山﨑 賢人(やまさき けんと、1992年12月17日 - )… 山﨑 賢人(やまさき けんと、1992年12月17日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手。長崎県諫早市出身。日本競輪選手会長崎支部所属、ホームバンクは佐世保競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第111期生。師匠は山口幸太郎(77期)。 姓の部分について、日本競輪学校在籍時は山﨑(「﨑」は異体字。いわゆる「たつさき」)で掲載されており、自転車競技としての所属チームであるチーム楽天Kドリームスの選手紹介やJOCのパリオリンピック選手名簿にも山﨑で記載されている。一方、競輪選手としては選手プロフィールや表彰資料で山崎賢人として記載されており、自転車競技時と競輪選手とで表記が異なる。 メディア記事においても、新聞メディアでは新字体での表記が原則のため、「競輪」として扱う場合でも新聞記事では山崎と表記されている。
山原 さくら(やまはら さくら、1992年12月11日 - … 山原 さくら(やまはら さくら、1992年12月11日 - )は、高知県高知市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会山口支部所属、ホームバンクは防府競輪場(2024年10月17日より)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。師匠は実父でもある山原利秀(63期)。父とは、2017年7月よりスタートした『L級』の創設を告知するポスターで共演している。 高知県立高知工業高等学校3年生であった2010年より自転車競技を開始。同年はジュニアオリンピック(岐阜競輪場)スプリントで優勝。また、全日本自転車競技選手権大会(全日本選手権)・スプリントでは、前田佳代乃に次いで2位に入った。 2011年、高校を卒業し日東商事に就職。
岩原 紗也香(いわはら さやか、1992年11月4日 - )… 岩原 紗也香(いわはら さやか、1992年11月4日 - )は、元女子競輪選手、フリーアナウンサー。徳島県出身。現役時代は日本競輪選手会徳島支部所属、ホームバンクは小松島競輪場であった。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第118期生。師匠は山本宏明(83期)。 小学生時代から徳島至誠館で剣道を始め、中学生時代には主将として全国中学校体育大会で団体優勝。富岡東高校時代にはインターハイに団体出場を果たした。社会人になってから友人の競輪選手を応援するため競輪場に行き、ガールズケイリン選手の活躍を目の当たりにして競輪選手を志した。 2019年1月17日、日本競輪学校(当時)第118回適性試験に合格。養成所での在所中の競走成績は21位(0勝)。
松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は… 松井 宏佑(まつい こうゆう、1992年9月24日 - )は、競輪選手、元スピードスケート選手。日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンク(練習地)は平塚競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第113期生。師匠は三ツ井勉(45期)。 北海道斜里郡清里町出身。実家は寺(曹洞宗 龍川寺)で、3人兄弟の次男。 駒澤大学附属苫小牧高等学校時代、全日本ジュニアスピードスケート選手権大会で総合3位、世界ジュニアスピードスケート選手権大会のチームパシュートで4位などの実績を挙げる。 その後、専修大学経済学部に進学したが、最終学年での留年が確定したことが原因でスピードスケートの競技活動を断念。その後、某パチプロのSNSを閲覧していたところ、元競輪選手がやっている居酒屋が平塚にあるとの情報が目に留まり、そこのオーナー(上田康雅)から、師匠となる三ツ井勉を紹介された。
田口 梓乃(たぐち しの、1992年8月18日 - )は、女… 田口 梓乃(たぐち しの、1992年8月18日 - )は、女子競輪選手。行政書士、海事代理士。旧姓は三輪(みわ)。山口県岩国市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期卒業。日本競輪選手会山口支部(当初は広島支部所属)。選手登録番号14922。師匠は齋藤勝(53期)。 実父の三輪直弘(66期)、叔父の三輪俊之(68期)はともに元競輪選手。夫は同じく競輪選手の田口守(94期)。 山口県立岩国商業高等学校を経て、2011年2月25日、競輪学校入学試験に合格。在校競走成績は第10位(9勝)。2012年5月1日に選手登録された。 2012年7月6日、京王閣競輪場でデビューし3着。初勝利は同年8月15日の平塚競輪場。
野口 諭実可(のぐち ゆみか、1992年7月28日 - )は… 野口 諭実可(のぐち ゆみか、1992年7月28日 - )は、群馬県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会大分支部所属(当初は群馬支部所属)、ホームバンクは別府競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。 幼い頃はゲームが好きなインドア派だったが、両親から勧められ空手を習ったことがスポーツを始めたきっかけであった。中学生になると水泳部へ入部、競泳では伊勢崎市佐波郡中学校春季水泳大会100m自由形で2位となった経歴を持つ。ただ、進学した常盤高校では部活はせず、いわゆる「帰宅部」だった。 高校卒業を控え進路を考えた時に、大学進学は毛頭になく自衛隊への入隊も考えていたが、元々父親が競輪ファンであり親子で競輪を観る機会が増えたこと、周囲がガールズケイリンが始まることを教えてくれたこと、そして野球部の顧問の先生も競輪ファンでトレーニングに付き合ってくれたこともあり、競輪選手を目指すことになった。
寺井 えりか(てらい えりか、1992年6月1日 - )は、… 寺井 えりか(てらい えりか、1992年6月1日 - )は、北海道紋別市出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会北海道支部所属、ホームバンクは函館競輪場であった。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第114期生。師匠は藪下昌也(52期)。 東海大学出身。3歳からスキーを始め大学までアルペンスキー選手として活動し、第88回全日本学生スキー選手権大会スーパー大回転3位という実績を残した。大学卒業後、函館競輪場が立ち上げたガールズケイリン選手を育成するホワイトガールズプロジェクトに参加し、競輪選手を目指すこととなった。 2017年1月12日、競輪学校第114回技能試験に合格。在校競走成績は3位(20勝)。
奥平 彩乃(おくだいら あやの、1992年3月27日 - )… 奥平 彩乃(おくだいら あやの、1992年3月27日 - )は、群馬県富岡市出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会群馬支部所属、ホームバンクは前橋競輪場。日本競輪選手養成所第122期生。師匠は矢島一弥(92期)。 中学時代はハンドボール、高校からサッカーを始め、尚美学園大学進学後もサッカーを続けた。大学卒業後、こんにゃく会社に勤務していた時、元競輪選手に出会い競輪選手を志したという。 2019年の1度目の試験では不合格となったものの、2021年1月14日、日本競輪選手養成所第122回技能試験に合格。在所競走成績は19位(0勝)。 2022年5月7日、松山競輪場でデビューし7着。 競走成績不振による代謝制度の対象となり、2023年12月25日の宇都宮FII第5レース(ガールズ一般)6着をラストレースとした。
三宅 愛梨(みやけ あいり、1992年3月18日 - )は、… 三宅 愛梨(みやけ あいり、1992年3月18日 - )は、岡山県玉野市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会岡山支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。師匠は大前寛則(57期)。妹に同じ競輪選手の三宅玲奈(108期)がいる。夫は元競輪選手の平川慎太郎(105期)。 9人きょうだいの3番目。兄(2番目)の影響を受けて中学時代は空手に取り組み、玉野市立玉野商業高等学校に進学後もこれまた兄の影響を受け、当初は柔道を行っていたが、兄が自転車競技に取り組むようになると、同校2年生のときに柔道から自転車競技へ転向。尤も、同校には自転車競技部がなかったため個人で練習を行うことになったが、2009年の全国高等学校選抜自転車競技大会・500メートルタイムトライアルで3位に入った。
黒沢 征治(くろさわ せいじ、1992年3月12日 - )は… 黒沢 征治(くろさわ せいじ、1992年3月12日 - )は、日本の競輪選手、元社会人野球選手(投手)。茨城県鉾田市出身。日本競輪選手会埼玉支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第113期生。妻は同じく競輪選手の黒沢夢姫(114期。旧姓、吉田)。 常磐大学高等学校では茨城県大会ベスト16が最高で甲子園出場経験はなし。 常磐大学時代は直球が最速152Km/hを記録し、プロ野球のスカウトから注目されるも、プロ志望届を提出せずに社会人野球のHondaに入社した。 Hondaではスピードが売りだった一方でコントロール不足を露呈し、チームは都市対抗野球大会や社会人野球日本選手権大会に連続出場したが、自身に活躍の機会はなくわずか2年で退部。
一丸 尚伍(いちまる しょうご、1992年1月4日 - )は… 一丸 尚伍(いちまる しょうご、1992年1月4日 - )は、競輪選手、自転車競技選手。日本競輪選手会大分支部所属、ホームバンクは別府競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第121期生。師匠は安東宏高(90期)、弟子は沢田桂太郎(129期)。既婚者。 福岡県北九州市出身。 北九州市立木屋瀬中学校 大分県立日出暘谷高等学校を経て、法政大学に進学する傍ら、2011年、浅田顕が代表を務めるエカーズに加入。ロードレースとトラックレースの兼用選手として活動していた。 2019年、シマノレーシングへ移籍。 2021年3月30日、受験していた養成所の第121回選手候補生(男子)特別選抜試験に合格。先に合格が発表された近谷涼に続き、史上11人目の特別選抜試験合格者となった。
山口 真未(やまぐち まみ、1991年12月12日 - )は… 山口 真未(やまぐち まみ、1991年12月12日 - )は、茨城県古河市出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会静岡支部所属、ホームバンクは日本サイクルスポーツセンター。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第120期生。師匠は落合達彦(96期)。 中学時代から陸上競技に打ち込み、2006年全国中学校体育大会四種競技で6位に入賞。その後取手聖徳女子高を経て、茨城大学では日本学生陸上競技対校選手権大会七種競技8位などの実績を残した。筑波大学大学院修了後も陸上競技を続けていたが、アキレス腱断裂を機に自転車競技へ転向した。 日本サイクルスポーツセンターで勤務の傍ら、2020年1月16日、養成所第120回技能試験に合格。
増茂 るるこ(ましも るるこ、1991年12月10日 - )… 増茂 るるこ(ましも るるこ、1991年12月10日 - )は、東京都出身の女子競輪選手。日本競輪選手会東京支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期(ガールズケイリン第1期)生。ホームバンクは立川競輪場、師匠は佐久間仙行(62期)。東京女子体育大学卒業。 東京都立東久留米総合高等学校を経て東京女子体育大学(東女体大)に進学。競輪場でのアルバイト中、周りの人に勧められたことがきっかけとなり、競輪学校を受験し合格。その後は在籍中の東女体大を休学して競輪学校に入校。競輪学校時代の在校競走成績は第10位(9勝)。なお、大学は競輪学校を卒業後に復学し、その後は競輪と学業とを並行させながら無事卒業した。
元砂 勇雪(もとすな ゆう、1991年11月1日 - )は、… 元砂 勇雪(もとすな ゆう、1991年11月1日 - )は、大阪府松原市出身の日本競輪選手会奈良支部所属の競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第103期生。妹の七夕美は、競輪学校第108期生の女子競輪選手。師匠は武田和也(競輪学校第92期生)。
太 友花(ふと ゆうか、1991年10月24日 - )は、元… 太 友花(ふと ゆうか、1991年10月24日 - )は、元女子競輪選手。福島県出身。現役時代は日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場であった。日本競輪選手養成所第118期生。師匠は金古将人(67期)。 中学まで水泳競技、高校ではバスケットボール部に所属していた。明治大学農学部生命科学科に進学、大学卒業後は声優養成所に入所し、のち声優事務所に所属し声優として活動していたこともあったが、端役ばかりであった。その後システムエンジニアを経て、日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)の入学試験を受験。 2019年1月17日、競輪学校第118回適性試験に合格。在所中の競走成績は20位(0勝)。
竹内 翼(たけうち つばさ、1991年5月20日 - )は、… 竹内 翼(たけうち つばさ、1991年5月20日 - )は、広島県広島市安佐南区出身の競輪選手。日本競輪学校第109回生。日本競輪選手会広島支部所属。元サッカー選手(FW)。 原南アイオロスFC、安芸FCから広島観音高校へ進学する。高校時代は、広島県選抜選手にも選出され、2009年第88回全国高校サッカー選手権では、ベスト8進出に貢献した。また、U-18日本代表候補として、トレーニングキャンプへ参加している。2010年、高校の同期である岡崎和也と共にファジアーノ岡山FCへ加入。同じ高校から一度に2人のプロ選手が誕生するのは広島県では初の出来事であった。同年4月から2011年、2012年とネクストへ所属する。
矢野 光世(やの てるよ、1991年3月3日 - )は、福岡… 矢野 光世(やの てるよ、1991年3月3日 - )は、福岡市出身の元女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。現役時代は日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。師匠は藤田剣次(85期)。 博多工業高等学校を経て、製菓の専門学校へと進む。その傍ら、メッセンジャーのアルバイトを始めたことがきっかけとなり、ガールズケイリンへの道へと進むことを決めた。2011年12月16日、競輪学校104回試験に合格した。 2013年3月29日、競輪学校を卒業。在校競走成績は第6位(16勝)。 2013年5月10日、京王閣競輪場でデビューし3着。同年6月8日、奈良競輪場で初勝利。
和田 真久留(わだ まくる、1991年3月2日 - )は、神… 和田 真久留(わだ まくる、1991年3月2日 - )は、神奈川県出身の競輪選手。日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンクは平塚競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第99期生。師匠は渡邊秀明(68期)。 神奈川県立横浜桜陽高等学校時代、自転車部がないため、高校生でありながら実業団登録選手となった。その後、自ら懇願して自転車部を創部したが、部員は当人だけしかいなかった。2008年、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(大宮競輪場)の1㎞タイムトライアルで優勝。アジア自転車競技選手権大会のジュニア部門では、スプリントで2位に入った。 その後、競輪学校に入校。在校競走成績は18位(18勝)。
古性 優作(こしょう ゆうさく、1991年2月22日 - )… 古性 優作(こしょう ゆうさく、1991年2月22日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪選手会大阪支部所属、ホームバンクは関西サイクルスポーツセンター。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第100期生。 自転車競技での実績としては、2006年から2008年にかけて3年連続で全日本BMX選手権大会に優勝するなどの業績を残している。 大阪市出身。BMX中心の日々ながら中学時代には、体力作りのためラグビー部に入っていた。清風高等学校卒業。 競輪における師匠はいないが、練習では郡山久二(2025年6月死去)の指導をA級時代から受けてきた。 2010年1月15日、競輪学校第100期生入学試験に適性試験で合格。
近藤 龍徳(こんどう たつのり、1991年1月20日 - )… 近藤 龍徳(こんどう たつのり、1991年1月20日 - )は、元競輪選手。愛知県名古屋市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第101期生。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。師匠は鰐渕正利(65期)。 近藤幸男(9期。祖父)、近藤幸徳(52期。父)、近藤賢治(53期。叔父)、近藤良太(93期。兄)はいずれも元競輪選手という、3代にわたる競輪一家に生まれ育つ(祖母も女子競輪選手だった)。 自転車部の特待生として入学した岐阜第一高等学校時代の2007年、高校総体のケイリン、チームスプリントでそれぞれ優勝。また、これら一連の実績が讃えられ、岐阜県民栄誉賞を受賞。 その後、競輪学校に技能試験で合格し入学。
中嶋 里美(なかじま さとみ、1990年11月29日 - )… 中嶋 里美(なかじま さとみ、1990年11月29日 - )は、長野県安曇野市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は山田二三補(64期)。 小学校から高校までバレーボールに打ち込み、短大卒業後に建設会社に就職し、OLとして働いた。その後ガールズケイリンの存在を知り、自転車競技に興味を持ちガールズサマーキャンプに参加。トラックを走行する楽しさを知り競輪選手を志した。 2014年12月24日、競輪学校第110回技能試験に合格。在校競走成績は3位(27勝)。卒業記念レースは6着。 2016年7月1日、豊橋競輪場でデビューし2着。
松浦 悠士(まつうら ゆうじ、1990年11月21日 - )… 松浦 悠士(まつうら ゆうじ、1990年11月21日 - )は、広島県広島市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第98期生。日本競輪選手会広島支部所属。師匠は脇田良雄(広島・66期)。 進学した広島市立広島工業高等学校では水泳部がなかったため自転車競技部に入部。 2007年、全国高校総体4km速度競走で第8位、第63回国民体育大会4km速度競走で第7位。 2010年、3月に競輪学校を在校成績13位で卒業。7月13日、熊本競輪場でデビュー(1着・3着・2着)。 2016年、3月の第69回日本選手権競輪(名古屋競輪場)にてGI初出場。 2019年、2月の第34回読売新聞社杯全日本選抜競輪(別府競輪場)にてGI初の決勝進出。
阿部 拓真(あべ たくま、1990年11月3日 - )は、宮… 阿部 拓真(あべ たくま、1990年11月3日 - )は、宮城県仙台市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第107期生。日本競輪選手会宮城支部所属、ホームバンクは宮城県自転車競技場。師匠は荻原尚人(89期)、弟子は木村佑来(119期)。 母校は黒松小、八乙女中、仙台商業高校で、サンドウィッチマンの伊達みきおと全く同じ。高校2年生の時に、「団体競技より個人競技が向いている」と父親に言われてサッカーから自転車競技に転向。部の監督の薦めで法政大学へ進学し自転車部に入部する。在学中の2012年には、第47回全国都道府県対抗自転車競技大会・成年男子ケイリン優勝、第68回全日本大学対抗選手権自転車競技大会・男子ケイリン2位という結果を残した。
佐々木 龍(ささき りゅう、1990年10月31日 - )は… 佐々木 龍(ささき りゅう、1990年10月31日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手。神奈川県横浜市出身。日本競輪学校第109期卒業。日本競輪選手会神奈川支部所属。師匠は実父の佐々木龍也。また弟の眞也(しんや)、和紀(かずき)がともに日本競輪学校(現・日本競輪選手養成所)第117期入学試験に合格し、2020年5月に競輪選手としてデビューした。 横浜高等学校在校時、2008年の全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(大宮競輪場)・3kmインディヴィデュアル・パーシュート(3km個人追い抜き)で優勝している。 2009年に早稲田大学スポーツ科学部へ進学し、第29回アジア自転車競技選手権大会のオムニアムで3位となる。
佐々木 龍(ささき りゅう、1990年10月31日 - )は… 佐々木 龍(ささき りゅう、1990年10月31日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手。神奈川県横浜市出身。日本競輪学校第109期卒業。日本競輪選手会神奈川支部所属。師匠は実父の佐々木龍也。
畑段 嵐士(はただん あらし、1990年10月12日 - )… 畑段 嵐士(はただん あらし、1990年10月12日 - )は、京都市右京区出身の競輪選手。日本競輪選手会京都支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第105期生。師匠は武田哲二(65期)。 京都府立北桑田高等学校を経て同志社大学に進学。 2010年、全日本自転車競技選手権大会・スクラッチ 優勝。 2013年、競輪学校に入校。翌2014年3月、在校競走成績第2位(16勝)で卒業。 2014年7月7日、富山競輪場でデビューし初勝利を挙げた。 2015年、ルーキーチャンピオンレース(西武園競輪場) 優勝。
原田 研太朗(はらだ けんたろう、1990年9月16日 - … 原田 研太朗(はらだ けんたろう、1990年9月16日 - )は、徳島県阿南市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第98期生。日本競輪選手会徳島支部所属。ホームバンクは小松島競輪場。師匠は下川健治(57期)。 徳島県立徳島工業高等学校(現:徳島県立徳島科学技術高等学校を経て、競輪学校に技能試験合格し98期生として入学。在校競走成績は38位(13勝)。2010年7月5日、熊本競輪場でデビューし初勝利。2012年にはヤンググランプリ(8着)に出場し、同年度の優秀新人賞を受賞した。 2015年、第68回日本選手権競輪で特別初優出(9着)。開設記念競輪では2016年の立川記念を皮切りに、2022年の豊橋記念まで5回の優勝を記録している。
高橋 千秋(たかはし ちあき、1990年9月9日 - )は、… 高橋 千秋(たかはし ちあき、1990年9月9日 - )は、島根県出雲市出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は藤田剣次(85期)。 松江西高等学校時代に陸上を始め、九州共立大学では日本学生陸上競技個人選手権大会で6位となるなど投てき種目で活躍した。大学卒業間際に競輪レースを視聴し、自分の力で稼ぐことに興味を持ち競輪選手を志したという。 2012年12月20日、競輪学校第106回適性試験に合格。在校競走成績は17位(4勝)。 2014年5月14日、武雄競輪場でデビューし4着。初勝利は同年6月2日の弥彦競輪場で挙げた。
郡司 浩平(ぐんじ こうへい、1990年9月4日 - )は、… 郡司 浩平(ぐんじ こうへい、1990年9月4日 - )は、神奈川県横浜市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第99期生。日本競輪選手会神奈川支部所属。師匠は元競輪選手で父親の郡司盛夫(50期。現在は川崎競輪場の開催指導員)。 3人兄妹の次男で年子の兄と妹がいる。小学生の時に全日本リトルリーグ野球選手権大会で優勝を経験。横浜市立横浜商業高等学校時代は野球部に所属し、3年時には外野手のレギュラーを獲得した。しかし、甲子園大会には出場することができず、ベスト8に終わった3年夏の神奈川県大会終了直後には将来の目標を見失っていた。しばらくして、父親の盛夫が競輪選手であることから、それに倣いたいと盛夫に伝えたところ、普段は温厚な性格の盛夫が態度を一変し、誓約書を書かされて漸く(2018年上半期まで)師弟関係となった。
野口 正則(のぐち まさのり、1990年8月28日 - )は… 野口 正則(のぐち まさのり、1990年8月28日 - )は、京都府出身の競輪選手。
濱田 瞳(はまだ ひとみ、1990年8月17日 - )は、青… 濱田 瞳(はまだ ひとみ、1990年8月17日 - )は、青森県出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会青森支部所属、ホームバンクは青森競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は高谷雅彦(67期)。 小学校1年から中学校3年まで剣道をしており、青森商業高校に進学してから自転車競技を始めた。法政大学に入学後も自転車競技を続けていたが、経験を生かすため大学を休学しガールズケイリン選手を目指したという。 2012年12月20日、競輪学校第106回技能試験に合格。在校競走成績は11位(4勝)。 2014年5月14日、武雄競輪場でデビューし6着。初勝利は同年5月16日の武雄競輪場で挙げた。
須藤 稚明(すどう ちあき、1990年6月15日 - )は、… 須藤 稚明(すどう ちあき、1990年6月15日 - )は、福島県出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会千葉支部所属、ホームバンクは松戸競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は平沼由充(83期)。旧姓は近内。夫は同じ競輪選手の須藤悟(99期)。 福島県立岩瀬農業高等学校を経て環太平洋大学に進んだ。 2011年2月25日、競輪学校第102回技能試験に合格。在校競走成績は26位(1勝)。 2012年7月6日、京王閣競輪場でデビューし4着。初勝利は2013年4月15日の同じく京王閣競輪場で挙げた。 2014年7月5日、同じ競輪選手である千葉所属の須藤悟(99期)と結婚、翌2015年2月9日に第一児を出産。
飯田 よしの(いいだ よしの、1990年5月4日 - )は、… 飯田 よしの(いいだ よしの、1990年5月4日 - )は、東京都出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会東京支部所属、ホームバンクは西武園競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は布施義憲(59期)。 小学校時代には水泳、中学時代には卓球部、高校時代は軽音楽部に所属していた。目白大学に進学し自転車と出会い、競輪選手を目指すことになったという。 2012年12月20日、競輪学校第106回技能試験に合格。在校競走成績は9位(2勝)。 2014年5月14日、西武園競輪場でデビューし6着。初勝利は2日後の5月16日の同場で挙げた。 2020年12月30日の立川FII最終日の一般戦で落車し負傷し、その後は長期欠場が続いていたが引退を決意。
荒牧 聖未(あらまき さとみ、1990年4月28日 - )は… 荒牧 聖未(あらまき さとみ、1990年4月28日 - )は、栃木県日光市出身の元女子アイスホッケー選手で、現在は日本競輪選手会栃木支部所属の女子競輪選手。
石井 貴子(いしい たかこ、1990年2月17日 - )は、… 石井 貴子(いしい たかこ、1990年2月17日 - )は、岐阜県美濃加茂市出身の女子競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。日本競輪選手会千葉支部所属。 岐阜県美濃加茂市で生まれ育った。両親がアルペンスキーの愛好家だった影響を受け、幼少時からスキーの大会に出場するなどの経験を積んだ。美濃加茂高等学校時代、2007年に行われた全国高等学校選抜スキー大会の大回転で2位に入った。その後、ヨーロッパ留学を目指すも怪我の影響で断念し、早稲田大学に進学。しかし、大学時代はこれといった実績を挙げられなかった。 大学卒業後はOLとなり、長らく続けて来たスキーから決別した。
北井 佑季(きたい ゆうき、1990年1月27日 - )は、… 北井 佑季(きたい ゆうき、1990年1月27日 - )は、神奈川県横浜市出身の競輪選手、元サッカー選手。競輪選手としては、日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンクは平塚競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第119期生。師匠は高木隆弘。 サッカー選手時代のポジションはミッドフィールダー、フォワード。 3歳からサッカーを始め、横浜F・マリノスジュニアユース、桐光学園高校を経て近畿大学に進学、2年次の2010年に大学を中退して当時JFLのFC町田ゼルビアに加入。2012年3月20日のJ2リーグ・ロアッソ熊本戦(町田市立陸上競技場)でJリーグ初得点を記録した。 2013年より松本山雅FCに完全移籍。
雨谷 一樹(あまがい かずき、1990年1月14日 - )は… 雨谷 一樹(あまがい かずき、1990年1月14日 - )は、茨城県桜川市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第96期。日本競輪選手会栃木支部所属、ホームバンクは宇都宮競輪場。師匠は飯嶋則之。妻は元プロロードレーサーの雨谷千紗子。 小学生時代から空手、中学生で並行してサッカーも始めるが、小学生の頃、地元茨城の長塚智広や十文字貴信達の姿を見て卒業文集に「競輪選手になりたい」と書いていた。サッカーは中学校に自転車部がなかったので足腰を鍛えるための入部であったが、県の選抜メンバーに呼ばれるほどであった。しかしオリンピックへ出るために競輪選手を目指し、自転車競技の強豪校作新学院高等学校へ進学し競技を始める。
深谷 知広(ふかや ともひろ、1990年1月3日 - )は、… 深谷 知広(ふかや ともひろ、1990年1月3日 - )は、競輪選手。愛知県安城市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第96期卒業。日本競輪選手会静岡支部所属。師匠は金子貴志。身長169cm、体重90kg。 軽自動車からスーパーカーまで車が好きで、競輪選手を目指したきっかけも小学生の時に、競輪ファンの父親から「競輪選手になったら、あの車買えるぞ!」と言われたことだという。 師匠と同じ出身校である桜丘高校在学中の2007年8月7日、メキシコ・アグアスカリエンテスで開催されたジュニア世界選手権自転車競技大会の1kmタイムトライアルにおいて、1分05秒238のジュニア日本新記録を樹立。また、同年に開催された第62回国民体育大会・少年スプリントで優勝。
田中 まい(たなか まい、1989年12月25日 - )は、… 田中 まい(たなか まい、1989年12月25日 - )は、女子競輪選手。千葉県出身。日本競輪選手会千葉支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。 千葉経済大学附属高等学校に入学後、自転車競技を始める。その後、日本体育大学体育学部に進学インカレ等で活躍し卒業。 2011年12月16日、競輪学校第104回(女子第2回、技能)試験に合格。翌2012年5月に競輪学校に第104期生として入学。 2013年3月29日、競輪学校を卒業。在校競走成績は第3位(26勝)。同年5月11日、松戸競輪場でデビューし4着。初勝利は同年5月31日の平塚競輪場。 2014年6月28日、平塚FI(ナイター)で初優勝(完全優勝)。
佐々木 恵理(ささき えり、1989年12月13日 - )は… 佐々木 恵理(ささき えり、1989年12月13日 - )は、愛知県豊橋市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは豊橋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は山田二三補(64期)。 愛知教育大学卒業。小学校からソフトボールをはじめ、大学まで打ち込んでいた。大学卒業後は自動車関連企業に就職し、システムエンジニアとして勤務。テレビでガールズケイリンの特集を観て、競輪選手を志したという。 2014年12月24日、競輪学校第110回技能試験に合格。在校競走成績は17位(1勝)。 2016年7月18日、名古屋競輪場でデビューし4着。初勝利は同年7月19日の名古屋競輪場で挙げた。
野口 大誠(のぐち たいせい、1989年8月7日 - )は、… 野口 大誠(のぐち たいせい、1989年8月7日 - )は、熊本市出身の競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第105期生。師匠は松川高大(競輪学校第94期生)。父は元競輪選手の野口悦宏(競輪学校第52期生)。 九州学院高等学校を経て、中央大学(以下、中大)へと進む。 その後、中大を中退し、競輪学校へ入校。在校競走成績第1位(29勝)。 2014年7月11日、熊本競輪場でデビューし初勝利を挙げた。 2015年、ヤンググランプリ優勝。
戸田 みよ子(とだ みよこ、1989年7月27日 - )は、… 戸田 みよ子(とだ みよこ、1989年7月27日 - )は、広島県出身の女子競輪選手。日本競輪学校第102期生。師匠は隅田幸助(競輪学校第91期生)。
稲毛 健太(いなけ けんた、1989年6月28日 - )は、… 稲毛 健太(いなけ けんた、1989年6月28日 - )は、和歌山県田辺市出身の競輪選手。日本競輪選手会和歌山支部長、ホームバンクは和歌山競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第97期生。師匠は西野卓也(44期)。弟は同じく競輪選手の稲毛知也。弟子は吉川美穂(120期)がいる。 中学生の頃から陸上競技をはじめ、和歌山県立和歌山北高等学校に進学してからも円盤投の選手として陸上に取り組んでいた。ところが、同校自転車競技部の顧問から自転車競技部への入部を勧誘されていた縁もあり、試しにトレーニングマシンで計測したところ、筋力や持久力について部員よりも高い数値をマークした。このことがきっかけとなり、高校卒業後に競輪選手を志すようになった。
窪木 一茂(くぼき かずしげ、1989年6月6日 - )は、… 窪木 一茂(くぼき かずしげ、1989年6月6日 - )は、福島県石川郡古殿町出身の自転車競技選手、競輪選手。ロードレースとトラックレースの双方に出走しており、トラックレースにおいてはスクラッチで世界チャンピオンになるなど、国際的に活躍している。 競輪選手としては、日本競輪選手養成所(以下、養成所)119期生。日本競輪選手会福島支部所属。ホームバンクはいわき平競輪場。師匠は須永優太(94期)。 小学校ではサッカーを4年間続け、福島県大会で優勝。中学校ではバスケットボール部に入部し、3年時には主将になる。同時に陸上競技の特設駅伝部にも入っていた。 学校法人石川高等学校に入学後、自転車競技部に入部。
板根 茜弥(いたね あや、1989年5月2日 - )は、北海… 板根 茜弥(いたね あや、1989年5月2日 - )は、北海道北見市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会東京支部所属、ホームバンクは立川競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は齋藤将弘(64期)。 東京女子体育大学卒。幼少時からスピードスケートを始め、2008年インターハイ女子500m6位入賞、2009年第43回全日本選抜スピードスケート競技大会女子1500m2位となるなど実績を残した。また、スピードスケートと並行して小学校時代には柔道もやっており、全北海道大会で2位に輝いている。大学卒業後、友人から競輪に誘われレースに魅了し競輪選手を志したという。 2013年12月20日、競輪学校第108回技能試験に合格。
山口 菜津子(やまぐち なつこ、1989年3月25日 - )… 山口 菜津子(やまぐち なつこ、1989年3月25日 - )は、高知県高知市出身の元女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。現役時代は日本競輪選手会高知支部所属、ホームバンクは高知競輪場。師匠は野本博俊(56期)。 高知県立高知海洋高等学校を経て会社員となったが、弟が自転車競技を行っていた影響や、2012年に女子競輪(ガールズケイリン)が復活する話を受け、野本に師事。2011年2月、競輪学校第102回(女子第1期)技能試験に合格。在校競走成績は第21位(2勝)。 2012年7月1日、平塚競輪場でデビューし5着。初勝利は2013年8月6日の弥彦競輪場で挙げた。左記の通り、初勝利を挙げるのにデビュー後1年以上を要しているが、2着、3着の回数が多いため、決勝進出歴が多かった。
脇本 雄太(わきもと ゆうた、1989年3月21日 - )は… 脇本 雄太(わきもと ゆうた、1989年3月21日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。福井県福井市出身。日本競輪選手会福井支部所属、ホームバンクは福井競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第94期生。師匠はいない。マネジメント契約先はスポーツビズ。妻は元レースクイーンでモデル事務所代表の柏木まりな。 5人きょうだいの3番目(兄・姉・弟2人)。9歳年下の弟・脇本勇希も競輪選手(115期)。 史上初の7冠グランプリスラム(全G1およびGP制覇)達成者。 福井県立科学技術高等学校在学中、2005年と2006年の国体・少年1kmタイムトライアルで優勝し、卒業後は競輪学校に実技試験免除で第94期生として入学、在校成績11位で卒業。
坂本 貴史(さかもと たかし、1989年2月16日 - )は… 坂本 貴史(さかもと たかし、1989年2月16日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第94期生。日本競輪選手会青森支部に所属。青森県八戸市出身。 ホームバンクは八戸自転車競技場。坂本勉(競輪学校57期)は実父であり師匠。四人兄弟の長男であり、弟(次男)の坂本周輝(100期)、末弟(四男)の坂本紘規(117期)も、ともに同じく青森支部所属の競輪選手。また、幻のモスクワオリンピック日本代表の一人であった元競輪選手の坂本典男(51期)は伯父で、典男の子息すなわち貴史の従兄弟である坂本昌宏(91期)、昌宏の弟の坂本周作(105期)もともに同じく青森支部所属の競輪選手と、競輪一家の環境で育つ。
金子 哲大(かねこ てつひろ、1988年10月22日 - )… 金子 哲大(かねこ てつひろ、1988年10月22日 - )は、埼玉県を登録地としている競輪選手。日本競輪学校第95期生。師匠は飯田威文(競輪学校第67期生)。 埼玉県立大宮工業高等学校を経て、2007年に競輪学校に入校。2008年9月に行われた同校第4回記録会において、同校史上9人目のゴールデンキャップを獲得した。競輪学校における在校競走成績は第40位(6勝)。 2009年1月4日、千葉競輪場でデビューし7着。初勝利は同年1月6日の同場。
比嘉 真梨代(ひが まりよ、1988年10月13日 - )は… 比嘉 真梨代(ひが まりよ、1988年10月13日 - )は、沖縄県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会鹿児島支部所属(登録地は沖縄県)、ホームバンクは沖縄県総合運動公園自転車競技場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第114期生。沖縄県を登録地とする初の女子競輪選手でもある。 小学校時代から陸上競技を始め、中部商業高校時代には59回全国高等学校陸上競技南九州大会の走幅跳および走高跳で優勝という実績を残した。 名桜大学に進学後は陸上競技から引退、大学卒業後は自動車ディーラーの営業を経て琉球大学の職員として働いていた。通っていたトレーニングジムで佐藤慎太郎らにガールズケイリンを勧められ、競輪選手を目指すことになった。