安達 紀子(あだち のりこ、1959年 - )は、ロシア演劇… 安達 紀子(あだち のりこ、1959年 - )は、ロシア演劇研究家、エッセイスト、通訳、翻訳家。マリンスキー・オペラ友の会の会員。早稲田大学講師。 京都府京都市生まれ。旧姓・松岡。1983年京都産業大学外国語学部ロシア語学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科露文専攻修士課程修了。その後、1986年から1992年までモスクワで暮らし、映画撮影所モスフィルム、朝日新聞モスクワ支局、マールイ劇場などで通訳の仕事を行った。帰国後、早稲田大学大学院博士課程に入学してロシア演劇を研究する一方、演劇雑誌『悲劇喜劇』に評論を執筆。 1999年『モスクワ綺想曲』で小野梓記念賞受賞。同年、ロシア文化省よりプーシキン記念メダルを授与される。
岸見 一郎(きしみ いちろう、1956年 - )は、日本の哲… 岸見 一郎(きしみ いちろう、1956年 - )は、日本の哲学者、心理学者、翻訳家。 京都府生まれ。洛南高等学校卒業。1987年、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。 京都教育大学教育学部、甲南大学文学部、京都府医師会看護専門学校、奈良女子大学文学部非常勤講師、前田医院精神科勤務、 京都聖カタリナ高等学校 看護科(心理学)非常勤講師。日本アドラー心理学会認定カウンセラー。日本アドラー心理学会顧問。 専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。 2013年に刊行した古賀史健との共著『嫌われる勇気』が100万部を超えるベストセラーになる。
伴田 良輔(はんだ りょうすけ、1954年11月17日)は、… 伴田 良輔(はんだ りょうすけ、1954年11月17日)は、日本の作家、版画家、翻訳家。映画監督としても作品がある。 執筆ジャンルは美術、写真、自然科学、パズル、動物など多岐にわたる。趣味はペタンクと木陰での昼寝。メキシカン・ハンモックの愛好家でもある。美術家としての名義は小原 有月(うげつ)。 京都府福知山市出身。福知山高校を卒業、上智大学外国語学部英語学科中退。在学中に銀座のタウン誌の編集にかかわり、それをきっかけに著述活動に入る。 海外を放浪。帰国後の1985年、雑誌「GS」(浅田彰, 伊藤俊治, 四方田犬彦らの共同編集)の特集に寄稿した原稿をもとに初の単行本『独身者の科学』(冬樹社)を戸田ツトムの装丁で上梓、性のビジュアルとアフォリズムの組み合わせによる斬新な語り口で反響を呼ぶ。
横島 昇(よこしま のぼる、1953年 ‐ )は、日本の英文… 横島 昇(よこしま のぼる、1953年 ‐ )は、日本の英文学者、翻訳家、小説家。 フランシス・キング(英語版)を中心に英文学の評論・翻訳、また脚本や小説など文筆活動を行う。著書に『フランシス・キング 東西文学の一接点』(1995年)、『ガラシャの祈り』(2019年)『薔薇の象徴』(2023年)、訳書に『フランシス・キング作品集 日本の雨傘』(1991年)、『炎の恋人』(2019年)など。 京都府京丹後市出身。京丹後市弥栄町和田野在住。1976年(昭和51年)京都外国語大学英米語学科卒業、1980年(昭和55年)京都外国語大学大学院修士課程修了。 小学生の頃に学校の先生に文才があると褒められたことから作家を志し、宮沢賢治や三島由紀夫の作品の影響を強く受けた。
大西 憲(おおにし あきら、1951年 - )は日本の翻訳家… 大西 憲(おおにし あきら、1951年 - )は日本の翻訳家。京都市生まれ。信州大学理学部卒。日本推理作家協会会員。
入江 良平(いりえ りょうへい、1950年3月30日 - )… 入江 良平(いりえ りょうへい、1950年3月30日 - )は、日本のユング心理学者、翻訳家。青森県立保健大学教授。 京都市生まれ。一橋大学社会学科卒、1976年同大学院社会学研究科(社会心理学)修士課程修了、1980 -)1981年チューリッヒのユング研究所に学ぶ。青森短期大学講師、助教授、青森大学助教授、富山国際大学助教授、教授、1999年青森県立保健大学教授。
桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日… 桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日- )は、日本の翻訳家、哲学研究者、創価学会の人物。 京都府福知山市生まれ。1960年東京大学文学部社会学科卒。創価学会に入り、聖教新聞の記者となり、のち編集主事。フランス文化史の翻訳を多く行っている。
荒井 良雄(あらい よしお、1935年6月27日 - 201… 荒井 良雄(あらい よしお、1935年6月27日 - 2015年4月8日)は、日本のイギリス文学者、翻訳家。駒澤大学名誉教授。 1970年代前後には、NHK教育テレビの『英語講座』、文化放送ラジオ『百万人の英語』の講師としても活躍した。 学生時代から永く、シェイクスピア作品の上演に打ち込み、研究者としてイギリス文学に関する著作を発表する傍ら、シェイクスピア劇の演出や朗読も手がけた。 禅についても関心を寄せ、レジナルド・ブライスに関する研究や、英米の映画を題材にした著作、英語教科書なども発表していた。 映画監督荒井良平の息子として、京都市に生まれる。 京都府立嵯峨野高等学校から学習院大学文学部へ進み、1961年に文学修士を取得後、学習院大学に助手として採用され、講師、助教授、教授となる。
宮下 嶺夫(みやした みねお、1934年 - )は日本の翻訳… 宮下 嶺夫(みやした みねお、1934年 - )は日本の翻訳家。日本翻訳協会会員。主に児童書の翻訳を手掛ける。 京都府京都市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
木原 たけし(きはら たけし、1933年3月27日 - )は… 木原 たけし(きはら たけし、1933年3月27日 - )は、日本の翻訳家。元俳優、声優。本名:河内 博。 主に日本語吹き替え作品の翻訳家として第一線で活躍し、数多くのヒット作を手がけた。 京都府福知山市出身。幼少期は神戸で育ち、太平洋戦争による疎開などを経て、終戦後は日光市に移住。 高校時代に演劇部へ所属したことがきっかけで、卒業後は役者になることを志望。だが、実家が代々医者の家系であったことなどから両親に反対され、時間稼ぎのために国際基督教大学英語学科へ進学。在学中に演劇部を設立し、卒業後は役者として演劇を続けながら、テレビドラマのエキストラ出演や生放送CMのモデルをしていた。俳優としてはタレントエージェント、シナリオ文芸くらぶに所属していた。
原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1… 原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。1955年大阪外国語大学卒業、1958年大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了。立命館高等学校教諭、1964年帝塚山大学講師、大阪外国語大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、関西福祉科学大学教授。 2019年、瑞宝中綬章受章。 ジュリアン・グリーンや、マルセル・プルーストの同性愛を研究。父と娘の近親相姦について虐待的なものも多く存在するとした上でそれだけではないと指摘する。 2020年に老衰のため死去。生没同日である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月… 西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月6日)は、イタリア文化研究家、書籍輸入業者、翻訳家。(財)日伊協会評議員。 京都市生まれ。1956年東京外国語大学イタリア語科卒業。1975年国際交流基金の派遣で日本語講師としてヴェネツィアに滞在。株式会社文流取締役社長をへて会長。書籍の輸入、翻訳を行い、イタリアに日本人のための料理学校を設立し、日本でのイタリア料理普及など、日伊文化交流に尽くした功績で、1980年サンドロ・ペルティーニ大統領から教育・文化・芸術銀賞を授与され、99年イタリア政府から大騎士の称号を授かる。
赤木 昭夫(あかぎ あきお、1932年3月17日 - )は、… 赤木 昭夫(あかぎ あきお、1932年3月17日 - )は、日本の科学史家、評論家、翻訳家。NHK職員、慶應義塾大学教授、放送大学教授等を歴任。 専攻は科学史、技術論、メディア論。 京都市生まれ。1955年東京大学文学部英文科卒業後、NHK入局。NHK科学番組プロデューサー、NHK科学技術担当解説委員(NHK解説委員)を経てNHKを退職。 慶應義塾大学環境情報学部教授、放送大学教授、コロンビア大学ジャーナリズム大学院フェローを歴任。 慶應義塾大学での教え子に、吉川浩満、山本貴光ら慶応SFC一期生がいる。
内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12… 内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12月20日 - 1989年(平成元年)8月17日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、演劇・音楽評論家、舞台演出家、オペラ演出家。東京大学名誉教授。 京都府京都市に生まれる。京都第一中学校(旧制)、第一高等学校(旧制)を経て、1950年(昭和25年)京都大学文学部ドイツ文学科卒。1951年(昭和26年)に東京大学教養学部助手となり、1953年(昭和28年)戦後初めてのドイツ学術交流会招聘留学生としてハンブルクにおいて研究を続け、以後ドイツ文学、ドイツ演劇、比較文学、比較演劇の講師、助教授、教授を務め、1986年定年退官。 ドイツ文学のエキスパートとして古典から現代までの数多くの文学作品や戯曲を翻訳し出版しているのみならず、研究領域はドイツ演劇に加え、ドイツオペラから新劇や伝統芸能に至るまで舞台芸術全般に及んだ。
斎藤 美津子(さいとう みつこ、1925年1月27日 - 2… 斎藤 美津子(さいとう みつこ、1925年1月27日 - 2004年2月29日)は、日本のコミュニケーション学者、同時通訳(養成)者。国際基督教大学名誉教授。専門は異文化コミュニケーション論、コミュニケーション教育、一般意味論。 夫は元衆議院議員の福永一臣。父は元東京銀行監査役の斎藤保義。弟は元毎日新聞社社長・会長の斎藤明。姉の夫に井上孝、妹の夫に福田歓一、竹内昭夫、前田庸がいる。 京都市生まれ。東京銀行の前身である横浜正金銀行に就職していた父親の海外勤務で幼少期を7年間上海で過ごす。1945年東京女子大学英語専攻部卒業。1950年イリノイ州シカゴにあるノース・パーク大学(North Park University)に留学しスピーチ学に関心を持つ。
前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 20… 前川 道介(まえかわ みちすけ、1923年9月2日 - 2010年6月11日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。同志社大学名誉教授。 京都市出身。京都大学文学部卒業。同大学院中退、1954年天理大学助教授、1956年西京大学助教授(1958年、京都府立大学に改称)、1967年同志社大学教授、1989年定年退任し名誉教授。 国書刊行会「ドイツ・ロマン派全集」責任編集を務めた。ドイツ文学の怪奇・幻想文学を多く翻訳し、評論を刊行した。 2001年春、勲三等瑞宝章を受章。2010年、呼吸不全により死去(没年86歳)。
大橋 健三郎(おおはし けんざぶろう、1919年12月18日… 大橋 健三郎(おおはし けんざぶろう、1919年12月18日 - 2014年4月22日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 京都市中京の呉服卸商の家に生まれる。1937年(昭和12年)、京都市立第一商業学校(現京都市立西京高等学校・附属中学校)を卒業し、東京外国語学校英語科入学) 1941年、東北帝国大学英文科に入学。土居光知に師事し、阿部次郎、小宮豊隆の教えを受けて夏目漱石に傾倒するが、戦争のため二年で繰上げ卒業、海軍予備学生、予備士官として各地を転々とする。 戦後、仙台工業専門学校(現仙台高等工業学校)教授。1948年(昭和23年)、横浜市立経済専門学校教授、また横浜市立大学助教授。
原 亨吉(はら こうきち、1918年6月21日 - 2012… 原 亨吉(はら こうきち、1918年6月21日 - 2012年3月20日)は、日本の数学史家、フランス文学者、翻訳家。大阪大学名誉教授。 フランス科学思想史、近世ヨーロッパ数学史を専攻し、ルネ・デカルト、ケプラー、ホイヘンス、ロベルヴァル、ライプニッツを軸に研究論文・翻訳を行い、フランス語教育にも長くたずさわった。若き日はスタンダール、アラン、ヴァレリーらの翻訳も行った。 京都市出身。姫路市に育つ。第一高等学校理科乙類を経て、1938年京都帝国大学哲学科入学、1940年退学し1942年東京帝国大学仏文科卒業。1942年入営し少尉で敗戦、1945年8月20日中尉(いわゆるポツダム中尉)で除隊、1947年同志社女子専門学校教授、1949年関東学院大学経済学部助教授。
海老池 俊治(えびいけ しゅんじ、1911年8月27日 - … 海老池 俊治(えびいけ しゅんじ、1911年8月27日 - 1968年7月3日)は、英文学者、翻訳家。 京都市生まれ。1931年東京帝国大学文学部美学美術史卒、34年同英文科卒。女学校教師などをしながら、英文学で斎藤勇に師事し、また横光利一に師事して創作も目指した。戦後1951年から68年まで一橋大学社会学部教授。
辻野 久憲(つじの ひさのり、1909年5月28日 - 19… 辻野 久憲(つじの ひさのり、1909年5月28日 - 1937年9月9日)は、日本の翻訳家、文芸評論家、随筆家、編集者。 第二次『四季』同人。その他、『詩と詩論』『コギト』『創造』などの雑誌に小論や随筆を寄稿した。 京都府舞鶴市生まれ。舞鶴憲兵分隊内の官舎で誕生。1916年、台湾の台中尋常高等小学校尋常科入学。基隆小学校、神戸小学校、伊丹小学校、伊丹中学校を経て、1929年、第三高等学校文科丙類を卒業。1932年、東京帝国大学仏蘭西文学科卒業。同年、書肆第一書房に就職。 『詩・現実』に参加し、1930年から1931年に伊藤整・永松定とジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を翻訳するかたわら、第一書房『セルパン』編集長。
西村 孝次(にしむら こうじ、1907年11月17日 - 2… 西村 孝次(にしむら こうじ、1907年11月17日 - 2004年6月29日)は、日本の英文学者、文芸評論家、翻訳家。元明治大学教授。 小林秀雄の従弟。弟の西村貞二は西洋史学者で東北大学教授を務めた。孫は元プロサッカー選手の西村卓朗。 京都市で約400年続いた仏書店で西村重右衛門(第十三代)の長男に生まれる。家業を継ぐはずだったが1923年に店が破産。進路に迷っていた時、京都へ来た小林秀雄から文学の道を勧められる。1925年京都府立第一商業学校卒、1929年関西学院英文科卒、学費のため一年半ゼネラルモーターズに勤め、1934年東北帝国大学法文学部英文科卒、創元社の原稿閲読者などを務める。1939年夏に、中村光夫、吉田健一、山本健吉、伊藤信吉らと同人誌『批評』(を創刊、英文学の翻訳、文芸評論などを寄稿。
寿岳 文章(じゅがく ぶんしょう、1900年3月28日 - … 寿岳 文章(じゅがく ぶんしょう、1900年3月28日 - 1992年1月16日)は、日本の英文学者、随筆家、翻訳家、書誌学者。民藝運動家。和紙研究の第一人者的地位にあり、和紙関係の著作も多い。 妻は寿岳しづ、長女は日本語学者の寿岳章子、長男は天文学者の寿岳潤。 兵庫県明石郡押部谷村(現・神戸市西区)生まれ。家は鈴木家で父は寺の住職。規矩王麻呂と名づけられる。姉の婚家である寺の養子となり、得度して寿岳文章となる。 1919年、東寺中学校卒業、関西学院高等学部英文科入学、失明学生の岩橋武夫を知り、その妹静子を知る。1923年、卒業し静子と結婚(寿岳しづ)。 1924年、京都帝国大学文学部文学科選科入学、1927年、修了。
加納 一郎(かのう いちろう、1898年(明治31年)7月1… 加納 一郎(かのう いちろう、1898年(明治31年)7月19日 - 1977年(昭和52年)7月12日)は、日本の作家、翻訳家、登山家、極地研究家。 大阪の道頓堀に生れる。5、6歳の頃、父の仕事の都合で京都へ転居、少年時代を過ごす。1911年(明治44年)、京都府立第一中学校に入学した。1915年(大正4年)夏、加納に終生の山心を植え付けた恩師の金井千仭に連れられて、級友ら数名と御嶽山、槍ヶ岳に登る。同年、全国の中学に先駆けて山岳部を創設する。 1916年(大正5年)、北海道帝国大学農学部(入学当時は「東北帝国大学農科大学」。在学中の1918年に北海道帝国大学となる)に入学。スキー部に在籍し、板倉勝宣、松川五郎らと登山とスキーに打ち込み、1920年(大正9年)に積雪期の十勝岳、1922年(大正11年)冬季の旭岳などの初登頂を果たす。