スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
馬渕 明子(まぶち あきこ、1947年6月18日 - )は、… 馬渕 明子(まぶち あきこ、1947年6月18日 - )は、日本の美術史家、日本女子大学名誉教授。前・国立西洋美術館館長。 神奈川県茅ヶ崎市生まれ。1958年東京教育大学附属小学校(現・筑波大学附属小学校)卒、1964年東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒、1972年東京大学教養学部フランス科卒、1978年同大学院人文科学研究科美術史博士課程満期退学。この間、パリ第4大学に留学。東京大学文学部助手、国立西洋美術館学芸課主任研究官、青山学院女子短期大学助教授、日本女子大学助教授、同教授を経て、同名誉教授。 1993年『美のヤヌス』でサントリー学芸賞受賞。1998年『ジャポニスム 幻想の日本』でジャポニスム学会賞受賞、同学会会長。
戸波 江二(となみ こうじ、1947年4月9日 - )は、日… 戸波 江二(となみ こうじ、1947年4月9日 - )は、日本の法学者。早稲田大学法学学術院教授。専攻は憲法、教育法。元司法試験第二次試験考査委員(2004年まで)。違憲審査制を中心に研究している。
石 和久(いし かずひさ、1947年- )は、日本の医師・臨… 石 和久(いし かずひさ、1947年- )は、日本の医師・臨床検査医学者。学位は、医学博士。順天堂大学名誉教授。専門は病理学。 東京都出身。順天堂大学院病態解析学教授、東京歯科大学客員教授、日本臨床検査医学会理事(専門医)、日本病理学会評議員(病理専門医)、日本細胞診専門医兼任臨床細胞学評議員編集委員、日本性感染症学会評議員、東京医学技術専門学校校長 (名誉校長) 、同専門学校学長[4]、順天堂大学同窓会理事等を歴任している。 日本の医学者で1941年東京帝国大学医学部卒で順天堂大学医学部名誉教授の細菌学、臨床検査学が専門の小酒井望に産婦人科から転向後、師事を受けていた。また、同様に東京帝国大学医学部卒で順天堂大学医学部名誉教授の小児外科の開祖の駿河敬次郎等、学生時代からも医師免許取得後も指示を受けていた。
池上 千寿子(いけがみ ちずこ、1946年11月21日 - … 池上 千寿子(いけがみ ちずこ、1946年11月21日 - )は、日本の女性史家、性科学者、文筆家、翻訳家。 北海道生まれ。1965年に東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業。1969年東京大学教養学部教養学科アメリカ科卒業。 育児雑誌編集長、1972年『アメリカ女性解放史』を刊行、1982年ハワイ大学環太平洋性・社会研究所研究員、『シングル・マザー』を刊行し、この言葉を広めた。 フェミニスト的な著書などを刊行したのち、1992年「HIVと人権・情報センター」東京支部代表、東京都エイズ専門家会議委員。 1994年エイズ予防啓発団体「ぷれいす東京」代表(のちNPO)、日本性教育協会理事、2000年厚生労働省エイズ対策研究事業主任研究者、慶應義塾大学非常勤講師、厚生科学審議会感染症分科会エイズ専門委員、厚生労働省エイズ発生動向調査委員会委員。
石上 英一(いしがみ えいいち、1946年10月 - )は、… 石上 英一(いしがみ えいいち、1946年10月 - )は、日本古代史学者、東京大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1965年 東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業、1970年 東京大学文学部国史学科卒業、1974年 同大学院博士課程中退、1975年史料編纂所助手、1985年助教授、1992年教授。1999年-2001年所長、2003-05年再度所長、2008年 情報学環教授、2010年 定年退職、名誉教授。 1998年 「日本古代史科学」で東大文学博士、『古代荘園史料の基礎的研究』で角川源義賞受賞。2008年 人間文化研究機構非常勤理事、朝日新聞書評委員、2010年 人間文化研究機構非常勤理事再任。
山口 一男(やまぐち かずお、1946年8月6日 - )は、… 山口 一男(やまぐち かずお、1946年8月6日 - )は、日本の社会学者。シカゴ大学ハンナ・ホルボーン・グレイ記念特別社会学教授。Ph.D.(シカゴ大学、1981年)。
広瀬 修子(ひろせ しゅうこ、1944年12月3日 - )は… 広瀬 修子(ひろせ しゅうこ、1944年12月3日 - )は、跡見学園女子大学文学部コミュニケーション文化学科教授、有限責任事業組合ことばの杜共同発起人。元NHKのアナウンサー。夫は東京女子大学教授の広瀬弘忠。
梅澤 喜夫(うめざわ よしお、1944年6月5日 - )は、… 梅澤 喜夫(うめざわ よしお、1944年6月5日 - )は、日本の化学者。東京大学名誉教授、武蔵野大学客員教授。理学博士。 専門は分析化学、電気化学。主に、生きた細胞内における情報伝達の分子過程を可視化計測する技術の開発・研究を行っている。
谷内 達(たにうち とおる、1944年(昭和19年)5月11… 谷内 達(たにうち とおる、1944年(昭和19年)5月11日 - )は、日本の地理学者、東京大学名誉教授、帝京大学教授。
小玉 美意子(こだま みいこ、1942年12月13日 - 2… 小玉 美意子(こだま みいこ、1942年12月13日 - 2025年7月11日)は、日本の社会学者。専攻はテレビ・ジャーナリズム論、ジェンダーとメディア論。元フジテレビアナウンサーで武蔵大学名誉教授。テレビ番組評価サイト「QUAE」主宰。福島県しゃくなげ大使。 東京都生まれ。東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)、お茶の水女子大学卒業後、フジテレビにアナウンサーとして入社。フジテレビでは6年間アナウンサーを務めるも「女子アナウンサー定年制」により退社を余儀なくされる。退社後、アメリカ合衆国に留学。帰国後、お茶の水女子大大学院人間文化研究科に入学し、満期退学の後に福島女子短期大学、江戸川大学を経て、1995年より武蔵大学社会学部教授。
宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日… 宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日本の経済学者、東京大学名誉教授、早稲田大学特任教授。
高嶋 伸欣(たかしま のぶよし、1942年(昭和17年) -… 高嶋 伸欣(たかしま のぶよし、1942年(昭和17年) - )は、日本の地理学者。歴史研究家。琉球大学名誉教授。 1942年(昭和17年)、東京に生まれる。1964年(昭和39年)、東京教育大学文学部卒業。1968年(昭和43年)、同大学院文学研究科地理学専攻修士課程修了。大学院では家永三郎らに師事した。1968年(昭和43年)4月より東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)社会科教員に着任。 この間、日本の近現代史に関する教材研究をきっかけとして、1975年(昭和50年)より主に日本教職員組合の組合員教師を対象とした東南アジアの近代史をたずねる「マレー半島戦争追体験の旅」などを主宰した。
島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は… 島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は、地震学者(地球物理学者、地球科学者)、日本文藝家協会会員、評論家、エッセイスト。父は島村喜久治。母は島村千枝子。大叔母は吉行あぐり(千枝子の母の妹)。 2004年以来、現在まで武蔵野学院大学特任教授。また、CCSS(制御震源地震学国際委員会=地球内部構造を研究するための人工地震の国際学会)の委員長を1983-1989年に務めた。なお、現在に至るまで、日本人としてはただ一人の委員長である[要出典]。 1960年代の大学院生当時、プレート・テクトニクスの黎明期でプレートが生まれるところ(海嶺)も、消えるところ(海溝)も海底にあることが分かり、プレートの動きをいちばん精密に現場で知ることが出来る海底地震計を開発することを、指導教官だった浅田敏らと開始した。
岩崎 洋一(いわさき よういち、1941年9月12日 - )… 岩崎 洋一(いわさき よういち、1941年9月12日 - )は日本の物理学者。専門は素粒子物理学。専用並列計算機QCDPAX(英語版)、CP-PACSの開発を主導した[4]。
鈴木 基之(すずき もとゆき、1941年(昭和16年)2月7… 鈴木 基之(すずき もとゆき、1941年(昭和16年)2月7日 - )は、日本の工学者(工学博士)。東京大学名誉教授。
松本 元(まつもと げん、1940年11月24日 - 200… 松本 元(まつもと げん、1940年11月24日 - 2003年3月9日)は日本の脳科学者。神経細胞が巨大で観察しやすいヤリイカの人工飼育法の開発、神経細胞の研究、脳型コンピュータの開発を手掛けた。
藤田 宙靖(ふじた ときやす、1940年(昭和15年)4月6… 藤田 宙靖(ふじた ときやす、1940年(昭和15年)4月6日 - )は、日本の法学者。元最高裁判所判事(2002年9月30日 - 2010年4月5日)。東北大学名誉教授、日本学士院会員。皇室会議議員。専門は行政法。法学博士(東京大学、1981年)。国立大学独立行政法人化の議論を深めた人物。東京都出身。
高橋 伸夫(たかはし のぶお、1939年(昭和14年)9月2… 高橋 伸夫(たかはし のぶお、1939年(昭和14年)9月29日 - 2013年(平成25年)7月14日)は、日本の地理学者、筑波大学名誉教授。東京都台東区出身。人文地理学、とくに都市地理学に関する研究を行うとともに、学習参考者や一般向けの書籍も執筆、編集した。また、オリヴィエ・ドルフュス『地理空間』(山本正三との共訳)など、フランス地理学の日本への紹介も行った。
高橋 伸夫(たかはし のぶお、1939年(昭和14年)9月2… 高橋 伸夫(たかはし のぶお、1939年(昭和14年)9月29日 - 2013年(平成25年)7月14日)は、日本の地理学者、筑波大学名誉教授。東京都台東区出身。人文地理学、とくに都市地理学に関する研究を行うとともに、学習参考者や一般向けの書籍も執筆、編集した。また、オリヴィエ・ドルフュス『地理空間』(山本正三との共訳)など、フランス地理学の日本への紹介も行った。 1952年(昭和27年)に東京教育大学附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、1958年(昭和33年)に東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。 1960年(昭和35年)4月に東京教育大学理学部へ入学、青野壽郎の薫陶を受け1964年(昭和39年)3月に同地理学専攻を卒業、母校の東京教育大学附属高等学校教諭となる。
金森 博雄(かなもり ひろお、1936年10月17日 - )… 金森 博雄(かなもり ひろお、1936年10月17日 - )は、日本の地震学者・地球科学者。カリフォルニア工科大学名誉教授、東京大学理学博士。父は第1次吉田内閣の憲法担当国務大臣、国立国会図書館初代館長の金森徳次郎、兄は経済評論家の金森久雄。 地震発生の物理や、地震を引き起こすテクトニクスを専門としている。 1960年代以前に環太平洋地域で発生した複数の巨大地震の地震波を解析し、それらがプレートの沈み込みに起因することを実証した。また地震の各種パラメータが地震の大きさに応じてどう変化するかをまとめると共に、地震の大きさを表す手法を改良し1977年にモーメント・マグニチュードを考案した。津波の規模の研究を行い、地震の規模と対比して津波の規模が特異的に大きな地震を1972年に津波地震と定義した。
稲本 洋之助(いなもと ようのすけ、1935年 - 2018… 稲本 洋之助(いなもと ようのすけ、1935年 - 2018年6月1日)は、日本の法学者。専門は民法。野田良之門下。東京大学名誉教授。弁護士。東京生まれ。 学部生時代のゼミの指導教官は稲本が所属していたセツルメント法相部の指導教授でもあった来栖三郎。来栖は社会科学研究所への進路を稲本に勧めはしなかったが、セツルメントにおいて漁業権と関連した難題が生じた際、渡辺洋三・潮見俊隆といった当時の社会科学研究所所属の高名な学者を紹介することで、社会科学研究所助手採用の道筋をつける役割を果たした。 法社会学者の立場から平成4年の借地借家法改正に伴う定期借地権制度の創設・理論のベースを構築し、定期借地権推進協議会の名誉会長を務めた。
大久保 治男(おおくぼ はるお、1934年〈昭和9年〉5月9… 大久保 治男(おおくぼ はるお、1934年〈昭和9年〉5月9日 - )は、日本の法制史学者。井伊氏および彦根藩の研究者。駒澤大学名誉教授・武蔵野学院大学名誉学長。 1934年に東京都、小石川に生まれる。1947年に東京高等師範学校附属国民学校(現・筑波大学附属小学校)を卒業。その後1953年には東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業する。1954年、学習院大学政経学部中退。1958年、中央大学法学部を卒業。1960年、中央大学大学院法学研究科修了。1962年、東京大学教育学部研究生を経て東京大学法学部研究員となる。 その他、上智大学、中央大学、創価大学、帝京大学、川村学園女子大学、国士舘大学、山梨学院大学、山梨大学、武蔵野短期大学等で非常勤講師を兼任した。
佐藤 欣子(さとう きんこ、1934年4月26日 - 200… 佐藤 欣子(さとう きんこ、1934年4月26日 - 2008年12月24日)は、日本の弁護士、法学者、評論家、秀明大学元教授。東京生まれ。旧姓斎藤。夫は政治学者の佐藤誠三郎、息子は評論家の佐藤健志。 父駒之助は郵政省に勤め、杉並郵便局長、鶴見郵便局長などを務めた。1948年母ツネ子が死去。欣子は、 東京地方検察庁、横浜地方検察庁を経て東京高等検察庁勤務。ハーバード大学研究員、国連アジア犯罪防止研修所次長、内閣総理大臣官房参事官、1981年退官し弁護士となる。
久城 育夫(くしろ いくお、1934年<昭和9年> 3月30… 久城 育夫(くしろ いくお、1934年<昭和9年> 3月30日 - )は、日本の地球科学者。専門は岩石学。学位は、理学博士(東京大学・1962年)(学位論文「Petrology of Atumi dolerite(温海粗粒玄武岩の岩石学的研究)」)。日本人で唯一のウォラストン・メダルの受賞者。東京大学名誉教授。日本学士院会員。勲等は瑞宝重光章。 東京大学理学部助教授、カーネギー研究所地球物理研究所所員、東京大学理学部教授、東京大学理学部学部長、東京大学副学長、岡山大学教授、岡山大学地球内部研究センターセンター長、海洋科学技術センター固体地球統合フロンティア研究システムシステム長などを歴任した。 大阪府出身。
徳山 明(とくやま あきら、1933年〈昭和8年〉 - )は… 徳山 明(とくやま あきら、1933年〈昭和8年〉 - )は、元・富士常葉大学学長、静岡大学及び兵庫教育大学名誉教授。日本の地質学者。理学博士(東京大学)。東京都出身。
佐藤 方哉(さとう まさや、1932年10月27日 - 20… 佐藤 方哉(さとう まさや、1932年10月27日 - 2010年8月23日)は、日本の心理学者。専門は行動分析学。文学博士。慶應義塾大学名誉教授。行動分析学の第一人者と評される。 佐藤春夫と谷崎潤一郎の元妻・千代の長男として、東京府東京市小石川区関口台町(現・東京都文京区)に生まれる。谷崎が名づけ親となった。 1945年、東京高師附属国民学校卒業。1952年、東京教育大学附属中・高を卒業後、慶應義塾大学医学部予科に入学。その後、慶應義塾大学文学部哲学科心理学専攻に転部し、1957年に卒業。同年、慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻に進学。1962年、同博士課程単位取得満期退学、慶應義塾大学文学部助手となる。
麻生 誠(あそう まこと、1932年3月30日 - 2017… 麻生 誠(あそう まこと、1932年3月30日 - 2017年4月24日)は、日本の教育社会学者。大阪大学名誉教授、放送大学名誉教授。 東京生まれ。東京教育大学附属高等学校卒業、東京大学教養学部文科二類に入学し、東京大学教育学部卒業。卒業後、東京大学人文科学研究科大学院教育研究科教育社会学専攻(修士課程)修了。同大学院博士課程満期退学。日本育英会専門員を経て、東京学芸大学学芸学部(教育学部)専任講師、助教授。1974年、大阪大学人間科学部助教授、1980年教授。1995年、定年退官、名誉教授。以後は、放送大学教授、副学長、名誉教授、東京女学館理事長、東京女学館大学学長を歴任した。2017年4月24日、死去。
川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は… 川西 進(かわにし すすむ、1931年10月24日 - )は、日本の英文学者、東京大学名誉教授。
坂口 昂吉(さかぐち こうきち、1931年7月8日 - 20… 坂口 昂吉(さかぐち こうきち、1931年7月8日 - 2021年4月6日)は、日本の西洋史学者。学位は博士(史学)(慶應義塾大学・2000年)。慶應義塾大学名誉教授。
三浦 公亮(みうら こうりょう、1930年2月23日 - )… 三浦 公亮(みうら こうりょう、1930年2月23日 - )は、日本の航空宇宙工学者。専門は宇宙構造物の設計。東京大学名誉教授。東京大学宇宙航空研究所助教授、文部省宇宙科学研究所教授を歴任。
本間 長世(ほんま ながよ、1929年7月5日 - 2012… 本間 長世(ほんま ながよ、1929年7月5日 - 2012年9月15日)は、日本の政治学者・思想史家で、東京大学教養学部名誉教授。専門は、政治文化論、アメリカ思想史。文化功労者。
正井 泰夫(まさい やすお、1929年(昭和4年) - 20… 正井 泰夫(まさい やすお、1929年(昭和4年) - 2012年(平成24年)11月20日)は、日本の地理学者、立正大学名誉教授。
蝋山 道雄(ろうやま みちお、1928年8月11日 - 20… 蝋山 道雄(ろうやま みちお、1928年8月11日 - 2009年10月18日)は、日本の国際政治学者、上智大学名誉教授。
山本 正三(やまもと しょうぞう、1928年〈昭和3年〉1月… 山本 正三(やまもと しょうぞう、1928年〈昭和3年〉1月3日 - 2025年〈令和7年〉1月6日)は、日本の地理学者。位階勲等は従四位瑞宝中綬章。 筑波大学名誉教授。筑波大学自然学類長、筑波大学附属高等学校長、第27代日本地理学会会長等を歴任した。学位は理学博士(東京教育大学・1961年)。 静岡市生まれ。1945年(昭和20年)静岡県立静岡中学校卒業。1948年(昭和23年)東京高等師範学校文科4部3年修了。1951年(昭和26年)東京文理科大学地学科地理学専攻卒業。1951年(昭和26年)4月、静岡県立静岡城内高校教諭。1952年(昭和27年)3月、同校教諭退職。1955年(昭和30年)東京文理科大学(研究奨学生)前期修了。
坂本 義和 (さかもと よしかず、1927年9月16日 - … 坂本 義和 (さかもと よしかず、1927年9月16日 - 2014年10月2日)は、日本の政治学者。専門は、国際政治学・平和学。東京大学名誉教授。国際基督教大学平和研究所顧問。戦後の進歩的文化人を代表する人物の一人であり、学問的活動とともに、論壇で発言し続けた。父は東亜同文書院教授の坂本義孝。 米国ロサンゼルスで義孝・太代子の第二子として生まれた。生後間もなく上海に移り、小学3年まで同地ですごした後、日本(鎌倉・東京)に定住することになった。 1945年3月に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。旧制第一高等学校を経て、1948年 東京大学に入学し、演習は丸山真男ゼミであった。
槌田 満文(つちだ みつふみ、1926年12月3日 - 20… 槌田 満文(つちだ みつふみ、1926年12月3日 - 2011年5月31日)は、ジャーナリスト、日本近代文学の研究者、武蔵野大学名誉教授。
桐敷 眞次郎(きりしき しんじろう、1926年8月31日 -… 桐敷 眞次郎(きりしき しんじろう、1926年8月31日 - 2017年12月7日)は、日本の建築史家・建築評論家。東京都立大学名誉教授、工学博士。東京府東京市神田区東神田生まれ。 敗戦後の混乱のなか、一年上級の飯田喜四郎、堀内清治の二先輩とともに西洋建築史研究を志す。当時は海外渡航が不可能であったため、旧敵国の留学生制度を利用し、飯田がフランス(1953-56)へ、桐敷がイギリス(1955-57)へ渡航、次いで堀内が東大イラン・イラク発掘調査隊(1953-56)に参加。当時から、ごく自然に堀内が古代、飯田が中世、桐敷が近世・近代を分担し、研究や出版に万事協力し合う態勢をつくる。
星野 英一(ほしの えいいち、1926年7月8日 - 201… 星野 英一(ほしの えいいち、1926年7月8日 - 2012年9月27日)は、日本の法学者。専門は民法。東京大学名誉教授。日本学士院会員、文化功労者。
大野 公男(おおの きみお、1926年(大正15年)6月4日… 大野 公男(おおの きみお、1926年(大正15年)6月4日‐ 2017年(平成29年)7月24日)は、日本の化学者。学位は、理学博士(東京大学)。北海道大学名誉教授・北海道情報大学名誉学長。2004年瑞宝中綬章受章。東京都出身。 父の大野龍太は元大蔵次官、弟の大野正男は弁護士で元最高裁判事、長男の大野英男は物理学者で東北大学総長。 専門は量子化学。原子分子の波動関数などの非経験的計算。 『北海道人物・人材リスト 2004 あ-お』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年)p390を参照
森 亘(もり わたる、1926年1月10日 - 2012年4… 森 亘(もり わたる、1926年1月10日 - 2012年4月1日)は、日本の病理学者、東京大学名誉教授・元総長。元国立大学協会会長。元日本医学会会長。医学博士(1957年)。東京生まれ。2012年4月1日、肺炎のために、東京大学附属病院で死去。86歳没。叙従三位
穂積 重行(ほづみ しげゆき、1921年12月11日 - 2… 穂積 重行(ほづみ しげゆき、1921年12月11日 - 2014年11月3日)は、日本の西洋史学者。
山崎 升(やまざき のぼる、1921年(大正10年)3月31… 山崎 升(やまざき のぼる、1921年(大正10年)3月31日 - )は日本の化学者(高分子工学)。工学博士。東京工業大学名誉教授。東京市赤坂区青山北町(現東京都港区北青山)で誕生。名前の英文表記: Noboru Yamazaki
村山 雅美(むらやま まさよし、1918年3月28日 - 2… 村山 雅美(むらやま まさよし、1918年3月28日 - 2006年11月5日)は、元南極観測隊隊長で国立極地研究所名誉教授。
石川 馨(いしかわ かおる、1915年 <大正4年> 7月1… 石川 馨(いしかわ かおる、1915年 <大正4年> 7月13日 - 1989年 <平成元年> 4月16日)は、日本の化学工学者。工学博士。東京大学名誉教授、東京理科大学教授、武蔵工業大学(現東京都市大学)元学長。位階は正四位。旧経済団体連合会(現日本経済団体連合会)初代会長の石川一郎は父。鹿島建設会長、日本商工会議所会頭の石川六郎は弟。 東京都出身。1928年に東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、1933年に同附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。附属中の同級生には、中村光夫(文芸評論家)、島田秀夫(日本サッカー協会名誉会長)、小川平四郎(初代駐中国大使)などがいる。
中村 元(なかむら はじめ、1912年(大正元年)11月28… 中村 元(なかむら はじめ、1912年(大正元年)11月28日 - 1999年(平成11年)10月10日)は、日本のインド哲学者、仏教学者、比較思想学者。東京大学名誉教授、日本学士院会員。勲一等瑞宝章、文化勲章、紫綬褒章受章。 1912年 (大正元年) 11月28日、島根県松江市殿町にて生まれる。元年生まれだったことから、元と名付けられた。 1925年 (大正14年)、東京市立誠之小学校(現・文京区立誠之小学校)を卒業。1930年 (昭和5年)、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を腎臓病により1年間休学後、4年で修了。1933年 (昭和8年)旧制第一高等学校を卒業。在学中、須藤新吉と亀井高孝から学問の基本を学び、ブルーノ・ペツォルトから仏教の話を聞く。
澤柳 大五郎(沢柳 大五郎、さわやなぎ だいごろう、1911… 澤柳 大五郎(沢柳 大五郎、さわやなぎ だいごろう、1911年8月23日 - 1995年11月3日)は、日本の美術史家。東京教育大学名誉教授。 東京生まれ。父は明治・大正期の教育官僚、教育者の澤柳政太郎。 西洋美術研究を開拓した児島喜久雄(東北帝国大学・東京帝国大学教授)の弟子の一人で後継者。 木下杢太郎(太田正雄)の研究・著作画集の編集を行った。新書などを除き歴史的仮名遣いで著訳書を刊行した。 弟子・同僚らによる『アガルマ 澤柳先生古稀記念美術史論文集』(同編集委員会編、同朋舎出版、1982年)がある。 (古田光、藤田健治、木田献一、屋形禎亮、澤柳大五郎、廣川洋一、中野幸次、秀村欣二、兼岩正夫、清水富雄、裾分一弘、下村寅太郎、西沢龍生、永井博による共編著) (澤柳大五郎、関根正雄、村治能就、浅野順一、中野幸次、秀村欣二、兼岩正夫、清水富雄、渡辺金一、下村寅太郎、西沢龍生、藤田健治、永井博による共編著)
宇野 精一(うの せいいち、1910年〈明治43年〉12月5… 宇野 精一(うの せいいち、1910年〈明治43年〉12月5日 - 2008年〈平成20年〉1月7日)は、日本の儒学者・中国哲学研究者・国語学者。 学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1955年)。東京大学名誉教授。尚絅大学名誉学長。國語問題協議會名誉会長。斯文会理事長、日本中国学会理事長、日本会議顧問、スパイ防止法制定促進国民会議議長、世界平和教授アカデミー常任理事、国際勝共連合代表世話人、全国勝共教授団副会長などを歴任。 1910年(明治43年)、宇野哲人の長男として東京に生まれる。1923年(大正12年)に東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)卒業。1928年(昭和3年)に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。
勝田 守一(かつた しゅいち、1908年11月10日 - 1… 勝田 守一(かつた しゅいち、1908年11月10日 - 1969年7月30日)は、日本の教育学者。 東京市に生まれる。ロシア研究者・横浜国立大学教授の勝田昌二(1911年生[要検証 – ノート])は弟。 1926年、東京高等師範学校附属中学校(現:筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。(宗像誠也とは同級生) 一高を経て、1932年京都帝国大学文学部哲学科卒業。 京大卒業後、松本高等学校 (旧制)教諭、学習院大学教授などを経て、1951年から東京大学教授。日本教職員組合教研集会の講師を、その発足当初から長く務め、教育科学研究会(略称:教科研)の中心メンバーとして活躍、その機関誌『教育』の編集長の任にもあたった。
尾高 邦雄(おだか くにお、1908年10月17日 - 19… 尾高 邦雄(おだか くにお、1908年10月17日 - 1993年9月11日)は、日本の社会学者。東京大学文学部名誉教授。子爵・渋沢栄一の孫にあたる。 1908年、実業家・尾高次郎の五男として東京市根岸に生まれた。1926年に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。附属中の同級生には、勝田守一、宗像誠也(共に「東大教育の3M」)らがいた。第二高等学校を経て、東京帝国大学文学部社会学科に入学。次第にマックス・ウェーバーに関心を持つようになった。1932年に卒業論文『社会学における了解的方法』を提出して卒業。 卒業した同1932年に、母校・東京帝国大学文学部副手に採用された。
宗像 誠也(むなかた せいや、1908年4月9日 - 197… 宗像 誠也(むなかた せいや、1908年4月9日 - 1970年6月22日)は日本の教育学者、東京大学名誉教授。同僚の勝田守一(教育学)、宮原誠一(社会教育学)と並び、「東大教育の3M(スリー・エム)」と称された。