風間 孝(かざま たかし、1967年 - )は、日本の社会学… 風間 孝(かざま たかし、1967年 - )は、日本の社会学者、人権活動家。中京大学教授。1990年代初め、同性愛者に対する公共施設宿泊拒否をめぐり、原告の一人として法廷闘争を行った(東京都青年の家事件)。パートナーシップ宣誓制度導入と同性婚の法整備に関する啓発活動を各地で行っている。 群馬県出身。両親は酒屋を営んでいた。1986年、中央大学文学部に入学。ノンセクトの学生運動に没頭する。 1987年3月31日、中曽根内閣はエイズ予防法案を国会に提出した。同年5月、風間は同法に反対する市民運動に興味を持ち、大学の友人と上野公園を訪れた。公園では複数の市民団体が集会を行い、ブースを出して散策者にパンフレットなどを配っていた。
豊田 正義(とよだ まさよし、1966年6月30日 - )は… 豊田 正義(とよだ まさよし、1966年6月30日 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト、活動家。代表作に『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』、『妻と飛んだ特攻兵 8・19 満州、最後の特攻』、『ガマ 遺品たちが物語る沖縄戦』がある。『ガマ』は厚労省認定の「児童福祉文化財」作品。 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に渡米し、ニューヨークの日系紙の記者になった。 ニューヨーク滞在中の1992年、ノンフィクション作家の家田荘子が著書『イエローキャブ』で「日本女性はニューヨークで、イエローキャブ(誰でもすぐに乗せる黄色いタクシー)と呼ばれている」と述べたことをきっかけにこの言葉が日本国内で大流行したが、豊田は自著で「家田氏の発言は事実無根」と反論した。
ぺぺ長谷川(ぺぺはせがわ、1966年6月 - 2023年2月… ぺぺ長谷川(ぺぺはせがわ、1966年6月 - 2023年2月15日)は、日本の社会運動家。 埼玉県立浦和西高等学校卒業。早稲田大学第二文学部卒業。大学ではノンセクト系の左翼活動をやり7年間通う。大学では就職活動をしないで、卒業してから一度も就職していない。サラリーマンにならないという思想も有ったが、単に働きたくないということもあった。働きたくないの方が濃厚で、サラリーマンにならないという思想は後から付けた理由かもしれないと振り返る。これを幸せと感じることも多々あり、何が幸せか分からないとする。でも就職すれば良かったと思うこともある。 2020年時点で53歳の時には、週に1日のアルバイトと、月に2回のアルバイトと、他に日払いのアルバイトをして月収10万円弱。
永易 至文(ながやす しぶん、1966年 - )は、日本の著… 永易 至文(ながやす しぶん、1966年 - )は、日本の著述家、人権活動家、行政書士、編集者。本名は「至文」を「ゆきふみ」と読む。1988年に「動くゲイとレズビアンの会」(現・アカー)に参加し、東京都青年の家事件において東京都と戦った。NPO法人「パープル・ハンズ」事務局長。2000年代から性的少数者の老後問題に取り組み、様々なサポートを行っている。 愛媛県新居浜市出身。海沿いの農村地帯に生まれた。祖父は豆腐屋を営んでいた。四国にいたときの楽しみはラジオで北京放送を傍受することであった。一時期、毛沢東に傾倒する。高校卒業後、大阪の予備校に1年間通い、1986年4月に東京大学に入学した。 1988年5月、大学で行われた「動くゲイとレズビアンの会」(現・アカー)の講演会に出席。
小野寺 徳子(おのでら のりこ、1965年12月28日-)は… 小野寺 徳子(おのでら のりこ、1965年12月28日-)は、日本の政治活動家、元労働官僚、元厚生労働省労働局長。 呉服屋の長女として生まれる。過去に叔父家族が朝霞市に住んでおり、両親とよく訪れた東弁財に在住。幼い頃から障害のある人が暮らしの中におり、母が自然に接する姿を見て育つ。 早稲田大学教育学部在学時に障害児の集団療育の場でボランティアを行い、卒業後も指導員を務めた。その後は国家公務員Ⅰ種試験を受け旧労働省(現在の厚生労働省)に入省。埼玉労働局職業安定部長、障害者雇用対策課長、労働局長などを務める。自身の子が障害を持って生まれた経験から、旧労働省では障害者雇用支援や法改正の問題に取り組んだ。
岩井 満喜(いわい みつよし、1965年〈昭和40年〉12月… 岩井 満喜(いわい みつよし、1965年〈昭和40年〉12月23日 - )は、日本の料理人、庖丁師、文化活動家。芸名「庖丁達人 大車輪侍」としても知られ、テレビ番組やイベントなどで包丁技術を披露するほか、「野菜アート」などの独自技法で注目されている。 東京都練馬区出身。練馬区立貫井中学校卒業後、料理の道へ進む。 10代より日本料理の修業を始め、麹町うなぎ秋本、川越いちのや本店などで職人経験を積む。 1995年(平成7年)、埼玉県より彩の国青年マイスター(日本料理)に認定される(当時は黒田姓で登録)。 各種料理コンクールでの受賞を経て、2005年より「庖丁達人 大車輪侍」としての活動を開始。 以降、テレビやイベントで活動を展開。
山本 敏晴(やまもと としはる、1965年12月8日 - )… 山本 敏晴(やまもと としはる、1965年12月8日 - )は、日本の医師、医学博士、写真家、国際協力活動家、企業の社会的責任 (CSR) の啓発運動家。特定非営利活動法人(NPO法人)宇宙船地球号の代表。 宮城県仙台市出身。1978年、小学校の時、南アフリカ共和国を訪れアパルトヘイトに衝撃を受ける。中学校の時、親から一眼レフカメラを買ってもらう。以来、開発途上国を中心に数多くの国を訪問し、撮影、写真展を行っている。 また、 東京慈恵会医科大学を卒業し博士号を取得した後、2000年頃より複数の国際協力団体に登録し、アフリカや中東などで医療系の援助活動を行った。 2004年から自身の団体「NPO法人・宇宙船地球号」を創設し、国際協力師(プロとして有給で国際協力を行う人々)の育成、CSRの推進、お絵描きイベント(世界中の人々に大切なものの絵を描いてもらい、それを通して各国の社会問題を紹介する事業)を行っている。
米沢 泉美(よねざわ いずみ、1965年11月22日 - )… 米沢 泉美(よねざわ いずみ、1965年11月22日 - )は、東京都葛飾区生まれのIT技術者、プログラマ、ライター、労働組合活動家、トランスジェンダー活動家、元地下アイドル。1999年、戸籍名も女性の名前に変更。ただし、性同一性障害特例法施行後も、戸籍上の性別は変更していない。
YOSHIKI(よしき、1965年〈昭和40年〉11月20日… YOSHIKI(よしき、1965年〈昭和40年〉11月20日 - )は、日本のミュージシャン、ドラマー、ピアニスト、マルチプレイヤー、ソングライター、音楽プロデューサー、実業家、慈善家。本名、林 佳樹(はやし よしき)。 ロックバンドX JAPANのリーダーであり、映画、テレビ、アニメなど様々な作品の音楽コンポーザーも務める。主なヒット曲はX JAPANの作品「紅」「ENDLESS RAIN」「Silent Jealousy」「Tears」「Rusty Nail」「Forever Love」など。 アジア太平洋地域の偉大な篤志家30人に選出されており、世界的に活躍するアーティストとしてこれまで、ボノ(U2)、サラ・ブライトマン、ウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)、KISS、ジョージ・マーティン(ビートルズプロデューサー)、ロジャー・テイラー(クイーン)、スコーピオンズなどと共演している。
松嶋 晃(まつしま あきら、1965年10月2日 - )は日… 松嶋 晃(まつしま あきら、1965年10月2日 - )は日本の政治家、部落解放運動家。前東大阪市市議会議員、部落解放同盟執行委員。まつしま晃とも表記する。 大阪府東大阪市長瀬町に生まれ育つ。1995年、東大阪市議会議員選挙で初当選し4期務める。2002年9月、第38代東大阪市議会副議長に就任。 部落解放同盟大阪府連合会蛇草支部特別執行委員、東大阪食肉連合会顧問、東大阪市人権長瀬地域協議会相談役。 タレントの松嶋尚美は従妹。
大川 きょう子(おおかわ きょうこ、旧名:中川 恭子、旧姓:… 大川 きょう子(おおかわ きょうこ、旧名:中川 恭子、旧姓:木村、1965年(昭和40年)8月22日 - )は、日本の元宗教家、元政治活動家。元幸福実現党党首(第2代)。東京大学文学部卒業。秋田県出身。 秋田県出身。矢島町立矢島小学校、秋田大学教育学部附属中学校、東京学芸大学附属高等学校卒業。東京大学文学部卒業。大学在学中に幸福の科学へ入信し、卒業前の1987年(昭和62年)より天上界からの啓示を受けたとされ、大川隆法の勉強会に参加し後に隆法と結婚。 大川隆法との間には3男2女を儲け、1989年(平成元年)に長男の大川宏洋を出産。また幸福の科学内では主宰補佐・総裁補佐・アフロディーテ会会長・副総裁・立宗名誉補佐・名誉相談役を歴任するとともに、アフロディーテ・文殊菩薩・ナイチンゲールの生まれ変わりとされていた。
佐竹 雅昭(さたけ まさあき、1965年8月17日 - )は… 佐竹 雅昭(さたけ まさあき、1965年8月17日 - )は、日本の空手家・格闘家・政治活動家。大阪府吹田市出身。大阪府立北千里高等学校、関西外国語大学卒業。元ISKAオリエンタル世界ヘビー級王者。現在は京都府在住。
小沢 雅仁(小澤 雅仁、おざわ まさひと、1965年8月13… 小沢 雅仁(小澤 雅仁、おざわ まさひと、1965年8月13日 - )は、日本の政治家、労働運動家。立憲民主党所属の参議院議員(2期)、参議院総務委員長。立憲民主党山梨県連代表。 参議院東日本大震災復興特別委員長を務めた。 山梨県甲府市生まれ。山梨県立甲府西高等学校卒業後、1984年9月に郵政省採用。戸塚郵便局、甲府中央郵便局に勤務。2017年に日本郵政グループ労働組合中央副執行委員長就任。 2019年7月21日に行われた第25回参議院議員通常選挙比例区において144,751票を得て初当選。 2020年11月29日、旧立憲民主党と旧国民民主党などが合流し結党した新「立憲民主党」の山梨県連が発足。
石橋 通宏(いしばし みちひろ、1965年7月1日 - )は… 石橋 通宏(いしばし みちひろ、1965年7月1日 - )は、日本の労働運動家、政治家。立憲民主党所属の参議院議員(3期)。父は衆議院議員を務めた石橋大吉。情報労連組織内候補。 島根県安来市生まれ。幼少期を東京都武蔵野市で過ごす。1978年に松江市立内中原小学校卒業、1981年に松江市立第一中学校卒業。1984年に島根県立松江北高等学校卒業。1988年に中央大学法学部法律学科卒業後、アメリカ合衆国のアラバマ大学大学院に留学して1991年に修了して政治学修士号取得。現在は東京都在住。 1992年に帰国し全国電気通信労働組合中央本部入職(国際部職員)。 1994年に国際自由労働組合総連盟・アジア太平洋地域事務所(ICFTU-APRO、在シンガポール)へ出向。
三木谷 浩史(みきたに ひろし、1965年〈昭和40年〉3月… 三木谷 浩史(みきたに ひろし、1965年〈昭和40年〉3月11日 - )は、日本の実業家、慈善活動家。楽天グループの創業者であり、代表取締役会長兼社長。兵庫県明石市出身。親族に著名人が多くいる裕福な家系に生まれ、後に楽天を創設した。 新経済連盟代表理事、プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルス会長兼球団オーナー、Jリーグ・ヴィッセル神戸会長、日本プロ野球オーナー会議議長、東京フィルハーモニー交響楽団理事長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問等も務める。 一橋大学商学部卒業。ハーバード大学経営大学院修了。 一橋大では金融論が専門の花輪俊哉教授のゼミナールに所属した。卒業論文は「企業の資金調達と資本の最適構成」。
ナガオカ ケンメイ(本名:長岡 賢明〈ながおかまさあき〉、1… ナガオカ ケンメイ(本名:長岡 賢明〈ながおかまさあき〉、1965年2月15日 - )は、日本のロングライフデザイン活動家。D&DEPARTMENT PROJECT代表取締役会長。『d design travel』発行人。京都造形芸術大学教授。武蔵野美術大学客員教授。人生を賭ける活動の軸は、「ロングライフデザイン」。 2015年、直営店である東京、大阪、福岡、富山に加え、パートナーショップの北海道、山梨、静岡、京都、鹿児島、沖縄、ソウルの計11か所に、デザインの道の駅と位置づけたショップ「D&DEPARTMENT」をつくり、生活者と作り手が集い、その土地「らしさ」について学び、対話できる場を提供している。
木村 真(きむら まこと、1964年8月30日 - )は、日… 木村 真(きむら まこと、1964年8月30日 - )は、日本の政治家、市民活動家、労働運動家。豊中市議会議員(5期)。2017年2月8日、学校法人森友学園への国有地売却をめぐり、情報公開請求した当該国有地の売却額を非公表とした国の決定に対し大阪地裁に提訴。直後に記者会見を開き、森友学園問題追及の最初のきっかけをつくった。市民団体「森友学園問題を考える会」の中心メンバーとして集会や署名活動などを続けている。 大阪府箕面市出身。大阪府立箕面高等学校卒業。働きながら大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)二部ロシア語科に通い、卒業。商社のモスクワ駐在員、自営業、よつ葉産地直送センター職員などを経て、「だれでも1人でも入れるユニオン」北大阪合同労働組合(豊中市)の執行委員に就任。
乃木 涼介(のぎ りょうすけ、1964年8月23日 - )は… 乃木 涼介(のぎ りょうすけ、1964年8月23日 - )は、日本の政治活動家、俳優、元歌手。大阪府出身。血液型はO型。 同志社大学商学部卒業。大学在学中にスカウトされ、バンド「HOT SOX」のリードボーカル「SHO」としてデビュー。アルバム『HOT PARTY』『PARTY'S PARTY』をリリースしている。その後俳優として活動。 所属事務所は、アミー・パーク→愛企画→フロムファーストプロダクション→ケィ・サイド→キャストパワーと移動している。 政治活動開始の2016年から男優としては実質的に活動停止状態だったが、2025年、新規芸能事務所「チームルージュエンターテインメント」を設立し代表取締役社長に就任。
千代 信人(せんだい のぶひと、1964年6月30日 - )… 千代 信人(せんだい のぶひと、1964年6月30日 - )は、日本の右派・保守系の政治運動家である。北海道出身。札幌第一高等学校卒業。健康食品販売会社ハートリー・オン・テラピー株式会社社長。維新政党・新風北海道本部代表経験者だが既に離党している。
梅村 早江子(うめむら さえこ、1964年6月28日 - )… 梅村 早江子(うめむら さえこ、1964年6月28日 - )は、日本の政治家、社会運動家。日本共産党所属の元衆議院議員(1期)。本名:関口 早江子(せきぐち さえこ)。 愛知県名古屋市で生まれ、豊田市で育つ。愛知県立豊田西高等学校卒業。立命館大学Ⅰ部文学部卒業。2022年現在において、埼玉県蕨市在住。 高校時代に管理教育に疑問を抱く。大学進学後、学費値上げ反対や教育環境充実を訴える学生自治会の活動に感銘を受ける。日本共産党が戦争に反対する姿勢に共感し入党。民青同盟立命館大学1部地区委員長を務めた。教職を志していたが、大学卒業後は日本民主青年同盟(民青同盟)専従となった。民青同盟中央委員会副委員長、「消費税をなくす全国の会」事務局長、日本共産党准中央委員を歴任。
生田 武志(いくた たけし、1964年6月2日 - )は日本… 生田 武志(いくた たけし、1964年6月2日 - )は日本の社会運動家。野宿者ネットワーク代表。「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」共同代表。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
四代目 金岡 又右衛門(4だいめ かなおか またえもん、本名… 四代目 金岡 又右衛門(4だいめ かなおか またえもん、本名:金岡信康(かなおか のぶやす)、1964年4月6日 - )は、日本の植物活動家、ボタニカルプロデューサー、園芸家。 兵庫県宝塚市生まれ。 雑誌・WEBメディア
藤本 義彦(ふじもと よしひこ、1964年 - )は、日本の… 藤本 義彦(ふじもと よしひこ、1964年 - )は、日本の国際政治学者、市民活動家。専門はアフリカ政治学。広島アフリカ講座代表。 広島県出身。広島県立広島皆実高等学校、広島大学法学部法学科を経て、広島大学大学院社会科学研究科国際社会論専攻に進学。在学中、講談社の奨学金、「野間アジア・アフリカ留学生奨学金」を得て、南アフリカに、アパルトヘイトの研究のために、1993年3月から2年間、ヨハネスブルグ市、ヴィットバーテルスラント大学社会調査高等研究所に留学した。帰国後、大学院に復学。広島経済大学非常勤講師をへて、1996年から広島経済大専任講師。1999年に助教授、2006年に教授。現在は退職。2004年、世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)第1陣として「中東・アフリカ」地域に派遣。
安部 芳裕(あべ よしひろ、1964年 - )は、日本の社会… 安部 芳裕(あべ よしひろ、1964年 - )は、日本の社会活動家、作家。あべよしひろの表記を使うこともある。 神奈川県横須賀市出身。関東学院大学文学部卒業。 地域通貨(コミュニティ通貨)を利用した相互扶助グループ「レインボーリング」(1999年)の創始者。 レインボーリングは環境保護団「レインボー・パレード」(現・NPOレインボー)を母胎とする。 講演や体験型ワークショップを全国の自治体・商店街・商工会・大学・NPO・NGOなどで数多く行い、その実践もサポートしてきたが、現在は地域通貨には関わっていない。 2002年(平成14年)5月からオーガニックカフェ&レストラン アリエルダイナー店長 〜2006年(平成18年1月閉店) 平成24年8月 ZOZO TOWNの創業者、前澤友作氏の支援を受けて、(株)サスティナブル経済研究所代表取締役就任平成27年7月 (株)サスティナブル経済学研究所退社 2007年4月にロスチャイルド家をはじめとする国際金融資本に対抗するネットワーク「反ロスチャイルド同盟」を立ち上げるが、現在活動休止中。
鬼木 誠(おにき まこと、1963年12月7日 - )は、日… 鬼木 誠(おにき まこと、1963年12月7日 - )は、日本の政治家、労働運動家。立憲民主党所属の参議院議員(1期)。自治労の組織内候補で、党内グループ「サンクチュアリ」に所属している。 福岡県筑紫野市生まれ。1982年福岡県立筑紫高等学校を卒業し福岡県庁入庁。1989年より福岡県職員労働組合青年部長へ就任した。その後、同県筑紫支部長・県職労本部執行委員(労安部長)・県職労本部書記長・県職労本部執行委員長を経て、2014年より全日本自治団体労働組合(自治労)中央本部組織対策局長となり、同総合公共民間局長、同本部書記長を務めた。2021年、立憲民主党参議院比例第15総支部長に就任。 2022年7月の第26回参議院議員通常選挙に比例区から立憲民主党公認で立候補し、初当選した。
星 マリナ (ほし まりな(Marina Hoshi Why… 星 マリナ (ほし まりな(Marina Hoshi Whyte)、 1963年10月7日 - ) は、ライター、翻訳家、反戦運動家。SF作家、星新一の次女。祖父は星薬科大学創立者の星一。曾祖父は解剖学者の小金井良精、曾祖母は森鷗外の妹であり歌人の小金井喜美子。 東京都品川区出身。名前は生まれる前年の1962年に打ち上げられた金星探査機・マリナー2号に由来する。姉と共に幼稚園から青山学院に通う。中学の国語教科書に父の作品が掲載されていたが、学校側に気を遣われたのか授業では星作品を飛ばされた。高校時代に文化祭の実行委員を務めた折、父を母校に招いて講演を実現。青山学院大学文学部在学中に全日本学生サーフィン選手権4連覇を達成。
ボギー 手登根(ボギー てどこん、1963年〈昭和38年〉8… ボギー 手登根(ボギー てどこん、1963年〈昭和38年〉8月22日 - )は、 沖縄県浦添市出身の政治活動家。沖縄国際大学卒。実家は浦城タクシー経営。FM21「わんぬうむい」メインパーソナリティー、元日本のこころを大切にする党第四支部長、チャンネル桜沖縄支局キャスター。本名は手登根 安則(てどこん やすのり)。 2007年12月、手登根と飼い犬ボギーの交通安全啓発活動が『犬のおまわりさんボギー: ボクは、日本初の“警察広報犬”』という書籍となる。 2009年、2月8日投開票の浦添市会議員選挙に立候補したが落選。 2012年、手登根が県立那覇西高校のPTA会長をしていた際、同校で取り組んでいた「0校時」(勤務外の課外講座) の報酬が高すぎると批判、内外から波紋を呼んだ。
きいちろ(本名:加古 貴一郎(かこ きいちろう、1963年8… きいちろ(本名:加古 貴一郎(かこ きいちろう、1963年8月18日 - 2025年1月26日)は、日本の政治活動家、元国交官僚。 1963年兵庫県姫路市生まれ。 1982年兵庫県立姫路西高等学校卒業。1986年京都大学工学部建築学科卒業。同年4月建設省(当時)入省。 S&Lミュージック名誉顧問・企画立案スーパーバイザー。ひめじ観光大使を務めた。 2023年6月、国交省を退職。7月5日、日本維新の会が次期衆院選兵庫9区に加古を擁立すると発表。 2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙の結果、小選挙区では得票率13.1%での3位に留まり、比例でも復活ならず落選した。11月3日、自身のX(旧twitter)で日本維新の会を離党したことを公表。
島岡 強(しまおか つよし、1963年08月17日(昭和38… 島岡 強(しまおか つよし、1963年08月17日(昭和38年8月17日) - )は、1987年からタンザニアのザンジバル島を拠点に、漁業、運送、貿易、など地域振興の事業によってアフリカの人々の自立につながる活動をしている活動家。自らを革命家と呼ぶ。 島岡は子どものころから両親に革命家として育てられたという。 小学1年生のときにテレビで『柔道一直線』というドラマを観て、自分も強くなりたいと思って横浜にあった柔道場に通い始めた。中学校まで町道場に通い、高校と大学の途中まで柔道部だった。 17歳の時「これから革命家として本当に生きるためには一度死にに行かなければならない」「そこで死ねば天が必要としていないことだし、生きて帰れたら天が島岡を必要としている」と考えて、八甲田山に単独登山した。
阪口 直人(さかぐち なおと、1963年6月12日 - )は… 阪口 直人(さかぐち なおと、1963年6月12日 - )は、日本の政治家、市民運動家。 衆議院議員(3期)を務めた。 大阪府豊中市出身。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。大学卒業後はキヤノン勤務を経て、1992年に国際連合が募集したカンボジアでの選挙監理ボランティアに応募し、合格。キヤノンを退職し約1年間、ラタナキリ州で選挙支援に従事した。その後は国連モザンビーク活動(ONUMOZ)、ボスニア・ヘルツェゴビナ統一選挙等でボランティア、選挙監視員を務める。そのかたわら専門学校講師を務め、埼玉大学大学院経済学研究科修士課程を修了し、名古屋大学大学院国際開発研究科国際協力専攻博士後期課程に入学したが、中退。
松本 真由美(まつもと まゆみ、1963年3月10日 - … 松本 真由美(まつもと まゆみ、1963年3月10日 - )は、日本の環境活動家。専門は、環境・エネルギー政策論及び科学コミュニケーション。東京大学教養学部附属教養教育高度化機構環境エネルギー科学特別部門客員准教授。元テレビキャスター。 熊本県出身、上智大学外国語学部卒業。 上智大在学中からテレビ朝日報道番組のキャスターとなり、取材活動を行う。 その後、NHK・BS1ワールドニュースキャスターとして「ワールドレポート」等の番組を6年間担当。環境NPO活動を経て、2008年5月より東京大学の環境・エネルギー分野の人材育成プロジェクトに研究員として携わり、2013年4月より現職。東京大学教養学部では「エネルギー科学概論」「再生可能エネルギー実践講座」等の講義を担当。
斎藤 嘉隆(さいとう よしたか、齋藤 嘉隆、1963年2月1… 斎藤 嘉隆(さいとう よしたか、齋藤 嘉隆、1963年2月18日 - ) は、日本の政治家、労働運動家。立憲民主党所属の参議院議員(3期)、立憲民主党国会対策委員長(第5代)、同参議院国会対策委員長。愛知県教員組合執行委員長、連合愛知副会長、立憲民主党文部科学部会幹事、ジェンダー平等推進本部副本部長、立憲民主党愛知県連代表などを歴任。 名古屋市中村区に生まれる。1981年、名古屋市立菊里高等学校卒業。1985年、愛知教育大学教育学部卒業。 卒業後、名古屋市立村雲小学校教諭。1991年より名古屋市立稲永小学校教諭。1994年より名古屋市若手教員海外研修(オーストラリア)。1996年より名古屋市教員組合執行委員。
前北 美弥子(まえきた みやこ、1963年 - )は、日本の… 前北 美弥子(まえきた みやこ、1963年 - )は、日本のコピーライター、クリエイティブ・ディレクター、環境保護運動家、政治活動家。現在の本名は内田美弥子。京都造形芸術大学、東北芸術工科大学客員教授。上智大学、立教大学、東京外国語大学非常勤講師。 1987年に慶應義塾大学経済学部卒業、電通入社。入社5年目ごろに環境保護団体のメンバーと知り合ったことで環境保護運動に傾倒するようになり1997年よりNGOの広告に取り組み、2002年よりサステナ代表。2008年に電通を退社し独立、2008年から2010年まで東京外国語大学大学院助教を務めた。キャンドルナイトやホワイトバンドの日本における実行呼びかけ人。
高見 知佳(たかみ ちか、本名:高橋 房代〈たかはし ふさよ… 高見 知佳(たかみ ちか、本名:高橋 房代〈たかはし ふさよ〉、1962年〈昭和37年〉7月9日 - 2022年〈令和4年〉12月21日)は、日本の女優、歌手、タレント、政治活動家。愛媛県新居浜市出身。 新居浜市立泉川小学校、新居浜市立泉川中学校卒業。小学校高学年から中学時代にかけて、新居浜少年少女合唱団に所属。1978年、中学生の時、松山市で行われたテレビ愛媛のど自慢番組に参加し、25人に勝ち抜きスカウトされる。 中学卒業とともに上京。田辺エージェンシーに所属し、1978年にコロムビアからアイドル歌手としてデビュー。本名ではその響きが“何となくおばさんくさい”ということから芸名を付けることになり、姓名判断で選んだいくつかの候補の中から本人が選んで決定した。
宮城 弘明(みやぎ ひろあき、1962年6月16日 - )は… 宮城 弘明(みやぎ ひろあき、1962年6月16日 - )は、神奈川県横浜市鶴見区出身の元プロ野球選手(投手)、政治活動家。 横浜市でラーメン店を営む家庭に生まれ、野球好きの父によって左投げに矯正される。鶴見中学校3年生の時に2人のプロ野球選手から三振を奪い、10校以上の野球部から勧誘を受けて横浜商業高へ進学。 高校進学後は基礎体力作りに努め、高校2年生の1979年には、夏の県大会決勝で横浜高の愛甲猛との投げ合いを制し、同校を41年ぶりの夏の選手権出場へ導いた。しかし試合後に左肩に激痛を感じ、香川伸行とともに大会を代表する選手に挙げられていた本大会では、変化球主体の投球で準決勝まで勝ち進むも、石井毅、嶋田宗彦のバッテリーを擁する箕島高に惜敗。
安倍 昭恵(あべ あきえ、旧姓:松崎〈まつざき〉、1962年… 安倍 昭恵(あべ あきえ、旧姓:松崎〈まつざき〉、1962年〈昭和37年〉6月10日 - )は、日本の書家、社会運動家。社会貢献支援財団会長。第90・96・97・98代内閣総理大臣である安倍晋三の妻。 東京都出身。生家の松崎家は、森永製菓創業家の森永家と繋がりが深い家系である。聖心女子専門学校卒業後、電通に入社。衆議院議員の安倍晋太郎の次男である晋三と1987年に結婚。夫の晋三ものちに衆議院議員、さらには内閣総理大臣となったが、昭恵はラジオのディスクジョッキー、居酒屋の経営など、政治家の妻としては異色の活動を展開した。森友学園瑞穂の國記念小學院では名誉校長を務めていたが、森友学園問題が浮上した際に退任した。
国近 斉(くにちか ひとし、1962年〈昭和37年〉4月23… 国近 斉(くにちか ひとし、1962年〈昭和37年〉4月23日 - )は、山口県宇部市出身の引きこもり支援活動家。約40年間の引きこもりを経験したとされている。 1962年4月23日生まれ 山口県宇部市出身 父は左官工、母は土木会社勤務 幼い頃から人づきあいが苦手な性格であったという。 高校受験では友人に誘われる形で地元の進学校を受験。自分は合格したが、友人は不合格だった。 高校2年時に勉強に付いていけず退学。 その後しばらく、友人や親戚の誘いで新聞配達や造船所にて働くが、やがて自宅に引きこもるようになった。 40代後半のとき、母親が亡くなる。その3年後、父親が血液のがんで急逝。 両親の死後、55歳時にNPO法人「ふらっとコミュニティ」(山口県宇部市 代表:山根俊恵)への相談を機に引きこもりを脱した。
麓 幸子(ふもと さちこ、1962年(昭和37年)1月12日… 麓 幸子(ふもと さちこ、1962年(昭和37年)1月12日 - )は、日本の著述家、政治活動家、社会福祉士で、元編集者、元日経ウーマン編集長。 秋田県北秋田郡比内町扇田(現在の大館市比内町扇田)生まれ。秋田県立大館鳳鳴高等学校を経て、筑波大学第一学群人文学類(フランス哲学専攻)を卒業。大学卒業後は日経BPに入社し、日経ウーマン編集長、執行役員などを歴任する。のちに法政大学大学院経営学研究科を修了する。また、内閣府、文部科学省、林野庁などの有識者委員や秋田県障害者施策推進審議会委員を務める。 2019年(平成31年)に帰郷し、大館市長選挙に立候補したが、現職の福原淳嗣に敗れた。 選挙後は生まれ育った比内町を共生社会づくりの拠点として「比内ヒルズ」と名づけた。
安井 清子(やすい きよこ、1962年 - )は、日本のラオ… 安井 清子(やすい きよこ、1962年 - )は、日本のラオス文学者、図書館活動家。ラオス山の子ども文庫基金代表。 東京都生まれ。東京都立富士高等学校、国際基督教大学を卒業後、財団法人おはなしきゃらばんセンターに採用・入職。シャンティ国際ボランティア会 (SVA) の前身団体である曹洞宗国際ボランティア会 (SVC) に派遣の後、タイのラオス難民キャンプやラオス本国での児童図書館活動に携わる。以来、山の村の図書館活動を支援しながら、モン族の民話・口頭伝承・生活文化を記録し続けている。 ラオスのビエンチャン在住。
木下 顕伸(きのした あきのぶ、昭和37年(1962年) -… 木下 顕伸(きのした あきのぶ、昭和37年(1962年) -) は、日本の政治活動家。 一般社団法人日本クルド友好協会代表理事。日本クルド友好議員連盟事務局。一般社団法人日華協会専務理事。 福岡県飯塚市に生まれる。拓殖大学政経学部政治学科卒業。 一般社団法人日本クルド友好協会代表理事。日本クルド友好議員連盟事務局。一般社団法人日華協会専務理事。靖国の御霊に故郷の新米を召し上がって頂く会事務局長他、団体役員や顧問を務める。 分断されたクルド人だけでなく、アジア民族の政治家、活動家、実業家、等と幅広い人脈を持つ。
伍代 夏子(ごだい なつこ、1961年〈昭和36年〉12月1… 伍代 夏子(ごだい なつこ、1961年〈昭和36年〉12月18日 - )は、東京都出身の演歌歌手、社会公益活動家、警察庁特別防犯支援官。夫は歌手で俳優の杉良太郎。 東京都渋谷区代々木生まれ。代々木八幡にあった井ノ頭通り水道道路商店街の魚屋「市六水産」の次女。両親と4つ上の姉の4人家族で育つ。物心ついた頃から歌が大好きで、小学生になると歌詞と譜面が載った「歌本」を見ながら歌っていた。 実家は30坪の一軒家で、日当たりが悪いため洗濯物が乾きにくく、冬場は風呂の脱衣所が寒かった。そのため「両親に素敵な家を建ててあげたい」という目標をもち、将来は演歌歌手一択と決めていた。 渋谷区立富谷小学校、渋谷区立上原中学校卒業。
沢口 友美(さわぐち ともみ、1961年〈昭和36年〉10月… 沢口 友美(さわぐち ともみ、1961年〈昭和36年〉10月19日 - 2006年〈平成18年〉1月10日)は日本のストリッパー、平和運動家、著作家。 元自衛隊員という異色の肩書で、湾岸戦争以降、3度にわたりイラクを訪問し、イラク戦争下のバグダードで人間の盾に参加し、反戦ストリッパーと言われた。 広島県呉市に被爆二世として生まれる。 出身地はストリッパーとなってからは親にばれることを忌避すべく、九州福岡県としていた。 1978年春、高校の進路相談の時に先生に自衛隊になることを勧められて、上京して埼玉県の陸上自衛隊に入隊する。配属は基地システム通信部隊で、戦争になったら、モールス符号で基地と基地の連絡をする部署である。
土屋 龍一郎(つちや りゅういちろう、1961年(昭和36年… 土屋 龍一郎(つちや りゅういちろう、1961年(昭和36年)9月16日 - )は、長野県出身の実業家・政治活動家。 長野県長野市出身。長野市立朝陽小学校に入学し、信州大学教育学部附属長野小学校を卒業。信州大学教育学部附属長野中学校卒業。1980年3月、長野県長野高等学校卒業。1986年3月、成蹊大学法学部法律学科卒業。同年10月、株式会社ツチヤ・エンタプライズ(現・株式会社北信臨床)に入社。 1998年、長野青年会議所理事長として、長野冬季オリンピック表彰式に従事。2001年、公益社団法人日本青年会議所会頭(第50代)に就任。 2012年1月、長野市オリンピック記念アリーナの運営管理を行う株式会社エムウェーブ代表取締役社長に就任。
水野 文也(みずの ふみや、1961年6月18日 - )は、… 水野 文也(みずの ふみや、1961年6月18日 - )は、日本の政治活動家。維新の党所属。市川市在住。 神奈川県横浜市出身、横浜国立大学教育人間科学部附属鎌倉小学校、同中学校、神奈川県立光陵高等学校卒業、1985年(昭和60年)横浜市立大学商学部卒業。 日本証券新聞社記者、ラジオたんぱ(現ラジオ日経)・和歌山放送解説者を経て、1996年(平成8年)ロイター通信入社。以後、経済担当記者とし て、取材活動、記事執筆、講演などを行う。 2011年(平成23年)1月千葉県議会議員選挙で市川市選挙区、みんなの党の公認候補として内定。4月、千葉県議会議員となる。2015年、任期満了に伴い千葉県議会議員選挙で再選を目指すも落選。
子守 康範(こもり やすのり、1961年〈昭和36年〉5月9… 子守 康範(こもり やすのり、1961年〈昭和36年〉5月9日 - )は、日本の実業家、YouTuber、社会活動家。株式会社アンテリジャン代表取締役社長。元毎日放送アナウンサー、フリーアナウンサー、元ラジオパーソナリティ。 大阪府大阪市城東区出身。大阪市内の関目団地で幼少時代を過ごした後に、神戸市の兵庫県立長田高等学校に入学。同校を卒業後に、慶應義塾大学商学部へ進学した。外祖父・矢崎又次郎は、通信販売会社のフェリシモを創業している。 アナウンサーを志したきっかけは、小学生の時に『おはようパーソナリティ中村鋭一です』(ABCラジオ)を聴いた時から。中学生の頃によく聴いていたラジオ番組は『MBSヤングタウン』(MBSラジオ)で、火曜日の「ものまね選手権」コーナーに出ようと電話をかけていたこともあったという。
田中 久徳(たなか ひさのり、1961年-)は、日本の図書館… 田中 久徳(たなか ひさのり、1961年-)は、日本の図書館員、国会職員。国立国会図書館副館長(第26代)。共同保存図書館・多摩理事。 千葉県立東葛飾高等学校、筑波大学第二学群農林学類卒業。筑波大学大学院修士課程医科学研究科修了。1987年(昭和62年)4月、国立国会図書館へ入館。医科学を専攻していたため図書館とは無縁であった。 入館後、逐次刊行物部、図書館協力部、国際子ども図書館、収集部、調査及び立法考査局など経て、総務部企画課電子情報企画室長、総務部企画課長、電子情報部電子情報企画課長、総務部副部長(総務課長事務取扱)、電子情報部長、総務部長を歴任。国際子ども図書館の開設、インターネット資料収集の法制度、図書館資料の大規模デジタル化や図書館間送信などに携わった他、電子情報企画室長として資料のデジタル化や電子情報の利活用に係る企画推進業務を、電子情報部長として情報システム及び電子情報企画部門を担当した。
塚本正治(つかもと まさじ、1961年 - )は、日本の社会… 塚本正治(つかもと まさじ、1961年 - )は、日本の社会運動家、詩人。シンガーソングライター。 大阪市生野区鶴橋出身。 1993年12月大阪精神障害者連絡会の正式結成大会に参加、精神障害者当事者活動に関わる。特に精神障害者の福祉と人権に関わる課題について精力的に取り組み、1997年病院での患者への人権侵害が明らかになった「大和川病院事件」、2001年多くの小学生が犠牲となった「附属池田小事件」に関わる報道の二次被害問題を社会的に取り組んだ。また「附属池田小事件」をきっかけにはじまった「触法精神障害者対策法」-「心神喪失者等医療観察法」について「精神障害者にだけ再犯のおそれは認められない」という立場で反対論客の一人である。
安永 貴夫(やすなが たかお、1961年(昭和36年) - … 安永 貴夫(やすなが たかお、1961年(昭和36年) - )は、日本の労働運動家。日本労働組合総連合会(連合)副事務局長。山口県出身。山口県立豊浦高等学校卒業。 1980年、日本電信電話公社(のちのNTT)に入社。その後、労働運動に身を投じ、20代のころは全電通山口県支部役員として民営化に向けた組織体制の確立にあたった。1998年、NTT労働組合西日本本部執行委員。2002年にNTT中央労働組合中央執行委員に就任。NTT労働組合企画組織部長、情報産業労働組合連合会書記長などを歴任した。内閣府実践キャリア・アップ戦略専門タスクフォースメンバー、労働政策審議会臨時委員も務めた。2013年、一橋大学でゲスト講師として「連合の政策・制度の実現をめざして-雇用・労働政策、特に若年者雇用の課題を中心に」と題して労働政策を論じたことがある。
指宿 昭一(いぶすき しょういち、1961年 - )は、日本… 指宿 昭一(いぶすき しょういち、1961年 - )は、日本の弁護士、労働運動家。暁法律事務所所長、日本労働弁護団常任幹事・東京支部事務局長、外国人技能実習生問題弁護士連絡会共同代表、外国人労働者弁護団代表。労働者側に立った労働問題、外国人の入管問題、外国人技能実習生の人権問題に長年取り組んできた弁護士として著名な人物である。 1980年、筑波大学比較文化学類に入学。学生時代は学生運動に取り組んだ。在学中に働いていた大手コンビニチェーンのフランチャイズ店の労働問題を機に労働組合の活動を始める。卒業後は統一労評(現在の日本労働評議会)に所属した。20代は労組の活動家として、中小企業の労組の活動を行う。
林 千勝(はやし ちかつ、1961年〈昭和36年〉 - )は… 林 千勝(はやし ちかつ、1961年〈昭和36年〉 - )は、日本の陰謀論者、反ワクチン活動家、近現代史研究家、ノンフィクション作家、「WHOから命をまもる国民運動」共同代表。 東京都出身。東京大学経済学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)に入社。退社後、民間会社に勤務。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連し、世界保健機構からの脱退を目指す「WHOから命をまもる国民運動」に参加し、創設者の井上正康(大阪市立大学医学部名誉教授)とともに共同代表に就任している。「mRNAワクチン中止を求める国民連合」の代表賛同者は2025年1月に退任した。 JR東海名誉会長の葛西敬之は林の著書『近衛文麿 野望と挫折』における近衛に関する記述について「著者の分析は正しい」と評価し、「近衛文麿の悲劇をたどり直す本書の試みは、近衛ブレーンの末裔たちがいまなお執拗に流し続ける反日・反米プロパガンダに対する解毒剤として有意義」だと述べている。