増田 成幸(ますだ なりゆき、1983年10月23日 - )… 増田 成幸(ますだ なりゆき、1983年10月23日 - )は、宮城県仙台市出身の自転車競技(ロードレース)選手。東京五輪(自転車競技・男子個人ロードレース)代表。 2002年、東北学院高校卒業。大学は、かねてから興味のあった航空宇宙のことを学ぶために日本大学にした。入学後に「自転車以外になにか熱くなることをやりたい」と鳥人間コンテスト出場を目的としていたサークルに加入。そのトレーニングとして実家に合った自転車を引っ張り出して自転車に乗り始めた。ロングライドやヒルクライムなどのレースに出場しているうちに「自分は自転車が好きだ」ということに気づき、「やはり自転車の道で生きていきたい」と思ったが、アマチュアの大会で結果が出せずプロチームからは声がかからなかった。
土井 雪広(どい ゆきひろ、1983年9月18日 - )は、… 土井 雪広(どい ゆきひろ、1983年9月18日 - )は、山形県山形市出身の元自転車プロロードレース選手である。2018年までマトリックス・パワータグに所属。DAZNやGCNなどの自転車競技中継における解説者としても活動している。 小学生時にアルペンスキーのトレーニングの一環として自転車に乗り始め、中学生時に本格的にロードレースに転向する。別府史之とは同い年のライバルとして何度も対決している。 山形電波工業高等学校、法政大学を経て、2004年よりシマノレーシング(後のアルゴス・シマノ)でプロ入り。2005年からは主に欧州でレース参戦することになった。
渡邉 一成(わたなべ かずなり、1983年8月12日 - )… 渡邉 一成(わたなべ かずなり、1983年8月12日 - )は、競輪選手、自転車競技選手。福島県双葉郡双葉町出身。日本競輪学校第88期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は谷津田陽一。
永井 清史(ながい きよふみ、1983年5月18日 - )は… 永井 清史(ながい きよふみ、1983年5月18日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは岐阜競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は玉木勝実。 競輪学校同期には山崎芳仁、武田豊樹、佐藤友和、渡邉一成、成田和也らがおり、歴代の期別の中でも屈指のエリート集団と呼ばれる一人とされる。さらにその中でも永井は特別選抜入学を果たした「スーパーエリート」であった。 ホームバンクである岐阜競輪場では、加藤慎平らが中心となっている岐阜の選手による練習サークル『闘心會』に所属している。 岐阜第一高等学校時代にはインターハイの1kmタイムトライアル(2000年・岐阜)、スプリント(2001年・熊本)で優勝した他、アジア自転車選手権競技大会・スプリントのジュニア部門でも優勝。
別府 史之(べっぷ ふみゆき、1983年4月10日 - )は… 別府 史之(べっぷ ふみゆき、1983年4月10日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身の元自転車プロロードレース選手。長兄に自転車ジャーナリストの別府始、次兄に元ロードレース選手であり、現愛三工業レーシングチーム監督の別府匠。 2009年、日本人初のツール・ド・フランス完走者の一人となり(同年、新城幸也も完走。総合順位は別府史之のほうが上)、その第21ステージでは日本人初となる敢闘賞を獲得した。また日本人初で唯一の全モニュメント完走者である。 小学校2年生の時、当時現役競輪選手であった渡辺努の指導を受けマウンテンバイクの大会などに出場し始める。小学校4年生の時にロードレース初優勝を飾る。その後茅ヶ崎市立松林中学校を経て、ヨーロッパへの留学を希望するも神奈川県立藤沢北高等学校(現・神奈川県立藤沢総合高等学校)へ進学。
飯野嘉則(いいの よしのり、1983年2月23日 - )は、… 飯野嘉則(いいの よしのり、1983年2月23日 - )は、東京都杉並区出身の元自転車競技(ロードレース)選手である。 東京電機大学工学部卒業、同大学大学院工学研究科精密システム工学専攻修士課程修了。大学在学中からスミタラバネロパールイズミに所属し、第1回全日本実業団U23選手権大会にて優勝した。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
清水 良行(しみず よしゆき、1982年12月1日 - )は… 清水 良行(しみず よしゆき、1982年12月1日 - )は、元自転車プロロードレース選手。岡山県岡山市出身。那須ブラーゼン監督を務めた。 この項目は、自転車に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
盛 一大(もり かずひろ、ラテン文字表記:Kazuhiro … 盛 一大(もり かずひろ、ラテン文字表記:Kazuhiro Mori、1982年9月17日 - )は、日本の自転車競技選手。千葉県我孫子市出身。茨城県立取手第一高等学校、日本大学を経て、現在愛三工業レーシング所属。 自転車競技を始めたのは高校入学後。本人はトレッキング的なMTBをやりたくて自転車部の門を叩くが、取手一高はトラックレースの強豪校であり、なりゆきでトラックレースをやらされることとなってしまった。 2006年のUCIトラックワールドカップクラシックスが、国際大会のトラックレースとしては初参加となったが、第4戦のシドニー大会・ポイントレースで2位に入り、同年の世界選手権(ボルドー)出場。
品川 真寛(しながわ まさひろ、1982年2月15日 - )… 品川 真寛(しながわ まさひろ、1982年2月15日 - )は、京都府出身の自転車競技(ロードレース)選手。 京都学園高等学校、クラブアングル、ミヤタスバルを経て、2003年に日本舗道に加入。 2004年、ミヤタスバルに復帰。 2005年、オランダ籍のシマノ=メモリー・コープ(後のスキル・シマノ)に移籍した。 2006年、パリ〜ルーベ日本人初出場。 2008年、愛三工業レーシングチームに移籍。
佐野 淳哉(さの じゅんや、1982年1月9日 - )は、静… 佐野 淳哉(さの じゅんや、1982年1月9日 - )は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身の元自転車競技(ロードレース)選手。 静岡県立清水南高等学校を経て、埼玉大学経済学部に進学。大学の自転車同好会へ入会したことがきっかけとなり、自転車競技に取り組み始める。 2005年、チームブリヂストン・アンカーに加入。 2006年、チーム・バン・サイクリングに移籍。 2008年、チームNIPPO・エンデカに移籍。
清水 都貴(しみず みやたか、1981年11月23日 - )… 清水 都貴(しみず みやたか、1981年11月23日 - )は、埼玉県出身の元自転車競技(ロードレース)選手。チームブリヂストン・アンカーに所属していた。 鳩山高校在学中に陸上競技から自転車競技に転向。 その後、鹿屋体育大学、チームブリヂストン・アンカー、チームバン・サイクリングを経て2007年よりエキップアサダに所属。ここ数年はヨーロッパのレースを転戦。数々の戦績を着実に残しつつある。2008年にはパリ〜コレーズで総合優勝し、日本人として初めてUCI1クラスのステージレースで総合優勝する快挙を成し遂げた。プロ入り当初はクライマーとして知られていたが、徐々にスプリントでも上位に入るようになり、オールラウンダーに近い性質の選手となった。
普久原 奨(ふくはら まさる、1981年10月15日 - )… 普久原 奨(ふくはら まさる、1981年10月15日 - )は、沖縄県沖縄市出身の元プロ自転車競技選手。ロード・トラック両方で活躍した。プロ引退後は自転車販売店に勤務ののち、宇都宮市に自転車販売店を開店した。 ツール・ド・おきなわにはプロチーム所属時以外は、沖縄選抜として出場している。 北中城高校から日本大学を経て、チェブロ・ラピスタに加入。 2006年、チームブリヂストン・アンカーへ移籍。 2012年、宇都宮ブリッツェンに移籍。 2014年、那須ブラーゼンに移籍。
及川 裕奨(おいかわ ゆうしょう、1981年7月29日 - … 及川 裕奨(おいかわ ゆうしょう、1981年7月29日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手である。岩手県奥州市(旧水沢市)出身。岩手県立水沢高等学校卒業。日本競輪学校第86期卒業。日本競輪選手会青森支部所属。師匠は父である及川章喜。身長176cm。血液型A型。 自転車トラック競技(1kmタイムトライアル)にも本格的に取り組んでいる。2007~2008日本自転車競技連盟トラック競技強化指定選手。
鹿沼 由理恵(かぬま ゆりえ、1981年5月20日-)は、日… 鹿沼 由理恵(かぬま ゆりえ、1981年5月20日-)は、日本の自転車競技選手。2010年バンクーバーパラリンピック日本代表。2016年リオデジャネイロパラリンピック日本代表。専門は自転車競技(ポジション/クラスタンデム(視覚障がい)ストーカーBクラス・クロスカントリースキー自転車競技)。 1981年5月生まれ。東京都町田市出身。生まれつき視覚障害(弱視)。 都立文京盲学校卒。25歳でノルディックスキー距離(クロスカントリー)に出会い、2008年から本格的に競技を始める。 2010年バンクーバーパラリンピックではクロスカントリースキー競技で5位に入賞。その後、自転車競技に転向した。 2016年、2016年リオデジャネイロパラリンピックの代表に内定されるも、大会が始まる前に腕が徐々に感覚がなくなり、末梢神経麻痺がおこった。
清水 裕輔(しみず ゆうすけ、1981年3月25日 - )は… 清水 裕輔(しみず ゆうすけ、1981年3月25日 - )は、埼玉県出身の元自転車プロロードレース選手である。日本酒好き。 自転車との出会いは、中学1年生の頃、父親が購入した自転車雑誌を読みミゲール・インデュラインの写真を見て、「お、これだ!」と思った。 埼玉県立久喜北陽高校最後の自転車競技部員として、インターハイポイントレース5位、国体ロード3位の成績を残し卒業。イタリア留学のちチームブリヂストン・アンカーなどに加入。レーサー引退後は「NIPPO梅丹本舗エキサップアサダ」のコーチやマヴィック社員などを経て、2014年より宇都宮ブリッツェンの監督に就任した。 ブリッツェン監督就任後は、科学的トレーニングやフィジカルトレーニングを導入し、2017年からは心理テストの心理的競技能力を活用するなどのメンタルトレーニングも取り入れている。
内田 慶(うちだ けい、1981年2月11日 - 2008年… 内田 慶(うちだ けい、1981年2月11日 - 2008年9月11日)は元競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。現役時代は日本競輪選手会栃木支部に所属。師匠は福田明。弟子にはアテネパラリンピック(2004年)、自転車競技・タンデムスプリント(視覚障害部門)において葭原滋男のパイロットとして同種目の銀メダル獲得に貢献した大木卓也がいる。 東京都中央区出身。埼玉県の大和田小学校2年生の時からスイミングクラブに入ってトライアスロンを始め、6年生の時に自転車競技を中心にレースに出場。学校法人石川高等学校を経て作新学院高等学校に転校し、同校を卒業。 2001年、競輪学校に入学。
西谷 泰治(にしたに たいじ、1981年2月1日 - )は、… 西谷 泰治(にしたに たいじ、1981年2月1日 - )は、日本の自転車競技選手。ロードレースとトラックレースの両方で活躍した。広島県安芸郡坂町出身。2002年と2006年のアジア競技大会自転車競技日本代表。 ツール・ド・北海道との相性が非常に良く、ステージ優勝7回は歴代1位。 広島電機大学附属高校(現広島国際学院高校)入学と同時に自転車競技を始める。 その後、進学した日本大学4年時に2002年釜山アジア競技大会自転車競技の日本代表として出場、ポイントレース10位に終わる。 大学卒業後の2003年から愛三工業レーシングチームでプロ入り。 これまで同大会では、2005年に福島康司が、2007年には福島晋一がステージ優勝を果たしているが、いずれも逃げ切りでの優勝で、日本人選手による集団スプリントでのステージ優勝は西谷が初めて。
向川 尚樹(むかいがわ なおき、1980年12月27日 - … 向川 尚樹(むかいがわ なおき、1980年12月27日 - )は、大阪府出身の自転車プロロードレース選手である。現在はVC FUKUOKAに所属。 立命館大学卒業後、マトリックス・パワータグ入り。スピードマン。安原昌弘監督の1番弟子。トラックで身に付けたスピード力を武器にアップダウンのあるコースを得意とする。チームキャプテンとしてチームを引っ張る。
小笠原 崇裕(おがさわら たかひろ、1980年11月22日 … 小笠原 崇裕(おがさわら たかひろ、1980年11月22日 - )は、愛知県田原市出身の自転車競技、マウンテンバイク(MTB)、エクステラ(XTERRA:オフロードトライアスロン)選手、UCI(国際自転車競技連合)公認レベル2コーチ、日本スポーツ協会公認自転車コーチ、JCF(日本自転車競技連盟)マウンテンバイクナショナルチームでは監督を務めている。 2025年10月、愛知県田原市のふるさと大使(渥美半島夢大使)に任命された。 幼少期から自転車競技全般、トライアスロンで活躍しており、マウンテン・ロード・トライアスロンで数々の戦績を残していた。 2001年にはUCIマウンテンバイク世界選手権(XCO)に初選出され、以降通算5回選出された。
大菅 小百合(おおすが さゆり、1980年10月27日 - … 大菅 小百合(おおすが さゆり、1980年10月27日 - )は、日本の元スピードスケート選手、元自転車競技選手。北海道標津郡標津町出身。マネージメント会社はボリバレント 幼少期は習い事として空手・水泳・習字・算盤をチャレンジした。空手は小学生の時に選手権大会に出場、妹の淳子も出場している。スピードスケートの強豪である白樺学園高等学校を卒業した後、1999年に三協精機製作所(現在の日本電産サンキョー)に入社。2002年ソルトレークシティオリンピックで五輪初出場を果たした。 その後、トレーニングの一環で行っていた自転車競技・トラックレースでも頭角を現し、2002年の釜山アジア大会500mタイムトライアルで、当時同種目世界記録保持者の江永華に次いで2位。
金子 広美(かねこ ひろみ、1980年9月9日 - )は、宮… 金子 広美(かねこ ひろみ、1980年9月9日 - )は、宮城県出身の自転車競技選手である。福島県立白河第二高等学校卒業。 24歳の時、マウンテンバイクが趣味だった夫の影響で自転車に乗り始める。当初はヒルクライム大会で連続優勝し、「ヒルクライムの女王」と呼ばれたが、後にロードレースに転向。 2018年UCIロード世界選手権(英語版)に出場。2021年に延期された2020年東京オリンピックの日本代表にも40歳で選出され、女子ロード43位だった。
豊岡 英子(とよおか あやこ、1980年8月10日 - )は… 豊岡 英子(とよおか あやこ、1980年8月10日 - )は、日本の元自転車競技選手、女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第114期生。日本競輪選手会大阪支部所属。 ホームバンクは岸和田競輪場。師匠は渡邉泰夫(62期)。 大阪府吹田市出身。吹田市立山田東中学校、追手門学院高等学校を経て、神戸松蔭女子学院大学を中退し、大阪体育大学に再入学。大学時代はトライアスロン選手だったが、後に自転車競技に転向する。 チーム・パナソニックレディースに所属。全日本シクロクロス選手権大会において、2005年から2011年まで7連覇を達成。この他、ロードレースでは、2007年の全日本選手権・個人ロード2位、2008年の同大会・個人タイムトライアル3位の実績がある他、2007年の三笠宮杯ツール・ド・とうほくでは総合優勝を果たしている。
杉山 文崇(すぎやま ふみたか、1980年4月23日 - )… 杉山 文崇(すぎやま ふみたか、1980年4月23日 - )は、日本の元自転車競技選手、元VICTOIRE広島所属、元国体選手。山口県出身。趣味はドライブ。 1980年、山口県出身。山口県立西京高等学校から山口大学へ進学した。
別府 匠(べっぷ たくみ、1979年9月29日 - )は、神… 別府 匠(べっぷ たくみ、1979年9月29日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身の自転車競技(ロードレース)選手。弟の別府史之も自転車競技(ロードレース)選手。現在は愛三工業レーシングチームで監督を務める。
井上 昌己(いのうえ まさき、1979年7月25日 - )は… 井上 昌己(いのうえ まさき、1979年7月25日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手。長崎県長崎市出身。日本競輪選手会長崎支部所属、ホームバンクは佐世保競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第86期生。師匠は平尾昌也(58期)。実父は元競輪選手の井上日出男(32期)。 中学から高校までは陸上競技を行なっており、筑陽学園高等学校在学中には八種競技でインターハイを優勝している。高校卒業後は父の影響もあり競輪の選手を見据えて自転車競技に転向し、国体のスプリント種目で優勝を果たした後、競輪学校へ入学した。 初出走は2001年8月4日の佐世保競輪場で、初勝利も同レース。 デビュー後も競輪競走のかたわらで自転車競技を続け、ナショナルチームのメンバーとして選抜された2004年のアテネオリンピックでは、伏見俊昭(第2走)・長塚智広(第1走)と共にチームスプリント種目で銀メダルを獲得した(報奨金は各選手4000万円)。
中川 誠一郎(なかがわ せいいちろう、1979年6月7日 -… 中川 誠一郎(なかがわ せいいちろう、1979年6月7日 - )は、日本の競輪選手、元自転車競技選手。熊本県熊本市出身。日本競輪選手会熊本支部所属、ホームバンクは熊本競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第85期生。師匠は従兄の瀬口慶一郎(77期)。 実妹の中川諒子も競輪選手(102期)、義弟(涼子の夫)の吉成晃一も競輪選手(92期)。きょうだいはほかに妹(諒子の姉)がいる。 熊本大学教育学部附属小学校・同中学校、真和高等学校を卒業。 少年漫画『SLAM DUNK』の影響で高校まではバスケットボールをしており(一時期は陸上競技も)、スポーツの勉強を希望して大学入試に臨んだが、全敗。叔父である競輪選手・瀬口孝一郎の勧めで自転車に乗り始める。
成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は競… 成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は競輪選手、自転車競技選手。福島県須賀川市出身。日本競輪選手会福島支部所属。日本競輪学校第88期卒業。
太刀川 麻也(たちかわ まや、1979年2月1日 - )は、… 太刀川 麻也(たちかわ まや、1979年2月1日 - )は、千葉県市川市出身の元女子自転車競技(トラックレース)選手。 千葉経済大学附属高等学校時代に自転車競技のキャリアをスタート。その後、明治大学、スーパーKアスリートラボと所属チームを変遷。 大学時代から国内では短距離種目の分野において無敵の存在。また国際大会においても、1997年のアジア選手権・スプリント ジュニア部門優勝、同年のジュニア世界選手権自転車競技大会・500m 8位、2002年のアジア大会・スプリント 2位などの実績を上げていた。 ところが2002年、予算縮小に起因する、部の存続をかけた実績作りのため、三協精機スケート部が自転車競技にも取り組みを見せたところ、同年開催のソルトレークシティオリンピック・スピードスケート代表の大菅小百合が、2004年開催のアテネオリンピックを睨んで本格的に自転車競技に取り組む方向を示したことで一変。
武井 亨介(たけい きょうすけ、1978年11月6日 - )… 武井 亨介(たけい きょうすけ、1978年11月6日 - )は、千葉県野田市出身の自転車競技(MTBおよびロード)選手。2014年全日本マウンテンバイク選手権クロスカントリー優勝者。 千葉県野田市生まれ。野田市立南部中学校卒業。中学時代に陸上競技から転身しマウンテンバイクレースを始めた。2000年に茨城県で自転車専門店Forzaを起業する。2003年からMTB ジャパンシリーズに本格参戦し、その年の内に最高位のエリートクラスに昇格する。出場するレースは常に10位以内を走る実力を見せ、2010年にJ1箱館山で初優勝を飾る。続くJ1富士見でも優勝したが、その後はジャパンシリーズ以外のクロスカントリー競技やロードなどの自転車競技に活動の幅を広げた。
山本 雅道(やまもと まさみち、1978年8月4日 - )は… 山本 雅道(やまもと まさみち、1978年8月4日 - )は、神奈川県藤沢市出身の自転車プロロードレース選手。身長171cm、体重64kg。スプリンター。 横浜高校在学中、自転車部に所属し活躍。高校の同級生にいずれもプロ野球選手の阿部真宏、幕田賢治、松井光介らがいる。 卒業後、プロデビューし主にイタリアやフランスで活動。[要出典]1999年、2000年の全日本選手権U-23を連覇。2001年からシマノレーシング(スキル・シマノ)に所属。同年のツアー・オブ・ジャパン大阪ステージで日本人最高位の4位となる。[要出典] 2006年12月5日、元バレーボール選手でタレントの益子直美と結婚する。 2008年、チームブリヂストン・アンカーに移籍。
宮澤 崇史(みやざわ たかし、1978年2月27日- )は、… 宮澤 崇史(みやざわ たかし、1978年2月27日- )は、長野市出身の自転車競技(ロードレース)選手、指導者。長野県長野工業高等学校出身。 1995年、長野工高時代にシクロクロス世界選手権(ジュニア)に出場(22位)。高校卒業後、1997年イタリアに留学、2年間大門宏の下で指導を受ける。チームとしては、アコム・ラバネロ、イタリアのFOR・3、MOBILILISONE MAPEIの各チームを経て、1998年、大門が監督を勤める日本鋪道(現NIPPO)に入社。 1996年、ツール・ド・おきなわの市民200キロレースを優勝。1998年には全日本実業団選手権・いわき大会でも優勝を経験するも、1999年、2000年は競輪学校受験のため一時競技生活から離れる。
廣瀬 佳正(ひろせ よしまさ、1977年10月21日 - )… 廣瀬 佳正(ひろせ よしまさ、1977年10月21日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元自転車プロロードレース選手。チームブリヂストン・アンカー、スキル・シマノを経て、地元で自ら立ち上げた宇都宮ブリッツェンに所属。現・宇都宮ブリッツェンの運営会社副社長。 元々、運動が大好きで空手や野球、テニスなどさまざまなスポーツをやっていたが、自転車部に入っていた兄の影響から高校一年生時より自転車競技を始めた。地元で行われた「ジャパンカップサイクルロードレース」という大きな国際大会を見て衝撃を受け、自分もロードレースの世界で、ヨーロッパでプロになりたいと誓い、そこからロードレース一本となった。 2006年の戦績により、オールラウンダーとして2007~2008年はヨーロッパツアーを転戦。
廣瀬 敏(ひろせ さとし、1976年3月17日 - )は、石… 廣瀬 敏(ひろせ さとし、1976年3月17日 - )は、石川県出身の元自転車プロロードレース選手である。 高校生時よりマウンテンバイクを始め、大学4年時のインカレで日本舗道(現NIPPO・ヴィーニファンティーニ)監督の大門宏の目に留まり、ロードレースを本格的に始める。北陸大学を経て、1997年より日本鋪道でプロ入り。マウンテンバイクからロードへ転向した日本初の選手である。 2002年、高知国体個人ロード成年男子の部で勝利。2003年にはツール・ド・北海道で総合優勝を遂げる。 2005年に愛三工業レーシングチームに移籍。2006年ではオーストラリアで行われるヘラルドサンツアー(UCI2.1)第4ステージにて勝利。
伏見 俊昭(ふしみ としあき、1976年2月4日 - )は日… 伏見 俊昭(ふしみ としあき、1976年2月4日 - )は日本の競輪選手、自転車競技選手である。福島県白河市出身。(旧)日本競輪学校第75期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は班目秀雄。初出走は1995年4月15日の伊東温泉競輪場で初勝利は同年5月6日の四日市競輪場。身長181cm、体重86kg、水瓶座のO型。既婚。 福島県立白河実業高等学校在学中から自転車競技を始め、競輪選手としてデビュー後も、アジア選手権や世界選手権自転車競技大会などへ毎年のように出場を続けたが、2000年のシドニーオリンピック代表最終選考会でコンマの差で落選し、挫折を味わう。 次大会、2004年のアテネオリンピックの自転車競技代表に選ばれ、ついに夢を実現させた。
金子 貴志(かねこ たかし、1975年9月5日 - )は愛知… 金子 貴志(かねこ たかし、1975年9月5日 - )は愛知県豊橋市出身の競輪選手、自転車競技選手。旧日本競輪学校第75期生。日本競輪選手会・愛知支部所属。選手登録番号12972。師匠は樋口和夫(33期)。深谷知広は高校の後輩であり弟子。ホームバンクは豊橋競輪場。 小学生時代は剣道、中学生時代は野球に取り組んでいた。 桜丘高等学校2年の終盤に陸上競技から自転車競技に転向し、卒業後は旧日本競輪学校に第75期生として入学する。 1995年4月8日、岐阜競輪場でデビューし9着。トップクラスの選手として確立するのに時間がかかったが、2002年の競輪祭で決勝進出(6着)を果たすと、2004年4月に佐世保競輪場で開催されたふるさとダービー決勝では、逃げる井上昌己をバックストレッチから捲りきって優勝し、初めてGIIのタイトルを獲得した。
野寺 秀徳(のでら ひでのり、1975年6月7日 - )は、… 野寺 秀徳(のでら ひでのり、1975年6月7日 - )は、静岡県伊豆市出身の元自転車プロロードレース選手。2005年、2008年度全日本チャンピオン。現在はシマノレーシングの監督を務める。 力強い登坂力とともに、特に厳しいレースにおけるスプリントで知られる。BMXを経験しており、ウィリーのパフォーマンスを見せることもよく知られていて、「のでちん」「自転車マン」という愛称を持つ。自身のブログによると「自転車マン」の愛称は近所の子供達に命名されたとのこと。 修善寺工業高校、法政大学を出て、シマノレーシング(1998年〜)、コルパック・アストロ(イタリア、2001年〜)、シマノレーシング(→シマノメモリーコープ→スキル・シマノ→シマノレーシング)(2003年〜2010年)。
鈴木 真理(すずき しんり、1974年12月25日 - )は… 鈴木 真理(すずき しんり、1974年12月25日 - )は、神奈川県二宮町出身の元自転車プロロードレース選手。自宅は松戸市だが、宇都宮市を活動拠点にコーチ業もしている。近年は日本のプロサイクリングチームの監督を歴任している。 中学3年の頃に自転車競技を始めた。高校時代は自転車オンリー生活で、週末は毎週150km前後走っていた。平日は一人が多かったので2時間で終了。当時、ドラゴンボールが流行っていて、亀仙人が甲羅の重りを背負って修行するのを見て、ボトルに鉛を入れて、サドルにつけて練習してみた。ダンシングをすると重りで左右に振られて自転車が超重く感じた。因みにボトルケージに積んだら、ボトルケージが壊れた。
唐見 実世子(からみ みよこ、1974年9月6日 - )は、… 唐見 実世子(からみ みよこ、1974年9月6日 - )は、広島県広島市出身の自転車プロロードレース選手である。愛称は「からみっち」「からみー」。 広島市立美鈴が丘高等学校、中京女子大学卒業後、カツリーズサイクルに入社。1999年のアジア選手権で3位に入り、以降国内で多くのタイトルを獲得。2004年にはアテネ五輪にも出場。2005年より活動拠点をイタリアのサフィパスタ・ザーラ・マンハッタンに移し、欧州各地や国内を転戦しているほか、世界選手権にも出場。2006年にはアジア大会に出場し4位入賞となる。2007年よりチームサッカレッリに移籍。その後現役引退し一度は自転車競技から離れるものの、9年間のブランクを経て2016年より弱虫ペダル サイクリングチームでプレイングコーチとして現役復帰し2022年まで在籍。
田代 恭崇(たしろ やすたか、1974年6月7日 - )は、… 田代 恭崇(たしろ やすたか、1974年6月7日 - )は、東京都出身の元自転車プロロードレース選手である。2007年シーズンをもって引退し、2008年1月にブリヂストンサイクルに入社した。 城西大学在学中にサイクリング部に所属し、ロードレーサーに乗り始め、行事の耐久レースに参戦したのをきっかけに本格的に自転車競技を始める。 大学卒業後にプロへ転向。後にフランスを拠点とし、ヨーロッパ各国のレースに参戦。国際カテゴリーにおいて優勝を果たす一方、国内でも全日本選手権を二度制覇するなどトップレーサーとして活躍を続ける。 2007年10月15日、チームブリヂストン・アンカー・オフィシャルブログで2007年シーズン限りでの現役引退を発表。
沖 美穂(おき みほ、旧姓:増地〈ますち〉、女性、1974年… 沖 美穂(おき みほ、旧姓:増地〈ますち〉、女性、1974年3月8日 - )は、元自転車ロードレース選手。引退後は日本競輪学校(当時)初の女性教官として生徒の指導へあたった後、JKA職員として勤務する傍ら、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士前期課程を修了。 北海道清水町出身。北海道池田高等学校卒。高校卒業後も佐田建設でスピードスケート選手として国際大会に出場するなど活躍。 22歳だった1996年、橋本聖子に憧れて、自転車の世界に転向。1998年に開始された全日本自転車競技選手権大会では、増地姓で出場した1998年以降2008年まで、ロードレースでは11連覇を達成。2006年と2007年にはタイムトライアルも制した。
狩野 智也(かのう ともや、1973年7月14日 - )は、… 狩野 智也(かのう ともや、1973年7月14日 - )は、群馬県出身の自転車プロロードレース選手である。日本ロードレース界でも屈指の実力派クライマー。山岳コースではチームのエースとなる。2019年現在はマトリックス・パワータグに所属。
鈴木 雷太(すずき らいた、1972年8月11日 - )は、… 鈴木 雷太(すずき らいた、1972年8月11日 - )は、日本の自転車競技選手である。2000年シドニーオリンピックMTBクロスカントリー日本代表。2016年時点で、身長168cm、体重65kg。ニックネームは「雷蔵」 愛知県岡崎市出身。愛知県立岡崎商業高等学校卒業。1995年から2007年まで、チームブリヂストン・アンカー・クロスカントリーに所属。2000年シドニーオリンピッククロスカントリーに出場、2002年・2005年全日本MTB王座も獲得している。 2008年、長野県松本市にてスポーツバイシクルストアBIKE RANCHを開業。2012年ロンドンオリンピックマウンテンバイク日本代表チームのコーチを務め、2014年アジア大陸マウンテンバイク選手権では、全日本チームの監督として指揮をとり、過去最高の成績を収める。
柿沼 章(かきぬま あきら、1972年4月24日 - )は栃… 柿沼 章(かきぬま あきら、1972年4月24日 - )は栃木県出身の元自転車ロードレース選手である。2016年現在は宇都宮ブリッツェン運営会社のサイクルスポーツマネージメント株式会社の代表取締役社長である。 プロロード選手としてチームミヤタ、ブリヂストン・アンカー等に在籍。2009年に地元で発足した宇都宮ブリッツェンに選手兼任監督として移籍した。 1997年と2001年に全日本自転車競技選手権大会個人タイムトライアルで優勝した。 2010年現在はコーチ兼任選手という形で宇都宮ブリッツェンに在籍した。 2011年10月にジャパンカップへの出走を最後に選手を引退することを表明した。 2014年4月にサイクルスポーツ株式会社の代表取締役社長に就任した。
齊藤 努(さいとう つとむ、1972年4月13日 - )は元… 齊藤 努(さいとう つとむ、1972年4月13日 - )は元競輪選手、元自転車競技選手。熊本県熊本市出身。日本競輪学校第69期卒業。晩年は日本競輪選手会東京支部に在籍した。選手登録番号12555。師匠は中原曙観。弟子はガールズケイリン選手の藍野美穂。 2011年12月までの登録名は横田 努(よこた つとむ)。 小学校時代、水泳自由形で全九州短水路水泳競技大会の優勝を経験。中学校時代にロードバイクを乗り始めたことを契機に、鎮西高等学校に入学後、本格的に自転車競技に取り組むようになった。その後日本競輪学校に第69期生として入学。同期には稲村成浩、澤田義和、豊岡弘、三和英樹らがいた。 卒業後は地元の熊本支部所属としてデビューし、初出走は1992年4月11日の前橋競輪場で初勝利も同日。
伊藤 保文(いとう やすふみ、1972年3月30日 - )は… 伊藤 保文(いとう やすふみ、1972年3月30日 - )は、京都府出身の元競輪選手、自転車競技選手。 日本競輪学校第71期卒業。現役時代は日本競輪選手会京都支部に所属していた。師匠は南昇(25期)。ホームバンクは向日町競輪場。初出走は1993年4月11日の岸和田競輪場(3着)で初勝利は翌日の同場。 夫人は競艇選手の水口由紀。 京都府立向陽高等学校を経て日本競輪学校に第71期生として入学し、同期在校競走成績は74勝とトップで卒業する。デビュー後は先行や捲りと中心とした自力の戦法で活躍し、1995年オールスター競輪(熊本競輪場)の決勝で9着、1997年のオールスター競輪(平塚競輪場)の決勝7着となる。
班目 真紀夫(まだらめ まきお、1972年2月1日 - )は… 班目 真紀夫(まだらめ まきお、1972年2月1日 - )は、日本の元自転車競技選手。高等学校教諭。 福島県白河市出身。実父の班目秀雄は元競輪選手で、1964年東京オリンピックに出場している。叔父の班目隆雄も元競輪選手で、世界選手権自転車競技大会で日本人選手初のメダリストとなった。 福島県立白河高等学校を経て、日本大学に在籍時代の1992年、バルセロナオリンピック・団体追抜に出場し15位。 その後、チェブロ・アートネーチャーでの活動の後、福島県立東白川農商高等学校で教鞭を執る傍ら、同校自転車競技部で指導を行っていた。 現在、福島県立白河実業高等学校を経て、福島県立修明高等学校教諭。
黒木 美香(くろき みか、1971年11月15日- )は、岐… 黒木 美香(くろき みか、1971年11月15日- )は、岐阜県大垣市出身の元女子自転車競技選手。大垣日大高校出身。 ロードレースとトラックレースの兼用選手であり、かつ距離不問の選手で、現役当時は、競技選手数そのものが少なかった日本の女子自転車競技界を牽引した。元祖美人アスリートとしても名高い。 イノアック・デキ(出来鉄工所)在籍時代の1992年、バルセロナオリンピックの個人スプリントに出場。7位に入り、日本女子自転車競技史上初のオリンピック大会における入賞を果たす。同年、出身地の大垣市より、バルセロナ五輪での活躍を讃えられ、スイトピア章が、また1993年には同市より、第9号の須崎章がそれぞれ授与された。
田中 光輝(たなか みつてる、1971年9月27日 - 20… 田中 光輝(たなか みつてる、1971年9月27日 - 2018年8月5日)は、岐阜市出身の自転車競技(ロードレース)選手。愛称、ジョニー。 岐阜県立岐南工業高等学校を経て、愛三工業レーシングチームに加入。 現役時代は、1992年、バルセロナオリンピック・個人ロードレースに出場(途中棄権)。同年全日本アマチュア自転車競技選手権大会・個人ロードレースで優勝。2001年、全日本自転車競技選手権大会・個人ロードレースで2位。2003年、ツール・ド・北海道で総合3位などの成績を残した。 2006年に現役を退き、2007年より愛三レーシング監督。後に同チームのゼネラル・マネジャーとなった。 2018年8月5日に病死。
飯島 誠(いいじま まこと、1971年2月12日 - )は、… 飯島 誠(いいじま まこと、1971年2月12日 - )は、東京都出身の自転車競技選手である。トラックレース・ロードレース両方で活躍した。 中学3年時に東京都日野市のショップ「ツルオカ」のクラブチームに加入し、自転車競技を始める。飯島の身体能力は当時から別格で、いきなりクラブの練習で和田峠などに連れて行かれても楽々と追走していたという。 その後八王子工業、中央大学を経て、スミタラバネロパールイズミに加入。2009年にはチーム・ブリヂストン・アンカーに所属。プロになってからも多摩川サイクリングロードで練習することが多く、栗村修らと「多摩川連合」なるグループを作っていた。 ロードレースとトラックレースの両方で活動し、とりわけトラックレースでは、シドニーオリンピック、アテネオリンピック、北京オリンピックに出場(いずれもポイントレース)。
西 加南子(にし かなこ、旧姓:伊藤 加奈子(いとう かなこ… 西 加南子(にし かなこ、旧姓:伊藤 加奈子(いとう かなこ)、1970年〈昭和45年〉12月13日 - )は、日本の女子自転車競技選手。 静岡県出身。千葉県市川市在住。LUMINARIA所属。 静岡県掛川市城北町出身。静岡県立掛川西高等学校時代は陸上中長距離、日本大学短期大学部在学時にはトライアスロン、二松学舎大学編入学後はロードレースへ転向。 自転車ショップ「スポルトピーノ」に所属。 1994年に千葉県船橋市のズノウイーストに移籍。 1995年春に大学卒業後、本格的に自転車競技を開始し、初出場となる全日本自転車競技選手権大会では7位。 1998年にリマサンズ厚木に移籍。 リマサンズ解散に伴い、2000年にラバネロに移籍。