阿部 博之(あべ ひろゆき、1936年10月9日 - )は、… 阿部 博之(あべ ひろゆき、1936年10月9日 - )は、日本の工学者。東北大学名誉教授。専門は機械工学(材料力学、固体力学)。東北大学工学博士。 東北大学総長、日本機械学会会長、知的財産戦略会議座長、全米技術アカデミー外国人会員、日本工学アカデミー会長等を歴任した。 1955年、宮城県仙台第二高等学校卒業。1959年、東北大学工学部機械工学科を卒業して日本電気へ入社。1967年、東北大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了。「薄肉および厚肉殻の弾性変形に関する理論的研究」で工学博士。同年、東北大学工学部講師となる。1968年、東北大学工学部助教授。1975年、ノースウェスタン大学客員研究員。
大槻 義彦(おおつき よしひこ、1936年6月18日 - )… 大槻 義彦(おおつき よしひこ、1936年6月18日 - )は、日本の物理学者(放射線物性、核物性、大気電気学)。早稲田大学名誉教授。理学博士(東京大学、1965年)。テレビタレント。 身長169センチメートル。宮城県角田市出身(その後茨城県古河市に在住し、東京都に拠点を持つ)。 球電(プラズマ)の物理学的研究の第一人者。1990年、電磁波で火の玉を作ることに世界で初めて成功。それまで鬼火、狐火などと呼ばれ心霊的現象とされてきた火の玉(怪火)が科学現象である可能性の一つを提示した。 超常現象のひとつとして一時期話題となった「ミステリーサークル」という呼称の先駆者でもある。 長男の大槻東巳は、父親同様に物理学者(東京大学理学部卒、上智大学理工学部物理学科教授)。
藤村 和男(ふじむら かずお、1936年 - )は、日本の教… 藤村 和男(ふじむら かずお、1936年 - )は、日本の教育学者。財団法人 教科書研究センター研究部長。 宮城県気仙沼市上鹿折出身。小学4年生のときに茨城県日立市から疎開。宮城県気仙沼高等学校を経て、1960年東京大学教育学部教育学科(教育史・教育哲学専攻)、1961年東京大学教育学部教育行政学科(教育行政専攻)卒業。 1996年から2002年まで(財)教科書研究センター研究部長を務める。
加藤 孝義(かとう たかよし、1936年 - )は、日本の心… 加藤 孝義(かとう たかよし、1936年 - )は、日本の心理学者、岩手大学・東北大学名誉教授。 宮城県大崎市に生まれる。大崎市立鳴子小学校、大崎市立鳴子中学校、宮城県古川高等学校卒業、1967年東北大学大学院文学研究科博士課程(心理学専攻)中退。東北大学文学部助手、宮城県技術吏員、岩手大学教養部・人文社会科学部教授、同名誉教授、東北大学情報科学研究科教授、2000年定年退官、名誉教授、宮城学院女子大学教授、尚絅学院大学教授を務めた。1992年「認知の体制化に関する研究」で東北大学博士(文学)。2015年11月瑞宝中綬章受章。
牧 昌見(まき まさみ、1935年10月29日 - 2009… 牧 昌見(まき まさみ、1935年10月29日 - 2009年9月8日)は、学校経営学・教育行政学者。国立教育政策研究所名誉所員。 宮城県白石市出身。1958年東北大学教育学部卒、67年同大学院教育行政学専攻博士課程修了、「教員資格制度の発達に関する研究」で教育学博士。1963年東北大学教育学部助手、1967年国立教育研究所研究員、74年同研究室長、90年研究部長、その後、同研究所次長を経て退官。1996年聖徳大学児童学部教授。国立教育政策研究所名誉所員。晩年は、政策研究大学院大学の講師も務め、病魔に冒されながらも、2009年8月の集中講義を終えて、同年9月に逝去。 研究姿勢はあくまでも学校や教育委員会の現場に根付いたもので、全国の多くの教育長や学校管理職、教育センター職員から親しまれ、特に川崎市の学校管理職と共に学校経営診断カードの作成を試みたことで広く知られる。
保原 喜志夫(ほばら きしお、1935年5月11日 - 20… 保原 喜志夫(ほばら きしお、1935年5月11日 - 2009年2月19日)は、日本の法学者。専門は、労働法・労災補償法・労働安全衛生法・産業医に関する研究。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1966年)。北海道大学名誉教授。宮城県出身。指導学生に加藤智章(北海道大学名誉教授)など。
佐々木 康之(ささき やすゆき、1935年2月20日 - )… 佐々木 康之(ささき やすゆき、1935年2月20日 - )は、日本の畜産学者・農学者。専門は、畜産学。農学博士(東北大学)。東北大学名誉教授。元帯広畜産大学学長。元三島学園女子短期大学学長。 宮城県仙台市生まれ。1957年(昭和32年)東北大学農学部畜産学科卒業。1963年(昭和38年)同大学院農学研究科畜産学専攻博士課程修了、農学博士。論文名は「反芻動物の唾液及び唾液分泌に関する研究」。 1963年6月、農林水産省東北農業試験場農林技官。1968年(昭和43年)東北大学農学部助手。1982年(昭和57年)同助教授。1987年、同教授。1994年(平成6年)農学部部長。1998年(平成10年)東北大学を停年退官、同名誉教授。
山田 明爾(やまだ めいじ、1935年〈昭和10年〉2月18… 山田 明爾(やまだ めいじ、1935年〈昭和10年〉2月18日 - 2015年〈平成27年〉8月10日)は、宮城県仙台市出身の仏教学者。文学修士。龍谷大学名誉教授。龍谷大学仏教文化研究所研究員。岐阜市の浄土真宗本願寺派教徳寺住職。
曽根 敏夫(そね としお、1935年 - )は、日本の音響学… 曽根 敏夫(そね としお、1935年 - )は、日本の音響学者、東北大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授。専攻は音響学、環境工学、情報通信工学。 曽根が生まれた1935年(昭和10年)は世界恐慌の余波が残る中で日本が戦時体制へと向かっていた時期であった。その後、太平洋戦争が勃発し、日本は敗戦をむかえる。戦後、日本はGHQによる占領政策のもとで復興を進め、1950年代には高度経済成長の兆しが見え始める。この時期、科学技術の発展が日本の産業復興を支える重要な要素となり、特に電気、通信、音響といった分野での研究が加速していった。 1935年(昭和10年)宮城県に生まれる。1953年(昭和28年)に宮城県古川高等学校卒業。
高橋 勇悦(たかはし ゆうえつ、1935年 - )は、日本の… 高橋 勇悦(たかはし ゆうえつ、1935年 - )は、日本の社会学者、旧・東京都立大学名誉教授。専攻は都市社会学。 宮城県に生まれる。宮城県古川高等学校卒業。1958年東北大学文学部社会学科卒。63年同大学院博士課程満期退学。立正大学講師、明治学院大学助教授、東京学芸大学助教授、東京都立大学教授、99年定年退官、名誉教授、大妻女子大学教授。2006年退職。94年日本都市学会賞受賞。
守屋 克彦(もりや かつひこ、1934年9月26日 - 20… 守屋 克彦(もりや かつひこ、1934年9月26日 - 2018年11月1日)は、日本の元裁判官・弁護士・法学者。専攻は、刑事訴訟法・少年法。東北学院大学教授。元仙台高等裁判所秋田支部長。東北大学で鴨良弼に師事。菊田クリミノロジー賞受賞。
樋口 陽一(ひぐち よういち、1934年9月10日 - )は… 樋口 陽一(ひぐち よういち、1934年9月10日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は法学博士(東北大学・1964年)。東北大学名誉教授、東京大学名誉教授、日本学士院会員、日仏会館名誉理事長。 東北大学法学部教授、東京大学法学部教授、上智大学法学部教授、上智大学社会正義研究所所長、早稲田大学法学部特任教授などを歴任した。清宮四郎門下。弟子に渡邊康行、山元一、石川健治、蟻川恒正、毛利透など。 宮城県仙台市出身。仙台第一高等学校卒業後、東北大学法学部法学科入学。英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語等の語学に堪能で、それを生かして比較憲法学に取り組んだ。東北大学より法学博士、パリ第2大学(パンテオン・アサス)より名誉博士を授与される。
伊藤武(いとう たけし、1934年3月5日 - 2020年7… 伊藤武(いとう たけし、1934年3月5日 - 2020年7月5日)は、日本の経済学者、大阪経済大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第二高等学校卒、1957年東北大学経済学部卒、63年同大学院経済学研究科博士課程中退、84年「マルクス信用論の解明」で経済学博士。1963年大阪府立商工経済研究所所員、1968年大阪経済大学講師となり、72年助教授、81年教授。87-89年経済学部長を務め、2004年定年、名誉教授となる。
大友 篤(おおとも あつし、1934年 - )は、日本の社会… 大友 篤(おおとも あつし、1934年 - )は、日本の社会学者、統計学者、人口地理学。宇都宮大学教授、日本女子大学人間社会学部教授。 1934年(昭和9年)宮城県古川市に生まれる。1952年(昭和27年)に宮城県古川高等学校卒業、1956年東北大学理学部卒業、1976年理学博士。現在一般財団法人日本統計協会の研究員を務める。過去には総理府統計局、国際連合アジア経済研究所、総理府統計研究所や宇都宮大学、日本女子大学人間社会学部・人間社会工学部で教授を歴任。社会の変化をデータから読み解く研究に取り組んでいる。 21世紀に入り、少子高齢化や都市化、女性の社会進出など、日本社会は急速に変化している。こうした変化を正しく理解し、政策に生かすためには、統計データを活用した科学的な分析が不可欠となっている。
中嶋 明勲(なかじま あきのり、1933年12月23日 - … 中嶋 明勲(なかじま あきのり、1933年12月23日 - 2010年4月21日)は、教育社会学者。 仙台市出身。東北大学教育学部卒、同大学院博士課程修了、「社会学的教育思想の形成 フランスに於ける「社会学主義」を中心に」で教育学博士。愛知教育大学助教授、教授、90年名誉教授、名古屋工業大学教授、金城学院大学教授、東北学院大学教授。 長男は分子生物学者・東北大学准教授の中嶋正道(1960 - )。
藤井 一行(ふじい かずゆき、1933年3月30日 - 20… 藤井 一行(ふじい かずゆき、1933年3月30日 - 2015年12月25日 )は、日本の政治学者、ロシア思想史学者、富山大学名誉教授。 宮城県大崎市生まれ。1951年岩手県立黒沢尻高等学校卒業、東京外国語大学ロシア語学科入学。3年生に進級したあと、肺結核のため2年間休学。1957年同大学卒業。同年、一橋大学大学院社会学研究科入学、金子幸彦に師事。1965年一橋大学大学院博士課程満期退学。1967年、札幌大学外国語学部ロシア語学科助教授。1972年金沢大学教養部助教授(ロシア語)。1978年富山大学人文学部教授(ロシア語ロシア文学コース担当)。1998年、富山大学を定年退官、名誉教授。 19世紀ロシアの民主主義思想、20世紀初頭のロシア・マルクス主義(とりわけレフ・トロツキー)、スターリン主義体制、北朝鮮体制などを研究してきた。
出村 彰(でむら あきら、1933年1月12日 - )は、日… 出村 彰(でむら あきら、1933年1月12日 - )は、日本の神学者、東北学院大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。1955年、東北学院大学文経学部英文学科卒。1957年、東京神学大学卒。1959年、同大学院修士課程(組織神学)修了、東北学院大学助手。1964年、プリンストン神学校神学博士。バーゼル大学神学博士。 その後、東北学院大学助教授、同教授。同副学長を歴任。定年退職後には、2007年より学校法人宮城学院理事長も務めた。 1972年、日本宗教学会賞受賞。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。
實方 謙二(さねかた けんじ、1932年11月20日 - 2… 實方 謙二(さねかた けんじ、1932年11月20日 - 2014年1月23日)は、日本の法学者。専門は、経済法・独占禁止法・アメリカ反トラスト法。学位は、法学博士(東京大学)。北海道大学名誉教授、神戸学院大学名誉教授。瑞宝中綬章受章。 山本・森・松尾法律事務所弁護士(大阪弁護士会所属)。宮城県仙台市出身。「実方謙二」とも表記される この他、コロンビア大学法学部客員教授(1983年)やメルボルン大学法学部客員教授(1986年)、公正取引委員会「情報・通信産業と競争政策研究会」座長(1988年~1996年)、公正取引委員会「流通・取引慣行と競争政策検討委員会」座長(1989年~1990年)も務めた。
矢口 以文(やぐち よりふみ、1932年(昭和7年)11月1… 矢口 以文(やぐち よりふみ、1932年(昭和7年)11月1日 - )は、日本の詩人、英文学者、北星学園大学名誉教授。 宮城県石巻市生まれ。1955年東北学院大学文経学部英文学科卒業。1962年国際基督教大学大学院博士課程満期退学。1965年米国インディアナ州ゴーシェン大学大学院修了。1966年北星学園大学助教授、教授、1999年退職、名誉教授、北海道文教大学教授。2009年退職。日本現代英米詩学会会長、日本キリスト教文学会北海道支部会会長などを歴任。現代英米詩の翻訳を手がけ、多数日本に紹介した。詩誌「新現代詩」「Aurora」同人 。アナバプテスト・メノナイト教会シャローム集会責任者。 長男の矢口洋生は仙台白百合女子大学学長。
佐藤 力(さとう ちから、1932年3月14日 - 2025… 佐藤 力(さとう ちから、1932年3月14日 - 2025年2月17日)は、日本の応用物理学者・実業家。慶應義塾大学名誉教授。パデュー大学元教授。学位は博士。 1932年、宮城県仙台市生まれ。幼い頃から父(後述)に憧れて研究者を目指すようになる。宮城県仙台第二高等学校を卒業後、東京大学理科I類に入学。東京大学大学院を卒業後、慶應義塾大学にて研究者となる。同大学の助手、助教授、パデュー大学客員教授を経て、1967年に35歳で慶應義塾大学教授に就任。軍用、航空宇宙、携帯電話やwi-fiなど今日において幅広く利用されているスペクトラム拡散通信方式の研究、開発に尽力した。 1997年に慶應義塾大学を退官し名誉教授の称号を授与される。
袖井 林二郎(そでい りんじろう、1932年3月9日 - 2… 袖井 林二郎(そでい りんじろう、1932年3月9日 - 2025年2月10日)は、日本の国際政治学者、評論家。法政大学名誉教授。専門は、戦後日米関係史、国際政治史、アメリカ政治論。 宮城県遠田郡小牛田町(現・美里町)出身。占領期研究の第一人者。戦後史関係資料を広範に探索してきたことで知られている。妻は社会学者の袖井孝子。
三塚 武男(みつか たけお、1932年 - 2011年3月1… 三塚 武男(みつか たけお、1932年 - 2011年3月12日)は、日本の社会福祉学者。同志社大学名誉教授、熊本学園大学教授。社会福祉学の分野においての研究で地域社会における福祉制度の在り方を問い地域住民が積極的に参加し自治を促進する方法を探る研究をしてきた。 1932年(昭和7年)宮城県に生まれる。1950年(昭和25年)に宮城県古川高等学校卒業後、同志社大学に進学、大学では社会福祉学を学び、地域社会の福祉制度に関する専門的な知識を学んだ。同志社大学文学研究科の教授として、社会福祉学を専門に教育活動を行い、地域福祉や住民自治に関する研究を重ねた。福祉学の理論だけではなく、実践的な問題解決にも重点を置いて研究を進め、地域社会での実践的な福祉制度の改善に貢献してきた。
重倉 祐光(しげくら ゆうこう、1931年3月31日 - 2… 重倉 祐光(しげくら ゆうこう、1931年3月31日 - 2020年10月1日)は、日本の工学者。東京理科大学名誉教授。東京理科大学学長補佐や、諏訪東京理科大学初代学長を務めた。藍綬褒章受章。 重倉珉祐(東北大学名誉教授)長男として、1931年仙台市に生まれる。東北大学工学部建築学科、同大学院博士課程を経て小野田セメント中央研究所に7年間勤務、東京理科大学に転じ助教授、39歳で教授となる。 建築学科主任、理工学部長、理工学研究科長、火災科学研究所長、学長補佐などの要職を歴任した。1998年東京理科大学諏訪短期大学を四年制大学に転換するため学長として赴任、転換後、諏訪東京理科大学学長を務めた。専門は建築材料学。
飯沼 勇義(いいぬま ゆうぎ、1930年(昭和5年)11月 … 飯沼 勇義(いいぬま ゆうぎ、1930年(昭和5年)11月 - )は、宮城県仙台市出身の日本の歴史研究家者、郷土史家。 昭和26年3月、東北大学宮城師範学校卒業。仙台市内の公立学校の教員を14年間勤めた後、東北大学教育学部の研究生、民間企業勤務、幼稚園長などを経て独立した研究生活に入る。 教員時代から歴史の研究を続け、津波以外にも古代東北の製鉄、牡蠣殻を使った肥料の開発(特許第4105184号フルボ酸鉄を含む)など、その研究範囲は多岐にわたる。東日本大震災を16年も前から警告してきたことで、注目を集める。 3・11の際には、自らの学説を実証すべく、以前より仙台湾の海岸線に住まいを構え、自説通り被災した。
佐々木 宏幹(ささき こうかん、本名・宏幹=ひろもと 193… 佐々木 宏幹(ささき こうかん、本名・宏幹=ひろもと 1930年5月17日 - 2024年2月26日)は、日本の宗教人類学者。駒澤大学名誉教授。専門は宗教人類学・宗教文化論。シャーマニズム研究の第一人者。 1930年、宮城県気仙沼市で生まれた。宮城県気仙沼高等学校を卒業し、駒澤大学文学部英米文学科に進学。1955年に卒業し、旧・東京都立大学大学院に進んだ。1965年、博士課程を修了[8]。 1962年、大学院博士課程進学と同時に駒澤大学講師となった。1967年、駒澤大学助教授に昇格。1973年に同教授昇格。1981年、学位論文『シャーマニズムの宗教人類学的研究』を筑波大学に提出して文学博士号を取得。
浅野 晃(あさの あきら、1930年3月20日 - )は、日… 浅野 晃(あさの あきら、1930年3月20日 - )は、日本文学者、共立女子大学名誉教授。近世散文、特に井原西鶴を専門とした。 仙台市生まれ。1953年東北大学文学部国文学科卒業、1958年京都大学大学院文学研究科仏文科博士課程満期退学。立正大学文学部講師、助教授、共立女子大学助教授、教授、2000年定年退任、名誉教授。
西澤 泰二(にしざわ たいじ、1930年2月8日 - ) は… 西澤 泰二(にしざわ たいじ、1930年2月8日 - ) は、日本の金属工学者。東北大学名誉教授。元日本金属学会会長。元日本鉄鋼協会副会長。西澤潤一第17代東北大学総長は兄。 兄に西澤潤一。旧制宮城県仙台第二中学校(現宮城県仙台第二高等学校)を経て、1952年旧制東北大学工学部金属工学科卒業。伊達宗行は旧制中学校時代の友人。1957年東北大学大学院特別研究奨学生修了、東北大学工学部金属工学科助手。1960年 東北大学工学部金属材料工学科助教授。1962年東北大学工学博士。1964年から1966年までスウェーデン王立工科大学客員研究員として在外研究に従事。1969年東北大学工学部材料物性学科教授に昇格。
福岡 克也(ふくおか かつや、1930年 - )は、日本の林… 福岡 克也(ふくおか かつや、1930年 - )は、日本の林業経済学者、環境学者、立正大学名誉教授。
伊達 宗行(だて むねゆき、1929年11月1日 - 202… 伊達 宗行(だて むねゆき、1929年11月1日 - 2023年2月27日)は、日本の物理学者。大阪大学名誉教授。 宮城県仙台市出身。宮城県仙台第二高等学校、1952年東北大学理学部卒業、1955年同大学院理学研究科物理専攻中退。1961年「塩化コバルトの反強磁性共鳴吸收」で大阪大学理学博士。東北大学金属材料研究所、1959年大阪大学理学部助教授、教授、学部長、1993年定年退官、名誉教授。日本物理学会会長、日本原子力研究所先端基礎研究センター長。 伊達氏庶流大條氏本家(明治時代に伊達に復姓)の第20代当主。父は宮城師範学校教授の伊達宗雄。お笑い芸人伊達みきお(サンドウィッチマン)の父の又従兄弟(はとこ)にあたる。
佐々木 徳夫(ささき とくお、1929年(昭和4年)3月19… 佐々木 徳夫(ささき とくお、1929年(昭和4年)3月19日 - 2010年(平成22年)1月25日)は、日本の民俗学者、昔話採集家。 宮城県中田町(現登米市)出身。旧制宮城県佐沼高等学校、東洋大学文学部哲学科卒業。 社会科担当の高校教師を務めていた1957年より昔話をカセットテープに録音し収集する活動を開始した。集めた昔話は東北地方を中心に1万話を超え、著書は高校教師時代の1966年(昭和41年)11月の自費出版による『酒の三太郎』が最初で、50冊を超える。1992年、昔話の保護に取り組んだ業績が認められ、吉川英治文化賞を受賞した。 2010年1月25日、肺炎により宮城県塩竈市の病院で亡くなった。
松本 慶蔵(まつもと けいぞう、1929年1月15日 - 2… 松本 慶蔵(まつもと けいぞう、1929年1月15日 - 2023年10月2日)は、日本の医学者であり、感染症学・熱帯医学の専門家。長崎大学熱帯医学研究所名誉教授であり、長崎大学医学部附属病院の熱研内科科長も務めた。特に呼吸器感染症や結核の研究において多大な貢献を果たし、日本の熱帯医学発展に寄与した。1991年に紫綬褒章を受章。 1929年(昭和4年)、宮城県大崎市に生まれる。戦時中は海軍兵学校に入り、長崎県佐世保の針尾島にいた。戦後、1947年(昭和22年)に旧制古川中学校(宮城県古川高等学校)卒業。第二高等学校を経て東北大学医学部に進学し、東北大学医学部大学院内科系を修了した。その後は同大学第一内科学教室で研究を開始した。
菅野 喜八郎(かんの きはちろう、1928年10月3日 - … 菅野 喜八郎(かんの きはちろう、1928年10月3日 - 2007年7月13日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(東北大学・1970年)(学位論文「憲法改正限界論についての若干の考察」)。東北大学名誉教授。宮城県仙台市生まれ。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
泉 治典(いずみ はるのり、1928年9月16日 - 201… 泉 治典(いずみ はるのり、1928年9月16日 - 2011年6月1日)は、日本の哲学・聖書研究者。東洋大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。旧・東京都立大学大学院博士課程単位取得退学。東洋大学講師、助教授、教授、1992年定年退任、名誉教授。はじめ実存哲学を研究し、のち聖書、アウグスティヌスなどを研究する。
小田嶋 成和(おだしま しげよし、1927年3月18日 - … 小田嶋 成和(おだしま しげよし、1927年3月18日 - 1980年2月7日)は、日本の病理学者、専門は実験腫瘍学、特に化学物質による発がん研究。宮城県仙台市出身。倫理学者・白井成允の三男。 日本癌学会理事、日本病理学会評議員、日本食品衛生学会評議員、厚生省中央薬事審議会委員、食品衛生調査会委員などを歴任。
西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英… 西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英文学者、東北学院大学名誉教授。 宮城県石巻市出身。東北大学文学部英文科卒、同大学院博士課程中退、東北学院大学助教授、教授を務め、1998年定年、名誉教授。1991年「憂鬱の時代 文豪ジョン・ダンの軌跡」で東北学院大学文学博士。
井ヶ田 良治(いげた りょうじ、1926年12月6日 - 2… 井ヶ田 良治(いげた りょうじ、1926年12月6日 - 2018年5月13日)は、日本の法制史学者。法学博士(大阪大学・論文博士・1985年)。同志社大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。1943年第二高等学校に入学し、1945年に文科乙類を卒業。京都大学で藤直幹・柴田實に学ぶ。権門体制論・顕密体制論で知られる黒田俊雄とは同期。1948年京都大学文学部史学科国史専攻を卒業し大学院文学専攻科に進んだが、1954年に退学。 1951年同志社大学法学部助手(日本法制史)、1953年同専任講師、1956年同助教授、1961年同教授、1997年同名誉教授。同志社大学法学部日本法制史ゼミの教え子で日本法制史研究者に、田中修實(中世)・村上一博(近代)・居石正和(近代)・田口昌樹(近代)等がいる。
二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2… 二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2023年11月15日)は、日本の紙飛行機の設計者、日本紙飛行機協会会長、日本インダストリアルデザイナー協会会員、工学博士、自家用飛行機操縦士。ハードSF研究所客員研究員。 紙飛行機設計歴50年の世界的権威、設計したオリジナル機は、競技機から軽飛行機、プロフィール機まで2,600機を超え、素材には紙だけでなくバルサ材やスチレンペーパーも使用して紙飛行機の可能性を追求している。1967年、第1回国際紙飛行機サンフランシスコ大会でグランプリを獲得。1985年シアトルでの第2回大会では元宇宙飛行士マイケル・コリンズらとともに審査委員を務めた。 1967年から、月刊『子供の科学』で紙飛行機の付録を連載。
岡 久雄(おか ひさお、1925年6月29日 - )は、日本… 岡 久雄(おか ひさお、1925年6月29日 - )は、日本の電気技術者、工学博士。三菱電機代表取締役副社長や、新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長、日本オペレーションズ・リサーチ学会会長、電気学会会長、日本YMCA同盟委員長等を歴任した。 宮城県仙台市生まれ。1943年宮城県工業学校(現宮城県工業高等学校)電気工学科、1952年東北大学工学部電気工学科卒業、三菱電機入社。半導体デバイスの研究開発に従事し、1962年には東北大学工学博士の学位を取得。1972年北伊丹製作所電力半導体部長。1978年LSI開発センタセンタ長。1980年LSI研究所所長。1983年取締役LSI研究所所長。1985年常務取締役開発本部長。
和賀井 敏夫(わがい としお、1924年(大正13年)9月2… 和賀井 敏夫(わがい としお、1924年(大正13年)9月21日 - 2020年(令和2年)11月30日)は、日本の医学者である。 宮城県石巻町(現在の石巻市)の生まれ。一浪を経て、旧制の宮城県仙台第二第二高等学校に入学する。1945年(昭和20年)に卒業後、新潟医科大学(現在の新潟大学医学部)に入学し医学の研究に携わる。1949年(昭和24年)に卒業後は上京し個人病院での研修を経て、翌1950年(昭和25年)には石川島播磨重工業(現在のIHI)に勤務していた友人の紹介により、順天堂大学内における外科学者として入局した。 入局後は主に脳内におけるX線検査の研究に携わり、その応用として東北大学電気研究所に勤務していた菊池喜充らと共に、心疾患や悪性腫瘍、胎児等の早期発見や診断を目的に超音波療法の実験に携わった。
佐藤 隆夫(さとう たかお、1924年7月6日 - 2007… 佐藤 隆夫(さとう たかお、1924年7月6日 - 2007年4月23日)は、日本の民法学者。國學院大學名誉教授。 仙台市生まれ。山形県鶴岡市出身。1952年東北大学法学部卒。國學院大學法学部助教授、教授。95年定年、名誉教授。弁護士、横浜家庭裁判所調停委員。
朝倉 正(あさくら ただし、1924年4月24日 - )は、… 朝倉 正(あさくら ただし、1924年4月24日 - )は、日本の気象学者。 宮城県仙台市生まれ。気象技術官養成研究所卒、1968年「日本を中心とする東アジアの大気循環の動気候学」で東京教育大学理学博士。気象研究所研究官、1965年気象庁長期予報課予報官、1981年初代気候変動対策室長。1984年長期予報課長。退官後、1996年気候問題研究所所長。1956年日本気象学会賞、1964年気象庁長官賞、1984年岡田賞受賞。
伏見 和郎(ふしみ かずお、1924年 - )は日本の工学者… 伏見 和郎(ふしみ かずお、1924年 - )は日本の工学者。専門は電気工学。東京大学原子核研究所教授(現・高エネルギー加速器研究機構)、工学博士。 仙台市出身。第二高等学校を経て、1945年東京帝国大学第二工学部電気工学科卒業。逓信省電気試験所(現・NTT電気通信研究所)に入所。1962年東京大学より工学博士を授与される。 1964年NTT電気通信研究所を退所。 タケダ理研工業株式会社(現在の株式会社アドバンテスト)入社。取締役、開発部長。当時の部下には、玉地康雄など。 1964年から1966年北京大学。 1967年から1984年東京大学原子核研究所(現高エネルギー加速器研究機構)教授。当時の助手には渡邊伸一など。
安齋 伸(あんざい しん、1923年3月15日 - 1998… 安齋 伸(あんざい しん、1923年3月15日 - 1998年1月1日)は、日本の宗教学者。 1923年、宮城県仙台市生まれ。1949年、東京帝国大学文学部宗教学科を卒業。ウィーン大学社会学科博士課程修了。1954年に上智大学文学部助手となり、講師、助教授を経て教授。1993年定年、名誉教授。
早坂 泰次郎(はやさか たいじろう、1923年2月20日 -… 早坂 泰次郎(はやさか たいじろう、1923年2月20日 - 2001年10月8日)は、日本の心理学者。立教大学名誉教授。専攻は実存心理学、人間関係の心理学、看護学。 宮城県仙台市生まれ。幼いころから台北で過ごし、台北帝国大学を経て、1949年東北大学文学部卒。東北大学講師、立教大学助教授、社会学部教授。1989年定年退任、名誉教授。 2001年10月8日、出血性脳梗塞のため死去。
白鳥 常男(しらとり つねお、1922年4月14日 - 20… 白鳥 常男(しらとり つねお、1922年4月14日 - 2012年10月16日)は、宮城県出身の医学者。奈良県立医科大学名誉教授。 宮城県築館中学校(現・宮城県築館高等学校)出身。陸軍航空士官学校を経て、東北帝国大学医学部へ進学、1950年に卒業。大学に勤務し、1959年日本平滑筋学会の前身、平滑筋・筋電図研究会の設立発起人となる。1961年東北大学医学部第一外科学講師、1971年同教室助教授となる。翌1972年初代中島佐一教授の後を受けて、奈良県立医科大学第一外科学教室教授。1979年 - 1981年、厚生省特定疾患「炎症性腸管障害」調査研究班班長。1980年同大学附属病院長。1988年同大学定年退職、叙名誉教授。
佐藤 利三郎(さとう りさぶろう、1921年9月23日 - … 佐藤 利三郎(さとう りさぶろう、1921年9月23日 - 2011年4月12日)は、日本の工学者、工学博士。東北大学名誉教授。東北学院大学名誉教授。宮城県古川市(現大崎市古川)に生まれる。東京タワー(日本電波塔)の放送アンテナや、新幹線の通信システムの設計、開発に従事。通信工学の権威。 専門は通信工学、電気回路学、情報伝送工学、環境電磁工学で著書も多い。主な業績として次のものが挙げられる。
佐野 肇(さの はじめ、1921年7月13日 - 2003年… 佐野 肇(さの はじめ、1921年7月13日 - 2003年6月24日)は、日本の経営者、薬学博士。中外製薬社長を務めた。宮城県仙台市出身。 1944年に東京帝国大学第一工学部火薬学科を卒業し、同年に日本火工に入社し、陸軍兵器学校、陸軍技術中尉を経て、1947年10月に中外製薬に入社。 1964年5月に取締役に就任し、1974年11月に常務、1985年3月に専務を経て、1987年3月から1992年10月までに社長を務めた。 2003年6月24日肺炎のために死去。81歳没。
樋渡 宏一(ひわたし こういち、1921年2月11日 - 2… 樋渡 宏一(ひわたし こういち、1921年2月11日 - 2009年3月7日) は、日本の細胞生物学者、遺伝学者。東北大学名誉教授。元日本学士院会員。日本における、ゾウリムシを用いた生物学研究の先駆者とされる。 宮城県仙台市生まれ。旧制盛岡中学校(現・岩手県立盛岡第一高等学校)、盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)を経て、東北帝国大学理学部を卒業後、東北帝国大学大学院特別研究生となる。 山形大学講師に赴任後、東北大学教育学部で教授に就任、宮城教育大学教授を経て、1968年に東北大学理学部教授となる。東北大学理学部教授時の1971年に日本動物学会賞を受賞した。 1984年に定年退職し、東北大学名誉教授となる。
千葉 正士(ちば まさじ、1919年9月17日 - 2009… 千葉 正士(ちば まさじ、1919年9月17日 - 2009年12月17日 )は、日本の法学者。東京都立大学名誉教授。法学博士(東北大学、1962年)(学位論文「学区制度の研究:国家権力と村落共同体の再編成」)。専門は法社会学、スポーツ法学。宮城県仙台市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
鈴木 祥蔵(すずき しょうぞう、1919年2月17日 - 2… 鈴木 祥蔵(すずき しょうぞう、1919年2月17日 - 2009年7月30日)は、日本の教育学者。関西大学名誉教授。専門は教育哲学、部落解放教育。部落解放教育運動の全国的指導者で、教職員組合運動や幼児教育運動などにも影響を与えた。 宮城県白石市生まれ。1943年京都帝国大学文学部哲学科卒業。同大学大学院に入学するが、兵役のため休学、中国東北部に派遣され、敗戦後はシベリア抑留を経験。復員後の1949年京都大学大学院に復学。1951年同大学院教育学研究科退学、関西大学文学部助教授、1957年同教授。1967年の教育学科創設の中心となり、文学部長、部落問題委員会委員長、部落問題研究室(1974年創設、1985年人権問題研究室に改組)初代室長を歴任。