三宅 香帆(みやけ かほ、1994年〈平成6年〉1月12日 … 三宅 香帆(みやけ かほ、1994年〈平成6年〉1月12日 - )は、日本の文芸評論家。京都市立芸術大学美術学部デザイン科非常勤講師。 徳島県美馬市に生まれ、3歳頃から高知県高知市で育つ。幼いころから本と漫画が好きだったが、家に本が数多くはなかったため、頻繁に図書館で本を借りたり、友だちと漫画の貸し借りをしていた。 高知学芸中学校・高等学校、京都大学文学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了後、2019年に博士後期課程(専門:萬葉集)を中退して就職のため東京都へ移る。 学部在学中に京都天狼院書店の店長に就任し、大学院在学中の2017年に著作家としてデビューした。 2024年、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』にて、「第2回書店員が選ぶノンフィクション大賞2024」「第10回ミヤボン2024 大賞」を受賞し、「第17回オリコン年間本ランキング2024」の新書部門においても年間1位を記録している。
大森 望(おおもり のぞみ、1961年2月2日 - )は、日… 大森 望(おおもり のぞみ、1961年2月2日 - )は、日本の翻訳家・書評家・評論家・アンソロジスト。SFを中心として活動する。本名は英保 未来(あぼ みくる)。 ペンネームは、少女マンガ家・清原なつのの作品『私の保健室へおいで…』の登場人物からで、元来は京都大学SF研究会時代の共同ペンネームだった。別ペンネームとしては森のぞみ、亀井甲介、矢沢翔等。ニックネームはワルモノ[要出典]。日本推理作家協会会員、本格ミステリ作家クラブ会員、変格ミステリ作家クラブ会員、日本SF作家クラブ会員。 高知県高知市出身。父母とも高知新聞の記者であり、共働き期間は両親の知人だった宮尾登美子に子守をしてもらったことがある。
松村 信定(まつむら のぶさだ、1955年1月10日- )は… 松村 信定(まつむら のぶさだ、1955年1月10日- )は、元競輪選手、競輪評論家。高知県高知市出身。現役時は日本競輪選手会高知支部所属、ホームバンクは高知競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第36期生。 実父の松村憲も元競輪選手。 競輪学校入学前の経歴は異色に近く、旧制中学校からの歴史を持つなど高知県内でも有数の進学校であり公立高校では戦後一貫してトップである高知県立高知追手前高等学校出身(以下facebook参照)だが、父親からの影響もあり在学中から自転車競技で国民体育大会などの出場経験がある。 競輪学校には第36期生として入学。同期には同じくGI(当時は特別競輪)タイトルホルダーである菅田順和らがいる。
宮脇 孝雄(みやわき たかお、1954年2月14日 - )は… 宮脇 孝雄(みやわき たかお、1954年2月14日 - )は、日本の翻訳家・随筆家・文芸評論家。 ユニカレッジ講師、専修大学非常勤講師。日本文芸家協会、日本推理作家協会会員。 高知県土佐市生まれ。高知学芸高等学校卒業。 在学中にSF研究会に参加、1年先輩のメンバーに森下一仁がいた。 早稲田大学政治経済学部中退。早大在学中は、ワセダミステリクラブに参加し、翻訳活動を始める。料理に関する随筆も多い。 1997年、ジョン・ダニング『死の蔵書』の翻訳によりBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞(主催:「翻訳の世界」(バベル・プレス))を受賞。
弘田 澄男(ひろた すみお、1949年5月13日 - )は、… 弘田 澄男(ひろた すみお、1949年5月13日 - )は、高知県宿毛市出身の元プロ野球選手(外野手)、監督、野球解説者、評論家。
高山 宏(たかやま ひろし、1947年10月8日 - )は、… 高山 宏(たかやま ひろし、1947年10月8日 - )は、日本の英文学者、翻訳家、評論家。旧・東京都立大学(首都大学東京)教授、大妻女子大学教授などを歴任。専門は17・18世紀を軸とする英文学で、美術史、表現芸術の文化史の著作・翻訳を多数刊行している。 岩手県生まれ、高知県育ち。生来の弱視(黒サングラスと眼鏡を併用)。 東京大学文学部英文科を卒業、同大学院人文科学研究科修士課程修了。東大大学院ではメルヴィルの『白鯨』で修士号を取得。博士課程には進まず、東大教養学部外国科助手となる。青土社の月刊誌『ユリイカ』の常連寄稿者になるとともに、旧・東京都立大学助教授、教授、首都大学東京都市教養学部教授を経て、明治大学国際日本学部教授、2014年より大妻女子大学比較文化学部教授。
塩田 潮(しおた うしお、1946年7月14日 - )は、日… 塩田 潮(しおた うしお、1946年7月14日 - )は、日本の評論家、ノンフィクション作家。 本名・満彦。高知県吾川郡いの町生まれ。土佐中学校・高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒(中村菊男ゼミ)。1970年に日本能率協会に入り、「月刊マネジメント」編集部に勤務する。民社党法務政策委員長たる衆院議員岡澤完治秘書、「文藝春秋」記者などを経てノンフィクション作家。1983年『霞が関が震えた日』で講談社ノンフィクション賞受賞。主として現代政治について執筆。
高橋 善正(たかはし よしまさ、1944年5月5日 - )は… 高橋 善正(たかはし よしまさ、1944年5月5日 - )は、高知県高岡郡窪川町(現:四万十町)出身の元プロ野球選手(投手)、コーチ、プロ野球解説者・評論家。
野田 正彰(のだ まさあき、1944年3月31日 - )は、… 野田 正彰(のだ まさあき、1944年3月31日 - )は、日本の精神科医、評論家、ノンフィクション作家。高知県出身。専攻分野は比較文化精神医学。精神病理学、文化人類学、社会学が重なる分野を研究。 パプアニューギニア、ソ連-ロシアにおける社会変動下の人々の精神病理学的研究。中国、ベトナム、東ヨーロッパにおける戦争加害者、戦争被害者の精神病理学的研究。日本の青少年、女性、中高年、老人の精神病理学的研究。災害救援学。庭園の文化論。園芸療法研究。 と批判している。この橋下の発言内容の記事に対し、光市事件の弁護団は、野田の依頼に応じ、野田が母体回帰説を唱えたとの事実、また母体回帰説を無実の根拠にしたとの事実はなく、橋下の発言内容の記事は事実に反した記載があるとの報告をしている。
木津川 計(きづがわ けい、1935年10月22日 - 20… 木津川 計(きづがわ けい、1935年10月22日 - 2026年4月16日)は、日本の雑誌編集者、文化芸能評論家、コラムニスト。本名は坂本 凡夫(さかもと つねお)。 雑誌『上方芸能』を発行するかたわら、立命館大学ほかで教鞭をとったほか、演芸賞・文学賞等の審査を行った。 高知県高知市江ノ口生まれ。高知市立旭小学校・高知市立城北中学校・高知県立高知丸の内高等学校卒業。萩原遼(本名:坂本孝夫)は実弟。 20代より上方の芸能に関する執筆活動を行う。ペンネームを当初「私の主張に『気付けい』」との思いを込め、「木津 計(きづ けい)」としていたが、やがて「聞き流していただいて結構です、水のように川のように」と心境が変化し、川の字をつけて「木津川 計」と改めたという。
嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本… 嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本の仏文学者・詩人・評論家・小説家。立正大学名誉教授。本名はしまおか あきら。 高知県高岡郡四万十町生まれ。高知県立高知工業高等学校建築科、明治大学文学部仏文科卒、同大学院文学研究科修了。大学在学中に後輩の片岡文雄らと詩誌「貘」を創刊。1958年に寺山修司と「様式論争」を繰り広げるが、1959年には寺山らと詩劇グループ「鳥の会」を結成する。「歴程」同人、「無限」編集長を歴任。 詩集や詩論のほか、坂本龍馬などの土佐国出身の幕末維新期の人物伝、フランス詩の翻訳もおこなう。小説も書き、1980年に『裏返しの夜空』で第84回芥川賞候補、1982年に『《ポー》の立つ時間』で第87回芥川賞候補となっている。
廣末 保(ひろすえ たもつ、1919年12月18日 - 19… 廣末 保(ひろすえ たもつ、1919年12月18日 - 1993年10月26日)は、日本の近世文学研究者、演劇評論家。法政大学教授。主に松尾芭蕉、近松門左衛門、井原西鶴、弘瀬金蔵(絵金)、鶴屋南北などを研究した。 高知市出身。旧制高知高等学校を経て、1941年東京帝国大学文学部国文学科卒。1948年、法政大学第一教養部教授。戦後、日本文学協会で活動し、1955年の最初の著書『元禄文学研究』で注目された。1967年、法政大学文学部教授。1976年に文学部教授を務めた。 柳田國男、折口信夫の民俗学的方法に学び、「悪場所」と呼ばれた芝居と遊廓を、民衆のエネルギーの源泉として近世文化を捉えなおした『悪場所の発想』は、その後の近世論に大きな影響を与えた。
上田 庄三郎(うえだ しょうざぶろう、1894年(明治27年… 上田 庄三郎(うえだ しょうざぶろう、1894年(明治27年)11月10日 - 1958年(昭和33年)10月19日)は、日本の教員、教育評論家である。 高知県幡多郡三崎町(現土佐清水市)出身。高知師範学校(現高知大学教育学部)卒業。 高知県下の小学校教師・校長を経て1925年に上京。生活綴方運動に参加、1929年雑誌『綴方生活』同人となり、1931年には雑誌『観念工場』を創刊・主宰した。大正自由教育運動を果敢に実践し、池袋児童の村小学校を手本として、神奈川県茅ケ崎の雲雀岡(ひばりがおか)児童の村小学校校長を務めた。戦後、「日本教育新聞」編集局長などを務めた。 戦前戦後の教育界に鋭い議論を展開し、特に教師論で多くの理解者・支持者を得た。
柏井 園(かしわい えん、1870年7月22日(明治3年6月… 柏井 園(かしわい えん、1870年7月22日(明治3年6月24日) - 1920年(大正9年)6月25日)は、日本のキリスト教伝道者、キリスト教史学者、キリスト教思想家、文明評論家である。大正時代の日本基督教会の指導者であった。
大町 桂月(おおまち けいげつ、1869年3月6日(明治2年… 大町 桂月(おおまち けいげつ、1869年3月6日(明治2年1月24日)- 1925年(大正14年)6月10日)は、高知県出身の詩人、歌人、随筆家、評論家。本名:大町芳衛(よしえ)。長男は化学者で慶應義塾大学教授の大町芳文、次男は昆虫学者で三重大学教授の大町文衛。 1869年(明治2年)、土佐郡高知街北門筋(現・高知市永国寺町)に元土佐藩士である通の息子として生まれる。名は芳衛。雅号の桂浜月下漁郎は、よさこい節にも唄われる観月の名所桂浜に因み、桂月はそれを縮めたもの。 1896年(明治29年)、東京帝国大学国文科卒。1899年(明治32年)、島根県で中学教師として奉職するも、1900年(明治33年)、乞われて博文館に入社し、1906年(明治39年)まで在籍。
千崎 敏司(せんざき びんし、8月10日 - )は、高知県土… 千崎 敏司(せんざき びんし、8月10日 - )は、高知県土佐市出身で埼玉県越谷市在住のタレント・ボーカリスト・ラジオDJ・司会者・レポーター・ナレーター・リング&スタジアムDJ・イラストレーター・中国香港玩具評論家・玩具プロデューサーである。本名は千﨑 敏司(せんざき としじ)。愛称は「せんちゃん」「千ちゃん」「SEN」。 19歳時にダンスショー・イベント・ライブハウス等で司会や歌などのエンターテインメント活動を行いながら、「イトーヨーカドー」で玩具を学ぶためアルバイトを始める。 22歳の時にエンターテインメント活動を行う傍ら、土屋品子とその秘書だった鈴木義弘から刺激を受け、タレントの幅をさらに広げ始める。