土手 三生(どて さんせい、1953年(昭和28年)8月27… 土手 三生(どて さんせい、1953年(昭和28年)8月27日 - )は、日本の政治家。広島県江田島市長(1期)。 広島県佐伯郡江田島町切串生まれ。崇徳高等学校、近畿大学工学部卒業。 1977年、江田島町役場入庁。 2007年江田島市総務課長、2010年市総務部長を経て、2015年より副市長を務める。 2024年10月、副市長を退任し、翌月に行われる江田島市長選挙に引退する現市長の明岳周作の後継として出馬表明した。11月17日の投開票の結果、元海上自衛官の熊谷公夫を破り初当選。同市長選挙は8年ぶりの選挙戦となった。 ※当日有権者数:17,859人 最終投票率:50.13%(前回比:-18.49pts)
平谷 祐宏(ひらたに ゆうこう、1953年(昭和28年)3月… 平谷 祐宏(ひらたに ゆうこう、1953年(昭和28年)3月29日 - )は、日本の政治家、元教諭。広島県尾道市長(5期)。元尾道市教育委員会教育長。 広島県尾道市向島町岩子島出身。向島町立岩子島小学校(現:尾道市立三幸小学校)、向島町立向島中学校(現:尾道市立向島中学校)、広島県立尾道北高等学校卒業。1977年(昭和52年)、山口大学教育学部卒業。1984年(昭和59年)、尾道市立吉和中学校の教諭に就任。2003年(平成15年)、尾道市教育委員会の教育長に就任。 2007年(平成19年)4月22日執行の尾道市長選挙で元因島市長の岡野敬一を破り初当選。4月27日、市長に就任。 2019年(平成31年)、3人の新人候補者を破り4選。
松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日… 松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚。広島県広島市長(4期)、全国市長会会長(第31代)。 広島県広島市東区牛田出身。広島市立牛田小学校、広島市立牛田中学校、広島市立基町高等学校、京都大学法学部卒業。1976年、労働省入省。同期に金子順一元厚生労働事務次官、井原勝介元岩国市長など。本省勤務の他、在英国日本国大使館で一等書記官を務めた。同期の金子官房長の部下として官房総括審議官を務めたのち、2008年、中央労働委員会事務局長を最後に退官した。 広島市議会には元々自由民主党系会派が複数(「自由民主党・保守クラブ」「市政改革・地域デザイン・無党派クラブ」「爽志会」)存在し、広島市長選挙への対応をめぐっては各会派の対応が分かれ、保守票が分裂した結果、革新系の秋葉忠利市長に三連敗していた。
三村 裕史(みむら ひろし、1952年〈昭和27年〉6月19… 三村 裕史(みむら ひろし、1952年〈昭和27年〉6月19日 - )は、日本の地方政治家。現広島県安芸郡熊野町町長。2024年11月17日、熊野町長選挙、5回目の当選。 広島県立呉宮原高等学校卒業後、早稲田大学法学部に進学・卒業。その後、広島県職員となる。 後に退職し、熊野筆の製造・販売業者である株式会社五大洲に入社、その後、専務取締役に就任する。 2008年11月30日、熊野町長に就任。 血液型はO型。趣味は歴史書籍などの読書、音楽鑑賞。座右の銘は「広く会議を興し、万機公論に決すべし」。
日域 究(じついき きわむ、1952年 - )は、日本の政治… 日域 究(じついき きわむ、1952年 - )は、日本の政治家。広島県大竹市議会議員(5期)。 広島県大竹市出身、東洋大学卒業。学校法人大竹学園理事長、大竹中央幼稚園園長。2003年(平成15年)大竹市議会議員に初当選、以降5期連続当選。 2014年(平成26年)と2018年(平成30年)に、透明性のある市政運営を掲げて、大竹市長選挙に出馬するも、現職の入山欣郎に敗れる。 大竹市が大願寺山に造成した市有地を、鑑定評価額の半額以下で売却したのは違法として、日域をはじめとする住民らが、市長の入山欣郎に対して3億6,300万円の損害賠償を求める住民訴訟が起こした。広島地方裁判所の1審判決では原告が訴えを退けられ、住民側が判決を不服として控訴した。
蔵田 義雄(くらた よしお、1951年(昭和26年)12月1… 蔵田 義雄(くらた よしお、1951年(昭和26年)12月1日 - )は、日本の政治家。広島県東広島市長(3期)、広島県議会議員(2期)、東広島市議会議員(1期)等を務めた。 広島県東広島市八本松町生まれ。広島県立広島商業高等学校卒業。 1995年、東広島市議会議員選挙に出馬し、初当選。 1998年、東広島市議を任期途中で辞職。1999年、広島県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2003年の県議選は自民党公認で立候補し再選。 2006年1月、広島県議会議員を2期目の任期途中で辞職。同年4月23日に行われた東広島市長選挙に立候補し、当時自由民主党政務調査会長であった中川秀直の二男の中川俊直との一騎打ちを制し、初当選した。
太田 房江(おおた ふさえ、1951年〈昭和26年〉6月26… 太田 房江(おおた ふさえ、1951年〈昭和26年〉6月26日 - )は、日本の政治家、実業家、タレント、通産官僚。本名は齊藤 房江(さいとう ふさえ)、「太田」は旧姓である。通称は「ふぅちゃん」。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣(第2次岸田第1次改造内閣)、厚生労働大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)、参議院文教科学委員長、大阪府知事(公選第15・16代)、岡山県副知事、通商産業省大臣官房審議官、自由民主党副幹事長、同参議院副幹事長、同政務調査会内閣第一部会長代理、自由民主党女性局長などを歴任。日本初の女性知事としても知られている。 国鉄社員の父の長女として広島県呉市に生まれる(現住所は大阪府豊中市新千里南町3丁目)。
小島 敏文(こじま としふみ、1950年9月7日 - )は、… 小島 敏文(こじま としふみ、1950年9月7日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日重光章。 衆議院議員(4期)、広島県議会議員(7期)、厚生労働大臣政務官、復興副大臣を歴任した。EM菌議員連盟に所属する。 広島県世羅郡世羅町生まれ。広島県立世羅高等学校を経て、大東文化大学経済学部経営学科卒業。1973年に中山正暉衆議院議員秘書となり、1980年からは宮澤喜一衆議院議員秘書を務める。 1983年、広島県議会議員に初当選し、以後7期連続当選。2002年には広島県議会副議長に就任。 2009年7月23日、広島県議会議員を辞職し、同年8月の第45回衆議院議員総選挙に広島6区にから自由民主党公認で出馬したが、国民新党の亀井静香に67,479票差で敗れた。
宮澤 洋一(みやざわ よういち、1950年(昭和25年)4月… 宮澤 洋一(みやざわ よういち、1950年(昭和25年)4月21日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。自由民主党所属の参議院議員(2期)、自民党税制調査会長(第35代)。
山田 敏雅(やまだ としまさ、昭和24年(1949年)9月8… 山田 敏雅(やまだ としまさ、昭和24年(1949年)9月8日 ‐ )は、日本の政治家、実業家、通産官僚。元衆議院議員(1期)。 広島県福山市出身。京都大学工学部卒業、東京大学工学部大学院修了後、通産省入省。 2000年6月25日の第42回衆議院議員総選挙に民主党から立候補し、広島7区では自民党の宮澤洋一に敗れ落選したものの、比例中国ブロックで復活し、初当選した。 2003年、7月27日告示・8月3日投票の広島県福山市長選挙に立候補し、衆議院議員を失職。立候補に際し、民主党を離党した。しかし、三好章市長(2004年辞職直後に逝去)に敗れ、落選。同年の第43回衆議院議員総選挙にも無所属で立候補したが落選した。
石井 みどり(いしい みどり、1949年(昭和24年)6月2… 石井 みどり(いしい みどり、1949年(昭和24年)6月23日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。 ノートルダム清心中学校・高等学校卒業、1976年(昭和51年)、鶴見大学歯学部卒業。1980年(昭和55年)、広島市内に小児歯科医院を開業する。広島県歯科医師会常務理事、日本歯科医師会常務理事、日本歯科医師連盟(日歯連)顧問、厚生労働省内で厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会委員、社会保障審議会介護給付費分科会委員、口腔機能向上研究班委員など歯科医師としての要職を歴任した。 2007年(平成19年)7月29日に執行された第21回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で比例区から立候補、逆風により苦戦した自民党において初当選した。
藤田 雄山(ふじた ゆうざん、1949年〈昭和24年〉4月1… 藤田 雄山(ふじた ゆうざん、1949年〈昭和24年〉4月19日 - 2015年〈平成27年〉12月18日)は、日本の政治家。参議院議員、広島県知事(第59、60、61、62代)。 1989年、参院選に自民党から立候補し当選。任期途中の1993年に広島県知事選に44歳で初当選、当時全国最年少の知事に就任。4期16年務めた。参議院議長を務めた藤田正明の長男。 1949年4月19日生まれ。広島県広島市翠町(現:南区翠)出身。藤田正明の長男。父親の藤田正明は藤田組(現:フジタ)に勤務(後に同社副社長)。弟が2人、妹が1人いる。 修道高等学校から成蹊高等学校に転入。1972年3月、慶應義塾大学商学部卒業。
福本 潤一(ふくもと じゅんいち、1949年3月23日 - … 福本 潤一(ふくもと じゅんいち、1949年3月23日 - )は、日本の政治家。広島県広島市出身。東京大学大学院修了。元参議院議員(2期)。
平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日… 平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。法務大臣(第111-112代)、自由民主党広島県支部連合会長。 法務副大臣(第4次安倍第1次改造内閣)、環境副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、法務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、同農林水産委員長、同法務委員長、自由民主党政務調査会副会長、同国土交通部会長、同厚生労働部会長、自由民主党副幹事長、同報道局長、国土交通省河川局次長、日本道路公団総務部長、秋田県警察本部長などを歴任。 広島県安芸郡江田島村(現:江田島市)生まれ。
藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月2… 藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月29日 - )は、日本の政治家、運輸官僚。 国土交通大臣政務官(第1次安倍内閣)、参議院議員(1期)、全日本シティホテル連盟代表理事、国際観光文化交流協会理事長兼会長、流通科学大学特任教授、ツーリズム・マーケティング研究所研究員などを歴任。妻は料理研究家で衆議院議員を務めた藤野真紀子。 広島県佐伯郡廿日市町(現:廿日市市)生まれ。広島学院中学校・高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業後、運輸省にキャリア官僚として入省(入省時の配属先は大臣官房情報管理部)。衆議院議員の平口洋とは中学から大学までの同級生。1973年に金坂真紀子と結婚。ニューヨーク、パリ勤務時代に真紀子は後に料理研究家となる手法を身に付けることとなる。
小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1… 小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1日 - )は、日本の政治家、運輸・国土交通官僚。広島県呉市長(3期)、日本下水道協会会長などを歴任した。 広島県呉市出身。呉市立阿賀中学校、広島県立広高等学校卒業。1966年(昭和41年)4月、国税庁広島国税局入局。1967年(昭和42年)4月、呉税務署に配属。 1972年(昭和47年)3月、中央大学商学部卒業。同年4月、運輸省に入省、鉄道監督局総務課配属。1998年、近畿運輸局運航部長。2000年、運輸省航空局地域航空活性化対策室長。中国運輸局企画部長を経て、2001年(平成13年)8月、国土交通省を退職。 2001年(平成13年)11月4日に行われた呉市長選挙に立候補するも、現職の小笠原臣也に敗れ落選。
天満 祥典(てんま よしのり、1947年〈昭和22年〉1月5… 天満 祥典(てんま よしのり、1947年〈昭和22年〉1月5日 - )は、日本の政治家。元広島県三原市長(2期)、元広島県議会議員(3期)、元三原市議会議員(2期)。 広島県三原市小坂町出身。広島県三原工業高等学校(現、如水館高等学校)普通科卒業。立命館大学理工学部卒業。 1995年(平成7年)、三原市議会議員選挙に立候補し、初当選。1999年(平成11年)、2期目の当選。 2003年(平成15年)4月13日執行の広島県議会議員選挙に三原市選挙区(定数2)から無所属で立候補。自民党現職の平田修己がトップ当選を果たし、残り1議席を連合広島地方協議会議長の渡辺篤志と争い、初当選を果たした。 2007年(平成19年)4月の県議選において2期目の当選(このときから選挙区は、三原市・世羅郡選挙区となる)。
入山 欣郎(いりやま よしろう、1946年〈昭和21年〉9月… 入山 欣郎(いりやま よしろう、1946年〈昭和21年〉9月15日 - )は、日本の地方政治家。広島県大竹市長(5期)。2024年9月市議会定例会で今季限りでの退任の表明した。 広島県大竹市出身。1969年(昭和44年)3月、早稲田大学理工学部卒業。同年4月、三菱商事に就職。1970年(昭和45年)、実家の泉産業株式会社に転職。 2006年(平成18年)6月25日に行われた大竹市長選挙に自民党・民主党・公明党・国民新党の推薦を受けて立候補。現職の中川洋、神尾徹生元市長の二男の神尾光輝らを破り初当選した。 2018年(平成30年)、元市議の日域究を破り4選。2021年(令和3年)12月に5期目を目指し出馬を表明。
増田 和俊(ますだ かずとし、1946年(昭和21年)6月1… 増田 和俊(ますだ かずとし、1946年(昭和21年)6月1日 - )は、日本の政治家。元広島県三次市長(2期)、元作木村長(2期)。 広島県作木村生まれ。1965年3月、広島県立三次高等学校卒業。1966年4月、作木村職員となる。1995年3月、同村の助役に就任。 1999年2月、作木村長に就任。2004年4月1日、三次市(旧)、双三郡君田村、布野村、作木村、吉舎町、三良坂町、三和町、甲奴郡甲奴町の8市町村が新設合併し、新しい三次市が誕生する。それに伴い同職を失職。2008年4月、三次市の副市長に就任。同年9月、佛教大学社会学部卒業。 2011年3月31日、公職選挙法違反の疑いで書類送検されていた三次市長の村井政也が、裁判所から罰金の略式命令を受けたことにより辞職。
栗原 君子(くりはら きみこ、1946年1月13日- )は、… 栗原 君子(くりはら きみこ、1946年1月13日- )は、日本の市民運動活動家、政治家。元参議院議員、前新社会党中央執行委員会委員長。
増原 義剛(ますはら よしたけ、1945年6月1日 - )は… 増原 義剛(ますはら よしたけ、1945年6月1日 - )は、日本の元政治家。自由民主党所属の元衆議院議員。広島県広島市出身。現在、広島経済大学経済学部教授。座右の銘は「人間至る所に青山あり」。
檜山 俊宏(ひやま としひろ、1944年(昭和19年)12月… 檜山 俊宏(ひやま としひろ、1944年(昭和19年)12月7日 - )は、日本の実業家、政治家。平和広告代表取締役。広島県議会議員(自由民主党所属)。第58、59、60代広島県議会議長。 広島県広島市出身。慶應義塾大学法学部卒業。南カリフォルニア大学を経て1970年に日本教育テレビ(通称NETテレビ。現:テレビ朝日)に入社。翌年に広島ホームテレビに入社。1973年に平和広告を設立し代表取締役社長、鴻治組監査役を兼任する。 1979年4月、広島県議会議員に初当選。1984年6月から1986年6月まで新空港建設特別委員会副委員長。1986年6月から1987年4月まで行財政改革特別委員会委員長。1987年7月から1988年7月まで交通対策特別委員会委員長。
峰崎 直樹(みねざき なおき、1944年(昭和19年)10月… 峰崎 直樹(みねざき なおき、1944年(昭和19年)10月14日 - )は、日本の元政治家。
羽田 皓(はだ あきら、1944年(昭和19年)7月27日 … 羽田 皓(はだ あきら、1944年(昭和19年)7月27日 - )は、日本の政治家。第12代福山市長(3期)。 広島県福山市鞆町出身。青山学院大学法学部卒業。1968年、福山市職員になり、2001年に総務部長、2004年助役に就任。 第11代市長三好章が4期目途中の2004年8月9日付で病気により辞職。それに伴い行われた9月5日の市長選挙で鞆の浦埋立て架橋計画推進を訴えて当選。2003年に一旦凍結された埋立て架橋計画を市長就任後に推進した。広島県が2007年に鞆の浦埋め立て免許差し止め訴訟を提訴され、2009年に広島地方裁判所が免許差し止めを認める判決が出たが、福山市は計画を推進する立場を取り続けた。
田中 英夫(たなか ひでお、1944年(昭和19年)3月19… 田中 英夫(たなか ひでお、1944年(昭和19年)3月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の京都府議会議員(通算7期)。衆議院議員(1期)、京都府亀岡市長(2期)を務めた。 広島県広島市生まれ。1945年8月6日、広島市への原爆投下により被爆を経験する。修道中学校、1962年洛星高等学校、1966年京都大学経済学部卒業。1975年、田中石油株式会社代表取締役に就任。1982年、亀岡青年会議所理事長に就任した。1983年、谷口義久亀岡市長の下で亀岡市助役に起用される。 1991年、京都府議会の保守系会派である新政会の公認を受けて京都府議会議員選挙に亀岡市選挙区から出馬し、初当選した。1995年、再選。
柏村 武昭(かしむら たけあき、1944年〈昭和19年〉1月… 柏村 武昭(かしむら たけあき、1944年〈昭和19年〉1月1日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、司会者、政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。「木へんにホワイト、柏村武昭です」のキャッチフレーズで知られている。 婚姻歴は2回で、現在の妻は、元「はしだのりひことエンドレス」のヴォーカル・林竹洋子。洋子との間に授かった娘の柏村星良も、タレントとして活動している。 広島県三次市出身。広島県立三次高等学校(演劇部に所属)を経て、早稲田大学第一文学部演劇学科に入学。在学中は露木茂(のちのフジテレビアナウンサー)などが所属していた早稲田大学放送研究会に所属。ナレオハワイアンズの司会などで活動。
浜田 一義(はまだ かずよし、1943年(昭和18年)7月2… 浜田 一義(はまだ かずよし、1943年(昭和18年)7月21日 - )は、日本の政治家。第2代広島県安芸高田市長(3期)、元吉田町長。 広島県吉田町(現・安芸高田市)生まれ。広島県立広島工業高等学校、日本大学理工学部卒業。 建設省研究員、広島県庁職員などを経て吉田町長に就任。吉田町は2004年(平成16年)3月1日に、八千代町、美土里町、高宮町、甲田町、向原町と新設合併を行い廃止。安芸高田市が誕生する。これに伴って町長を退任。 4年後、2008年(平成20年)4月6日に行われた安芸高田市長選挙に立候補。元副市長の増元正信と前市議の熊高昌三を破り初当選した。4月18日、市長就任。 2012年(平成24年)、無投票で再選。
佐藤 昭郎(さとう あきお、1943年2月10日 - )は、… 佐藤 昭郎(さとう あきお、1943年2月10日 - )は、自由民主党の元参議院議員(2期)。広島県生まれ。青森県立弘前高等学校、東京大学農学部農業工学科卒業。血液型はB型。 1966年、農林水産省入省。北陸農政局長や構造改善局次長を歴任。1998年の第18回参議院議員通常選挙に全国土地開発事業団を支持団体として比例区より出馬し当選。第1次小泉内閣第1次改造内閣では防衛庁長官政務官をつとめた。政治家の年金未納問題では1年7か月分が未納だった。 2010年の第22回参議院議員通常選挙には出馬せず、引退。
溝手 顕正(溝手 顯正、みぞて けんせい、1942年〈昭和1… 溝手 顕正(溝手 顯正、みぞて けんせい、1942年〈昭和17年〉9月13日 - 2023年〈令和5年〉4月14日)は、日本の実業家、政治家。従三位。 幸陽船渠代表取締役社長、国家公安委員会委員長(第74代)、内閣府特命担当大臣(防災)、自由民主党参議院議員会長(第28代)、自由民主党参議院幹事長、参議院議員(5期)、参議院予算委員長・議院運営委員長・国家基本政策委員長・総務委員長・懲罰委員長・政府開発援助等に関する特別委員長、自由民主党広島県支部連合会会長を歴任した。 広島県広島市南区皆実町生まれ。その後は安芸郡や父方の郷里の賀茂郡原村(現東広島市八本松町原)を経て、日本通運に勤めていた父親の転勤に伴い三原市に転居した。
山下八洲夫(やました やすお、1942年(昭和17年)8月3… 山下八洲夫(やました やすお、1942年(昭和17年)8月3日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)、立憲民主党岐阜県総支部連合会常任顧問を務めた。正式な名前のほか、「八州夫」の表記も用いる。 外交官の三男として中華民国湖北省で生まれ、岐阜県中津川市及び広島県で育つ。広陵高等学校を卒業し、中央大学法学部に進学するも中退。同大学ではその後、「推薦学員卒」と認定している。 1966年5月、高校3年の時、日本社会党に入党。党参議院議員秘書を8年、国労出身の衆議院議員楯兼次郎の秘書を10年務める。 1983年の第37回衆議院議員総選挙に、楯の後継として、日本社会党公認で旧岐阜2区から立候補し、初当選した。
田中 達美(たなか たつみ、1941年(昭和16年)4月15… 田中 達美(たなか たつみ、1941年(昭和16年)4月15日 - )は、日本の政治家。元広島県江田島市長(2期)、元江田島市議会議員(2期)、元大柿町議会議員(6期)。 広島県佐伯郡大柿町(現・江田島市)出身。広島県立大柿高等学校卒業。 1983年(昭和58年)6月19日、大柿町議会議員に就任。以後、町議を計6期務める。2003年(平成15年)6月24日に町議会議長に就任している。 2004年(平成16年)11月1日、安芸郡江田島町及び佐伯郡大柿町・沖美町・能美町が合併して江田島市に移行する。これに伴って同日、江田島市議会議員に就任。市議時代に議長を2回務める。 2008年(平成20年)11月16日公示、11月23日投票の江田島市長選挙において無投票で初当選。
林 正夫(はやし まさお、1941年(昭和16年)1月22日… 林 正夫(はやし まさお、1941年(昭和16年)1月22日 - )は、広島県出身の政治家。広島県議会議長などを務めた。
芝 清(しば きよし、1940年 <昭和15年> - 202… 芝 清(しば きよし、1940年 <昭和15年> - 2021年 <令和3年> 7月4日)は、日本の政治家。無所属。広島県議会議員(5期)、広島県議会副議長、東広島市議会議員(3期)を歴任。位階は正五位。旭日中綬章受章者。 1940年生まれ。広島県立呉三津田高等学校卒業。東洋工業(現・マツダ)勤務。 1979年 東広島市議会議員に初当選し、3期12年務めた。 1995年 (平成7年) 広島県議会議員に初当選。2011年5月から林正夫議長とともに県議会副議長。2012年7月 副議長退任。総務委員長2回、県監査委員などを歴任。連続5期20年務めた。 2021年7月死去。
菅川 健二(すげかわ けんじ、1938年11月13日 - )… 菅川 健二(すげかわ けんじ、1938年11月13日 - )は、日本の政治家・官僚。元参議院議員(1期)。 広島県東広島市出身。東広島市立西条中学校卒業。広島県立賀茂高等学校卒業後、1962年東京大学法学部卒業。同年、自治省に入省。消防庁防災管理課長補佐、自治省公営企業一課長補佐、同財政局課長、兵庫県教育次長、1980年広島県企画部長、1986年同総務部長、広島県立美術館長、広島県教育委員会教育長を経て、1993年に広島県知事選に出馬するも落選。1994年広島大学教育学部客員講師(教育政策担当)。1995年新進党から公認を受けて、第17回参議院議員通常選挙で参議院議員に初当選し、1期務めた。 1998年新進党解党に伴い、改革クラブ結党に参画し、同党参議院政策審議会長に就く。
池田 行彦(いけだ ゆきひこ、1937年〈昭和12年〉5月1… 池田 行彦(いけだ ゆきひこ、1937年〈昭和12年〉5月13日 - 2004年〈平成16年〉1月28日)は、日本の政治家、大蔵官僚。位階は正三位、勲章は旭日大綬章。旧姓は粟根。 衆議院議員(10期)、内閣官房副長官(政務担当)、総務庁長官(第7代)、防衛庁長官(第50代)、外務大臣(第119、120代)、自由民主党政務調査会長(第42代)、自由民主党総務会長(第40代)等を歴任した。 妻・紀子の父は内閣総理大臣を務めた池田勇人。妻の姪・慶子の夫は衆議院議員の寺田稔。 兵庫県神戸市生まれ。父・粟根信行は行彦の7歳時に死去し、その後、父の郷里である広島市中島本町(現在の平和記念公園内)へ移る。1945年8月6日の原爆投下時は母の妹宅近くの豊田郡(現三原市)本郷町(現在の広島空港周辺)に疎開していたので、被爆を免れた。
中尾 義孝(なかお よしたか、1936年〈昭和11年〉11月… 中尾 義孝(なかお よしたか、1936年〈昭和11年〉11月25日 - 2008年〈平成20年〉6月4日)は、日本の政治家。広島県竹原市長(3期)。 広島県竹原市出身。明治大学法学部卒業。中尾醸造に入社し、同社専務、社長となる。1987年(昭和62年)竹原商工会議所会頭に就任した。 1990年(平成2年)1月14日の竹原市長選挙に立候補して、新人1人を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:80.73%(前回比:-pts) 同月、第4代市長に就任した。市長を3期務めた。2002年(平成14年)1月13日に退任した。2008年に死去した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、… 亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、日本の警察官僚、政治家。階級は警視正(警察庁退官時)。衆議院議員(13期)。通常は新字体で亀井静香と表記。 運輸大臣(第69代)、建設大臣(第64代)、自由民主党政務調査会長(第43代)、国民新党代表(第2代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)などを歴任。
亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、… 亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、日本の警察官僚、政治家。階級は警視正(警察庁退官時)。衆議院議員(13期)。通常は新字体で亀井静香と表記。 運輸大臣(第69代)、建設大臣(第64代)、自由民主党政務調査会長(第43代)、国民新党代表(第2代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)などを歴任。
大石 尚子(おおいし ひさこ、1936年8月26日 - 20… 大石 尚子(おおいし ひさこ、1936年8月26日 - 2012年1月4日)とは、日本の政治家である。参議院議員(1期)、衆議院議員(2期)、神奈川県議会議員(5期)を務めた。民主党所属。母方祖父は日露戦争で連合艦隊作戦参謀を務めた秋山真之海軍中将。
亀井 郁夫(かめい いくお、1933年〈昭和8年〉11月1日… 亀井 郁夫(かめい いくお、1933年〈昭和8年〉11月1日 - 2019年〈令和元年〉5月15日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。学校法人萩学園理事長、学校法人こおりやま東都学園理事長。弟は衆議院議員の亀井静香(誕生日は1936年の同じ日)。 広島県比婆郡山内北村(現・庄原市川北町)出身。旧制広島県立広島第一中学校(現・広島県立国泰寺高等学校)、広島県立広島皆実高等学校を経て、東京大学法学部を卒業。1957年に旭化成工業に入社し、1985年には取締役合成樹脂第一事業部長兼会長付に就任したが、翌1986年に退社。 1987年に広島県議会議員に初当選し、以後二期連続当選。1993年に県議を辞職して広島県知事選挙に立候補するが藤田雄山に敗れる。
木島 丘(きじま たかし、1933年(昭和8年)8月16日 … 木島 丘(きじま たかし、1933年(昭和8年)8月16日 - )は、広島市出身の政治家。広島市議会議長などを務めた。
上田 博之(うえだ ひろゆき、1933年(昭和8年)1月1日… 上田 博之(うえだ ひろゆき、1933年(昭和8年)1月1日 - 2006年(平成18年)4月27日)は、日本の政治家。広島県東広島市出身。東広島市長(2期)。 1951年に広島県庁に入庁。 1998年、東広島市長に初当選。 2002年、無投票で再選。 2006年、健康状態の悪化を理由に3期目の市長選挙には出馬しないことを表明。同年4月23日、任期満了に伴う市長選が行われ、前県議の蔵田義雄が初当選した。 4月27日、上田は直腸癌のため任期満了の直前に死去、73歳没。死没日をもって瑞宝中綬章追贈、従五位に叙される。後任の蔵田義雄は急遽予定を繰り上げて翌4月28日に新市長に就任した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
小森 龍邦(こもり たつくに、1932年7月30日 - 20… 小森 龍邦(こもり たつくに、1932年7月30日 - 2021年2月26日)は、日本の部落解放運動家、政治家。部落解放同盟広島県連合会委員長、同中央本部書記長、広島県府中市議会議員(3期)、衆議院議員(2期)、新社会党中央執行委員長などを歴任し、解放同盟広島県連顧問を務めた。 広島県府中市出身。1951年、広島県立府中高等学校卒。1961年、広島県青年連合会会長となる。 1962年、日本社会党に入党。部落解放同盟の専従活動家として頭角を現し、1960年代後半に表面化した解放同盟分裂に際しては、日本共産党主導の広島県連に対抗して中央本部につながる広島県連再建に尽力し、県連委員長に就任、福山市、三原市など県東部を中心に組織拡大に成功、広島市内の組織をほぼ維持するにとどまった従前県連を圧倒した。
曽根 薫(そね かおる、1932年〈昭和7年〉1月4日 - … 曽根 薫(そね かおる、1932年〈昭和7年〉1月4日 - )は、日本の政治家、元広島県江田島市長(1期)。旭日双光章受章。 広島県出身。広陵高等学校卒。広島県安芸郡江田島町役場に入り、企画課長、総務課長、助役などを経て、2003年江田島町長に当選、1期務める。2004年江田島町は近隣の町と合併し、江田島市が発足。合併後の市長選挙に立候補し当選した。市長は1期務め、2008年に退任した。このほか広島県地方港湾整備促進期成同盟会会長を務めた。2009年春の叙勲で旭日双光章を受章。
熊本 哲之(くまもと のりゆき、1931年(昭和6年)6月4… 熊本 哲之(くまもと のりゆき、1931年(昭和6年)6月4日 - 2018年(平成30年)5月2日)は、日本の政治家。東京都世田谷区長(2期)、東京都議会議長(第35代)、東京都議会議員(6期)を務めた。 広島県呉市生まれ。中央大学法学部卒業。衆議院議員秘書を経て、1977年東京都議会議員選挙に立候補し、初当選。6期24年にわたって都議を務める。1988年、当時の鈴木俊一東京都知事の下で都庁舎の新宿への移転が行われるにあたり設置された新都庁舎建設特別委員会の委員長に就任。1995年、青島幸男都政下では地方分権推進特別委員長に就任し、同年9月には東京都議会議長に就任(1997年7月まで)。 1999年、都議を任期途中で辞職し、世田谷区長選挙に自民党・自由党推薦で立候補したが、現職の大場啓二に敗れた。
山本 清治(やまもと せいじ、1931年〈昭和6年〉1月1日… 山本 清治(やまもと せいじ、1931年〈昭和6年〉1月1日 - 2013年〈平成25年〉6月28日)は、日本の政治家。広島県三原市長(2期)。位階は正六位。 広島県出身。広島県立忠海高等学校卒業。三原市役所に入り、助役などを務める。1993年三原市長選挙に立候補し、無投票で当選する。1997年に再選。市長は2001年まで務めた。
谷川 和穂(たにかわ かずお、1930年7月21日 - )は… 谷川 和穂(たにかわ かずお、1930年7月21日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(12期)、法務大臣(第49代)、防衛庁長官(第41代)などを歴任した。「谷川和穂」の戸籍上の正式表記は旧字体の「穗」。
森井 忠良(もりい ちゅうりょう、1929年7月25日 - … 森井 忠良(もりい ちゅうりょう、1929年7月25日 - 2011年4月23日)は、日本の政治家。衆議院議員、厚生大臣(第78代)を務めた。勲二等旭日重光章。 広島県呉市生まれ。1953年早稲田大学法学部を卒業、日本電信電話公社入社。 全電通呉分会委員長、呉市議、広島県議を経て、1972年12月衆議院議員総選挙旧広島県第2区に日本社会党公認で立候補し初当選。旧広島2区は谷川和穂、池田行彦、中川秀直ら、有力政治家がひしめく全国有数の激戦区だったが以後当選7回。 1986年7月衆参同日選で落選。1990年2月衆院選に返り咲き当選を果たし社会党も善戦した。 1993年念願の政権交代が実現。 1994年4月、細川内閣が退陣し羽田内閣が成立するも、村山富市委員長たち社会党執行部による連立与党から離脱表明に反発。
石河内 稔勝(いしごうち としかつ、1928年8月25日 -… 石河内 稔勝(いしごうち としかつ、1928年8月25日 - 2014年6月15日)は、日本の政治家、実業家。広島県沖美町議会副議長、広島県沖美町商工会長、広島県沖美町長を務めた。 広島県沖美町(現・江田島市)に生まれる。広島県立広島第二中学校(現・広島県立広島観音高等学校)を卒業後、外務省・文部省共同所管の南洋協会が運営する南洋学院に入学する。南洋学院在学中に終戦となり、その後内地の新制大学への転校を認められ、中央大学法学部に在籍する。 1977年から広島県沖美町議会議員選挙に5回連続当選を果たす。在任中に町議会の副議長を2度(1985年・1993年)務めた。1991年5月に広島県沖美町商工会長に就任し1998年11月の広島県沖美町長選挙で現職を破り第5代広島県沖美町長となる。
粟屋 敏信(あわや としのぶ、1926年〈大正15年〉7月2… 粟屋 敏信(あわや としのぶ、1926年〈大正15年〉7月25日 - 2016年〈平成28年〉9月4日)は、日本の政治家、建設官僚。衆議院議員 (5期)。位階は従三位。 広島県広島市出身。旧制広島高等師範学校附属中学校、旧制広島高等学校、東京大学法学部卒業後、旧建設省に入省し、建設事務次官等を歴任。 退官後の1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙では、灘尾弘吉の地盤を継承し旧広島1区から自由民主党公認で立候補したが落選。1986年(昭和61年)の第38回衆議院議員総選挙で初当選。以後5期連続当選。 第40回衆議院議員総選挙は新生党、第41回衆議院議員総選挙は新進党、その後、太陽党、民政党を経て、第42回衆議院議員総選挙は無所属の会から立候補し当選(広島2区)。