石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018… 石原 武(いしはら たけし、1930年8月3日 - 2018年3月20日)は、日本の詩人、英文学者、翻訳家。文教大学名誉教授。 山梨県甲府市生まれ。明治学院大学文学部英文科卒業。1967年に詩集『軍港』を上梓、1974年『離れ象』で日本詩人クラブ賞受賞。1996年、英米詩の翻訳業績により第21回地球賞受賞。立正女子大学助教授、校名変更で文教大学教授、図書館長を務め、2001年定年。2007年『遠いうた 拾遺抄』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。ほかブライアン・オールディスの翻訳、詩の翻訳がある。 2018年3月20日午後8時20分、誤嚥性肺炎のため、埼玉県越谷市のグループホームで死去。87歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
筧 槇二(かけい しんじ、1930年7月28日 - 2008… 筧 槇二(かけい しんじ、1930年7月28日 - 2008年4月10日)は、日本の詩人。本名・渡辺真次。 神奈川県生まれ。横浜国立大学卒。1950年『山脈』を創刊。89年『怖い瞳』で日本詩人クラブ賞受賞。俳人として渡辺四夢を名乗った。
矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 200… 矢川 澄子(やがわ すみこ、1930年7月27日 - 2002年5月29日)は、日本の作家・詩人・翻訳家。早くから天才少女として注目され、没後は「不滅の少女」と呼ばれた。 教育学者・矢川徳光の5人姉妹の次女として東京府北豊島郡王子町大字王子312番地(現・東京都北区王子)に生まれ、生後まもなく、東京府北豊島郡高田町雑司ヶ谷7丁目1117番地(現・東京都豊島区雑司が谷)に転居。園児としてキリスト教系の幼稚園で過ごす。高田第五尋常小学校(現在の目白小学校)1年の時、1938年1月、東京市世田谷区新町に転居。深沢尋常小学校(現・世田谷区立深沢小学校)に転入。1943年、府立第十一高等女学校(現・東京都立桜町高等学校)に入学。
鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - … 鍵谷 幸信 (かぎや ゆきのぶ、 1930年7月26日 - 1989年1月16日)は、日本の英文学者・詩人・音楽評論家。 北海道旭川市出身。北海道旭川北高等学校を経て慶應義塾大学文学部英文科卒。慶應義塾大学法学部助教授、教授。現代英米文学を専攻し、「エリオット詩集」「ウィリアムズ詩集」などの翻訳や研究書を発表。西脇順三郎門下の詩人で、西脇の全集編集にも携わる。 現代美術・現代音楽、ジャズにも造詣が深く、エッセイも多数執筆、「コーシンさん」の愛称で親しまれた[要出典]。
桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12… 桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12日 - )は、日本の小説家、詩人、国文学者。 群馬県沼田市生まれ。兄は彫刻家の桑原巨守。群馬県立沼田高等学校を経て、早稲田大学第一文学部国文科を卒業。同大学院日本文学修士課程修了。1967年、『雨舌』で文學界新人賞を受賞。同年、『死の翼の下に』で第58回芥川賞候補となる。作家・野間宏に私淑し、表現主義的手法の作風で幻視・幻想の世界を描いたことに特色がある。その後は帝京大学教授を務めた。
松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 20… 松永 伍一(まつなが ごいち、1930年4月22日 - 2008年3月3日)は、日本の詩人、文学・美術関係の評論家、作家。 福岡県大木町出身。福岡県立八女高等学校卒。詩人の丸山豊と出会い、詩誌「母音」に参加した。中学教師を経て、1957年に上京して文筆活動に入る。1955年に詩集を刊行し、農民や切支丹、落人などの敗者や弱者への共感を叙情的に歌い上げる作風で知られる。このほか、児童文学、美術関係の評論、いわさきちひろの画集編纂、五木寛之との対談、小説など多岐にわたる著述を残した。子守歌の研究でも知られた。1970年『日本農民詩史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。 2008年3月3日午前0時7分、心不全のため東京都練馬区の病院で死去。
後藤 信幸(ごとう のぶゆき、1930年4月7日 - 201… 後藤 信幸(ごとう のぶゆき、1930年4月7日 - 2017年8月)は、日本のフランス・ドイツ文学者、詩人、翻訳家。亜細亜大学教養部助教授、教授。 大分県竹田市(当時の住所は、大分県直入郡竹田町古町575番地)に生れる。 1936年熊本県玉名郡弥富村の尋常小学校、1942年竹田中学校、1944年学徒勤労動員(北九州の軍需工場)を経て、1947年広島高等師範学校文科に入学。10代後半はロシア文学、ドイツ文学に親しみ、18歳ころより短歌を創作、手書き歌集『昼の夢』(200首)を宮柊二に送る。19歳頃より詩作。1960年、慶應義塾大学の通信教育で学ぶ。1965年慶應義塾大学文学部仏文科卒、学部論文は「シュペルヴィエルにおける詩的体験 - 記憶と忘却 -」。
多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003… 多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003年1月23日)は、日本の詩人・随筆家・翻訳家・フランス文学者。福岡県福岡市の博多(現・博多区)出身。本名、加藤智満子。 銀行員だった父の転勤に伴い、幼少期を京都、東京などで過ごす。小学校5、6年で『プルタルコス英雄伝』や『平家物語』を愛読し、15歳で滋賀県愛知川沿いに戦争疎開した際にプラトン、エピクテトス、セネカなどを携えるなど、少女時代から異才を放っていた。また、謡曲や歌舞伎にも親しんだ。桜蔭高等女学校を卒業後、東京女子大学外国語科で学び、矢川澄子と親交を結ぶ。卒業後に慶應義塾大学文学部英文科に編入学するも、結核に罹り半年間休学。病床での思索が自らの文学的出発点となった。
葉 紀甫(すゑ のりほ、1930年(昭和5年)4月1日 - … 葉 紀甫(すゑ のりほ、1930年(昭和5年)4月1日 - 1993年(平成5年)2月12日)は詩人。元歴程同人。本名は早川 彰美(はやかわ あきよし)。 京城で生まれ、島根県出雲市で63歳で病没した。死因は心臓発作。同年に上梓された『葉紀甫漢詩詞集(一)(二)』に対して、第31回の藤村記念歴程賞が岡本太郎とともに授与された。1993年(平成5年)11月2日の朝日新聞に、入沢康夫による追悼文<「不帰順」の詩人・葉紀甫>が、掲載された。 葉の作品詩集はまれで、1967年(昭和42年)秋に刊行した口語自由詩の『わが砦』と、最晩年の私家版『葉紀甫漢詩詞集(一)』の2冊があるのみで、『わが砦』も彼の友人たちがまとめたものである。
堤 玲子(つつみ れいこ、1930年3月29日 - )は、日… 堤 玲子(つつみ れいこ、1930年3月29日 - )は、日本の作家・詩人。本名・浅野孝子、のち渋谷姓。 岡山市の貧家に生まれる。1946年就実高等女学校(現・就実中学校・高等学校)卒。終戦直後には岡山駅前で体を売った。自動車組合に就職後、『近代詩人』同人となる。1951年庭瀬駅売店店員となる。1954年結婚。1957年タムタム芸術集団(のち「総合芸術」)同人となり編集長・北田玲一郎のもとで詩を書く。1965年「石原慎太郎論」を書き話題となる。1967年、貧困と性にまみれた自伝的小説『わが闘争』を刊行、ベストセラーになり、佐久間良子主演・中村登監督で松竹で映画化もされ、岡山でロケも行われた。
明珍 昇(みょうちん のぼる、1930年3月20日 - 20… 明珍 昇(みょうちん のぼる、1930年3月20日 - 2002年3月13日)は、日本の詩人、文芸評論家。 大阪府出身。関西大学専門部二部国文科を経て、1959年同大学院国文学修士課程修了。大阪府の愛唱歌「あなたの胸に わたしの胸に」を作詞した。大阪府立旭高等学校の教員時に、同校の校歌も作詞した。 関西詩人協会の運営委員として、1994年の協会設立当時から活動していた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
葉山 修平(はやま しゅうへい、1930年3月16日 - 2… 葉山 修平(はやま しゅうへい、1930年3月16日 - 2016年8月28日)は、日本の作家・詩人。本名は安藤幸輔(あんどう こうすけ)。室生犀星の研究者でもあった。 千葉県市原市出身。千葉師範学校卒業。東京大学大学院修士課程(国文学専攻)修了。1955年、林富士馬、太田浩らと同人雑誌『玻璃』を創刊。1957年、林富士馬の紹介で『文芸日本』4月号に短編小説「バスケットの仔猫」を発表する。この短編に対して、室生犀星から批評とアドバイスの書かれた手紙を受け取り、犀星の知遇を得る。1960年、短編小説「日本いそっぷ噺」が第43回直木賞候補となる。同年12月、『日本いそっぷ噺』(大和出版)が出版された。
畑島 喜久生(はたしま きくお、1930年3月1日 - )は… 畑島 喜久生(はたしま きくお、1930年3月1日 - )は、日本の児童文学研究者、教育評論家、詩人。 長崎県対馬生まれ。15歳で西浦上で原爆に遭う。1949年長崎師範学校卒、五年間教師をして1954年上京、1956年國學院大学文学部卒業。公立学校教師を経て、1982年東京都公立学校教頭、1986年調布市立国領小学校校長、1990年定年退職後、白百合女子大学・東京学芸大学・山梨大学講師、東京保育専門学校長を経て、同校理事・学監。20年余、小学校国語教科書(学校図書)の編集に携わる。現代少年詩の会代表(「少年詩の学校」主宰)。日本児童文学者協会会員。
飯島 耕一(いいじま こういち、1930年2月25日 - 2… 飯島 耕一(いいじま こういち、1930年2月25日 - 2013年10月14日)は、日本の詩人、小説家、翻訳家。日本芸術院会員、元明治大学法学部教授。長男は建築評論家の飯島洋一。 岡山市生まれ。旧制第六高等学校時代、シュペルヴィエルに傾倒。1946年、初めて買った詩集は村上菊一郎訳の『惡の華』だった。翌1947年12月に初めて日本の詩人の書いた詩集、朔太郎の『青猫』を買った。1948年10月、創元選書の大岡昇平編『中原中也詩集』を買ったが、ここにはソネットや、四行四連の「定型詩」が多かった。 1949年に東京大学文学部仏文学科入学、1952年同大学を卒業。在学中、栗田勇らと『カイエ』を創刊する一方、1950 - 51年と鈴木信太郎の講義に出て、ヴィヨンの『大遺言詩』、マラルメのソネット、ヴァレリーの『若きパルク』の演習を受ける。
木村 草弥(きむら くさや、1930年2月7日 - 2023… 木村 草弥(きむら くさや、1930年2月7日 - 2023年6月12日)は、日本の歌人、詩人。本名は重夫(しげお)。 京都府綴喜郡青谷村(現在の城陽市)の宇治茶問屋・丸京山城園製茶場の経営者であった木村重太郎とトヨの三男として出生。姉兄妹六人きょうだいの四番目である。太宰治が『パンドラの匣』の元とした日誌の書き手である木村庄助は長兄であり、大阪大学教授、国立国際美術館館長、兵庫県立美術館館長などを歴任した美術史家の木村重信は次兄。 青谷小学校、京都府立桃山中学校(旧制)を卒業後、1948年に大阪外事専門学校(後の大阪外国語大学、現在の大阪大学外国語学部)フランス語科入学。同級生に言語学・国語学者の玉村文郎や田辺保らがいた。
小森 香子(こもり きょうこ、1930年2月1日 - 20… 小森 香子(こもり きょうこ、1930年2月1日 - 2023年6月28日)は、詩人、社会運動家。旧姓・相本。代表作は『母の友 2012年 02月号』 『青い空は青いままで子どもらに伝えたい―母と子で語る昭和といま』 『陽子』などがある。 東京雑司ヶ谷生まれ。父は相本修平、母は桂島ふじ(桂島不二の名で雑誌に投稿していた)で、三女として生まれる。東京都立第十高等女学校在学中に学徒動員を経験。空襲で関西へ疎開したが、再び動員される。 神戸女学院家政学部卒業後、大日本紡績本店に勤務するが、レッドパージに遭う。社会主義者の小森良夫(1926年 - 2008年)と結婚し、新日本文学会で詩や小説を発表。1961年から、夫が世界労働本部の常駐スタッフに就任したため4年間プラハに住む。
川崎 洋(かわさき ひろし、1930年1月26日 - 200… 川崎 洋(かわさき ひろし、1930年1月26日 - 2004年10月21日)は、日本の詩人、放送作家。東京都出身。 茨木のり子と「櫂」を創刊。明るい存在感溢れる詩風で、戦後詩に新鮮な叙情詩の世界を開いた。作品に詩集『はくちょう』(1955年)、『食物小屋』(1980年)、放送詩劇『魚と走る時』(1956年)など。 名前の洋は、『詩経』の「河川洋々」から取って、母方の祖父が名付けた。1944年福岡県八女郡に疎開。福岡県立八女中学校(現:福岡県立八女高等学校)卒業、父が急死した1951年に西南学院専門学校英文科(現:西南学院大学)中退。上京後は横須賀の米軍キャンプなどに勤務した。 1948年頃より詩作を始め、1953年5月茨木のり子と詩誌「櫂」を創刊。
秋吉 久紀夫(あきよし くきお、1930年1月7日 - )は… 秋吉 久紀夫(あきよし くきお、1930年1月7日 - )は、日本の詩人・中国文学者。九州大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。本名・勝廣。九州大学文学部卒。1977年「近代中国における文学運動の展開」で九大文学博士。近畿大学第二教養部(福岡)助教授、福岡女子大学教授、九大文学部教授。1993年定年退官、名誉教授。1993年翻訳特別功労賞(日本翻訳家協会)。1998年福岡県詩人会特別賞。2001年第一回詩界賞(日本詩人クラブ)。2011年福岡県詩人会先達詩人顕彰。
織坂 幸治(おざか こうじ、1930年1月1日 - )は、日… 織坂 幸治(おざか こうじ、1930年1月1日 - )は、日本の詩人。本名・中村靖 福岡中学(現・福岡県立福岡高等学校)に入学後、最後の海軍予科練生として15歳で終戦を迎える。福岡中学4年生に復学し卒業。西南学院大学中退後、映画会社、電通を経て、1974年(昭和49年)コピーライターを辞め喫茶店主に。会社員の時から詩集の発行を手掛け、詩人としても活動。1987年(昭和62年)文芸同人誌「海」の編集責任者となる。1991年(平成3年)から同誌に評論「言語風景論」を執筆。2003年(平成15年)一行詩一行句集「詩句発句」を刊行。1995年(平成7年)に福岡市文学賞受賞。
松林 尚志(まつばやし しょうし、1930年 – 2022年… 松林 尚志(まつばやし しょうし、1930年 – 2022年10月16日)は、日本の詩人、俳人。 長野県松本市出身。松本県ヶ丘高校、慶應義塾大学経済学部卒業。現代俳句協会、現代詩人会の各会員。俳句雑誌「木魂」代表、「海原」同人。 1985年、第4回現代俳句評論賞受賞。1998年–2018年[要出典]、現代俳句協会現代俳句評論賞選考委員。
佐藤 三夫(さとう みつお、1929年11月2日 - )は、… 佐藤 三夫(さとう みつお、1929年11月2日 - )は、ルネッサンスの研究者、詩人、千葉大学名誉教授。 神奈川県生まれ。1954年東京教育大学哲学科卒、61年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1973-74年ローマ大学文学哲学部に学び、1984-85年パドヴァ大学文学哲学部に学ぶ。1977年「ユマニストとデカルトの時代における世界観形成の基本問題」で東京教育大学文学博士。1966年流通経済大学講師、67年助教授、72年教授、1983年千葉大学教育学部教授。95年定年退官、名誉教授。 『世界史』の受験参考書を書いている佐藤三夫は、ほぼ同年だが小石川高校の教諭を長く務めた別人である。
木津川 昭夫(きつかわ あきお、1929年(昭和4年)10月… 木津川 昭夫(きつかわ あきお、1929年(昭和4年)10月28日- 2012年(平成24年)5月22日)は、日本の詩人。 北海道滝川市生まれ。旧制滝川中学校(現北海道滝川高等学校)卒業。戦後から詩作を始め、新十津川町の同人誌「道標」を経て、更科源蔵主宰の札幌市の詩誌「野性」に参加。「文芸首都」にも参加した。上京後、1973年に「ホルン」、1977年「曠野」を創刊。同人に狩野敏也、矢口以文など。 「火牛」「青い花」「日本未来派」同人。2001年から2002年にかけて、日本現代詩人会会長をつとめた。
椎窓 猛(しいまど たけし、1929年9月28日 - 202… 椎窓 猛(しいまど たけし、1929年9月28日 - 2022年1月27日)は、日本の詩人・作家。 福岡県生まれ。父均の小学校教師勤務の都合、矢部村、日出小へ転校後、1942年県立八女中学へ。そのあと福岡第一師範学校本科卒業、小学校教師として勤務、この間、福岡教育センター歌はじめ、福岡県下幼稚園、小、中、高校あわせて15校の校歌も作詞。詩、童話、小説などの創作活動も行う。矢部村教育長時代、“ふるさと創生”の一部を基に「世界子ども愛樹祭コンクール」を創始、回を重ね、のち特別相談役。福岡県詩人会会員。「九州文学」同人。
狩野 敏也(かの としや、1929年9月17日 - 2019… 狩野 敏也(かの としや、1929年9月17日 - 2019年2月3日)は、日本の詩人、料理評論家。児童書ではかのりゅうの筆名も用いる。 北海道標津郡標津町出身。1952年北海道大学法経学部政治学科卒業後、日本放送協会に就職する。札幌、函館、室蘭、東京の各地で記者、ディレクター、資料部員、考査室主査などを務める。1964年、山之口貘の紹介により土橋治重主宰の詩誌「風」の同人となり、終刊まで参加。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本ペンクラブ名誉会員。俳誌「花林花」同人として俳句も詠んだ。 1987年に退職後、十文字学園女子短期大学教授に就任し、2000年までコミュニケーション論、現代詩作法などを講じた。
塔 和子(とう かずこ、本名・井土 ヤツ子(いづち やつこ)… 塔 和子(とう かずこ、本名・井土 ヤツ子(いづち やつこ)1929年8月31日 - 2013年8月28日)は、日本の詩人。11歳でハンセン病を発病し、国立療養所大島青松園に入所するかたわら、多くの詩を書いた。 1929年8月31日、愛媛県東宇和郡(現西予市)明浜町田之浜にて、8人きょうだいの3番目の次女として生まれる。1941年、田之浜国民学校初等科6年生の春、11歳の時(と思われる)にハンセン病を発病。1943年6月21日、13歳の時に、ハンセン病により国立療養所大島青松園(おおしませいしょうえん)に入所。1951年9月、同園の赤沢正美と結婚。1952年頃に、特効薬プロミンによりハンセン病が完治。
大井康暢(おおい こうよう、1929年8月21日 - 201… 大井康暢(おおい こうよう、1929年8月21日 - 2012年5月6日)は、日本の詩人。静岡県生まれ。本名読み・やすのぶ。海軍経理学校合格。日本大学文学部英文科卒。東京都内の私立高校、静岡県内の公立中学校に勤務し、詩や小説を書いた。詩誌『岩礁』主宰。静岡県詩人会会長、静岡県芸術祭選者などを歴任した。
島田 陽子(しまだ ようこ、1929年〈昭和4年〉6月7日 … 島田 陽子(しまだ ようこ、1929年〈昭和4年〉6月7日 - 2011年〈平成23年〉4月18日)は、日本の詩人、作詞家。 東京府出身であるが、11歳から大阪府に在住した。豊中高等女学校(現大阪府立桜塚高等学校)卒業。「文章倶楽部」などで小説を書いた後、1960年頃から童謡や児童詩の創作を始める。大阪弁を使った親しみやすい作風の詩で知られる。1981年、日本童謡賞受賞。 また、合唱曲や歌謡曲などの作詞も多数あり、ザ・ワイルドワンズのヒット曲『花のヤングタウン』、1970年の大阪万博のテーマソング「世界の国からこんにちは」の作詞も行っている。 日本文藝家協会、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本童謡協会、詩と音楽の会、関西詩人協会会員。
田村 のり子(たむら のりこ、1929年5月27日 -202… 田村 のり子(たむら のりこ、1929年5月27日 -2023年9月12日)は、日本の詩人。島根県松江市生まれ。本名・田村徳子。松江高等女学校(現島根県立松江北高等学校)卒。1967年より季刊詩誌『山陰詩人』編集発行人。日本現代詩人会会員(平成28年度先達詩人顕彰)・中四国詩人会会員・島根県詩人連合所属。1972年、評論『出雲・石見地方詩史五十年』で第6回日本詩人クラブ賞を受賞。
秋山 邦晴(あきやま くにはる、1929年5月22日 - 1… 秋山 邦晴(あきやま くにはる、1929年5月22日 - 1996年8月17日)は、日本の音楽評論家、音楽プロデューサー、詩人、作曲家。東京都生まれ。 父は陸軍軍人でのち牧車の号で俳人となった秋山邦雄。父の転任により、1935年から1937年までの幼年期を天津で過ごす。東京都立六中(現・東京都立新宿高等学校)、長野県松本中学校(現・長野県松本深志高等学校)、早稲田大学第二高等学院を経て早稲田大学文学部フランス文学科に入学。1950年代、日比谷にあったGHQのCIE図書館(民間情報教育局)でレコード・コンサートをシリーズで開き、アメリカやヨーロッパの現代音楽を紹介。また、音楽雑誌「レコード音楽」編集長などを務めた。
諏訪 優(すわ ゆう、1929年4月29日 - 1992年1… 諏訪 優(すわ ゆう、1929年4月29日 - 1992年12月26日)は、日本の詩人、翻訳家。 東京生まれ。1949年明治大学文芸科卒。在学中より吉本隆明らと詩誌『聖家族』を創刊。ウィリアム・バロウズやアレン・ギンズバーグといったアメリカのビート・ジェネレーションの影響を受け、その作品を翻訳して日本へと紹介した。ギンズバーグやゲーリー・スナイダーとは直接の交流もあった。1992年没、墓所は東京都世田谷区の宗福寺。 息子は俳優の諏訪太朗。佐野元春と深い交友があった。
新川 和江(しんかわかずえ、1929年4月22日 - 202… 新川 和江(しんかわかずえ、1929年4月22日 - 2024年8月10日)は、日本の詩人。 西條八十に師事。第1詩集『睡り椅子』(1953年)を刊行し、詩誌「地球」の同人となった。愛情にあふれた詩風が特徴。作品に『ローマの秋・その他』(1965年)、『ひきわり麦抄』(1986年)、『いつもどこかで』(1999年)、『記憶する水』(2007年)など。 息子に作曲家・編曲家・キーボーディストの新川博がいる。 茨城県結城市出身。県立結城高等女学校(のちの茨城県立結城第二高等学校)卒業。小学校のころより野口雨情などの童謡に親しみ、定型詩などを作る文学少女だった。女学校在学中、近くに疎開してきた詩人の西條八十に詩の手ほどきを受けた。
牟礼 慶子(むれ けいこ、1929年〈昭和4年〉2月1日 -… 牟礼 慶子(むれ けいこ、1929年〈昭和4年〉2月1日 - 2012年〈平成24年〉1月29日)は、日本の詩人・教師。主な著作として『見えないだけ』『鮎川信夫 路上のたましい』『満身創痍』『夢の庭へ』など。 本名は谷田慶子で、ペンネームの牟礼は三鷹市の牟礼町に因む。夫は堀辰雄の研究者で「新潮」の編集長なども務めた、文芸評論家の谷田昌平。2012年、82歳で脳梗塞のため死去。 東京府出身。4人兄弟の長女として生まれる。出生名殿岡慶子。 東京市立啓明小学校、 東京都立北野高等女学校、 實践女子専門学校(現在の実践女子大学)国文科卒業。 学生時代は井坂洋子の母親らと回覧雑誌に参加して短歌を作っていたが、のちに詩に転向した。
薬師川 虹一(やくしがわ こういち、1929年1月30日 -… 薬師川 虹一(やくしがわ こういち、1929年1月30日 - )は、日本の英文学者、詩人、写真家。同志社大学名誉教授。 英国初期ロマン派が専門。詩誌『Ravine』編集・発行同人。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本翻訳家協会、日本写真協会、日本バイロン協会、関西詩人協会、京都現代詩協議会、京都写真芸術家協会、京都市芸術文化協会に所属。 京都市生まれ。1952年同志社大学文学部英文科卒、1954年同大学院修士課程修了。立命館大学専任講師、助教授、教授、同志社大学文学部教授、1999年名誉教授、東海学園大学経営学部教授。 1997年京都市芸術文化協会賞受賞。2010年瑞宝中綬章受章。
岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 … 岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 - 2011年〈平成23年〉4月7日)は、日本の詩人・童話作家、翻訳家。詩誌『櫂』同人。 詩集に『忘れた秋』『らいおん物語』『ソナチネの木』などがある。1966年、絵本『かばくん』でドイツ児童図書賞、1974年、絵本『かえってきたきつね』で産経児童出版文化賞大賞を受賞した。 劇作家岸田国士の長女として東京府(現・東京都杉並区)に生まれる。妹は女優の岸田今日子。従弟に俳優の岸田森がいる。 立教女学院小学校、立教女学院女学校、東京芸術大学油絵科卒業。画家を志すも肺病を患い詩人になる。 1954年10月4日、北軽井沢大学村にて交友のあった谷川俊太郎と結婚。
加藤 郁乎(かとう いくや、1929年1月3日 - 2012… 加藤 郁乎(かとう いくや、1929年1月3日 - 2012年5月16日)は、日本の詩人、俳人、俳諧評論家。 東京府に生まれる。父は早稲田大学教授であり、長谷川零余子に師事した俳人加藤紫舟(本名・中庸)。 1951年、早稲田大学文学部演劇科卒業。卒業後は日本テレビに勤務し、また商事会社を経営。 俳句は父に教えを受けつつ、日野草城、西東三鬼、高柳重信の影響を受け、父の主宰誌『黎明』に新芸術俳句を発表。1950年に父が没してのちは『黎明』の主宰を継いだ。のちに詩を吉田一穂、西脇順三郎に師事した。昭和30年代には『俳句評論』『ユニコーン』などの前衛俳句誌にも参加した。初期の代表作に「冬の波冬の波止場に来て返す」「昼顔の見えるひるすぎぽるとがる」「天文や大食(タージ)の天の鷹を馴らし」などがあり、西欧詩に学んだ詩的実験を定型俳句で展開し、俳壇の内外で評判を得た。
武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は… 武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は、日本の児童詩人、児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ。本姓・荒谷。東京都立第八高等女学校卒業。 戦後西條八十との出会いを契機に、NHKラジオ「うたのおばさん」に童謡を発表、文筆生活に入る。 フランス民謡の曲「踊る少女」と「きらきら星」の訳詞を担当。 1983年『詩集ねこぜんまい』で産経児童出版文化賞、日本童謡賞受賞。2014年『星』で日本児童文学者協会賞、日本童謡賞受賞。 2009年に三郷町図書館に「武鹿文庫」を設立した。 児童詩、絵本、再話、翻訳、子供向け伝記など多数を執筆している。奈良県三郷町在住。
香山 美子(こうやま よしこ、1928年10月10日 - )… 香山 美子(こうやま よしこ、1928年10月10日 - )は、日本の児童文学作家・絵本作家、詩人。日本児童文学者協会評議委員。 東京都生まれ。旧制金城女子専門学校(現:金城学院大学)国文学科卒。 1963年、『あり子の記』でNHK児童文学奨励賞、日本児童文学者協会賞を受賞。 数多くの創作・詩・絵本などの著書がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小島 千加子(こじま ちかこ〈本名:小嶋喜久江〉、1928年… 小島 千加子(こじま ちかこ〈本名:小嶋喜久江〉、1928年9月19日 - 2025年9月5日)は、日本の編集者、文芸評論家、詩人。 東京府出身。日本女子大学国文科卒業。1949年、新潮社入社。『新潮』編集部にて森茉莉や三島由紀夫、檀一雄、吉行理恵、幸田文、円地文子らを担当。特に森とは、1958年から森が死去する1987年まで29年間にわたって親交を結んでいた。1970年には、三島事件当日の朝に三島由紀夫の遺作となった『豊饒の海』第4巻「天人五衰」の最終回原稿を受け取った。 出版部、副部長職兼務を経て1988年に退社し、文筆業一本となる。 2025年9月5日、老衰のため死去。96歳没。生涯独身だった。
草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 19… 草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 1993年7月25日)は、日本のロシア文学研究者、詩人、小説家、翻訳家。 後の神奈川県鎌倉市に生まれる。父は海軍兵学校校長を務めた草鹿任一であり、草鹿龍之介も親戚にあたるという海軍一家に育ち、湘南中学校から1945年海軍兵学校に入学する(77期)も、まもなく終戦を迎え、復員する。 第二次世界大戦復員後は、横浜工業専門学校を卒業後、早稲田大学に編入学して、ロシア文学を学ぶ。その後、早稲田大学や中央労働学院などで教えながら、日本福祉大学の教授となり、副学長も務めた。 また、詩人としては〈詩人会議〉の常任運営委員も務め、詩集も刊行した。 アレクサンドル・プーシキンを中心とした19世紀文学と、エフゲニー・エフトゥシェンコなどの同時代の詩人を中心に研究し、その方面の著書・訳書も多い。
藤富 保男(ふじとみ やすお、1928年8月15日 - 20… 藤富 保男(ふじとみ やすお、1928年8月15日 - 2017年9月1日)は、東京府小石川区(現・文京区)生まれの詩人。 詩誌『gui』同人。獨逸学協会中学(現・獨協高等学校)、東京外国語大学モンゴル語学科卒。日本現代詩人会、日本文藝家協会会員。 1950年、北川冬彦の詩会「時間」に参加。またカミングス研究会で新国誠一と知り合い、新国と共に詩的実験を試みるグループ、芸術研究協会(ASA)を設立。視覚と音律から日常の言語を再構築する独特の詩法をもち、ユーモラスな作風を得意とする。代表的な詩集に『コルクの皿』『正確な曖昧』『新聞紙とトマト』など。詩集は30冊を超えるほか、翻訳書、編著書も多数。 サッカーが得意であり、アマチュアチームの指導者や、実業団や関東大学リーグの審判を務めていた経験を持つ。
山田 直(やまだ ただし、1928年〈昭和3年〉8月14日 … 山田 直(やまだ ただし、1928年〈昭和3年〉8月14日 - 2015年〈平成27年〉10月20日)は、日本のフランス文学者、詩人。慶應義塾大学名誉教授。 1928年(昭和3年)群馬県前橋市に生まれる。1941年(昭和16年)に上京し、旧制大泉中学校(現・東京都立大泉高等学校)を卒業。1954年(昭和29年)慶應義塾大学文学部仏文科卒、1956年(昭和31年)文学修士、1962年(昭和37年)同大学院博士課程修了。 1963年(昭和38年)千葉商科大学専任講師、1967年(昭和42年)助教授。1968年(昭和43年)フランスに留学する。1969年(昭和44年)慶應義塾大法学部助教授、1974年(昭和49年)教授。
有田 忠郎(ありた ただお、1928年(昭和3年)6月19日… 有田 忠郎(ありた ただお、1928年(昭和3年)6月19日 - 2012年3月11日)は、日本の詩人、翻訳家、仏文学者。専門はフランス詩。西南学院大学名誉教授。文芸誌『同時代』同人。 長崎県佐世保市出身。海軍主計将校だった父の転勤に従って鎌倉、台湾、再び佐世保と転々とした。長崎県立佐世保中学校、第五高等学校を経て、1953年九州大学文学部仏文科卒業。1958年九州大学大学院第二期修了、九州大学文学部助手。1963年北九州大学講師、1964年同助教授、1968年同教授。1975年西南学院大学教授。1999年同大学を退職。 シャルル・ボードレールらの詩が専門だが、ヴィクトル・セガレンの全訳やサン=ジョン・ペルスの翻訳でも知られる。
小坂 太郎(こさか たろう、1928年(昭和3年)5月30日… 小坂 太郎(こさか たろう、1928年(昭和3年)5月30日 - 2010年(平成22年)11月8日)は、秋田県出身の詩人。第7回小熊秀雄賞受賞。本名小坂 芳太郎(こさか よしたろう)。 秋田県雄勝郡西馬音内町(現、羽後町)生まれ。旧制県立横手中学校卒。1951年(昭和26年)より郷里の中学校にて教職に就き、1989年(平成元年)羽後町立三輪中学校(教頭)を定年にて退官。教職の傍ら郷里を基底に詩作を続け、1960年(昭和35年)に思潮社より第一詩集『北方の眼』を刊行。生涯に詩集十冊のほか、評論や随筆集などを著した。1973年(昭和48年)詩「米」(『北の儀式』所収)にて第十回総評文学賞、翌1974年に第四詩集『北の儀式』にて小熊秀雄賞、1987年(昭和60年)には第八詩集『北の鷹匠』で秋田県芸術選奨を受賞している。
木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年… 木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年8月14日)は、日本の詩人、英米文学者、翻訳家、童話作家、作詞家。本名は小島 昭三(こじま しょうぞう)。 新日本文学会、日本文芸家協会、各会員。 京都府京都市中京区生まれ。第六高等学校在学中に敗戦を迎える。1947年東京大学文学部英文科入学、学生運動に加わり、東京大学新聞を編集する。また在学中から詩誌「列島」などに加わり、発行人もつとめた。 1951年卒業、東京都立北野高等学校教諭として英語を教える。 1953年野間宏の跋文を得て『木島始詩集』を刊行、1954年専修大学講師、1963年法政大学第一教養部講師となり、助教授、教授を務める。
村田 辰夫(むらた たつお、1928年1月25日 - 202… 村田 辰夫(むらた たつお、1928年1月25日 - 2020年7月6日)は、日本の詩人、翻訳家。梅花女子大学名誉教授。 滋賀県大津市生まれ。大津商業学校卒、1943年陸軍少年通信兵学校に入り、北支派遣電信第九連隊に配属、1946年復員、1947年同志社大学文学部卒、同大学院修士課程修了、1952年滋賀県立膳所高等学校教諭、1966年梅花女子大学助教授、教授、1998年名誉教授。 『シェイマス・ヒーニー全詩集』(1966 - 1991)『水準器』『電燈』『郊外線と環状線』『さ迷えるスウィニー』『人間の鎖』で2014年度第51回日本翻訳出版文化賞翻訳特別賞受賞。2015年6月現在、日本翻訳家協会副理事長。
岡井 隆(おかい たかし、1928年(昭和3年)1月5日 -… 岡井 隆(おかい たかし、1928年(昭和3年)1月5日 - 2020年(令和2年)7月10日)は、日本の歌人・詩人・文芸評論家。未来短歌会発行人。日本藝術院会員。塚本邦雄、寺山修司とともに前衛短歌の三雄の一人。2016年文化功労者選出。従四位叙位、旭日中綬章追贈。 17歳から歌作を始め、「アララギ」に参加。慶大医学部卒業後、内科医のかたわら、歌人として活躍する。浪漫的歌風の生活詠から次第にナショナリズムに傾き、先鋭的な思想性を短歌に導入し、前衛短歌運動の先頭に立った。一時は文学活動を停止したが、歌集『鵞卵亭』(1975年)を刊行して復帰。作風は柔和に転じた。著作に『海への手紙』(1962年)、『茂吉の歌私記』(1973年)などの評論、『岡井隆の短歌塾 入門編』(2012年)など入門書も多い。
粒来 哲蔵(つぶらい てつぞう、1928年1月5日 - 20… 粒来 哲蔵(つぶらい てつぞう、1928年1月5日 - 2017年6月2日)は、日本の詩人。 山形県米沢市生まれ。1934年福島県郡山市に転居。福島師範学校卒業。1952年古河第一小学校教諭。1954年上京し、『歴程』同人。弓月煌の筆名を用いる。1960年詩集『舌のある風景』で第2回晩翠賞、1972年『詩集 孤島記』でH氏賞、1977年『望楼』で高見順賞、2002年『島幻記』で現代詩人賞、2012年『蛾を吐く』で第63回読売文学賞詩歌俳句賞受賞。藤村記念歴程賞選考委員、尚美学園短期大学教授、白鷗大学教授を歴任。 母方の従弟に粕谷栄市がいる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
清宮 零(きよみや れい、1928年1月4日 - )は、日本… 清宮 零(きよみや れい、1928年1月4日 - )は、日本の詩人・作家。 埼玉県生まれ。本名・勝一(かついち)。1944年海軍甲種飛行予科練生に志願。土浦海軍航空隊に入隊。1945年敗戦のため、8月18日にサイパン島に強制着陸してB29を撃破するという任務を解かれ、「105特別攻撃隊」は横須賀通信隊に戻り、解散。帰還軍人として日本大学農学部予科1年に特別編入し、日本大学法学部政経学科を卒業。産経新聞社に入社し、浦和支局、千葉支局、東京本社婦人部の記者として13年間勤務後、特殊法人埼玉県住宅供給公社に転職。同公社業務部長の時、後進に道を譲るため定年1年前に退職。 仕事のかたわら詩、小説を書き、1969年小説『空葬』で第1回埼玉文学賞小説部門の準賞を受賞。
酒井 憲一(さかい けんいち、1928年 - )は、日本のジ… 酒井 憲一(さかい けんいち、1928年 - )は、日本のジャーナリスト、都市学者、詩人。 名古屋大学法学部政治経済学科卒。1953年朝日新聞記者となる。1983年日曜版編集者から朝日学生新聞社に出向。常務取締役・編集主幹。アメニティ・ミーティング・ルーム主宰。成城大学短期大学部非常勤講師(都市論、アメニティ論)、東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料物理学研究室研究員。詩誌『風』元同人。
高野 喜久雄(たかの きくお、1927年(昭和2年)11月2… 高野 喜久雄(たかの きくお、1927年(昭和2年)11月20日 - 2006年(平成18年)5月1日)は日本の詩人、数学者。新潟県佐渡出身。 宇都宮農専卒。神奈川県立高等学校教諭(数学)を勤めていた。2006年5月1日、神奈川県鎌倉市の自宅にて死去。 長男高野明彦は国立情報学研究所教授。 荒地同人に参加。詩集はイタリア語にも訳され、高い評価を得ている。現代日本の代表的な合唱曲の一つ「水のいのち」(高田三郎作曲)などの作詞でも知られる。北園克衛の詩誌『VOU』にも参加した。 数学関連では「πのarctangent relationsを求めて」(bit、1983年4月号、83-91ページ)を著している。