下谷 政弘(しもたに まさひろ、1944年10月26日 - … 下谷 政弘(しもたに まさひろ、1944年10月26日 - 2022年11月14日)は、日本の経済学者。専門は日本経済論・日本経済史・企業組織理論・持株会社論。経済学博士(京都大学)。住友史料館館長、前福井県立大学学長、京都大学名誉教授。 石川県金沢市出身。1963年金沢二水高等学校(第15期)・1968年金沢大学法文学部卒業、1971年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。1976年京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 1974年 大阪経済大学経営学部講師 、1977年 大阪経済大学経営学部助教授、1980年 京都大学経済学部助教授、1980年 経済学博士(京都大学)『日本化学工業史論 : 戦前化学企業の多角的展開についての研究』、1987年 同教授、1997年 京都大学大学院経済学研究科教授、1999年 ~2000年 ハーバード大学招聘教授、2002年 ~2004年 京都大学大学院経済学研究科長・経済学部長、2008年 京都大学定年退職、福井県立大学経済学部教授、2010年 第4代福井県立大学学長(2010.4.1~2016.3.31)。
佐々木 涼子(ささき りょうこ、1944年7月8日 - )は… 佐々木 涼子(ささき りょうこ、1944年7月8日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、舞踊評論家。 東京女子大学名誉教授。専門はマルセル・プルースト、舞踊論。 石川県金沢市生まれ。作家・杉森久英の長女。子ども時代にバレエを習い始め、のち日本舞踊を修める。1967年東京大学仏文科卒、1970年同大学院修士課程修了、博士課程中退。77年には東京女子大学助教授、のち教授。 2007年まで数年間、NHK経営委員を務めた(任期満了で退任)。 2024年4月、瑞宝小綬章を受章
藤田 英典(ふじた ひでのり、1944年5月6日 - )は、… 藤田 英典(ふじた ひでのり、1944年5月6日 - )は、日本の教育学者。第14代都留文科大学学長(2020年 - 2023年)。東京大学名誉教授。共栄大学名誉教授。専門は教育社会学。 東京都生まれ、石川県金沢市育ち。1964年に石川県立金沢泉丘高等学校(椎間板ヘルニアによる入院で1年留年)、1969年に早稲田大学政治経済学部を卒業。大手銀行勤務を経て、1975年に東京大学大学院教育学研究科(教育学専攻)修士課程修了、1978年にスタンフォード大学(教育系大学院)でPh.Dの学位を取得。 1976年度から名古屋大学教育学部助手、1979年度から助教授、1986年度から東京大学教育学部助教授、1992年から教授(2000年 - 2001年度 教育学部長)、2003年から2009年まで国際基督教大学教養学部教育学科教授、2009年立教大学文学部教授を経て、2011年より共栄大学教育学部教授(2011年 - 2014年度 教育学部長、2015年 - 2016年度 副学長)。
北出 武夫(きたで たけお、1944年2月9日 - )は、日… 北出 武夫(きたで たけお、1944年2月9日 - )は、日本の国土交通技官。気象庁長官を務めた。理学博士。 石川県金沢市出身。1966年に京都大学理学部を卒業し、同年に気象庁に入庁。1998年4月に仙台管区気象台長、20年4月に予報部長を経て、2003年4月から2004年4月までに長官を務めた。 2014年4月に瑞宝重光章を受章。
吉田 日出子(よしだ ひでこ、本名:平松日出子、1944年1… 吉田 日出子(よしだ ひでこ、本名:平松日出子、1944年1月7日 - )は、石川県出身の女優。 石川県金沢市生まれ。 日出子の祖父である平松福三郎(弁護士)には11人の子がいて、娘の1人は芥川龍之介の秘書だった平松麻素子。麻素子の弟にあたる日出子の父・豊彦は1928年に東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科を卒業しフランス留学、彫刻家を目指すが徴兵を受け、石川県金沢に駐屯、身重の母親が臨月近くに金沢に来て次女・日出子が生まれる。生後1ヶ月で父は出征、母子は新潟県に疎開した。豊彦は1944年にフィリピン・レイテ島で戦死。1947年、医師だった母は娘二人を連れて東京に戻り、赤羽で医院を開業した。母はその後再婚。
麿 赤兒(まろ あかじ、本名:大森 宏、1943年2月23日… 麿 赤兒(まろ あかじ、本名:大森 宏、1943年2月23日 - )は、日本の俳優、舞踏家、演出家。暗黒舞踏集団・大駱駝艦主宰。所属事務所は同傘下の芸能事務所・キャメルアーツ。 父は海軍大佐の大森潤一(海兵54期卒)。長男は映画監督の大森立嗣、次男は俳優の大森南朋。 石川県金沢市生まれ。父親の潤一は大日本帝国海軍の軍人(中佐)で、第一航空艦隊参謀としてテニアン島に赴任。1944年(昭和19年)7月から始まるテニアンの戦いに参加して、翌8月2日、角田覚治司令長官らと塹壕に設えた司令部にて手榴弾で自決した(死後特進して大佐)。また母親の裕子が夫の戦死をきっかけに精神を病んだため、小学5年生の時に奈良県桜井市三輪山麓に住むおじ夫婦に預けられる。
南部 健一(なんぶ けんいち、1943年2月22日 - )は… 南部 健一(なんぶ けんいち、1943年2月22日 - )は、日本の工学者、東北大学名誉教授、工学博士、100年余学界の難問と云われたボルツマン方程式(Boltzmann equation)の解法を1980年世界で初めて発見した。又、ランダウ・フォッカー・プランク方程式(Landau-Fokker-Planck equation)の解法を世界で初めて63年振りに導いた。研究分野は層流・乱流、希薄気体、プロセスプラズマ。
辻 彰(つじ あきら、1942年8月6日 - 2016年5月… 辻 彰(つじ あきら、1942年8月6日 - 2016年5月18日)は、日本の薬剤学者、金沢大学大学院自然科学研究科薬学系名誉教授。一般社団法人医薬品開発支援機構代表理事。細胞膜における物質輸送担体(トランスポーター)研究の第一人者として国際的に高い評価を得ている。 1942年8月6日、石川県金沢市生まれ。 金沢大学に学び、山名月中に師事した。1966年金沢大学薬学部卒業。1968年金沢大学大学院薬学研究科修士課程修了とともに同大学助手に就任した。1976年に博士号を取得。論文名は 「β-ラクタム環抗生物質の分解反応に関する速度論的研究」。 同年、助教授就任。1980年に金沢大学薬学部教授に就任した。
松井 昌雄(まつい まさお(旧姓:西尾)1942年3月28日… 松井 昌雄(まつい まさお(旧姓:西尾)1942年3月28日 - )は、日本の宗教家、歌手、実業家。石川県金沢市出身。宗教法人瑠璃教会の二代目司教。松井秀喜の実父である。 宗教法人瑠璃教会の二代目司教。二男は元プロ野球選手の松井秀喜であり、メディアにもしばしば登場し、「ゴジパパ」の愛称でも知られる。 また同教会傘下の「オフィスルリ」代表取締役。同社は松井秀喜ベースボールミュージアムの運営及び秀喜のマネジメントを手掛けている。嘗ては同じく同教会傘下の「ルリ・コーポレーション」代表取締役も兼任していたが、こちらは2015年に昌雄の長男(秀喜の兄)である利喜に譲渡している。なお同社は秀喜のグッズ販売を手掛けている。
飛田 秀一(とびた ひでかず、1942年3月18日 - )は… 飛田 秀一(とびた ひでかず、1942年3月18日 - )は、日本の実業家・新聞記者。北國新聞社名誉会長、北陸放送代表取締役会長、石川県金沢市出身。 「飛田王国」と呼ばれるほど石川県政や地元経済への影響力はすさまじいとされる。 飛田が実権を握って以降、新聞の論調が極めて右派・愛郷主義的なものとなり、懇意の森喜朗とその一派寄りの記事・特集企画が増えた。森奥戦争で「森」側についたことで幹部が「奥」側の関係会社(北陸放送など)との関係が一時悪化したが、敵側の失脚、自滅によりその権力を盤石なものとした。飛田はその権勢ぶりから北國以外の地元メディア関係者からさえ金正日を捩った「トビ・ジョンイル」のあだ名でひそかに呼ばれており、ひいては北國新聞そのものが北朝鮮になぞらえて「北」と社内の隠語で呼ばれると伝わる。
林 勇二郎(はやし ゆうじろう、1942年1月17日 - )… 林 勇二郎(はやし ゆうじろう、1942年1月17日 - ) は、日本の工学者。専門は熱工学。工学博士。第9代金沢大学学長。第3代国立高等専門学校機構理事長。第49期日本伝熱学会会長。第20期日本学術会議会員。 石川県金沢市生まれ。金沢大学附属高等学校を経て、1967年東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1970年同博士課程修了、工学博士。 同年金沢大学工学部講師。1971年金沢大学工学部助教授。1981年金沢大学工学部教授。1991年日本機械学会理事、日本混相流学会理事。1995年日本伝熱学会副会長。パデュー大学客員教授等を経て、1997年金沢大学工学部学部長。
小出 義夫(こいで よしお、1942年 - )は、日本の物理… 小出 義夫(こいで よしお、1942年 - )は、日本の物理学者(高エネルギー素粒子理論物理学)。学位は理学博士(広島大学・1970年)。大阪大学大学院理学研究科招聘研究員、静岡県立大学名誉教授。 広島大学理学部教務員、静岡女子大学家政学部助教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学経営情報学部教授、大阪大学大学教育実践センター招聘教授、大阪大学大学院理学研究科招聘教授、京都産業大学益川塾指導教授などを歴任した。 1942年、石川県金沢市にて生まれた。石川県立金沢二水高等学校を経て、金沢大学に入学し、理学部物理学科にて物理学を学んだ。1965年に同大学を卒業すると、広島大学の大学院に進学し、理学研究科にて研究を続けた。
佐藤 克身(さとう かつみ、1941年(昭和16年)1月4日… 佐藤 克身(さとう かつみ、1941年(昭和16年)1月4日 - 2022年(令和4年)6月20日)は、日本の実業家。株式会社福音館書店代表取締役会長。長男の佐藤潤一(1971年(昭和46年)5月11日生)は福音館書店代表取締役社長を務めている。 石川県金沢市出身。1964年(昭和39年)青山学院大学を卒業し、同年福音館書店に入社。同社営業部長を経て、1968年(昭和43年)同社専務、1985年(昭和60年)同社社長に就任。1998年(平成10年)同社会長に就任。2022年(令和4年)6月20日6時、病気療養中のところ死去。 趣味はゴルフ・釣り・読書。
徳本 伸一(とくもと しんいち、1941年 -2019年)は… 徳本 伸一(とくもと しんいち、1941年 -2019年)は、日本の法学者。専門は民法。金沢大学名誉教授。幾代通門下。 石川県金沢市生まれ。1960年 群馬県立渋川高等学校卒業。1964年 東北大学法学部卒業。1965年 東北大学大学院法学研究科修士課程退学。同年東北大学法学部助手。1969年 金沢大学法文学部講師。1972年 金沢大学法文学部助教授。1980年 金沢大学法学部助教授。1982年 金沢大学法学部教授。2007年金沢大学停年退官。同名誉教授。
廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は… 廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は、日本の計算機科学者。金沢大学名誉教授。理学部計算科学科教授、大学院自然科学研究科特任教授を歴任。学位は工学博士。 石川県金沢市出身。1963年に金沢大学理学部を卒業、1966年に金沢大学理学研究科修士課程を修了。1970年金沢工業大学助教授、1973年金沢大学助教授、1985年から金沢大学教授、2006年から金沢大学大学院特任教授。2009年には、「超音波計測による骨密度評価法の開発育成」で文部科学大臣賞を受賞した。2021年瑞宝中綬章受章。
田中 直紀(たなか なおき、1940年〈昭和15年〉6月19… 田中 直紀(たなか なおき、1940年〈昭和15年〉6月19日 - )は、日本の政治家、実業家。越後交通代表取締役会長。 外務政務次官(宇野内閣、第1次海部内閣)、農林水産副大臣(初代)、防衛大臣(第10代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(3期)を歴任した。旧姓は鈴木。父は、内務官僚、自由党衆議院議員であった鈴木直人。妻は越後交通グループ前会長で現相談役である田中眞紀子。 石川県金沢市生まれ。現在は新潟県在住。武蔵高等学校中学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後は日本鋼管(現JFEスチール、JFEエンジニアリング)に入社。1969年に田中角栄元総理の長女・田中眞紀子と結婚して田中家に婿入りし、姓を田中に改める。
小堀 紀久生(こぼり きくお、1940年6月15日 - 20… 小堀 紀久生(こぼり きくお、1940年6月15日 - 2003年11月17日)は、日本の行政官。元人事院事務総長。石川県金沢市出身。 金沢大学法文学部卒業。人事院事務総局給与第三課長、人事院給与局長等を経て、1997年1月16日より人事院事務総長(~1998年12月26日まで)。退官後は社団法人日本人事管理協会理事長を務めたが、2003年11月17日、腎臓癌のため東京都内の病院にて死去。享年63。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
高橋 迪雄(たかはし みちお、1939年5月8日 - )は、… 高橋 迪雄(たかはし みちお、1939年5月8日 - )は、日本の動物生理学者。専門は獣医生理学。金沢市生まれ。
森田 清(もりた きよし、1939年3月29日 - 2020… 森田 清(もりた きよし、1939年3月29日 - 2020年11月8日)は、日本の経営者。石川県金沢市出身。 1957年に学習院大学政経学部経済学科を卒業し、同年に第一製薬に入社。 1991年6月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1999年6月に社長に就任した。2005年9月には三共との合併により発足した第一三共の会長に就任した。日本製薬団体連合会会長、日本ABC協会会長も務めた。 2011年旭日重光章受章。 2020年11月8日、食道がんのために死去。81歳没。
徳沢 愛子(とくざわ あいこ、1939年〈昭和14年〉1月2… 徳沢 愛子(とくざわ あいこ、1939年〈昭和14年〉1月29日 - )は、日本の詩人。石川県出身。 1939年、石川県金沢市生まれ。1947年、金沢泉丘高等学校 卒業。1951年、金沢大学 教育学部 卒業 ※金沢方言詩集:『ほんなら おゆるっしゅ』、『いちくれどき』、『花いちもんめ』金沢方言詩集『金沢方言集』、金沢方言詩集 2『金沢方言集Ⅱ』、金沢方言詩集 3『金沢方言集Ⅲ』※中日新聞社で紹介:https://www.chunichi.co.jp/article/513474 「英霊の名誉を守り顕彰する会」の会長である佐藤和夫の実姉。彼の招きにより宗教研究の例会にて自身の宗教について講演した(2022年10月21日文教シビックホール)講演風景:https://www.nicovideo.jp/watch/sm41272723 https://bungeikan.japanpen.or.j
加藤 宏子(かとう ひろこ、旧姓:辻、1938年11月29日… 加藤 宏子(かとう ひろこ、旧姓:辻、1938年11月29日 - )は、石川県金沢市出身の元体操競技選手。1964年東京オリンピック体操女子団体銅メダリスト。夫は1968年メキシコオリンピック体操団体金メダリストの加藤武司。金沢大学卒業。 藤花高(現金沢龍谷高)でインターハイ個人総合2連覇と活躍。地方で練習環境に恵まれず、指導者も元飛び込みの選手で体操の経験は皆無だった。1956年メルボルンオリンピック最終予選で次点で落選し、初の五輪出場を逃す。代表選手のほとんどが東京を拠点とする中、生まれ育った金沢にこだわり、強化合宿のたびに金沢‐東京間を夜行列車で片道8時間かけて上京した。 都内の大学への進学を目指したが家庭の事情で諦め地元の金沢大に進んだものの、女子体操部員は一人だけで、合宿のたびに上京する生活が続いた。
伊東 章夫(いとう あきお、1937年5月19日 - )は、… 伊東 章夫(いとう あきお、1937年5月19日 - )は、石川県金沢市出身の漫画家、挿絵画家。伊東 あきお名義で貸本漫画を手がけた。 1975年、科学まんがシリーズ『先祖をたずねて億万年』(原作:井尻正二、新日本出版社)で日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
福島 和人(ふくしま かずと、1937年(昭和12年) - … 福島 和人(ふくしま かずと、1937年(昭和12年) - )は、日本の仏教学者(浄土真宗)。石川県金沢市生まれ。1961年金沢大学法文学部史学科卒。1963年大谷大学大学院仏教文化学部修士課程修了。大谷高等学校教諭。大谷専修学院講師、真宗大谷派教学研究所嘱託研究員。
志方 俊之(しかた としゆき、1936年3月30日 - )は… 志方 俊之(しかた としゆき、1936年3月30日 - )は、日本の防衛評論家、帝京大学名誉教授、星槎大学客員教授、元陸上自衛官(最終階級:陸将)。工学博士(京都大学、1968年)。 静岡県浜松市出身。金沢大学附属高等学校、防衛大学校本科(土木工学専攻)を卒業(第2期)。京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)。 岩見沢駐屯地第102施設大隊長(1974年3月16日~1976年3月24日)、アメリカ陸軍戦略大学研究員、在米国大使館防衛駐在官、陸上幕僚監部人事部長、第2師団長、防衛大学校幹事、北部方面総監などの要職を歴任する。北部方面総監在任中の1991年には陸上自衛隊としては初の方面隊規模の災害対処訓練「ビッグレスキュー'91」を統裁した。
浅野 輔(あさの たすく、1936年(昭和11年)2月11日… 浅野 輔(あさの たすく、1936年(昭和11年)2月11日 - 2000年(平成12年)2月29日)は、日本の国際政治学者、ニュースキャスター、翻訳家。JNNニュースコープキャスター、東京国際大学教授、ニューズウィーク日本版初代編集長。
吉川 武彦(きっかわ たけひこ、1935年10月30日 - … 吉川 武彦(きっかわ たけひこ、1935年10月30日 - 2015年3月21日)は、日本の医学者、精神科医。金沢市出身。1961年千葉大学医学部医学科卒。1966年同大学院医学研究科神経精神医学専攻修了(医学博士、論文の題は「ロールシャッハテストによる不安の研究 : 特に不安の顕在化と潜在化をめぐる精神力動について」)。 また、日本泳法委員として日本泳法の普及、発展に尽力。古式泳法の水府流太田派 桐游倶楽部の免許皆伝。 学生時代には安保闘争に参加、1960年6月15日のデモでは国会へ詰めかける。この時、先頭に立っていた樺美智子が倒れ込むところを間近に目撃、混乱のなかから樺美智子を引きずり出して救護所へ運び込んだ。
大根 晃(おおね あきら、1935年7月15日 - )は、石… 大根 晃(おおね あきら、1935年7月15日 - )は、石川県金沢市出身の元プロ野球選手(投手)。 金沢桜丘高校時代は、高校1年からエースで4番だった。高校3年時には1953年春の甲子園に出場(初戦で、浪華商に0-7で大敗)。夏は県大会準決勝・決勝で2試合連続ノーヒットノーラン達成し優勝したが、北陸大会で金沢泉丘高校(その後、本大会に出場)に敗退し、甲子園に行けなかった。この事でプロ入りを決意し、秋に大阪タイガースの入団テストを受けて合格し、入団した。 ルーキーイヤーの1954年7月8日に洋松戦(大阪スタヂアム)で、プロ入り初登板にして初先発。タイガースの選手において、初の石川県出身者として出場を果たした。
西村 恕彦(にしむら ひろひこ、1935年3月15日 - 2… 西村 恕彦(にしむら ひろひこ、1935年3月15日 - 2019年12月23日)は、日本の計算機科学者。機械翻訳や、COBOLをはじめとするプログラミング言語、情報処理に関わる用語、文字コード等の標準化を研究分野とした。 石川県金沢市に生まれる。父は旧制金沢医科大学(現・金沢大学)の医師であった。父の転勤により、富山市に移る。太平洋戦争中の1945年に魚津市にある母方の実家に疎開した。富山市立芝園中学校の1期生となり、校章をデザインする。 東京都立両国高等学校を経て東京大学に進学。1958年に東京大学理学部地質学科を卒業する。卒業後は東京大学文学部心理学科大学院に進み、1961年に修了した(修士号取得)。
安宅 夏夫(あたか なつお、1934年8月29日 - 202… 安宅 夏夫(あたか なつお、1934年8月29日 - 2020年3月23日)は、日本の文筆家。本名、安宅敏雄。 石川県金沢市出身、慶應義塾大学文学部卒業。金沢市で18年間、高校の国語教員として勤務の傍ら短歌や詩の創作を行う。その後上京して文筆家となる。日本現代詩人会、大衆文学研究会会員。 2003年、『「日本百名山」の背景 深田久弥・二つの愛』で尾崎秀樹記念・大衆文学研究賞評論・伝記部門を受賞、2012年、第一回群系賞を野口存彌とともに受賞。 2020年3月23日、肺炎のため死去。85歳没。
吉岡 康暢(よしおか やすのぶ、1934年4月12日 - )… 吉岡 康暢(よしおか やすのぶ、1934年4月12日 - )は、日本の考古学者、文学博士(明治大学)。国立歴史民俗博物館名誉教授・元石川県立歴史博物館館長。 石川県金沢市生まれ。古代~中世にかけての日本海域における土器・陶磁器研究の先駆者である。第5回小山富士夫記念賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
浅香 年木(あさか としき、1934年3月6日 - 1987… 浅香 年木(あさか としき、1934年3月6日 - 1987年4月25日)は、日本の歴史学者。 金沢市生まれ。1956年、金沢大学法文学部卒業。 高校教師を経て、1965年に国立石川工業高等専門学校講師、1971年に助教授、1980年に教授。1987年金沢女子大学教授。 日本古代・中世の手工業史と北陸地域史研究を専門とした。 1979年に「北陸古代史の研究」により、明治大学から文学博士の学位を授与される。
金勢 さき子(かなせ さきこ、1934年(昭和9年)1月20… 金勢 さき子(かなせ さきこ、1934年(昭和9年)1月20日 - 1959年(昭和34年)10月30日)は、日本のモデル。インドネシア初代大統領スカルノの愛人であった。鉄鋼商社である木下商店によってジャカルタに送られた。 インドネシア名は、サリク・マエサロ(Saliku Maesaroh)。 本籍地は石川県金沢市、出身地は東京都世田谷区等々力町。1934年(昭和9年)1月20日、金勢大と静子の間に生まれた。1952年(昭和27年)、都立目黒高校を卒業するとモデル養成所に通った。その間、松竹映画が募集した「ミス明眸」及び「ミス・ジャズ」コンテストで共に2位入賞。その後渋谷の喫茶店ジャズ・コーナーに勤務。
五木 玲子(いつき れいこ、1934年 - )は、日本の医師… 五木 玲子(いつき れいこ、1934年 - )は、日本の医師・版画家。旧姓は岡(おか)。石川県金沢市出身。 父は石川県選出の衆議院議員(のち金沢市長)岡良一。夫は小説家の五木寛之。 金沢大学附属高等学校、早稲田大学文学部、東邦大学医学部卒業。1965年結婚。
松田保(まつだ たもつ、1933年11月1日 - 2016年… 松田保(まつだ たもつ、1933年11月1日 - 2016年9月10日)は、日本の医学者。血液疾患が専門。 石川県金沢市出身。1958年金沢大学医学部卒、1963年同大学院博士課程修了、医学博士。金沢大助手、1972年東京都老人総合研究所、東京都養育院附属病院、1984年金沢大学医学部教授。97年定年退官、名誉教授。 1976年にベルツ賞2等賞を受賞し、またSFが好きで、1991年金沢で行われた日本SFコンベンションで講演し、暗黒星雲賞を受賞。
伊藤 公象(いとう こうしょう、英語: Kosho Ito、… 伊藤 公象(いとう こうしょう、英語: Kosho Ito、本名: 伊藤 一成、1932年1月26日 - 2024年7月6日)は、土を素材とした陶造形で知られる日本の美術家。金沢美術工芸大学名誉客員教授。 1932年石川県金沢市生まれ。1972年より茨城県笠間市を制作の拠点としている。1970年代より国内外の美術館や国際展において作品を発表している。息子はアーティストの伊藤遠平。 1932年に象嵌の名手として知られた彫金家だった伊藤勝典の長男として石川県金沢市に生まれる。戦時中に若くして父を亡くし、14歳から加賀九谷焼の名工である中村翠恒の門下に入る。弟子の少ない少数精鋭の工房だったこともあり、粘土作りから、窯場の仕事、釉薬の調合などの技術をわずか数年で学ぶことになる。
宮地 惟友(みやじ よしとも、1932年1月18日 - )は… 宮地 惟友(みやじ よしとも、1932年1月18日 - )は、石川県金沢市出身の元プロ野球選手(投手)。
鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2… 鶴羽 伸子(つるわ のぶこ、女性、1932年1月7日 - 2002年12月8日)は、日本の翻訳家・文芸評論家。本姓は斎藤(さいとう)。 石川県金沢市生まれ。石川県立金沢第二高等女学校在学中の1945年5月に、東京から疎開転校してきた曽野綾子と出会う。1954年金沢大学法文学部卒業。大学の同級生に、後に金沢女子短期大学教授となる森井道男がいる。1957年から1967年まで、金沢アメリカ文化センター図書主任を務める。 曽野綾子の評伝を表し、曽野や夫の三浦朱門とともに翻訳を手がけるが、1981年には曽野に対し「もう付き合わない」と通告し絶縁状態となった。晩年には癌に冒され、聖路加国際病院の緩和ケアー病棟に入院した1999年に、曽野と連絡を取り復縁する。
山出 保(やまで たもつ、1931年〈昭和6年〉11月27日… 山出 保(やまで たもつ、1931年〈昭和6年〉11月27日 - 2025年〈令和7年〉7月14日)は、日本の政治家。石川県金沢市出身。石川県金沢市長(5期)、全国市長会会長(第26代)、石川県市長会会長、石川県中小企業団体中央会会長を歴任した。位階勲等は正四位旭日重光章。 山出は市長在任中に様々な政策を実行してきた。中でも重点を置いてきたのが「歴史都市づくり」であった。住居表示制度で消滅した旧町名を復活させる「旧町名復活運動」を全国で先駆けて実施したことも知られている。これ以外にも、在任中には以下の政策も実施した。 山出は金沢市と隣接する野々市町(現:野々市市)との合併を念頭にして、金沢市の政令指定都市への昇格を構想していた。
古畑 和孝(ふるはた かずたか、1931年(昭和6年)6月9… 古畑 和孝(ふるはた かずたか、1931年(昭和6年)6月9日 - )は、日本の社会心理学者、東京大学名誉教授。父は、法医学者・医学博士・東京大学名誉教授・日本学士院会員の古畑種基。 石川県金沢市出身。三重県人・古畑種基の四男。金沢医科大学教授を務めていた父・種基は1936年、東京帝国大学教授に任ぜられ医学部に勤務した。 1954年、東京大学教育学部教育心理学科卒業。同大学院人文科学研究科修士課程、同博士課程を経て、1960年~64年米国イリノイ大学留学。国際基督教大学、東京大学文学部、帝京大学文学部の各教授を歴任。
御木本 伸介(みきもと しんすけ、1931年5月22日 - … 御木本 伸介(みきもと しんすけ、1931年5月22日 - 2002年8月5日)は、石川県金沢市出身の日本の俳優。本名は鈴木 脩一(すずき しゅういち)。 石川県生まれ。出生地については、羽咋郡押水町とするものと、金沢市高岡町とするものがある。 一男一女の長男で、日舞藤間流名取の姉がいる。父方の鈴木家は、代々加賀前田家の御殿医を務めた家柄。父の武も医師だったが、太平洋戦争末期には、海軍に徴用されていた日本郵船所有の貨客船筥崎丸に機関士として乗船していた。1945年3月19日、筥崎丸はアメリカ海軍の潜水艦による雷撃を受けて沈没し、父は戦死。長唄の師匠だった母・喜美の稽古料が遺された家族の生活の支えとなるが、1950年には母も病死し、祖母と姉との生活になった 。
井上雪(いのうえ ゆき、1931年2月9日-1999年4月2… 井上雪(いのうえ ゆき、1931年2月9日-1999年4月20日)は、日本の作家、随筆家、俳人。 石川県金沢市出身。本名・幸子。金沢女子専門学校文科(現・金沢学院大学)卒。金沢市の浄土真宗本願寺派の光徳寺の住職の妻(堂守)。1981年「廓のおんな」で大宅壮一ノンフィクション賞佳作となり、その他多くの著作をなした。俳人としては俳誌『雪垣』に拠った。
野村 庄吾(のむら しょうご、1931年 - 2019年)は… 野村 庄吾(のむら しょうご、1931年 - 2019年)は、発達心理学を専門とする日本の心理学者。京都教育大学、奈良女子大学、花園大学の教授を歴任した。 金沢市生まれ。京都大学教育学部に学び、1954年に卒業した。 発達心理学を専門とし、「発達障害」という用語が一般化する以前から障害の問題について研究に取り組んだ。また、「笑い」の心理学的研究にも取り組んだ。
横井 啓二(よこい けいじ、1930年7月15日 - )は、… 横井 啓二(よこい けいじ、1930年7月15日 - )は、元プロ野球選手。ポジションは捕手、内野手。 石川県金沢市出身。金沢三中時代は、1948年春の甲子園に出場(初戦で、北野中に3-5で惜敗)。夏は投手・三塁手・右翼手など、色々な守備についたが県大会予選でライバルの金沢一中に敗退し、甲子園に行けなかった。 卒業後は、社会人野球の強豪・日鉄鉱業二瀬に入団。ここで真野春美監督と出会い、真野監督が同じ大学(明治大学)の後輩に当たる松木謙治郎に三船正俊投手と共に紹介したことが縁で、1951年に大阪タイガースに入団した。石川県出身者としては初のプロ野球選手かつ初のタイガース選手でもあったが、翌1952年に選手登録(1952年は内野手、1953年は捕手として登録)されるも三船とは違い、一軍出場を果たすことなく1953年に退団した。
芝田 進午(しばた しんご、男性、1930年3月26日 - … 芝田 進午(しばた しんご、男性、1930年3月26日 - 2001年3月14日)は、日本の哲学者・社会学者。広島大学名誉教授。 石川県金沢市出身。金沢一中、第四高等学校を経て、東京大学文学部哲学科を卒業、法政大学助教授、1967年教授、1976年広島大学教授、1986年唯物論研究協会委員長。1993年定年退官、名誉教授、聖泉短期大学教授。 2001年、胆管癌により死去。
井村 喜代子(いむら きよこ、1930年3月1日 - )は、… 井村 喜代子(いむら きよこ、1930年3月1日 - )は、マルクス経済学者。慶應義塾大学名誉教授。 石川県金沢市生まれ。1947年石川県立金沢高等女学校卒業。1950年津田塾大学教養課程修了、慶應義塾大学3年に編入学。1952年慶應義塾大学経済学部卒業。1955年慶應義塾大学経済学部副手。1958年慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程退学。慶應義塾大学経済学部助手、1961年専任講師、1963年助教授、1972年教授。1979年「恐慌・産業循環の理論」で経済学博士(慶應義塾大学)。1986年4月~1992年3月経済理論学会代表幹事。1995年慶應義塾大学を定年退職。 父は井村徳二(金沢のデパート「大和」創業者、勁草書房創業者、政治家)、兄は井村寿二(大和社長・会長、勁草書房社長)。
金原 博(かなはら ひろし、1930年 <昭和5年> 2月1… 金原 博(かなはら ひろし、1930年 <昭和5年> 2月16日 - 2020年 <令和2年> 9月30日)は、日本の政治家。階は正五位。 石川県議会議員(12期)、石川県議会議長、金沢市議会議員(1期)、新進石川会長(初代)、江蘇省栄誉公民などを務め、石川県議会における非自民の中心勢力である新進石川を長らく率いた。元北陸放送アナウンサーで、2019年の石川県議会議員選挙で当選した長田哲也は次女ゆかり (元北陸放送アナウンサー、現フリー)の夫。 金沢市生まれ。石川県立金沢桜丘高等学校卒業。1967年より金沢市議会議員を1期務め、1971年、41歳で石川県議会議員に自由民主党公認で初当選。以後当選を続け県議会議長や自民党県連幹事長などを歴任。
沓掛 哲男(くつかけ てつお、1929年〈昭和4年〉9月12… 沓掛 哲男(くつかけ てつお、1929年〈昭和4年〉9月12日 ‐ 2024年〈令和6年〉1月30日)は、日本の建設官僚、政治家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 参議院議員(4期)、衆議院議員(1期)、通商産業省政務次官(宮澤内閣)、環境副大臣(第二次森改造内閣)、国家公安委員会委員長(第73代)兼内閣府特命担当大臣(防災担当)(第5代)、参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員長、自由民主党参議院政策審議会長などを歴任。 石川県金沢市出身。金沢一中を経て1950年に第四高等学校を卒業し、1953年、東京大学工学部(土木工学)を卒業した。 1953年、建設省に入省し、道路局長などを経て、1985年12月27日、建設技監を最後に退官した。
柚木 学(ゆのき まなぶ、1929年6月22日 - 2000… 柚木 学(ゆのき まなぶ、1929年6月22日 - 2000年4月21日)は、日本の史学者。専門は日本海運史。関西学院大学教授、同大学学長(1994年4月から1997年3月)を歴任した。石川県金沢市生まれ。 1953年3月関西学院大学経済学部卒業。 1959年3月関西学院大学大学院経済学研究科博士課程修了。 1954年4月から1957年3月まで関西学院大学経済学部助手補。 1957年4月から1960年3月まで関西学院大学経済学部助手。 1960年4月から1964年3月まで関西学院大学経済学部専任講師。 1964年3月、経済学博士(関西学院大学)の学位を取得。論文の題は「近世灘酒造業の経済構造」。
村田 省蔵(むらた しょうぞう、1929年(昭和4年)6月1… 村田 省蔵(むらた しょうぞう、1929年(昭和4年)6月15日 - )は、日本の洋画家。石川県金沢市出身。
村田 省蔵(むらた しょうぞう、1929年(昭和4年)6月1… 村田 省蔵(むらた しょうぞう、1929年(昭和4年)6月15日 - 2018年(平成30年)7月14日)は、日本の洋画家。石川県金沢市出身。 2013年(平成25年)に石川県立美術館で開催された『村田省蔵展 -画業60年の歩み-』では「卓抜な描写力と師・小絲に鍛えられた深い色彩を両輪」「美しい自然を賛美して描くものと、近景をクローズアップし、自己の感興や思いを述べるものとがある」「多彩かつ濃厚な色彩と緊密な構図は村田様式」 と評されている。 1929年(昭和4年)6月15日、石川県金沢市にて生糸問屋を営む生家の五男として生まれる。1942年(昭和17年)、石川県立金沢第二中学校へ入学。1944年(昭和19年)海軍飛行予科練習生として滋賀航空隊に入隊する。