1993年)「わかる建築学4 建築構造力学(学芸出版社、2009年)」、「わかる建築学5 建築構法(学芸出版社、2011年)」など。
進村 武男(しんむら たけお、1943年 - )は、日本の工… 進村 武男(しんむら たけお、1943年 - )は、日本の工学者。宇都宮大学第18代学長、工学博士。研究分野は生産工学・精密加工・砥粒加工・磁気加工で、磁気研磨法の基礎と応用・強力磁気加工技術の研究開発・電気磁気複合精密加工法(ローレンツ力の利用,フレミングの左手の法則の利用)が研究テーマである。
辻 彰(つじ あきら、1942年8月6日 - 2016年5月… 辻 彰(つじ あきら、1942年8月6日 - 2016年5月18日)は、日本の薬剤学者、金沢大学大学院自然科学研究科薬学系名誉教授。一般社団法人医薬品開発支援機構代表理事。細胞膜における物質輸送担体(トランスポーター)研究の第一人者として国際的に高い評価を得ている。 1942年8月6日、石川県金沢市生まれ。 金沢大学に学び、山名月中に師事した。1966年金沢大学薬学部卒業。1968年金沢大学大学院薬学研究科修士課程修了とともに同大学助手に就任した。1976年に博士号を取得。論文名は 「β-ラクタム環抗生物質の分解反応に関する速度論的研究」。 同年、助教授就任。1980年に金沢大学薬学部教授に就任した。
林 勇二郎(はやし ゆうじろう、1942年1月17日 - )… 林 勇二郎(はやし ゆうじろう、1942年1月17日 - ) は、日本の工学者。専門は熱工学。工学博士。第9代金沢大学学長。第3代国立高等専門学校機構理事長。第49期日本伝熱学会会長。第20期日本学術会議会員。 石川県金沢市生まれ。金沢大学附属高等学校を経て、1967年東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1970年同博士課程修了、工学博士。 同年金沢大学工学部講師。1971年金沢大学工学部助教授。1981年金沢大学工学部教授。1991年日本機械学会理事、日本混相流学会理事。1995年日本伝熱学会副会長。パデュー大学客員教授等を経て、1997年金沢大学工学部学部長。
小出 義夫(こいで よしお、1942年 - )は、日本の物理… 小出 義夫(こいで よしお、1942年 - )は、日本の物理学者(高エネルギー素粒子理論物理学)。学位は理学博士(広島大学・1970年)。大阪大学大学院理学研究科招聘研究員、静岡県立大学名誉教授。 広島大学理学部教務員、静岡女子大学家政学部助教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学経営情報学部教授、大阪大学大学教育実践センター招聘教授、大阪大学大学院理学研究科招聘教授、京都産業大学益川塾指導教授などを歴任した。 1942年、石川県金沢市にて生まれた。石川県立金沢二水高等学校を経て、金沢大学に入学し、理学部物理学科にて物理学を学んだ。1965年に同大学を卒業すると、広島大学の大学院に進学し、理学研究科にて研究を続けた。
木棚 照一(きだな しょういち、1941年5月27日 - )… 木棚 照一(きだな しょういち、1941年5月27日 - )は、日本の法学者。専門は国際私法。学位は、法学博士(立命館大学・論文博士・1991年)。早稲田大学名誉教授。名古屋学院大学法学部教授。弁護士(第二東京弁護士会・木棚照一法律事務所所属)。2020年瑞宝中綬章受章。
徳本 伸一(とくもと しんいち、1941年 -2019年)は… 徳本 伸一(とくもと しんいち、1941年 -2019年)は、日本の法学者。専門は民法。金沢大学名誉教授。幾代通門下。 石川県金沢市生まれ。1960年 群馬県立渋川高等学校卒業。1964年 東北大学法学部卒業。1965年 東北大学大学院法学研究科修士課程退学。同年東北大学法学部助手。1969年 金沢大学法文学部講師。1972年 金沢大学法文学部助教授。1980年 金沢大学法学部助教授。1982年 金沢大学法学部教授。2007年金沢大学停年退官。同名誉教授。
廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は… 廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は、日本の計算機科学者。金沢大学名誉教授。理学部計算科学科教授、大学院自然科学研究科特任教授を歴任。学位は工学博士。 石川県金沢市出身。1963年に金沢大学理学部を卒業、1966年に金沢大学理学研究科修士課程を修了。1970年金沢工業大学助教授、1973年金沢大学助教授、1985年から金沢大学教授、2006年から金沢大学大学院特任教授。2009年には、「超音波計測による骨密度評価法の開発育成」で文部科学大臣賞を受賞した。2021年瑞宝中綬章受章。
古市 達郎(ふるいち たつろう、1939年12月 - )は、… 古市 達郎(ふるいち たつろう、1939年12月 - )は、石川県出身の官僚、金沢工業大学産学連携室、危機管理研究室教授。公安調査庁近畿公安調査局長を経て、大学教授などで活躍している。 石川県出身。金沢大学附属高等学校から金沢大学法文学部法学科に入学し卒業。1962年北尾幸一法律事務所に入所したのち、公安調査庁(石川局、本庁、関東局と歴任)、外務省領事移住部査証室課長補佐、在チェコスロヴキア日本国大使館(1等書記官)、公安調査庁総務部参事官、中国公安調査局長、近畿公安調査局長と歴任した。公安調査庁を退官後は、2000年より金沢工業大学客員教授、2003年には金沢工業大学の教授に就任。2009年現在、学術社団日本安全保障・危機管理学会理事、埼玉調停協会連絡会理事、社団法人国際都市コミュニケーションセンター(I・C・C・F)理事などにも就任している。
高橋 迪雄(たかはし みちお、1939年5月8日 - )は、… 高橋 迪雄(たかはし みちお、1939年5月8日 - )は、日本の動物生理学者。専門は獣医生理学。金沢市生まれ。
福島 和人(ふくしま かずと、1937年(昭和12年) - … 福島 和人(ふくしま かずと、1937年(昭和12年) - )は、日本の仏教学者(浄土真宗)。石川県金沢市生まれ。1961年金沢大学法文学部史学科卒。1963年大谷大学大学院仏教文化学部修士課程修了。大谷高等学校教諭。大谷専修学院講師、真宗大谷派教学研究所嘱託研究員。
志方 俊之(しかた としゆき、1936年3月30日 - )は… 志方 俊之(しかた としゆき、1936年3月30日 - )は、日本の防衛評論家、帝京大学名誉教授、星槎大学客員教授、元陸上自衛官(最終階級:陸将)。工学博士(京都大学、1968年)。 静岡県浜松市出身。金沢大学附属高等学校、防衛大学校本科(土木工学専攻)を卒業(第2期)。京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)。 岩見沢駐屯地第102施設大隊長(1974年3月16日~1976年3月24日)、アメリカ陸軍戦略大学研究員、在米国大使館防衛駐在官、陸上幕僚監部人事部長、第2師団長、防衛大学校幹事、北部方面総監などの要職を歴任する。北部方面総監在任中の1991年には陸上自衛隊としては初の方面隊規模の災害対処訓練「ビッグレスキュー'91」を統裁した。
浅野 輔(あさの たすく、1936年(昭和11年)2月11日… 浅野 輔(あさの たすく、1936年(昭和11年)2月11日 - 2000年(平成12年)2月29日)は、日本の国際政治学者、ニュースキャスター、翻訳家。JNNニュースコープキャスター、東京国際大学教授、ニューズウィーク日本版初代編集長。
吉川 武彦(きっかわ たけひこ、1935年10月30日 - … 吉川 武彦(きっかわ たけひこ、1935年10月30日 - 2015年3月21日)は、日本の医学者、精神科医。金沢市出身。1961年千葉大学医学部医学科卒。1966年同大学院医学研究科神経精神医学専攻修了(医学博士、論文の題は「ロールシャッハテストによる不安の研究 : 特に不安の顕在化と潜在化をめぐる精神力動について」)。 また、日本泳法委員として日本泳法の普及、発展に尽力。古式泳法の水府流太田派 桐游倶楽部の免許皆伝。 学生時代には安保闘争に参加、1960年6月15日のデモでは国会へ詰めかける。この時、先頭に立っていた樺美智子が倒れ込むところを間近に目撃、混乱のなかから樺美智子を引きずり出して救護所へ運び込んだ。
西村 恕彦(にしむら ひろひこ、1935年3月15日 - 2… 西村 恕彦(にしむら ひろひこ、1935年3月15日 - 2019年12月23日)は、日本の計算機科学者。機械翻訳や、COBOLをはじめとするプログラミング言語、情報処理に関わる用語、文字コード等の標準化を研究分野とした。 石川県金沢市に生まれる。父は旧制金沢医科大学(現・金沢大学)の医師であった。父の転勤により、富山市に移る。太平洋戦争中の1945年に魚津市にある母方の実家に疎開した。富山市立芝園中学校の1期生となり、校章をデザインする。 東京都立両国高等学校を経て東京大学に進学。1958年に東京大学理学部地質学科を卒業する。卒業後は東京大学文学部心理学科大学院に進み、1961年に修了した(修士号取得)。
吉岡 康暢(よしおか やすのぶ、1934年4月12日 - )… 吉岡 康暢(よしおか やすのぶ、1934年4月12日 - )は、日本の考古学者、文学博士(明治大学)。国立歴史民俗博物館名誉教授・元石川県立歴史博物館館長。 石川県金沢市生まれ。古代~中世にかけての日本海域における土器・陶磁器研究の先駆者である。第5回小山富士夫記念賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
松田保(まつだ たもつ、1933年11月1日 - 2016年… 松田保(まつだ たもつ、1933年11月1日 - 2016年9月10日)は、日本の医学者。血液疾患が専門。 石川県金沢市出身。1958年金沢大学医学部卒、1963年同大学院博士課程修了、医学博士。金沢大助手、1972年東京都老人総合研究所、東京都養育院附属病院、1984年金沢大学医学部教授。97年定年退官、名誉教授。 1976年にベルツ賞2等賞を受賞し、またSFが好きで、1991年金沢で行われた日本SFコンベンションで講演し、暗黒星雲賞を受賞。
天野 武(あまの たけし、1933年1月21日 - 2022… 天野 武(あまの たけし、1933年1月21日 - 2022年5月23日)は、日本の民俗学者。 石川県羽咋郡志賀町出身。石川県立羽咋高等学校・金沢大学法文学部卒業。石川県立郷土資料館勤務後、1974年から文化庁に入り主任文化財調査官を務める。1991年から帝京大学教授。1978年『若者組の研究』で柳田賞受賞。
古畑 和孝(ふるはた かずたか、1931年(昭和6年)6月9… 古畑 和孝(ふるはた かずたか、1931年(昭和6年)6月9日 - )は、日本の社会心理学者、東京大学名誉教授。父は、法医学者・医学博士・東京大学名誉教授・日本学士院会員の古畑種基。 石川県金沢市出身。三重県人・古畑種基の四男。金沢医科大学教授を務めていた父・種基は1936年、東京帝国大学教授に任ぜられ医学部に勤務した。 1954年、東京大学教育学部教育心理学科卒業。同大学院人文科学研究科修士課程、同博士課程を経て、1960年~64年米国イリノイ大学留学。国際基督教大学、東京大学文学部、帝京大学文学部の各教授を歴任。
野村 庄吾(のむら しょうご、1931年 - 2019年)は… 野村 庄吾(のむら しょうご、1931年 - 2019年)は、発達心理学を専門とする日本の心理学者。京都教育大学、奈良女子大学、花園大学の教授を歴任した。 金沢市生まれ。京都大学教育学部に学び、1954年に卒業した。 発達心理学を専門とし、「発達障害」という用語が一般化する以前から障害の問題について研究に取り組んだ。また、「笑い」の心理学的研究にも取り組んだ。
芝田 進午(しばた しんご、男性、1930年3月26日 - … 芝田 進午(しばた しんご、男性、1930年3月26日 - 2001年3月14日)は、日本の哲学者・社会学者。広島大学名誉教授。 石川県金沢市出身。金沢一中、第四高等学校を経て、東京大学文学部哲学科を卒業、法政大学助教授、1967年教授、1976年広島大学教授、1986年唯物論研究協会委員長。1993年定年退官、名誉教授、聖泉短期大学教授。 2001年、胆管癌により死去。
柚木 学(ゆのき まなぶ、1929年6月22日 - 2000… 柚木 学(ゆのき まなぶ、1929年6月22日 - 2000年4月21日)は、日本の史学者。専門は日本海運史。関西学院大学教授、同大学学長(1994年4月から1997年3月)を歴任した。石川県金沢市生まれ。 1953年3月関西学院大学経済学部卒業。 1959年3月関西学院大学大学院経済学研究科博士課程修了。 1954年4月から1957年3月まで関西学院大学経済学部助手補。 1957年4月から1960年3月まで関西学院大学経済学部助手。 1960年4月から1964年3月まで関西学院大学経済学部専任講師。 1964年3月、経済学博士(関西学院大学)の学位を取得。論文の題は「近世灘酒造業の経済構造」。
大河 直躬(おおかわ なおみ、1929年4月24日 - 20… 大河 直躬(おおかわ なおみ、1929年4月24日 - 2015年9月13日)は、日本の建築学者、千葉大学名誉教授。専攻は日本建築史。日本中世大工の生産・組織生活を明らかにし、民家の形式美を研究した。 金沢市生まれ。東京大学工学部建築学科卒、1958年同大学院数物系研究科建築学博士課程満期退学、1962年「中世建築の制作組織に関する研究」で工学博士。千葉大学工学部教授、1995年定年退官、名誉教授。
新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 20… 新田 義弘(にった よしひろ、1929年1月21日 - 2020年3月15日)は、日本の哲学研究者、東洋大学名誉教授。専攻は、現象学・解釈学。 1929年、石川県生まれ。東北大学文学部を卒業。卒業後は、東洋大学助教授となり、教授となった。2000年に定年退任し、名誉教授となった。 新田義貞の末裔[要出典]。 (古田光、廣川洋一、中野幸次、竹田篤司、上妻精、飯島宗享、城塚登、岩永達郎、新田義弘、市倉宏祐による共編著)
山田 孝一郎(やまだ こういちろう、1928年3月12日 -… 山田 孝一郎(やまだ こういちろう、1928年3月12日 - )は、日本の建築工学者。福井大学名誉教授。工学博士(東京工業大学、1962年)。専門は建築学・構造力学。 石川県出身。1945年、石川県立大聖寺中学校卒業。1950年、東京工業大学建築学科卒業。1954年、福井大学講師。1958年、福井大学助教授。1964年、福井大学教授。1993年、福井大学名誉教授。2004年、日本建築学会名誉会員。2008年、瑞宝中綬章受章。
片口 安史(かたぐち やすふみ、1927年11月3日 - 1… 片口 安史(かたぐち やすふみ、1927年11月3日 - 1995年4月4日)は、日本の心理学者。中京大学名誉教授。 金沢市生まれ。1951年東京大学文学部心理学科卒。1961年「ロールシャッハ・テストの研究」で東京大学文学博士、「ロールシャッハ・スキゾフレニー・スコア」で順天堂大学医学博士。国立精神衛生研究所心理室長、中京大学文学部助教授、教授、名誉教授。 1961年、佐藤春夫、三島由紀夫、森茉莉、円地文子、丹羽文雄、武田泰淳、舟橋聖一、金子光晴、武者小路実篤、椎名麟三、平林たい子、草野心平、小林秀雄、井伏鱒二、中村真一郎、伊藤整、江戸川乱歩、高見順、井上靖、野間宏、中野重治にロールシャッハ・テストを行った。
星野 命(ほしの あきら、1927年8月24日- 2015年… 星野 命(ほしの あきら、1927年8月24日- 2015年11月7日)は、日本の心理学者。国際基督教大学名誉教授。 石川県金沢市生まれ。1952年東京大学文学部心理学科卒業、名古屋大学医学部精神医学教室臨床心理学研修生入局。54年同研究生。55年米国アイオワ州立大学大学院臨床心理学研究科にフルブライト奨学生として留学。56年ミシガン大学心理学クリニック研究員。1957年国際基督教大学教養学部専任講師。60年助教授、準教授、72年教授、90年定年、名誉教授、京都女子大学教授。2015年11月7日没。日本社会心理学会名誉会員。
高林 秀雄(たかばやし ひでお、1927年(昭和2年)7月1… 高林 秀雄(たかばやし ひでお、1927年(昭和2年)7月11日 - 1997年(平成9年)1月26日)は、日本の法学者(国際法)。九州大学名誉教授。法学博士(京都大学・論文博士・1966年)。石川県金沢市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
亀淵 迪(かめふち すすむ、1927年 - 2023年11月… 亀淵 迪(かめふち すすむ、1927年 - 2023年11月19日)は、日本の物理学者。専門は場の量子論、特に繰り込み理論の研究で知られる。学位は、理学博士。筑波大学名誉教授。坂田昌一に師事。石川県出身。 旧制小松中学、旧制四高を経て、1950年に名古屋大学理学部物理学科を卒業後、名古屋大学大学院理学研究科に進学。1951年 梅澤博臣と協力して、近似によらない荷電繰り込みの一般論を作り、副産物として、電磁場に対する電流(カレント)の応答公式(後に「線形応答理論の久保公式」と呼ばれる式の原型)や、カレントの応答関数の相対論的不変な表示公式(後の「レーマン Lehmann のスペクトル表示」と呼ばれる式と同等)を導入した(梅澤・亀淵、久保、レーマンの研究成果の位置付けについては、高橋康「昔話 名古屋における場の理論」素粒子論研究 2007年 114巻 6号 pp.35-48 の p.47 の記述も参照)。
飴山 實(あめやま みのる、1926年(昭和元年)12月29… 飴山 實(あめやま みのる、1926年(昭和元年)12月29日 - 2000年(平成12年)3月16日)は、日本の俳人、化学者。山口大学名誉教授(農芸化学)。 石川県小松市生まれ。第四高等学校を経て、1950年、京都大学農学部農芸化学科卒。化学者としては酢酸菌の研究を専門とし、大阪府立大学助手、静岡大学助教授を経て、1969年、山口大学農学部教授。1988年、「酢酸菌の生化学的研究」にて日本農芸化学会功績賞、中国文化賞を受賞。1990年、山口大学を定年退職、関西大学工学部教授を務めた。2000年3月16日、腎不全により死去。 句作は高校在学中、『芭蕉七部集』を読み、寮の宿直だった大河寥々の指導を受けて始めた。
奥村 善久(おくむら よしひさ、1926年7月2日 - 20… 奥村 善久(おくむら よしひさ、1926年7月2日 - 2023年2月18日)は、日本の工学者。電波の伝播の研究に取り組み、電波が伝わる環境を独自に分類した経験則である「奥村モデル(奥村カーブ)」(或いは、奥村カーブを式に表した「秦モデル」と併せて「奥村-秦モデル」)の構築で知られる。石川県金沢市出身。 1947年金沢工業専門学校(現在の金沢大学理工学域)卒業。 通商産業省勤務を経て、1950年日本電信電話公社入社。見通し外長距離通信システムの研究開発に携わり、九州~奄美大島~沖縄間において電話とテレビの回線を無線電波で繋ぐシステムを構築した。電電公社在職中の1961年‐75年に、自動車に移動局を搭載し、基地局から半径100キロの圏内を走行しながら送受信する実験などを通じて、距離や地形による電波の伝播伝送の変化を研究。
萩原 宏(はぎはら ひろし、1926年6月27日 - 201… 萩原 宏(はぎはら ひろし、1926年6月27日 - 2014年1月8日)は、日本の工学者。京都大学名誉教授。京都情報大学院大学初代学長。 石川県金沢市生まれ。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
太田 時男(おおた ときお、1925年11月3日 - 200… 太田 時男(おおた ときお、1925年11月3日 - 2009年6月9日)は、日本の物理学者。 石川県金沢市生まれ。俳名・千崎登季生(せんざき ときお)。1948年京都帝国大学理学部卒、1962年「塑性的に変形された半導体に於けるゼーベック効果の理論」で理学博士。同副手、石川県立工芸高等学校教諭、金沢高等師範学校講師、教授、金沢大学助手、保安大学校講師、防衛大学校(校名変更)講師、助教授、教授、1965年オレゴン州立大学教授、1968年横浜国立大学教授、1981年水素エネルギー協会会長。1985年工学部長、学長を務めた。1989年定年退官、名誉教授。2001年春勲二等瑞宝章受勲。 2009年6月9日没、墓所は横浜市港南区の日野公園墓地。
川北 博(かわきた ひろし、1925年8月1日 - 2018… 川北 博(かわきた ひろし、1925年8月1日 - 2018年12月9日)は、日本の公認会計士、税理士、不動産鑑定士、司法書士、会計学者(監査論)。階級は陸軍少尉。学位は博士(会計学)(中央大学・2000年)。 公認会計士・税理士川北事務所代表、山梨学院大学教授、日本公認会計士協会会長、アジア太平洋会計士連盟会長、サンワ・等松青木監査法人会長、監査法人トーマツ会長、デロイトトウシュトーマツインターナショナル代表者会議議長、公認会計士川北・徳永事務所代表社員、東亜大学大学院総合学術研究科教授、日本内部統制研究学会会長、有限責任中間法人日本IPO実務検定協会理事長、宗和税理士法人代表社員などを歴任した。
山内 登美雄(やまのうち とみお、1925年6月 - 200… 山内 登美雄(やまのうち とみお、1925年6月 - 2000年6月2日)は、日本の演劇学者。 石川県金沢市生まれ。東京大学文学部哲学科卒。明治大学文学部教授を務めた。1994年定年退任。2000年6月2日、肺炎のため死去。 演劇理論、ギリシア悲劇などが専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
嶋崎 譲(嶋﨑 譲、しまさき ゆずる、1925年(大正14年… 嶋崎 譲(嶋﨑 譲、しまさき ゆずる、1925年(大正14年)1月21日 ‐ 2011年(平成23年)10月26日)は、日本の政治学者、政治家。衆議院議員(8期)。 石川県小松市粟津町に生まれる。兄の均は自由民主党所属の参議院議員、法務大臣を歴任し、兄弟で党籍が与野党に別れていた。また、弟の丞は石川県立美術館館長。 旧制第四高等学校を経て九州大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。 大学院修士課程修了後、九州大学助教授、教授となる。向坂逸郎らと共に社会主義協会系の学者として活躍するが、1967年(昭和42年)社会主義協会分裂の際は太田派の中心人物の一人となった。 1969年(昭和44年)、社会党執行部から求められて九州大学教授を辞職し、旧石川1区から第32回総選挙に立候補するが落選。
江上 信雄(えがみ のぶお、1925年1月5日 - 1989… 江上 信雄(えがみ のぶお、1925年1月5日 - 1989年10月17日)は日本の生物学者。東京大学名誉教授。国立環境研究所元所長。日本動物学会元会長(1979年-1982年、1987年-1989年)。理学博士。 石川県金沢市出身。東京帝国大学理学部動物学教室を1947年に卒業後、同大学理学部動物学教室助手、講師を経て、1961年国立放射線医学総合研究所の生物研究部室長、後に部長。1970年同大学理学部動物学教室教授。同大学理学部長、日本学術会議委員、原子力委員会専門委員、東京大学総合研究資料館館長、東京大学評議員、放射線審議会委員、宇宙科学研究所評議委員、国立岡崎基礎生物学研究所評議員、国立遺伝学研究所評議員などを歴任。
中川 龍一(なかがわ りゅういち、1925年(大正14年)1… 中川 龍一(なかがわ りゅういち、1925年(大正14年)1月1日 - 2001年(平成13年)11月14日)は、日本の材料工学者。科学技術庁金属材料技術研究所(独立行政法人物質・材料研究機構の前身のひとつ)所長、静岡理工科大学学長などを歴任した。 石川県金沢市出身。東京帝国大学卒。1947年、当時の商工省機械試験所(独立行政法人産業技術総合研究所の前身のひとつ)に入所。以降、おもに、ステンレス鋼の冶金学的研究に従事した。1961年、「オーステナイト系耐熱鋼の冶金学的研究」により、東京大学から工学博士を取得。 1985年4月、「発明改良」の功により紫綬褒章を受章した。1989年6月27日付で、金属材料技術研究所所長を退任した。