屋宜 照悟(やぎ しょうご、1989年3月29日 - )は、… 屋宜 照悟(やぎ しょうご、1989年3月29日 - )は、沖縄県うるま市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 中部商業高校時代には甲子園球場の全国大会と無縁で、3年夏の選手権沖縄大会決勝では、大嶺祐太擁する八重山商工高校に3 - 7というスコアで敗れた。 国士舘大学への進学後は、1年時の春から、東都大学野球の2部リーグ戦に登板。3年時には、春季に2部で最下位を経験しながら、秋季には2部優勝と入れ替え戦での勝利により、チームが30季ぶりの1部昇格を果たした。4年時には、春季に1部で5位にとどまったものの秋季の最下位と入れ替え戦での敗北により、チームは1年で2部へ降格。1部リーグ通算、10試合1勝4敗、防御率3.29。
當間 建文(とうま たけふみ、1989年3月21日 - )は… 當間 建文(とうま たけふみ、1989年3月21日 - )は、沖縄県那覇市出身で松本山雅FC所属のサッカー選手。元U-21日本代表。ポジションはディフェンダー(左右サイドバックおよびセンターバック)。 FC琉球所属選手でビーチサッカー日本代表の當間正人は兄。
山原 麗華(やまはら れいか、1989年3月2日 - )は、… 山原 麗華(やまはら れいか、1989年3月2日 - )は、日本のアコーディオン奏者、ラジオパーソナリティである。 父親の影響で音楽に触れる機会の多い家庭で育ち、父親も趣味でアコーディオンを演奏していた。幼少期から歌手を志していたが、中学生のときにオーディションで最終まで進んで落選したためにいったん諦める。沖縄県立那覇高等学校、東京女子体育大学体育学部体育学科卒業。 大学卒業後に勤務した介護施設に、東日本大震災の被災者が入所してきたことをきっかけにアコーディオンを始める。沖縄各地で昭和歌謡を演奏して回っていたところテレビの取材を受けるようになり、口コミで評判が広まってラジオ沖縄でパーソナリティを担当するようになる。
平敷屋門 勇也(へしきやじょう ゆうや、1989年 - )は… 平敷屋門 勇也(へしきやじょう ゆうや、1989年 - )は、日本の琉球舞踊家、沖縄芝居の俳優。沖縄県うるま市勝連平敷屋出身。創作舞踊集団「結華」主宰、チャンプ流ぅ芸能団メンバー。 公演情報などでは平敷 勇也、平敷勇也、英字ではYuya Heshiki、Yuya Heshikiyajoとも表記される。 4歳から琉球舞踊を始めた。現代版組踊『肝高の阿麻和利』への出演を経て、21歳で創作舞踊集団「結華」を設立した。 琉球舞踊では赤嶺啓子に師事した。沖縄CLIPでは、琉球舞踊を軸に、沖縄芝居、創作舞踊、指導活動に取り組む実演家として紹介されている。 国立劇場おきなわを中心に、沖縄芝居や琉球舞踊公演に出演している。
内間 康平(うちま こうへい、1988年11月8日 - )は… 内間 康平(うちま こうへい、1988年11月8日 - )は、沖縄県浦添市出身の元自転車競技選手である。 北中城高校で自転車部主将として好成績を残し、ジュニア日本代表にも選出される。 2007年、鹿屋体育大学に進学 2011年、チームNIPPOに加入。主にアシストとしてチームを支えている。
七戸 龍(しちのへ りゅう、1988年10月14日 - )は… 七戸 龍(しちのへ りゅう、1988年10月14日 - )は、沖縄県出身の日本の柔道家。階級は100kg超級。身長193cm、体重120kg。段位は五段。血液型はA型。組み手は右組み。得意技は大内刈。現在は九州電力所属。フルコンタクト空手の一般社団法人極真会館(全日本極真連合会)理事長の七戸康博を父に、ベルギー出身の七戸ベラを母に、100kg級で活躍している七戸虎を弟に持つ。 父親は空手で活躍していたが、「空手でなくても好きなことをやりなさい」とアドバイスされて小学校2年の時に柔道を始めた。空手も習っていたものの、上山中学に進むと空手部がなかったことから柔道一本に絞ることになった。那覇西高校2年の時にはインターハイ100kg級で準決勝まで進むが、埼玉栄高校の小林大輔に合技で敗れて3位だった。
比嘉 真梨代(ひが まりよ、1988年10月13日 - )は… 比嘉 真梨代(ひが まりよ、1988年10月13日 - )は、沖縄県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会鹿児島支部所属(登録地は沖縄県)、ホームバンクは沖縄県総合運動公園自転車競技場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第114期生。沖縄県を登録地とする初の女子競輪選手でもある。 小学校時代から陸上競技を始め、中部商業高校時代には59回全国高等学校陸上競技南九州大会の走幅跳および走高跳で優勝という実績を残した。 名桜大学に進学後は陸上競技から引退、大学卒業後は自動車ディーラーの営業を経て琉球大学の職員として働いていた。通っていたトレーニングジムで佐藤慎太郎らにガールズケイリンを勧められ、競輪選手を目指すことになった。
エルサムニー・オサマ(Osama Elsamni, アラビア… エルサムニー・オサマ(Osama Elsamni, アラビア語: أسامة السمني, 1988年9月29日 - )は、沖縄県出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。元エジプト代表FWのイブラヒム・エルサムニー(英語版)は父、元サッカー選手のエルサムニー・アリーは兄に当たる。 ヴェルディユースのエースとして2005年には日本クラブユースサッカー選手権U-18大会、高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会の2冠制覇に貢献した。2006年9月には2種登録選手として東京ヴェルディのトップチームに加わったが出場機会は得られず。ユース時代の同期に、小林裕紀がいる。 2007年から東京Vのトップチームへ昇格。
池間 昌人(いけま まさと、1988年〈昭和63年〉8月15… 池間 昌人(いけま まさと、1988年〈昭和63年〉8月15日 - )は、NHKのアナウンサー。 沖縄県糸満市出身。沖縄県立糸満高等学校、成蹊大学法学部政治学科卒業後、2012年入局。 大学在学中にはテレビ朝日アスクに通っていた。また、学生キャスターとして系列局BS朝日の番組に出演したこともあった。スイス人の母親と日本人の父親を持つ。
田仲 祐矢(たなか ゆうや、1988年8月7日 - )は、日… 田仲 祐矢(たなか ゆうや、1988年8月7日 - )は、日本のラグビー指導者、ラグビーレフリー(審判員)。現在名護高校ラグビー部の監督を務めている。 名護高校、大阪体育大学を経て、2022年、名護高校ラグビー部の監督に就任。なお名護高校時代、主将を務めた。
名嘉 翔伍(なか しょうご、1988年6月22日 - )は、… 名嘉 翔伍(なか しょうご、1988年6月22日 - )は、日本の元ラグビーユニオン選手。2021年からジャパンラグビーリーグワン静岡ブルーレヴズのスクラムコーチを務めている。 2007年、名護高校卒業後、明治大学に入る。 2011年、明治大学卒業後、ヤマハ発動機ジュビロに加入。 2012年10月20日に行われたジャパンラグビートップリーグ第7節の九州電力キューデンヴォルテクス戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2013年、ヤマハ発動機ジュビロの副将に就任した。 2021年、現役を引退して、同年8月に静岡ブルーレヴズのスクラムコーチに就任。
大嶺 祐太(おおみね ゆうた、1988年6月16日 - )は… 大嶺 祐太(おおみね ゆうた、1988年6月16日 - )は、沖縄県石垣市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 愛称は「ゆうた」。2018年まで千葉ロッテマリーンズに所属していた大嶺翔太は実弟。 石垣島(沖縄県石垣市)生まれ。小学2年時に「八島マリンズ」で三塁手として野球を始める。中学生時代は硬式ポニーリーグの「八重山ポニーズ」で投手として活躍、3年時の2003年には世界大会3位になった。同じ沖縄出身の新垣渚を見て、プロを志したという。 小学生時代より指導を受けた伊志嶺吉盛の強い勧めで沖縄県立八重山商工高等学校に進学。2006年には春(第78回選抜高等学校野球大会)・夏(第88回全国高等学校野球選手権大会)の甲子園連続出場を果たし、八重山商工の快進撃の原動力となった。
新垣 結衣(あらがき ゆい、1988年6月11日 - )は、… 新垣 結衣(あらがき ゆい、1988年6月11日 - )は、日本の女優、歌手、ファッションモデル。主な愛称は、ガッキー。沖縄県出身。レプロエンタテインメント所属。 『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』(2006年) 『パパとムスメの7日間』(2007年) 『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』シリーズ(2008年・2010年) 『リーガル・ハイ』(2012年・2013年) 『掟上今日子の備忘録』(2015年) 『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)
ヤースー(1988年6月7日 - )は、日本の男性YouTu… ヤースー(1988年6月7日 - )は、日本の男性YouTuber、怪談芸人。 YouTubeチャンネル「トクモリザウルス」の登録者数は25万人以上(2025年11月時点)。沖縄県うるま市出身。本名は高江洲康秀(たかえす やすひで)。身長170cm、体重145kg、血液型はA型。 よしもと沖縄エンターテイメントカレッジ1期生。よしもとエンタテイメント沖縄に所属し、お笑いコンビ「ウリズン桜」として活動。2017年に東京吉本に移籍し、2019年には「スマイルシーサー」に改名。コロナ禍に相方が沖縄に帰郷後結婚し、2022年3月にコンビ解散。 2026年3月に吉本興業との契約を解除。 祖母がユタ(沖縄の民間霊媒師)だったことを語った動画の再生回数が伸びたことで知名度が上がる。
渡慶次 幸平(とけし こうへい、1988年6月4日 - )は… 渡慶次 幸平(とけし こうへい、1988年6月4日 - )は、日本の男性総合格闘家、ラウェイファイター、慈善家。沖縄県豊見城村(現・豊見城市)出身。クロスポイント吉祥寺所属。第5回 Air KBZ グランドファイナル・ミャンマーチャンピオンシップ 75kg級チャンピオン。 幼少期より、わんぱくで手がつけられない子供であった。その反面、進学校に中学受験するために小学校低学年から学習塾に毎日通い、進学校への中学受験を合格。 小学校低学年に始めた野球は、名門の沖縄県立糸満高等学校野球部までレギュラーでキャプテンや副キャプテン、常にクリーンナップを任される中心選手として活躍。ポジションはピッチャーとキャッチャーであった。
濱里 耕平(はまざと こうへい、1988年5月25日 - )… 濱里 耕平(はまざと こうへい、1988年5月25日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン宗像サニックスブルースに所属するラグビー選手。 名護高校、やんばるクラブを経て、2010年、福岡サニックスブルース(現・宗像サニックスブルース)に加入。なお名護高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。また同年9月4日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のコカ・コーラウエストレッドスパークス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。
與那嶺 啓(よなみね けい、1988年5月23日 - )は、… 與那嶺 啓(よなみね けい、1988年5月23日 - )は、琉球放送のアナウンサー。 沖縄県北谷町出身。沖縄県立球陽高等学校、慶應義塾大学総合政策学部卒業後、2012年琉球放送に入社。 高校時代に全九州高等学校英語ディベート大会で優勝した経歴がある。 趣味はハロプロの情報収集、アメリカ中古家具屋巡り、一人旅。
宮城 信吾(みやぎ しんご、1988年5月17日 - )は、… 宮城 信吾(みやぎ しんご、1988年5月17日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。身長197cm、体重83kg。 美来工科高校から専修大学に進む。2011年、bjリーグドラフト会議にて1巡目、全体7位で滋賀レイクスターズに指名されるも、シーズンを通しての出場時間18分に留まった。 2012-13シーズンに向け、bjリーグ富山グラウジーズとの契約に一旦合意したものの、契約締結には至らなかった。
伊志嶺 翔大(いしみね しょうた、1988年5月12日 - … 伊志嶺 翔大(いしみね しょうた、1988年5月12日 - )は、沖縄県平良市(現・宮古島市)出身出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。現在は千葉ロッテマリーンズに所属。
狩俣 昌也(かりまた まさや、1988年〈昭和63年〉4月2… 狩俣 昌也(かりまた まさや、1988年〈昭和63年〉4月28日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。沖縄県宮古島市出身。ポジションはポイントガード。B.LEAGUE・長崎ヴェルカに所属している。 2012年、bjリーグの千葉ジェッツと選手契約を結び、プロ選手となる。2013年には琉球ゴールデンキングスに移籍し、2013-14シーズンの優勝メンバーとなった。2014年に福島ファイヤーボンズに移籍し、2014-15シーズンのMIP賞に選ばれた。 2021-22シーズンより長崎ヴェルカに所属。共同キャプテンとしてチームをB3優勝、B2昇格まで引っ張り、個人でもB3 2021-22シーズンの年間ベスト5に選出された。
城間 由太(しろま ゆうた) 、1988年4月27日 - )… 城間 由太(しろま ゆうた) 、1988年4月27日 - )は、沖縄県浦添市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)。
奥里 綾子(おくざと あやこ、1988年4月18日 - )は… 奥里 綾子(おくざと あやこ、1988年4月18日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。沖縄県出身。176cm、67kg。 宜野湾中学校卒業後、沖縄県立西原高等学校、拓殖大学を経て、2011年、三菱電機に入社。2013年引退。
屋宜 ベンジャミンレイ(やぎ ベンジャミンレイ、Yagi B… 屋宜 ベンジャミンレイ(やぎ ベンジャミンレイ、Yagi Binjamin Ray、1988年3月5日 - )は、トップキュウシュウAルリーロ福岡に所属するラグビー選手。 県立石川高校、流通経済大学を経て、2010年、ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡ブルーレヴズ)に加入。同年10月2日に行われたジャパンラグビートップリーグ第4節のトヨタ自動車ヴェルブリッツ戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。 2013年、福岡サニックスブルース(現・宗像サニックスブルース)に加入。 2017年、宗像サニックスブルースの副将に就任した。 2022年、ルリーロ福岡選手スコッドに選ばれた。
佐久川 智(さくがわ さとい、1988年3月2日 - )は日… 佐久川 智(さくがわ さとい、1988年3月2日 - )は日本のキャスター。沖縄県那覇市出身。 大学卒業後の2010年、NHK松江放送局の契約キャスターとなる。2014年横浜放送局を経て2018年4月よりBSニュースの担当となった。 東京アナウンスセミナー出身。 2021年3月31日の出演をもってBSニュースを卒業し、産休に入った。5月25日に第1子を出産。
仲宗根 創(なかそね はじめ、 1988年〈昭和63年〉2月… 仲宗根 創(なかそね はじめ、 1988年〈昭和63年〉2月28日- )は、日本の沖縄民謡歌手、三線奏者、民謡指導者。沖縄県那覇市出身。琉球民謡協会師範。 幼少期より沖縄民謡に親しみ、伝統芸能の継承と後進の育成に取り組む一方、R∞2(ルーツ)名義でジャンル横断的な音楽制作も行っている。 1988年、沖縄県那覇市に生まれ、小学3年時に沖縄市(コザ)へ移る。 祖父・仲宗根盛光の影響で3歳頃から三線と民謡に親しみ、祖父が通っていた民謡研究所へ共に足を運ぶなど、幼い頃から民謡環境の中で育った。祖父の奏でる三線は子守歌でもあったという。 コザ移住後、祖父と共に民謡クラブを巡り、松田弘一が主宰する「島情話」で三線に衝撃を受け、弟子入りを志願して入門した。
祖根 寿麻(そね かずま、1988年2月11日 - )は、日… 祖根 寿麻(そね かずま、1988年2月11日 - )は、日本の男性元総合格闘家。沖縄県那覇市出身。ZOOMER主宰。元修斗環太平洋バンタム級王者。 2014年9月7日、HEATバンタム級初代王座決定1dayトーナメントの決勝戦で手塚基伸と対戦。ツイスターで一本負けを喫し王座獲得に失敗した。 2015年5月31日、TENKAICHI 76 ~Special Live AK-69~のTENKAICHIバンタム級王座決定戦にて大場翔と対戦し、1Rにチョークスリーパーホールドによる一本勝ちを収め王座を獲得した。 2015年6月21日、VTJ in OSAKAで金太郎と対戦し、右ハイキックで1RKO勝ち。
江藤 光喜(えとう こうき、1988年2月8日 - )は、日… 江藤 光喜(えとう こうき、1988年2月8日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県国頭郡本部町出身。白井・具志堅スポーツジム所属。元WBA世界フライ級暫定王者(JBC非公認)。第40代OPBF東洋太平洋フライ級王者。WBA暫定王座は2013年8月1日、日本人男子ボクサーとして初めてタイで世界戦に勝利し、担当トレーナーの野木丈司らとともに勝ち取ったもの。沖縄県立北部農林高等学校林業科卒業。 “江藤三兄弟”の長男で、双子の弟・大喜と末弟・伸悟もプロボクサー。ボクシングを最初に始めたのは大喜で、最もキャリアが浅いのが光喜である。一軒家で弟2人と暮らし、大喜とともにラーメン店で働いている。タイでのWBA世界フライ級暫定王座挑戦が決まった頃、大喜の怪我や仕事の忙しさから2人の弟はボクシングへの情熱を失いつつあり、光喜には「なんとしても結果を残さなければならない。
東長濱 秀希(ひがしながはま ほずき、1987年11月21日… 東長濱 秀希(ひがしながはま ほずき、1987年11月21日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のジークスター東京所属。 実父はハンドボール指導者の東長濱秀吉。実兄も同じくハンドボール選手の東長濱秀作。 2010年に日本ハンドボールリーグの大崎電気へ加入。2010-11年シーズンはリーグ1位の7mスロー得点(23得点)を記録し、最優秀新人賞とベストセブンに選ばれた。シーズン中の2011年1月には第22回男子世界選手権の日本代表に選出された。 2011-12年シーズンは2年連続の7mスロー得点賞(27得点)を受賞し、総得点はリーグ2位の84得点を記録。
島袋 隼士(しまぶくろ はやと、 (1987-10-29) … 島袋 隼士(しまぶくろ はやと、 (1987-10-29) 1987年10月29日(38歳) - )は、日本の天文学者、インフルエンサー。宇宙論の専門家(雲南大学)。 沖縄県那覇市出身。1987年生。専門は観測的宇宙論。特に宇宙再電離期と21cm線に関する理論的研究。東北大学理学部宇宙地球物理学科天文学コース卒(2011年)。名古屋大学大学院にて博士号を取得(2016年)。パリ天文台、北京・清華大学でのポスドク研究員、雲南大学副研究員を経て、2022年より雲南大学西南天文研究所副教授。 •サイエンスメディア「ガリレオ」
安里 光司(あさと こうじ、1987年10月14日 - )は… 安里 光司(あさと こうじ、1987年10月14日 - )は、沖縄県出身のサッカー選手。ポジションはMF。
松島 有梨江(まつしま ゆりえ、1987年9月30日 - )… 松島 有梨江(まつしま ゆりえ、1987年9月30日 - )は、沖縄県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。弟は元バスケットボール選手でレバンガ北海道などに所属していた松島良豪。 名門コザ中学校で全国大会に多数出場。高校は桜花学園高校に進み、1年でウィンターカップ出場を果たし優勝に貢献。2年でジュニア日本代表に選出。3年では主将を務め、ウィンターカップベスト5に選出される。 卒業後、WIに降格していた三菱電機に入社。2年目は全16試合スタメン出場。3年目はシックスウーメン要員でスタメン出場はなかったもののWリーグ復帰に貢献した。2014年引退。2021年から三菱電機のアシスタントコーチ。
翁長 明弘(おなが あきひろ、1987年〈昭和62年〉9月2… 翁長 明弘(おなが あきひろ、1987年〈昭和62年〉9月28日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。沖縄県出身。現役時代のポジションはポイントガード。 小学5年生の時にバスケットボールを始める。那覇市立小禄中学校では、2年次に同級生の上江田勇樹と共に沖縄県大会を制した。中学卒業後は沖縄県立那覇高等学校に進みバスケットボールを続けるも、腰のヘルニアを発症するなど怪我に悩まされた。 高校卒業後、アメリカへ留学するが、腰を痛め治療を余儀なくされる。治療が済み競技に復帰できるようになった後、カリフォルニア州の2年制大学サンタアナ・カレッジ(英語版)に移籍し、学業成績優秀アスリート賞受賞を2度受賞した。
金城 しおり(1987年9月7日 - )は、日本の女性シンガ… 金城 しおり(1987年9月7日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。沖縄県那覇市首里出身。旧活動名はしおり。兄は俳優の金城大和。 高校在学中に参加した「第2回人権ラブソングコンテスト」で「約束」がグランプリを受賞したことをきっかけに、本格的に音楽活動を開始。 2006年8月22日、沖縄限定発売シングル「Smile」でデビュー。2007年8月8日、シングル「Heart Flower/約束」でEMIミュージック・ジャパンよりメジャーデビュー。メジャーデビューと共に「siori」から「しおり」名義になる。 2007年7月より、全国の学校施設(幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校など)を訪問して生徒と「Smile」を歌い、ミニひまわりの種を配布する「花のしおり」活動を開始する。
大城 基志(おおしろ もとし、1987年8月20日 - )は… 大城 基志(おおしろ もとし、1987年8月20日 - )は、沖縄県国頭郡宜野座村出身の元アマチュア野球選手(投手)。左投左打。 宜野座高時代、3年時の夏は沖縄県予選で1試合18奪三振の県記録を樹立するが、準々決勝で敗れ、甲子園出場は果たせなかった。 高校卒業後は、九州地区大学野球連盟に加盟する名桜大学に進学。入学直後の1年時春と4年時春に、九州地区大学野球選手権大会で準優勝と後1勝で神宮というところで2度涙を呑んだ。特に4年時春は、日本文理大学の古川秀一と投げ合い、4-3と1点差で敗戦している。 大学卒業後、2010年にJX-ENEOSに入社。1年目の春から公式戦に出場。同年の第65回JABA東京スポニチ大会では、新人賞を獲得した。
与那嶺 恭兵(よなみね きょうへい、1987年8月15日 -… 与那嶺 恭兵(よなみね きょうへい、1987年8月15日 - )は、日本の陸上競技長距離選手。琉球物流所属。 沖縄県平良市(現、宮古島市)出身。宮古高等学校を経て東海大学卒業。その後、沖縄で活動。 高校1年次の沖縄県陸上競技選手権大会で3000m少年Bで優勝。 東海大学体育学部競技スポーツ学科へ入学。佐藤悠基は1つ先輩にあたる。3年次、4年次に関東インカレ1500m出場。3年次の箱根駅伝は6区の補欠。4年次の箱根駅伝は7区を出走。21.3kmを1時間6分39秒で区間12位。都道府県駅伝は2年連続で沖縄県のアンカー。 長距離種目における実業団がない沖縄県を拠点に活動を続け、県内で数多く開催されているローカル大会に、アラタプロジェクトメンバーとして大会に出場し、沖縄の長距離競技レベル向上のため競技やPR活動を続けている。
棚原 良(たなはら りょう、1987年8月3日 - )は、沖… 棚原 良(たなはら りょう、1987年8月3日 - )は、沖縄県浦添市出身の元プロハンドボール選手。 当山小学校、浦西中学校、興南高等学校、日本体育大学卒。8歳上の兄の影響と東長濱秀希、石川出に勧誘され小学校2年時にハンドボールを始める。小学校、中学校時代にはそれぞれ全国優勝を経験。興南高校時代は東長濱秀希とともにチームのエースとして活躍し、1年時から主戦力として高校総体優勝。3年時には高校選抜(3連覇)、高校総体、国体の3冠を達成している。日本体育大学では1年時から主戦力として活躍し、2年時の春、秋リーグは得点王に輝く。秋リーグでは1試合20得点を含む102点の歴代最高得点を叩き出した。全日本インカレでは4年連続優勝し、小・中・高・大すべてで全国優勝した。
安慶名 健(あげな けん、1987年8月2日 - )は、日本… 安慶名 健(あげな けん、1987年8月2日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県名護市出身、横浜光ボクシングジム所属。入場曲は、小柳ゆきの愛情。2011年度東日本ミニマム級東日本新人王、第58回全日本ミニマム級新人王。 2009年10月10日に大平剛に4回判定勝ちでプロデビュー。 その後東日本新人王に入場し予選、準決勝をKOで勝利し、決勝まで進んだが後の日本王者原隆二に4回判定負け。 東日本新人王戦後復帰戦をおこない1回TKO勝ち。 再度東日本新人王に入場し引地昭裕に4回TKO勝利すると、決勝では多打魔炸獅に5回判定で下し悲願の新人王獲得 2011年12月18日に全日本新人王に東軍代表で出場し山本裕貴に5回判定勝利。
福田 萌子(ふくだ もえこ、1987年6月26日 - )は、… 福田 萌子(ふくだ もえこ、1987年6月26日 - )は、日本のモデル、タレントである。元DIVINE所属。 沖縄県那覇市出身。中学生の時からCF、スチール、ショーなどのモデルをこなす。映画番組『Cinema Paradiso』『PET FAN TV』のナビゲーターも務める。スポーツトラベラーとして活動し、ロードバイクを持って世界中を旅して回っている。トライアスロンハーフアイアンマン完走。 2010年、ミス・ユニバース・ジャパンで3位に入賞。同年、共立女子大学文芸学部を卒業。 2020年、恋愛リアリティ番組『バチェラー・ジャパン』の男女逆転版『バチェロレッテ・ジャパン』に、初代バチェロレッテとして出演。
多和田 上人(たわた まさと、1987年6月23日 - )は… 多和田 上人(たわた まさと、1987年6月23日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優である。吉本新喜劇の座員。 沖縄県宜野湾市普天間出身。吉本興業大阪本部所属。身長163cm、体重69kg。旧芸名はたわた。
玉城 大志(たまき たいし、1987年6月21日 - )は、… 玉城 大志(たまき たいし、1987年6月21日 - )は、日本、アメリカの俳優、モデル。 カリフォルニア州ロサンゼルス出身、沖縄県育ち。所属事務所は、BACSエンターテイメント(日本)、ENERGY Talent Management(米国)。特技はスクーバダイビング。妹は漫画家の瀬川環(旧名・さちこ)。 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスで幼少期を過ごし、6歳で沖縄へ移住した帰国子女である。4人兄弟の次男(兄、妹、弟がいる)。出身高校は、沖縄県立那覇国際高等学校。高校時代はサッカー部所属。出身大学は、中央大学商学部。 日本での俳優修行時代は、バーテンダー等の数々のアルバイトを経験しつつ、ビジネス書等の本を片っ端から読んでいた。
比屋根 渉(ひやね わたる、1987年6月20日 - )は、… 比屋根 渉(ひやね わたる、1987年6月20日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(外野手)。
上江田 勇樹(うえた ゆうき、1987年6月17日 - )は… 上江田 勇樹(うえた ゆうき、1987年6月17日 - )は、沖縄県那覇市出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 興南高校から日本大学に進学。 卒業後の2010年、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズに加入。 2013年、千葉ジェッツに移籍。2017年1月に全日本バスケットボール選手権大会初優勝メンバーとなる。 2017年6月、富山グラウジーズへ移籍。 2018年6月、新潟アルビレックスBBに移籍。 2020年オフ、群馬に移籍 2022年オフ、B3リーグの東京八王子ビートレインズに移籍。 2024年オフ、新潟アルビレックスBBに移籍。 2025年9月8日、自身のXで2024-25シーズンをもって現役を引退することを発表した。
比嘉 雄作(ひが ゆうさく、1987年6月13日 - )は、… 比嘉 雄作(ひが ゆうさく、1987年6月13日 - )は、沖縄県浦添市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。
川満 陽香理(かわみつ ひかり、1987年5月3日 - )は… 川満 陽香理(かわみつ ひかり、1987年5月3日 - )は日本の女子プロゴルファー。沖縄県宮古島市出身、立命館大学卒業。所属はGOLF5。松山英樹を指導する、目澤秀憲に師事。 父親の勧めで11歳からゴルフを始める。昭和薬科大学付属高等学校に進学し、立命館大学に進み経済学を専攻。 2007年、日本女子学生ゴルフ選手権競技で優勝。翌年、JGAアカデミック・ゴルフ・アウォード大学生の部最優秀賞を受賞。 2011年7月、ステップアップツアー「ANA PRINCESS CUP」で斉藤裕子らを抑えプロ初優勝を飾った。8月、最終プロテストに通算1アンダー、6位タイで合格。同期に堀奈津佳、福田真未、青木瀬令奈らがいる。
石川 出(いしかわ いずる、1987年4月18日 - )は、… 石川 出(いしかわ いずる、1987年4月18日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の琉球コラソン所属。 興南高等学校時代は主将として活躍し、高校選抜・高校総体・国民体育大会優勝の3冠を経験。同学年には棚原良、東長濱秀希が在籍していた。 高校卒業後は日本体育大学へ進学。2009年の第52回全日本学生ハンドボール選手権大会では4年連続優勝に貢献し、優秀選手賞(ベストセブン)を受賞した。 2010年に日本ハンドボールリーグの大崎電気へ加入。背番号は「20」。 2012年の第17回ヒロシマ国際ハンドボール大会で日本代表に選出。 2014年には第17回アジア競技大会の日本代表に選出された。
内田 武志(うちだ たけし、1987年4月17日 - )は、… 内田 武志(うちだ たけし、1987年4月17日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手。 2008年に日本ハンドボールリーグの琉球コラソンへ加入。 2010-11年シーズン・2011-12年シーズンともに7mスロー阻止率はリーグ2位だったが、2012-13年シーズンに最下位の.143を記録。 2013-14年シーズンはリーグトップの7mスロー阻止率(.524)を記録し、前年の不振から脱却した。 2015-16年シーズンは2年ぶりの7mスロー阻止率賞(.370)を受賞。 2021-22年シーズン限りで現役を引退。2022年8月に日本ハンドボールリーグの功労賞を受賞した。
儀間 晴香(ぎま はるか、1987年3月19日 - )は、沖… 儀間 晴香(ぎま はるか、1987年3月19日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグの大阪ラヴィッツ所属。 浦添市立浦城小学校4年生の時に母親に「ハンドボールやるか塾に通うか決めなさい」と言われハンドボールを開始。浦添市立仲西中学校時代は第10回JOCジュニアオリンピックカップで優秀選手に選出された。中学卒業後は沖縄県立那覇西高等学校へ進学。 高校卒業後は日本女子体育大学へ進学し、2006年に関東学生ハンドボール・春季リーグで優秀新人賞を受賞した。 2009年に日本ハンドボールリーグのソニーセミコンダクタ九州へ加入。 2010年は第20回世界学生ハンドボール選手権の日本代表U-24に選出された。
大城 貴幸(おおしろ たかゆき、 (1987-01-27) … 大城 貴幸(おおしろ たかゆき、 (1987-01-27) 1987年1月27日- )は、沖縄の琉球古典音楽の歌三線奏者。沖縄県の文化財保護・教育普及事業において、組踊等の鑑賞会や事前ワークショップの地謡(歌・三線)として出演・指導に携わっている。 また、国立劇場おきなわの新作組踊戯曲大賞で入賞作を持つ。 沖縄県南城市出身。歌三線は安冨祖流絃聲会の免許審査で師範として記録されている。 国立劇場おきなわの組踊研修(第2期)に関連する資料に名前が見える。 沖縄県の文化財保護・教育普及事業の報告書には、県外会場(全国公開)での普及公演の実施が記載されており、同事業の鑑賞会の地謡(歌・三線)として大城貴幸の名前が記載されている。
カナミネケイタロウ(1987年 - )は、日本の作曲家、編曲… カナミネケイタロウ(1987年 - )は、日本の作曲家、編曲家、ベーシスト。沖縄県石垣島出身。数多のアーティストのサポート、セッション、ソロでの弾き語り、即興演奏やレコーディング、楽曲提供、編曲を行う。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
Awich(エーウィッチ、1986年12月16日 - )は、… Awich(エーウィッチ、1986年12月16日 - )は、日本の女性歌手、ラッパー。沖縄県出身。YENTOWNのメンバー。 19歳で渡米し、大学を卒業。アフリカ系男性と結婚し娘を出産するも、夫と死別。その後日本に帰国し、本格的な音楽活動を再開。2020年ユニバーサルミュージックよりメジャー・デビュー。 小学4年生から米軍基地内の英会話教室に通いつつ、海外のヒップホップから生きた英語を学んだ。テレビ番組『ポンキッキーズ』に出演していたスチャダラパーのBOSEをきっかけにヒップホップを知り、13〜14歳ごろレンタルショップで借りた2パックのアルバム『All Eyes On Me』を聴き開眼。2パックのリリックやインタビューでの発言を書き写したノートを作成していた。