井内 雄四郎(いのうち ゆうしろう、1933年12月18日 … 井内 雄四郎(いのうち ゆうしろう、1933年12月18日 - 2024年5月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 1964年早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学、早稲田大学第一文学部教授。2003年定年退職。アイリス・マードックを中心に、英国女性小説が専攻。ワセダミステリクラブ二代目会長もつとめた。 2024年5月19日、逝去。享年92(満90歳)。 伯父はギリシア古典文学研究者の高津春繁。
河島 英昭(かわしま ひであき、1933年11月22日 - … 河島 英昭(かわしま ひであき、1933年11月22日 - 2018年5月25日)は、日本のイタリア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京府生まれ。福島県立白河高等学校卒業後、学資のため三年間働き、東京外国語大学イタリア語科を卒業、同大学副手、助手、専任講師、助教授、1960年からチェーザレ・パヴェーゼ全集の半ばを翻訳、1960年代後半にローマ大学に留学、1979年、東京外大教授。 イタリア文学の研究、翻訳に業績をあげ、1988年、『ウンガレッティ全詩集』でピーコ・デッラ・ミランドラ賞、1990年、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』の翻訳で日本翻訳文化賞、1991年、BABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞、2006年、『イタリア・ユダヤ人の風景』で読売文学賞受賞。
田才 益夫(たさい ますお、1933年10月7日- )は、日… 田才 益夫(たさい ますお、1933年10月7日- )は、日本の演出家、チェコ文学の翻訳家。舞台監督協会、日本演出者協会、各会員。 福岡県出身。1959年九州大学文学部哲学科卒業。劇団俳優座、1986年プラハ国立劇場での文化庁芸術家在外派遣研修員などを経て、フリーの舞台監督、演出家として活躍。この間、1977年からチェコ語を学び始める。 2006年の『チャペック戯曲全集』で日本翻訳出版文化賞受賞。カレル・チャペックの作品を多数翻訳。 妻の田才秀季子は、尾崎秀実・尾崎秀樹の妹。田才は、尾崎秀樹主宰の雑誌『ゾルゲ事件研究』(監修者:石堂清倫、今井清一、尾崎秀樹、編集者:高橋千劔破、田才、田辺貞夫)にも共同編集者として参加している。
林 文月(りん・ぶんげつ、1933年9月5日 - 2023年… 林 文月(りん・ぶんげつ、1933年9月5日 - 2023年5月26日)は、台湾の翻訳家、日本文学研究専門家。中国の六朝文学、中日比較文学を専攻する。元国立台湾大学中文系講師、副教授、ワシントン大学中文系客座教授、スタンフォード大学客座教授、カレル大学客座教授。 代表作に訳著『枕草子』『源氏物語』『十三夜』。 原籍は台湾彰化県で、1933年9月5日に上海市の日本租界に生まれた。日本の教育を受けていた。外祖父は連横。従弟は連戦。 1946年、上海から台湾に戻って、中国の教育を受け始めた。台北市立中山女子高級中学卒業。 1952年に国立台湾大学中国文学系に入学し、1956年に卒業。台靜農に師事。 1957年、画家郭豫倫と結婚。
安引 宏(あびき ひろし、1933年8月24日 - )は、日… 安引 宏(あびき ひろし、1933年8月24日 - )は、日本の小説家、翻訳家。 山梨県生まれ。東京大学文学部英文科卒。 筑摩書房で『展望』復刊編集、1970年から1973年集英社で『すばる』創刊編集長、1975年「祝祭のための特別興業」(筆名・志貴 宏『死の舞踏』所収)で第1回中央公論新人賞を受賞、文筆活動に入る。
野田 昌宏(のだ まさひろ、1933年8月18日 - 200… 野田 昌宏(のだ まさひろ、1933年8月18日 - 2008年6月6日)は、日本の小説家、SF作家、翻訳家、宇宙開発評論家、テレビディレクター、プロデューサー、経営者。元日本テレワーク株式会社代表取締役社長(後に相談役)。株式会社ガイナックスの元監査役。 1960年代には主に本名の野田宏一郎(のだ こういちろう)名義を用い、1970年代以降は野田昌宏名義を用いた。また、作詞家としては「山本圭一」の変名も使用した。 1933年8月18日、野田健三郎とツヤ子の長男として福岡県で生まれる。1946年、福岡第一師範学校男子部附属国民学校(現在の福岡教育大学附属福岡小学校)を卒業。泰星中学校・高等学校入学。
川本 静子(かわもと しずこ、1933年6月13日 - 20… 川本 静子(かわもと しずこ、1933年6月13日 - 2010年4月16日)は、日本の英文学者、翻訳家。津田塾大学名誉教授。 東京府生まれ。1955年津田塾大学学芸学部英文学科卒業、1957年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1962年から1年間ハーバード大学大学院に留学、のち津田塾大学助教授、教授、2004年定年退任し名誉教授。 専門は19〜20世紀のイギリス文学で、特にジェイン・オースティン、ジョージ・エリオット、ヴァージニア・ウルフなど女性作家とその時代を多く著し翻訳した。
川村 秀(かわむら すぐる、1933年6月4日 - )は、日… 川村 秀(かわむら すぐる、1933年6月4日 - )は、日本の歴史学者、翻訳家、通訳。 1933年(昭和8年)6月4日、静岡県沼津市生まれ。東京都立北園高等学校(旧・東京府立第九中学校)を経て、早稲田大学文学部ロシア文学科卒業。ロシア史家。翻訳家。川上貿易、蝶理等のモスクワ駐在員を経て、1990年(平成2年)、積水樹脂とアース・コーポレーションを設立、代表取締役副社長としてモスクワ常駐。その間、ロシア科学アカデミー東洋学研究所と日露文化センターを設立。1994年(平成6年)に退職後は、大学への留学生の交換や研究論文の発表など日露間の学術・文化交流に従事。また、晩年の杉原千畝を直接知る数少ない歴史の証人として、その事績を若い世代に伝えている。
吉野 壮児(よしの そうじ、1933年4月28日 - 199… 吉野 壮児(よしの そうじ、1933年4月28日 - 1993年1月10日)は、日本の翻訳家。 吉野秀雄の次男として神奈川県鎌倉市に生まれる。東京大学仏文科卒。リーダーズ・ダイジェスト社勤務。1968年川端康成の序文を得て『歌びとの家』を刊行。その後翻訳を出し、森珠樹の筆名も用いた。
木原 たけし(きはら たけし、1933年3月27日 - )は… 木原 たけし(きはら たけし、1933年3月27日 - )は、日本の翻訳家。元俳優、声優。本名:河内 博。 主に日本語吹き替え作品の翻訳家として第一線で活躍し、数多くのヒット作を手がけた。 京都府福知山市出身。幼少期は神戸で育ち、太平洋戦争による疎開などを経て、終戦後は日光市に移住。 高校時代に演劇部へ所属したことがきっかけで、卒業後は役者になることを志望。だが、実家が代々医者の家系であったことなどから両親に反対され、時間稼ぎのために国際基督教大学英語学科へ進学。在学中に演劇部を設立し、卒業後は役者として演劇を続けながら、テレビドラマのエキストラ出演や生放送CMのモデルをしていた。俳優としてはタレントエージェント、シナリオ文芸くらぶに所属していた。
種村 季弘(たねむら すえひろ、1933年(昭和8年)3月2… 種村 季弘(たねむら すえひろ、1933年(昭和8年)3月21日 - 2004年(平成16年)8月29日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、評論家、エッセイスト。 1969年(昭和44年)の著書『ナンセンス詩人の肖像』では、ルイス・キャロル、エドワード・リア、モルゲンシュテルン、ハンス・アルプらの生涯と作品を紹介。ザッヘル=マゾッホなど多くのドイツ語圏の作家を翻訳、紹介した。澁澤龍彦や唐十郎らと共に1960年代 - 1970年代の、アングラ文化を代表する存在となる。 古今東西の異端的・暗黒的な文化や芸術に関する広汎な知識で知られ、クライストやホフマン、マゾッホなど独文学の翻訳の他、内外の幻想小説や美術、映画、演劇、舞踏に関する多彩な評論を展開し、錬金術や魔術、神秘学研究でも知られる。
利光 哲夫(としみつ てつお、1933年3月10日 - 20… 利光 哲夫(としみつ てつお、1933年3月10日 - 2003年3月14日)は、日本の演劇評論家、翻訳家。 東京生まれ。学習院大学大学院仏文学専攻修士課程修了。演劇雑誌『テアトロ』編集長のほか、フランス演劇の翻訳などをおこなう。
尹 学準(ユン ハクジュン、1933年3月6日 - 2003… 尹 学準(ユン ハクジュン、1933年3月6日 - 2003年1月12日)は、韓国の文学研究者、翻訳家。元法政大学国際文化学部教授、専門は朝鮮文学・日朝比較文化論。 1933年3月6日、朝鮮慶尚北道に生まれる。1953年4月28日、日本への密航を試みるが、巡視艇により発見され唐津の警備救難署に留置される。しかし、警備救難署の留置所から脱走し、岡山、京都などを転々とする。その後、1955年に明治大学第二部法学部に入学するが、プロレタリア文学を研究したいと思い、法政大学第二部文学部の3年次に編入学する。大学では小田切秀雄に師事し、1958年に法政大学を卒業する。卒業後、雑誌『鶏林』の編集に携わり、朝鮮商工新聞社に入社する。
藤原 英司(ふじわら えいじ、1933年2月23日 - )は… 藤原 英司(ふじわら えいじ、1933年2月23日 - )は、日本の動物学者、翻訳家。
彦坂 諦(ひこさか たい、1933年2月15日 - )は、日… 彦坂 諦(ひこさか たい、1933年2月15日 - )は、日本の社会評論家、翻訳家、社会運動家。 宮城県仙台市生まれ。1945年旅順工科大学勤務の父について渡り、3か月後敗戦。1949年帰国。1957年東北大学文学部国史学科卒業、1967年早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専攻博士課程満期退学。 木材検収員、通訳、非常勤講師(芝浦工業大学)などをしつつ戦争論や社会評論活動を行う。九条の会会員。 父は物理学者で新潟大学名誉教授の彦坂忠義。弟は物理学者で広島大学名誉教授の彦坂正道。母方の祖父は西洋史学者の阿刀田令造。妻は作家・フランス文学者の白井愛。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
伊藤 礼(いとう れい、1933年〈昭和8年〉2月14日 -… 伊藤 礼(いとう れい、1933年〈昭和8年〉2月14日 - 2023年〈令和5年〉9月22日)は、日本の英文学者、エッセイスト、翻訳家。元日本大学芸術学部教授。 中国生まれ。一橋大学経済学部卒業。父は伊藤整、兄は伊藤滋。 大学在学中に体調を崩し、1955年(昭和30年)7月から3年間、富士見高原療養所に入院。アメリカ合衆国のロードアイランド大学(en:University of Rhode Island)で政治学を学んだのち、帰国し広告代理店に勤務。退職後、日本大学で教えるようになり、2002年(平成14年)まで日本大学芸術学部教授を務めた。 2023年(令和5年)9月22日、病気のため東京都三鷹市の病院で死去。
原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1… 原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。1955年大阪外国語大学卒業、1958年大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了。立命館高等学校教諭、1964年帝塚山大学講師、大阪外国語大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、関西福祉科学大学教授。 2019年、瑞宝中綬章受章。 ジュリアン・グリーンや、マルセル・プルーストの同性愛を研究。父と娘の近親相姦について虐待的なものも多く存在するとした上でそれだけではないと指摘する。 2020年に老衰のため死去。生没同日である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
福田 昇八(ふくだ しょうはち、1933年1月29日 - )… 福田 昇八(ふくだ しょうはち、1933年1月29日 - )は、日本の文学者(イギリス文学)、翻訳家。勲等は瑞宝中綬章。学位は文学修士(東京大学・1959年)。熊本大学名誉教授、初代日本スペンサー協会会長。 熊本大学文学部教授、九州ルーテル学院大学人文学部教授などを歴任した。 熊本県出身の英文学研究者、英詩翻訳者である。熊本大学文学部や九州ルーテル学院大学人文学部にて教鞭を執った。エドマンド・スペンサーの詩の翻訳、研究を手掛けており、長編叙事詩『妖精の女王』や散文や韻文の翻訳に取り組むとともに、スペンサー詩の数秘構造や『妖精の女王』登場人物の研究などを発表している。また、熊本県における英語教育の改善を訴え、熊本県英語教育振興会を組織し、アメリカ人講師による教員の特訓や、各校へのアメリカ人講師の訪問といったプロジェクトを展開した。
島村 力(しまむら つとむ、1933年1月26日 - )は、… 島村 力(しまむら つとむ、1933年1月26日 - )は、日本の編集者、評論家、翻訳家。 1957年東京大学教養学部教養学科卒業。中央公論社入社後『中央公論』編集長を経て、1973年退社。拓殖大学海外事情研究所客員教授、評論家。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
田口 義弘(たぐち よしひろ、1933年1月22日 - 20… 田口 義弘(たぐち よしひろ、1933年1月22日 - 2002年6月1日)は、日本のドイツ文学者、詩人、翻訳家。京都大学名誉教授。 リルケ、ブーバーなどを専門とした。 平壌に生まれる。1956年、京都大学文学部卒業。京都大学教養部助教授、教授、1997年定年退官、名誉教授、近畿福祉大学教授。 2000年、詩集『遠日点』で日本詩人クラブ賞受賞。 2002年6月1日、心不全のため死去。
笹本 孝(ささもと たかし、1933年1月19日 - )は、… 笹本 孝(ささもと たかし、1933年1月19日 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。 東京生まれ。1963年、早稲田大学仏文科卒。1967年、同大大学院博士課程単位取得満期。パリ第3大学へ留学。跡見学園女子大学講師、助教授、教授、2002年定年退任。フランス現代詩が専門。
小佐井 伸二(こさい しんじ、1933年1月5日 - 200… 小佐井 伸二(こさい しんじ、1933年1月5日 - 2009年2月23日)は、日本の作家、フランス文学者、翻訳家。 東京出身。京都大学文学部仏文科卒、同大学院博士課程中退。 1961年「沈める寺」を『新潮』に発表して作家デビュー。その翌年の1962年「雪の上の足跡」で芥川賞候補。京都大学文学部助手、青山学院大学文学部助教授、教授。フランス文学のほか美術研究を翻訳、また『文藝』などに小説を書いた。2000年に青山学院大を定年退職し、名誉教授となる。大学の教え子だった声優の鈴木弘子と結婚していたことがある。 2009年食道癌の為、神奈川県川崎市の私邸にて逝去。76歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
五十川 潔(いそかわ きよし、1933年 - )は、日本の翻… 五十川 潔(いそかわ きよし、1933年 - )は、日本の翻訳家。 宮崎県生まれ。1938年、数学教師の父に伴ってソウルに渡る。幼少期をソウルで暮らし、のちに現在の北朝鮮江界市に転居。実母、継母ともに死別。 1946年11月、父の郷里の大分県佐伯市に帰着。1952年、九州大学教養部理科に入学し、のちに九州大学文学部哲学科に転部。1958年、同大学大学院文学研究科(心理学専攻)修士課程修了。 1958年、福岡県庁に入庁、社会福祉に従事する。1963年、愛知県に移籍し、児童相談所などに勤務。 韓国語が堪能で、1988年頃に友人を介して画家ペク・ヨンスの『回想録』を知り、親交を深めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
武田 尚子(たけだ なおこ、1933年- )は、日本出身、ア… 武田 尚子(たけだ なおこ、1933年- )は、日本出身、アメリカ合衆国在住の翻訳家。 本名Naoko Takeda Yarin。岡山県に生まれる。津田塾大学英文科卒業。メイ・サートンの翻訳で知られる。
堀田 郷弘(ほった さとひろ、1933年 - 2016年)は… 堀田 郷弘(ほった さとひろ、1933年 - 2016年)は、日本のフランス文学者・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 名古屋市生まれ。南山大学卒。片岡美智に師事。1962年早稲田大学大学院博士課程満期退学。城西大学経済学部助教授、早稲田大学人間科学部教授。2004年定年退任。 アンドレ・マルローを研究した。
林 一(はやし はじめ、1933年 - )は、日本の翻訳家・… 林 一(はやし はじめ、1933年 - )は、日本の翻訳家・物理学者・科学史家。昭和薬科大学名誉教授。専門領域は、理論物理学。 英語で書かれた一般向けの科学書(主に理論物理学関係のもの)を中心に多数の書籍を日本語に翻訳している。翻訳名義に「はやしはじめ」もある。有名な訳書に『エレガントな宇宙』、『ホーキング、宇宙を語る』などがある。 1933年、台北市生まれ。立教大学理学部物理学科卒業。昭和薬科大学教授、のち名誉教授。専攻、理論物理学、科学史。 以下、林が翻訳した本の一部を年代順に列挙する。
田中 潤司(たなか じゅんじ、1933年 - )は、日本のミ… 田中 潤司(たなか じゅんじ、1933年 - )は、日本のミステリ研究者、翻訳家。 東京生まれ。早稲田大学文学部卒。同じ早稲田大学出身の式貴士等と親交を持つ。 早くから海外ミステリに精通。早川書房に入社し、『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の創刊に関わるが、退社して創刊編集長は都筑道夫に譲る。後に、江戸川乱歩主催の『宝石』の顧問もつとめた。 パズルやゲームについても研究し、1972年「アダルトゲーム研究会」を創設した(なお、この場合の「アダルトゲーム」は、現在呼ばれるところの「性的表現があるゲーム」ではなく、「子供むけではなく大人向けのゲーム」という意味である)。オセロは源平碁として従前から親しまれていたゲームであるとしてゲーム研究者として権利関係に疑問を呈している。
栗原 行雄(くりはら ゆきお、1933年 - )は、英文学の… 栗原 行雄(くりはら ゆきお、1933年 - )は、英文学の翻訳家、元早稲田大学教授。 茨城県出身。茨城県立土浦第一高等学校を経て、早稲田大学文学部卒。勤務のかたわら文芸作品の翻訳を行い、のち早大法学部教授を2002年まで務めた。羽成行央の別名での翻訳もある。
平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月1… 平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月12日)は、日本の映画評論家、作家、翻訳家、エッセイスト。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、慶應義塾大学文学部を卒業後、大映に入社。7年間のアメリカ大映総支配人、のち映画評論やプロ野球、競馬エッセイなどを書くほか翻訳を多く行う。
西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月… 西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月6日)は、イタリア文化研究家、書籍輸入業者、翻訳家。(財)日伊協会評議員。 京都市生まれ。1956年東京外国語大学イタリア語科卒業。1975年国際交流基金の派遣で日本語講師としてヴェネツィアに滞在。株式会社文流取締役社長をへて会長。書籍の輸入、翻訳を行い、イタリアに日本人のための料理学校を設立し、日本でのイタリア料理普及など、日伊文化交流に尽くした功績で、1980年サンドロ・ペルティーニ大統領から教育・文化・芸術銀賞を授与され、99年イタリア政府から大騎士の称号を授かる。
髙坂 和彦(こうさか かずひこ、1932年12月9日 - 2… 髙坂 和彦(こうさか かずひこ、1932年12月9日 - 2006年12月19日)はフランス文学者、翻訳家。東京都出身。
沼沢 洽治(ぬまさわ こうじ、1932年12月6日 - 20… 沼沢 洽治(ぬまさわ こうじ、1932年12月6日 - 2007年11月16日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京工業大学名誉教授。従四位瑞宝中綬章。専攻はアメリカ文学。姓の正式な表記は沼澤。 東京市本郷区本富士町(現文京区)生まれ。父の沼沢東衛は山形県人で医学中央雑誌社取締役。 東京都立日比谷高等学校を経て、1955年、東京大学文学部英文科卒業。1958年、東京大学大学院修士課程修了。1960年~1961年コロンビア大学に留学。東京工業大学教授。1988年、退任して東京工業大学名誉教授。桐蔭学園横浜大学教授をへて、1996年から2001年まで聖心女子大学文学部教授(外国語外国文学科)。 専門としてはヘミングウェイ、フィッツジェラルドなどロスト・ジェネレーションの作家や、サリンジャー、および現代英米演劇。
清水 茂(しみず しげる、1932年[昭和7年]11月11日… 清水 茂(しみず しげる、1932年[昭和7年]11月11日 - 2020年[令和2年]1月16日)は、日本のフランス文学者、詩人、翻訳家、早稲田大学名誉教授。文芸誌『同時代』同人、編集長。日本詩人クラブ会長。 東京府出身。1956年早稲田大学文学部仏文科卒、1961年同大学院文学研究科退学。1959年より早稲田大学文学部助手、専任講師、助教授、教授を経て、2003年定年退職、同年より名誉教授となる。 1953年片山敏彦を中心に集まった若者たちによる詩誌『横笛』を創刊。1972年パリのロマン・ロラン研究所にてロランの未公開資料の研究をする。1976年より文芸誌『同時代』同人として活動し、編集長も兼任した。
広瀬 順弘(ひろせ まさひろ、1932年10月28日 - 2… 広瀬 順弘(ひろせ まさひろ、1932年10月28日 - 2007年11月23日)は、日本の翻訳家。東京生まれ。青山学院大学英文科卒。 駐日アメリカ合衆国大使館の広報文化局勤務を経て翻訳家となる。 マイケル・バー・ゾウハーのサスペンス小説をはじめ、様々な洋書を訳した。また、1970年代前半までは外画の吹き替え翻訳もしていた。 シャイで少しも偉ぶったところのない人柄だったという。また、バベル翻訳学院で後進の育成にあたったことがあった。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
村岡 みどり(むらおか みどり、1932年9月13日 - 1… 村岡 みどり(むらおか みどり、1932年9月13日 - 1994年)は、日本の翻訳家・歌人。日本国際児童図書評議会会員。東京市大森区(現・東京都大田区)出身。『赤毛のアン』などの翻訳で知られる翻訳家・村岡花子の養女。東洋英和女学院高等部、青山学院大学英文学科卒業。 1932年(昭和7年)、村岡花子の次妹・梅子と書家・坂田巌の長女として誕生。奇しくも6年前に5歳で早世した、従兄にあたる花子の長男・道雄と同じ誕生日のため、奇妙な縁を感じた花子に溺愛され、後に妹夫婦の理解のもと儆三・花子夫妻の養女として引き取られた。 大学生であった1952年(昭和27年)頃、近所の子供たちが花子の蔵書から童話を借りていたことから、自宅を児童図書館として開放することを提案し、同年に「道雄文庫ライブラリー」が開館に至った。
中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は… 中本 信幸(なかもと のぶゆき、1932年7月6日 - )は、日本のロシア文学者、演劇評論家、翻訳家、神奈川大学名誉教授。
阿部 良雄(あべ よしお、1932年5月23日 - 2007… 阿部 良雄(あべ よしお、1932年5月23日 - 2007年1月17日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 東京に生まれる。東京大学文学部仏文科卒業、同大学院修了。フランス政府招聘留学生として高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリユール)に学び、パリのCNRS(国立科学研究センター)研究員、東洋語学校講師として長くパリに滞在。その間、中央大学助教授の職も経験。1970年より東京大学教養学部助教授、1976年教授。1993年定年退官後は上智大学教授。同大学を退任後は、帝京平成大学文化情報学科教授。 ボードレール研究の第一人者で、『ボードレール全集』の個人完訳を刊行、『シャルル・ボードレール 現代性の成立』で博士号取得、和辻哲郎文化賞、日仏翻訳文学賞受賞。
福本 秀子(ふくもと ひでこ、1932年5月22日 - )は… 福本 秀子(ふくもと ひでこ、1932年5月22日 - )は、フランス語の翻訳家、歴史家。 横浜市出身。1955年慶應義塾大学経済学部卒。1971年京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。パリ大学法経学部博士課程修了(フランス政府給費留学)。フランス語で日本史紹介の本『女と侍』などを刊行。駐日フランス大使ド・ラ・シュバルリの日本語家庭教師も務めた。夫は福本直之。
船戸 牧子(ふなど まきこ、1932年〈昭和7年〉5月 - … 船戸 牧子(ふなど まきこ、1932年〈昭和7年〉5月 - )は、日本の翻訳家、日本語教師。 東京女子大学文学部社会学科卒。ミネソタ大学に留学。英米文学、特に推理小説やSFを翻訳した。 1979年から4年間、コミュニティー誌「OCSニュース」で「学校訪問」シリーズを執筆。1985年から16年間、ニューヨーク市の高校で日本語教師を務めた。
矢島 翠(やじま みどり、1932年4月17日- 2011年… 矢島 翠(やじま みどり、1932年4月17日- 2011年8月30日)は、日本の評論家、翻訳家。 東京市出身。カトリック系の小学校で学び、幼い頃から英語に親しんだ。一方で典型的な皇国少女でもあった。女子に門戸が開かれたばかりの東京大学文学部に入学し、1955年英文科卒業。同年共同通信社に入社、特信部外国通信部配属。1960年特信部文化部、1968年ホノルル特派員、1971年外信部、1974年ニューヨーク特派員を歴任し、1976年帰国後退社。のちフリーランスで文筆活動をし、また大学の映画史の講座を受け持ったりした。 私生活では、大学卒業後まもなく大学の同級生でのちの映画助監督と結婚、1959年に出産。
小尾 芙佐(おび ふさ、1932年3月24日 - )は、日本… 小尾 芙佐(おび ふさ、1932年3月24日 - )は、日本の翻訳家。婚姻前の姓は神谷(かみや)。 東京府豊多摩郡淀橋町大字柏木(現在の東京都新宿区西新宿)に生まれ、東京市淀橋第一尋常高等小学校、三輪田高等女学校で学んだ。戦時中は長野県上伊那郡高遠町に疎開し、長野県伊那高等女学校(その後、長野県伊那弥生ヶ丘高等学校に校名変更)へ転学した。大学受験に向けて、1950年高3の夏休みには東京にある父親の仮住まいに移り、千駄ヶ谷の津田英語会(現在は津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスとなった)が主催する夏期講習に通った。講習が終わった後は国立国会図書館で猛勉強に励み、津田塾大学英文学科に合格を果たした。大学入学後は学生寮に入った。
烏賀陽 正弘(うがや まさひろ、1932年(昭和7年)3月1… 烏賀陽 正弘(うがや まさひろ、1932年(昭和7年)3月17日 - )は、日本の国際ビジネスコーディネーター、ライター、翻訳家。ジャーナリストの烏賀陽弘道は息子。京都大学名誉教授の烏賀陽然良は祖父。 フィリピン・マニラ生まれ。横浜正金銀行元行員で江商(現:兼松)取締役や東京皮革社長を務めた烏賀陽恒正の長男として生まれる。父親の仕事の関係で、生後すぐアメリカ合衆国に渡り、幼少期をニューヨークとロサンゼルスで過ごす。京都大学法学部卒業。東レ入社、国際ビジネスに従事。帰国後、同社マーケティング開発室長などを経て独立。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
赤木 昭夫(あかぎ あきお、1932年3月17日 - )は、… 赤木 昭夫(あかぎ あきお、1932年3月17日 - )は、日本の科学史家、評論家、翻訳家。NHK職員、慶應義塾大学教授、放送大学教授等を歴任。 専攻は科学史、技術論、メディア論。 京都市生まれ。1955年東京大学文学部英文科卒業後、NHK入局。NHK科学番組プロデューサー、NHK科学技術担当解説委員(NHK解説委員)を経てNHKを退職。 慶應義塾大学環境情報学部教授、放送大学教授、コロンビア大学ジャーナリズム大学院フェローを歴任。 慶應義塾大学での教え子に、吉川浩満、山本貴光ら慶応SFC一期生がいる。
神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 20… 神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 2021年8月4日)は、日本の児童文学者・翻訳家・研究家。青山学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。旧制・群馬県立高崎中学校、旧制・第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒業、早稲田大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。在学中から早大童話会に参加し、鳥越信、古田足日、山中恒らと活躍。「小さい仲間」の同人となる。 英国児童文学の翻訳を精力的に続け、アーサー・ランサム全集のほか、リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、モーリス・センダック『かいじゅうたちのいるところ』、ジョン・ロウ・タウンゼンド『アーノルドのはげしい夏』、ウィリアム・メイン、ロイド・アリグザンダー、アラン・ガーナーなど、戦後の代表的な作品の多くを手がけた。
田村 俶(たむら はじめ、1932年2月25日 - 2023… 田村 俶(たむら はじめ、1932年2月25日 - 2023年5月15日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 ミシェル・フーコーなどの翻訳で知られる。 島根県益田市に生まれる。 京都大学文学部仏文科を卒業した。奈良女子大学助教授を経て、教授に就任し、1993年からは学長を務めた(1997年まで)。退官後、名誉教授となる。[要出典] この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岡本 浜江(おかもと はまえ、1932年2月24日 - 20… 岡本 浜江(おかもと はまえ、1932年2月24日 - 2025年12月30日)は、日本の翻訳家。岡本 濱江とも表記される。旧姓は花見 濱江(はなみ はまえ)。 東京都生まれ。東京女子大学文学部英米文学科を卒業後、共同通信社に入社し記者として働く。子育てのために退職した後、中村能三に師事して翻訳を学び、英米の推理小説や児童文学を中心に翻訳を手掛ける。修道士カドフェルシリーズなど大人向け作品のほか、キャサリン・パターソンの作品、アン・ファインの『ミセス・ダウト』など百数十冊の訳書がある。1986年からはアサヒカルチャーセンタ-の講師として15年以上にわたり翻訳などの指導に当たった。1996年、日本児童文芸家協会賞特別賞。
高橋 康也(たかはし やすなり、1932年2月9日 - 20… 高橋 康也(たかはし やすなり、1932年2月9日 - 2002年6月24日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て名誉教授。 東京生まれ。1953年東京大学文学部英文科卒、1958年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。中央大学専任講師を経て1962年東京大学教養学部専任講師、助教授、1977年教授。英文科や比較文学の大学院でも教えた。定年後は昭和女子大学大学院教授を勤めた。 日本英文学会会長、日本シェイクスピア協会会長、国際シェイクスピア学会副会長を歴任し、1993年、大英帝国勲章CBEを受章した。 サミュエル・ベケット、シェイクスピアなど演劇や、ルイス・キャロル作品を研究対象とし、ノンセンスなどの、文学における言葉遊びに光を当てるとともに、キャロルの少女愛好についてもその全体像を紹介した。
千野 栄一(ちの えいいち、1932年2月7日 - 2002… 千野 栄一(ちの えいいち、1932年2月7日 - 2002年3月19日)は、日本の言語学者、翻訳家、東京外国語大学名誉教授、元和光大学学長。専門は言語学、およびチェコ語を中心としたスラブ語学。 晩年は旧字体の「千野 榮一」と表記した。 1932年、東京府豊多摩郡渋谷町(現:東京都渋谷区)栄通1丁目生まれ。1948年、東京都立高校(旧制)尋常科(現:東京都立桜修館中等教育学校)修了。当時からの友人に地理学者江波戸昭がいる。 1949年、東京都立高校高等科(現:東京都立大学)修了。1955年、東京外国語大学第四部(ロシア語)を卒業。1958年、東京大学文学部言語学専攻を卒業した。同年よりチェコスロヴァキア政府奨学生としてプラハのカレル大学に入学。
川口 喬一(かわぐち きょういち、1932年2月1日 - )… 川口 喬一(かわぐち きょういち、1932年2月1日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。筑波大学名誉教授。 北海道空知郡上砂川町生まれ。北海道砂川北高等学校卒業。東京教育大学大学院博士課程満期退学(英文学)。1995年「「ユリシーズ」演義」で筑波大文学博士。成城大学講師、助教授、教授を経て、1974年筑波大学教授、1995年定年退官、名誉教授、目白大学教授、大学院教授、大学図書館長、大学院客員教授を経て2005年退職。
佐渡谷 重信(さどや しげのぶ、1932年1月31日 - 2… 佐渡谷 重信(さどや しげのぶ、1932年1月31日 - 2019年8月14日)は、日本のアメリカ文学者、比較文学者、翻訳家。西南学院大学名誉教授。 東京生まれ。1955年早稲田大学教育学部卒。1959年西ミシガン大学大学院留学。1969年イェール大学研究員。西南学院大学教授。2003年定年退職、名誉教授。2019年8月14日、心不全のため死去、87歳。 比較文学では明治期日本文学へのアメリカ文学の影響研究や美術研究、米国作家研究で著書を多数刊行した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。