小谷 賢(こたに けん、1973年9月 - )は、日本の歴史… 小谷 賢(こたに けん、1973年9月 - )は、日本の歴史学者・国際政治学者。専門はイギリス政治外交史、インテリジェンス研究。博士(人間・環境学)(2004年)。日本大学危機管理学部教授。 日本大学研究者情報システム
京都府:39人
小谷 賢(こたに けん、1973年9月 - )は、日本の歴史… 小谷 賢(こたに けん、1973年9月 - )は、日本の歴史学者・国際政治学者。専門はイギリス政治外交史、インテリジェンス研究。博士(人間・環境学)(2004年)。日本大学危機管理学部教授。 日本大学研究者情報システム
岡本 隆司(おかもと たかし、1965年(昭和40年)12月… 岡本 隆司(おかもと たかし、1965年(昭和40年)12月13日 - )は、日本の歴史学者。 専門は中国近代史、東アジア国際関係史。博士(文学)(京都大学・論文博士・1996年)。早稲田大学教授・京都府立大学名誉教授。 京都市生まれ。1988年神戸大学文学部卒業。1993年京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1996年「清末洋関の起源」で京都大学より博士(文学)の学位を取得。 1994年、宮崎大学教育学部の講師となり、後に助教授。その後京都府立大学文学部助教授、2007年より准教授、2016年より教授。2024年より早稲田大学教育・総合科学学術院教授。
川端 新(かわばた しん、1964年12月5日 - 1999… 川端 新(かわばた しん、1964年12月5日 - 1999年11月12日)は、日本の歴史学者、山口大学人文学部助教授。専攻は日本中世史。京都市生まれ。
上島 享(うえじま すすむ、1964年3月22日 - )は、… 上島 享(うえじま すすむ、1964年3月22日 - )は、日本の歴史学者。京都府出身。京都大学文学研究科歴史文化学講座教授。 京都市生まれ。1988年3月京都大学文学部史学科卒業、1993年3月京都大学大学院博士後期課程満期退学。1995年1月「平安後期国家財政の研究」にて論文博士(文学)取得。 1996年4月京都府立大学文学部専任講師、1997年10月に同大学助教授、2007年4月に同大学准教授。2013年4月 京都大学大学院文学研究科准教授、2016年4月 同大学教授。 2011年11月『日本中世社会の形成と王権』で角川源義賞受賞。
丸山 俊明(まるやま としあき、1960年 - )は、建築・… 丸山 俊明(まるやま としあき、1960年 - )は、建築・歴史学者、住環境文化研究所主宰、元びわこ学院大学短期大学部ライフデザイン学科(キャリアデザイン)教授、元京都美術工芸大学教授(伝統建築) 京都市左京区生まれ。京都府立鴨沂高等学校卒業。1983年琉球大学法文学部史学科日本史専攻卒業。1989年大阪工業技術専門学校2部建築学科卒業。2001年京都工芸繊維大学大学院博士課程修了、「山城国農村部の建築規制に関する研究」で学術博士。熊谷建築設計事務所所員、京都環境計画研究所所員、丸山建築設計事務所・住環境文化研究所主宰をへて、2012年京都美術工芸大学工芸学部建築コース(伝統建築)教授、2016年3月退職。
籠谷 直人(かごたに なおと、1959年3月 - )は、日本… 籠谷 直人(かごたに なおと、1959年3月 - )は、日本の歴史学者。京都大学人文科学研究所教授。専門は日本近代史。経済学博士。 京都府京都市出身。1981年大阪市立大学経済学部卒業、1983年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1986年一橋大学大学院経済学研究科日本経済史専攻博士課程単位取得退学。 一橋大学経済学部助手、愛知学泉大学経営学部講師、名古屋市立大学経済学部助教授、京都大学人文科学研究所日本部助教授等を経て、2006年から京都大学人文科学研究所人文学研究部教授。 アジア系商人との関わりの観点から近代日本の経済史の研究を行い、岡崎市史、姫路市史などの執筆も行う。
高橋 友子(たかはし ともこ、1957年3月30日 - 20… 高橋 友子(たかはし ともこ、1957年3月30日 - 2007年10月31日)は、歴史学者。神戸女学院大学文学部総合文化学科助教授。専門は、イタリア中近世社会史、ジェンダー論。文学博士。京都府京都市生まれ。 京都府立朱雀高等学校を経て、1980年立命館大学文学部史学科卒業。1986年、同大学大学院文学研究科博士課程後期課程単位取得退学。1987年からイタリアにあるボローニャ大学へ留学。イタリア政府給費留学生としてフィレンツェ大学で学んだ。 著書「捨児たちのルネッサンス」は第23回マルコ・ポーロ賞を受賞するなど、文筆活動でも活躍。ほかに「路地裏のルネサンス - 花の都のしたたかな庶民たち -」などがある。
石田 勇治(いしだ ゆうじ、1957年 - )は、日本の歴史… 石田 勇治(いしだ ゆうじ、1957年 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。日本学術会議連携会員(地域研究)。専門はドイツ近現代史、ジェノサイド研究。 京都市出身、1982年東京外国語大学外国語学部卒業、1984年東京大学大学院社会学研究科(国際関係論)修士課程修了、1987年マールブルク大学(ドイツ)社会科学哲学部博士課程修了(Ph.D.政治学、取得)。 東京大学教養学部専任講師、同助教授を経て、教授。この間、ポツダム現代史研究センター客員研究員、ベルリン工科大学反ユダヤ主義研究所客員研究員、ハレ大学客員教授などを歴任し、東京大学名誉教授。The Journal of Genocide Research 編集委員。
坂根 嘉弘(さかね よしひろ 1956年2月 - )は、日本… 坂根 嘉弘(さかね よしひろ 1956年2月 - )は、日本の歴史学者・経済学者。広島修道大学商学部教授。京都府舞鶴市出身。 専門は近代日本経済史特に農業問題の研究。農学博士(京都大学、1989年)。
杉原 達(すぎはら とおる、1953年 - )は、日本の歴史… 杉原 達(すぎはら とおる、1953年 - )は、日本の歴史学者、日本学、文化史研究者。経済学博士。大阪大学大学院文学研究科教授を経て、大阪大学名誉教授。 京都市生まれ。帝国主義時代のドイツ経済史研究から出発し、日本・アジア関係史、日本学を専門とする。在日朝鮮人史、中国人強制連行問題など近代の文化・経済の交流や移動、越境に関する研究がある。 父は経済学者(経済学史研究)の杉原四郎、実兄は経済史家(アジア圏貿易史研究)の杉原薫。
水野 直樹(みずの なおき、1950年10月31日 - )は… 水野 直樹(みずの なおき、1950年10月31日 - )は、日本の歴史学者。立命館大学客員教授。京都大学名誉教授。専門は朝鮮近代史(植民地朝鮮)、東アジア関係史。 「日本の植民地支配を肯定的に評価しようとする日本学界の流れに対抗し植民地近代化論を批判してきた」として、韓国の全南大学校から後廣賞を受賞した。八木晃介、上田正昭らと共に「朝鮮学校を支える会」の呼びかけ人も務めている。
姫岡 とし子(ひめおか としこ、1950年8月30日 - )… 姫岡 とし子(ひめおか としこ、1950年8月30日 - )は、日本の歴史学者。専門は西洋史、ドイツ近現代史(とくに社会史)、女性史。2016年に東京大学大学院人文社会系研究科(西洋史学)教授を定年退職、東京大学名誉教授となり、奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター協力研究員に就任。別名、住澤とし子。 1973年奈良女子大学理学部化学科卒業。1980年フランクフルト大学歴史学部マギスター(修士課程)修了。84年奈良女子大学大学院人間文化研究科博士課程比較文化学専攻修了。1993年、論文「近代ドイツの母性主義フェミニズム」で奈良女子大学より博士(文学)の学位を取得。 1988年より立命館大学国際関係学部講師、91年同助教授、95年同教授。
北村 稔(きたむら みのる、1948年 - )は、日本の歴史… 北村 稔(きたむら みのる、1948年 - )は、日本の歴史学者。立命館大学名誉教授、日本「南京」学会会員、国家基本問題研究所客員研究員。中国近現代史専攻。法学博士。
井上 浩一(いのうえ こういち、1947年9月24日 - )… 井上 浩一(いのうえ こういち、1947年9月24日 - )は、日本の歴史学者、大阪市立大学名誉教授。佛教大学歴史学部特別任用教授。専門は、ビザンツ(東ローマ)帝国史。 京都市生まれ。1971年京都大学文学部卒業、76年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。大阪市立大学文学部講師、助教授、教授、文学研究科(西洋史学専修)教授。2011年定年退職、名誉教授。日本ビザンツ学会代表も務めた(現在は退任)。「関西ビザンツ史研究会」も行っている。 2012年4月にはインターネット上で西洋史を講義する「バーチャル大学」の「学長」として、西洋史の研究方法・レポートの書き方などを公開している。2013年より佛教大学歴史学部特別任用教授。
天野 哲也(あまの てつや、1947年9月13日 - )は、… 天野 哲也(あまの てつや、1947年9月13日 - )は、日本の歴史学者、北海道大学名誉教授。極東民族史を研究する 。 京都府京都市出身。1971年同志社大学文学部文化史学科卒業。1978年北海道大学大学院文学研究科博士課程退学。北海道大学総合博物館助教授、教授、理学研究院教授。2010年「古代の海洋民オホーツク人の世界 アイヌ文化をさかのぼる」で北大博士(文学)。2012年定年退職、名誉教授。
谷川 稔(たにがわ みのる、1946年12月 - )は、日本… 谷川 稔(たにがわ みのる、1946年12月 - )は、日本の歴史学者。専門は、フランス近代史。 京都の近代社会史研究会などを拠点にした、社会史研究第二世代の担い手。『十字架と三色旗』で日本のフランス近代史像を刷新し、大著ノラ編『記憶の場』の全容紹介で「記憶の歴史学」に寄与した。 京都府京都市生まれ。1965年府立洛北高校卒業。1970年京都大学文学部史学科卒業、1975年京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1976年10月から、大阪産業大学専任講師・助教授、奈良教育大学助教授、奈良女子大学教授、同大学院教授、パリ第一大学客員教授などを経て、1998年京都大学大学院文学研究科教授。
竹貫 元勝(たけぬき げんしょう、1945年1月1日 - 2… 竹貫 元勝(たけぬき げんしょう、1945年1月1日 - 2021年5月16日)は、日本の歴史学者。花園大学名誉教授、正眼短期大学副学長・特任教授。博士(文学)(佛教大学、1992年)。日本中世史、禅宗史専攻。京都府綾部市出身。
守屋 毅(もりや たけし 1943年10月2日 - 1991… 守屋 毅(もりや たけし 1943年10月2日 - 1991年2月4日)は日本の歴史学者。専攻は日本文化史(主に中世・近世)。元国立民族学博物館教授。文学博士(筑波大学、1985年)(学位論文「近世芸能興行史の研究」)。
井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、… 井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、日本の歴史学者、島根大学・大阪工業大学名誉教授。専攻は日本中世史。 京都府京都市生まれ。1966年大阪大学文学部史学科卒業。1968年に大阪大学大学院文学研究科博士課程を中退し、大阪大学文学部助手となる。1975年に島根大学に移り文理学部助教授、教授を経て、1997年定年退官、名誉教授。大阪工業大学情報科学部教授となり、2007年に退任、名誉教授となる。
井上 満郎(いのうえ みつお、1940年12月5日 - )は… 井上 満郎(いのうえ みつお、1940年12月5日 - )は、日本の歴史学者。京都産業大学名誉教授。専攻は日本古代史。渡来人・渡来文化や、平安京について文献史料や考古資料を分析し、庶民の生活文化の観点から実像に迫る研究を続ける。 京都市生まれ。京都市立西京高等学校を経て、1964年京都大学文学部史学科卒、1969年同大学院文学研究科博士課程単位取得認定退学。 その後、奈良大学講師、助教授、1978年京都産業大学助教授、教授、2001年同日本文化研究所所長。2004年京都市歴史資料館長。2011年京都産業大学名誉教授。2012年から京都市埋蔵文化財研究所長を務め、2016年より公益財団法人高麗美術館の館長も務める。
井口 和起(いぐち かずき、1940年2月28日 - )は、… 井口 和起(いぐち かずき、1940年2月28日 - )は、日本の歴史学者。京都府立大学名誉教授。専門は日本近代史。 京都府福知山市生まれ。1963年京都大学文学部史学科卒業。1965年京都大学大学院文学研究科博士課程中途退学。京都大学人文科学研究所助手、大阪外国語大学助教授、京都府立大学文学部助教授・教授・学長、京都府立総合資料館長などを歴任。2016年、福知山公立大学学長。2022年3月、福知山公立大学学長を任期満了に伴い退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山本 有造(やまもと ゆうぞう、1940年 - )は、日本の… 山本 有造(やまもと ゆうぞう、1940年 - )は、日本の経済学者・歴史学者。京都大学名誉教授、元中部大学特任教授。専門は数量経済史、日本経済史特に日本帝国史、日本植民地史、貨幣・金融史。博士(経済学)。 京都市出身。1967年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。三和銀行を経て、京都大学人文科学研究所助手、神戸商科大学助教授、京都大学人文科学研究所助教授、同教授、中部大学人文学部教授を経て、同大学特任教授。(2011年3月退職) 2019年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 学位は博士(経済学)京都大学(1993)。
西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の… 西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の歴史学者、日本女性史研究者、相愛大学名誉教授。 京都市生まれ。1959年、京都女子大学文学部卒。相愛大学教授。2007年、定年退任、名誉教授。
末川 清(すえかわ きよし、1933年1月25日 - 201… 末川 清(すえかわ きよし、1933年1月25日 - 2011年11月1日)は、日本の歴史学者。立命館大学名誉教授。専門は西洋史(ドイツ近代史)。 1933年、京都府京都市で法学者・末川博の長男として生まれた。。 1951年に京都府立鴨沂高等学校を卒業し、京都大学文学部に進学。西洋史学科で学び、1955年に卒業。同大学院文学研究科西洋史学専攻に進み、1957年に修士課程を修了。1960年、博士後期課程を単位満期取得退学。 立命館大学に勤務。2011年に死去。
好並 隆司(よしなみ たかし、1929年4月19日 - 20… 好並 隆司(よしなみ たかし、1929年4月19日 - 2010年9月23日 )は日本の歴史学者、社会運動家。専門は中国古代史。 京都府京都市生まれ。高校時代、平和運動に目覚める。1947年、岡山大学法文学部文学科1期生入学。1948年日本共産党入党。開学期の岡山大学学生運動を指導する。 岡山大学卒業後は広島大学大学院文化研究科を経て岡山大学文学部教官となる。 1961年、春日庄次郎らとともに日本共産党を批判、除名される。社会主義革新運動創設に参加し、その後共産主義労働者党に参加。 1969年、岡山大学闘争に際しては入試拒否27教官に名前を連ねる。 1973年、岡山大学教養部教官坂本守信の解雇処分に反対する教養部バリケード封鎖では学生らとともに教養部構内に立てこもる。
辻 ミチ子(つじ みちこ、1929年 - )は、日本の歴史学… 辻 ミチ子(つじ みちこ、1929年 - )は、日本の歴史学者。 京都府京都市生まれ。立命館大学大学院修士課程修了。2000年「転生の都市・京都 民衆の社会と生活」で博士(文学)。高校教諭ののち、宇治市歴史資料館館長、京都文化短期大学教授などを務めた。
林屋 辰三郎(はやしや たつさぶろう、1914年4月14日 … 林屋 辰三郎(はやしや たつさぶろう、1914年4月14日 - 1998年2月11日)は、日本の歴史学者・文化史家。 立命館大学教授・京都大学人文科学研究所教授・京都国立博物館長などを歴任。中世史の研究において大きな足跡を残した。 1914年(大正3年)、石川県金沢市に生まれた。父は茶商を営んでいた四代林屋新兵衛で、四男であったことから生後1年足らずのうちに新兵衛の次兄林屋次三郎の養子となり、生家を離れて東京に移った。 1924年、中華民国・北京に一家で渡航・居留。2年後の1926年、中学校入学準備のため単身帰国した。慶應義塾幼稚舎に入学し1927年に慶應義塾普通部に進学。翌1928年京都に移住し、京都府立京都第一中学校第2学年に編入学した。
日比野 丈夫(ひびの たけお、1914年(大正3年)3月4日… 日比野 丈夫(ひびの たけお、1914年(大正3年)3月4日 - 2007年(平成19年)7月2日)は、日本の東洋学者、歴史学者(歴史地理学)。京都市生まれ。祖先は高須藩(現在の岐阜県海津市)に代々仕えた漢学者の家柄。 京都一中、三高を経て、1936年京都帝国大学文学部史学科東洋史専攻卒業。1936年東方文化学院京都研究所嘱託、1942年東方文化研究所副研究員。この間、中国留学(39-41年)や出張(43年)によって、中国国内の遺跡の実地調査に当たる。 1948年京都大学人文科学研究所研究員。49年助手、51年講師、57年助教授、68年教授。59年「居庸関」(共同研究)により、日本学士院賞受賞。
藤谷 俊雄(ふじたに としお、1912年7月2日 - 199… 藤谷 俊雄(ふじたに としお、1912年7月2日 - 1995年2月11日)は、日本の歴史学者、部落問題研究家である。 京都府京都市出身。生家は真宗大谷派の即現寺。京都府立第二中学校卒業後、1934年に高知高等学校文科甲類、1937年京都帝国大学文学部史学科卒業。1938年、治安維持法違反で検挙。その後、生家の住職、また京都市史編纂に参加。 戦後、日本史研究会創設に参加。また1966年には部落問題研究所理事長兼所長に就任し、文化厚生会館問題によって奈良本辰也・林屋辰三郎・原田伴彦らが去った後の研究所再建に尽力。
中山 治一(なかやま じいち、1911年4月6日 - 199… 中山 治一(なかやま じいち、1911年4月6日 - 1990年7月25日)は、日本の歴史学者。 京都市出身。1934年京都帝国大学文学部史学科卒。第三高等学校 (旧制)教授、名古屋大学文学部教授、大阪市立大学教授を務め、1974年定年退官、椙山女学園大学教授、愛知学院大学教授を務めた。歴史記述の方法論、西洋近代史を専門とした。
羽田 明(はねだ あきら、1910年3月6日 - 1989年… 羽田 明(はねだ あきら、1910年3月6日 - 1989年12月27日)は、日本の歴史学者。研究分野はアジア史。京都大学名誉教授。父は東洋史学者の羽田亨。東京大学名誉教授羽田正の伯父にあたる。 1910年、京都市生まれ。第三高等学校を経て東京帝国大学文学部東洋史学科で学び、1934年に卒業した。1936年9月より2か年にわたりフランス政府招聘留学生としてパリ大学に留学する。 帰国翌年1939年1月より東亜研究所嘱託員となり、中央アジア近世史に着手する。1940年3月より母校である第三高等学校の講師となり、翌年に同校教授、1949年京都大学教養部教授となり、東洋史学を講じた。1962年に学位論文『中央アジア史研究(近世篇)』を京都大学に提出し、文学博士号を取得。
清水 三男(しみず みつお、1909年12月20日 - 19… 清水 三男(しみず みつお、1909年12月20日 - 1947年1月27日)は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。山部好吉のペンネームによる論文もある。 京都市下京区生まれ。京都府立第一中学校(現:京都府立洛北高等学校・附属中学校)を経て、1928年第三高等学校を卒業し、京都帝国大学に入学。同期に赤松俊秀らがいる。義兄でもあった中村直勝の影響と、指導教官三浦周行の指導で荘園研究を行った。卒業論文「封建制度の成立に関する一考察」をまとめ、1931年京都帝国大学文学部を卒業する。同年、大学院に進学し、西田直二郎の指導を受ける。唯物史観の立場に立って中世封建社会成立についての研究を進めた。 1931年10月から1934年3月まで、叡山学院で神道史の講師を務めた後、1935年、和歌山県立和歌山商業学校教員となる。
柴田 實(しばた みのる、1906年1月11日 - 1997… 柴田 實(しばた みのる、1906年1月11日 - 1997年3月16日)は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。 1906年、京都市下京区で生まれた。京都府立第一中学校を経て、第三高等学校に進学。1925年に卒業し、京都帝国大学文学部史学科に入学。三浦周行、西田直二郎の指導を受け、1930年に卒業。 1930年、京都帝国大学文学部副手に採用された。1932年に助手昇格。 1946年に助教授昇格。1950年、京都大学分校(後の教養部)教授に昇格。1963年から1965年まで京都大学教養部長をつとめた。1969年3月に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。同1969年4月より関西大学文学部教授。1970年からは財団法人元興寺仏教民俗資料研究所人文科学室長をつとめた。
川勝 政太郎(かわかつ まさたろう、1905年(明治38年)… 川勝 政太郎(かわかつ まさたろう、1905年(明治38年)5月22日 - 1978年(昭和53年)12月23日)は、日本の歴史学者・考古学者・美術史家。学位は、文学博士。専門はサンスクリット、石造美術の研究。京都市生まれ。 京都府京都市生まれ。京都市立第一商業学校(現:京都市立西京高等学校・附属中学校)卒業後、建築史家の天沼俊一に師事し、石造遺品への関心を深めた。1926年に自宅で書店をひらき、屋号をスズカケと称し、1928年にはスズカケ出版部を設け、『古美術史蹟 京都行脚』を刊行し、1929年、京都史蹟会の会誌『京都史蹟』の創刊に携わった。1930年、史迹美術同攷会(しせきびじゅつどうこうかい)を創立し、会の機関誌として研究雑誌『史迹と美術』を創刊した。
今西 正雄(いまにし まさお、1905年5月4日 - 199… 今西 正雄(いまにし まさお、1905年5月4日 - 1990年6月13日)は、日本の歴史学者。同志社大学名誉教授。 1905年5月4日、京都市の西陣に織問屋を営む今西家の長男に生まれる。1928年、同志社大学法学部経済学科卒業。アメリカ合衆国やドイツに留学。1949年より同志社大学経済学部教授。専攻はドイツ経済史。1965年ころから「低開発」問題に関心をもち、ブラジル経済史、特にポピュリスト的指導者ヴァルガスの計画経済の研究にとりくむ。1976年の退職後は、同志社大学や他大学で後進の指導にあたった。1990年6月13日、ブラジルで逝去。享年85。
猪熊 兼繁(いのくま かねしげ、1902年7月1日 - 19… 猪熊 兼繁(いのくま かねしげ、1902年7月1日 - 1979年1月7日)は、日本の歴史学者、国学者。京都大学名誉教授。専門は日本法制史。 京都府京都市生まれ。父は有職故実学者の猪熊浅麻呂。祖父の猪熊夏樹は白鳥神社の10代宮司・宮中進講(皇族のための教師)。兄に猪熊兼幹。妻は吉村伊助の娘。子に猪熊兼勝。甥に猪熊兼年。孫に猪熊兼樹。 旧制第三高等学校文科乙類を経て、1928年に京都帝国大学法学部を卒業。1962年「倭国法研究序説」で京都大学より法学博士の学位を取得。 1947年京都大学法学部教授となり、1966年退官。 家学である有識故実の研究にも従事。京都の葵祭や時代祭、都をどりなどの時代考証を行った。
上原 専禄(旧字体:上原 專祿、うえはら せんろく、1899… 上原 専禄(旧字体:上原 專祿、うえはら せんろく、1899年5月21日 - 1975年10月28日)は、日本の歴史学者。専門は中世ヨーロッパ史。東京商科大学学長(就任時は東京産業大学:現一橋大学)であり、戦後の一橋大学新制大学化にあたり指導的役割を果たした。このため一橋大学の新制大学構想は別名を「上原構想」とも呼ばれている。学長退任後は構想の核となった初代一橋大学社会学部長を務めた。 1899年、京都市西陣にあった日蓮宗檀家の商家に生まれた。小学校3年から松山市大街道商店街の薬種商であった叔父の家に住む。旧制愛媛県立松山中学校(現愛媛県立松山東高等学校)を経て、1915年、東京高等商業学校(現・一橋大学)に入学した。
金子 鷹之助 (かねこ たかのすけ、1892年11月7日 -… 金子 鷹之助 (かねこ たかのすけ、1892年11月7日 - 1951年5月7日)は、日本の歴史学者。東京商科大学(現一橋大学)教授を務めたが、日本の降伏後、教職追放令により免官された。 京都市出身。京都府立第二中学校(のちの京都府立鳥羽高等学校)卒業後、1915年東京高等商業学校(のちの一橋大学)本科卒業。1917年同専攻部貿易科を総代で卒業し、同校講師に就任。上田貞次郎門下。1919年同校教授。 1920年東京商科大学附属商学専門部教授。同年から1923年までイギリス、フランス、ドイツに留学。のち、東京商科大学教授兼附属商学部教授となり、1938年に全国高商文化聯合会が設立されると会長に就任。
江馬 務(えま つとむ、1884年12月2日 - 1979年… 江馬 務(えま つとむ、1884年12月2日 - 1979年5月10日)は、日本の歴史学者。日本における風俗史の研究の基礎を築いた一人である。京都女子大学名誉教授。 京都市出身。江馬天江の孫、江馬章太郎(京都府立医学専門学校教授)の子。 1907年に新設の京都帝国大学文科大学史学科第1回生として入学、1910年に卒業。卒業論文は「京都市制史」。同年、「日本風俗史」の研究のため同大学大学院に進学する。卒業後、京都市立美術工芸学校の教員となり、1911年には「風俗史研究会」を設立する。有職故実の文献や史料から過去の風俗の考証を進めるだけでなく、実際に衣装などを復原・着用して考察を進める方法を採用し、1915年から毎月1回「時代扮装実演会」を開き、1916年には研究会の機関誌「風俗研究」を創刊した。