大小田 結貴(おおこだ ゆき、1994年 - )は、日本の天… 大小田 結貴(おおこだ ゆき、1994年 - )は、日本の天文学者。広島県呉市出身。 広島女学院中学校・高等学校、九州大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程・博士課程修了。博士(理学)。 大学院修士課程2年在籍時の2018年に、出来て間もない恒星の周辺に密度の高い円盤状の物質の集まりを発見したことで世界的に注目を集めた。これは惑星系のもととなる状態だと言われている。この恒星はアメリカ合衆国、イギリス、オランダの共同開発によるIRAS望遠鏡を使用して観測され IRAS 15398-3359と呼ばれる。 大小田と研究仲間たちは惑星系の形成をチリのアタカマ砂漠にあるALMA望遠鏡を使用して研究している。
服部 典之(はっとり のりゆき、1958年9月- )は、日本… 服部 典之(はっとり のりゆき、1958年9月- )は、日本の英文学者、大阪大学名誉教授、関西外国語大学教授。 広島市生まれ。父は歴史地理学者・服部昌之。1981年大阪大学文学部英文科卒業。84年同大学院文学研究科博士後期課程中途退学。和歌山大学教育学部助手、大阪大学言語文化部講師、助教授、2000年文学研究科助教授、07年准教授、2010年教授。2003年「詐術としてのフィクション デフォーとスモレット」で阪大文学博士。2021年阪大を退職、名誉教授、関西外国語大学教授となる。2021年日本英文学会会長に就任。18世紀英国の小説が専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤谷 道夫(ふじたに みちお、1958年 - )は、日本のイ… 藤谷 道夫(ふじたに みちお、1958年 - )は、日本のイタリア文学者、慶應義塾大学教授。 広島県庄原市出身。1983年慶應義塾大学文学部仏文科卒、1991年筑波大学大学院博士課程単位取得退学。慶應義塾大学文学部准教授、2013年教授。
松永 美穂(まつなが みほ、1958年 - )は、日本のドイ… 松永 美穂(まつなが みほ、1958年 - )は、日本のドイツ文学者、翻訳家。早稲田大学文学学術院文化構想学部教授。専攻はドイツ語圏の現代文学。 愛知県生まれ。広島県広島市出身。広島市の中学・高校を経て、1982年東京大学文学部ドイツ文学科卒業。同大学大学院修士課程修了。1987年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。ドイツ学術交流会奨学生としてハンブルク大学に留学。東京大学工学部国際交流室助手。1988年フェリス女学院大学国際交流学部専任講師、1993年同大学助教授、1998年早稲田大学第一文学部助教授、1999年同大学教授。 2000年、翻訳したベルンハルト・シュリンク『朗読者』がベストセラーになり、第54回毎日出版文化賞特別賞受賞。
渡辺 郁夫(わたなべ いくお、1958年 - )は、広島経済… 渡辺 郁夫(わたなべ いくお、1958年 - )は、広島経済大学教授、日本文学者。広島市出身。 早稲田大学第一文学部東洋哲学専攻卒。広島市の修道中学校・高等学校国語科教諭を務める傍ら、SCL広島精神文化研究所において歎異抄をはじめとする文学研究に携わっている。 2021年3月31日、修道中学高等学校の教員を退職し、広島経済大学教授に就任。特筆性に疑念が示されているほどの無名な人物にもかかわらず編集履歴は非常に多い特異な人物である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
瀬川 裕司(せがわ ゆうじ、1957年6月 - )は、日本の… 瀬川 裕司(せがわ ゆうじ、1957年6月 - )は、日本のドイツ文学者、映画研究・批評家、明治大学教授。 広島県出身。広島大学附属中学校・高等学校卒業、1982年東京大学文学部卒業、1985年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1987-1988年ベルリン自由大学留学、1989年東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。同年横浜国立大学教育学部専任講師、1992年助教授、1997年明治大学理工学部助教授、1999年教授、2008年国際日本学部教授。2003-2005年ベルリン自由大学演劇研究所客員研究員。 中学1年生のころから熱烈な映画ファンとなり、東京大学教養学部在学時には、蓮實重彦ゼミ(映画批評)に参加して強い影響を受ける。
佐藤 利行(さとう としゆき、1957年 - )は、漢文学者… 佐藤 利行(さとう としゆき、1957年 - )は、漢文学者、元広島大学教授。広島市生まれ。2024年春から、福山市立大学理事長 兼 学長。 広島市立舟入高等学校卒業、1980年広島大学文学部中国文学科卒業、1985年同大学院文学研究科博士課程満期退学、安田女子大学講師、1990年同大学助教授、1993年「西晉文学研究 -陸機を中心として」で広島大学文学博士。 1997年広島大学文学部助教授、2001年文学研究科教授、2015年広島大学理事・副学長。中国首都師範大学特聘教授、外交学院客員教授、山西師範大学客員教授、貴州師範大学客員教授。 2023年春から福山市立大学理事長 兼 学長。 専門は中国六朝文学。
新田 玲子(にった れいこ、1954年 - )は、日本の英文… 新田 玲子(にった れいこ、1954年 - )は、日本の英文学者・作家。広島県尾道市生まれ。広島大学名誉教授。専門は、アメリカ文学・文化。博士(文学)。
観山 正見(みやま しょうけん、1951年5月22日 - )… 観山 正見(みやま しょうけん、1951年5月22日 - )は、日本の天文学者・宇宙物理学者。専門は理論天文学、とりわけ恒星および惑星系の形成過程。学位は、理学博士(課程博士・1981年)。国立天文台台長、自然科学研究機構理事、神戸大学大学院理学研究科惑星科学研究センター長・特命教授を歴任。岐阜聖徳学園大学第10代学長、岐阜聖徳学園大学短期大学部第13代学長。広島大学宇宙科学センター特任教授。 広島県東広島市出身。実家は室町時代から15代続く広島県東広島市(旧:賀茂郡福富町)にある本願寺派のお寺、長円寺。浄土真宗本願寺派僧侶の資格を持つ。 林忠四郎の弟子の一人で、広島大学附属中学校・高等学校卒業後京都大学理学部に進み、林が教授を務める京大理学部物理学科天体核物理学研究室に学んだ。
高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 -… 高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 - )は、日本の小説家、文学者、文芸評論家。明治学院大学教授。
樽本 照雄(たるもと てるお、1948年3月31日 - )は… 樽本 照雄(たるもと てるお、1948年3月31日 - )は、日本の中国文学者。専門は清末小説。妻は中国文学者澤田瑞穂の娘。 広島県広島市生まれ。1970年大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒業、1972年大阪外国語大学大学院修士課程修了、大阪経済大学教養部助手。1979年同助教授、1986年同教授。1996年第6回蘆北賞受賞、1999年第9回蘆北賞受賞。2002年、大阪経済大学人間科学部教授。2003年「初期商務印書館研究」で、大阪外国語大学・博士(言語文化学)。2011年に大阪経済大学を退職、同大学名誉教授。 1977年から「清末小説研究会」を主宰。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
田中 晋(たなか すすむ、1944年 - 2026年2月21… 田中 晋(たなか すすむ、1944年 - 2026年2月21日)は、英文学者。山口大学名誉教授、山口学芸大学名誉教授。エドマンド・スペンサーが専門。 広島市出身。九州大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了。京都大学助手、九州大学助教授、京都大学助教授を経て山口大学教授・人文学部長・大学院人文科学研究科長。2006年定年退官、名誉教授。山口学芸大学教授。 2026年2月21日、心不全のため山口市内の自宅で死去。81歳没。
横山昭正(よこやま あきまさ、1943年- )は、日本のフラ… 横山昭正(よこやま あきまさ、1943年- )は、日本のフランス文学者、広島女学院大学名誉教授。スタンダールをはじめとする19世紀フランス文学が専門。 広島県福山市生まれ。1969年広島大学文学部卒、76年同大学院文学研究科フランス文学科博士課程満期退学。72-75年フランス政府給費生。広島女学院大学助教授、教授、2010年退任、名誉教授。1999-2004年広島平和記念資料館資料調査研究会委員。 2019年8月15日、広島県福山市において酒気帯び状態で車を運転し、軽自動車と衝突事故を起こした。軽自動車に乗っていた女性は頚椎捻挫などの怪我を負った。
佐伯 隆幸(さえき りゅうこう、本名読み・たかゆき 1941… 佐伯 隆幸(さえき りゅうこう、本名読み・たかゆき 1941年2月15日 - 2017年1月21日)は、日本の演劇評論家、フランス文学者、学習院大学名誉教授。 シンガーソングライターの大和姫呂未は姪にあたる。 広島県生まれ。愛媛県出身。学習院大学文学部仏文科卒、同大学院博士課程中退。演劇集団68/71(現在の劇団黒テント)創立に参加。同集団の制作部門責任者として1960代後期からのアングラ演劇の左翼的活動の興隆に携わった。のち現場を離れ演劇評論家として活躍。またフランス文学者として駒澤大学教授を経て、学習院大学フランス語圏文化学科の教授を務め、フランスを軸にした現代演劇と演劇史を関心領域としていた。
加納 重文(かのう しげふみ、1940年 -2018年8月1… 加納 重文(かのう しげふみ、1940年 -2018年8月11日)は、日本の国文学者、京都女子大学名誉教授。 広島県福山市生まれ。1967年東京教育大学文学部卒、71年同大学院博士課程単位取得退学。秋田大学講師、平安博物館、78年京都女子大学助教授、教授。1994年大阪大学文学博士。2006年に定年退職、名誉教授。
吉田 富夫(よしだ とみお、1935年10月19日- )は、… 吉田 富夫(よしだ とみお、1935年10月19日- )は、日本の中国文学者。佛教大学名誉教授。現代中国研究会代表。中国現代文学専攻。 1935年、広島県賀茂郡福富町(現・東広島市)で生まれた。京都大学文学部中国文学科で学び、1958年に卒業。同大学大学院へ進み、1963年に博士課程を単位取得満期退学。 1967年、京都大学文学部助手に採用された。1972年に佛教大学文学部講師となった。1974年に助教授、1979年に教授昇格。2008年に佛教大学を定年退任し、名誉教授となった。莫言の著作の邦訳を多数手がけており、2012年12月に莫言のノーベル文学賞受賞に際しては、莫言の推薦でノーベル賞授賞式ならびに受賞パーティーに夫妻で出席した。
森野 繁夫(もりの しげお、1935年(昭和10年)1月14… 森野 繁夫(もりの しげお、1935年(昭和10年)1月14日 - 2013年(平成25年)11月28日)は、中国文学者。広島県呉市生まれ。1957年広島大学文学部中国文学科卒、1963年同大学院文学研究科博士課程満期退学。75年「斉梁詩の研究」で文学博士。地方公務員である公立高校教員となり広島県立福山誠之館高等学校教諭、1972年広島大学教育学部助教授、文学部教授、96年定年退官、名誉教授、安田女子大学教授。六朝の詩が専門。
山内 久明(やまのうち ひさあき、1934年7月10日 - … 山内 久明(やまのうち ひさあき、1934年7月10日 - )は、日本の英文学者、東京大学名誉教授。Ph.D.(ケンブリッジ大学、1975年)。広島県生まれ。 英国ロマン派の詩が専門だが、夏目漱石を中心とした日本近代文学に関する英文著書や大江健三郎論もある。大江とは東大駒場時代からの友人で、大江のノーベル賞受賞記念講演「あいまいな日本の私」を英訳した。
岩瀬 博(いわせ ひろし、1934年4月3日 - 2014年… 岩瀬 博(いわせ ひろし、1934年4月3日 - 2014年 )は、日本の国文学者。大谷女子大学(現大阪大谷大学)名誉教授。 広島県呉市出身。1959年國學院大學文学部国文科卒、1966年同大学院博士課程中退、大谷女子大学助教授、教授。2005年定年、名誉教授。
多田 稔(ただ みのる、1931年 - )は、英米文学者、大… 多田 稔(ただ みのる、1931年 - )は、英米文学者、大谷大学名誉教授。専門は19世紀後半~20世紀前半の英米作家研究。 1931年、広島市生まれ。旧制山口県立徳山中学校を卒業し、旧制第六高等学校へ進む。その後京都大学文学部英文科へ進学し、1954年に卒業。 卒業後は京都府立嵯峨野高等学校教諭、明石工業高等専門学校助教授、1966年からは京都工芸繊維大学助教授、1971年同大学教授。セントオラフ大学で人文学博士(Ph.D.)を授与される。1984年より大谷大学教授、1987年文学研究科長、2002年帯広大谷短期大学学長。2008年退任。 京大英文学会(評議員歴任), 日本英文学会, 大学英語教育学会(関西支部長歴任), William Morris Sociely(ロンドン)(終身会員), 国際応用言語学会日本イエーツ協会, IASAIL JAPAN-アングロアイリッシュ協会アメリカ文学会, 国際真宗学会(評議員歴任), 東西宗教交流学会, 日本ソロー学会, 東京ラスキン協会 他
川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年… 川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年1月16日 - 2009年11月29日)は、日本の俳人・国文学者。広島県出身。 呉市生まれ。父は海軍士官。1953年、東京大学文学部国文学科卒業。1958年、同大学院満期退学。米沢女子大学、共立女子大学を経て、明治大学法学部教授。 東京府立第八中学校(現・東京都立小山台高等学校)で加藤楸邨に教わり、のちに俳句を楸邨に師事、「寒雷」に参加する。1970年、森澄雄の「杉」創刊に参加、編集を務める。1980年、超結社の同人誌「貂」を創刊、2003年まで代表を務め、2004年より名誉代表となる。1991年、句集『夏』で読売文学賞受賞。1998年、句集『秋』で詩歌文学館賞、評論『俳句初心』で俳人協会評論賞受賞。
長谷川 孝士(はせがわ たかし、1926年(大正15年)2月… 長谷川 孝士(はせがわ たかし、1926年(大正15年)2月6日 - 2011年(平成23年)11月3日)は、国語教育学者、国文学者、愛媛大学名誉教授。 広島県生まれ。広島文理大学文学部卒業、広島大学附属高等学校教諭、1966年愛媛大学教育学部教授、1991年定年退官、名誉教授、兵庫教育大学教授、松山東雲女子大学教授、1996年 - 2002年松山市立子規記念博物館館長。 2011年11月3日、肺癌のため死去。
大橋 吉之輔(おおはし きちのすけ、1924年11月27日 … 大橋 吉之輔(おおはし きちのすけ、1924年11月27日 - 1993年11月2日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 1937年に広島高師附属中学校に入学、いわゆる「四修」で四年で卒業し、1941年に旧制広島高校に進学。1943年に東京帝国大学に入学した。1945年、召集を受けて朝鮮に派兵されるが間もなく終戦となり、戦後八か月ほど同地に滞在した後、1946年に帰国。1948年3月に東京帝大文学部英文科を卒業する。学生時代は慶應義塾とは一切関わりがなかった。東大では、中野好夫に師事した。卒業論文でシャーウッド・アンダスン論を書こうとしたが、そのための資料が東大の図書館にはほとんどなく、早稲田大学の龍口直太郎教授が作品を所蔵していることを聞きつけ、直談判し資料の貸し出しに成功した。
杉山 康彦(すぎやま やすひこ、1924年5月7日 ‐ 20… 杉山 康彦(すぎやま やすひこ、1924年5月7日 ‐ 2005年9月30日)は、日本の日本文学者。 専門は日本文学、文学・言語表現論。 和光大学名誉教授。元和光大学学長。 広島県広島市生まれ(父母の原籍は岐阜県)。愛知県第一中学校に1年通学後、東京陸軍幼年学校(42期)に進学。陸軍予科士官学校を経て、1944年4月に陸軍士官学校(57期)を卒業、少尉に任官し近衛歩兵第三聯隊へ配属される。その後、スマトラ島(インドネシア)に中隊長として赴任。中尉に任官後、陸軍士官学校区隊長(教官)を命ぜられ、日本への帰還途中にサイゴン(現ホーチミン市)にて終戦を迎える。サイゴンの日本軍司令部にて、敗戦処理に当たったのち、1946年8月に帰還。
宮本 正太郎(みやもと しょうたろう、1912年12月1日 … 宮本 正太郎(みやもと しょうたろう、1912年12月1日 - 1992年5月11日)は、日本の天文学者。荒木俊馬の弟子の一人で、惑星気象学の開拓者として有名。広島県出身。
植田 敏郎(うえだ としろう、1908年1月17日 - 19… 植田 敏郎(うえだ としろう、1908年1月17日 - 1992年10月21日)は、日本のドイツ文学者・翻訳家。静岡高等学校教授、東京外国語学校教授、学習院教授、学習院大学教授、一橋大学教授、東北歯科大学教授を歴任。 広島県広島市生れ。旧制広島高等師範学校附属中学校、旧制広島高校を経て1931年東京帝国大学独文科卒、同年渡欧、ウィーン大学、ボン大学、ベルリン大学で学び1936年帰国。1937年静岡高等学校教授。専門はゲーテ時代のドイツ文学で、のち東京外国語学校教授、学習院教授、1949年学習院大学教授、1953年一橋大学社会学部教授、1971年定年となり東北歯科大学教授。1973年『クリュス選集』の翻訳により日本翻訳文化賞受賞。
小野 忍(おの しのぶ、1906年(明治39年)8月15日 … 小野 忍(おの しのぶ、1906年(明治39年)8月15日 - 1980年(昭和55年)12月18日)は、日本の中国文学者。東京大学名誉教授。 1906年、東京・神田で生まれた(広島県呉市出身)。1926年に松山高等学校を卒業し、東京帝国大学文学部支那文学科に入学。塩谷温に師事し、1929年に卒業。 アプトン・シンクレアの評伝の翻訳などをした後、1934年に冨山房に入社。百科辞典の編纂に携わったほか、戦時中には満鉄調査部員として上海に駐在したり、民族研究所嘱託として内モンゴルの西北研究所に出向し現地で中国ムスリムの調査に参加するなどした。 1946年より國學院大學で講師を務めたのを皮切りに、東京大学、九州大学、京都大学などで非常勤講師を務めた。
高藤 武馬(たかとう たけま、1906年2月15日 - 19… 高藤 武馬(たかとう たけま、1906年2月15日 - 1990年8月19日)は、国文学者、俳人。 広島市生まれ。東京帝国大学文学部国文科卒。法政大学教授、1977年定年、名誉教授。柳田國男に師事して民俗学を学び「柳田全集」編さんに関わった、古典作品の現代語訳も多くおこなった。若き日は蓮田善明と交流があった。種田山頭火も研究し全集を編纂した。俳号・馬山人。
小山 東一(こやま とういち、1901年11月11日 - 1… 小山 東一(こやま とういち、1901年11月11日 - 1985年6月9日)は、日本のジャーナリスト、英文学者、翻訳家。広島大学教授。 広島県福山市生まれ。1927年東京帝国大学文学部英文科卒。中外商業新報、日本産業経済新聞学芸部長をへて、広島大学教授。 戯曲家の小山祐士は従兄弟にあたる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
福原 麟太郎(ふくはら りんたろう、1894年10月23日 … 福原 麟太郎(ふくはら りんたろう、1894年10月23日 - 1981年1月18日)は、日本の英文学者、随筆家、翻訳家。福山市名誉市民。 1894年、広島県沼隈郡神村(現・福山市)で生まれた。1912年、広島県立福山中学校(現・福山誠之館高校)を卒業し、東京高等師範学校英語科に進学した。在学中、G・K・チェスタトンの推理小説を訳し、『英語青年』に掲載。1917年に卒業。 1917年9月から翌1918年3月まで、静岡県立静岡中学校に英語教諭として赴任。1920年、東京高等師範学校研究科を修了。この間、『英語青年』の編集に携わった。 1921年、母校の東京高等師範学校助教授に就いた。著書、訳註を何冊か刊行した後、1929年に文部省在外研修員としてイギリス・ロンドン大学とケンブリッジ大学に留学し、トマス・グレイ作品を研究。
鈴木 三重吉(すずき みえきち、1882年〈明治15年〉9月… 鈴木 三重吉(すずき みえきち、1882年〈明治15年〉9月29日 - 1936年〈昭和11年〉6月27日)は、広島県広島市出身の小説家、児童文学者。日本の児童文化運動の父とされる。 1882年(明治15年)9月29日、広島県広島市猿楽町(現、中区紙屋町、現在エディオン広島本店 本館がある地)に、父悦二、母ふさの三男として生まれる。 1889年(明治22年)本川小学校に入学。1891年(明治24年)三重吉が9歳の時に、母ふさが亡くなる。1893年(明治26年)11歳の時に、第一高等小学校に入学。1896年(明治29年)広島県広島尋常中学校(現・広島県立広島国泰寺高等学校)に入学。1897年(明治30年)、三重吉が15歳の時に書いた『亡母を慕ふ』が、「少年倶楽部」4月号に、『天長節の記』が「小国民」9年2号(どちらの雑誌も北隆館)に掲載される。
登張 竹風(とばり ちくふう、1873年(明治6年)10月2… 登張 竹風(とばり ちくふう、1873年(明治6年)10月2日 - 1955年(昭和30年)1月6日)は、日本のドイツ文学者、評論家。本名、信一郎(しんいちろう)。 広島県佐伯郡津久茂村(現・江田島市江田島町津久茂)生まれ。広島中学(現広島国泰寺高校)、山口高等中学校を経て東京帝国大学卒業(1897年)。母校旧制山口高校教授として赴任、当時の同僚に西田幾多郎、教え子にやがて法科に転じた河上肇やドイツ文学者として知られた片山孤村がいる。1901年、高山樗牛が「美的生活論」を発表すると、「美的生活論とニイチエ」を発表して樗牛に賛同し「美的生活論争」を惹き起こした。1902年『ニイチェと二詩人』『気焔録』でニーチェ主義を標榜する。
松野 勇雄(まつの いさお、1852年5月17日(嘉永5年3… 松野 勇雄(まつの いさお、1852年5月17日(嘉永5年3月29日) - 1893年(明治26年)8月6日)は、皇典講究所、國學院設立に尽力した国文学者。幼名・秀吉、通称・栄、または盛枝、達志、尚志、のち勇雄に定めた。号は東海。 1852年、備後国御調郡三原(現在の広島県三原市)生まれ。父は広島藩三原城主浅野家の家臣で郡奉行に所属、平田篤胤没後の門人であった。勇雄は幼少より国学、漢学を修めまた剣、弓、銃、砲の技を学んだ。1864年浅野家の大砲方を拝命、1866年、藩校の授読を命じられその後、矢野郷校、三原郷校(藩校修道館分校)、竹原皇学校、三津皇学校の教授となった。 維新後の1872年に大阪に出る。
濱田 宣(はまだ あきら)は、日本の文学者。徳島文理大学文学… 濱田 宣(はまだ あきら)は、日本の文学者。徳島文理大学文学部学部長。立命館大学文学部史学科卒業。専門は仏教美術史。