舟越 秀虎(ふなこし ひでとら、2001年8月23日 - )… 舟越 秀虎(ふなこし ひでとら、2001年8月23日 - )は、福岡県八女市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。プロでは育成選手であった。 小学生から軟式野球を始め、中学では「筑後ドジャース」に所属する。 高校は福岡県八女市に隣接する熊本県山鹿市の城北高等学校に進学。甲子園出場の経験は無いが、3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権熊本大会において左翼手として出場。3回戦で熊本国府高等学校に6対3で敗れる。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト5位指名を受け、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達した。
山口 真子(やまぐち まこ、韓: 야마구치 마코、2001年… 山口 真子(やまぐち まこ、韓: 야마구치 마코、2001年〈平成13年〉4月4日 - )は、日本の歌手、アイドル。女性アイドルグループNiziUのリーダーで、MAKO名義で活動。ポジションは主にメインダンサー、リードボーカル、サブラッパーを担当している。メンバーカラーはオレンジ。 キャッチフレーズは、NiziUのリーダー、マコです。毎晩、その日の反省点や翌日の予定を日記(ToDoリスト)に書くことを習慣としている。練習生期間が2年7ヶ月とメンバーの中で最も長く、圧倒的なダンススキルと精神的な安定感からJ.Y. Parkより「全ての練習生の手本」と評された。高いダンススキルと安定した歌唱力を持ち、グループ全体を俯瞰して支える存在と評されている。
鬼木 錬(おにき れん、2000年8月28日 - )は、日本… 鬼木 錬(おにき れん、2000年8月28日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 福岡県八女市出身。バレーボール部の監督に誘われて高校1年生からバレーボールを始める。 祐誠高等学校、日本体育大学を経て、2022-23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するサントリーサンバーズの内定選手となった。 2023年、大学卒業後に、サントリーサンバーズに入団した。同年、ユニバーシアード日本代表に選出され、ユニバーシアードの試合に出場した。 2023年10月14日、サントリー入団1シーズン目となる2023-24シーズンのV1男子開幕戦となった東京グレートベアーズ戦にスタメン出場を果たし、Vリーグデビューを果たした。
古川 裕大(ふるかわ ゆうだい、1998年6月19日 - )… 古川 裕大(ふるかわ ゆうだい、1998年6月19日 - )は、福岡県八女市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。 八女市立長峰小学校で野球を始める。八女市立福島中学校時代は久留米ボーイズに所属し、U-15野球日本代表に選出された。 久留米市立久留米商業高等学校では1年秋から正捕手の座を獲得し、3年時は副主将を務めた。甲子園出場経験はなかった。1学年下に井上絢登がいる。 上武大学では1年春からベンチ入りを果たし、2年春にはDHのベストナインを獲得する。3年春には本塁打王、打点王、最高出塁率のタイトルを獲得する。3年秋には首位打者を獲得し、大学野球日本代表に選出される。大学時代の通算本塁打は12本。
中村 安里(なかむら あんり、1997年9月16日 - )は… 中村 安里(なかむら あんり、1997年9月16日 - )はフリーアナウンサー。元FBS福岡放送アナウンサー、元高知さんさんテレビ(KSS)アナウンサー。FBSエンタープライズを経て個人事務所を運営。 福岡県八女市出身。161cm。B型。八女学院中学校・高等学校を経て関西大学社会学部社会学科メディア専攻を卒業。6歳からクラシックバレエを大学まで続けた。 中学・高校時代は6年間、吹奏楽部のマーチングバンドでカラーガードを担当した。全国大会にも出場した実績がある。 アナウンサーは幼いころから憧れていたため、吹奏楽部の公演の場内アナウンスやイベントの司会に積極的に立候補する他、3年時の2016年2月から3月まで八女市内のコミュニティFM局、FM八女の番組『ミュージックボックス』にもアナウンサー志望の学生として出演した。
山口 厚子(やまぐち あつこ、1996年〈平成8年〉4月16… 山口 厚子(やまぐち あつこ、1996年〈平成8年〉4月16日 - )は、日本のモデル、タレント。福岡県八女市出身、愛称はあっちゃん。ファンネームはA’chuU。 小学6年生の頃に長谷川潤に憧れいつかモデルになりたいと思っていたところ、中学2年生の時に福岡県筑後市のフリーマーケットで、福岡県のアイドルユニットQunQunの候補生としてスカウトされたことがきっかけでエレガントプロモーションに所属し、モデルになるためのレッスンに通うことになった。高校1年生の時に縁があり、モデル事務所カバーガールエンターテインメント(CGE)に移籍 。モデルのウォーキングレッスンに毎週通っていたが、学業優先の学校に在籍していたため積極的に芸能活動は出来なかった。
井上 紗矢香(いのうえ さやか、1995年2月26日 - )… 井上 紗矢香(いのうえ さやか、1995年2月26日 - )は、福岡県出身の女性シンガーソングライター。 高校時代は空手に打ち込む。絢香の曲に感銘を受け、高校卒業後は本格的に音楽の道を志し、福岡スクールオブミュージック&ダンス専門学校シンガーソングライターコースに進学・卒業。 「無重力飛行士」で2020年7月29日にメジャー・デビュー。 続いて『TOSTEM』オリジナルドラマのテーマソング「Home」、ロン・モンロウが 出演の化粧品ブランド『IGNIS』の WEB CM ソング「bloom」を連続配信でリリース。 2022年2月21日配信シングル発売「旗印」が、フジテレビ系「めざまし8」2022年2月度エンディングソングに決定。
カイラ(1992年11月6日 - )は、吉本興業福岡事務所に… カイラ(1992年11月6日 - )は、吉本興業福岡事務所に所属する日本のお笑い芸人。本名: 松延 海良(まつのぶ かいら)。福岡県八女市出身。 福岡県立福岡高等学校卒業後、2013年に福岡教育大学3年時に同じ学部の友人であった山崎鷹彦と「ティーチャーズ」を結成し、よしもとクリエイティブ・エージェンシー福岡事務所が所有していたあるあるYY劇場のオーディションに出場し、劇場預かりとなる。(同期とされているスクラップス(当時はひとつ屋根の下、安藤陸)、ジンジン(傷跡ジンジン)は所属が決定していた。) その後、オーディションに出場していた若手芸人を中心に「小倉タケノコボーイズ」が結成され、メンバーとなる。
谷川 昌希(たにがわ まさき、1992年10月6日 - )は… 谷川 昌希(たにがわ まさき、1992年10月6日 - )は、福岡県八女市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。現在は阪神タイガースの打撃投手。 小学1年時から野球を始めると、八女市立筑南中学校時代には、硬式野球チームの『八女スカイホーク』に所属。筑陽学園高校への進学後は、2年時夏の全国高等学校野球選手権福岡大会で決勝にまで進んだものの、春夏ともに甲子園出場はできなかった。 高校卒業後は東京農業大学へ進学。2年時の春から東都大学野球2部のリーグ戦に登板。在学中には、2部リーグ戦通算30試合の登板で、5勝12敗という成績を残したが、当時は故障がちなことも災いして、NPB球団のスカウトから注目されなかった。
高橋 祐太郎(たかはし ゆうたろう、1987年10月3日 -… 高橋 祐太郎(たかはし ゆうたろう、1987年10月3日 - )は、福岡県八女市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、フォワード(FW)、ディフェンダー(DF)。実兄の高橋大輔も元プロサッカー選手。 2010年、福岡大学からヴィッセル神戸へ入団するも出場の機会に恵まれず、翌年にはセレッソ大阪へ移籍。実兄の高橋大輔とチームメートとなったが、ここでも出場出来ず、2012年よりロアッソ熊本へ移籍した。 ロアッソ熊本では当初ディフェンダーとしての起用であったが、フォワード起用となってからはJリーグ初得点を決めており、またアシスト数もチーム内で上位であった。2012年5月11日に入籍、J初ゴールを決めたホーム水戸ホーリーホック戦は夫人の誕生日であった。
田中 佑昌(たなか ゆうすけ、1986年2月3日 - )は、… 田中 佑昌(たなか ゆうすけ、1986年2月3日 - )は、福岡県八女市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 ユースからトップチームに昇格すると、J2第5節の横浜FC戦で初出場・初先発。さらに8月11日の湘南ベルマーレ戦でプロ初ゴールを挙げた。この年は結局得点はその1ゴールだけだったが、いきなり主力に定着し28試合に出場した。 2005年シーズンも主にFWとしての起用で、途中加入のFWグラウシオと抜群のコンビネーションを見せた。自身も33試合7得点でアビスパのJ1昇格に貢献した。 2006年もJ1での出場機会が多く、主力として完全に定着し、安定した活躍が認められた2007年に背番号を11に変更。
馬場 由美子(ばば ゆみこ 1984年8月22日 - )は、… 馬場 由美子(ばば ゆみこ 1984年8月22日 - )は、日本の女子プロゴルファー。 福岡県八女市出身。血液型O型。2002年(平成14年)、久留米信愛女学院高等学校1年在学時に第46回全国高等学校ゴルフ選手権大会に出場、女子の部で7位。2年で九州高等学校ゴルフ選手権優勝。3年で九州ジュニアジャパンカップ優勝。 2005年(平成17年)にプロテスト合格。姉の馬場ゆかりも女子プロゴルファーである。
高橋 大輔(たかはし だいすけ、1983年9月18日 - )… 高橋 大輔(たかはし だいすけ、1983年9月18日 - )は、福岡県八女市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代の登録ポジションはミッドフィールダー。 実弟の高橋祐太郎も元プロサッカー選手。 2006年、福岡大学から大分トリニータに加入。フォワードとして入団したが、監督のペリクレス・シャムスカに右ウィングバックとして抜擢される。4月22日のJ1第9節・大宮アルディージャ戦でプロデビューを果たし、7月22日のJ1第14節・アルビレックス新潟戦では初得点を記録。2006年天皇杯でのザスパ草津戦にてハットトリックを達成した。 2007年シーズンは前年と同じ右WBというポジションながらチーム得点王、自己最高となるリーグ10得点(そのうち4得点はヴィッセル神戸戦で記録)を挙げるが、10月27日のJ1第30節鹿島アントラーズ戦で負傷、左ひざ内側側副じん帯を損傷[要出典]し、全治2カ月と診断されシーズンを終えた。
安達 阿記子(あだち あきこ、1983年9月10日 - )は… 安達 阿記子(あだち あきこ、1983年9月10日 - )は、日本の女子ゴールボール選手。ゴールボール女子日本代表。リーフラス株式会社所属。 福岡県八女市出身。久留米市立日吉小学校、久留米市立諏訪中学校、久留米信愛女学院高校を卒業。 14歳のときに視力の中心部分が見えなくなる黄斑変性症を右目に発症。19~20歳のときに左目にも発症し、視力をほぼ失った(弱視)。 2006年、あん摩マッサージ指圧師の資格を取るために国立福岡視力障害センターに入所した際にゴールボール競技に出会った。スポーツの経験はほとんどなかったというが、翌2007年7月のIBSA世界選手権大会で国際大会に初参加し、同大会で銅メダルを獲得。
馬場 ゆかり(ばば ゆかり、1982年12月30日 - )は… 馬場 ゆかり(ばば ゆかり、1982年12月30日 - )は、日本の女子プロゴルファー。所属はミュゼプラチナム→SMBC日興証券(2016年シーズンから)。福岡県八女市出身。血液型A型。妹の馬場由美子も女子プロゴルファー。 ツアープロの中で最も小柄な体(149cm)ながら、ダイナミックなプレーが持ち味。 小学校2年生から父親の勧めでゴルフをはじめ、久留米市立久留米商業高等学校3年時に日本ジュニアゴルフ選手権競技で3位タイ。2002年のプロテストに一発合格。 2004年のヨネックスレディスでは、不動裕理をおさえて初優勝を勝ち取る。2008年のライフカードレディスでは、最終日にホールインワンを出して4年ぶりの通算2勝目を達成。
川口 憲史(かわぐち けんし、1976年6月28日 - )は… 川口 憲史(かわぐち けんし、1976年6月28日 - )は、福岡県八女市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。現在は野球解説者、タレント、製パン店オーナー。
堀江 貴文(ほりえ たかふみ、1972年〈昭和47年〉10月… 堀江 貴文(ほりえ たかふみ、1972年〈昭和47年〉10月29日 - )は、日本の実業家、著作家(書籍・動画)、政治活動家、投資家、タレント、俳優、歌手、料理人、参議院議員私設秘書、YouTuber。 愛称は「ホリエモン」であるが、堀江本人があだ名やペンネームなどを名乗る際には「たかぽん」を自称している。SNS media&consulting株式会社ファウンダー、インターステラテクノロジズ株式会社ファウンダー、ゼロ高等学院主宰、株式会社7gogo取締役、日本ゴルフ改革会議委員、Jリーグアドバイザー、大阪府・大阪市の特別顧問(国際博覧会(万博)担当)、ライブドア(4代目)エグゼクティブ・アドバイザー、野菜アドバイザー、北九州市アドバイザー、北九州下関フェニックスオーナー、CROSS FM代表取締役会長、トキエア取締役、ホリエモンAI学校株式会社取締役。
平田 崇昭(ひらた たかあき、1965年10月2日 - )は… 平田 崇昭(ひらた たかあき、1965年10月2日 - )は元競輪選手。福岡県八女市出身。日本競輪学校第55期卒業。現役時は日本競輪選手会福岡支部に所属。師匠は原敬人。ホームバンクは久留米競輪場。 久留米工業大学付属高等学校在学中の1983年に全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(一宮競輪場)のポイントレースで優勝し、1985年に日本競輪学校へ入学。同期に鈴木誠、郡山久二、松田孝志らがおり、在校成績24位で卒業。同年5月11日にホームの久留米でデビュー戦を迎え3着。初勝利は同年7月27日の平塚競輪場。 1990年、オールスター競輪(宇都宮競輪場)決勝4着。 1991年、日本選手権競輪(一宮)決勝6着。
末崎正展(すえざき まさのぶ、1963年 - )は、日本の音… 末崎正展(すえざき まさのぶ、1963年 - )は、日本の音楽プロデューサー、レコーディングディレクター、作詞家(筆名: Shizuma) 福岡県八女市出身。関西大学経済学部卒業。関西大学の人物一覧) 1987年キティ・エンタープライズ(現:ユニバーサルミュージック)入社。 2010年4月1日よりユニバーサルミュージックストラテジック マーケティングジャパン邦楽企画編成部部長・音楽プロデューサー・作詞家・作曲家。 25年に渡るユニバーサル在籍時、安全地帯・加藤登紀子・稲垣潤一・来生たかお・ビリー・バンバン(iichikoCMソング)等、レコーディング・ディレクター、プロデューサーとして計120枚近くのアルバム制作に携わる。
ダニー馬場(だにー・ばば、Donny Baba、1960年1… ダニー馬場(だにー・ばば、Donny Baba、1960年12月15日 - )は、福岡県八女市出身・在住のゴスペル・ソウルシンガー。本名は馬場 浩三。血液型O型。
赤木 良次(あかぎ りょうじ、1958年3月31日 - )は… 赤木 良次(あかぎ りょうじ、1958年3月31日 - )は、日本の元俳優、元歌手。本名、石井 良一。 福岡県八女市出身。身長178cm。血液型はA型。筑陽学園高校卒業。 高校時代、ボランティア活動中にスカウトされ、卒業後に上京して作曲家の城賀イサムに師事。 1977年、ミノルフォンより、『愛の風向き』で歌手デビュー。芸名は、王貞治が命名した。その後俳優に転向し、1979年のテレビドラマ『鉄道公安官』にレギュラー出演。 1982年には『大戦隊ゴーグルファイブ』で、主役のゴーグルレッド / 赤間健一役を演じる。同番組で共演した春田純一は、赤木についてシャイな性格であったが、次第に役と同様のリーダー的存在になっていったと証言している。
江田 康幸(えだ やすゆき、1956年3月19日 - )は、… 江田 康幸(えだ やすゆき、1956年3月19日 - )は、日本の政治家。公明党所属の元衆議院議員(7期)。 福岡県立福島高等学校、熊本大学工学部合成化学科卒業。熊本大学大学院工学研究科合成化学専攻修了。熊本大大学院修了後、財団法人化学及血清療法研究所に入所。在籍中、佐賀医科大学やアメリカ・サンディエゴのバイオベンチャー企業への出向や、ボストン大学医学部への留学を経験。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に公明党公認で比例九州ブロックから出馬し、初当選。以後2021年の第49回衆議院議員総選挙に立候補せず退任するまで7期連続当選。 衆議院議員在職中、熊本大学で博士(工学)を取得している。
安部 龍太郎(あべ りゅうたろう、1955年(昭和30年)6… 安部 龍太郎(あべ りゅうたろう、1955年(昭和30年)6月20日 - )は、日本の小説家。本名は安部 良法。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。 福岡県八女市(旧・黒木町)生まれ。国立久留米工業高等専門学校機械工学科卒。 学生時代から太宰治、坂口安吾などの作品を読んできた。高専時代、熱中したラグビーで大けがを負い1年間休学。このとき坂口の「堕落論」を読んで作家を志すようになった。21歳で上京して東京都大田区役所の矢口出張所に勤めたのち、異動となった下丸子図書館で「図書館報」の編集に携わった。 それまで、同人誌などに小説を書いていたが、妻子がいた29歳のときに公務員を退職し、2年間に限定して小説の執筆に専念した。
貞刈 厚仁(さだかり あつひと、1954年2月12日 - )… 貞刈 厚仁(さだかり あつひと、1954年2月12日 - )は、日本の地方公務員。福岡市総務企画局長や、福岡市副市長を経て、博多座代表取締役社長。 福岡県八女市出身。1972年福岡県立筑紫丘高校卒業、1977年九州大学経済学部卒業、福岡市役所入庁。企画課、アジア太平洋博覧会協会、青少年対策課長、行政管理課長、人事課長、都市開発部長、産業振興部長、企画調整部長、教育次長、福岡市財政局長等を経て、2011年福岡市総務企画局長。2013年に渡邊正光らの後任として、福岡市副市長に起用され、総務企画局・財政局・経済観光文化局・農林水産局・市民局・消防局・教育委員会等を担当。都市開発部長時は大規模再開発事業「博多リバレイン」のスーパーブランドシティ破綻の解決に向けて担当部長として奔走。
津上 賢治(つがみ けんじ、1951年2月14日 - )は、… 津上 賢治(つがみ けんじ、1951年2月14日 - )は、日本の実業家。九州電力代表取締役副社長、福岡空港ビルディング代表取締役社長等を経て、学校法人中村産業学園(九州産業大学など)理事長、アクロス福岡代表理事等を務めている。 福岡県八女市出身。東京都立日比谷高等学校を経て、1973年一橋大学経済学部卒業、日本興業銀行入行。1977年スタンフォード大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)。1993年ブリッジフォード・グループ副社長。1997年日本興業銀行ニューヨーク営業部長。1999年日本興業銀行営業第八部長。2000年九州電力入社。2002年九州電力海外事業部長。2007年九州電力執行役員福岡支店長。
馬場 能久(ばば よしひさ、1949年11月26日 - 20… 馬場 能久(ばば よしひさ、1949年11月26日 - 2022年11月12日)は、日本の政治活動家。 福岡県八女市出身。福岡市南区清水在住。国士舘大学政経学部政治学科卒業。元救う会福岡(北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会)代表。元維新政党・新風副代表・同福岡県本部代表。人権擁護法案に反対する市民の連帯:FUKUOKA共同代表。元(財)国際平和機構評議員。定番問題である日本人拉致事件、尖閣諸島の領有権問題のみならず、介護施設の問題、バリアフリー等の高齢者、障害者問題にも取り組んでいる。また政治思想は伝統保守。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)には当初反対していたが、対中国包囲網になるという主張を展開しTPP賛成に転向した。
伊藤 哲朗(いとう てつろう、1948年(昭和23年)10月… 伊藤 哲朗(いとう てつろう、1948年(昭和23年)10月 - )は、日本の警察官僚。第12代内閣危機管理監、第85代警視総監を歴任。 福岡県八女市出身。福岡県立嘉穂高等学校校長(1955 - 1964年)を務めた伊藤朝生の子息。 1964年、福岡県立嘉穂高等学校に入学し1学期まで在校後、福岡県立修猷館高等学校へ転校。1972年、東京大学法学部を卒業し警察庁入庁。同期に安藤隆春警察庁長官、中村正則関東管区警察局長など。 入庁後は、主に警備警察、外事警察の分野を歩み、千葉県警警備部長、石川県警本部長、警視庁警備部長、千葉県警本部長、皇宮警察本部長、警察庁生活安全局長、警察大学校長などを歴任し、2006年1月19日から2007年8月6日まで警視総監を務めた。
小島 英記(こじま ひでき、1945年 ‐ )は、日本の作家… 小島 英記(こじま ひでき、1945年 ‐ )は、日本の作家、元新聞記者。 作家・小島直記の長男。福岡県八女市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。日本経済新聞のパリ特派員、文化部編集委員などを経て、作家となる。はじめ小島英煕の筆名を用いた。 幼少期から一刀流中西派の高野弘正に師事し、大学在学中に全日本剣道連盟五段を取得。1977年、七段を允許された。
三田村 統之(みたむら つねゆき、1944年(昭和19年)5… 三田村 統之(みたむら つねゆき、1944年(昭和19年)5月8日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元福岡県八女市長(4期)。 福岡県議会副議長(第67代)、福岡県議会議員(5期)、八女市議会議員(2期)等を歴任。 福岡県八女市生まれ。早稲田大学卒業。 1975年、八女市議会議員選挙に出馬し、初当選。八女市議は2期務める。1991年、福岡県議会議員選挙に八女市選挙区から無所属で出馬し、当選。以後、福岡県議会議員に5期連続で当選し、県議会副議長も務める。 2008年、福岡県議会議員を5期目の任期途中で辞職。野田国義八女市長の第45回衆議院議員総選挙出馬に伴う、八女市長選挙に無所属で出馬し初当選。
松尾 博人(まつお ひろと、1935年10月6日 - 201… 松尾 博人(まつお ひろと、1935年10月6日 - 2019年4月19日)は、日本の経営者。クラレ社長を務めた。福岡県八女市出身。 1958年に早稲田大学商学部を卒業し、同年にクラレに入社した。 1988年6月に取締役に就任し、1991年6月には常務に就任し、1993年6月に社長に就任した。 2000年6月には会長に就任した。 2009年4月に旭日中綬章を受章した。 2019年4月19日呼吸不全のために死去。83歳没。
五木 寛之(いつき ひろゆき、1932年〈昭和7年〉9月30… 五木 寛之(いつき ひろゆき、1932年〈昭和7年〉9月30日 - )は、日本の小説家・随筆家。福岡県出身。旧姓は松延(まつのぶ)。日本芸術院会員。 第二次世界大戦での日本の敗戦に伴い少年期に朝鮮半島から引揚げ、早稲田大学露文科中退。作詞家を経て『さらばモスクワ愚連隊』でデビューした。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。反体制的な主人公の放浪的な生き方(デラシネ)や現代に生きる青年のニヒリズムを描いて、若者を中心に幅広い層にブームを巻き起こした。その後も『青春の門』をはじめベストセラーを多数発表。1990年代以降は『大河の一滴』など仏教、特に浄土思想に関心を寄せた著作も多い。 1932年、教員の松延信蔵とカシエの長男として福岡県八女郡上妻村に生まれる。
弓削 三男(ゆげ みつお、1922年(大正11年)11月15… 弓削 三男(ゆげ みつお、1922年(大正11年)11月15日 - 2002年(平成14年)1月26日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 福岡県八女市出身。1950年(昭和25年)に九州大学文学部仏文学科を卒業し、同年に九州大学大学院の特別研究生として在学。翌1951年(昭和26年)に九州大学専任講師となる。1956年(昭和31年)にはフランスのストラスブール大学に、次いで翌1957年(昭和32年)にパリ大学に留学した。 1962年(昭和37年)に九州大学の教授となったのち、1964年(昭和39年)に早稲田大学第一文学部の専任講師となった。さらに翌1965年(昭和40年)に早稲田大学第一文学部の助教授となると、以降1969年(昭和44年)から1970年(昭和45年)まで早稲田大学大学院文学研究科を兼任した。
山下 昇(やました のぼる、1922年(大正11年)7月17… 山下 昇(やました のぼる、1922年(大正11年)7月17日 - 1996年(平成8年)5月15日)は、日本の地質学者。信州大学名誉教授。 フォッサマグナ東縁は柏崎と銚子を結んだ線とする、柏崎-銚子線説を提唱した。 福岡県八女市生まれ。 1945年、東京帝国大学理学部地質学科を卒業。 東京大学理学部助手を経て、1968年に信州大学教授に就任する。1986年に定年退官し、名誉教授となる。 退官後、新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアム館長を務めた。 1996年5月15日、呼吸不全のため死去。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
馬場 元二(ばば もとじ、1919年2月11日 - 2015… 馬場 元二(ばば もとじ、1919年2月11日 - 2015年5月14日)は、日本の経済学者。経済学博士。元札幌大学及び札幌大学女子短期大学部学長。 福岡県八女市出身。1940年横浜専門学校高等商業科卒業。南満州鉄道調査部入社。1941年大日本帝国陸軍入隊。1945年復員。1951年九州大学経済学部卒業。1954年同大学院特別研究生修了。久留米大学商学部講師。1965年市邨学園短期大学商経科教授。1967年九州共立大学経済学部教授。1968年札幌大学経済学部教授。1969年学校法人札幌大学理事。1971年学校法人札幌大学理事長代理。1975年札幌大学学長に就任。1987年札幌大学学長・札幌大学女子短期大学部学長。
長岡 文雄(ながおか ふみお、1917年12月18日 - 2… 長岡 文雄(ながおか ふみお、1917年12月18日 - 2013年?)は、日本の教育者、教育学者。 福岡県八女市出身。書道の雅号 長岡 光邨(こうそん)。1937年福岡県小倉師範学校本科第一部卒。小倉師範附小に勤務時、24歳で文部省 師範学校中学校高等女学校教員検定試験「習字」に当時の最年少で合格した。書道家として東京の学校への就職を薦められたが、同時期に奈良女子高等師範学校附小からの招聘を受け、迷った末、教育者としての道を歩むことを決心する。1943年奈良女子高等師範学校附属小学校教諭となり、木下竹次の「学習法」を引き継ぎ、戦後は重松鷹泰と共に「奈良プラン」を樹立した。 長岡は、「教育は、ひとりひとりの子どもが、人間としての可能性をぎりぎりまで発現していくように手伝うことであり、個性的思考の深化を支援して、人間としての生き方を創造させることである。
田形 竹尾(たがた たけお、1916年〈大正5年)- 200… 田形 竹尾(たがた たけお、1916年〈大正5年)- 2008年〈平成20年〉3月10日)は、日本陸軍航空隊の戦闘機操縦者(パイロット)。「日本革命菊旗同志会」幹部。晩年に日本文化チャンネル桜設立発起人、設立後顧問。「誇りある日本をつくる会」初代会長。 飛行教官として特攻要員を育成、多くの未来ある若者を死地に送り出した経験から、戦後は一貫して特攻戦死者に対する正しい理解を広めるため活動した。 特攻隊員たちの遺した「あとを頼みます、日本を良い国にして下さい」という言葉に従い、「誇りある日本をつくる会」を設立、また歴史小説の第一人者である山岡荘八の指導を受け、特攻にまつわる著作を刊行した。その際、自身も多くの特攻を見送った経験のある山岡から「特攻は崇高すぎて、私には書けない、君が一生かかっても書くべきだ」と言われた。
川上 小夜子(かわかみ さよこ、1896年〈明治29年〉4月… 川上 小夜子(かわかみ さよこ、1896年〈明治29年〉4月27日 - 1951年〈昭和26年〉4月24日)は日本の女性歌人。本名、小西 慶子(旧姓、久城)。覇王樹同人の小西憲三は夫。 1898年(明治31年)、福岡県八女郡三河村(現在の八女市)に生まれ、大牟田市で育つ。熊本尚絅女学校卒業後、1916年(大正5年)に白日社の『詩歌』に参加。詩歌の廃刊後は1918年(大正7年)『覇王樹』の創刊と共に参加、同人として出詠。1925年(大正14年)に水町京子、北見志保子らと共に『草の実』を創刊、覇王樹を退いた。1935年(昭和10年)、北原白秋が『多磨』を創刊するとともに同誌に参加する。なお、草の実は戦時中に解散の命で解散している。
江田 斗米吉(えだ とめきち、1891年〈明治24年〉1月1… 江田 斗米吉(えだ とめきち、1891年〈明治24年〉1月1日 - 1957年〈昭和32年〉4月19日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員(1期)。 福岡県上妻郡矢部村(八女郡矢部村を経て現八女市)で生まれる。高等小学校卒業。農業、石炭業を営む。 東豊炭坑江田鉱業所長、恩賜財団同胞援護会福岡県川崎分会長などを務めた。 1933年(昭和8年)川崎町会議員に当選し、以後3選した。 1949年(昭和24年)1月、第24回衆議院議員総選挙で福岡県第4区から民主自由党所属で出馬して当選した。1952年(昭和27年)10月の第25回総選挙(福岡県第4区、自由党)では落選し、衆議院議員に1期在任した。 1957年(昭和32年)4月19日死去、66歳。
高橋 権六(權六、たかはし ごんろく、1890年(明治23年… 高橋 権六(權六、たかはし ごんろく、1890年(明治23年)12月9日 - 1972年(昭和47年)3月4日)は、大正から昭和期の実業家・政治家。衆議院議員。 福岡県八女郡、現在の八女市で酒造家の家に生まれる。1918年(大正7年)明治学院普通部を卒業。 若いときから院外団に加わった。福岡県会議員に選出され2期在任し、同参事会員、八女郡教育会評議員も務めた。1930年(昭和5年)の第17回衆議院議員総選挙から1947年(昭和22年)第23回総選挙まで立候補を続けたがいずれも落選。同年の福岡県知事選挙でも落選した。1949年(昭和24年)1月の第24回総選挙(福岡県第3区、無所属)で当選。当時の地元新聞に「同情票で勝利」と分析した記事が掲載された。
牛島 敬次郎(うしじま けいじろう、1889年(明治22年)… 牛島 敬次郎(うしじま けいじろう、1889年(明治22年)1月25日 - 1941年(昭和16年)5月22日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功四級。 1889年(明治22年)に福岡県八女郡上妻村で生まれた。陸軍士官学校第22期卒業。1937年(昭和12年)8月に陸軍歩兵大佐に進級し、1938年(昭和13年)3月に近衛歩兵第1連隊長に就任した。翁英作戦に参加。1940年(昭和15年)3月9日に陸軍少将進級と同時に東京陸軍幼年学校長に着任したが、在任中に生徒訓練中の事故により自宅で療養していたが1941年(昭和16年)5月22日に世田谷区阿佐ヶ谷の自宅で死去。同日任陸軍中将。
松尾 三蔵(三藏、まつお さんぞう、1888年(明治21年)… 松尾 三蔵(三藏、まつお さんぞう、1888年(明治21年)1月11日 - 1948年(昭和23年)5月14日)は、大正から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。 福岡県上妻郡川崎村(八女郡川崎村を経て現八女市)で、土木請負業・松尾藤蔵の二男として生まれる。 三菱合資会社に勤務。1917年(大正6年)嘉穂郡碓井村(現嘉麻市)に松尾鉱業所を設立。その後、稲築村山野(現嘉麻市)の中西炭鉱 (株) の坑長に転じた。1926年(大正15年)田川郡に糸飛炭鉱 (株) を設立。1934年(昭和9年)直方市郊外に新高紅炭鉱を開鉱し、後に小林鉱業 (株) に譲渡した。その他、石炭鉱業互助会相談役、金丸鉱業取締役、久恒鉱業顧問、田籠鉱業顧問、藤井鉱業顧問、三崎鉱業顧問、九州曹達顧問などを務めた。
石橋 忍月(いしばし にんげつ、慶応元年9月1日(グレゴリオ… 石橋 忍月(いしばし にんげつ、慶応元年9月1日(グレゴリオ暦1865年10月20日) - 1926年(大正15年)2月1日)は日本の文芸評論家、小説家、弁護士、政治家。本名は友吉。号は萩の門、気取半之丞、福洲学人など。三男は文芸評論家の山本健吉(本名・石橋貞吉)。 明治23年(1890年)、森鷗外の「舞姫」、「うたかたの記」等をめぐり鴎外と論争し評論の地位を高めた。しかし、壮年以降は文学からはなれ、長崎県の県会議員、弁護士として活動した。 帝大在学中からレッシング、ゲーテ、シラーなどに親しみ、文学への目を開き坪内逍遥の『妹と背鏡』、二葉亭四迷の『浮雲』などを論じた清新な筆触で認められた。
木下 学而(きのした がくし、1864年2月6日(元治元年1… 木下 学而(きのした がくし、1864年2月6日(元治元年1月10日) - 1941年(昭和16年)7月10日)は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。 福岡県上妻郡、のちの八女郡北川内村(北川内町、上陽町を経て現八女市)で生まれた。漢籍を学ぶ。林業を営み、木材商を経営し、北川内村会議員、町村連合会議員、福岡県会議員、地方森林会議員となる。また、南筑馬車鉄道会社重役を務めた。 1903年の第8回衆議院議員総選挙において福岡県郡部から立憲政友会公認で立候補して当選した。衆議院議員を1期務め、1904年の第9回衆議院議員総選挙は不出馬。1941年に死去した。
東 久仁彦(ひがし くにひこ、2月18日 - )は、日本の男… 東 久仁彦(ひがし くにひこ、2月18日 - )は、日本の男性声優。福岡県八女市出身。 佐賀県立三養基高等学校、法政大学出身。 高校2年時に佐賀県上峰町に転居。大学進学を機に上京し、TABプロダクション、メディアフォースに所属して声優やナレーターとして活動していた。31歳で上峰町に戻り、フリーで仕事をする傍ら声優専門学校の講師などを務めている。
馬場 稔正(ばば としまさ)は、日本の実業家、投資家。MRT… 馬場 稔正(ばば としまさ)は、日本の実業家、投資家。MRT株式会社前代表取締役社長(CEO)である。 20歳の時、運転する車と信号機の正面衝突事故で生死をさまよう。医師はじめ医療従事者に命を救ってもらったことで、医療界に恩返しするために、医師や医療機関医療をサポートする会社を作りたいと考える。 2000年、東京大学出身の医師とともに、「コンビニエンスストアのような医療施設」というコンセプトの「セブンデイズクリニック メディカルリサーチアンドテクノロジー」(現・MRT)に経営参画する。2010年、当時13名の社員から上場したいと懇願されて上場準備に入り、2014年にマザーズ上場を果たした。 この間、2012年英国国立ウェールズ大学経営大学院修士課程(MBA)を修了する。