諸田 玲子(もろた れいこ、1954年3月7日 - )は、日… 諸田 玲子(もろた れいこ、1954年3月7日 - )は、日本の小説家。静岡県静岡市生まれ。父は詩人の諸田政一。 上智大学文学部英文科卒業。フリーアナウンサー、化粧品会社勤務を経て、テレビドラマのノベライズや翻訳を手がけた後、作家活動に入る。 1996年に『眩惑』で小説家デビュー。
静岡県:103人
諸田 玲子(もろた れいこ、1954年3月7日 - )は、日… 諸田 玲子(もろた れいこ、1954年3月7日 - )は、日本の小説家。静岡県静岡市生まれ。父は詩人の諸田政一。 上智大学文学部英文科卒業。フリーアナウンサー、化粧品会社勤務を経て、テレビドラマのノベライズや翻訳を手がけた後、作家活動に入る。 1996年に『眩惑』で小説家デビュー。
阿部敏郎(あべ としろう、Toshiro Abe、1953年… 阿部敏郎(あべ としろう、Toshiro Abe、1953年10月27日 - )は、静岡県浜松市生まれのシンガーソングライター、著作家。 1974年にフォークグループくもと空のメンバーとしてボーカル、ギター、ピアノ、ソプラノサックスを担当。 解散後はシンガーソングライター活動を開始。 あおい輝彦「センチメンタル・カーニバル」、秋吉久美子、アグネス・チャン、清水由貴子、太川陽介、松平健、松本ちえこ、芳本美代子、レモンパイらに楽曲を提供。 資生堂ギフト、ハウスとんがりコーン、液体アクロン、ゼブラチェックペンなどのCMソングも作曲している。 川崎製鉄のCMソング『もしも鉄がなかったら』は、1970年代後半にTBS系『JNNニュースコープ』の日曜日に放送されていた。
渥美 饒児(あつみ じょうじ、1953年5月27日 - 20… 渥美 饒児(あつみ じょうじ、1953年5月27日 - 2025年10月29日)は、日本の小説家。本名・丈兒。 静岡県浜松市出身。日本大学文理学部社会学科卒業。 1985年『ミッドナイト・ホモサピエンス』(装丁: 横尾忠則)で第21回昭和59年度文藝賞を受賞。 2003年、女子高生コンクリート詰め殺人事件を元にノンフィクション・ノベル『十七歳、悪の履歴書』を出版した。翌2004年にはこの本を原作とした映画「コンクリート」が中村拓武監督、高岡蒼佑・三船美佳主演により上映される。 2010年3月より1年2ヵ月にわたり、『沈黙のレシピエント』を「ハワイ報知」「静岡新聞」に連載する。 2019年6月、東京・市ヶ谷にて『三島由紀夫コレクション展』および公開講座を行う。
川本 耕次(かわもと こうじ、1953年〈昭和28年〉5月3… 川本 耕次(かわもと こうじ、1953年〈昭和28年〉5月3日 - 2022年〈令和4年〉12月26日)は、元みのり書房、アリス出版、群雄社出版の漫画編集者、官能小説家、カメラマン、ライター。批評集団『迷宮』メンバー。 伝説的自販機本『少女アリス』2代目編集長。三流SF漫画誌『Peke』編集長。『ロリコンHOUSE』監修者。後に実業家、ブロガー、アダルトメディア研究家に転身。WEBサイト『ネットゲリラ』管理人。三流劇画ブーム・ロリコンブームの仕掛け人といわれる。 座右の銘は「ネットゲリラは潜水艦戦である。潜水艦戦に前線はない。自分に有利な時と場所で戦闘を開始する」。 静岡県三島市出身。大学在学中から貸本劇画を研究していた縁で米沢嘉博や長谷川秀樹らと出会い、コミックマーケットの創設母体となった批評集団「迷宮」の集会に出入りする。
小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の… 小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の漫画家、絵本作家。ただ、漫画家としては珍しく[誰?]コピーライターの経験がある。最近[いつ?]、結婚式のスピーチや、道徳の教科書に載ったり[要出典]するなどで有名になった、『一秒の言葉』の詩の作者でもある。もともと『一秒の言葉』は、SEIKOのCMとして1985年に流れたもので、広告マン時代に書いた詩「一秒の言葉キャンペーン」。静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校、武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。妻は作詞家の芹沢類。 正確には「吉」の字は「士」に「口」ではなく、「土」に「口」の字を使う。広告代理店勤務ののち、1987年に独立する。
すがや みつる (1950年9月20日 - )は、日本の漫画… すがや みつる (1950年9月20日 - )は、日本の漫画家、漫画原作者、小説家。学位は修士(実践人間科学)(早稲田大学・2011年)。京都精華大学マンガ学部キャラクターデザインコース教授も務めた。日本マンガ学会第11期会長(5代目) 本名は菅谷 充(読みは同じ)。他のペンネームは漫画原作者として鶴見 史郎(ツルミはミツルのもじり)、鷹見 吾郎があるほか、本名でも小説家として活動している。静岡県富士市出身。血液型O型。 代表作は、『仮面ライダー』、『ゲームセンターあらし』、『こんにちはマイコン』等。 マイコン、コンピューターゲーム、パソコン通信、実務に関する教養漫画、F1など、時代を先取りした題材をテーマとするが、つねに本格的な流行到来前に新たなジャンルに取り組んでいる。
岡田 好惠(おかだ よしえ、1950年 - )は、日本の翻訳… 岡田 好惠(おかだ よしえ、1950年 - )は、日本の翻訳家、児童文学作家。 静岡県熱海市生まれ。青山学院大学文学部フランス文学科卒業。1986年「地球をかいにきたゾウ宇宙人」で第4回福島正実記念SF童話賞受賞。工業用英語、仏語翻訳を手がけつつ、ユニ・カレッジでフランス語推理小説の翻訳を学んだ。
鈴木 いづみ(すずき いづみ、1949年7月10日 - 19… 鈴木 いづみ(すずき いづみ、1949年7月10日 - 1986年2月17日)は、日本の作家、女優である。女優としての芸名に浅香 なおみ(あさか なおみ)がある。
松田 行正(まつだ ゆきまさ、1948年10月21日 - )… 松田 行正(まつだ ゆきまさ、1948年10月21日 - )は静岡県出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター、装丁家、著作家、出版社経営者。 マツダオフィス及び、出版社「牛若丸出版」主宰。 静岡東高校、中央大学法学部卒業。グラフィックデザイナーとなり、1980年に「マツダオフィス」を創設。 1985年には出版社「牛若丸出版」を起こし、書籍の内容とデザインが一体となったユニークな本を出版。 また、自身も著作活動を行い、2006年には自身の著書「眼の冒険」のブックデザインで講談社出版文化賞を受賞。
スズキ コージ(1948年2月28日 - )は、日本の絵本作… スズキ コージ(1948年2月28日 - )は、日本の絵本作家。本名、鈴木 康司(読みは同じ)。血液型はB型。子年生まれ。魚座生まれ。
山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は… 山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト。親しい知人には「ブンケン」「ブンケンさん」と呼ばれる。 静岡県浜松市生まれ。父の山口文太郎は静岡大学名誉教授で、戦中は浜松高等工業学校で化学を教えていた。その父から「文化国家・平和憲法」から「文憲(ふみのり)」と名付けられた。 静岡大学教育学部附属浜松小学校、中学校を経て、静岡県立浜松北高等学校を卒業。 東京芸術大学器楽科(トランペット専攻)を受験するが、不合格。高校卒業後、1966年に、東京に上京して予備校に通うが、受験に失敗し、浪人生活がつづく。 1967年、トランペットのレッスンの帰りに、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の事務所を覗いてみたところ、後にノンフィクション作家となる吉岡忍から「ベ平連ニュース」を封筒に詰める作業を頼まれ、そのままベ平連に入会。
若桜木 虔(わかさき けん、1947年1月29日- )は、日… 若桜木 虔(わかさき けん、1947年1月29日- )は、日本の作家。本名は稲村直彦。
岡部 政之(おかべ まさゆき、1947年 - 2017年1月… 岡部 政之(おかべ まさゆき、1947年 - 2017年1月7日)は、日本のパズル作家。専門は産業機械工学、数理科学。工学博士(東京大学)。 静岡県浜松市出身。1965年、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学大学院博士課程終了。三井金属鉱業入社。ミカンやメロンなどの 糖度を測る糖度センサーの開発プロジェクトリーダーを務めた。同社退職後、外資系非鉄金属会社の品質保証部長などを歴任。 病気をしたときに、知人に勧められ始めたナンバープレイス(通称ナンプレ)を解くうちに、自分でも作らないとつまらなくなり、1年間かけて3,600兆の問題を作成できるデータベースを構築。出版社から難問集の執筆依頼を受け、2014年1月、作家デビューした。
左能 典代(さの ふみよ、1944年9月20日 - )は、日… 左能 典代(さの ふみよ、1944年9月20日 - )は、日本の作家で、岩茶房(がんちゃぼう)主催者。日本ナイルエチオピア学会会員、日本文芸家協会会員。 静岡県函南町生まれ。本姓は佐野。1967年、立教大学文学部英文科卒。 新潮社に勤務し、「週刊新潮」の記者となる。退社してニューヨーク大学でアメリカ文学を学ぶ。世界各地を取材し、1979年東欧に関する著書を上梓、1983年小説「ハイデラパシャの魔法」で第15回新潮新人賞を受賞。仲間と作った出版企画・制作会社「グループ・マッス」で放送局や新聞社関係の出版物も手がける。 1990年代からは中国茶の研究家となり、日中文化交流サロン岩茶房主催。2002年、日本文化振興会社会文化功労賞。
佐藤 三武朗(さとう さぶろう、1944年4月 - )は、日… 佐藤 三武朗(さとう さぶろう、1944年4月 - )は、日本の比較文学者、作家。佐野日本大学短期大学学長。日本大学名誉教授。 現在は、日本大学の顧問である。 英国留学を経て、日本大学文理学部専任講師、国際関係学部助教授、教授・学部長。日本大学評議員、日本大学理事、日本大学副総長、日本大学総長代理代行を歴任。 静岡県田方郡(現・伊豆市)生まれ。日本大学三島高等学校を経て、日本大学文理学部英文科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。 1995年9月、大学設置審議会の組織審議会において日本大学大学院国際関係研究科博士後期課程(比較文学(日欧)特別研究、特別研究指導I、特別研究指導II、特別研究指導III)のDマル合と判定。
泉 秀樹(いずみ ひでき、1943年3月16日 - )は、日… 泉 秀樹(いずみ ひでき、1943年3月16日 - )は、日本の作家、写真家。 テレビ番組「泉秀樹の歴史を歩く」(J:COMテレビ)ナビゲーター。 静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。新聞社勤務を経て、以後、作家・写真家として活動する。 1973年、小説「剥製博物館」で第5回新潮新人賞を受賞。歴史に関する著作が多い。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう、1942年〈昭和17… 嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう、1942年〈昭和17年〉1月10日 - 2025年11月14日)は、日本の編集者、作家、エッセイスト。本名は祐乗坊 英昭(ゆうじょうぼう ひであき)。 父は、朝日新聞社社員から、多摩美術大学の教授に転じたデザイナーの祐乗坊宣明。弟の祐乗坊進は造園コンサルタントで多摩美術大学講師。 静岡県浜松市に生まれ、1950年から東京都北多摩郡国立町(現:国立市)に育つ。国立学園小学校卒業。小学校時代の同級生に、後の外務省・軍縮大使の登誠一郎、朝日新聞社の宮本貢がいた。 桐朋中学校・高等学校を経て、1965年國學院大學文学部国文科卒業。専攻は中世文学。また、笠井叡は高校の2年後輩で、大学時代に笠井から土方巽を紹介され、金粉ショーのアルバイトをやったこともある。
山川 紘矢(やまかわ こうや、1941年11月21日 - )… 山川 紘矢(やまかわ こうや、1941年11月21日 - )は、日本の精神世界・スピリチュアル系の翻訳家、著作家、講演家。スピリットダンス主催、セミナー講師。翻訳は妻の山川亜希子と共に行っている(なお「紘矢」「亜希子」はペンネームである)。 静岡県引佐郡引佐町(現・浜松市浜名区)生まれ。静岡県立掛川西高等学校を経て東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省(国有財産局総務課)。その後は外務省に出向し在マレーシア日本国大使館で3年間、外交官として勤務。1971年7月 加治木税務署長。1972年7月 大臣官房秘書課長補佐(財務官室)心得。1973年7月よりハワイ大学大学院、シカゴ大学大学院で学ぶ。
森瑤子(もり ようこ、1940年11月4日 - 1993年7… 森瑤子(もり ようこ、1940年11月4日 - 1993年7月6日) は、1980年代に活躍した日本の小説家。本名、伊藤雅代。静岡県伊東市出身。37歳でデビューしてから52歳で没するまでの短い活動期間に、小説、エッセイ、翻訳など100冊を超える著作を生んだ。作品は20回以上テレビドラマ化されている。森瑶子名義の著作多数。 ライナーノーツ抄:『私は独り言のような小説を好まない。人間の葛藤が好きなのである。…ダブルコンチェルトの中に描かれている女たちは恋を失ったときに、相手を決して責めない女たちである。…』
稲沢 潤子(いなざわ じゅんこ、1940年10月5日 - )… 稲沢 潤子(いなざわ じゅんこ、1940年10月5日 - )は、日本の小説家。本名・岩田淳子。 静岡県出身。静岡県立沼津東高等学校からお茶の水女子大学を経て名古屋大学卒業後、出版社に勤務しながら小説を書き始める。1969年2月号の『民主文学』に「二足めの靴」が掲載され、作家としてのキャリアがはじまる。1972年には「紀子の場合」を発表。その後、『群像』『民主文学』を中心に多くの作品を発表する。 ルポルタージュの著作も多く、1981年の北炭夕張新炭鉱ガス突出事故を契機に夕張を取材し、『夕張のこころ』(大月書店)を刊行する。また、障碍者問題や千葉県立小金高等学校の卒業式問題に取材した著作もある。 1987年、夕張を舞台にした小説『地熱』で多喜二・百合子賞を受賞する。
志茂田 景樹(しもだ かげき、1940年〈昭和15年〉3月2… 志茂田 景樹(しもだ かげき、1940年〈昭和15年〉3月25日 - )は、日本の作家(小説家・絵本作家)、タレント。株式会社志茂田景樹事務所代表取締役。日本文芸家クラブ会長。よい子に読み聞かせ隊隊長。日本ペンクラブ会員。芸能プロダクション「ビッグ・ブッキング・エンターテインメント」所属。本名は下田 忠男(しもだ ただお)。 ペンネームの由来は、「茂る田んぼを志す」という気持ちから変名し、また「景樹」は昔、父親の書斎でよく目にしていた本に、江戸時代の国文学者である香川景樹の著作があり、その賑やかな名前が気に入って拝借したという。また、一時期は境 忠雄(さかい ただお)のペンネームを使用していた時期もあった。
牧野 宗則(まきの むねのり、1940年2月11日 - )は… 牧野 宗則(まきの むねのり、1940年2月11日 - )は日本の木版画作家。浮世絵木版画の高度な技術と創作木版画の精神性を融合・昇華させ、自然の生命の輝きを華麗に表現する。静岡市葵区出身。
高橋 五郎(たかはし ごろう、1940年 - 2017年)は… 高橋 五郎(たかはし ごろう、1940年 - 2017年)は、日本のドキュメンタリー映像プロデューサー、作家。静岡県焼津市生まれ。 日本初の求人専門の写真週刊誌を都内JRと地下鉄で発売、1960年代初頭、太陽電池(雲母体)と半導体(チップ)の現物をアメリカから日本へ初めて持ち込み、旧通産省において国内大手電機メーカーへ初公開。 スペイン政府と王室のための、歴史的文物類と王室所有の秘蔵品をスペイン史上初めて映像に収録。 1980年代には、再生医療の開発・研究のために、カリフォルニア大学バークレー校とバイオ・タイム社として、世界初の人工血液開発実験に成功、その全記録映像を世界へ配信。 主な映像企画作品に「零戦第4617号」(NHK-BS)、「アルタミラ原始洞窟絵画」(TBS)、「スペイン王室の記録」「幻の巨大地下壕」(以上、日本テレビ)、「広島原爆はナチス製だった!?」(テレビ朝日)など多数。
佐野 洋子(さの ようこ、1938年〈昭和13年〉6月28日… 佐野 洋子(さの ようこ、1938年〈昭和13年〉6月28日 - 2010年〈平成22年〉11月5日)は、日本の絵本作家、エッセイスト。 代表作として、絵本『100万回生きたねこ』(1977年)。エッセイ、児童文学、脚本、小説、海外絵本の翻訳も手がけた。 1938年、満鉄調査部勤務の父利一、母シズの間に、長女(7人きょうだいの第二子)として北京で生まれる。幼少期を北京で過ごし、1945年(7歳)に大連に転居して小学校に入学、同地で日本の敗戦を迎える。1947年(9歳)に一家は山梨県に引き揚げ、当初は父方伯父のもとに身を寄せた。 1942年に三弟(生後33日)、1947年の引き揚げ後に四弟(4歳)を亡くし、1948年(10歳)には大好きであった兄(11歳)を亡くしている。
小沢 冬雄(おざわ ふゆお、1932年3月14日 - 199… 小沢 冬雄(おざわ ふゆお、1932年3月14日 - 1995年3月19日)は、日本の小説家、比較文学者。 静岡県掛川市生まれ。本名・小沢虎義。東京大学文学部仏文科卒。中学校、高校の教師を経て、常葉学園大学教授。1974年「鬼のいる杜で」で第11回文藝賞受賞。1975年「営巣記」で第73回芥川賞候補、同年つづけて「黒い風を見た…」で第74回同候補。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
朝倉 勇(あさくら いさむ、1931年2月6日 - 202… 朝倉 勇(あさくら いさむ、1931年2月6日 - 2023年6月17日 )は、日本のコピーライター、詩人、童話作家。東京都出身。 小学生の頃は夏休みごとに静岡市で過ごし、中学1年の3学期に静岡県立静岡中学校へ疎開転校した。中学3年の1947年(昭和22年)7月7日、結核で神奈川県秦野の療養所に入り、1955年(昭和30年)8月末まで8年2ヶ月の間、ベッドの上で暮らし24歳で退院した。静岡中学は3年1学期で中退したが、同級生たちのカンパによって抗生物質の入手が可能となり再起に繋がった。 1960年(昭和35年)1月、米国海軍戸塚無線送信所技術者から、ライトパブリシテイに転職、15年勤務の後、フリーランスを経て、1974年(昭和49年)12月、株式会社パブロを設立。
三戸岡 道夫(みとおか みちお、本名:大貫満雄、1928年(… 三戸岡 道夫(みとおか みちお、本名:大貫満雄、1928年(昭和3年) - )は、日本の作家、実業家。 静岡県浜松市出身。静岡県立掛川西高等学校を経て東京大学法学部を卒業後協和銀行に入行し、副頭取を最後に退職する。その後は文筆活動に専念する。 社団法人大日本報徳社にて副社長に就任し、二宮尊徳や報徳思想にまつわる書籍も著している。会社法に関する専門書を上梓した同姓同名(本名)が存在していたが、別の人物。 日本ペンクラブ会員。
小川 国夫(おがわ くにお、1927年(昭和2年)12月21… 小川 国夫(おがわ くにお、1927年(昭和2年)12月21日 - 2008年(平成20年)4月8日)は、日本の小説家。静岡県藤枝市出身。大阪芸大教授。 20歳でカトリックに入信。仏留学中に地中海沿岸を巡った経験から書いた『アポロンの島』が島尾敏雄の推挽により注目を集め、「内向の世代」の代表作家と目された。堅固で簡潔な文体でもって、自然や人間存在の原形を描き出し、聖書の世界を描く物語やエッセイを数多く手がけた。日本芸術院会員。 三男の小川光生は、サッカーライター・翻訳家。 静岡県志太郡藤枝町長楽寺(現在の藤枝市本町)に小川富士太郎・まきの長男として生まれる。母まきの弟は竹内壽平。1933年、青島幼稚園に入園。
川村 晃(かわむら あきら、1927年12月3日 - 199… 川村 晃(かわむら あきら、1927年12月3日 - 1996年1月4日)は日本の小説家。 日本統治時代の台湾・嘉義市出身で静岡県沼津市育ち。静岡県立沼津中学校(現・静岡県立沼津東高等学校)在学中、1941年小説を書いて停学処分となり、以後奇矯な振る舞いのため放校となりかけ、陸軍航空通信学校に入学、大阪の飛行場に配属されていた際に敗戦を迎える。文学書を耽読するが定職なく、自殺を企て後遺症を残す。1949年日本共産党に入る。筆耕職人として働く。58年離党、59年より『文学四季』に作品を発表、子持ちの女性と同居する。60年より『文学街』に小説を発表。 「美談の出発」(「文學街」1962年3月号)が同人雑誌優秀作として『文學界』に転載され、1962年上半期第47回芥川賞を受賞。
浜野 卓也(はまの たくや、1926年1月5日 - 2003… 浜野 卓也(はまの たくや、1926年1月5日 - 2003年8月10日)は、日本の児童文学作家、評論家、教育者。専攻は近代文学。中学、高校での教師を務めたのち、山口女子大学(現・山口県立大学)教授、日本大学芸術学部講師、立教女学院短期大学講師、日本児童文学学会代表理事を歴任した。日本児童文学者協会理事、日本児童文芸家協会理事、日本文芸家協会会員。 静岡県御殿場市出身。早稲田大学第一文学部国文科を卒業後、都内の中学、高校教師を務め、立教大学大学院を修了(近代文学専攻)。 上野高等学校教頭を最後に高校教師を退職したのち、山口女子大学(現・山口県立大学)教授、日本大学芸術学部講師、立教女学院短期大学講師、日本児童文学学会代表理事などを歴任。
須山 静夫(すやま しずお、1925年7月22日 - 201… 須山 静夫(すやま しずお、1925年7月22日 - 2011年7月10日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、小説家。 静岡市出身。1943年、静岡県立静岡中学校卒業。横浜工業専門学校造船科卒業後、1947年、農林省水産局漁船課に入省。1952年より、ガリオア資金による留学生としてアメリカに渡り、ミシガン大学で1年間学ぶ。ここで妻となる越川さち(後、共立女子大学教授)と知り合う。その後、明治大学文学部夜間三年に編入学し、青沼一郎の教えを受け、1954年、ハーマン・メルヴィル「モービー・デイック」論により卒論提出。明治大学大大学院に進学。越川さちと結婚、農林省水産庁退職。1956年、明治大学文学部助手。
池宮 彰一郎(いけみや しょういちろう、1923年5月16日… 池宮 彰一郎(いけみや しょういちろう、1923年5月16日 - 2007年5月6日)は、日本の脚本家、小説家。 本名の池上 金男(いけがみ かねお)で脚本家として活動、『十三人の刺客』など数多くの映画・テレビドラマの制作に関わった。1992年に小説『四十七人の刺客』を発表して以降、池宮彰一郎のペンネームを用いて歴史小説を著したが、2002年に司馬遼太郎作品との類似問題により活動をほぼ停止した。作家の池上司は息子。 東京府に生まれる。静岡県沼津市に育ち、静岡県立沼津商業学校(現・静岡県立沼津商業高等学校)を卒業する。 第二次世界大戦中は満州で陸軍に徴兵される。兵舎に放火して南方送りとなり、ペリリュー島逆上陸作戦に参加、3000名いた部隊で生き残ったのは20~30名だったという。
山下 喬子(やました きょうこ、1922年7月13日 - 2… 山下 喬子(やました きょうこ、1922年7月13日 - 2004年2月6日)は、日本の児童文学作家。 静岡県沼津市出身。東京府立第四高等女学校(東京都立南多摩中等教育学校)卒。高女在学中に堀辰雄に師事し、戦後は『文学者』で作品を発表。のちに児童文学も書き、1961年「プフア少年」を刊行。『悲しみは海の色』はNHKの少年ドラマシリーズでドラマ化された。
斎藤 襄治(さいとう じょうじ、1917年8月26日 - 2… 斎藤 襄治(さいとう じょうじ、1917年8月26日 - 2007年6月12日)は、日本のイギリス文学者、翻訳家、著作家。 東京高等商船学校助教授・茨城キリスト教大学教授・同学長・立正大学教授を歴任。 東京都生まれ。静岡県浜松市育ち。1943年京都帝国大学言語学科卒。東京高等商船学校助教授。 敗戦後、連合国軍総司令部(GHQ)民間情報教育局顧問。その後外務省勤務。日本の小説を英訳するなど文化の国際交流に尽くす。 1969年茨城キリスト教大学教授、1975年から1978年学長。1980年立正大学教授、1988年定年退任。ダートマス大学客員教授。
榛葉 英治(しんば えいじ、1912年〈大正元年〉10月21… 榛葉 英治(しんば えいじ、1912年〈大正元年〉10月21日 - 1999年〈平成11年〉2月20日)は、日本の小説家である。 静岡県掛川市生まれ。静岡県立掛川中学校(現在の静岡県立掛川西高等学校)を経て、早稲田大学英文科卒業。満洲国外交部に勤める。敗戦後引き揚げ、仙台市の東北連絡調整事務局に勤務したが、1948年、辞職、上京して創作活動に専念、多くの通俗小説を書く。初期作品に『渦』『淵』『流れ』三部作がある。1958年の『赤い雪』は敗戦時の満洲の混乱を描き、直木賞受賞。 外祖父の村岡素一郎は民間史論家で、徳川家康の出自に関して独自の研究を行った。
菅沼 五十一(すがぬま いそいち、1911年 - 1995年… 菅沼 五十一(すがぬま いそいち、1911年 - 1995年8月30日)は、日本の詩人、小説家。 『東海文学』同人、『遠州文学』同人、『麒麟』主宰、『独立文学』編集同人、浜松読書文化協力会会長、浜松ユネスコ協会会長などを歴任した。 静岡県小笠郡佐束村にて生まれた。佐束尋常小学校などを経て、静岡県立掛川中学校に進学した。旧制中学校在学中、詩人の三木露風の作品に影響を受け、詩作に熱中し、友人らと文芸誌を発刊した。その後、上京し、二松學舍専門学校に進学した。しかし、病により、やむなく二松學舍専門学校を中途退学した。 旧制専門学校を中途退学してからは、佐束村に戻って文学活動を続けることにした。同じ旧制中学校の先輩でもある文芸評論家の窪川鶴次郎から、大いに励ましを受けた。
高杉 一郎(たかすぎ いちろう、1908年7月17日 - 2… 高杉 一郎(たかすぎ いちろう、1908年7月17日 - 2008年1月9日)は、日本の評論家・小説家・翻訳家・エスペランティスト。和光大学名誉教授。本名は小川 五郎(おがわ ごろう)で、大学教授としてはこの名前で教えた。 静岡県田方郡中伊豆町(現・伊豆市)生まれ。東京文理科大学教育学科中退。1933年より改造社に勤務、雑誌『文藝』編集主任となり、1942年東京文理科大学英文科卒業。1944年徴兵され、ハルピンで敗戦を迎え、シベリア抑留を体験。1949年復員。帰国後書いた抑留体験記『極光のかげに』『人間』(1950年8月 - 12月)が第24回芥川龍之介賞候補にあがり、ベストセラーとなる。 1950年静岡大学教育学部講師、1957年同文理学部助教授、1965年教授、1967年 - 1972年評議員、1972年定年退官。
藤枝 静男(ふじえだ しずお、1907年12月20日 - 1… 藤枝 静男(ふじえだ しずお、1907年12月20日 - 1993年4月16日)は、日本の作家、眼科医。本名勝見次郎。静岡県志太郡藤枝町(現・藤枝市)出身。 藤枝町市部(現在の藤枝市本町)の勝見薬局の次男として生まれ、成蹊学園から名古屋の旧制第八高等学校を経て1936年に千葉医科大学(現・千葉大学医学部)を卒業。眼科教授の伊東弥恵治(1891-1958)に師事した。勤務医生活ののち独立、1950年から浜松市で眼科医院を営む傍ら、小説を書き続けた。1968年『空気頭』で芸術選奨文部大臣賞、1974年『愛国者たち』で平林たい子文学賞、1976年『田紳有楽』で谷崎潤一郎賞、1979年には『悲しいだけ』で野間文芸賞を受賞。
若林 つや(わかばやし つや、1905年11月 - 1998… 若林 つや(わかばやし つや、1905年11月 - 1998年9月)は、日本のプロレタリア作家。本名、杉山 みつゑ。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小糸 のぶ(こいと のぶ、1905年9月24日 - 1995… 小糸 のぶ(こいと のぶ、1905年9月24日 - 1995年12月13日)は、日本の小説家。 静岡県富士郡吉原町(旧・吉原市)(現・富士市)生まれ。静岡女子師範学校卒。小学校教員を経て、1941年(昭和16年)内閣情報局の国民映画脚本募集に「母子草」が一席入選し、映画化される(田坂具隆監督)。戦後1949年(昭和24年)に「おもかげ」で直木賞候補。恋愛通俗小説を書いた。
川上 喜久子(かわかみ きくこ、1904年(明治37年)11… 川上 喜久子(かわかみ きくこ、1904年(明治37年)11月23日 - 1985年(昭和60年)12月4日)は、日本の小説家。旧姓は篠田。
野口 三四郎(のぐち さんしろう、1901年〈明治34年〉-… 野口 三四郎(のぐち さんしろう、1901年〈明治34年〉- 1937年〈昭和12年〉2月22日)は日本の人形作家。静岡県三島市(旧三島町)大中島地区出身。張り子製を中心とする人形「三四呂人形」(みよろにんぎょう)を製作した早逝の作家として知られる。作品の一部は三島市が指定する有形文化財に指定されている。 1901年(明治34年)に当時の静岡県田方郡三島町大中島の質屋の家に生まれる。名前の由来は生年の「明治三十四年」による。静岡県立韮山中学校(現・静岡県立韮山高等学校)に入学後、美術部に入り絵画の技術を身につける。 卒業後は写真技術を身につけ、1928年(昭和3年)頃に東京の三越百貨店に写真技師として就職。
橋爪 健(はしづめ けん、1900年2月20日 - 1964… 橋爪 健(はしづめ けん、1900年2月20日 - 1964年8月20日)は、日本の詩人・評論家・小説家。 長野県東筑摩郡松本町(現松本市)出身。静岡県旧制沼津中学(静岡県立沼津東高等学校)、第一高等学校を経て、東京帝国大学文科中退。1922年第1詩集「合掌の春」を刊行、ダダイスムの影響を受け1924年『ダムダム』創刊に参加。1927年『文藝公論』を創刊、主宰した。戦後は児童読物などを書いた。兄に橋爪恵、弟に橋爪克巳(1903-83)がいる。
榎田 竹林(えのきだ ちくりん、1898年(明治31年) -… 榎田 竹林(えのきだ ちくりん、1898年(明治31年) - 1974年(昭和49年))は、川柳作家。本名は圭太良(または桂太郎)。静岡市出身。 1916年(大正5年)3月、静岡県立静岡中学校卒業後、教職に就き、のち上京。川柳栗吟社同人として活躍。1923年(大正12年)に帰省、静岡川柳社を興す。以後門弟の育成に努め、1966年(昭和41年)4月、静岡県川柳協会会長。その間、静岡刑務所篤志面接委員、静岡新聞、NHKの文芸選者などを務め、静岡市教育文化功労者、静岡県文化奨励賞を受賞。 静岡市登呂公園に句碑が建ち、後に静岡市常磐公園に移され現在に至っている。夫人は川柳作家の榎田柳葉女(りゅうようじょ)。
小出 正吾(こいで しょうご、1897年1月5日 - 199… 小出 正吾(こいで しょうご、1897年1月5日 - 1990年10月8日)は、日本の児童文学作家。 1897年、静岡県三島出身。祖父の小出市兵衛は元質屋で、J・H・バラによって洗礼を受けた。中学時代に受洗しキリスト教信者となる。1918年早稲田大学商学部を卒業すると、南洋商会に勤め南洋へおもむくが、1922年退職して帰郷、三島教会の独立に尽くした。1928年、再び上京し明治学院で教え、明治学院教授(1935年、社会事業科)。 戦後、三島市教育委員長を務める。キリスト教ヒューマニズムの立場で創作を行う。1957年、三島市長選挙に革新統一候補として出馬し落選。1966年から1972年日本児童文学者協会会長[疑問点 – ノート]。
海野 厚(うんの あつし、1896年8月12日 - 1925… 海野 厚(うんの あつし、1896年8月12日 - 1925年5月20日)は、童謡作家、俳人。本名は厚一(こういち)。俳号は長頸子(ちょうけいし)。 静岡県安倍郡豊田村曲金(現:静岡市駿河区曲金二丁目)の出身。生家は大地主だったが、後に没落。 旧制静岡中学卒業後、早稲田大学に入学。童話雑誌「赤い鳥」に投稿した作品が北原白秋に認められ童謡作家となる。俳句同人誌「曲水」にも参加。中山晋平らとともに「子供達の歌」を出版。雑誌「海国少年」の編集長も務めた。結核のため28歳で死去したため作品数は多くない。没後は西豊田小学校に隣接する法蔵禅寺に葬られ、墓石が存在する。 彼の母校である静岡市立西豊田小学校には「背くらべ」の歌碑が建てられている。
芹沢 光治良(せりざわ こうじろう、1896年(明治29年)… 芹沢 光治良(せりざわ こうじろう、1896年(明治29年)5月4日 - 1993年(平成5年)3月23日)は、日本の小説家。静岡県沼津市名誉市民(1980年‐ )。1965年‐1974年に日本ペンクラブ会長を務めた。日本芸術院会員。 フランス留学後、『ブルジョア』で出発。『巴里に死す』で注目された。作品は父性希求、天理教を主題にしたもの、日本と西洋の対比やその矛盾を追究するものの系列があり、冷徹な目を据えながら、生と死、愛の問題を扱った主知的ヒューマニズム作家。日本よりもむしろ海外(特にフランス)で高い評価を受けた。特に1950年代に『巴里に死す』がフランスでも高く評価され、ノーベル文学賞候補者となったという噂も流れた。
佐々木 邦(ささき くに、1883年(明治16年)5月4日 … 佐々木 邦(ささき くに、1883年(明治16年)5月4日 - 1964年(昭和39年)9月22日) は日本の作家、英文学者。弟・順三は立教大学総長。
宮本 ゆみ子(みやもと ゆみこ、旧・斎藤 友美子(さいとう … 宮本 ゆみ子(みやもと ゆみこ、旧・斎藤 友美子(さいとう ゆみこ)、8月24日 - )は、静岡県浜松市出身のビジネス書作家、フリーアナウンサーである。
左京 潤(さきょう じゅん)は、日本の小説家・ライトノベル作… 左京 潤(さきょう じゅん)は、日本の小説家・ライトノベル作家。女性。2011年に『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』で第23回ファンタジア大賞金賞を受賞。受賞時の名前は風見 MAKA(かざみ まか)。2013年にはアニメ化が決定し、同年の10月から12月まで放送された。