矢部 健太郎(やべ けんたろう、1972年 - )は、日本の… 矢部 健太郎(やべ けんたろう、1972年 - )は、日本の歴史学者。國學院大學文学部教授。博士(歴史学)(國學院大學・課程博士・2004年)。専門分野は日本中世史、室町・戦国・織豊期の政治史・制度史・公武関係史。 東京都大田区に生まれる。大田区立入新井第四小学校卒業、大田区立大森第三中学校卒業、東京都立日比谷高校卒業。 1995年國學院大学文学部史学科卒業、2004年同大学院文学研究科日本史学専攻博士課程後期修了し、「豊臣政権の支配秩序と朝廷」で博士(歴史学)の学位を取得。 2004年防衛大学校人文社会科学群人間文化学科専任講師、2007年國學院大學文学部史学科専任講師、2009年准教授、2016年教授。
樋口 秀実(ひぐち ひでみ、1967年 - )は、日本の歴史… 樋口 秀実(ひぐち ひでみ、1967年 - )は、日本の歴史学者。専門分野は東アジア国際政治史・近代日中関係史。博士(歴史学)(國學院大學・論文博士・2003年)。國學院大學文学部教授。 1967年、東京都に生まれる。1989年、國學院大學文学部史学科卒業。1994年國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻単位取得満期退学。1995年中国天津市・南開大学日本研究センターに留学。1996年國學院大學日本文化研究所共同研究員。専攻は近現代の日中関係史。 2003年、國學院大學より、博士(歴史学)の学位を授与される。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
松本 久史(まつもと ひさし、1967年 - )は、日本の神… 松本 久史(まつもと ひさし、1967年 - )は、日本の神道学者、歴史学者。國學院大學教授。國學院大學研究開発推進機構・研究開発推進センター長、校史・学術資産研究センター長。専門は、近世・近代神道史、国学史。学位は博士(神道学)。 國學院大學大学院博士課程単位取得満期退学後、2002年(平成14年)10月より國學院大學に着任。 2006年(平成18年)3月、「荷田春満の国学と神道史」で國學院大学より博士(神道学)の学位を取得、学位授与番号は文乙第216号。 國學院大學日本文化研究所助手、同専任講師を経て、2010年(平成22年)より國學院大學神道文化学部准教授。2017年(平成29年)より同教授。
中村 太一(なかむら たいち、1966年3月 - )は、日本… 中村 太一(なかむら たいち、1966年3月 - )は、日本の歴史学者。専門は日本古代史(都市・交通・流通経済)。北海道教育大学教授。博士(歴史学)(國學院大學・1995年)。東京都練馬区生まれ。 専門は日本古代史。古代の交通と交通路、古代の流通経済システム、都城制(藤原京・平安京)の研究が中心。
小林 青樹(こばやし せいじ、1966年 - )は、日本の歴… 小林 青樹(こばやし せいじ、1966年 - )は、日本の歴史学者、奈良大学教授。 群馬県生まれ。國學院大學文学部史学科卒業。1990年同大学院文学研究科博士課程後期日本史学専攻満期退学、岡山大学埋蔵文化財調査研究センター助手。2010年國學院大學栃木短期大学教授。2014年奈良大学教授。2016年「弥生文化の起源と東アジア金属器文化に関する研究」で九州大学・博士(文学)取得。
箱石 大(はこいし ひろし、1965年 - )は、日本の歴史… 箱石 大(はこいし ひろし、1965年 - )は、日本の歴史学者。専門は幕末維新政治史。東京大学史料編纂所近世史料部門教授。 岩手県生まれ。1988年國學院大學文学部史学科卒業。1993年國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得退学。文学修士。東京大学史料編纂所助手、助教授を経て、2007年准教授。2008年日本歴史学会評議員・編集委員。2020年東京大学史料編纂所教授。専門は幕末維新政治史、幕末維新史料論。
森田 喜久男(もりた きくお、1964年- )は、日本の歴史… 森田 喜久男(もりた きくお、1964年- )は、日本の歴史学者、淑徳大学教授。日本古代史専攻。 石川県生まれ。1987年國學院大學文学部史学科卒業。1989年千葉大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。1995年東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科史学専攻博士単位取得退学。島根県教育庁文化財課古代文化センター専門研究員兼島根県立古代出雲歴史博物館専門学芸員。2007年「日本古代の王権と山野河海」で駒澤大学博士(歴史学)。淑徳大学人文学部歴史学科教授、歴史学科長。 「国立国会図書館サーチ」を参照 森田喜久男『日本古代の王権と山野河海』吉川弘文館、2009年2月。ISBN 978-4-642-02472-3。
佐多 芳彦(さた よしひこ、1963年-)は、日本の歴史学者… 佐多 芳彦(さた よしひこ、1963年-)は、日本の歴史学者。立正大学文学部史学科教授。博士(歴史学)(國學院大學・2010年)。 専門は日本古代史・中世史。立正大学史学会理事、日本風俗史学会理事、日本古文書学会大会実行委員を歴任。 このほか国史学会、日本史研究会、アートドキュメンテーション学会に所属。 神奈川県に生まれる。1987年に國學院大學文学部史学科を卒業し、1993年に國學院大學大学院文学研究科史学専攻博士後期課程を単位取得満期退学。2009年から國學院大學栃木短期大学日本史学科准教授、2010年から立正大学文学部史学科特任准教授、2012年から同准教授、2015年から同教授。 2010年、博士(歴史学)(國學院大學)の学位を論文博士〈乙博士〉として取得。
岡野 友彦(おかの ともひこ、1961年(昭和36年)5月 … 岡野 友彦(おかの ともひこ、1961年(昭和36年)5月 - )は、日本の歴史学者。皇學館大学文学部国史学科教授、皇学館大学文学部長。学位は、博士(歴史学)(國學院大學)。神奈川県出身。 専門は日本中世史。久我家を中心に、中世公家領荘園を研究テーマとする。また、そこから源氏長者の研究に及び、王権論や院政制度、権門体制論、皇室問題に関する論著もある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長尾 秀則(ながお ひでのり、1960年2月 - )は、日本… 長尾 秀則(ながお ひでのり、1960年2月 - )は、日本の歴史学者。佛教大学文学部日本文学科教授。専門は書道史。日本書写技能検定協会京都府審査委員および毎日新聞社紙上展審査委員。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鍛代 敏雄(きたい としお、1959年12月12日 - )は… 鍛代 敏雄(きたい としお、1959年12月12日 - )は、日本の歴史学者、東北福祉大学教授。専攻は日本中世史。神奈川県平塚市出身。 1982年國學院大學文学部史学科卒業。1988年國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻博士課程後期満期退学。1998年國學院大學栃木短期大学日本史学科助教授。2001年「中世後期の寺社と経済」で國學院大學博士(歴史学)。2003年教授。2015年東北福祉大学教育学部教授。 米原正義に師事。専門は日本中世史の中でも社会史、宗教史、思想史、商業史、交通史など多岐にわたる。小山市文化財審議会委員、國學院大學大学院客員教授、東洋大学大学院兼任講師、石清水八幡宮研究所員などを務める。
佐藤 長門(さとう ながと、1959年12月 - )は、日本… 佐藤 長門(さとう ながと、1959年12月 - )は、日本の歴史学者。國學院大學文学部教授。博士(歴史学)(國學院大学・論文博士・2008年)。専門分野は日本古代史。 1959年福島県に生まれる。1988年に國學院大學文学部史学科を卒業し、1993年に國學院大學大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。1994年から國學院大學文学部非常勤講師、1998年から同専任講師、2001年から助教授(2007年に准教授)。2009年から教授。 2008年、博士(歴史学)(國學院大學)の学位を取得。
平野 卓治(ひらの たくじ、1959年10月30日 - 20… 平野 卓治(ひらの たくじ、1959年10月30日 - 2025年4月1日)は、日本の歴史学者、日本大学文理学部史学科教授。専門は日本古代史。 東京都大田区出身。國學院大學文學部史學科卒業。國學院大學大学院博士課程後期修了。 2025年4月1日、虚血性心不全のため死去。
永井 晋(ながい すすむ、1959年 - )は、日本の歴史学… 永井 晋(ながい すすむ、1959年 - )は、日本の歴史学者。金沢文庫主任学芸員。日本中世前期の政治史・国制史専攻。 群馬県出身。1986年國學院大學大学院博士課程後期中退。2008年「金沢北条氏の研究」で國學院大學博士(歴史学)取得。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
柴田 紳一(しばた しんいち、1958年 - )は、日本の歴… 柴田 紳一(しばた しんいち、1958年 - )は、日本の歴史学者。学位は文学士。國學院大學文学部史学科准教授。専攻は日本近現代史。軍事史学会・日本国際政治学会に所属。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大友 一雄(おおとも かずお、1955年 - )は、日本の歴… 大友 一雄(おおとも かずお、1955年 - )は、日本の歴史学者、文書学者、国文学研究資料館名誉教授。近世の記録史料論、近世の儀礼研究などを専門とする。 茨城県北茨城市生まれ。1979年國學院大學文学部史学科卒、1984年学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士後期課程単位取得退学。1998年「近世国家の権威と儀礼に関する研究」で國學院大學博士(歴史学) 。徳川林政史研究所研究員、国文学研究資料館史料館助手、助教授、教授、名誉教授。
林 譲(はやし ゆずる、1954年9月4日 - 2023年7… 林 譲(はやし ゆずる、1954年9月4日 - 2023年7月13日)は、日本の歴史学者。専門は史料学、日本中世宗教史。東京大学名誉教授。駒澤大学歴史学科教授。 東京都生まれ。1978年國學院大學文学部史学科卒業。1983年國學院大學大学院文学研究科博士課程日本史学専攻満期修了、東京大学史料編纂所助手。1992年金沢市史編纂委員会専門委員。1993年東京大学史料編纂所助教授、新潟県教育委員会調査員。1999年東京大学史料編纂所教授、二宮町史編纂委員会編纂委員、石川県加能史料編纂委員会編纂委員。2001年醍醐寺文化財研究所研究員、門前町史編纂委員会編纂委員。2002年武蔵野市文化財保護委員会委員。
佐藤 孝之(さとう たかゆき、1954年2月23日 - )は… 佐藤 孝之(さとう たかゆき、1954年2月23日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員。日本近世史専攻。 群馬県生まれ。1976年國學院大學文学部史学科卒業。81年同大学院文学研究科博士課程満期退学。94年「近世前期の幕領支配と村落」で國學院大学より博士(文学)の学位を取得。1984年東京大学史料編纂所助手、95年助教授、2001年教授。2019年定年退職、名誉教授。
根岸 茂夫(ねぎし しげお、1951年 - )は、日本の歴史… 根岸 茂夫(ねぎし しげお、1951年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近世史(政治史・武家社会史・農村史・国家)。博士(歴史学)(國學院大学・2000年)(学位論文「近世武家社会の形成と構造」)。國學院大學名誉教授。 東京都生まれ。1974年國學院大學文学部史学科卒、1979年同大学院文学研究科日本史学専攻博士課程修了。埼玉県史編纂室学芸員を経て、1988年國學院大學文学部講師、のち助教授、教授。2000年「近世武家社会の形成と構造」で、國學院大学より博士(歴史学)の学位を取得。 2021年、國學院大學より名誉教授の称号を授与される。
阪本 是丸(さかもと これまる、1950年2月7日 - 20… 阪本 是丸(さかもと これまる、1950年2月7日 - 2021年4月18日)は、日本の歴史学者・神道学者。國學院大學名誉教授。専門は近代日本宗教史・政教関係史。 熊本県鹿本郡植木町鎮座(現在、熊本県熊本市北区)の元郷社・正院厳島神社の社家に生まれる。1977年國學院大學文学部神道学科卒業。1979年同大学院修士課程修了。1995年「国家神道形成過程の研究」で博士(神道学)の学位を取得。 神社新報社記者、國學院大學日本文化研究所助手、講師、助教授、文学部教授を経て、神道文化学部教授、同大研究開発推進機構長、同大副学長を歴任した。2020年定年退職、名誉教授。神社本庁教学委員、神社新報社論説委員長。
下條 正男(しもじょう まさお、1950年(昭和25年) -… 下條 正男(しもじょう まさお、1950年(昭和25年) - )は、日本の歴史学者。拓殖大学国際学部教授(朝鮮半島の歴史と文化)、島根県庁「竹島問題研究会」座長。 竹島に関する研究で知られる。 長野県生まれ。國學院大學大学院博士課程満期退学。三星総合研修院主任講師・仁川大学校客員教授を経て1999年(平成11年)より拓殖大学国際開発研究所教授、2000年(平成12年)、同大国際学部教授。 2010年(平成22年)3月には、日本教職員組合に加盟する北海道教職員組合の「竹島は韓国領である」とする見解に関して、維新政党・新風とともに公開質問状を送付した。 2011年7月31日、竹島調査のために鬱陵島を視察する予定で韓国へ入国しようとしたが、仁川空港到着時の入国審査で入国を拒否された。
酒寄 雅志(さかより まさし、1949年8月7日 - 202… 酒寄 雅志(さかより まさし、1949年8月7日 - 2021年12月8日)は、日本の歴史学者、國學院大學栃木短期大学教授。専門は日本古代史と東北アジア史。 1974年國學院大學文学部史学科卒業。1980年法政大学大学院人文科学研究科日本史学専攻修士課程修了。1983年一橋大学大学院社会学研究科地域社会学専攻博士課程単位取得。指導教官は佐々木潤之介。1999年國學院大學より博士(歴史学)の学位を取得。渤海を研究。 学界では、複数の研究者から第二次世界大戦後の日本における渤海研究を石井正敏と共に牽引してきたと目されている。 浜田久美子は「実証的、科学的な渤海史研究を切り開いたのが一九七〇年代に登場する石井正敏と酒寄雅志である。
小川 幸代(おがわ さちよ、1949年4月 - )は、日本の… 小川 幸代(おがわ さちよ、1949年4月 - )は、日本の国文学者、歴史学者。長岡大学教授。専門は古事記研究、および近世の南山城、女性史の研究など。 福島県会津若松市出身。1975年に國學院大學文学部文学科を卒業の後、國學院大學日本文化研究所勤務を経て、1975年から船橋女子高等学校、1976年から潤徳女子高等学校で非常勤講師をつとめるかたわら、國學院大學で書道科の教員免許を取得し、また朝日カルチャーセンターで古文書を学ぶ。1980年、東京大学経済学部文書室に勤務して近世文書の整理研究を行い、1999年から長岡短期大学助教授、2001年から長岡大学助教授(2007年、准教授)、2008年から教授。
東四柳 史明(ひがしよつやなぎ ふみあき、1948年2月7日… 東四柳 史明(ひがしよつやなぎ ふみあき、1948年2月7日 - )は、日本の歴史学者。金沢学院大学名誉教授。専門は日本中世史、北陸地域史、神社史。 1948年(昭和23年)、石川県に生まれる。1975年(昭和50年)、國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻の博士課程を満期退学。同年、石川県教育委員会文化財保護課に勤める。その後、石川県立図書館古文書課での勤務や石川県立中島高等学校教諭を経て、石川県立図書館史料編さん室で『加能史料』の編纂に従事した。1999年(平成11年)、金沢学院大学文学部教授となり、2000年(平成12年)、美術文化学部教授となる。その後、金沢学院大学名誉教授や石川県立図書館史料編さん室長となった。
深井 雅海(ふかい まさうみ、1948年 - )は、日本の歴… 深井 雅海(ふかい まさうみ、1948年 - )は、日本の歴史学者、財団法人徳川黎明会徳川林政史研究所所長。元聖心女子大学教授。 1948年、広島県で生まれた。國學院大學文学部に進学し、1971年に卒業。同大学大学院に進んだ。 徳川林政史研究所主任研究員、國學院大學栃木短期大学を経て、聖心女子大学文学部教授に就いた。1992年、学位論文『徳川将軍政治権力の研究』を國學院大學に提出して歴史学博士の学位を取得。財団法人徳川黎明会徳川林政史研究所副所長。 専門は日本近世史で、近世政治史に関する著作が多い。
石上 七鞘(いしがみ ななさや、1947年1月17日 - )… 石上 七鞘(いしがみ ななさや、1947年1月17日 - )は、日本の歴史学者、民俗学者。松蔭大学コミュニケーション文化学部日本文化コミュニケーション学科教授。文学博士。 1969年、國學院大学文学部文学科を卒業し、同大学院文学研究科に進む。1974年に研究科を修了。中京大学で文学博士号を取得した。 東京女学館大学国際教養学部国際教養学科教授・副学長・理事や帝京平成大学現代ライフ学部教授を経て、松蔭大学コミュニケーション文化学部長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
白石 浩之(しらいし ひろゆき、1946年 - )は、日本の… 白石 浩之(しらいし ひろゆき、1946年 - )は、日本の歴史学者。元愛知学院大学教授。専門は先史考古学。 國學院大學を卒業後、同大学で博士(歴史学)の学位を取得。神奈川県教育庁教育部本属の財団法人かながわ考古学財団調査研究部調査研究部長を経て2000年より愛知学院大学教授。2017年から2019年3月まで客員教授。同年4月より講師。 1994年10月に群馬県みどり市が主催する第3回岩宿文化賞を受賞、同年11月には神奈川県研究業績賞を受賞した。また、2001年には東海石器研究会の会長を務めた。
橋本 政宣(はしもと まさのぶ、1943年〈昭和18年〉2月… 橋本 政宣(はしもと まさのぶ、1943年〈昭和18年〉2月20日 - )は、日本の歴史学者・神職。東京大学名誉教授、鯖江舟津神社宮司、神社史料研究会代表。 1943年、福井県鯖江市で生まれた。生家は代々舟津神社の神主を務めていた。國學院大學文学部史学科で学び、1965年に卒業。同大学大学院に進み、1969年に博士課程を中退。 その後は東京大学史料編纂所に勤務。のち教授昇格。2003年、学位論文『近世公家社会の研究』を國學院大学に提出して歴史学博士の学位を取得。2003年に東京大学を定年退官した。 専門は日本近世史で、近世の朝幕関係、神道史を専門とする。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
宇田川 武久(うだがわ たけひさ、1943年 - )は、日本… 宇田川 武久(うだがわ たけひさ、1943年 - )は、日本の歴史学者。博士(歴史学)(國學院大學・論文博士・1994年)。国立歴史民俗博物館名誉教授。専門は日本軍事史、特に鉄砲史、水軍史。東京都出身。2020年、文化庁長官表彰。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 靖民(すずき やすたみ、1941年7月30日 - )は… 鈴木 靖民(すずき やすたみ、1941年7月30日 - )は、日本の歴史学者。専門は、日本古代史・東北アジア古代史。國學院大學名誉教授、淑徳大学客員教授。前横浜市歴史博物館館長。 1941年、北海道で生まれた。國學院大學文学部史学科で学び、1964年に卒業。同大学大学院文学研究科に進学し、1969年に博士課程を単位取得退学。 その後は國學院大學文学部助教授となり、後に教授昇格。1987年、学位論文『古代対外関係史の研究』を國學院大學に提出して文学博士号を取得。2012年に國學院大學を定年退任し、名誉教授となった。2011年7月より2021年3月まで第3代横浜市歴史博物館館長を務めた。 専門は古代史。
染谷 光広(そめや みつひろ、1939年 - 2003年8月… 染谷 光広(そめや みつひろ、1939年 - 2003年8月11日)は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所教授。 千葉県出身。1963年に國學院大學文学部卒業、1965年國學院大學大学院文学研究科修士課程を修了とともに、東京大学史料編纂所に勤務。『大日本史料』第10編の編修に従事し、1981年助教授、1996年教授。2000年に定年退職の後は帝京平成大学経営情報学科教授となるが、体調不良のため2002年に退職、病気療養にあたっていた。2003年、肝硬変のため死去。 日本中世史を専門とし、『信長公記』の著者太田牛一が、永禄12年(1569年)から天正10(1582)年にかけての京都行政担当時から、丹羽長秀の家臣であり右筆をしていた、との説を提唱した(論文「織田信長の右筆についての序説」)。
花ヶ前 盛明(はながさき もりあき、1937年〈昭和12年〉… 花ヶ前 盛明(はながさき もりあき、1937年〈昭和12年〉11月2日 - )は、日本の歴史学者、郷土史学者、宮司。元高等学校教諭。 新潟県直江津市(現:上越市)出身。 新潟県立直江津高等学校を経て國學院大學文学部卒業。國學院大學大学院修士課程(日本史学専攻)修了。 越後一の宮居多神社宮司(第44代)。 元新潟県立安塚高等学校、新潟県立柿崎高等学校教諭、新潟県立直江津高等学校教諭。 新潟県文化財保護指導委員、上越市文化財調査審議会委員、上越郷土研究会会長、新潟出版文化賞選考委員などを務める。 大谷吉継や上杉氏に関する著書がある。 2010年(平成22年)、地域文化功労者文部科学大臣賞受賞。
小泉 宜右(こいずみ よしあき、1933年 - 2019年7… 小泉 宜右(こいずみ よしあき、1933年 - 2019年7月7日 )は、日本の歴史学者。 1955年に卒業論文「東寺領播磨国矢野庄とその悪党について」をまとめ、國學院大學を卒業。同大学大学院に進み、論文「悪党の研究〔東寺領を中心として〕」を提出し、修士課程を修了。その後、東京大学史料編纂所に勤め、卒業論文の指導を受けた奥野高廣のもと、大日本史料第8編の編さんに従事する。1975年に同所助教授、1982年に教授となる。1993年に定年退職し、名誉教授となる。 本務に加えて、史料纂集では三箇院家抄、経覚私要鈔、政覚大僧正記の校訂を行い、岐阜県史、海老名市史、厚木市史にも携わった。また、学生時代から悪党の研究を続け、1981年にはその成果を『悪党』(教育社歴史新書)にまとめた。
渡辺 直彦(わたなべ なおひこ、1931年11月10日 - … 渡辺 直彦(わたなべ なおひこ、1931年11月10日 - 2002年5月14日)は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所教授。文学博士。専門は日本古代史。 広島県出身。1958年、國學院大學文学部史学科を卒業、1963年、國學院大學大学院文学研究科を単位取得し、國學院大學文学部助手に着任。同年、東京大学史料編纂所に転任し、1979年助教授、1982年教授、『大日本史料』第2編の編修に従事した。1985年に史料編纂所を退職後は、駒澤大学文学部教授を1996年に退職するまでつとめた。 主著である『日本古代官位制度の基礎的研究』によって、1973年に國學院大學より文学博士の学位を取得、また三矢博士記念賞を受賞した。
坂根 義久(さかね よしひさ、 1927年2月8日 - 19… 坂根 義久(さかね よしひさ、 1927年2月8日 - 1984年12月4日)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史(外交史)。東京都出身。 1949年に東京第二師範学校を卒業後、東京教育大学附属駒場高等学校教諭。1956年、國學院大學文学部第二部史学科卒業、1960年同大学院修士課程修了、1965年同大学院博士後期課程満期退学。
林 陸朗(はやし ろくろう、1925年8月12日 - 201… 林 陸朗(はやし ろくろう、1925年8月12日 - 2017年2月17日)は、日本の歴史学者。國學院大學文学部名誉教授。文学博士。専門分野は日本古代史。 富山県富山市出身。1949年に國學院大學文学部史学科を卒業、同年助手。1965年から同専任講師、1966年から助教授、1969年から教授。同大学文学部長、大学院委員長、1991年国学院短期大学長を歴任。1996年定年退職、名誉教授。 1970年国学院大学にて「上代政治社会の研究」で文学博士。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岩沢 愿彦(いわさわ よしひこ、1921年 - )は、日本の… 岩沢 愿彦(いわさわ よしひこ、1921年 - )は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所教授を経て、東京大学名誉教授。 國學院大學史学科卒。1948年東京大学史料編纂所勤務、62年助手、70年助教授、73年教授、82年定年退官、名誉教授、日本大学文理学部教授。神奈川県川崎市に居住した。 高柳光壽、桑田忠親、奥野高廣らと共に、昭和初期に活躍した國學院大學系の歴史学者である。特に奥野高廣と共同校注した『信長公記』(角川文庫・1969年)は現在でも広く利用されている。また織田信長、豊臣秀吉期の史料研究を展開し、「山城・近江における豊臣氏の蔵入地について」(『歴史学研究』288号、1964年)、「石田三成の近江佐和山領有」(高柳光寿博士頌寿記念会編『戦乱と人物』吉川弘文館、1968年)、「本能寺の変拾遺-『日々記』所収天正十年夏記について」(『歴史地理』 91巻4号、 1968年)などの重要な論文を発表し、戦国史解明に貢献した。
筑紫 申真(つくし のぶざね、1920年(大正9年)3月28… 筑紫 申真(つくし のぶざね、1920年(大正9年)3月28日 - 1973年(昭和48年)1月9日)は、在野の神話学者、歴史学者、民俗学者。 1920年(大正9年)、広島県に生まれる。広島県三原市の沼田神社社家で沼田国造家を称する筑紫家に連なる家系であったため、筑紫家の養子となる。実父は侍従武官も務めた陸軍中将坪島文雄。國學院大學を卒業し、第59代沼田国造として沼田神社の神職を務めながら、郷里の中学校の教師ともなる。戦中は応召し、戦後は広島県内の中学・高校教師を歴任。1952年6月に転任した三重県立亀山高等学校を振り出しに、三重県立鳥羽高等学校・三重県立志摩高等学校・三重県立上野高等学校・鳥羽・三重県立四日市高等学校・三重県立明野高等学校の各高校へと転任した。
杉山 博(すぎやま ひろし、1918年8月4日 - 1988… 杉山 博(すぎやま ひろし、1918年8月4日 - 1988年10月20日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本中世史。 神奈川県小田原市出身。國學院大學文学部で高柳光寿、渡辺世祐の指導を受け日本中世史を学び、1941年に卒業。卒業論文は「中世末期に於ける夫役に就て」。その後、兵役につき、戦後、1946年國學院大學図書館司書、翌1947年から東京大学史料編纂所に勤務し、1966年に助教授、1972年4月から1976年4月まで教授。1976年から駒澤大学文学部教授。 地方史研究協議会の創立にも加わっており、史料・文書や自治体史の編修に尽力した。
菊池 武雄(きくち たけお、1917年8月11日 – 197… 菊池 武雄(きくち たけお、1917年8月11日 – 1974年10月24日 )は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。 東京都出身。1938年に國學院大學に入学し、1939年度には西岡虎之助が担当した科目「国史学」を履修。1941年3月に卒業。卒業論文は「吉野朝時代公家社会世相と洞院公賢」。同年6月東京帝国大学史料編纂所に入所。その後、兵役に就き、シベリア抑留を経て、1947年11月復員。1948年1月に史料編纂所に復帰し、1956年に助手、1968年に助教授、1974年に教授となる。古文書部に属し、東大寺文書の編纂を担当した。 1953年発表の論文『戦国大名の権力構造-遠州蒲御厨を中心として-』は、永原慶二によって「戦後新たに出発した戦国大名研究の起点に位置付けられる労作」と評価されている。
岡田 一男(おかだ かずお、1915年3月31日 - 200… 岡田 一男(おかだ かずお、1915年3月31日 - 2009年3月7日)は、日本の歴史学者。日本文化大学名誉教授。宮本武蔵の研究家として関連著書がある。茨城県出身。剣道教士。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 敬三(すずき けいぞう、1913年(大正2年)11月1… 鈴木 敬三(すずき けいぞう、1913年(大正2年)11月19日 -1992年(平成4年)7月28日)は、日本の歴史学者。國學院大學名誉教授。専門は風俗史・有職故実学。 東京市浅草区神吉町(現在の台東区東上野)出身。本姓は加賀で、誕生とともに父の生家の養子となる。1938年に國學院大學国史学科を卒業し、1942年から宮内庁図書寮勤務。1946年に退官。國學院高等学校教諭を経て、1951年から國學院大學文学部講師、1960年同助教授、1965年同教授。1984年に定年退職して名誉教授となるまでに、國學院高等学校副校長などを務める。78歳で没し、墓は谷中霊園にある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
永島 福太郎(ながしま ふくたろう、1912年12月22日 … 永島 福太郎(ながしま ふくたろう、1912年12月22日 - 2008年8月19日)は、日本の歴史学者。関西学院大学名誉教授。
栗原 健(くりはら けん、1911年 - 2005年12月2… 栗原 健(くりはら けん、1911年 - 2005年12月2日)は、日本のアーキビスト・歴史学者。文学博士。専門は、外交史・日本近代史。 1934年、國學院大學国史科を卒業。1935年、外務事務官として外務省に入省する。 文書課に配属され、外交文書や電報類の整理に従事して以来、『日本外交文書』・『終戦史録』(1952年)・『日本外交年表並主要文書 1840-1945』(1955年)・『外務省の百年』上・下(1969年)の編纂や外交史料館の立ち上げ(1971年開館)に尽力した。 外務省退官後も『日本外交文書』編纂委員・顧問、また日本国際政治学会名誉理事として後進の指導に当たった。また、外交文書の閲覧のために来訪する海外の研究者に対しても、懇切丁寧に対応してその研究を支援し続けた。
李家 正文(りのいえ まさふみ、1909年7月17日- 19… 李家 正文(りのいえ まさふみ、1909年7月17日- 1998年7月4日)は、日本の歴史学者。朝日新聞社東京本社日本古典全書編集長。 1909年、山口県で少輔五郎の長男として生まれた。國學院大學国文科で学び、1933年に卒業。 卒業後は、広島女学院専門学校の講師を務めた後、朝日新聞社に入社して映画局長、出版局長、朝日学生新聞社社長などを歴任した。便所の歴史の研究で知られたがほかに広く日本・東アジア史に関する著書多数がある。宗教は曹洞宗。
竹内 利美(たけうち としみ、1909年2月2日 - 200… 竹内 利美(たけうち としみ、1909年2月2日 - 2001年)は、日本の民俗学者、歴史学者。東北大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。1944年國學院大學文学部国史学科卒業。日本の村落の実地調査研究を続け、社会学的見地に立って理論化を目指した。 1929年長野県上伊那郡川島村小学校、同本郷小学校で教諭となり、1940年日本常民文化研究所に勤務、1944年中央水産業会職員、1948年連合軍総司令部民間情報教育局世論及社会調査部顧問などを経て、1951年東北大学教育学部講師、1952年助教授、1954年教授。1972年定年退官、名誉教授、同年東北福祉大学教授、1983年退官。 1962年「日本村落構造の研究」により東洋大学から文学博士の学位を授与される。
藤井 貞文(ふじい さだふみ、1906年7月4日 - 199… 藤井 貞文(ふじい さだふみ、1906年7月4日 - 1994年6月12日)は、日本の歴史学者。國學院大學名誉教授。専門は、近世から近代に至る日本思想史。 山口県下関市の神職の家に生れた。1924年に旧制唐津中学校を卒業。國學院大學に進学し、折口信夫の門下で学んだ。1929年に国史学科卒業。 卒業後は維新史料編纂事務局編纂事務嘱託に採用された。維新史料編纂官補として勤務し、1938年から維新史料編纂官。しかし、1942年の官制廃止にともない退職。1943年からジャカルタ医科大学教授となるが、敗戦により帰国。 復員後は、1946年から帝国図書館・国立国会図書館に勤務。1951年、学位論文『明治初世に於ける国学の展開』を國學院大學に提出して文学博士号を取得。
奥野 高廣(おくの たかひろ、1904年8月21日 - 20… 奥野 高廣(おくの たかひろ、1904年8月21日 - 2000年5月5日)は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所助教授。学位は、文学博士。現在[いつ?]でも織田信長研究の権威と評されている。 兵庫県洲本市生まれ。1928年(昭和3年)に國學院大學を卒業後、東京帝国大学史料編纂掛に勤務、『大日本史料』第2・9・10編や『史料綜覧』の編修に携わる。1941年(昭和16年)に東京帝国大学史料編纂官補、1954年(昭和29年)に東京大学史料編纂所助教授に就任。引き続き『大日本史料』第10・11・12編の編修にあたった。この間、1945年(昭和20年)6月12日には、『皇室御経済史の研究』が評価されて帝国学士院より恩賜賞を受賞。
桑田 忠親(くわた ただちか、1902年11月21日 - 1… 桑田 忠親(くわた ただちか、1902年11月21日 - 1987年5月5日)は、日本の歴史学者。國學院大學名誉教授。勲三等瑞宝章受章。 1902年、東京市麹町区で生まれた。國學院大學国文学科に学び、卒業論文『明治時代の小説に表われた自然主義の研究』をまとめ、1926年卒業。1927年より東京帝国大学史料編纂所に勤務し、1945年に退官。この間、1942年に國學院大學講師に就任した。 埼玉県立川越高等女学校教諭を経て、1946年に母校の國學院大學文学部教授に就いた。戦国時代史を研究テーマとし、千利休などの茶人を研究。1952年、学位論文『茶道の大成』で國學院大學より文学博士の学位を取得。1973年に國學院大學を定年退職し、以降は客員教授として教鞭を執った。
高柳 光寿(たかやなぎ みつとし、1892年3月11日 - … 高柳 光寿(たかやなぎ みつとし、1892年3月11日 - 1969年12月1日)は、日本の歴史学者。高柳 光壽とも。自身で「髙柳」と署名しているものもある。國學院大學教授。大正大学教授。静岡県出身。専門は日本中世史、特に戦国時代史。足利尊氏研究、戦国史研究の権威。 静岡県敷知郡浜松町(現在の浜松市)に神主高柳喜一郎の長男として生まれる。1914年、國學院大學国史科を優等の成績で卒業。1916年に東京帝国大学史料編纂所に勤務、1926年には史料編纂官となって、『大日本史料』安土桃山時代の編纂を担当。また、1921年から1944年まで國學院大學教授を、1947年から1969年まで大正大学教授を兼任。