大塚 末子(おおつか すえこ、1902年3月9日 - 199… 大塚 末子(おおつか すえこ、1902年3月9日 - 1998年11月25日)は、日本のファッションデザイナー。 福井県敦賀市出身。実業学校中退後、呉服屋のお針子となり、上京して1932年結婚。夫の勧めで文化服装学院に入学して洋裁を学び、1935年に卒業。 『暮しの手帖』第5号(1949年)に、考案した「もんぺスーツ」が掲載される。1948年に夫と死別し、『装苑』の編集者を務めていたとき、仕事で出会ったイサム・ノグチに、着用していたもんぺスーツの素晴らしさを指摘されて退社、ファッションデザイナーとなる。 1952年から銀座の「たくみ工芸店」に勤務するかたわら、本来は洋裁のものである型紙や洋服地を和服に導入して、機能的な和装デザインを次々と考案した。
村山 知義(むらやま ともよし、1901年(明治34年)1月… 村山 知義(むらやま ともよし、1901年(明治34年)1月18日 - 1977年(昭和52年)3月22日)は、日本の小説家、画家、デザイナー、劇作家、演出家、舞台装置家、ダンサー、建築家。日本演出者協会初代理事長。
藤原 太一(ふじわら たいち、1900年1月8日 - 199… 藤原 太一(ふじわら たいち、1900年1月8日 - 1990年1月)は、日本のグラフィックデザイナー。著書『図案化せる実用文字』(1925年)と『絵を配した図案文字』(1926年)によって知られる。長崎県南松浦郡福江村(現在の五島市)出身で、関西を拠点として活動した。 1900年(明治33年)1月8日、五島列島を構成する福江島の福江村において生まれる。中学校卒業後に上阪し、1918年(大正7年)にデザイナーとして森下博薬房(森下仁丹)広告部に入社する。 1925年(大正14年)12月、大鐙閣から著書『図案化せる実用文字』が刊行された。本書は独学で広告図案を研究していた藤原による文字デザインを集成したものであり、藤原は「集の初めに」において「今日この種の参考書が、かなり必要にせまられてゐるにも拘らず未だかうしたものゝ完全な出版を見ない」とし、「図案文字発達上の一基礎ともなり、刺戟ともならば、幸ひ此の上なきこと」であると述べている。
山名 文夫(やまな あやお、1897年7月17日 - 198… 山名 文夫(やまな あやお、1897年7月17日 - 1980年1月14日)は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナーである。日本のグラフィックデザインの黎明期における先駆者の一人で、大正期から昭和初期にかけてのモダンなアール・デコスタイルで知られ、資生堂の現在にもつづくキーデザイン、紀ノ国屋のロゴ、新潮文庫の葡萄マークのデザインで知られる。 1897年(明治30年)7月17日、広島県広島市に生まれる。 少年期から竹久夢二や北野恒富、オーブリー・ビアズリーに憧れ、模写に没頭する。旧制・和歌山県立和歌山中学校(現和歌山県立桐蔭中学校・高等学校)後、1916年(大正5年)、大阪へ出て、赤松麟作が主宰する「赤松麟作洋画研究所」第2期生となり、絵画を学ぶ。
吉田 謙吉(よしだ けんきち、1897年2月10日 - 19… 吉田 謙吉(よしだ けんきち、1897年2月10日 - 1982年5月1日)は、日本の舞台美術家・舞台装置家、映画の美術監督、衣裳デザイナー、タイポグラフィ作家である。 1897年(明治30年)2月10日、東京府東京市日本橋区(現在の東京都中央区日本橋)に生まれる。京橋小学校では同級生に歌舞伎役者の坂東三津之丞、先輩に松竹社長の城戸四郎、後輩に築地小劇場系の劇作家久保栄らがいた。1909年(明治42年)、府立一中に入学するが3年生進級の際、父の倒産により中退。1911年(明治44年)、府立工芸学校金属科鋳金科に入学。1915年(大正4年)に卒業後、海軍造兵廠鋳金工場に勤務する傍ら、葵橋洋画研究所に学び、また、土岐善麿に師事し生活歌を学ぶ。
蜂須賀 年子(はちすか としこ、1896年12月 - 197… 蜂須賀 年子(はちすか としこ、1896年12月 - 1970年12月29日)は、東京都出身のデザイナー。教育者。父は蜂須賀正韶。母は筆子。外祖父は徳川慶喜。
橋本 八重三(はしもと やえぞう、1895年 - ?)は、大… 橋本 八重三(はしもと やえぞう、1895年 - ?)は、大正期に活躍した日本の園芸家、造園家で、日本最初の民間の洋風庭園デザイナー。大阪府出身。近代的な造園業をめざし、従来の造園業と差別化を図った。 京阪神地域を中心に活動。営業にあたり広告戦略を展開、その初期には趣味の乗馬の腕を生かして高級住宅街に出没しチラシを配布、「馬乗り植木屋」と呼ばれる。また友人と植物病院事業という今日の樹木医的な事業、さらにコニファーなどの今日でいうガーデニング用品、橋本式自然木(いわゆる擬木)を開発し販売するなどを実施した。 植木の生産地摂津細河村(現・池田市)の生まれ。大阪府立農学校(現大阪府立大学農学部)園芸科に進学し、大正3年(1914年)卒業と同時に、当時3大公園を建設中の大阪府に奉職。
永島 四郎(ながしま しろう、1894年 - 1963年)は… 永島 四郎(ながしま しろう、1894年 - 1963年)は、日本のフラワーデザイナー、華道家。日本のフラワーデザイン(花卉装飾)における先駆者。 長野県埴科郡松代町(現長野市)出身。1921年、千葉県立園芸専門学校(現千葉大学園芸学部)卒業、東洋園芸株式会社に入社。1922年、欧米の花卉装飾の研究のため渡米、翌年帰国。帰国後の永島の作風は、西洋で得たものに日本人の持つ「わびさび」の心を併せ持った独特のものとなり、日本文化の西洋化の一端を担うこととなった。1935年、東京・銀座に「婦人公論花の店」を開店(戦争により1944年に閉店)。1951年、第一園芸株式会社取締役に就任。 「花卉装飾には冨の裏づけが必要である」という名言を残した。
森谷 延雄(もりや のぶお、1893年(明治26年)10月2… 森谷 延雄(もりや のぶお、1893年(明治26年)10月28日 - 1927年(昭和2年)4月5日)は、日本の家具デザイナー、インテリアデザイナー、東京高等工芸学校(現在の千葉大学工学部)教授。 旧制千葉県立佐倉中学校(現在の千葉県立佐倉高等学校)を経て、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)工業図案科を卒業。清水組に入社し、1920~22年に海外派遣。ロンドン王立美術学校と中央美術工芸学校で家具デザインを学ぶ。「誠之堂」(東京都世田谷区から埼玉県深谷市に移築、1916年築、国の重要文化財)や「晩香廬」(東京都北区、1918年築、国の重要文化財)等の室内装飾を手掛けた。
宮田文子(みやた ふみこ、1888年7月21日 - 1966… 宮田文子(みやた ふみこ、1888年7月21日 - 1966年6月25日)は日本の新聞記者、随筆家、ファッションデザイナー、俳優、実業家。旧姓名は、中平文子(なかひら ふみこ)、武林文子(たけばやし ふみこ)。新聞記者時代の筆名は「なでし子」。 「化け込み」の新聞記者として注目を集めた後、モンテカルロで愛人に顔を銃撃され国内外でスキャンダラスに取り上げられるなど、異色のエピソードの持ち主として知られる。複数の結婚歴と離婚歴があり、三番目の夫は小説家の武林無想庵、四番目の夫は貿易商の宮田耕三。 愛媛県松山市唐人町(現三番町)にて、伊予松山の鉄道局に勤務する中平盛太郎(寿太郎の説もあり)の一女として生まれる。
望月 桂(もちづき かつら、1887年(明治20)1月11日… 望月 桂(もちづき かつら、1887年(明治20)1月11日 - 1975年(昭和50)12月13日)は、アナキストの画家、デザイナー、漫画家である。漫画家としては筆名を犀川 凡太郎(さいかわ ぼんたろう)とする。
永山 美樹(ながやま みき、1886年(明治19年) - 1… 永山 美樹(ながやま みき、1886年(明治19年) - 1949年(昭和24年))は、日本の建築家、デザイナー。 1907年(明治40年)、京都高等工芸学校図案科卒業後、宮内省入省。 内匠寮技手として国会議事堂コンペで三等をとった後、退職。その後、国会議事堂建設の設計嘱託となる。 1922年(大正11年)株式会社髙島屋に入社、また長堀店装飾図案入社。1932年(昭和7年)に長堀店家具装飾部設計部主任となり、1934年(昭和9年)には設計部長となる。また1938年(昭和13年)には長堀店商事部設計部長となり、1942年(昭和17年)商事部設計課長を経て、1943年(昭和18年)定年退職する。
斎藤 五百枝(さいとう いおえ、1881年12月21日 - … 斎藤 五百枝(さいとう いおえ、1881年12月21日 - 1966年11月6日)は、日本の映画美術の美術デザイナー、背景画家、出版における挿絵画家である。日本映画の黎明期に、吉沢商店、日活向島撮影所、国際活映角筈撮影所で、クレジットされることもなくセットの背景を描いた人物であり、後に『少年倶楽部』の表紙画で人気を博した。岡田三郎助門下。 1881年(明治14年)12月21日、千葉県長柄郡一宮本郷村(現在の長生郡一宮町)に、旧一宮藩(加納氏)家老堀内家の三男、俊郎の第七子として産まれる。のち、父の俊郎が旧大和田原本藩(平野氏)家老斎藤家の養子となったため、斎藤姓となる。 一宮尋常高等小学校(現在の一宮町立一宮小学校)、私立京華中学校を卒業。
木檜 恕一(こぐれ じょいち、1881年〈明治14年〉12月… 木檜 恕一(こぐれ じょいち、1881年〈明治14年〉12月14日 - 1943年〈昭和18年〉10月20日)は、日本の工芸家、家具デザイナーである。高等官二等正四位勲四等。 群馬県吾妻郡久賀村須川(現・利根郡みなかみ町須川)の生まれ。父は新治村初代村長を務めた木檜仙太郎。 1902年(明治35年)群馬師範学校(現・群馬大学教育学部)を卒業し、多野郡吉井尋常高等小学校訓導として勤務する。東京高等工業学校(現・東京工業大学)に入学し、教員養成所建築科に所属する。1908年(明治41年)卒業。 卒業後は同校の助教授として活動し、後大学時代に木檜が所属した室内装飾科の研究会である「樫葉会」(後の木材工芸学会)の創設に携わり同時に会長を務めた。
島 欽一(しま きんいち、1877年(明治10年)10月28… 島 欽一(しま きんいち、1877年(明治10年)10月28日 - 1941年(昭和16年)10月28日)は、日本の実業家、グラフィックデザイナー。日本初の図案社とされる島丹誠堂図案社の創業者。 三代続く画人の家系に生まれたが、本格的な美術を捨て広告図案という商業美術の分野に専念し、当時珍しかった「石埭流」の文字を扱い、戦前における多くの新聞広告や図案を考案した。 石埭流は書家・永坂石埭(1845年 - 1924年)の書体だが、欽一が使用した書体はそれに創意工夫を加えたものだった。 欽一は、1934年にいすゞ自動車の初代社章(通称、さざなみマーク)を考案したことでも知られる。社章を考案した当初は自動車工業(いすゞ自動車の前身)の車の商標を制作したに過ぎなかったが、1949年にいすゞ自動車が設立された際に初代社章として採用された。
杉浦 非水(すぎうら ひすい、1876年〈明治9年〉5月15… 杉浦 非水(すぎうら ひすい、1876年〈明治9年〉5月15日 - 1965年〈昭和40年〉8月18日)は、近代日本のグラフィックデザイナー。本名は杉浦朝武(すぎうら つとむ)。日本のグラフィックデザインの黎明期より活動し、商業美術の先駆けであり現代日本のグラフィックデザインの礎を築いた人物の一人として重要である。 1876年愛媛県松山市で、白石朝忠の長男として生まれる。のち杉浦祐明の養子になる。 当初は日本画家を志し、四条派の画家松浦巖暉に師事。1897年の上京後は川端玉章に師事し、東京美術学校日本画選科に入学。 この東京美術学校在学中に洋画家の黒田清輝より洋画や欧風図案の指導を受け、図案家へ転向する。
西田 亜沙子(にしだ あさこ、12月2日 - )は、日本のア… 西田 亜沙子(にしだ あさこ、12月2日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。大阪府出身。 大阪市立工芸高等学校図案科(現・ビジュアルデザイン科)卒業。夫は同じくアニメーターの中谷誠一。AS(アズ)、中谷 亜沙子(なかたに あさこ)という別名義を使うこともある。
竹山 祐右(たけやま ゆうすけ、11月27日 - )は、日本… 竹山 祐右(たけやま ゆうすけ、11月27日 - )は、日本の漫画家・イラストレーター・デザイナー。静岡県出身。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。男性。
憂(ゆう、Yuu、11月4日 - )は、日本のイラストレータ… 憂(ゆう、Yuu、11月4日 - )は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー。群馬県出身、多摩美術大学卒業。ファンタジー小説の装画やボーカロイド関連のイラストレーション制作を手掛けている。 このほか、スターツ出版、ピッコマノベルズ、株式会社パルプライド、株式会社コサエルワーク、株式会社indent、文芸社、たちばな新書、サイドランチなど文芸作品の装画・挿絵を担当。 このほか、MdN、エンターブレイン各誌などの技法書・商業ムックに寄稿。 このほか、各種CDジャケット、イベントビジュアル、販促用アートワークを担当。 このほか、スマートフォン向けゲームを中心に、キャラクターイラスト、イベントビジュアルなどを担当。
足立 慎吾(あだち しんご、7月5日 - )は、日本のアニメ… 足立 慎吾(あだち しんご、7月5日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督。大阪府出身。妻は同じアニメーターの飯塚晴子。 現在はフリーランスだが、以前はXEBECに所属していた。 大阪芸術大学映像学科を卒業後、大学の先輩である石原満に誘われて、アニメーション制作会社のXEBECに入社。 『機動戦艦ナデシコ』で初の動画を担当し、『ロックマンエグゼ』の第9話「恐怖のヨガ戦士!」にて初の作画監督を務めた。 初代監督・宮崎なぎさの降板後、作画崩壊で批判の多かった『魔法先生ネギま!』に第15話「Amicus certus in re incerta cernitur」から参加し、作画を安定させたことから注目を浴びる。
竹花 ノート(たけはな ノート、6月17日 - )は、日本の… 竹花 ノート(たけはな ノート、6月17日 - )は、日本のイラストレーター、キャラクターデザイナー、バーチャルYouTuber、同人作家。 同人サークル「青色clip」主宰。東京理科大学を卒業した後、アミューズメントメディア総合学院を2017年に卒業。イラストレーターとしてはフリーランスで仕事を受けているが、株式会社いろはにぽぺとにも所属している。 ライトノベルの挿絵やソーシャルゲーム・トレーディングカードゲームのイラスト、バーチャルYouTuberのキャラクターデザインなどを中心に活動している。バーチャルYouTuberがブームとなったのを受けて2018年6月から自身がデザインしたキャラクターのLive2Dを用いてYouTubeでの配信活動を開始した。
浦谷 千恵(うらたに ちえ、女性、5月31日 - )は、日本… 浦谷 千恵(うらたに ちえ、女性、5月31日 - )は、日本のアニメ監督、アニメーター・キャラクターデザイナー。夫は片渕須直。 テレコム・アニメーションフィルムに務めた後、世界名作劇場作品及びSTUDIO 4℃、マッドハウス、MAPPAにて活動。
高村 真耶(たかむら まや、3月30日 - ) は、グラフィ… 高村 真耶(たかむら まや、3月30日 - ) は、グラフィックデザイナー。MAYA名義で『beatmania IIDX』をメインに、キャラクターデザイン、ムービークリップの制作を手がける。 大阪芸術大学芸術学部デザイン学科情報デザインコース卒業後、コナミに入社。2008年に同社を退社し、フリーランスのイラストレーターとして活動開始。 2008年5月29日には画集『puzzle MAYA TAKAMURA's Piece』を発売した(コナミスタイル専売)。 2018年2月13日、『少年ジャンプ+』(集英社)にて初めての少年漫画『ヨルの鍵』を連載開始。 高村真耶本人のTwitterアカウントの位置情報には「ウィキが一番詳しい」と書かれていて当記事へのリンクが貼られている。
茂呂 真由美(もろ まゆみ、2月4日 - )は、日本のゲーム… 茂呂 真由美(もろ まゆみ、2月4日 - )は、日本のゲームクリエイター、キャラクターデザイナー。株式会社セガ、セガサミーホールディングス株式会社所属。CEDEC2023、2024、2025企画委員。 東京都荒川区出身。私立女子聖学院中学校・高等学校、御茶ノ水美術学院、すいどーばた美術学院、桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン研究科卒。実家は呉服屋。 株式会社セガ・エンタープライゼスに家庭用ゲームソフトのデザイナーとして入社。『スペースチャンネル5』に出てくる宇宙人「モロ星人」の産みの親で、名前の由来にもなっている。 ゲーム業界での女性の働き方や、ゲーム業界で長く働き続けるための体験談のセミナー、ミートアップの登壇や、ワーキングペアレントの働き方と悩みについての講演、ラウンドテーブルの主催を数多く行っている。
若槻 咲美(わかつき さきみ、1月5日 - )は、日本の漫画… 若槻 咲美(わかつき さきみ、1月5日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、各種デザイナー。千葉県船橋市出身。 栗元咲、伊臣麿名義あり。「栗元健太郎/咲」名で栗元咲こと若槻咲美が作画を担い、栗元健太郎が作画協力・一部構成を担当。(amazon著者ページ 栗元健太郎/咲 参照) 『退屈嫌いの封印術師』原作:空松蓮司、キャラクター原案:伊藤宗一 等、少年青年漫画ジャンルで原作付きの漫画を中心に執筆している。 元夫・栗元健太郎の名義で発表された作品の多くが実際は若槻咲美によるもので、近年「栗元健太郎/咲」名義の作品の多くが若槻咲美名義に変更されている旨をTwitterで明かしている。
松田 浩二(まつだ こうじ)は、ゲームデザイナー、イラストレ… 松田 浩二(まつだ こうじ)は、ゲームデザイナー、イラストレーター、薬剤師。東京都江東区出身。城西大学薬学部卒。当初は松田浩(まつだ ひろし)というペンネームを使っていた。トゥルー・ラブストーリーシリーズのキャラクターデザインおよび原画で知られる。 東邦大学付属東邦中学校・高等学校にて、後にインターチャネルでゲーム開発に携わる多部田俊雄らと知り合う。これが縁となり、大学時代は多部田と別の大学に進むも、ゲームソフトを開発したり、月刊マイコンにてゲーム紹介記事やイラスト・4コマ漫画などを執筆したりした。これらの記事、特に4コマ漫画『がんばれタベタくん』はアナーキーかつ彼ら「多部田ファミリー」の腐れ縁ぶりを如実に示しており、それまで硬派な印象のあった月刊マイコンにあって異彩を放っていた。
西念 武志(さいねん たけし)は、日本のデザイナー、画家、ク… 西念 武志(さいねん たけし)は、日本のデザイナー、画家、クリエイティブディレクターでビジュアルアーティストである。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。ニューヨークに芸術留学。当時描いていたキャンバス画がフランスのファッションブランドの目に止まり、女性像を多く描くようになる。その後は、抽象的な作品が目立ち、反面、社会性の強いコンテンポラリー作品なども発表している。 画家、デザイナーとして活動する一方、クリエイティブディレクターとしての側面もある。電子書籍「音楽絵本」の製作者でもあり、本人が描いた『銀河鉄道の夜』では、デジタルアワードを受賞している。 美に最上の価値を認めるような具象とも抽象ともいえない独特な美しいスタイルが目立つ。
永坂 景子(ながさか けいこ)は、日本のジュエリーデザイナー… 永坂 景子(ながさか けいこ)は、日本のジュエリーデザイナー。 宝飾会社に勤めた後、学校でジュエリーのデザインを学ぶ。その後、化粧品会社がもつジュエリーブランドのデザイナーとして勤務、国内外でのコンテストで受賞を重ねる実力者に。日本の伝統技法の螺鈿・蒔絵をあしらった独創的なジュエリーを創作している。
SKATE THING(スケートシング)は日本のイラストレー… SKATE THING(スケートシング)は日本のイラストレーター/グラフィックデザイナー。ファッションブランド「C.E」のデザイナー。
森川 聡子(もりかわ さとこ)は、日本のアニメーター、キャラ… 森川 聡子(もりかわ さとこ)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。 大阪府立泉陽高等学校卒業。 過去にテレコム・アニメーションフィルム、日本アニメーションに在籍。
佐藤 大輔 は、日本の小説家・ゲームデザイナー・漫画原作者。… 佐藤 大輔 は、日本の小説家・ゲームデザイナー・漫画原作者。石川県出身。
azumi(あずみ)は日本のJazzミュージシャン、ファッシ… azumi(あずみ)は日本のJazzミュージシャン、ファッションモデル、Tuno by Azumiのブランドを持つアクセサリーデザイナーである。
佐藤 大輔 は、日本の小説家・ゲームデザイナー・漫画原作者。… 佐藤 大輔 は、日本の小説家・ゲームデザイナー・漫画原作者。石川県出身。
神田 正宏(かんだ まさひろ)は日本の漫画家、キャラクターデ… 神田 正宏(かんだ まさひろ)は日本の漫画家、キャラクターデザイナー。男性。長野県松本市出身。日本大学文理学部物理学科卒業。
木村 一男 は、日本のインダストリアルデザイナー。自動車や鉄… 木村 一男 は、日本のインダストリアルデザイナー。自動車や鉄道車両のデザインを幅広く手がけ、国際的なデザイン交流にも力を尽くした。講演や工業デザインのアドバイザーとしても活動した。常にデザインの機能的な目的と環境との総合美を追求し、業界や市場への課題を積極的に創作活動と併せ掲示しつづけた。
山城 隆一 は、日本のグラフィックデザイナーである。本姓は三… 山城 隆一 は、日本のグラフィックデザイナーである。本姓は三宅。大阪府箕面市出身。
井戸真伸(いど まさのぶ)は、日本のプロダクトデザイナー。 … 井戸真伸(いど まさのぶ)は、日本のプロダクトデザイナー。 主に地場産業のプロダクトデザインを行っている。近年はフィンランドとの繋がりを強め、アールト大学(旧名ヘルシンキ芸術デザイン大学)客員教授、アラビア・アートデパートメント客員アーティストなどを歴任している。 現在28シリーズが国内外美術館のコレクションとなっている
ケイゴイノウエは、日本の映像クリエイター・デザイナー・イラス… ケイゴイノウエは、日本の映像クリエイター・デザイナー・イラストレーターである。METEORA st.に所属している。 大阪府出身。子供の頃からイラストが好きで、ゲーム会社でイラストを描くために大阪芸術大学で油絵を学んだ。 卒業後、イラスト専業での活動はできなかったため、約7年間ゲームスタジオでキャラクターモデラーを勤め上げた。ディレクターの地位を築くまでには年月がかかりすぎると考えていたところ、自分の得意なイラストとシナリオを組み合わせたものを生かせる仕事が漫画家であるという結論を出し、『週刊少年ジャンプ』での連載経験のある漫画家のアシスタントとなった。 自身がストリートダンスを大学生の頃から嗜んでいたことから、リアルアキバボーイズ(RAB)のメンバーとしても活動する株式会社アブストリームクリエイションの社長とダンス活動を繋がったことを機に、アシスタント歴が1年ほどになる頃に声をかけられた。
堀部 安樹(ほりべ あき)は、日本の造園家、景観デザイナー。… 堀部 安樹(ほりべ あき)は、日本の造園家、景観デザイナー。NAYA設計室代表。神奈川県出身。 建築と外部空間が一体となった環境の提案を特徴とし、住宅建築を中心に、建築家や工務店、造園家との協働による作品を手がけている。弟は建築家の堀部安嗣。
鈴吹太郎(すずふき たろう)は主にテーブルトークRPG(TR… 鈴吹太郎(すずふき たろう)は主にテーブルトークRPG(TRPG)を手がける日本のゲームデザイナー、ライター。 ゲームデザイナー業以外にも、TRPGを主に製作する会社「ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」(F.E.A.R.)および出版社「ゲーム・フィールド」を創設し、その社長も務める。そのためリプレイでは「社長」の通称で呼ばれることが多い。 元々は医者を志しており慶應義塾大学医学部に入学。在学中に、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の翻訳(新和版)などを通じて当時ブームになりつつあったテーブルトークRPGを知り、とあるゲームサークル(後の怪兵隊)の門戸を叩く。実際にTRPGを始めたのは23歳の時で、本人は「けっこう遅かった」という認識でいる。
菊原 啓子(きくはら けいこ)は、日本のライティングデザイナ… 菊原 啓子(きくはら けいこ)は、日本のライティングデザイナー、光環境設計士。光環境設計室の代表を務め、建築内外の空間照明設計・デザイン、コンサルティングを専門とする。 菊原啓子は、主に以下の分野を専門として活動している。 「光設計の立場から、居住空間でも敷地があれば、そこを快適なスペースに導くということがライフスタイル提案」であるとし、個々の空間の光が「やがて街の景観の灯火になるように」というビジョンを持って活動している。
内田和美(うちだ かずみ)は、トランスポーテーションデザイン… 内田和美(うちだ かずみ)は、トランスポーテーションデザインを専門にしている日本のプロダクトデザイナー。フォルクスワーゲン・スタジオチーフデザイナー、アウディ・シニアデザイナーやポルシェ・プロジェクトデザインチーフを勤めポルシェ・カイエンのデザインを担当する。富山大学芸術文化学部教授。
岡田 世郎 (おかだ せろう)は、日本の建築家・インテリアデ… 岡田 世郎 (おかだ せろう)は、日本の建築家・インテリアデザイナー。(株)佐藤総合計画 設計取締役。教育施設や医療福祉関係の設計を中心に従事している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
佐野 研二郎 は、東京都出身のグラフィックデザイナー、アート… 佐野 研二郎 は、東京都出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター、クリエイティブディレクター。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科教授。
武石 正宣(たけいし まさのぶ)は、ライティングデザイナー、… 武石 正宣(たけいし まさのぶ)は、ライティングデザイナー、有限会社 ICE 都市環境照明研究所 所長。武蔵野美術大学 空間演出デザイン科 非常勤講師、愛知県立芸術大学 デザイン科 非常勤講師。都市や建築、インテリア等の照明は、物を明るく見せる役割にとどまらず、空間や時間の見え方に大きく係っていると考えている。星のや 東京、COREDO 室町、キャピタルゲートプレイス、東急プラザ銀座などの照明デザインを担当している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
寺田千加子(てらだちかこ)は、日本の建築家・インテリアデザイ… 寺田千加子(てらだちかこ)は、日本の建築家・インテリアデザイナー。東京出身。 学校や公共施設を始め、一般住宅などあらゆる建築を手掛けている。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
青木 ゆかり(あおき ゆかり)は、日本の美術デザイナー。東京… 青木 ゆかり(あおき ゆかり)は、日本の美術デザイナー。東京藝術大学出身。 夫は東京芸術大学時代の同級生で立体造形デザイナーの安藤健浩。 TBSデザインセンター長を経て、現在はTBSホールディングスの執行役員を務める。
太陽(たいよう)は、日本のWEBデザイナー、イラストレーター… 太陽(たいよう)は、日本のWEBデザイナー、イラストレーター、音楽家、東京都渋谷区出身。 東京工業大学大学院(修士課程)修了後、ABEDON (UNICORN)に師事。penpenga(画家/アーティストマネジメントプロデューサー)と共にクリエイティブギルドMONKEYDASHを運営・所属。 平成17年度(第9回)文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門・WEBにて審査委員会推薦作品選出。 WEBサイト制作、ロゴ、パンフレット、グッズ、ラッピングバスなど数多くのデザインを手掛ける。イラストレーターとしても多くの作品を制作している。自身のバンドラクライやメンバーの毛利泰士のバンド毛利泰士とザ・ベストの様々なデザインも手がけている。
佐藤 朋有子(さとう とあこ)は、舞台美術、空間デザイナー、… 佐藤 朋有子(さとう とあこ)は、舞台美術、空間デザイナー、アートディレクター。 武蔵野美術大学卒業後、同大学大学院造形研究科空間演出デザイン専攻を修了。演劇、映画等で活躍中。演劇「昭和スキャンティ」「レンゲ畑のまんなかで」等、映画「弁天通りの人々」「さくらさくら」「TAKAMINE ~アメリカに桜を咲かせた男~」等の美術担当。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
矢野 大輔(やの だいすけ )は日本の照明デザイナー。 ht… 矢野 大輔(やの だいすけ )は日本の照明デザイナー。 http://tokyolighting.com/ Tokyo Lighting Design/東京照明設計 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。