塚田 穂高(つかだ ほたか、1980年 -)は、日本の宗教社… 塚田 穂高(つかだ ほたか、1980年 -)は、日本の宗教社会学者。主に、伝統宗教や新宗教、宗教の政治的影響等を研究する。文教大学国際学部国際理解学科 教授、清泉女子大学文学部 非常勤講師、國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所 共同研究員を兼任。日本宗教学会評議員、日本社会学会社会学評論編集委員会専門委員。著書『宗教と政治の転轍点―保守合同と政教一致の宗教社会学』で日本宗教学会賞(2015年)を受賞。 長野県長野市生まれ。1999年長野県長野高等学校、2004年東京学芸大学教育学部国際理解教育課程日本研究専攻卒業。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野修士課程修了、その後、2010年3月に博士課程単位取得満期退学。
大日方 信春(おびなた のぶはる、1969年〈昭和44年〉5… 大日方 信春(おびなた のぶはる、1969年〈昭和44年〉5月生まれ)は、日本の憲法学者。長野県長野市出身。熊本大学法学部教授、博士(法学)(Professor, Dr., Kumamoto University Faculty of Law)。『ロールズの憲法哲学』(有信堂高文社、2001年)、『著作権と憲法理論』(信山社、2011年)の著者。 長野県長野市出身、長野県長野西高等学校卒業、琉球大学法文学部法政学科卒業、同大学院法学研究科法学専攻修了、1999年3月広島大学大学院社会科学研究科法律学専攻博士後期課程修了 博士(法学)。 2000年4月、広島大学法学部助手を経て2001年4月に広島県立大学経営学部講師に就く。
中村 彰憲(なかむら あきのり、1969年 - )は、日本の… 中村 彰憲(なかむら あきのり、1969年 - )は、日本の経営学者。立命館大学映像学部教授。日本デジタルゲーム学会会長、立命館大学ゲーム研究センター長を歴任。 長野県長野市生まれ。1993年ブリガムヤング大学人文学部アジア及び中近東言語学科卒業。1996年ブリガムヤング大学経営学研究科組織行動学修士課程修了、ブリガムヤング大学国際及び地域学研究科国際開発学修士課程修了。2002年清華大学公共管理学院交換研究員。2003年名古屋大学大学院国際開発研究科国際開発研究科博士後期課程修了、博士(学術)。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、立命館大学政策科学部助教授、立命館大学映像学部准教授を経て、同教授。
兵頭 二十八(ひょうどう にそはち、本名: 斉藤 浩、196… 兵頭 二十八(ひょうどう にそはち、本名: 斉藤 浩、1960年 - )は、日本の軍事評論家、軍学者、退職自衛官。最終階級は陸士長。学位は修士(工学)(東京工業大学)。 長野県長野市出身。1979年、長野県長野吉田高等学校普通科卒業。1982年、陸上自衛隊東部方面隊に任期制・二等陸士で入隊。北部方面隊第2師団第2戦車連隊本部管理中隊に配属。1984年3月、1任期満了除隊。除隊時階級陸士長。 同年4月、神奈川大学外国語学部英語英文科に入学。1988年3月、同卒業。神奈川大学在学中に江藤淳(当時東京工業大学教授)の著作に感動。江藤に手紙を書き、直々に電話を貰う。以後、幾度かの文通を経て江藤の元を訪ね知遇を得る。
服部 信孝(はっとり のぶたか、1959年 - )は、日本の… 服部 信孝(はっとり のぶたか、1959年 - )は、日本の医学者。医学博士(順天堂大学、1994年)。専門は遺伝性パーキンソン病神経疾患。長野県長野市出身。
綿貫 豊(わたぬき ゆたか、1959年 - )は、日本の動物… 綿貫 豊(わたぬき ゆたか、1959年 - )は、日本の動物学者、北海道大学教授。 長野県長野市生まれ。
土屋 礼子(つちや れいこ、1958年 - )は、日本の歴史… 土屋 礼子(つちや れいこ、1958年 - )は、日本の歴史学者、社会学者。専門は、メディア史・歴史社会学。早稲田大学政治経済学術院教授、早稲田大学20世紀メディア研究所所長。 長野県長野市出身。新潟県立新潟高等学校を経て、1981年一橋大学社会学部社会学科卒業、1995年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。指導教官は田中克彦。 1998年大阪市立大学大学院文学研究科助教授、2005年同教授昇格、2010年早稲田大学政治経済学術院教授、早稲田大学重点領域研究機構20世紀メディア研究所所長。2012年、山本武利一橋大学名誉教授・早稲田大学名誉教授が設立した特定非営利活動法人インテリジェンス研究所の副理事長に就任。
日詰 一幸(ひづめ かずゆき、1955年 - )は、日本の政… 日詰 一幸(ひづめ かずゆき、1955年 - )は、日本の政治学者。静岡大学学長。 長野県長野市生まれ。1976年長野工業高等専門学校土木工学科卒業後、建設省に入省して数年勤務。 その後、受験勉強して1982年名古屋大学法学部入学、1986年卒業。1989年名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程修了、法学修士。1991年名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程中途退学。 1991年から名古屋音楽大学一般教育専任講師を経て、1996年静岡大学人文学部助教授。2000年静岡大学人文学部教授、ニューヨーク市立大学都市調査センター客員研究員。 2012年静岡大学人文社会科学部言語文化学科長、2015年静岡大学学術院人文社会科学領域教授。
山岸 敬子(やまぎし けいこ、1951年 - )は、日本の法… 山岸 敬子(やまぎし けいこ、1951年 - )は、日本の法学者。専門は行政法。明治大学大学院法務研究科教授。宗教法人審議会委員、会計検査院情報公開・個人情報保護審査会会長代理、愛知県収用委員会会長等を歴任。厚生労働大臣表彰受賞。 長野県長野市出身。大阪大学法学部法律学科卒業後、1979年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程研究指導認定退学。指導教官市原昌三郎。1993年『行政権の法解釈と司法統制』により審査員南博方、杉原泰雄、浦田一郎で一橋大学博士(法学)。中京大学法学部長・教授を経て、2013年明治大学大学院法務研究科教授。元日本公法学会理事。 行政法が専門で、行政訴訟を研究テーマとする。文部科学省宗教法人審議会委員、会計検査院情報公開・個人情報保護審査会会長代理、東京消防庁火災予防審議会委員、愛知県収用委員会会長等を歴任。
菱田 雅晴(ひしだ まさはる、1950年10月19日 - )… 菱田 雅晴(ひしだ まさはる、1950年10月19日 - )は、日本の政治社会学者、法政大学法学部/大学院政治学研究科 名誉教授。専攻は、現代中国研究、中国政治社会論。社会学が出身であるが、国家社会関係、コーポラティズム等の視点を導入した科研費グループ研究を主宰し、「中南海研究会」と題して、中国共産党を組織として把握した研究プロジェクトを進め、近年は「中国廉政研究会」を主催し、腐敗学(coruptionology)にチャレンジしている。東京都渋谷区在住。 長野県長野市生まれ。1969年長野県長野高等学校卒業、1974年東京大学文学部社会学科を卒業。同年、日本貿易振興機構入会、経済情報部情報管理課中国班に配属され、中国経済調査を担当。
若林 正丈(わかばやし まさひろ、1949年11月27日 -… 若林 正丈(わかばやし まさひろ、1949年11月27日 - )は、日本の政治学者。早稲田大学名誉教授。専門は、台湾現代史、政治。社会学博士(東京大学、1985年)(学位論文「台湾抗日運動史研究」)。長野県長野市生まれ。戴国煇の門下生。
彦坂 興秀(ひこさか おきひで、1948年 - )は、日本出… 彦坂 興秀(ひこさか おきひで、1948年 - )は、日本出身の神経科学者、医師。アメリカ国立衛生研究所眼病研究所 (NEI) 所属。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1973年に東京大学大学院から医学博士号を取得し、1978年には島津浩の指導下で前庭眼脳幹系の研究により博士号を取得した。同年から東邦大学講師、翌年からは助教授を務めた。その後は1982年までアメリカ国立衛生研究所眼病研究所 (NEI) で博士研究員として研究を行った。 1983年に東邦大学の准教授に就任。1988年、生理学研究所に教授として移籍し、1993年に順天堂大学医学部第一生理学教室教授。2002年以降はアメリカ国立衛生研究所眼科研究所に戻り、感覚運動システムの研究グループリーダーを務めている。
太田 政男(おおた まさお、1946年10月6日 - )は、… 太田 政男(おおた まさお、1946年10月6日 - )は、日本の教育学者。大東文化大学名誉教授。第15代大東文化大学学長。 長野県長野市生まれ。1969年東京大学教育学部卒業。1971年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1976年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。1976年大東文化大学文学部教育学科専任講師、1981年同助教授、1987年同教授。2010年から2017年まで第15代大東文化大学学長。教育科学研究会副委員長、埼玉社会教育研究会会長。
小林 敏男(こばやし としお、1944年 - )は、日本史学… 小林 敏男(こばやし としお、1944年 - )は、日本史学者、大東文化大学名誉教授。日本古代史が専門。 長野県長野市生まれ。1978年東京教育大学大学院文学研究科(日本史学)博士課程単位取得退学。1995年「古代王権と県・県主制の研究」で國學院大學より博士(歴史学)の学位を取得。大東文化大学文学部教授。2015年定年退任、名誉教授。
岡田 弘(おかだ ひろむ、1943年12月27日 - )は、… 岡田 弘(おかだ ひろむ、1943年12月27日 - )は、日本の地球科学者。北海道大学名誉教授。専門は火山物理学、火山噴火予知、火山災害。理学博士(北海道大学、1977年)。長野県長野市出身。 十勝岳、有珠山噴火の際にテレビ、新聞に現れ、俗世にまみれぬ真っ白な長髪の風体が、いかにも学者然として注目を集めた。また、2000年有珠山噴火を的確に予想した事から「有珠山の主治医」とも評された。同年には「長年の有珠山研究に基づく火山噴火予知と防災活動への貢献」の功績により北海道新聞文化賞特別賞を受賞。 しかし、有珠山は有史時代の噴火でほぼ例外なく体に感じるような地震を伴うことなどから噴火は予知しやすい火山とされており、有珠山の噴火を予知したことだけでなく火山の静穏な時期から地元に密着した住民への啓発活動等によってスムーズな事前避難をうながしたこと、自治体職員など防災機関の人たちと常に連携した活動をして有珠山の噴火期に的確な災害対策について助言をした功績により、平成13年(2001年)度防災功労者内閣総理大臣表彰を受賞した。
五明 公男(ごみょう・きみお、1943年〈昭和18年〉8月2… 五明 公男(ごみょう・きみお、1943年〈昭和18年〉8月21日 - 2019年〈平成31年〉3月1日)は、日本の体育学者、アマチュア野球指導者。 1943年(昭和18年)に東京都で生まれるが、太平洋戦争激化の影響により一家で長野県更級郡篠ノ井町(現在の長野市篠ノ井地区)へ疎開し、幼年時代を過ごす。小学校入学の際に東京へ戻り、大田区立羽田小学校へ入学。小学校・中学校と野球に熱中する。 中学校3年時に進学先を決める際に、東京都と神奈川県の高等学校をリサーチし、「高校で野球をやるんなら甲子園へ行きたい」と思い、「法政二高の田丸仁監督は素晴らしい指導者であると言うので、ここへ行こう」と思い法政大学第二高等学校への進学を決めたという。
荒井 賢一(あらい けんいち、1943年2月23日 - )は… 荒井 賢一(あらい けんいち、1943年2月23日 - )は、日本の工学者・物理学者。専門は磁気工学。東北大学名誉教授。学位は工学博士。公益財団法人電磁材料研究所評議員。 長野県長野市出身。1971年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士(学位論文「磁気共鳴法を用いたスピネル型強磁性単結晶の磁気弾性結合に関する研究」)。東北大学電気通信研究所助手、同助教授を経て、1986年に同所電気通信材料学研究部門の教授に就任。2004年東北大学評議員、2005年東北大学総長候補者選考管理委員会委員長を務めた。 2005年、(独)情報通信研究機構の連携研究部門内に仙台リサーチセンターを立ち上げ、プロジェクトリーダーに就任。
山田 作衛(やまだ さくえ、1941年6月11日 - )は、… 山田 作衛(やまだ さくえ、1941年6月11日 - )は、日本の物理学者。東京大学名誉教授。国際リニアコライダーの物理研究責任者。元KEK素粒子原子核研究所所長。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1964年東京大学理学部物理学科卒業。1969年、同大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士。東京大学理学部助教授を経て、東京大学原子核研究所教授。小柴昌俊のもとで電子・陽電子衝突実験に従事。長年、DESY研究所の国際実験、HERAに貢献してきた。2007年より、国際リニアコライダーの物理研究責任者を担当している。2022年、瑞宝中綬章受章。
黒沢 惟昭(くろさわ のぶあき、1938年10月25日 - … 黒沢 惟昭(くろさわ のぶあき、1938年10月25日 - )は、日本の教育学者。東京学芸大学教育学部教授、財団法人神奈川県高等学校教育会館教育研究所代表等を経て、中国東北師範大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。1965年一橋大学社会学部卒業。高島善哉や鈴木秀勇の指導を受けた。1969年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。指導教官は宮原誠一。2010年「現代に生きるグラムシ 市民的ヘゲモニーの思想と現実」で一橋大学より博士(社会学)の学位を取得。審査員加藤哲郎、関啓子、平子友長。 1969年本州大学(現長野大学)経済学部専任講師、1972年助教授。神奈川大学外国語学部教授を経て、2001年に東京学芸大学教育学部教授を定年退官。
丸田 頼一(まるた よりかず、1938年2月4日 - 202… 丸田 頼一(まるた よりかず、1938年2月4日 - 2020年6月21日)は、日本の造園学者。位階は従四位。 千葉大学名誉教授。代表的業績に、都市空間の熱環境評価・対策技術の開発がある。 大分県生まれで、長野県長野市育ち。 1964年に、ルイジアナ州立大学大学院修士課程を修了する。翌年に東京大学大学院生物系研究科修士課程を、1969年に東京大学大学院農学系研究科博士課程をそれぞれ修了し、農学博士号を取得した。 1969年より日本大学農獣医学部講師となり、1972年に助教授に昇進する。1978年に千葉大学園芸学部に転じ、1988年に教授に就任した。 1997年に環境情報科学センター理事長、2000年に千葉大学評議員となる。
上野 矗(うえの ひとし、1937年9月26日 - 2022… 上野 矗(うえの ひとし、1937年9月26日 - 2022年6月13日)は、日本の心理学者。大阪教育大学名誉教授。 長野県長野市出身。東北大学文学部心理学科卒業、1967年、同大学院文学研究科心理学専攻博士課程単位取得退学、白梅学園短期大学講師。1969年、弘前大学養護教諭養成所助教授。1973年、大阪教育大学助教授。1983年、教授。1992年「病気との和解実現の方途を探って-体験学習におけるグループ受容体験をモデルとして」で久留米大学医学博士。2003年定年退官、名誉教授、大阪樟蔭女子大学教授。2008年退職。2017年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
河原 正彦(かわはら まさひこ、1935年9月25日 - 2… 河原 正彦(かわはら まさひこ、1935年9月25日 - 2017年5月9日)は、日本の美術史学者。京都国立博物館名誉館員。専門領域は文化史学、美術工芸史、東洋陶磁史など。 長野県長野市生まれ。同志社大学文学部文化学科文化史専攻卒業。同大学院文学研究科文化史学専攻博士課程単位取得満期退学。京都府立総合資料館資料部主事。京都国立博物館学芸課工芸室、研究職文部技官、工芸室長、学芸課学芸課長。京都橘女子大学文学部文化財学科教授。滋賀県立陶芸の森館長。 2017年5月9日、細菌性肺炎のため、京都府城陽市内の病院で死去、81歳。
宮澤 康人(みやざわ やすと、1933年3月30日- )は、… 宮澤 康人(みやざわ やすと、1933年3月30日- )は、日本の教育学者、東京大学・放送大学名誉教授。長野県長野市生まれ。 東京大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科、経済学研究科博士課程中退。コロンビア大学で修士号取得。関西大学文学部専任講師、東京大学教育学部助教授、教授。1994年、定年退官、名誉教授、放送大学教養学部教授。2004年、退任、名誉教授。大人と子供の関係史研究会世話人。専攻は教育史・教育哲学。
児島 和人(こじま かずと、1933年2月5日 - )は、日… 児島 和人(こじま かずと、1933年2月5日 - )は、日本の社会学者。東京大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。1958年東京大学文学部社会学科卒、NHK放送文化研究所所員、NHK放送世論調査所主任研究員、1971年東大大学院社会科学研究科博士課程満期退学、1977年埼玉大学助教授、1983年東京大学新聞研究所助教授、1985年教授、1992年社会情報研究所教授、1993年定年退官、専修大学文学部教授、2003年定年。
林 邦雄(はやし くにお、1932年8月21日 - )は、日… 林 邦雄(はやし くにお、1932年8月21日 - )は、日本の教育心理学者。障害児教育に当たった。 長野県長野市生まれ。東京教育大学教育学部卒、同大学院教育心理学博士課程満期退学。青鳥養護学校、桐丘養護学校勤務ののち、静岡大学教育学部助教授、教授、1996年定年退官、目白大学人文学部教授、2003年退職。1976年「「こども」の精神療法における言語表現の問題」で神戸大学より医学博士の学位を取得。
宮林 昭彦(みやばやし しょうげん、1932年3月27日 -… 宮林 昭彦(みやばやし しょうげん、1932年3月27日 - 2014年7月10日)は、長野県長野市生まれの浄土宗の僧、仏教学者。大正大学教授。全日本仏教会副会長。大本山光明寺第百十二世法主。
飯島 周(いいじま いたる、1930年11月18日 - 20… 飯島 周(いいじま いたる、1930年11月18日 - 2020年7月18日)は、日本の言語学者、跡見学園女子大学名誉教授。専攻は言語学(スラブ語)。 長野県長野市出身。1953年東京大学文学部言語学科卒業。1955年同大学院文学研究科言語学専攻修士課程修了。跡見学園女子大学短期大学部助教授、跡見学園女子大学大学教授、1994年から1998年まで学長を務め、2001年定年、名誉教授。 1967年以降数度にわたりチェコスロバキアのカレル大学に留学、2009年、チェコ文化普及の功績により同国政府より功労賞授与。日本チェコ協会会長。 2020年7月18日に死去。89歳没。
西沢 利栄(にしざわ としえ、1929年2月16日 - 没年… 西沢 利栄(にしざわ としえ、1929年2月16日 - 没年不詳)は、日本の気候学・地理学者、筑波大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。東京教育大学卒、1961年同大学院理学研究科修士課程修了。1967年「日本における河川水の熱収支に関する研究」で理学博士。立教大学助教授、筑波大学教授、1992年定年退官、名誉教授、東京成徳大学教授、同附属図書館長。1993-99年PPG7国際諮問委員会委員。1993年、21世紀地球賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
吉沢 典男(よしざわ のりお、1928年8月25日 - 19… 吉沢 典男(よしざわ のりお、1928年8月25日 - 1988年3月8日)は、日本の国語学者・音声学者。 長野県長野市出身。長野師範学校付属小学校、旧制長野中学(長野県長野高等学校)を経て、國學院大學文学部国文科卒業、1953年同大学院修士課程中退、同年国立国語研究所に入所、東京医科歯科大学助教授を経て、1963年千葉大学文理学部助教授、1966年東京外国語大学助教授、同音声学研究所教授。 1962年「呼気消費量計による、発声・発音についての音声生理学的研究」で神戸医科大学医学博士。NHK放送用語委員会委員を務めた。
金井 格(かない ただし、1925年1月28日 - 没年不詳… 金井 格(かない ただし、1925年1月28日 - 没年不詳)は東京農業大学名誉教授。専門は造園学の工学分野。 長野県長野市出身。生まれは外地で母方の祖父は片倉製紙の重役。本籍長野の他は埼玉で長く暮らす。 1945年9月 東京農業大学専門部緑地土木科を卒業し、1946年9月から1954年まで東京農業大学専門部緑地科助手、1954年からは埼玉県行田市役所技術嘱託土木課公園掛、1956年から1962年3月までは行田市役所技術吏員で、その間の1957年から1961年まで東京農業大学造園学科造園工学専攻で年度講師として測量などを担当し、1962年4月から東京農業大学造園学科講師、1965年に同大学助教授、1978年から同大学教授就任、1995年に退職し名誉教授。
道田 信一郎(みちだ しんいちろう、1924年8月7日 - … 道田 信一郎(みちだ しんいちろう、1924年8月7日 - 1988年6月10日)は、日本の法学者。専門は、英米法(特にアメリカ商取引法)、国際取引法。 長野県長野市出身。1945年8月陸軍士官学校第59期在学中に終戦。1949年京都大学法学部卒。 1953年京都大学法学部助教授、1962年「対米貿易売買法」で法学博士の学位を取得、教授に昇任。1980-1982年法学部長。1988年定年退官、名誉教授、姫路獨協大学法学部教授に就任。この間ミシガン大学、ハーバード大学などのロースクールで客員教授として国際取引法などを講義。1968年より国際連合国際商取引法委員会(UNCITRAL)の日本代表として「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(CISG)の起草に尽力し、この条約を採択した1980年のウィーン外交会議では実質規定ラポルトゥールを務めた。
倉嶋 厚(くらしま あつし、1924年1月25日 - 201… 倉嶋 厚(くらしま あつし、1924年1月25日 - 2017年8月3日)は、日本の気象エッセイスト、気象学者。理学博士(東京教育大学(現・筑波大学))。かつてテレビで気象キャスターとして活躍した。 長野県長野市生まれ。父は仏教関係の新聞を出版していた倉島元弥。兄は長野市長を務めた倉島至。 旧制・長野縣長野中學校(現・長野県長野高等学校)を経て、中央気象台付属気象技術官養成所研究科(現・気象大学校)を卒業後、1949年に気象庁入庁。気象庁主任予報官、札幌管区気象台予報課長、鹿児島地方気象台長を歴任。 1984年気象庁を定年退職。業務で付き合いがあったNHKに招聘され外部解説委員となり、『ニュースセンター9時』『にっぽん列島ただいま6時』『NHKおはようサンデー』『NHKモーニングワイドサンデー』で気象情報、気象キャスターを担当。
小林 清志(こばやし きよし、1922年〈大正11年〉1月1… 小林 清志(こばやし きよし、1922年〈大正11年〉1月1日 - 2013年〈平成25年〉10月28日)は、日本の機械工学者。東北大学教授を経て、豊田工業大学学長や、日本伝熱学会会長、日本熱物性研究会会長等を歴任した。 長野県長野市生まれ。旧制長野商業学校(長野県長野商業高等学校)、旧制横浜高等工業学校、東北帝国大学工学部を経て、1949年同大学院修了。1959年文部省の在外研究員としてアルゴンヌ国立研究所留学。1960年東北大学教授。1970年静岡大学教授。1981年日本伝熱学会会長。1983年日本熱物性研究会会長。1984年 豊田工業大学教授、豊田工業大学副学長。1990年豊田工業大学第3代学長就任。
八木 健三(やぎ けんぞう、1914年9月5日 - 2008… 八木 健三(やぎ けんぞう、1914年9月5日 - 2008年7月18日)は、日本の岩石学者。自然保護運動家。北海道大学、東北大学名誉教授。父は長野県地学会初代会長の八木貞助。 長野県長野市生まれ。旧制伊那中学、旧制八高を経て、1938年東北帝国大学理学部岩石鉱物学科卒業。同年母校助手、1951年同大学教授を経て、1962年-1978年北海道大学理学部地質学鉱物学科教授、1978年-1988年北星学園大学教授。 1949年に理学博士(東北大学)「樺太、北海道に於ける特殊なる岩漿分化現象の研究」。日本学術会議会員として発展途上国との学術交流に尽力した。
宝月 欣二(ほうげつ きんじ、寳月 欣二、1913年 <大正… 宝月 欣二(ほうげつ きんじ、寳月 欣二、1913年 <大正2年> 7月10日 - 1999年 <平成11年> 12月19日)は、日本の植物学者。理学博士。東京都立大学名誉教授。専門は植物生態学。栄典は勲三等旭日中綬章。位階は正四位。 長野県長野市出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)、松本高等学校理科を経て、1938年東京帝国大学理学部植物学科卒業。同大学大学院修了(理学博士)。1944年東京大学副手を経て、1952年東京都立大学助教授、1954年同大学教授。退官後、同大学名誉教授。玉川大学教授。 日本植物学会会長、日本生態学会会長、旧環境庁自然環境保全審議会委員などを歴任し、勲三等旭日中綬章受勲。
若槻 哲雄(わかつき てつお、1913年5月4日 - 199… 若槻 哲雄(わかつき てつお、1913年5月4日 - 1993年4月2日)は、日本の物理学者。専門は原子核物理学。第10代大阪大学総長。元大阪府教育委員長。長野県長野市出身。位階勲等は従三位勲一等瑞宝章。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
須甲 鉄也(すこう てつや、1912年8月30日 - 199… 須甲 鉄也(すこう てつや、1912年8月30日 - 1998年4月19日)は、日本の動物学者。専門は甲殻類の発生学や、河川の生態学(特に環境破壊による動物相の年代的遷移)。 長野県長野市出身。東京文理科大学卒業。1938年理学博士。1941年埼玉師範学校教授、1964年埼玉大学文理学部教授、教養部教授、学生部長、教育学部長から1978年名誉教授、1980年から1987年まで学長。 国立大学協会教養課程特別委員会長、天然記念物北海道犬保護会長、埼玉県環境アセスメント会長、さいたま緑のトラスト協会理事、埼玉県立自然博物館協会長など多数の役職を歴任した。勲二等旭日重光章。 著書には「動物発生学実験法」、「大学教養生物学」などがある。
山本 正男(やまもと まさお、1912年1月12日 - 20… 山本 正男(やまもと まさお、1912年1月12日 - 2007年10月10日)は、日本の美術史学者。専攻は美学、芸術史。第4代東京芸術大学学長、初代沖縄県立芸術大学学長。長野県長野市出身。 日本学術会議第13・14期会員、文部省学術審議会委員、日本美学会委員などを歴任した。
竹内 利美(たけうち としみ、1909年2月2日 - 200… 竹内 利美(たけうち としみ、1909年2月2日 - 2001年)は、日本の民俗学者、歴史学者。東北大学名誉教授。 長野県長野市生まれ。1944年國學院大學文学部国史学科卒業。日本の村落の実地調査研究を続け、社会学的見地に立って理論化を目指した。 1929年長野県上伊那郡川島村小学校、同本郷小学校で教諭となり、1940年日本常民文化研究所に勤務、1944年中央水産業会職員、1948年連合軍総司令部民間情報教育局世論及社会調査部顧問などを経て、1951年東北大学教育学部講師、1952年助教授、1954年教授。1972年定年退官、名誉教授、同年東北福祉大学教授、1983年退官。 1962年「日本村落構造の研究」により東洋大学から文学博士の学位を授与される。
宇都宮貞子(うつのみや さだこ、1908年12月3日 - 1… 宇都宮貞子(うつのみや さだこ、1908年12月3日 - 1992年2月12日)は、日本の民俗学者、草花研究家、随筆家。 長野県長野市生まれ。旧制県立長野高等女学校卒。東京女子大学中退。民俗学の一環として野の草花を研究し、60歳以後多くの著作を執筆した。1984年エイボン教育賞受賞。1992年、脳梗塞のため死去。
秋元 波留夫(あきもと はるお、1906年1月29日 - 2… 秋元 波留夫(あきもと はるお、1906年1月29日 - 2007年4月25日)は、日本の医学者・精神科医。 長野県長野市出身。一家は旧諏訪藩士の家系。3歳時に一家で上京。旧制京華中学、1925年旧制松本高等学校理科甲類を卒業、1929年東京帝国大学(後の東京大学)医学部卒業。その後北海道帝国大学(後の北海道大学)医学部助手に就任。その後、東京帝国大学医学部副手、同学部講師、旧制金沢医科大学(後の金沢大学医学部)教授を経て1958年に東京大学医学部教授に就任した。1936年医学博士(北海道大学)。論文の題は「失行症本質論 」。 長く日本の精神医学界の権威として活躍。帝銀事件に関して、平沢貞通の有罪の証拠とされた精神鑑定の結果を誤りであると指摘し注目を集めた。
宮澤 俊義(みやざわ としよし、1899年(明治32年)3月… 宮澤 俊義(みやざわ としよし、1899年(明治32年)3月6日 - 1976年(昭和51年)9月4日)は、日本の法学者。専攻は憲法。東京大学名誉教授。貴族院議員。長野県長野市出身。
大平 喜間多(おおひら きまた、1889年〈明治22年〉1月… 大平 喜間多(おおひら きまた、1889年〈明治22年〉1月15日 - 1959年〈昭和34年〉)は、日本の郷土史家。地元の松代を中心に活躍し、『佐久間象山』『真田幸弘と恩田木工』などを著す。松代町会議員も務めていた。 長野県埴科郡寺尾村(現・長野市松代町東寺尾)に生まれる。20歳前後で松代で発行されていた『勧業新聞』の記者になり、1913年(大正2年)に最初の書籍である『松代風土記』を発刊。その後、『中信時報』新聞社に移り、30歳で松代町史編纂主任に就任する。また、1937年(昭和12年)から昭和30年代までは松代町会議員も務めていた。 議員になってから活動はより狭い範囲になり、著書は多いが松代に関する小説的なものが多くなっていく。
田中 穂積(たなか ほづみ、1876年(明治9年)2月17日… 田中 穂積(たなか ほづみ、1876年(明治9年)2月17日 - 1944年(昭和19年)8月22日)は、長野県出身の財政学者、法学博士、早稲田大学第4代総長。
井上 操(いのうえ みさお、弘化4年9月20日(1847年1… 井上 操(いのうえ みさお、弘化4年9月20日(1847年10月28日) - 明治38年(1905年)2月23日)は、日本の法律家。 信濃国松代城下(現・長野県長野市)に松代藩士・井上五郎左衛門の子として生まれる。藩の兵制士官学校で武田斐三郎について学び、司法省法学校に入学。在学中に山縣有朋の知遇を得る。1876年卒業。1882年から明治法律学校で治罪法(刑事訴訟法)の講義を担当。1886年、東京帝国大学教授に任じられるが、判事に転じて大阪控訴院評定官となり、その後、大井憲太郎らによる大阪事件の裁判のため、大阪重罪裁判所裁判長となった。関西法律学校が開校すると刑法などの講義を担当する。1890年大阪控訴院部長に進むが、1895年病気のため帰郷。
井出 博生(いで ひろお)は、日本の医学者、社会政策学者。千… 井出 博生(いで ひろお)は、日本の医学者、社会政策学者。千葉大学医学部附属病院地域医療連携部准教授。東京大学未来ビジョン研究センター特任准教授。専門は医療政策、病院管理。 長野県長野市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策メディア研究科修了。2011年12月東京大学より博士(医学)を取得。2014年より現職。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。