成瀬 治(なるせ おさむ、1928年〈昭和3年〉3月8日 -… 成瀬 治(なるせ おさむ、1928年〈昭和3年〉3月8日 - 2016年〈平成28年〉8月26日)は、日本の歴史学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 1928年生まれ。東京大学文学部西洋史学科を卒業。 1958年、北海道大学助教授に就いた。1968年に東京大学文学部助教授となり、1973年に教授昇格。1989年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。 2016年8月26日、死去。88歳没。 専門は中近世ドイツ史、ヨーロッパ近代政治思想史、近世国制史、マルティン・ルターらキリスト教思想史。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
片岡 啓治(かたおか けいじ、1928年3月1日 - 200… 片岡 啓治(かたおか けいじ、1928年3月1日 - 2004年12月)は、日本のドイツ文学者、文化・思想評論家、翻訳家。獨協大学名誉教授。 1928年、東京府で生まれた。東京大学で学び卒業。獨協大学外国語学部助教授に就き、1983年に教授昇格。1998年に獨協大学を定年退職し、名誉教授となった。 専門はドイツ文学。戦後ドイツ社会、哲学、マルクス主義に関連する著作や、ヴィルヘルム・ライヒなどを翻訳した。また、映画や日本現代文学、幕末史についても著作を残している。寺子屋を運営。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
吉上 昭三(よしがみ しょうぞう、1928年2月27日 - … 吉上 昭三(よしがみ しょうぞう、1928年2月27日 - 1996年1月28日)は、日本のロシア・ポーランド文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 大阪市出身。1951年早稲田大学露文科卒業後、ラヂオプレス通信社入社。1964年より1年間ポーランドに留学。1973年、東京大学教養学部講師、1975年、助教授。1980年、教授。1988年定年退官後、創価大学教授となる。1990年、ポーランドに関する総合文化誌「ポロニカ」を創刊。1991年、ポーランド功労黄金勲章。自宅の火事により焼死。 妻は児童文学者・内田莉莎子(父は洋画家・内田巌。祖父は評論家・内田魯庵)。息子は翻訳家の吉上恭太。
赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2… 赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2013年10月26日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 大阪市生まれ。1952年京都大学法学部卒業、1956年大阪大学文学部仏文科卒、1959年同大学院文学研究科修士課程修了、パリ大学博士(哲学)。大阪大学教養部助教授、文学部仏文科教授。1991年定年退官、名誉教授。妻の赤木冨美子は大阪外国語大学名誉教授。
篠田 浩一郎(しのだ こういちろう、1928年2月18日 -… 篠田 浩一郎(しのだ こういちろう、1928年2月18日 - 2022年12月25日)は、日本のフランス文学・比較文学者、記号学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京大学文学部仏文科を卒業。1957年から東京外国語大学で教え、助教授、教授。1991年定年退官、名誉教授。 19世紀フランス文学の研究から出発し、記号学や物語論など当時先端的な文学理論を吸収しながら、文学評論にとどまらず、強制収容所文学の分析などを含めた視野の広い研究を展開した。晩年は日本文化の研究にも手を染めた。翻訳も多数ある。とりわけポール・ニザン『アデン・アラビア』、ミシュレ『魔女』、ロラン・バルト『サド、フーリエ、ロヨラ』は有名。
石丸 和人(いしまる かずと、1928年2月17日 - )は… 石丸 和人(いしまる かずと、1928年2月17日 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家。 広島県呉市出身。1953年東京大学文学部独文科卒、毎日新聞社入社、外信部副部長、ワシントン支局長、編集委員、論説委員、1983年山形新聞社入社、論説委員。姫路獨協大学教授、2003年定年。
永川 玲二(ながかわ れいじ、1928年2月11日- 200… 永川 玲二(ながかわ れいじ、1928年2月11日- 2000年4月22日)は、日本の英文学者、翻訳家。ジェイムズ・ジョイスやシェイクスピア、ガルシア・ロルカの翻訳者として知られる。 東京大学文学部英文科を卒業後、旧・東京都立大学助教授などを経て、1970年からスペインのセビリアに定住し、主に海洋文学史を研究。ブロンテ「嵐が丘」、ジョイス「ユリシーズ」翻訳が著名である。 鳥取県米子市に生まれた。父は永川重幸。 1945年2月、広島陸軍幼年学校を脱走、軍学校の脱走者は逮捕されたら銃殺刑に処されることが決まっていたため日本全国を転々と逃亡して8月の敗戦を迎え、この体験が丸谷才一の小説『笹まくら』の題材となった──と伝えられていたが、永川玲二の弟の永川祐三によるとこの話は虚構であり、実際には1942年4月に広島の陸軍幼年学校に入学、そのまま卒業し、1945年4月、東京代々木の陸軍予科士官学校に入学したことが資料の上で裏付けられるという。
倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年… 倉田 清(くらた きよし、1928年2月6日 - 2002年)は、日本のフランス文学者、翻訳家。神奈川大学名誉教授。 東京府生まれ。1953年東京外国語大学フランス学科卒。1958年から1960年までパリ大学文学部留学。上智大学助教授、教授、神奈川大学教授、1998年定年退任、名誉教授。 シャルル・ペギーを中心にキリスト教文学を研究、翻訳した。フランス語のみならずイタリア語、スペイン語、英語に通じ、語学教科書も数多く執筆した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年… 木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年8月14日)は、日本の詩人、英米文学者、翻訳家、童話作家、作詞家。本名は小島 昭三(こじま しょうぞう)。 新日本文学会、日本文芸家協会、各会員。 京都府京都市中京区生まれ。第六高等学校在学中に敗戦を迎える。1947年東京大学文学部英文科入学、学生運動に加わり、東京大学新聞を編集する。また在学中から詩誌「列島」などに加わり、発行人もつとめた。 1951年卒業、東京都立北野高等学校教諭として英語を教える。 1953年野間宏の跋文を得て『木島始詩集』を刊行、1954年専修大学講師、1963年法政大学第一教養部講師となり、助教授、教授を務める。
村田 辰夫(むらた たつお、1928年1月25日 - 202… 村田 辰夫(むらた たつお、1928年1月25日 - 2020年7月6日)は、日本の詩人、翻訳家。梅花女子大学名誉教授。 滋賀県大津市生まれ。大津商業学校卒、1943年陸軍少年通信兵学校に入り、北支派遣電信第九連隊に配属、1946年復員、1947年同志社大学文学部卒、同大学院修士課程修了、1952年滋賀県立膳所高等学校教諭、1966年梅花女子大学助教授、教授、1998年名誉教授。 『シェイマス・ヒーニー全詩集』(1966 - 1991)『水準器』『電燈』『郊外線と環状線』『さ迷えるスウィニー』『人間の鎖』で2014年度第51回日本翻訳出版文化賞翻訳特別賞受賞。2015年6月現在、日本翻訳家協会副理事長。
大久保 輝臣(おおくぼ てるおみ、1928年1月3日 - 1… 大久保 輝臣(おおくぼ てるおみ、1928年1月3日 - 1996年6月4日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元学習院大学教授。 父は大久保偵次。東京出身。1952年東京大学仏文科卒業。学習院大学助教授、教授。在職中に死去。
浜野 輝(はまの てる、1928年 - )は、日本の翻訳家、… 浜野 輝(はまの てる、1928年 - )は、日本の翻訳家、H・G・ウェルズの研究家。 東京生まれ。1952年中央大学経済学部卒業。ウェルズを翻訳研究し『解放された世界(英語版)』の思想が、世界人権宣言と日本国憲法の成立に影響したと唱える。
岩原 明子(いわはら あきこ、1928年 - )は、日本の翻… 岩原 明子(いわはら あきこ、1928年 - )は、日本の翻訳家。 東京都生まれ。東京大学文学部英文科卒業。
上田 和夫(うえだ かずお、1928年 - )は、日本の英文… 上田 和夫(うえだ かずお、1928年 - )は、日本の英文学者、翻訳家。 石川県金沢市生まれ。東京大学文学部卒。出版社勤務ののち、明星大学教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
下村 隆一(しもむら りゅういち、1928年 - 1969年… 下村 隆一(しもむら りゅういち、1928年 - 1969年11月)は日本のスウェーデン文学研究者、翻訳家。 大阪市出身。東京大学経済学部2年生のときに結核性脳髄炎を発症。一部麻痺が残り、薬の副作用による障害も抱えながら、スウェーデン語を独学で学び、翻訳を始める その後兵庫県宝塚市に在住し、神戸在住のスウェーデン人にスウェーデン語を学び、山室静に相談してスウェーデンの児童文学の翻訳を始める。 1968年より、トーベ・ヤンソンの代表作『ムーミン』シリーズ二作のほか、いくつかのスウェーデン児童文学を翻訳したが、散歩している最中に自動車事故に遭い、41歳で急死した。このとき進めていたエディト・ウンネルスタード作の『すえっ子Oちゃん』の訳は未完に終わったが、下村の遺族から依頼を受けた石井桃子による加筆・修正が施された上で、1971年に出版された。
三浦 富美子(みうら ふみこ、1928年 - )は、日本の英… 三浦 富美子(みうら ふみこ、1928年 - )は、日本の英文学者、歌人、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 日本女子大学卒業。メリーランド大学を経て、サンフランシスコ州立大学で英文学の修士号を取得。慶應義塾大学教授を務め、1994年定年となり名誉教授。ベティ・フリーダンの『The Feminine Mystique』を翻訳した(邦題『新しい女性の創造』)。 夫は英文学者の三浦新市。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 導(すずき おさむ、1928年 - 2018年2月3日… 鈴木 導(すずき おさむ、1928年 - 2018年2月3日)は、日本の吹き替え、字幕翻訳家。中央大学法学部卒業。外国ドラマ吹き替え翻訳の先駆者のひとり。翻訳学校バベルの講師も務めた。 太平洋テレビジョンにて吹き替え翻訳をはじめる。最初に任された『モーガン警部』(原題 The Sherriff of Cochise)というテレビシリーズでは、翻訳原稿を即座にガリ版で印刷し、リハーサル、本番と徹夜の作業だったという。労働条件が悪かったため、一年後、他の翻訳者二人とともに独立し「翻訳工房」を立ち上げる。しかし、仕事が豊富にあったため、グループで仕事を分け合う必要もなかったという。 独立後の初仕事はマクドナルド・ケリー主演の弁護士もの『ロック・アップ』(原題 Lock Up)だった。
飛田 茂雄(とびた しげお、1927年12月22日 - 20… 飛田 茂雄(とびた しげお、1927年12月22日 - 2002年11月5日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、中央大学名誉教授。日本ヘンリー・ミラー協会名誉会長。 東京都世田谷区出身。1940年、主計将校だった父の転勤に伴って広島に転居。勤労動員先の陸軍被服支廠で被爆している。1952年、青山学院大学英文科卒業。1957年、早稲田大学大学院文学研究科近代英文学専攻博士課程修了(中退)。1955年、青山学院大学助手、1957年に同専任講師、1960年同助教授。1963年、小樽商科大学助教授、1969年に中央大学商学部教授、1993年に中央大学総合政策学部教授。 この間1976年4月から半年間カールトン大学客員研究員、1978年4月から1年間ノースカロライナ大学チャペルヒル校客員研究員を歴任。
清水 正和(しみず まさかず、1927年12月19日 - 2… 清水 正和(しみず まさかず、1927年12月19日 - 2002年7月17日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。甲南女子大学名誉教授。 専門分野は19世紀フランス文学とその関連芸術。 和歌山県生まれ。京都大学文学部フランス文学専攻卒業。大阪音楽大学助教授を経て甲南女子大学教授。1998年定年退職し、名誉教授。 2002年、肝不全により74歳で死去した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
金森 誠也(かなもり しげなり、1927年12月18日 - … 金森 誠也(かなもり しげなり、1927年12月18日 - 2018年6月6日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。専門は、ドイツ文学・ドイツ思想。 東京出身。1952年東京大学文学部独文学科卒業。54年同大学院修士課程修了。日本放送協会に勤務し、国際局欧米部チーフディレクター。1977年に広島大学総合科学部教授、亜細亜大学教養部教授、1983年静岡大学教授。1991年定年退官し日本大学教授。1998年に退職。 1993年に日本独学史学会賞,2007年に国際文化表現学会賞受賞[要出典]。
額田 やえ子(ぬかだ やえこ 、1927年12月13日 - … 額田 やえ子(ぬかだ やえこ 、1927年12月13日 - 2002年4月9日)は、東京出身の英語翻訳家、吹き替え字幕翻訳家。映画翻訳家協会会員。 父は劇作家・小説家の額田六福。本名・渡辺弥栄子。夫は英米文学翻訳家・渡辺栄一郎。 東京府青山師範学校附属小学校(現・東京学芸大学附属世田谷小学校)から立教女学院をへて1944年日本女子大学国語学科に入学、母の同期生だった茅野雅子に学び、敗戦後1948年に卒業。アテネ・フランセで英語を学び、高等科を卒業、1952年、南部圭之助の秘書としてスタア社に入り、映画雑誌『スタア』の編集に4年間携わり、1956年からテレビ映画の吹き替えの翻訳を始める。 『刑事コロンボ』など、テレビドラマ等の吹き替え(アテレコ)の翻訳や、小説の翻訳などで知られている。
森本 和夫(もりもと かずお、1927年12月6日 - 20… 森本 和夫(もりもと かずお、1927年12月6日 - 2012年10月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家、道元研究家。東京大学名誉教授。 1927年、奈良県で生まれた。東京府立第十一中学校(現・東京都立江北高等学校)を経て、東京大学文学部仏文科に進学。同大学大学院に進み、博士課程を中退。 1960年、東京大学教養学部助教授に就き、フランス語を講じた。のち教授昇格。1988年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。2012年に死去。 専門はフランス文学ならびにフランス思想であり、はじめサルトルなど実存主義に始まり、メルロ=ポンティ、ロラン・バルト、ジャック・デリダなどを日本に紹介した。その後、フランス思想との関連から道元へと関心を深め、『正法眼蔵』の読解を行なっている。
中田 耕治(なかだ こうじ、1927年11月5日 - 202… 中田 耕治(なかだ こうじ、1927年11月5日 - 2021年11月26日)は、日本の評論家、小説家、翻訳家、演出家。 東京市大森区生まれ。明治大学文学部英文科卒。在学中の1946年より『近代文学』への投稿を始め、「戦後派」の最も若い批評家として注目を集める。初期評論はのちに『怪蛇(バジリスク)の眼』(1975年)にまとめられている。 1956年、「俳優座」養成所の講師として、戯曲論、アメリカ演劇研究などを講義し、やがて「青年座」などで演出にあたる。 1958年、アメリカ版『MANHUNT』誌の日本語版として創刊された雑誌『マンハント』に翻訳スタッフとして参加。同誌は創刊号で「珍訳誌、超訳誌」を宣言しており、中田も原文に縛られない自在な「超訳」を披露した。
伊藤 晃(いとう あきら、1927年10月4日 - 2008… 伊藤 晃(いとう あきら、1927年10月4日 - 2008年3月8日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學名誉教授。 愛知県生まれ。1956年東京大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了、國學院大學文学部助教授、教授。1998年定年退任、名誉教授。 言語学、歴史学などの翻訳多数。
大久保 昭男(おおくぼ てるお、1927年9月1日 - 20… 大久保 昭男(おおくぼ てるお、1927年9月1日 - 2024年3月12日)は、日本のイタリア文学者、フランス文学者、翻訳家。本名「てるお」だが「あきお」と読むこともある。 アルベルト・モラヴィアの作品を数多く訳した。(児童向けを含め)フランス文学の訳書も出している。 英文学の翻訳者大久保康雄は遠縁の親戚に当たる。 茨城県結城郡西豊田村(現・八千代町)生まれ。1945年第一高等学校入学を経て、東京大学文学部仏文科卒。 2024年3月12日、老衰のため死去。96歳没。
福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 19… 福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 1997年6月8日)は、日本の文芸評論家、ドイツ文学者、翻訳家。 専門は、登山にまつわる随筆、紀行、ドイツ文学などの翻訳のほか、トーマス・マン、 テオドール・フォンターネ、ロベルト・ムジールを中心にドイツ近代小説の研究。また、井上靖夫人の次兄の娘婿で、最もよき理解者である。『井上靖の世界』『井上靖評伝覚』は、文献的にも作家論的にも井上靖に関する最高の業績である。 香川県三豊郡大野原村(現 観音寺市大野原町)出身。旧制香川県立三豊中学校、旧制松山高等学校を経て、1952年東京大学文学部独文科卒業。同年東京大学文学部助手。 1953年茨城大学講師、1955年立教大学文学部講師を経て、1967年立教大学文学部教授。
小浜 俊郎(こはま しゅんろう、1927年8月29日 - 2… 小浜 俊郎(こはま しゅんろう、1927年8月29日 - 2020年7月5日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 東京府(現練馬区)出身。 1954年、東京大学文学部仏文科卒。1961年、慶應義塾大学大学院博士課程満期退学。慶應義塾大学法学部助教授。1971年、慶應義塾大学法学部教授、1993年、定年退任、慶應義塾大学名誉教授。 2020年7月5日7時57分、老衰のため死去。92歳没。
粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日… 粟津 則雄(あわづ のりお、1927年(昭和2年)8月15日 - 2024年(令和6年)4月19日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者、美術評論家、詩人、翻訳家。日本芸術院会員。「歴程」同人。法政大学名誉教授。 1927年、愛知県西尾市生まれ。京都府立第一中学校、第三高等学校で学び、卒業した。1948年、東京帝国大学文学部仏文科に入学。1952年に東京大学を卒業し、その後はフランス文学の翻訳、美術評論等を多く手掛けた。 1964年に法政大学経済学部助教授となり、後に教授昇格。1997年に法政大学を定年退職して名誉教授となった。草野心平と1960年代に出会って以降、生涯にわたって交友が深く、後にいわき市立草野心平記念文学館長を務めた。
安堂 信也(あんどう しんや、1927年6月1日 - 200… 安堂 信也(あんどう しんや、1927年6月1日 - 2000年10月18日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 東京出身。京城で敗戦を迎える。1951年早稲田大学仏文科卒、大学院に進み、1952年パリ第3大学に留学。留学時代にはなだいなだと過ごすこともあった 。1954年帰国し、文学座で演劇の実践に携わる。1956年博士課程進学、1959年中退、1962年早稲田大学文学部専任講師、1965年助教授、1970年教授。演劇博物館副館長などを務め、1995年定年退任。 マイムやダンス・バレエに貢献した及川廣信のマイム研究所では大野一雄らと共に指導し門下から舞踏の大野慶人,マイムの佐々木博康らを輩出した。
渥美 昭夫(あつみ あきお、1927年4月29日 - 199… 渥美 昭夫(あつみ あきお、1927年4月29日 - 1995年4月25日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 実業家渥美育郎の子として東京に生まれる。元鹿島建設(鹿島)名誉会長の渥美健夫は兄、小説家の田畑麦彦は義兄(妻の兄)。東京大学英文科卒、ミシガン大学に留学。1956年より学習院大学助教授、1967年より東京工業大学助教授、1969年より学習院大学教授を務めた。 J・D・サリンジャー、F・スコット・フィッツジェラルドなどを翻訳、研究した。 1995年4月25日、骨髄異形成症候群のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
若城 希伊子(わかしろ きいこ、1927年4月4日 - 19… 若城 希伊子(わかしろ きいこ、1927年4月4日 - 1998年12月22日)は、日本の作家、評論家、脚本家、翻訳家。 東京都渋谷区生まれ。日本女子大学卒、慶應義塾大学文学部国文科卒、折口信夫に学んだ。脚本家として活動するほか、映画ノベライズを翻訳。 1971年ラジオドラマ「青磁の色は空の色」で芸術祭優秀賞受賞。以後小説、ノンフィクション、評論などを刊行、最初の単行本『十五歳の絶唱』はロングセラーとなった。1978年『ガラシャにつづく人々』で第79回直木賞候補、1983年『小さな島の明治維新』で第2回新田次郎文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
宮本 陽吉(みやもと ようきち、1927年4月4日 - 19… 宮本 陽吉(みやもと ようきち、1927年4月4日 - 1996年12月18日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 20世紀アメリカ小説を専攻、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドのほか、フィリップ・ロス、ジョン・アップダイクなど戦後作家の翻訳で知られる。 東京生まれ。1951年東京大学文学部英文科卒、1953年同大学院修士課程修了。茨城大学講師、1958年中央大学講師、1961年助教授、1968年教授、1970年東京工業大学教授、1983年学習院大学教授となった。 旧姓・山内。妻は洋画家の宮本三郎の娘・美音子。 子に英米文学者で、筑波大学名誉教授・放送大学教授の宮本陽一郎がいる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
別宮 貞徳(べっく さだのり、1927年3月28日 - 20… 別宮 貞徳(べっく さだのり、1927年3月28日 - 2025年3月21日[要出典])は、日本の英文学者・翻訳家。元上智大学文学部教授。 1927年、東京府で生まれた。兵庫県立第一神戸中学校、第一高等学校理科を経て、東京大学理学部動物学科に入学。しかし在学中に聖職者を志し、東京カトリック神学院に入学。健康上の問題で休学し、上智大学ラテン哲学科を経て、同大学英文学科を卒業。同大学大学院修士課程を修了。 1972年から1992年まで上智大学教授。 同僚であったピーター・ミルワード、チェスタトンなどの多くの翻訳のほか、誤訳批評・批判でも知られる。また、クラシック音楽にも造詣が深く、数多くの著書がある。
松田 幸雄(まつだ ゆきお、1927年3月25日 - 201… 松田 幸雄(まつだ ゆきお、1927年3月25日 - 2013年4月29日)は、日本の詩人、翻訳家。 千葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。 三井物産に勤務。『荒地』『詩学』同人。1966年、『詩集 1947 - 1965』で第6回室生犀星詩人賞受賞。2002年、D・H・ロレンス『鳥と獣と花』の翻訳で日本詩人クラブ詩界賞受賞。また、「H氏賞」の選考委員なども務める。
関口 功(せきぐち いさお、1927年3月21日 - 201… 関口 功(せきぐち いさお、1927年3月21日 - 2016年4月8日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。アメリカの黒人文学が専門。 東京出身。明治大学専門部文科文芸科、早稲田大学第二文学部英文科を卒業。明治大学文学部助教授、1968年教授。文学部長、1997年定年退任。
金光 不二夫(かねみつ ふじお、1927年3月5日 - 20… 金光 不二夫(かねみつ ふじお、1927年3月5日 - 2000年2月19日)は、日本のロシア語翻訳家。 東京出身。1953年東京外国語大学ロシア語科卒。東京経済大学講師。自然科学系の翻訳を多くした。妻もロシア語学者の金光 節(セツ)。
橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1… 橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1日 - 1969年〈昭和44年〉1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學教授。 群馬県碓氷郡原市町(現・安中市)に生まれる。旧制群馬県立高崎中学校、旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科を卒業。一高在学時代には原口統三の影響を受け、フランス象徴派の詩人、特にアルチュール・ランボーを研究した。1965年(昭和40年)國學院大学教授。 42歳で肺癌により死去した。墓所は高崎市八幡霊園。 小説家の丸谷才一は國學院大学で同僚だった橋本について次のように語っている。 「わたしの二十代の末から十数年間の国学院時代――と名づけてゐるのですが、その国学院時代のわたしの生活にいちばん縁の深いのはこの三人(注・橋本一明、菊池武一、佐藤謙三)でした。
篠田 綾子(しのだ あやこ、1927年(昭和2年) - )は… 篠田 綾子(しのだ あやこ、1927年(昭和2年) - )は、日本の翻訳家。上海生まれ。熊本県出身。旧姓・河内。1952年東京大学文学部英文学科卒。篠田一士の妻。
崔碩義(チェ・ソギ、1927年 - 2021年8月)は、韓国… 崔碩義(チェ・ソギ、1927年 - 2021年8月)は、韓国出身、日本で活動した作家、翻訳家、評論家。 韓国慶尚南道泗川生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。その後、在日朝鮮人運動(朝鮮新報社)の活動にたずさわる。1980年から朝鮮近世文学史を専攻し、執筆活動を始める。在日朝鮮人運動史研究会会員。娘は山下英愛。
山崎 勉(やまざき つとむ、1927年 - 2020年7月1… 山崎 勉(やまざき つとむ、1927年 - 2020年7月13日)は、日本の英米文学者、翻訳家。専修大学名誉教授。 福井県に生れる。東京大学文学部卒業。
山高 昭(やまたか あきら、1927年 - 1993年4月1… 山高 昭(やまたか あきら、1927年 - 1993年4月18日)は、日本の翻訳家、編集者。 東京・赤坂生まれ。1952年、東京大学理学部化学科卒業。岩波書店に入社し、雑誌「科学」を担当し。その後、英和辞典や広辞苑の編集にも携わる。アイザック・アシモフのエッセイ集を訳したのをきっかけに、SFの翻訳をはじめる。以後25年間、編集と翻訳家の二足のワラジで活躍、主にハードSFを翻訳した。 1987年に退職し、以後翻訳に専念。主訳書にシェフィールド『星ぼしに架ける橋』、ベンフォード『星々の海をこえて』、アシモフ『見果てぬ時空』『木星買います』『アシモフ自伝』、アーサー・C・クラーク『宇宙島へ行く少年』『楽園の泉』他。
若林 彰(わかばやし あきら、1926年12月26日 - 2… 若林 彰(わかばやし あきら、1926年12月26日 - 2013年10月22日)は日本の俳優、演出家、戯曲翻訳家。本名は若林忠昭(わかばやし ただあき)。上海出身(一族は水戸市)、血液型はO型、身長178cm、趣味は鳥類飼育、犬猫ブリード。長男は若林忠宏、長女は若林マリ子で共に音楽家。 1926(昭和元)年12月26日、上海に生まれる。当時父親は、日本水産から独立し上海で海鮮問屋を経営。一家は、上海と若林家の地元茨城県水戸と東京荻窪の別宅を行き来する。代々一族は、水戸藩の足軽頭(馬廻組頭)もしくは書院番を勤め、長男には「忠」の文字を入れることが家訓であった。昭和元年に生まれたため「忠昭」となり、水戸藩士からは十一代目。
田中 明子(たなか あきこ、1926年11月15日 - 20… 田中 明子(たなか あきこ、1926年11月15日 - 2020年12月9日)は、日本の翻訳家。 児童文学作家・瀬田貞二の盟友で、主に児童文学の翻訳を行った。代表作にJ・R・R・トールキンの『指輪物語』(瀬田による翻訳の改訂)、『シルマリルの物語』などがある。 中世仏教文化史の研究者であった田中久夫は、明子の夫にあたる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
柴野 拓美(しばの たくみ、1926年10月27日 - 20… 柴野 拓美(しばの たくみ、1926年10月27日 - 2010年1月16日)は、日本のSF翻訳家、SF作家、SF研究家・評論家。 日本初のSFファングループ『宇宙塵』の主宰者として知られ、同名の同人誌の編集長を務めた。アマチュア作家をプロに育てる才能でも有名だった。 石川県金沢市出身。父・柴野為亥知(ためいち)は陸軍軍人にして詩人・画家でもあり、多数の軍歌を作詞・作曲し、満州映画協会の創設にも関わった。小学校時代から山中峯太郎や海野十三に傾倒。東京で青山学院に入学するが、のち金沢に戻り、金沢二中から四修(飛び級)で第四高等学校に進む。 実父が陸軍大佐であった事から「軍」に関しては複雑な心境を持っていた。
田中 融二(たなか ゆうじ、1926年10月18日 - 19… 田中 融二(たなか ゆうじ、1926年10月18日 - 1998年5月12日)は、日本の翻訳家。東京・千駄ケ谷生まれ。 大学予科から海軍予備学校生徒となり、東京大空襲で父を、広島の原爆で母を失い、敗戦後に一橋大学卒業。 1952年日本新聞協会、1963年ダイヤモンド・タイムに勤務。さまざまな職業に就きつつ翻訳をし1953年「ソビエト無銭旅行」で翻訳家としてデビュー。1957年沼田茂の名で「或る遺書」により文学界新人賞受賞。小説は翌年「鶏」を『文學界』に発表したのみで、以後翻訳家として生計を立てる。推理もの、SF、ビジネスものなど多数を翻訳、E・S・ガードナー、レン・デイトンなどが多かった。 最後はがんを宣告され、北海道の小樽で自動車に排気ガスを引き込んで自殺した。
和巻 耿介(わまき こうすけ、1926年10月11日 - 1… 和巻 耿介(わまき こうすけ、1926年10月11日 - 1997年10月14日)は、日本の作家、翻訳家。 兵庫県(大阪府)生まれ。本名・義一。1953年明治学院大学文学部英文科卒。役所勤務、教師などを経て文筆家。新鷹会会員。時代小説や怪奇ものを書き、翻訳した。 1972年池内祥三文学奨励賞受賞。
朝倉 剛(あさくら かたし、1926年 <大正15年> 9月… 朝倉 剛(あさくら かたし、1926年 <大正15年> 9月29日 - 2000年 <平成12年> 5月9日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。位階は正四位。勲三等旭日中綬章。 横浜市生まれ。1950年東京大学文学部仏文科卒業。同大学院をへて、名古屋大学講師、愛知県立女子短期大学助教授、東京外国語大学助教授、教授、1992年定年退官、名誉教授。 1993年から1997年日本フランス語フランス文学会会長。専攻は17世紀フランス文学で、多くの翻訳をなした。2000年死去。死没日付をもって正四位に叙され、勲三等旭日中綬章を追贈された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
宮川 やすえ(みやかわ やすえ、1926年(大正15年)9月… 宮川 やすえ(みやかわ やすえ、1926年(大正15年)9月7日 - 2013年(平成25年)1月8日)は、ロシア児童文学翻訳家、拓殖大学名誉教授。岡山県津山市生まれ。本名・保栄。拓殖大学卒業後、外務省ロシア語研究会で学ぶ。拓殖大学教授、2000年(平成12年)定年、名誉教授。日ロ交流協会常任理事。児童文化功労者。日本児童文芸家協会顧問。 2013年(平成25年)1月8日、心不全のために死去86歳没。
牧原 純(まきはら じゅん、1926年8月15日 - 201… 牧原 純(まきはら じゅん、1926年8月15日 - 2015年3月26日)は、日本の演劇評論家、チェーホフ研究家、翻訳家。 東京生まれ。本名、島地 純(しまじ じゅん)。東京外国語大学ロシア語学科卒。文化放送でラジオ・ドラマ演出など、放送関連の仕事をし、同局の編成局長や営業局長などを務める。その後チェーホフ関係の翻訳を行う。 2015年3月26日、呼吸不全のため死去。88歳没。
二宮 フサ(にのみや ふさ、1926年7月29日- 2017… 二宮 フサ(にのみや ふさ、1926年7月29日- 2017年3月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京女子大学名誉教授。フランス文学者二宮敬の妻。 東京生まれ。東京女子大学外国語学部卒、東京大学文学部仏文科卒。1955年東京女子大学専任講師、敬とともにフランス留学。その後助教授、教授、1995年定年退任、名誉教授。