藤井 光(ふじい ひかる、1980年3月31日 - )は、日… 藤井 光(ふじい ひかる、1980年3月31日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学文学部・人文社会系研究科現代文芸論研究室准教授。 大阪府高槻市生まれ。大阪教育大学附属高等学校池田校舎では光森裕樹と同期。2002年北海道大学文学部言語・文学コース卒業。卒論はポール・オースター。2007年同大学院文学研究科言語文学専攻博士課程修了、「彷徨への地図 現代アメリカ文学における自己形成と生成変化」で博士(文学)。同志社大学文学部英文学科助教を経て、2014年准教授、2020年教授。2021年、東京大学文学部・人文社会系研究科現代文芸論研究室准教授。 訳書であるテア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』が第10回(2013年)本屋大賞翻訳小説部門第1位、アンソニー・ドーア『すべての見えない光』が第3回(2017年)日本翻訳大賞受賞、第7回(2016年)Twitter文学賞海外部門第1位に選ばれる。
小森 健太朗(こもり けんたろう、1965年 - )は、日本… 小森 健太朗(こもり けんたろう、1965年 - )は、日本の小説家、推理作家、評論家、翻訳家。近畿大学文芸学部教授。 大阪府生まれ。大阪府立北野高等学校、東京大学文学部哲学科出身。 1982年、『ローウェル城の密室』が高沢則子名義で、史上最年少の16歳で第28回江戸川乱歩賞の最終候補作となり話題を集める。 1986年よりコミケットに参加。幻想・推理文学サークル「それぞれの季節」を主宰する。 1989年、東京大学文学部哲学科を卒業。 1994年、「コミケ殺人事件」で本格的にミステリ作家としてデビュー。 1997年、東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。2008年、近畿大学文芸学部文学科 講師着任。
柳下 毅一郎(やなした きいちろう、1963年12月30日 … 柳下 毅一郎(やなした きいちろう、1963年12月30日 - )は、日本の映画評論家、英米文学翻訳家、殺人研究家。自称「特殊翻訳家」(後述)。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科非常勤講師(映像芸術論)。 大阪府生まれ。母親が熱心なSFファンであり、実家にあった大量のハヤカワSFシリーズと『SFマガジン』のバックナンバーを読む。 甲陽学院中学校・高等学校から東京大学理科一類を経て東京大学工学部建築学科卒業。東京大学在学中は、山形浩生と共に、「東京大学SF研究会」に属し、共同でウィリアム・バロウズについての研究ファンジン「バロウズ本」を作成し(北北西SF名義)、1988年のSFファンジン大賞の翻訳・紹介部門を受賞。
堺 三保(さかい みつやす、1963年9月19日 - )は、… 堺 三保(さかい みつやす、1963年9月19日 - )は、日本のSF作家、翻訳家、脚本家。 SF・ミステリー・アメコミ・アメリカTVドラマの評論家。関西大学SF研究会OB。 大阪府生まれ。大阪府立三国丘高等学校卒業。関西大学工学部電子工学科・修士課程修了。大学時代に、グイン・サーガファンクラブ「傭兵騎士団」に参加。 NTTに勤務し人工知能の研究者を経て、フリーになる。SF、ファンタジー小説の解説、翻訳をする一方、アニメのSF設定や脚本も手がける。2007年から3年間、南カリフォルニア大学大学院映画学部の映画制作コースに留学した。 Live Wireでの定期イベント「池澤春菜&堺三保のSFなんでも箱(Anything Box)」を声優・エッセイストの池澤春菜とともに行っている。
小西 のりゆき(こにし のりゆき、1957年8月13日 - … 小西 のりゆき(こにし のりゆき、1957年8月13日 - )は、日本のミュージカル俳優、歌手、翻訳家。蝦名商会所属。 大阪府大阪市生まれ。同志社香里高等学校卒業、同志社大学経済学部入学。同志社大学在学中に「スター誕生!」「君こそスターだ!」等のオーディション番組に挑戦。テレビ出演には漕ぎ着けるものの最終審査で合格には及ばなかった。同志社大学卒業後、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学へ留学。歌への情熱を遂行すべくドラマ科に編入し、3年後に卒業する(ジョン・トラボルタの妻で女優のケリー・プレストンは大学時代の同級生)。南カリフォルニア大学卒業後、アメリカ中西部の学校や病院や福祉施設を回り、在学中に学んだパントマイムのソロ・パフォーマンス・ツアーを敢行。
二宮 由紀子(にのみや ゆきこ、本名・川島由紀子、1955年… 二宮 由紀子(にのみや ゆきこ、本名・川島由紀子、1955年 - )は、日本の童話作家、翻訳家。 新鮮な発想を持ち、独特のリズムがある文章により、ユーモアあふれる童話作品や絵本を描く童話作家として知られる。同時に、海外の絵本を翻訳出版する翻訳家としても活躍しており、赤い鳥文学賞、産経児童出版文化賞、日本絵本賞翻訳絵本賞などを受賞。 兵庫県西宮市在住。夫は作家の川島誠。 大阪府出身。1974年(昭和49年)大阪府立高津高等学校卒業、1978年(昭和53年)京都大学文学部卒業。
横山 茂雄(よこやま しげお、1954年 - )は、日本の英… 横山 茂雄(よこやま しげお、1954年 - )は、日本の英文学者、翻訳家、作家。奈良女子大学名誉教授。 作家としては稲生 平太郎(いのお へいたろう) の名を用いる。他の筆名に法水金太郎(小栗虫太郎の小説の登場人物・法水麟太郎と、コメディアンの清水金太郎に由来する)。 大阪府豊中市出身。1978年京都大学文学部英文科卒、1981年同大学院修士課程修了、1998年「異形のテクスト - 英国romantic novel研究」で京都大学より博士(文学)の学位を取得。岡山大学講師、助教授を経て奈良女子大学助教授、教授。2020年3月で定年退職により名誉教授。 京都大学入学の1974年4月、京都大学UFO超心理研究会に参加。
大瀧 啓裕(おおたき けいすけ、1952年 - )は、日本の… 大瀧 啓裕(おおたき けいすけ、1952年 - )は、日本の翻訳家。 大阪市出身、広島市在住。本名・森 美樹和(もり みきかず)。著作によって、本名を用いることがある。また、龍神成文名義で書籍のデザインを担当。 桃山学院高等学校(St.Andrew's School)、および、神戸市外国語大学卒業。 高校時代にSFファンとなり、「上方SF研究会・ぱんぱか集団」の結成に参加。大学時代から大瀧啓裕の筆名を用いて、雑誌『幻想と怪奇』にコラムを連載。荒俣宏の紹介により翻訳家となる。大学時代、スペイン語教師だった木村栄一と知り合り、ボルヘスなどの教示を受けた。のちに木村をサンリオ文庫の編集者に紹介し、サンリオ文庫からラテンアメリカ文学が刊行されるきっかけとなる。
田村義進(たむら よしのぶ、1950年11月20日 - )は… 田村義進(たむら よしのぶ、1950年11月20日 - )は、日本の翻訳家。日本推理作家協会会員。日本ユニ・エージェンシー「田村義進 翻訳ワークショップ」講師。 大阪府大阪市出身。金沢大学法文学部中退。大学中退後、ヨーロッパ放浪の旅に出、帰国後の1975年に翻訳をはじめる。 主な訳書にローレンス・サンダーズ「無垢の殺人」、ショーン・フラナリー「裏切りのネットワーク」、デズモンド・バグリイ「爆走大陸」、ウォーレン・マーフィー「探偵トレース・シリーズ」、スチュアート・M・カミンスキー「ツンドラの殺意」、エド・ゴーマン「夜がまた来る」、ウィリアム・D.ピーズ「冬の棘」「暗黒底流」など多数。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
木村二郎(きむら じろう、1949年 -)は、日本の推理作家… 木村二郎(きむら じろう、1949年 -)は、日本の推理作家、翻訳家。木村 仁良名義も使用した。 大阪府堺市生まれ。高校卒業後、渡米。ペイス大学社会学部卒業。学生時代からアメリカのミステリー小説の評論、翻訳を手がけ、1990年から自ら小説を書きはじめる。 マルタの鷹協会日本支部の創設者(1982年)としても知られる。 日本推理作家協会会員だったが、2014年ごろ退会、2016年末に再入会し、同協会英文サイトの翻訳委員をつとめる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
木村 由利子(きむら ゆりこ、1947年7月17日 - )は… 木村 由利子(きむら ゆりこ、1947年7月17日 - )は、日本の児童文学の翻訳家。 大阪府大阪市出身。1970年、大阪外国語大学デンマーク語学科卒業。公務員を三ヶ月務めたのちデンマーク文部省の奨学金をえて1971年にかけてコペンハーゲン大学に留学。帰国後、大阪外国語大学非常勤講師を務め、北欧三国及び英米の児童書、小説の翻訳家となる。宝塚ファミリーランド主催の「宝塚ファミリーランド・デンマークチボリガーデン提携記念童話コンクール」の選考委員を務めた。近年はモンゴメリなどの新訳、北欧の推理小説の翻訳も手がける。
中務 哲郎(なかつかさ てつお、1947年2月24日 - )… 中務 哲郎(なかつかさ てつお、1947年2月24日 - )は、日本の西洋古典学者、古代ギリシア文学研究者、翻訳家。京都大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立天王寺高等学校卒、1969年京都大学文学部西洋古典学卒、1975年同大学院西洋古典学博士課程満期退学。松平千秋門下生、岡道男や藤縄謙三の指導も受けた。1975-1979年京都大学文学部助手、1980年京都産業大学専任講師、1984年助教授、1987年京大文学部助教授、1994年「古代説話研究」で京大文学博士、同年教授となった。2010年定年により名誉教授。同年6月より日本西洋古典学会委員長(第10代、2016年6月まで)。 2014年に『ヘシオドス 全作品』の訳により第65回読売文学賞(研究・翻訳賞)受賞。
垂水 雄二(たるみ ゆうじ、1942年(昭和17年) - )… 垂水 雄二(たるみ ゆうじ、1942年(昭和17年) - )は、日本の翻訳家、科学ジャーナリスト(サイエンスライター)。 大阪府大阪市生まれ。1965年京都大学理学部生物学科卒、同大学院理学研究科博士課程単位取得後退学。思索社、平凡社勤務。1998年平凡社を退社。1999年よりフリージャーナリスト。
中上 哲夫(なかがみ てつお、1939年3月6日 - )は、… 中上 哲夫(なかがみ てつお、1939年3月6日 - )は、日本の詩人、翻訳家。本名、佐野哲夫。 大阪府大阪市出身。東京経済大学商学部卒業。アレン・ギンズバーグをはじめビート・ジェネレーションの詩人たちの影響を受ける。同人誌「ぶるう」「ぎゃあ」「木偶」を経て、個人誌「黄金の機関車」を発行。2004年、詩集『エルヴィスが死んだ日の夜』にて第34回高見順賞受賞、第13回丸山豊記念現代詩賞受賞。2013年、詩集『ジャズ・エイジ』にて第28回詩歌文学館賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
田川 律(たがわ ただす、1935年3月15日 - 2023… 田川 律(たがわ ただす、1935年3月15日 - 2023年1月28日)は、日本の音楽評論家、舞台監督、歌手、料理研究家、翻訳家、ミステリ評論家。 1935年、大阪市生まれ。本名、永島律〈ながしま・ただす〉。1960年、大阪大学文学部国史学科卒業。 関西フォークの全盛期に、鑑賞団体「大阪労音」事務局に勤務。大阪労音事務局時代に、助言者的な立場で関わっていた音楽評論家の中村とうよう、飯塚晃東と知り合う。 1968年、東京に移る。 1969年4月に飯塚晃東、小倉エージらとともに、中村とうようを編集長とする雑誌「ニューミュージック・マガジン(現ミュージック・マガジン)」創刊に参加。 1970年、フリーとなり、音楽評論、舞台監督、レコーディングディレクターなど様々な音楽関連の仕事を体験。
奥田 継夫(おくだ つぐお、1934年〈昭和9年〉10月28… 奥田 継夫(おくだ つぐお、1934年〈昭和9年〉10月28日 - )は、日本の児童文学作家・評論家・翻訳家。 大阪府出身。大阪府立住吉中学校(旧制)進学、同級生には眉村卓がいた。卒業後、同志社大学文学部国文科に進学。在学中に乙骨淑子、柴田道子、山下明生、掛川恭子らと同人誌「こだま」に参加、卒業後に創作活動に専念する。 1968年、自らの太平洋戦争中の集団疎開の体験をもとに書いた処女作『ボクちゃんの戦場』(理論社)にてデビューした。この作品は1985年大澤豊の監督、前田吟や藤田弓子ら出演で映画化された。 1988年『この心さわぐ冒険、愛』(ほるぷ出版)が第35回産経児童出版文化賞の「推薦」に選ばれた。
塚本 勲(つかもと いさお、1934年7月30日 - )は、… 塚本 勲(つかもと いさお、1934年7月30日 - )は、日本の朝鮮語学者・翻訳家。元大阪外国語大学教授。 大阪府大阪市生野区に生まれ、在日韓国・朝鮮人の多い旧猪飼野地区の近くで育つ。大阪府立天王寺高等学校を卒業後、京都大学文学部言語学科へ入学、同大学院博士課程終了。京都朝鮮中高級学校非常勤講師を経て、1963年に大阪外国語大学外国語学部に新設された朝鮮語学科の専任講師に迎えられた。戦後国内の教育・研究組織としては、1950年設置の天理大学文学部朝鮮文学語学科に続き、国公立大学では初めてとなる朝鮮語専門の学科であった。 そのころより大学内外の協力を得ながら朝鮮語辞書の編纂を開始し、資金不足など様々な困難を乗り越え23年の歳月をかけて1986年に『朝鮮語大辞典』を完成させた。
白井 愛(しらい あい、1934年2月5日 - 2005年2… 白井 愛(しらい あい、1934年2月5日 - 2005年2月20日)は、日本の作家、フランス文学者(浦野衣子)、翻訳家。 岸和田市生まれ。旧姓名・田島衣子。1956年医師・浦野元幸と結婚、浦野衣子となる。1966年早稲田大学大学院仏文学専攻博士課程退学。1969年浦野と離婚し戸籍名は田島に戻るが、公的に浦野衣子を名のる(徳島文理大学では「田島衣子」として勤務)。1979年『あらゆる愚者は亜人間である』を白井愛名義で発表。その際の共同事業者・夫は彦坂諦で、最期まで彦坂と一緒であった。
今江 祥智(いまえ よしとも、1932年1月15日 - 20… 今江 祥智(いまえ よしとも、1932年1月15日 - 2015年3月20日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。
三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月… 三原 幸久(みはら ゆきひさ、1932年 - 2013年1月18日)は、日本のスペイン文学者、民話研究者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。1961年大阪外国語大学イスパニア語科卒、天理大学講師、大阪外国語大学講師、関西外国語大学助教授、教授、2003年定年退任、名誉教授。
浅倉 久志(あさくら ひさし、本名:大谷善次、1930年3月… 浅倉 久志(あさくら ひさし、本名:大谷善次、1930年3月29日 - 2010年2月14日)は、日本の翻訳家。 SF作品の翻訳で著名であり、特にカート・ヴォネガット、フィリップ・K・ディック、ウィリアム・ギブスンの作品を多く翻訳している。 また、同業者の伊藤典夫と共に、R・A・ラファティ、コードウェイナー・スミス、ジェイムズ・ティプトリー・Jr.といった異色の実力派作家を日本に紹介した。カート・ヴォネガット・ジュニアの作品も、伊藤と分担して翻訳・紹介した。 日本の代表的な海外SF翻訳家の一人である。なお、エッセイ集によると日本から外に出たことはないという。日本SF作家クラブ会員。 大阪府大阪市出身。
高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は… 高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 大阪市生まれ。1954年東京外国語大学スペイン語科卒。1957年同志社大学講師、1963年法政大学教養部講師、助教授、第一教養部教授。2001年定年退任、名誉教授。
伊集院 俊隆(いじゅういん としたか、1929年2月 - 2… 伊集院 俊隆(いじゅういん としたか、1929年2月 - 2004年9月1日)は、日本のロシア語翻訳家、出版編集者、ロシア語教育者。 現在の大阪府大阪市旭区森小路生まれ。大阪市立中大江東小学校、山水中学校、仙台幼年学校、茨城県立下妻中学校を経て、東京外国語大学ロシア語科卒業。新読書社社長、本郷ロシア語クールス主宰。レーニン、クルプスカヤ夫妻に関心が深く教育学関係図書の翻訳を多く行った。 2004年9月1日、脳幹梗塞のため死去。
吉上 昭三(よしがみ しょうぞう、1928年2月27日 - … 吉上 昭三(よしがみ しょうぞう、1928年2月27日 - 1996年1月28日)は、日本のロシア・ポーランド文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 大阪市出身。1951年早稲田大学露文科卒業後、ラヂオプレス通信社入社。1964年より1年間ポーランドに留学。1973年、東京大学教養学部講師、1975年、助教授。1980年、教授。1988年定年退官後、創価大学教授となる。1990年、ポーランドに関する総合文化誌「ポロニカ」を創刊。1991年、ポーランド功労黄金勲章。自宅の火事により焼死。 妻は児童文学者・内田莉莎子(父は洋画家・内田巌。祖父は評論家・内田魯庵)。息子は翻訳家の吉上恭太。
赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2… 赤木 昭三(あかぎ しょうぞう、1928年2月23日 - 2013年10月26日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 大阪市生まれ。1952年京都大学法学部卒業、1956年大阪大学文学部仏文科卒、1959年同大学院文学研究科修士課程修了、パリ大学博士(哲学)。大阪大学教養部助教授、文学部仏文科教授。1991年定年退官、名誉教授。妻の赤木冨美子は大阪外国語大学名誉教授。
下村 隆一(しもむら りゅういち、1928年 - 1969年… 下村 隆一(しもむら りゅういち、1928年 - 1969年11月)は日本のスウェーデン文学研究者、翻訳家。 大阪市出身。東京大学経済学部2年生のときに結核性脳髄炎を発症。一部麻痺が残り、薬の副作用による障害も抱えながら、スウェーデン語を独学で学び、翻訳を始める その後兵庫県宝塚市に在住し、神戸在住のスウェーデン人にスウェーデン語を学び、山室静に相談してスウェーデンの児童文学の翻訳を始める。 1968年より、トーベ・ヤンソンの代表作『ムーミン』シリーズ二作のほか、いくつかのスウェーデン児童文学を翻訳したが、散歩している最中に自動車事故に遭い、41歳で急死した。このとき進めていたエディト・ウンネルスタード作の『すえっ子Oちゃん』の訳は未完に終わったが、下村の遺族から依頼を受けた石井桃子による加筆・修正が施された上で、1971年に出版された。
吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 201… 吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 2015年4月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。大阪女子大学名誉教授。関西チェコ / スロバキア協会顧問。 大阪府生まれ。。旧制大阪府立住吉中学校、旧制大阪高等学校、広島高等学校を経て、1951年に京都大学独文科卒。岡山大学講師、大阪女子大学助教授、教授。1988年定年退官、名誉教授。 トーマス・マンやホーフマンスタールなど主に20世紀のドイツ語作家について研究した。フランツ・カフカが専門。新潮社「全集」版では膨大な手紙を訳・担当した。大阪女子大学時代の弟子・中堂恒朗によれば、その訳業は学会でも高く評価されたという。 1963年から、大阪府立大学と大阪女子大学との混声合唱団EWA CHORで顧問を務めた。
森本 薫(もりもと かおる、1912年(明治45年)6月4日… 森本 薫(もりもと かおる、1912年(明治45年)6月4日 - 1946年(昭和21年)10月6日)は、日本の劇作家、演出家、翻訳家。代表作として『女の一生』や『華々しき一族』などがある。 1912年(明治45年)、大阪府西成郡中津町下三番(現・大阪市北区)に生まれる。中津第二尋常小学校、旧制北野中学校を経て第三高等学校文科へと進んだ。三高在学中は、ノエル・カワードやサマセット・モームなどのヨーロッパ近代戯曲を読みふけて過ごし、1932年(昭和7年)には処女作となる一幕ものの戯曲『ダムにて』を発表している。三高卒業後、京都帝国大学文学部英文科に進んだ森本は、入学から時を経ずして胸部疾患のために療養生活を余儀なくされた。
冨士原 清一(ふじわら せいいち、1908年〈明治41年〉1… 冨士原 清一(ふじわら せいいち、1908年〈明治41年〉1月10日 - 1944年〈昭和19年〉9月18日)は、日本の詩人・翻訳家・編集者。戦前期日本のシュルレアリスムを代表する詩人。 1908年(明治41年)1月10日、大阪府に生まれる。1926年(大正15年)、大阪府立北野中学校を卒業、法政大学予科に入学。1934年(昭和9年)に法政大学法文学部文学科(仏文専攻)を卒業。卒業後は一時大阪に帰るが、1937年(昭和12年)に友人である春山行夫が編輯長を務める第一書房編輯部に勤務。1942年(昭和17年)11月に日本放送協会に転職、かけもちで太平洋協会調査局に勤務する。太平洋戦争で召集され、1944年(昭和19年)9月18日、朝鮮木浦沖にて戦没。
杉 靖三郎(すぎ やすさぶろう、1906年1月6日 - 20… 杉 靖三郎(すぎ やすさぶろう、1906年1月6日 - 2002年5月29日)は、日本の生理学者、性評論家、翻訳家、医師。医学博士(東京帝国大学・1940年)。文部省国民精神文化研究所文化部主任、東京教育大学・専修大学教授を歴任。旧姓は渡辺。 大阪府堺市生まれ。第二高等学校卒業。1928年、東京帝国大学医学部卒業。橋田邦彦の下で電気生理学を専攻。1940年、「筋負傷電位の電源の座に関する研究」にて東京帝国大学医学博士。 日本的科学に賛同し1941年国民精神文化研究所文化部主任。1947年3月 - 1951年8月 公職追放。1946年 - 1951年『医学書院』編集長、1952年 - 1969年東京教育大学教授、1956年『人間の科学』で毎日出版文化賞受賞。
生島 遼一(いくしま りょういち、1904年9月2日 - 1… 生島 遼一(いくしま りょういち、1904年9月2日 - 1991年8月23日)は、日本のフランス文学者、文芸評論家、翻訳家。京都大学名誉教授。 大阪市生まれ。旧制松江高等学校を経て1929年京都帝国大学文学部仏文科卒、神戸商業大学予科講師、教授、戦後1947年第三高等学校教授、1949年京都大学教養部教授、1964年京都大学文学部教授を務め、1968年定年退官。 若くしてスタンダールの『赤と黒』を翻訳。以後バルザック、フローベール、プルーストら19世紀フランス文学の作家を紹介し、ラファイエット夫人の「クレーブの奥方」、フローベールの「感情教育」では文章の美しさで翻訳の世界に新境地を開いた。また、1953年に日本国内で出版されたボーヴォワール『第二の性』の訳でも知られ、桑原武夫、伊吹武彦とともに京大フランス学を形成した。
牧野 文子(まきの ふみこ、1904年(明治37年)1月7日… 牧野 文子(まきの ふみこ、1904年(明治37年)1月7日 - 1983年(昭和58年)6月8日)は、日本の作家、詩人、翻訳家、イタリア文学者で、イタリア民謡「山の大尉」の歌詞も訳した。父は高級住宅街「苦楽園」を開発した実業家中村伊三郎。夫は「広辞苑」「少年少女ファーブル昆虫記」「生き物図鑑」などのイラスト画家牧野四子吉(よねきち)。 1904年(明治37年)大阪府大阪市北区上福島(現福島区)生まれ。大阪市立靱尋常小学校(現大阪市立明治小学校)、大阪府立清水谷高等女学校(現大阪府立清水谷高等学校)を経て、神戸女学院大学部英文科(現神戸女学院大学)へ進学(のちに中退)。1924年(大正13年)東京時事新報(現産経新聞)に勤務。
河盛 好蔵(かわもり よしぞう、1902年10月4日 - 2… 河盛 好蔵(かわもり よしぞう、1902年10月4日 - 2000年3月27日)は、日本のフランス文学者、評論家、翻訳家。仏文学者としてはモラリストの著作を日本に紹介した。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 大阪府堺市出身。1920年に旧制大阪府立堺中学校から第三高等学校へ入学し、1923年に同校を卒業。京都帝国大学文学部仏文科で落合太郎・河野与一に師事。1926年、京都帝国大学仏文科を卒業して関西大学に赴任し、フランス語を教える。 1928年学校騒動で関西大学を辞職して渡仏し、ソルボンヌ大学に学ぶ。1930年に帰国。堺の生家でジャン・コクトー『山師トマ』を翻訳。 上京後、ファーブル『昆虫記』を三好達治と共訳。
三好 達治(みよし たつじ、1900年(明治33年)8月23… 三好 達治(みよし たつじ、1900年(明治33年)8月23日 - 1964年(昭和39年)4月5日)は、日本の詩人、翻訳家、文芸評論家。室生犀星や萩原朔太郎など先達詩人からの影響を出立点とし、フランス近代詩と東洋の伝統詩の手法をそれぞれに取り入れ、現代詩における叙情性を知的かつ純粋に表現し独自の世界を開いた。大阪府大阪市出身。日本芸術院会員。 大阪市西区で印刷業を営む家に、10人兄弟の長男として生まれた。幼少期より病弱で、読書に没頭。中学時代、句誌「ホトトギス」を愛読し、句作に没頭した。父の意向で陸軍士官学校に進んだが、脱走して放校となった。旧制三高から東大仏文科へ進んだ。三高時代から詩作を始め、梶井基次郎らと知己を得、のちに同人誌「青空」にも参加した。
竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1… 竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1954年10月7日)は、日本の英文学者、詩人、翻訳家。 『ルバイヤット』『神曲』などの翻訳がある。 (出典)大阪市生まれ。本名・乕雄(とらお)。父・安治郎は実業家で、のち東海生命保険専務取締役。 関西学院中学校、同志社中学校を経て1910年3月桃山学院中学校卒業。同年同志社神学校進学。1911年京都帝国大学英文科選科に移り、上田敏、新村出(言語学)、藤井乙男(国文学)、吉沢義徳(国語学史)、鈴木虎雄(中国文学)、藤代禎輔(独文学)らに学び、1914年卒業。京都大学在学中の1913年、処女詩集『祈祷』を上梓。 1915年夏、渡米。同年10月イェール大学神学部に入学するが翌1916年に退学し、ニューヨークに出てブルックリン博物館で東洋美術の管理助手として勤務。
川崎 備寛(かわさき よしひろ、かわさき びかん、1891年… 川崎 備寛(かわさき よしひろ、かわさき びかん、1891年3月13日 - 1963年3月26日)は、日本の翻訳家、麻雀研究家。 大阪府貝塚市生まれ。関西学院大学政治部中退後、文筆活動に入り1923年(大正12年)『文藝春秋』の同人となる。1924年から麻雀を始め、1929年(昭和4年)日本麻雀連盟創立に際し中央委員。1930年(昭和5年)最高段位7段となる。1932年(昭和7年)麻雀団体が合併して大日本麻雀連盟が結成され、機関誌『麻雀日本』の編集長に就任。 1934年(昭和9年)、警視庁による麻雀賭博の摘発が続く中で、川崎も同年2月に死去した直木三十五の追善麻雀大会に参加したことを追及され、同年3月に福田蘭童、多賀谷信乃、淵川銀次らとともに一斉検挙された。
山中 峯太郎(やまなか みねたろう、1885年(明治18年)… 山中 峯太郎(やまなか みねたろう、1885年(明治18年)12月15日 - 1966年(昭和41年)4月28日)は、日本の陸軍軍人、小説家、翻訳家。陸士19期・陸大退校(25期相当)、最終階級は陸軍歩兵中尉(依願免官)。 山中未成、大窪逸人、石上欣哉、三条信子などのペンネームも用いた。 大阪府で呉服商を営んでいた馬淵浅太郎(旧・彦根藩士)の次男として生まれる。幼少時に、陸軍一等軍医(大尉相当官)山中恒斎の婿養子となり、のちに恒斎の娘の「みゆき」を娶った。大阪偕行社附属小学校(現・追手門学院小学校)、天王寺中学(現・大阪府立天王寺高等学校)を経て、1901年(明治33年)、大阪陸軍地方幼年学校(大幼)に入校。
鹿田 昌美(しかた まさみ)は、日本の翻訳家、作家。 プール… 鹿田 昌美(しかた まさみ)は、日本の翻訳家、作家。 プール学院中学校・高等学校、国際基督教大学教養学部卒業。大学在学中にカリフォルニア大学サンタバーバラ校に留学。1999年に翻訳家として独立。