江上 泰山(えがみ たいざん、1936年(昭和11年)3月6… 江上 泰山(えがみ たいざん、1936年(昭和11年)3月6日 - 2021年(令和3年)11月19日)は、日本の僧(臨済宗相国寺派)。金閣寺放火事件を目撃した数少ない人物として知られる。 福井県和田村(現・高浜町)の禅寺に生まれる。1949年、中学2年生の時に金閣寺の徒弟僧となる。翌1950年7月2日未明、14歳のときに金閣炎上を目撃した。この事件は三島由紀夫の小説「金閣寺」の題材にもなった。 住職の村上慈海らと再建のために托鉢に回り、現在の金閣寺の再建に尽力した。1985年からは約17年間、金閣寺執事長を務め、その後に相国寺派宗務総長も歴任した。 2021年11月19日、誤嚥性肺炎により死去。
川島 實(かわしま みのる、1936年2月20日 - 201… 川島 實(かわしま みのる、1936年2月20日 - 2012年7月28日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、愛知県議会議員(4期)などを歴任した。 福井県敦賀市出身。定時制高校の建築科に学ぶ。1957年に日本社会党に入党。1961年3月、名城大学理工学部建築学科卒業。 1967年4月、愛知県議会議員選挙に日本社会党公認で名古屋市瑞穂区選挙区から立候補するも次点で落選。 1971年の県議選で初当選。1975年、再選。1977年に社会党を離党し、社会市民連合結成に参加。その後、社会民主連合県代表を務める。1983年、4回目の当選を果たす。 1986年7月6日執行の第38回衆議院議員総選挙に向けて社会党に復党。
山本 圭吾(やまもと けいご、Keigo Yamamoto、… 山本 圭吾(やまもと けいご、Keigo Yamamoto、1936年2月4日 - 2025年1月29日)は、日本の現代美術家である。福井県足羽郡出身。 1971年より「ネットワーク・アート・ゲーム」、1976年より「ネットワーク・サウンド・インスタレーション」、1988年より「通信連画連歌」、1996年より「通信風景楽譜、通信図形楽譜」、1997年より通信サイコロ楽器、1998年より「通信障子楽器」、1994年より携帯電話を導入した「ユビキタス・ネットワークアート」、2004年より「通信連画連歌屏風」、2005年より「通信パノラマ障子楽器」などの「田農作家・電脳作家」であり、教育者。 小学校、中学校、高校、短期大学、大学、大学院の各教育機関で教鞭を取った経験がある。
久野 修慈(ひさの しゅうじ 1936年1月22日 - )は… 久野 修慈(ひさの しゅうじ 1936年1月22日 - )は、日本の実業家。塩水港精糖株式会社会長兼社長を経て、同社会長。中央大学元理事長。中央大学学員会名誉会長。和菓子振興会会長。 福井県出身。福井県立藤島高等学校を経て中央大学法学部政治学科を1958年に卒業。大学卒業後は法曹界を目指し、吉田久(中央大学法学部教授、元大審院判事)の書生をしていた。のち進路を変更し1961年に大都魚類入社、2年後の1963年に大洋漁業に転じる。大洋漁業時代には社外取締役を務めていた白洲次郎の特任秘書を20年間務めていたこともある。 大洋漁業在職時代には取締役、常務、専務等を歴任。大洋漁業オーナーの中部謙吉の命を受けてプロ野球球団の大洋ホエールズに関わる。
荒井 章三(あらい しょうぞう、1936年 - )は、日本の… 荒井 章三(あらい しょうぞう、1936年 - )は、日本の神学者。神戸松蔭女子学院大学名誉教授。 福井市生まれ。1958年京都大学文学部哲学科美学美術史卒、1963年立教大学大学院神学部組織神学専攻博士課程満期退学、松蔭短期大学助教授、神戸松蔭女子学院大学教授、学長。2006年退任、名誉教授。
山尾 幸久(やまお ゆきひさ、1935年12月10日 - 2… 山尾 幸久(やまお ゆきひさ、1935年12月10日 - 2021年11月4日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。立命館大学名誉教授。 旧満洲撫順出身。後に、満洲での中国人との関わりや引き揚げ体験の記憶が、自らの歴史観に大きく影響していたと回顧している。 1962年、立命館大学二部(夜間)文学部日本文学専攻に入学。中国文学専攻の白川静の授業を受講して学問に目覚めた。北山茂夫と出会ったことにより日本古代史を志し、一部(昼間)文学部日本史学専攻に転籍した。卒業論文は「魏志倭人伝の史料批判」で、『立命館文学』267号(1967年)に掲載された。 大学院修士課程に進学し、1969年に立命館大学文学部助手となった。
浅井 成海(あさい なるみ / じょうかい、1935年5月2… 浅井 成海(あさい なるみ / じょうかい、1935年5月28日 - 2010年6月6日)は、浄土真宗の僧・仏教学者。 福井市生まれ。龍谷大学卒、同大学院真宗学博士課程満期退学、龍谷大学文学部助教授、教授、2001年定年、名誉教授。2003年「法然とその門弟の教義研究 法然の基本教義の継承と展開」で龍谷大学より文学博士の学位を取得。浄光寺住職。 2010年6月6日、75歳で死去。
井手 正敬(いで まさたか、1935年(昭和10年)4月3日… 井手 正敬(いで まさたか、1935年(昭和10年)4月3日 - )は、日本の実業家。西日本旅客鉄道(JR西日本)社長・会長を歴任。 内閣法制局第一部長や文部次官を務めた井手成三は父。兵庫県芦屋市在住[要出典]。 福井県小浜市生まれ。学習院初等科、学習院中等科を経て、1954年に東京都立戸山高等学校卒業。東京大学経済学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。葛西敬之、松田昌士とともに「国鉄改革3人組」と称され、国鉄の分割民営化に尽力した。 1992年(平成4年)にJR西日本社長就任。ワンマン経営者として知られ、社長・会長を11年務め、JR西日本は「井手商会(商店)」と呼ばれるほどであった。また、そのワンマン振りから社内では「(井手)天皇」というあだ名でも恐れられていた。
古川 太三郎(ふるかわ たさぶろう、1933年7月23日 -… 古川 太三郎(ふるかわ たさぶろう、1933年7月23日 - )は、日本の法律家、政治家、弁護士。元参議院議員(1期)。 京都市で出生し、1956年中央大学法学部法律学科卒業。1960年26歳で司法試験合格し、司法修習15期を経て、1963年弁護士開業。 福井弁護士会副会長など経て、1989年第15回参議院議員通常選挙で(民主改革連合の前身)連合の会新人として定数1の福井県選挙区で初出馬初当選。1994年羽田内閣国土政務次官。1995年第17回参議院議員通常選挙で落選。 1996年旧民主党公認で第41回衆議院議員総選挙の福井1区に出馬、比例復活もならず落選。
熊谷 太一郎(くまがい たいちろう、1933年6月7日 - … 熊谷 太一郎(くまがい たいちろう、1933年6月7日 - 2019年6月21日)は、日本の経営者。熊谷組社長、会長を務めた。 福井県福井市出身。1958年に早稲田大学第一理工学部土木工学科を卒業し、同年に熊谷組に入社。1968年に取締役に就任し、1970年11月に常務を経て、1972年11月に副社長に就任し、1978年12月には社長に昇格。1997年11月から2000年12月までに会長を務めた。 2019年6月21日に心不全のために死去。86歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
吉田 喜重 (よしだ よししげ、1933年2月16日 - 2… 吉田 喜重 (よしだ よししげ、1933年2月16日 - 2022年12月8日)は、日本の映画監督、小説家。名は「きじゅう」と音読みされることが多い。 福井県福井市佐佳枝下町で生まれる。1945年に順化小学校を卒業後、旧制の県立福井中学に入学。同年8月、福井大空襲で家が焼失する。1947年春に一家で東京へ転居し、田園調布の自宅から都立城南中学に通う。同校は吉田の在学中、学制改革により城南高校となる。この頃、フランス語を習うためアテネ・フランセへ通い、フランス映画をよく観ていた。また、NHKラジオに詩を投稿して賞金を貰ったり、演劇部には入らなかったが、自作の演劇脚本を文化祭で上演するなど、高校時代から映画、演劇への強い関心を示していた。
恋坂 通夫(こいさか みちお、1933年 - 2019年)は… 恋坂 通夫(こいさか みちお、1933年 - 2019年)は、日本の教育者。元高等学校教諭。福井県日本高等学校教職員組合委員長。 詩人。本名:辻 健隆。旧姓:緩詰。 福井県遠敷郡口名田村(現・小浜市)で緩詰家の7人兄弟の末っ子として生まれる。生後間もなく、叔父叔母(血縁関係)にあたる辻家に養子に出され、一人っ子として育つ。 大阪市立大学卒業後、1956年、福井県立高等学校教諭に採用され、福井県立若狭高等学校教諭、福井県立羽水高等学校教諭を歴任し、1994年の定年退職まで、福井県日本高等学校教職員組合運動に携わり、委員長を務めた。 定年退職後は、福井市で喫茶店“パウリスタ”を自営。晩年は、永平寺町で暮らした。
吹田 尚一(すいた しょういち、1933年 - )は、日本… 吹田 尚一(すいた しょういち、1933年 - )は、日本の経済学者。 福井県小浜市生まれ。福井からは関西で就職するものが多い土地であったが、吹田は東京から疎開してきた同級生に影響され、それが後の進路に影響することになった。中学一年のときに終戦、若狭高卒業後、1955年に早稲田大学第一政治経済学部経済学科を卒業し、同年三菱経済研究所に入所。
竹中 敬一 (たけなか けいいち、1933年 - )は、日本… 竹中 敬一 (たけなか けいいち、1933年 - )は、日本のテレビディレクター。 1933年(昭和8年)福井県小浜市生まれ。1952年(昭和27年)、福井県立若狭高等学校卒。1957年(昭和32年)、早稲田大学第一文学部美術史科卒、中部日本放送(CBC)に入社。以後、主にドキュメンタリーを中心にテレビ番組を制作する。受賞作品に1968年(昭和43年)『列車糞尿譚』日本民間放送連盟賞報道社会部門金賞、『木曽の四季』文部省芸術祭優秀賞、『淡墨の桜よ!宇野千代と子供たち』前島賞ほか多数。
松原 信之(まつばら のぶゆき、1933年 - 2019年1… 松原 信之(まつばら のぶゆき、1933年 - 2019年10月30日)は、日本の歴史学者、郷土史家。 福井市生まれ。福井大学教育学部卒。福井県立高志高等学校、福井県立丸岡高等学校教諭、県総務部県史編纂課課長補佐、県教育研究所第一課長、県立福井南養護学校長を最後に定年退職。坂井市立丸岡町図書館小葉田文庫名誉館長、福井市史編纂委員、坂井町誌編纂部長。
村上 利夫(むらかみ としお、1932年(昭和7年)3月12… 村上 利夫(むらかみ としお、1932年(昭和7年)3月12日 - )は、日本の農業技術者、政治家。元福井県小浜市長(2期)。 福井県遠敷郡上中町(現・三方上中郡若狭町)出身。福井県立遠敷農林学校(現・福井県立若狭東高等学校)卒業。福井県立高等農業講習所(現・福井県立大学)鯉淵学園研究科卒業。 1952年から、福井県農業改良普及員・専門技術員等。1971年から1976年まで、福井県立農業短期大学校(のち福井県立大学看護短期大学部)教授。その後、福井県農林水産部長、同県議会議員、同県農業会議会長、同県森林組合連合会長などを経て、福井県小浜市長(2000年8月から2期)。全国歴史研究会本部正会員。1998年、協同農業普及事業功労(農林水産大臣)。
立平 良三(たてひら りょうぞう、1932年1月31日- )… 立平 良三(たてひら りょうぞう、1932年1月31日- )は、日本の気象学者。理学博士(京都大学・論文博士・1967年)(学位論文「レーダーによる降雨帯の研究」)。気象庁長官。 福井県勝山市出身。1953年京都大学理学部地球物理学科卒業、気象庁に入る。富士山測候所レーダー係長、予報部予報官、主任予報官、1978年予報課長、1983年福岡管区気象台長、85年海洋気象部長、予報部長、1990年気象庁長官、1992年電気通信大学教授、(財)気象業務支援センター顧問。1967年「レーダーによる降雨帯の研究」で理学博士(京都大学)の学位を取得。専門はレーダー気象学、天気予報技術。
今井 理一(いまい りいち、1932年または1933年 - … 今井 理一(いまい りいち、1932年または1933年 - )は、日本の政治家。元福井県大飯郡高浜町長(3期)。反原発町長。 福井県大飯郡高浜町議会議員を経て、1996年-2008年、高浜町長を3期務めた。高浜発電所プルサーマル計画の受け入れを了承していたが、1999年12月に英国核燃料会社によるMOX燃料データ改竄が発覚したことから、安全性を危惧し計画実行に慎重な態度をとるようになった。2004年3月高浜発電所プルサーマル計画が再開されたが、同年8月の美浜発電所蒸気噴出事故を受けプルサーマル計画に再度難色を示すようになり、同計画は白紙撤回されることとなった。2008年、経済産業省原子力安全功労者表彰。
広部 英一(ひろべ えいいち、1931年11月18日 - 2… 広部 英一(ひろべ えいいち、1931年11月18日 - 2004年5月4日)は、日本の詩人。 福井県福井市出身。福井大学卒。大学在学中に則武三雄に出会い師事する。新聞記者を経て福井県立図書館司書となる。岡﨑純、川上明日夫らと<定住者の文学>を掲げ、詩誌『木立ち』を創刊。1977年『邂逅』で地球賞受賞。1991年『愛染』で中日詩賞を受賞。1998年『苜蓿』で富田砕花賞を受賞。福井市立清水図書館長を務め、「ふるさとの詩劇場」を毎年開催した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
落合 治(おちあい おさむ、1931年9月8日 - )は、日… 落合 治(おちあい おさむ、1931年9月8日 - )は、日本の射撃競技(ピストル種目)選手。京都府警察所属の警察官。1960年ローマオリンピック・1964年東京オリンピックに出場。福井県出身者としては初のオリンピック選手である。 現在の福井県越前市今立地区出身。福井県立武生高等学校卒業後、1950年に警察予備隊に入隊。任期満了後、京都府警察の警察官となる。射撃訓練で頭角を現し、京都府警の代表として警察官の全国大会で個人優勝を果たすと、国際大会に派遣する強化指定選手に選ばれる。1960年ローマオリンピックでは、現地入り後に競技規則の改訂に気づき、調整してあったグリップを削ることを余儀なくされ、35位。
高木 進(たかぎ すすむ、1931年〈昭和6年〉4月20日 … 高木 進(たかぎ すすむ、1931年〈昭和6年〉4月20日 - 1987年〈昭和63年〉8月23日)は、日本のフランス文学者。学習院大学教務部長、のち文学部仏文科教授。皇太子徳仁親王にフランス語を教えた。没後、妻の高木みどりが1993年東宮女官長に選任された。
市石 巌(いちいし いわお、1931年 - )は、日本の野球… 市石 巌(いちいし いわお、1931年 - )は、日本の野球選手。大阪府立北野高等学校野球部を甲子園優勝に導いた数少ない人物として知られる。 西区内の小学校卒業後、旧制大阪府立高津中学(現・大阪府立高津高等学校)に入学。兵庫県西宮市甲子園在住中、大阪大空襲、神戸大空襲により、福井県小浜市へ縁故疎開し、旧制小浜中学校へ転校。野球部に所属した。 その後、再び大阪へ戻ると、学制改革に伴い、1948年、新制大阪府立北野高等学校へ入学し、第1回選抜高校野球に出場、準決勝まで進出した。1949年、甲子園で優勝を果たす。 北野高校卒業後は、京都大学に進学した。
藤原 房子(ふじわら ふさこ、1930年9月1日 - )は、… 藤原 房子(ふじわら ふさこ、1930年9月1日 - )は、日本のジャーナリスト。本名・黒羽房子。夫は教育学者・社会学者の黒羽亮一。 福井県福井市生まれ。1948年福井県立福井高等女学校卒業。1953年東京女子大学文学部社会科学科卒業。日本経済新聞社に入社し、社会部、出版局、婦人部を経て退職後、東京都監査委員、財団法人日本女子社会教育会理事長を務める。『手の知恵――秘められた可能性』(山手書房) にて1979年度サントリー学芸賞受賞。日本エッセイスト・クラブ理事。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
八木 敏雄(やぎ としお、1930年7月8日 - 2012年… 八木 敏雄(やぎ としお、1930年7月8日 - 2012年2月22日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。成城大学名誉教授。 福井県敦賀市出身。10歳ころ、天津日本芙蓉小学校に編入、天津日本中学校在学中に敗戦を迎え、1946年帰国、福井県立福井中学校に編入。学制改革により福井県立藤島高等学校卒、1953年東京外国語大学英米語学科卒業後に母校の藤島高等学校教諭を務め、1956年成城学園高等学校教諭。1969年より成城大学に勤務し、のち教授。2001年停年退職し名誉教授。 2010年瑞宝中綬章受章。 エドガー・アラン・ポー、ハーマン・メルヴィルを専門とし、多数の著書、翻訳を刊行。 2012年2月22日に心筋梗塞で死去。
栗田 幸雄(くりた ゆきお、1930年4月6日 - 2024… 栗田 幸雄(くりた ゆきお、1930年4月6日 - 2024年5月17日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。福井県知事(公選第11・12・13・14代)。福井県鯖江市出身。 福井県工業技術センター(工業試験場)の整備や、福井県立大学の創設(1992年)、福井県産業振興施設(1995年)、福井県立音楽堂(1997年)、福井県児童科学館(1999年)、福井県立恐竜博物館(2000年)の建設など、産業や芸術文化、学術・教育分野等において大型公共施設の整備・拡充に積極的であった。 交通政策では、福井空港拡張整備計画、舞鶴若狭自動車道舞鶴東IC―小浜西IC間の延伸開通(2003年)や中部縦貫自動車道基本計画の促進による高速道路網整備、北陸新幹線や琵琶湖若狭湾快速鉄道の新線建設計画促進、JR小浜線電化(2003年)による高速鉄道網整備、敦賀港の港湾整備などを推し進めた。
辻 茂(つじ しげる、1930年3月29日 -2017年7月… 辻 茂(つじ しげる、1930年3月29日 -2017年7月2日)は、日本の美術史学者。東京藝術大学名誉教授。西洋美術史専攻。 福井県敦賀市出身。東京藝術大学美術学部藝術学科卒。イタリアに留学後、同大で教え、日本におけるイタリア美術史の権威の一人として指導に当たった。東京藝術大学美術学部助教授、教授。1997年定年退官、名誉教授。1996年『遠近法の発見』でマルコ・ポーロ賞受賞。ルネサンス期の遠近法の研究で知られた。 2011年11月瑞宝中綬章受章。 退官後はイタリアで在住していた。肺炎のため、入院先のイタリア中部オルビエトの病院で亡くなった。
福井 慶子(ふくい けいこ、1930年 - )は、福井県出身… 福井 慶子(ふくい けいこ、1930年 - )は、福井県出身の小説家。東京都在住。夫は、小説「空よ」で直木賞候補になった作家福井馨。子は、受験アドバイザーの福井一成。 福井県立高等女学校(現・福井県立藤島高等学校)卒業。一時期、丹羽文雄に師事して、作品『無月』を著わす。夫の福井馨が視力低下したために、口述筆記を始めることとなった。以後、作家として頭角を現す。 1985年、福井馨と二人三脚で著した口述筆記の作品『風樹』(鳥取県を舞台にした純文学作品)で、第13回平林たい子文学賞を受賞。その後も数々の作品を著している。
平泉 渉(ひらいずみ わたる、1929年11月26日 - 2… 平泉 渉(ひらいずみ わたる、1929年11月26日 - 2015年7月7日)は、日本の政治家、外交官。衆議院議員・参議院議員、科学技術庁長官・経済企画庁長官を歴任。 1929年に福井県勝山市で生まれる。父は当時東京帝国大学助教授で後に教授となる国史学者の平泉澄。旧制東京高等学校を経て、1952年に東京大学法学部政治学科を卒業後、外務省入省。フランス語研修員として、フランスのグルノーブル政治学院、エクス=マルセイユ大学などに学んだ。その後、在フランス大使館に勤務し、1954年に訪仏した鹿島守之助を案内したことがきっかけで守之助に見込まれ、その三女・三枝子と結婚。やがて国連代表部二等書記官、在イラン大使館一等書記官を経て、1965年、守之助に日本に呼び戻されて鹿島建設の専務取締役となり、同年、第7回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で全国区から立候補し、初当選。
松下 圭一(まつした けいいち、1929年8月19日 - 2… 松下 圭一(まつした けいいち、1929年8月19日 - 2015年5月6日)は、日本の政治学者・法学博士。法政大学名誉教授。元日本政治学会理事長。専門は、政治学、政治思想史、地方自治論。 福井県福井市生まれ。旧制福井中学、第四高等学校を経て、1952年東京大学法学部卒業。在学中は東京大学新聞編集長を務めた。丸山眞男門下として名高く、法政大学法学部に赴任後、助教授、教授を経て、2000年に法政大学を定年退職。また、日本政治学会理事長や日本公共政策学会会長を歴任した。マルクス主義全盛の時代潮流において大衆社会論を唱えて論壇に登場し、江田三郎の構造改革論や、地方自治のイデオローグとして活躍した。 2015年5月6日午前1時20分、心不全のため死去。
須磨 千頴(すま ちかい、1929年1月20日 - )は、日… 須磨 千頴(すま ちかい、1929年1月20日 - )は、日本の歴史学者。南山大学名誉教授。専門は日本中世史。 福井県三方郡(現:三方上中郡若狭町)に生まれる。福井県立小浜高等学校(現:福井県立若狭高等学校)を経て、1953年、東京大学文学部国史学科卒業。1960年、東京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程満期退学。その後、南山大学講師、助教授を経て、1971年に教授に就任。99年定年、名誉教授。2004年、40年以上を費やした「賀茂別雷神社境内諸郷の復元的研究」で 恩賜賞・日本学士院賞を受賞。 以降、南山大学助教授、教授。
川端 新二(かわばた しんじ、1929年1月 - )は、日本… 川端 新二(かわばた しんじ、1929年1月 - )は、日本の鉄道著作家、元機関士。福井県出身。 1929年(昭和4年)1月、福井市に生まれる。1943年(昭和18年)に国民学校高等科を卒業して国鉄に入社、名古屋機関区庫内手を経て機関助士となり、15歳にして関西本線や東海道本線で蒸気機関車の乗務に従事した。東海道本線では遠州灘を走行中に何度もアメリカ海軍の艦砲射撃や戦闘機の機銃掃射に遭い、炭水車の下に隠れて生き延び終戦を迎えている。 1953年(昭和28年)に電気機関車機関助士となった後、1957年(昭和32年)に蒸気機関車へ戻り機関士に就き、名古屋機関区では最後の蒸気機関車乗務経験者となった。
渡辺悟仙(わたなべごせん・本名「昌男」 1928年(昭和3年… 渡辺悟仙(わたなべごせん・本名「昌男」 1928年(昭和3年)11月26日 - 2000年(平成12年)8月22日)は、福井県福井市出身の日本を代表する世界的水墨画家。「日本南画院」元理事長。「福井県水墨画協会」創立者 兼 初代会長。紺綬褒章受章者。 生まれながらにして画才をもち、少年期には父である久吉(雅号・旭光)や文人画家の小川春峰に日本画の手ほどきを受け、青年期には南画家である飯原如堂に習う。雅号「静山」。拓殖大学卒業後、福井県庁に勤めるかたわら画家への夢があきらめきれず、1969年(昭和44年)、 馬来田愛岳(社団法人日本南画院理事)や鳥海二楽子(社団法人日本南画院常務理事)に師事。雅号を「悟仙」と改める。
森山 榮治(もりやま えいじ、1928年〈昭和3年〉10月1… 森山 榮治(もりやま えいじ、1928年〈昭和3年〉10月15日 - 2019年〈平成31年〉3月 )は、日本の地方公務員、実業家、人権教育講師。 京都府京都市伏見区生まれ、福井県大飯郡高浜町西三松出身。京都府職員・綾部市都市計画係長・高浜町企画室主幹等を経て、部落解放同盟福井県連合会書記長、高浜町助役、同町教育委員長、福井県人権研究員などを務めた。2017年まで京都府京都市在住。浜田倫三元高浜町長に招聘された後は、福井県を中心に関西電力や福井県庁を含む複数の官民に「人権教育講師」の立場を通じて、大きな影響力を持っていた。瑞宝双光章受章。法務省人権擁護局長感謝状受賞。 1970年、福井県高浜町の幹部職員として、町議会に出席した当時41歳の森山は散会後、ある町議から大声で呼び止められ、「おい、森山よ。
津村 節子(つむら せつこ、1928年〈昭和3年〉6月5日 … 津村 節子(つむら せつこ、1928年〈昭和3年〉6月5日 - )は、日本の小説家。勲等は旭日中綬章。本名は吉村 節子(よしむら せつこ、旧姓北原)。日本芸術院会員、文化功労者。名誉三鷹市民。 福井県福井市生まれ。1965年「玩具」で芥川賞、1990年『流星雨』で女流文学賞、1998年『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞、2003年「長年にわたる作家としての業績」で恩賜賞・日本芸術院賞受賞。同年日本芸術院会員となる。2011年「異郷」で川端康成文学賞受賞。ふるさと五部作に『炎の舞い』、『遅咲きの梅』、『白百合の崖』、『花がたみ』、『絹扇』がある。夫も小説家の吉村昭。
久里 洋二(くり ようじ、1928年4月9日 - 2024年… 久里 洋二(くり ようじ、1928年4月9日 - 2024年11月24日)は、日本のアニメーション作家、イラストレーター、絵本作家、洋画家。一コマ漫画家としても活動している。本名:栗原 英夫(くりはら ひでお)。 2016年以降、クリ ヨウジ、または姓名の間に中黒を入れたクリ・ヨウジの名義を併用して活動している。 福井県今立郡鯖江町(のちの鯖江市)出身。父は軍人。陸軍幼年学校の受験に失敗後、旧制福井県立武生中学校(のちの福井県立武生高等学校)へ入学。中学時代に終戦を迎えた。1947年、京都市美術学校の入学試験に合格するが、父親が公職追放となり、学費の目処が立たなくなったために進学を断念し、郷里で様々な職業について家計を助けた。
清水 澄子(しみず すみこ、1928年3月1日 - 2013… 清水 澄子(しみず すみこ、1928年3月1日 - 2013年1月14日)は、日本の政治家。位階は従四位。 元参議院議員(2期)。日本社会党を経て社会民主党に所属した。「日朝国交正常化を求める連絡会」共同代表。 選択的夫婦別姓制度導入に賛成している。「人にはそれぞれ固有の姓があります。基本的人権です。ところが、結婚と同時に法律で夫婦の姓を一つにすることを強制し、別姓を選んだ場合は、法律上の結婚とは認めず、法定相続人にはなれない。子どもには「婚外子」という制裁まで加えています。この不条理を、政府はいつまで女性に受忍しろというのでしょうか。夫婦別姓と婚外子差別の問題は、憲法制定に伴う1946年の民法改正以来の宿題」である、と述べている。
中島 道子(なかじま みちこ、本名:中嶋、1928年 - 2… 中島 道子(なかじま みちこ、本名:中嶋、1928年 - 2021年6月21日)は、日本の作家。 福井県三国町(現・坂井市)生まれ。実践女子大学国文科卒業。福井県内の中学校で国語教諭として勤務。50代半ばより執筆活動を開始。戦国~江戸期の武将とその妻に関する歴史小説を多く手掛けた。日本ペンクラブ会員。明智光秀公顕彰会副会長。福井工業大学客員教授。
浜本 雄幸(はまもと ゆうこう、1928年 - 2022年4… 浜本 雄幸(はまもと ゆうこう、1928年 - 2022年4月28日)は、日本の漁師。北朝鮮による拉致被害者である浜本富貴恵の兄。 福井県小浜市生まれ。妹の富貴恵が1978年、当時婚約中だった夫の地村保志とともに北朝鮮工作員の辛光洙により小浜海浜公園で拉致されたアベック失踪事件以降、地村保と2人を捜し続けた。 1997年、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」翌98年には「救う会福井」が発足。外務省や警察庁にも足を運び、被害者全員の救出を訴え続けた。 2002年9月の日朝首脳会談で北朝鮮が拉致を認め、同年10月に地村夫妻を含む拉致被害者5人が帰国を果たすことに尽力した。以降、拉致被害者全員の救出活動を願い、日本政府に事件究明を要望していた。
北側 義一(きたがわ よしかず、1927年(昭和2年)4月2… 北側 義一(きたがわ よしかず、1927年(昭和2年)4月26日 - )は、日本の実業家、政治家。元衆議院議員。 福井県生まれ。城東工業学校を卒業後、1945年(昭和20年)に近畿日本鉄道に入社する。1947年(昭和22年)浪速工芸社の役員となる。 1963年(昭和38年)大阪市会議員に選出され1期在任。1967年(昭和42年)1月29日、第31回衆議院議員総選挙に、旧大阪6区から立候補し、初当選。衆議院議員に連続6期在任した。衆議院科学技術振興対策特別委員長、同建設委員長、同交通安全対策特別委員長などを務めた。 1983年(昭和58年)公明党委員長の竹入義勝の下で、公明党中小企業係長に就任。同年の 第37回衆議院議員総選挙には出馬せずに矢追秀彦に地盤を譲る。
はた のぼる(1927年3月15日 - 2022年11月22… はた のぼる(1927年3月15日 - 2022年11月22日)は、日本のお笑い芸人。 福井県鯖江市出身。本名・川畑 正雄(かわばた まさお)。東京演芸協会名誉会長。日本演芸家連合・常任理事。5代目鈴々舎馬風ファミリーの一員。 1951年 - コミックバンド「フラット・セブン」を結成。 1959年 - 灘康次とモダンカンカンに加入。当時の芸名は「畑のぼる」 1964年 - モダンカンカンを退団し、「はたのぼるとポニーズ」(スリーボンボンと改名)を結成。 1968年 - スリーボンボンを解散し、漫談師となる。 1981年 - ロンドンで開催された「一芸名人世界大会」で準優勝する。 1996年 - 日本芸能実演家団体協議会(芸団協)芸能功労者表彰。
地村 保(ちむら たもつ、1927年 - 2020年7月10… 地村 保(ちむら たもつ、1927年 - 2020年7月10日)は、日本の大工。北朝鮮による拉致被害者である地村保志の父。 福井県大飯郡加斗村(現・小浜市)生まれ。大飯郡加斗村立加斗尋常小学校を経て、1939年、大飯郡本郷村立本郷尋常高等小学校卒業と同時に、京都で大工修業に入る。農繁期には小浜に戻り、農業に従事。戦時中は敦賀で農業要員として働く一方、東洋紡績に籍を置きながら、軍需品の生産に励む。戦後は特定の会社に属することなく、大工として身を立てる。1986年、「地村建築」を設立。1997年、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」結成を機に、会社を閉鎖。 2020年7月10日、誤嚥性肺炎により杉田玄白記念公立小浜病院で死去。
かこ さとし(加古 里子、1926年3月31日 - 2018… かこ さとし(加古 里子、1926年3月31日 - 2018年5月2日)は、日本の絵本作家、児童文学者、工学博士、技術士(化学)。本名は中島 哲(なかじま さとし)。ペンネームの「里子」は俳号。 福井県今立郡国高村(後の武生市、現在の越前市)に生まれ、8歳より東京府東京市(現在の東京都)板橋区に育った。東京府立第九中学校(現在の東京都立北園高等学校)、旧制成蹊高等学校から、東京大学工学部応用化学科に学ぶ。成蹊高校時代の教師に中村草田男がいた。1945年、疎開先の三重県で終戦。この年の9月より大学の授業が再開された。1946年、演劇研究会に入り、舞台装置デザイン・作製子供向けの演劇脚本を書き始める。
牧野 隆守(まきの たかもり、1926年〈大正15年〉1月1… 牧野 隆守(まきの たかもり、1926年〈大正15年〉1月14日 - 2008年〈平成20年〉1月11日)は、日本の政治家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(6期)、政務担当官房副長官(宇野内閣)、労働大臣(第2次小渕改造内閣・第1次森内閣)を歴任。 福井県坂井郡丸岡町(現・坂井市)出身。福井中学などを経て東京大学法学部入学。東大在学中に高等文官試験司法科(現在の司法試験)合格。卒業後、1949年に旧商工省(のちの通産省)に入省。同期には藤原一郎(通産事務次官)、村上信二郎(衆議院議員)、平松守彦 (大分県知事)、大永勇作(中小企業信用保険公庫総裁)、井川博(経済企画事務次官)、織田季明(官房審議官)、小泉孝夫(通産省工業検査所所長)などがいた。
森永 大(もりなが ひろし、1925年〈大正14年〉12月2… 森永 大(もりなが ひろし、1925年〈大正14年〉12月27日 - 1995年〈平成7年〉3月18日)は、日本の政治家。福井県大野市出身。札幌文科専門学院(現札幌学院大学)経済本科中退。元・北海道歌志内市長(1980年-1988年)。位階は従六位。 1951年歌志内町役場に入り、税務課長、水道課長、民生部長を経て、1971年同市助役。1980年に歌志内市市長選挙に出馬し当選。以後、2期8年市政を担うが、1988年の市長選挙で落選。1995年3月18日、肝臓癌のため死去。死没日付をもって従六位に叙された。 囲碁、観劇、絵画を好んだという。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
天谷 直弘(あまや なおひろ 1925年8月31日 - 19… 天谷 直弘(あまや なおひろ 1925年8月31日 - 1994年8月30日)は、日本の官僚、経済評論家。 資源エネルギー庁長官、通商産業審議官、電通総研初代所長、松下政経塾評議員。福井市名誉市民。天谷直次郎陸軍中将は父、国土交通官僚の天谷直昭は甥。 福井県吉田郡岡保村(現・福井市)出身。旧制福井中学(現・福井県立藤島高等学校)を卒業後、旧制静岡高校、東京大学法学部政治学科へと進学した。1948年、商工省(のちの通産省)に入省。入省同期に、矢野俊比古(通産事務次官、のち参議院議員)、金森久雄(日本経済研究センター理事長)、岸田文武、熊谷善二(特許庁長官)、生田豊朗、黒田四郎(名古屋通産局長)など。
辻 一彦(つじ かずひこ、1924年12月10日 - 200… 辻 一彦(つじ かずひこ、1924年12月10日 - 2008年9月5日)は、日本の政治家。参議院議員(1期)、衆議院議員(5期)を歴任。福井県遠敷郡口名田村(現・福井県小浜市)谷田部出身。長男は、福井県議会議員だった辻一憲。次男は、衆議院議員、元青森大学社会学部教授の辻英之。 1941年千葉農業専門学校(千葉大学園芸学部の前身)を卒業し教師や農業講習所講師を経て1971年の第9回参議院議員通常選挙で日本社会党公認で福井県選挙区で当選。1977年の第11回参議院議員通常選挙で落選。 1983年の第37回衆議院議員総選挙に無所属で出馬、当選を果たすも後に社会党を除名される。 1985年、院内会派「社会党・護憲共同」に参加、1986年第38回衆議院議員総選挙では社会党推薦で再選し、同年12月復党。
清水 純一(しみず じゅんいち、1924年7月23日 - 1… 清水 純一(しみず じゅんいち、1924年7月23日 - 1988年11月1日)は、日本のイタリア文学者。京都大学名誉教授。専攻はイタリア・ルネサンス期文化(ルネサンス文学・哲学史)、特に異端とされたジョルダーノ・ブルーノを研究し、訳・紹介した。 1924年、福井県福井市生まれ。京都帝国大学に入学するも、学徒出陣経て、1949年京都大学文学部哲学科を卒業。同大学大学院を修了。イタリア・フィレンツェやロンドンに留学し、研鑽を積んだ。 帰国後は広島大学助教授に着任。1968年、京都大学文学部イタリア文学科助教授に転任し、1973年に教授昇進。後に文学部学部長として、学園紛争の処理に当たった。多くの後進を育成し、日本でのルネサンス研究をより幅広く多様なものにしたが、1988年に京都大学定年退官後、間もなく病没した。
大橋 敦子(おおはし あつこ、1924年4月18日 - 20… 大橋 敦子(おおはし あつこ、1924年4月18日 - 2014年2月21日)は、日本の俳人。 俳人大橋櫻坡子の長女として、母の生地福井県敦賀に生まれる。大阪府立清水谷高等女学校(現・大阪府立清水谷高等学校)卒。父に師事し、父没後の1972年、『雨月』の主宰を継承する。1979年句集『勾玉』で現代俳句女流賞受賞。『雨月』名誉主宰。俳人協会名誉会員。 2014年2月21日、心不全のため死去。89歳没。
田畑 政一郎(たばた まさいちろう、1924年2月15日 -… 田畑 政一郎(たばた まさいちろう、1924年2月15日 - 1994年5月21日)は、日本の政治家、日本社会党元衆議院議員(2期)。 福井県出身。旧制北陸中卒。国鉄に入り、福井県労働組合評議会事務局長、福井県議を経て、1958年の総選挙から1963年の総選挙まで3回連続福井全県区から日本社会党公認で立候補したが落選。この間1962年の第6回参議院議員通常選挙で福井県地方区から日本社会党公認で立候補して落選。1976年の第34回衆議院議員総選挙で福井全県区から立候補して初当選する。連続2期当選し、1980年の第36回衆議院議員総選挙で落選。1983年の第37回衆議院議員総選挙で再び立候補したが落選。
鈴木 敏通(すずき としみち、1923年〈大正12年〉7月5… 鈴木 敏通(すずき としみち、1923年〈大正12年〉7月5日 - 2008年〈平成20年〉3月15日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。陸士57期。第16代陸上幕僚長。 中学2年から仙台陸軍幼年学校に入校し陸軍士官学校へ進む。旧軍では歩兵。満州勤務の後、終戦直前は高知で陣地作りに従事した。復員し福井に帰郷後は旧制福井工専で電気を学び、エンジニアとして川崎の自動車会社に就職したが、1951年(昭和26年)12月に旧軍人組採用と同時に警察予備隊に1等警察士で入隊。以後、職種は通信科へ進むが、北部方面通信群長の他は、防衛や人事畑が主だった。 第13師団長、中部方面総監等を歴任し、第16代陸上幕僚長に就任。