山本 浩貴(やまもと ひろき、1992年 - )は、日本の小… 山本 浩貴(やまもと ひろき、1992年 - )は、日本の小説家、デザイナー、批評家、編集者。いぬのせなか座主宰。 愛媛県出身。早稲田大学文学部卒業、東京大学大学院学際情報学府文化・人間情報学コース修士課程修了。 愛光高等学校在学中の2009年に「黒い眼球」で第2回高校生のための近畿大学文芸大賞の大賞受賞。 主なデザインとして『Quick Japan』159号~167号のアートディレクターを担当。 また2022年まで早稲田文学編集室に勤務し、「金井美恵子なんかこわくない」(『早稲田文学』2018年春号)、「価値の由来、表現を支えるもの──経済、教育、出版、労働……」(『早稲田文学2020年冬号』)、「ホラーのリアリティ」(『早稲田文学2021年秋号』)などの特集を企画・編集した。
高瀬 隼子(たかせ じゅんこ、1988年 - )は、日本の小… 高瀬 隼子(たかせ じゅんこ、1988年 - )は、日本の小説家。愛媛県新居浜市出身。東京都在住。愛媛県立新居浜西高等学校、立命館大学文学部(哲学専攻)卒業。 立命館大学の文芸サークル「文芸創作同好会」の仲間を中心とした文芸サークル「京都ジャンクション」に参加し、「高瀬遊」名義で文学フリマで活動する。 2019年、「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞してデビュー。2021年、「水たまりで息をする」で第165回芥川賞候補。2022年、「おいしいごはんが食べられますように」で第167回芥川賞受賞。2024年、『いい子のあくび』で令和5年度(第74回)芸術選奨新人賞(文学部門)受賞。
田丸 雅智(たまる まさとも、1987年12月22日 - )… 田丸 雅智(たまる まさとも、1987年12月22日 - )は、日本の小説家、ショートショート作家。 愛媛県松山市生まれ。3歳下の弟との2人兄弟。松山市立みどり小学校、松山市立三津浜中学校、愛媛県立松山東高等学校、東京大学工学部システム創成学科卒業。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学院では材料力学を専攻した。 星新一が「唯一の後継者」とした江坂遊が認めた作家である。ただし、作風は星新一とは大きく異なり、江坂遊の流れを汲む。 現代ショートショートの第一人者で、お笑い芸人のピース・又吉直樹や女優の中嶋朋子らが絶賛していることでも知られる。 自分の作家としてのルーツは故郷の三津浜にあると語っており、代表作の「海酒」(『海色の壜』収録)は三津浜が舞台になっている。
かのうかりん(1983年 - )は愛媛県今治市出身の絵本作家… かのうかりん(1983年 - )は愛媛県今治市出身の絵本作家である。愛媛県立今治西高等学校・東京造形大学彫刻科卒。本名は加納果林。
福田 栄一(ふくだ えいいち、1977年9月5日 -)は、日… 福田 栄一(ふくだ えいいち、1977年9月5日 -)は、日本の小説家・推理作家。愛媛県新居浜市生まれ。東京都清瀬市在住。東京都立大学 (1949-2011)(現・首都大学東京)法学部卒業。 2003年、「絶体絶命日常冒険小説」と銘打たれた『A HAPPY LUCKY MAN』で小説家デビューする。ミステリー、青春小説、シチュエーション・コメディ、時代小説など様々なジャンルの小説を執筆している。 「」内が福田栄一の作品
城戸 久枝(きど ひさえ、1976年 - )は、日本のノンフ… 城戸 久枝(きど ひさえ、1976年 - )は、日本のノンフィクション作家である。愛媛県伊予市出身。
大森 研一(おおもり けんいち、1975年 - )は、日本の… 大森 研一(おおもり けんいち、1975年 - )は、日本の映画監督・映像作家・脚本家。香川大学大学院非常勤講師、砥部焼観光大使(愛媛県砥部町)、伊達なうわじま観光大使(愛媛県宇和島市)、新居浜ふるさと観光大使(愛媛県新居浜市)、三原アンバサダー(広島県三原市)、合同会社ウサギマル代表。 愛媛県伊予郡砥部町出身。砥部町立砥部中学校、愛媛県立松山工業高等学校、大阪芸術大学卒業。 映画祭で多数の受賞歴を持つ。テレビ朝日ブロスタTVアワードでの準グランプリ受賞(実写グランプリ)を機に製作した初の商業用長編映画『ライトノベルの楽しい書き方』(監督・脚本)は、東京・池袋テアトルダイヤほか全国で公開。小規模封切りにもかかわらず王様のブランチミニシアターランキング全国3位、ぴあ初日満足度ランキングでは全国6位を記録し7週間ロングラン上映となり、DVDオリコンチャートにおいては販売デイリーランキング映画総合において全国1位を記録した。
岩城 一平(いわき いっぺい、1973年5月18日 - )は… 岩城 一平(いわき いっぺい、1973年5月18日 - )は、日本の映像作家・監督。愛媛県伊予郡砥部町出身。 日本民間放送連盟賞・全国優秀賞 日本民間放送連盟賞・中四国最優秀賞 日本民間放送連盟賞・全国優秀賞
宮本 益光(みやもと ますみつ、1972年9月28日 - )… 宮本 益光(みやもと ますみつ、1972年9月28日 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、合唱指揮者、音楽学者、音楽教育者、詩人(作詞家)、翻訳家(訳詞家)、著作家、脚本家、オペラ演出家、舞台演出家、作曲家。 学位は博士(音楽)(東京芸術大学・2005年)。 愛媛県八幡浜市出身。東京藝術大学卒業。同大学大学院修士課程修了。同大学院博士後期課程修了。「オペラの日本語訳詞、その方法論」と題した博士論文を執筆し、博士(音楽)の学位を取得した。声楽を佐藤陽三、高橋大海に師事。 初舞台は大学卒業時の1994年(平成6年)芸大ヘンデル『メサイヤ』のソリスト(東京文化会館大ホール)。その後バッハ『ロ短調ミサ』、ハイドン『ハルモニー・ミサ』等のソリストを務める。
喜多川 泰(きたがわ やすし、1970年5月10日 - )は… 喜多川 泰(きたがわ やすし、1970年5月10日 - )は、東京都生まれ、愛媛県西条市育ちの作家。 愛媛県立西条高等学校、東京学芸大学卒業。 卒業後教育者を目指し大手の学習塾に就職、後に独立し1998年横浜に新たな学習塾を立ち上げた。塾生の学習意欲を高めたり人生教訓を教える為、毎度授業の前の時間を使って話をしていたが、ある塾生からそれらの話を本にまとめてみたらどうかといわれたのを切っ掛けとし、本業の傍ら、自身のデビュー作となる2005年にファンタジー風の自己啓発書『賢者の書』を執筆、ディスカヴァー・トゥエンティワンから出版した。 今治明徳中学校 校歌
柏木 伸介(かしわぎ しんすけ、1969年 -)は、日本の小… 柏木 伸介(かしわぎ しんすけ、1969年 -)は、日本の小説家。第15回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞。 愛媛県松山市出身・在住。愛媛県立松山東高等学校、横浜国立大学教育学部卒業。愛媛県庁勤務(受賞当時。2019年退職)。 2016年、『県警外事課クルス機関』で第15回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞。応募時のペンネームは森岡伸介。
酒井 直行(さかい なおゆき、1966年 - )は、映画・テ… 酒井 直行(さかい なおゆき、1966年 - )は、映画・テレビドラマ作品の脚本家・小説家・作詞家・プロデューサー。 愛媛県宇和島市生まれ。愛光高校卒業。 『特捜エクシードラフト』で活動開始後、ドラマ・時代劇・映画・漫画原作・小説などで活動する。日本脚本家連盟員。岡本吉起や、先輩脚本家である杉村升、曽田博久、宮下隼一らの呼びかけでフラグシップのメンバーとして参加。 2006年、『MUSASHI -GUN道-』のシリーズ構成を担当。愛媛のローカル番組で、生放送番組のコメンテーターをしていた。「愛媛新聞ウィークリーリック」(毎週木曜日発刊)誌上にてエッセーを連載し、Wikipediaにおける自分自身の項目に一部に誤りがあることに触れ「編集した人たちが気づくまで、自分では直しません」と述べる。
菊原 共基(きくはら ともき、1961年4月7日 - )は、… 菊原 共基(きくはら ともき、1961年4月7日 - )は、愛媛県大洲市出身の放送作家(構成作家)、脚本家、元お笑い芸人。別名義に菊原 智岐、ファニー菊原などがある。日本脚本家連盟会員。 1980年、日本大学藝術学部映画学科入学。1982年、コントグループ「ファニーズ」結成。日本テレビお笑いスター誕生9週勝ち抜き、ゴールデンルーキー賞獲得。1984年、前衛劇団「超薄的ワルツ」結成。1985年、コピーライターとして広告デザイン会社に入社。フランスベッドなどの広告を担当。1987年、放送作家に転向。秋元康に二番弟子として弟子入りし、SOLD-OUT、オフィスクレッシェンド、エイティーワン・エンタテインメント、イキナを経て現在はフリー。
吉村 萬壱(よしむら まんいち、本名:吉村浩一、1961年2… 吉村 萬壱(よしむら まんいち、本名:吉村浩一、1961年2月19日 - )は、日本の小説家。 愛媛県松山市生まれ、大阪府大阪市・枚方市育ち。大阪府立長尾高等学校、京都教育大学教育学部第一社会科学科卒業。1997年、「国営巨大浴場の午後」で第1回京都大学新聞社新人文学賞受賞。2001年、「クチュクチュバーン」で第92回文學界新人賞受賞。実はプロの小説家になるつもりはなかったが、選考委員の山田詠美に叱咤され、それを覚悟することになる。2003年、「ハリガネムシ」で第129回芥川龍之介賞受賞。大阪府立佐野支援学校に勤めていたが退職する。 「芥川賞の賞味期限は10年しかない」と知り合いの編集者に言われ、退職して作家専業となる。
MAYA MAXX(マヤマックス、1961年 - 2025年… MAYA MAXX(マヤマックス、1961年 - 2025年1月9日)は、日本の画家、イラストレーター、絵本作家。 愛媛県今治市出身。愛媛県立今治西高等学校を経て、早稲田大学教育学部卒業。今治応援大使。北海道岩見沢市在住。 27歳のときに有元利夫の絵に衝撃を受けて独学で絵を書き始め、1993年の初個展にて「MAYA MAXX」を名乗り始める。それ以来毎年開催している個展をはじめ、よしもとばなな、山田詠美など小説の装丁画や絵本創作、CDジャケットデザイン等を手がけ、若い世代からの支持も高い。 フジテレビ系『ポンキッキーズ』やNHK教育テレビ『真剣10代しゃべり場』などテレビ番組にも出演、映画『ハチミツとクローバー』絵画指導など多方面で活動。
敷村 良子(しきむら よしこ、1961年 - )は、日本の小… 敷村 良子(しきむら よしこ、1961年 - )は、日本の小説家・随筆家。新潟県在住。夫は新潟国際情報大学学長の越智敏夫。 愛媛県松山市出身。愛媛県立松山東高等学校、放送大学卒業。 1995年『がんばっていきまっしょい』で松山市主催の坊っちゃん文学賞を受賞。著作は映画化、テレビドラマ化、劇場アニメ化された。 漫画家、オペラ歌手の五島傅明は高校の先輩で、『がんばっていきまっしょい』に登場する生徒会長のモデルだという。
天童 荒太(てんどう あらた、1960年5月8日-)は、日本… 天童 荒太(てんどう あらた、1960年5月8日-)は、日本の小説家・推理作家。男性。初期は本名の栗田 教行(くりた のりゆき)名義で活動した。代表作に『家族狩り』『永遠の仔』『悼む人』など。 愛媛県松山市出身。道後温泉の近くで生まれ育つ。愛媛県立松山北高等学校、明治大学文学部演劇学科卒業。 童話・映画脚本などさまざまな賞に応募し、本名で投稿した「白の家族」が野性時代新人文学賞を受賞。『ZIPANG』『アジアンビート』など映画の脚本などを手がけた後に、天童荒太名義で小説を書く。ペンネームを変えたのは、「白の家族」で一度新人賞を取った後にミステリーの賞に応募することになり、「(同じ名義で)落ちたらみっともない」と考えたためで、当初はあとで本名に戻すつもりだった。
白石 拓 (しらいし たく、別名: 佐藤 拓(さとう たく)… 白石 拓 (しらいし たく、別名: 佐藤 拓(さとう たく)、1959年7月24日 - )は、日本の作家、科学ジャーナリスト、サイエンスライター及びノンフィクション作家。有限会社ルネサンス社代表。 大学卒業後、(株)福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。退職後、20代に1年半世界各地を回る。西アフリカで熱帯熱マラリアに感染、帰国。以後、文筆活動に入る。2002年より、ABA 青森朝日放送主催の教育文化イベント「ABA小学生、未来新聞をつくろうコンテスト」のインストラクター兼審査員(2011年終了)。科学実験教室講師。弘前大学教育力向上プロジェクト講師(08~14年)。青森県立図書館の「科学おはなし会」講師、弘前大学での「放射線の講義と霧箱実験」講師他、実験教室や講演の講師を多数務める。
片山 恭一(かたやま きょういち、1959年1月5日 - )… 片山 恭一(かたやま きょういち、1959年1月5日 - )は、日本の男性小説家。 愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。愛媛県立宇和島東高等学校、九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院農学研究科修士課程を経て、博士課程を退学。父は宇和島市役所の職員で観光課の仕事が長かった。多趣味の父に連れられ休日は山歩きや魚釣りなど自然の中で遊ぶ少年時代を送る。高校2年の時に脳腫瘍の疑いで倒れたことがあり、この頃触れた『万葉集』の解説書が文学を目指した原点だという。 髙樹のぶ子も所属していた福岡の文芸同人誌『らむぷ』で活動。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞してデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごし、長い間、妻にも家計を支えてもらいながら作家活動を続けていた。
山岡 淳一郎(やまおか じゅんいちろう、1959年 - )は… 山岡 淳一郎(やまおか じゅんいちろう、1959年 - )は、日本のノンフィクション作家。
香川 元太郎(かがわ げんたろう、1959年 - 2024年… 香川 元太郎(かがわ げんたろう、1959年 - 2024年12月12日)は、日本画家、イラストレーター、絵本作家。 愛媛県松山市出身。愛媛県立松山東高等学校を経て、武蔵野美術大学卒業、同大学院修士課程修了。 大学3年の時、日本画公募展の創画展に入選。以後、創画展6回、春季創画展7回入選。 東宝舞台に勤務し東京宝塚劇場等の舞台背景を描く。のちフリー。 日本画、歴史考証画、装画、絵本の制作のほか、郵便切手や絵入りはがきの原画などを手がける。日本画教室の講師も務める。 迷路やかくし絵を盛り込んだ学習絵本の『迷路絵本』シリーズは、累計で300万部を超えるミリオンセラーとなっている。 2024年12月12日、心室細動により死去。
松浦 理英子(まつうら りえこ、1958年8月7日 - )は… 松浦 理英子(まつうら りえこ、1958年8月7日 - )は、日本の小説家。 愛媛県松山市生まれ。父親の勤務の関係で、幼少期を四国地方の各地で過ごす。中学生の時に香川県丸亀市に移り、丸亀市立西中学校から香川県大手前高等学校を経て、青山学院大学への進学を機に上京。 10代よりマルキ・ド・サド、ジャン・ジュネなどを愛読し、大学で仏文科を志望したのもジュネを原語で読むためであった。大学在学中の1978年、「泣き屋」と「笑い屋」との奇妙な交流を描く「葬儀の日」で文學界新人賞を受賞、芥川賞候補になる[リンク切れ][要出典]。青山学院大学文学部仏文科を卒業後、1987年にレズビアンを描いた『ナチュラル・ウーマン』が中上健次の絶賛を受け注目される。
松井 計(まつい けい、1958年7月5日 - )は、愛媛県… 松井 計(まつい けい、1958年7月5日 - )は、愛媛県八幡浜市出身の元小説家、元ホームレス。 横浜市神奈川区六角橋に生まれる。愛媛県立八幡浜高等学校卒。亜細亜大学経営学部を6年かけて卒業後、古書店勤務などを経て作家活動に入る。身長151cm。 1994年ごろ、若桜木虔が主催する作家集団、霧島那智に参加。松井永人(まつい えいじん)名義義で架空戦記小説や時代小説を発表する。2001年、住宅トラブルに、予定していた単行本の出版中止などが一挙に重なったため経済的に困窮し、借金を負い、幼い娘と身重の妻を福祉施設に預け、自らはホームレス生活を余儀なくされる。その後妻とは離婚。その半年間の体験を綴った『ホームレス作家』(幻冬舎刊)を上梓して以降、本名の松井計で作品を発表するようになった(著書の印税の半額を幻冬舎より前借りしたと「ホームレス作家」の続編「ホームレス失格」に記されている)また、「特定非営利活動法人面接交流の会」設立理事長職に就くも「ある事情」により即辞任。
宇佐美 まこと(うさみ まこと、1957年5月27日 - )… 宇佐美 まこと(うさみ まこと、1957年5月27日 - )は、日本の小説家、ホラー作家、推理作家。松山市在住。 愛媛県松山市生まれ。松山東雲高等学校、松山商科大学(現・松山大学)人文学部卒業。 重信川と石手川に挟まれた田園地帯、伊予豆比古命神社の近くで育った。 小学生の時からホームズや、ルパンなどが好きだった。5年、6年生の頃は図書委員で、読書クラブに入っていた。 中学生の時『しろばんば』を読んで感動し、「私は明治時代に生まれたかった」と言って友人たちに驚かれたことがある。 大学時代は1日1冊のペースで小説を読んだ。 40代から書き始め、松山市の「坊ちゃん文学賞」などにも応募。 2006年、「るんびにの子供」でメディアファクトリーが主催する第1回『幽』怪談文学賞〈短編部門〉大賞を受賞する。
井川 香四郎(いかわ こうしろう、1957年 - )は、日本… 井川 香四郎(いかわ こうしろう、1957年 - )は、日本の時代小説作家。 愛媛県新居浜市生まれ。中央大学卒業。テレビの脚本家としても活動。脚本作品に「暴れん坊将軍」「八丁堀の七人」「逃亡者おりん」などがある。梟与力吟味帳シリーズが2008年4月よりNHKの土曜時代劇「オトコマエ!」としてドラマ放映された。 柴山隆司の筆名で書いた『露の五郎兵衛』(新風舎)で小説CLUB新人賞を受賞。
長尾 誠夫(ながお せいお、1955年 - )は日本の作家。… 長尾 誠夫(ながお せいお、1955年 - )は日本の作家。愛媛県生まれ。東京学芸大学卒業。
土井中 照(どいなか あきら、1954年12月28日 - )… 土井中 照(どいなか あきら、1954年12月28日 - )は、日本の著作家、グラフィックデザイナー、プランナー。本名、田中 晃(たなか あきら)。 愛媛県今治市出身。同志社大学文学部中退。同県松山市のデザイン会社でデザイナー、プランナー、その後田窪工業所で宣伝課長を務める。2002年にフリーライターとして独立。四国にまつわる歴史と文化の豊富な知識を活かし、執筆のみならず商品開発、ウェブサイト作成、CD制作、講演、テレビ・ラジオ出演など活動は多岐にわたり、地元メディアから「愛媛の雑学王」とも呼ばれる。 1980年にパルコ出版主催の日本パロディ展でポスター「I LOVE TOKYO」が佳作、2003年に今治城築城・開町400年シンボルマーク公募で最優秀賞。
宇神 幸男(うがみ ゆきお、1952年 - )は、日本の小説… 宇神 幸男(うがみ ゆきお、1952年 - )は、日本の小説家・音楽評論家。愛媛県宇和島市生まれ。本名は神應幸男。宇和島市役所勤務。 1989年、フランスのピアニスト、エリック・ハイドシェックの再デビューコンサートを宇和島市立南予文化会館で企画・開催する。1990年、音楽ミステリー『神宿る手』で小説家デビュー。2004年、『悲将の島』で第10回鳥羽市マリン文学賞入選。2005年、『人魚のいた夏』で第9回海洋文学大賞の海洋文学賞部門佳作に選ばれる。
黒川 博行(くろかわ ひろゆき、1949年3月4日 -)は、… 黒川 博行(くろかわ ひろゆき、1949年3月4日 -)は、日本の小説家・推理作家。愛媛県今治市生まれ。大阪府羽曳野市在住(2014年時点)。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。 1949年、愛媛県今治市に生まれる。6歳の頃 に大阪に移り住んだため、「大阪人」を自認している。中学校の後輩には柴崎友香がおり、後にそれぞれ直木賞と芥川賞を同日に受賞することとなる。大阪府立泉尾高等学校卒業後、京都市立芸術大学美術学部彫刻科に学び、同学部の日本画科に通っていた妻・雅子と23歳で学生結婚する。 大学卒業後、ダイエーに入社するが会社勤めは性に合わず、妻が中学教師になっていたこともあり教員免許を取得、1977年から大阪府立東淀川高等学校に美術教師として勤める。
植村 鞆音(うえむら ともね、1938年3月10日 - )は… 植村 鞆音(うえむら ともね、1938年3月10日 - )は、日本のテレビプロデューサー・会社役員、伝記作家。 愛媛県松山市に生まれる。父植村清二は東洋史学者で、作家直木三十五の実弟。新潟県立新潟高等学校を経て1962年早稲田大学第一文学部史学科卒業、東映入社。 1964年テレビ東京入社。1994年同局常務取締役。1999年テレビ東京制作代表取締役社長を経て、DACグループ顧問、一般社団法人STEP理事。 2005年『直木三十五伝』で第19回尾崎秀樹記念・大衆文学研究賞受賞、2007年『歴史の教師植村清二』で第55回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
素 九鬼子(もと くきこ、本名:内藤 恵美子〈ないとう えみ… 素 九鬼子(もと くきこ、本名:内藤 恵美子〈ないとう えみこ〉、1937年1月28日 - 2020年4月5日)は、日本の小説家。 愛媛県西条市生まれ。愛媛県立西条高等学校を1年で中退。結婚後に起稿された処女作『旅の重さ』の原稿を由起しげ子に送るが、そのままになっていた。由紀の死後、筑摩書房が遺品を整理中に偶然、原稿が発見されて刊行され、ベストセラーとなり、刊行後に知人からの知らせで初めて自分の作品が出版されていることを知り、名乗りでたあと作家となる。作品は映画化もされた(監督:斎藤耕一)。 1974年『パーマネントブルー』で直木賞候補、同年『大地の子守歌』、1975年「ひまやきりしたん」で三度直木賞候補となる。
伴野 朗(ともの ろう、1936年7月16日 - 2004年… 伴野 朗(ともの ろう、1936年7月16日 - 2004年2月27日)は、日本の小説家・推理作家・歴史作家。 愛媛県松山市生まれ。1954年、愛媛県立松山北高等学校卒業。1960年、東京外国語大学中国語学科卒業。 1962年、朝日新聞社入社。朝日新聞秋田支局を振り出しに、外報部、インドシナ特派員などを経て上海支局長を務めるかたわら、執筆活動を並行した。1976年、『五十万年の死角』で第22回江戸川乱歩賞を受賞。 1983年、日本冒険作家クラブの創設の発起人の一人となる。(同クラブの代表幹事をつとめたことがある ) 1984年、『傷ついた野獣』で第38回日本推理作家協会賞受賞。 1989年、朝日新聞社を退社。
松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 201… 松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 2011年12月21日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。本姓(夫姓)は小林。 愛媛県新居浜市生まれ。早稲田大学第一文学部国文科卒業後、コロンビア大学大学院で児童図書と図書館学を学ぶ。帰国後は創作・翻訳活動を行う。1987年、『りょうちゃんとさとちゃんのおはなし』で第34回産経児童出版文化賞大賞、『森のうそくいどり』他で第9回路傍の石幼少年文学賞受賞。創作活動のかたわら、住所地の吹田市を中心に、大阪YMCA専門学校などで講演活動を行った。梅花女子大学非常勤講師も務めた。 2011年12月21日、膵臓がんのために死去。76歳没。 主な作品に『ふしぎなたけのこ』(福音館書店)、『こぎつねコンとこだぬきポン』(童心社)、『かぎのすきな王さま』(童心社)、『かみなりのちびた』(理論社)、『こぎつねキッコ』シリーズ(小峰書店)などがあり、アリソン・アトリーなどの英米児童文学の翻訳書も多数てがけた。
大西 伝一郎(おおにし でんいちろう、1935年2月19日 … 大西 伝一郎(おおにし でんいちろう、1935年2月19日 - 2022年3月29日)は、日本の児童文学作家。 愛媛県西条市出身。玉川大学卒業。1958年から愛媛県で小学校教員を務め、1995年新居浜市立中萩小学校長を最後に退職。1960年代から椋鳩十に師事し、児童向け図書、指導書などを数多く刊行した。 1961年『僻地教師の記録』で読売教育賞、1998年『お手玉』写真絵本で愛媛出版文化賞を受賞、厚生労働省・中央児童福祉審議会推薦文化財指定、2003年『目の見えない犬ダン』が映画のモデルになる。2004年『がんばれ! しろくまピース』がサンケイ児童出版文化賞推薦作に選ばれた。 2022年3月29日、急性肺炎のため西条市の病院で死去、87歳。
大江 健三郎(おおえ けんざぶろう、1935年〈昭和10年〉… 大江 健三郎(おおえ けんざぶろう、1935年〈昭和10年〉1月31日 - 2023年〈令和5年〉3月3日)は、日本の小説家。昭和中期から平成後期にかけて活躍した現代日本文学を代表する小説家の一人。愛媛県喜多郡大瀬村(現:内子町)出身。 東京大学文学部仏文科卒。学生小説家としてデビューして、大学在学中の1958年、短編小説「飼育」により当時最年少の23歳で芥川賞を受賞。新進小説家として脚光を浴びた。 新しい文学の旗手として、豊かな想像力と独特の文体で、現代に深く根ざした作品を次々と発表していく。1967年、代表作とされる『万延元年のフットボール』により歴代最年少で谷崎潤一郎賞を受賞した。 1973年に『洪水はわが魂に及び』により野間文芸賞、1983年に『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』により読売文学賞(小説賞)など多数の文学賞を受賞。
華城文子(はなぎ ふみこ 1935年- )は、愛媛県出身の日… 華城文子(はなぎ ふみこ 1935年- )は、愛媛県出身の日本の小説家。 山口県立防府高等学校、山口女子短期大学家政科卒業。1984年、小説『ダミアンズ、私の獲物』で第27回群像新人文学賞受賞、講談社から出版される。その後、1999年に『マタンサはまだ』、2002年に『スケルトン』を講談社出版サービスセンターから、2005年に『流浪のクルパ』を新風舎から出版する。
宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ち… 宮中 雲子(みやなか くもこ、1935年 - 、本名・宮中ちどり)は日本の詩人、童話作家、作詞家。日本童謡協会副会長。同人誌『木曜手帖』編集人。
図子 英雄(ずし ひでお、1933年3月21日 - 2016… 図子 英雄(ずし ひでお、1933年3月21日 - 2016年6月26日)は、日本の小説家・詩人。 愛媛県西条市生まれ。大分大学経済学部卒。愛媛新聞に入社。論説副委員長などを歴任する。1987年「カワセミ」で新潮新人賞受賞、芥川賞候補。1992年退職。同人誌「原点」を主宰。「えひめ文化図書賞」の選考委員などを務める。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
石川 喬司(いしかわ たかし、1930年9月17日 - 20… 石川 喬司(いしかわ たかし、1930年9月17日 - 2023年7月9日)は日本の作家、評論家。愛媛県出身。 愛媛県伊予三島市(現・四国中央市)出身。曾祖父は松山藩主の剣道御指南番。幼稚園から中学時代までを新居浜市で過ごす。戦時中は、住友の化学工場に学徒動員していた。旧制愛媛県立松山中学校(現・愛媛県立松山東高等学校)を経て旧制第六高等学校に進み、旧制高校時代は織田作之助や太宰治に傾倒し、詩やエッセイを発表。東京大学文学部仏文学科に進み、渡辺一夫や鈴木信太郎に師事し、飯島耕一や東野芳明、村松剛、栗田勇らと同人誌『カイエ』を作る。 1953年大学を卒業し、同年、毎日新聞社に入社。新聞記者・『サンデー毎日』編集者の傍ら文筆生活に入る。
早坂 暁(はやさか あきら、1929年〈昭和4年〉8月11日… 早坂 暁(はやさか あきら、1929年〈昭和4年〉8月11日 - 2017年〈平成29年〉12月16日)は、日本の脚本家、小説家。 本名、富田 祥資(とみた よしすけ)。 愛媛県温泉郡北条町(現松山市)生まれ。日本大学芸術学部演劇学科卒業。 戦後の日本を代表する脚本家のひとりである。 愛媛県温泉郡北条町(後の愛媛県北条市、現在の松山市北条)で、遍路道の大商家に生まれ育ち、幼少の頃からお遍路さんに接した。 旧制松山中学校(現在の愛媛県立松山東高等学校)を経て、海軍兵学校在学中に終戦。海軍兵学校からの復員途中に広島で一夜を明かし、被爆直後の広島の惨状を目撃した。旧制松山高等学校(現在の愛媛大学文理学部の構成母体)卒業後、東京大学医学部に合格するも、医業に疑問を持ち入学せず[信頼性要検証]、日本大学芸術学部演劇学科に進学し同校卒業。
高橋 光子(たかはし みつこ、1928年8月15日 - 20… 高橋 光子(たかはし みつこ、1928年8月15日 - 2026年1月24日)は、日本の小説家。上条由紀名義で70年代から80年代にかけて少女小説も手掛けた。東京都武蔵野市在住。日本文藝家協会会員。 愛媛県川之江町(現・四国中央市)生まれ。川之江高等女学校在学中は勤労動員で日本陸軍の秘密兵器「風船爆弾」を作っていた。 卒業後はテレビ、ラジオの脚本の仕事を経て、1965年「蝶の季節」で文學界新人賞受賞、同作で芥川賞候補、1972年「遺る罪は在らじと」で二度目の候補。また上条由紀の名で 集英社コバルト文庫を中心に少女小説を執筆、1993年『高畠華宵とその兄』で潮賞ノンフィクション部門優秀賞受賞。 日本文藝家協会会員、「群青」同人。
古田 足日(ふるた たるひ、男性、1927年〈昭和2年〉11… 古田 足日(ふるた たるひ、男性、1927年〈昭和2年〉11月29日 - 2014年〈平成26年〉6月8日)は、日本の評論家、児童文学作家。本名同じ。 父は国文学者の古田拡、東京大学教授を務めた国文学者・古田東朔は兄。早稲田大学第一文学部露文科在学中、早大童話会にて鳥越信らと『少年文学宣言』を草案・発表。その後中退。児童文学の評論、創作など多様な活動を続けた。 1960年(昭和35年)『現代児童文学論』第9回日本児童文学者協会新人賞。1967年(昭和42年)『宿題ひきうけ株式会社』第7回日本児童文学者協会賞。 愛媛県川之江町(現:四国中央市)にて、1927年(昭和2年)八人兄弟の三男として生まれる。
砂田量爾(すなだ りょうじ、1926年5月21日 - 201… 砂田量爾(すなだ りょうじ、1926年5月21日 - 2015年3月23日)は、日本のシナリオ作家。 愛媛県今治市出身。旧制松山高校から大阪帝国大学(現・大阪大学)理学部化学科卒。理学部へ進んだのは「一種の徴兵拒否」が目的と話したことがある。教師になるが一年で上京、欧文のタイピング、翻訳、オーディオの製造販売から物作りが得意なことを活かして闇市で売るなどさまざまな職を転々とする。初めて書いた脚本は、岩波映画の子供向け科学映画。友人にTBSの「七人の刑事」のスタッフに紹介されて脚本を1本書いたら採用され、1962年から「七人の刑事」のシナリオに参加、以後テレビドラマ、演劇台本などを多く書いた。「風の色」「風の町」「娘たちの四季」などがある。
矢野 徹(やの てつ、1923年〈大正12年〉10月5日 -… 矢野 徹(やの てつ、1923年〈大正12年〉10月5日 - 2004年〈平成16年〉10月13日)は、日本のSF作家、翻訳家。坂田 治名義による作品もある。 愛媛県松山市生まれ。兵庫県立第二神戸中学校を経て、中央大学法学部卒。第二次世界大戦中は学徒出陣で陸軍第11師団騎兵第11連隊に所属。階級は軍曹。 日本に本格的なSF出版が芽生える前の、海外SFのファン1号といわれ、SFに興味があった晩年の江戸川乱歩に面識を得る。そのまま、SF翻訳家、SF作家となり、幅広く活躍した。 冒険小説『カムイの剣』は角川書店によりアニメ映画化された。また、代表作『折紙宇宙船の伝説』は日本国外でも出版され、高い評価を受けた。
はた たかし(1921年(大正10年)11月22日 - 20… はた たかし(1921年(大正10年)11月22日 - 2013年(平成25年)8月11日)は、日本の児童文学作家。元桃山学院短期大学教授。本名は秦敬。 愛媛県新居郡大町村(現西条市)に生まれる。名教中学校(現・東海大学付属浦安高等学校)卒業。早稲田大学専門部を中退し、1945年(昭和20年)に法政大学高等師範部国語漢文科を卒業する。1946年(昭和21年)に西条高等実践女学校教諭となり、1947年(昭和22年)より西条市内で小・中学校で教師を務める。教師定年退職ののち、1981年(昭和56年)桃山学院短期大学教授(1992年1月まで)に就任する。一方、児童文学作家として作品を発表し、同人誌「ぷりずむ」を主宰するなど、愛媛県の児童文学活動で指導的役割を担った。
星田 三平(ほしだ さんぺい、1913年2月2日 - 196… 星田 三平(ほしだ さんぺい、1913年2月2日 - 1963年5月31日)は日本の探偵小説家。『新青年』などの雑誌に短編を発表した。代表作に「せんとらる地球市建設記録」「エル・ベチョオ」など。本名は飯尾 傳(いいお つとう)。 1930年(昭和5年)に『新青年』の懸賞小説に3等入選した「せんとらる地球市建設記録」を、改稿の後に『新青年』夏期増刊号で発表しデビュー。以後、短編を散発的に発表するが、1933年(昭和8年)発表の「もだん・しんごう」を最後に沈黙。その後、太平洋戦争時の空襲で蔵書や草稿を失ったこともあり、小説界からは完全に離れた生活を送った。 1963年(昭和38年)5月31日に死去。
真鍋 元之(まなべ もとゆき、1910年9月12日 -198… 真鍋 元之(まなべ もとゆき、1910年9月12日 -1987年10月30日)は、日本の小説家、文芸評論家。大衆文学研究会会員。 愛媛県宇摩郡関川村(現・四国中央市)出身。1931年、広島高等師範学校(現・広島大学)国文科中退。上京して日本プロレタリア作家同盟に加入するが、後に脱退。1939年博文館に入社し、勤務の傍ら時代小説を執筆。戦後は数年間、新小説社の『大衆文芸』の編集をし、自ら「炎風」を連載。1958年『炎風』で新鷹会賞特別奨励賞を受賞。その後は実作及び評論を手がける。
白川 渥(しらかわ あつし、1907年(明治40年)7月27… 白川 渥(しらかわ あつし、1907年(明治40年)7月27日 - 1986年(昭和61年)2月9日)は、小説家。明石短期大学名誉教授。 愛媛県新居浜市出身。本名は正美。東京高等師範学校卒。横光利一に師事、『日暦』『文芸首都』などに参加。1940年「崖」が芥川賞候補。戦後は中間小説を書き、54年「野猿の言葉」が直木賞候補。兵庫師範学校教師、神戸市教育委員長、明石短期大学教授。神戸在住。しばしば映画化された。
久保 喬(くぼ たかし、本名:久保 隆一郎、1906年11月… 久保 喬(くぼ たかし、本名:久保 隆一郎、1906年11月13日 - 1998年10月23日)は、日本の児童文学作家。 愛媛県宇和島市出身。愛媛県立松山商業学校卒業後、窪田空穂が主宰する短歌雑誌『国民文学』の同人となる。上京して東洋大学専門部東洋文科に進学。太宰治、檀一雄と出会い、同人誌「青い花」に参加。中退後、川端康成の紹介で創元社編集部の手伝いを経て、1939年に児童図書出版社の教養社へ入社したのを機に児童文学創作を志す。1942年に評論「童話の本質」を発表。1946年に日本児童文学者協会設立と同時に会員となる。 『ビルの山ねこ』で小学館文学賞、『赤い舟の帆』で日本児童文学者協会賞をそれぞれ受賞。
曽我 鍛(そが きたう/きとう、1879年(明治12年)7月… 曽我 鍛(そが きたう/きとう、1879年(明治12年)7月15日 - 1959年(昭和34年)12月28日)は、日本の編集者、作家、記者。通称はきたえ。号は正堂、黄塔、鬼塔、青銅散士など。 1879年7月15日、愛媛県西宇和郡布喜川村(現在の西予市三瓶町鴫山)に生まれる。1901年旧制松山中学校卒業、1905年7月早稲田大学文学部卒業。同年9月に帝国大学史料編纂係となる。1906年帝国大学編纂係を依願退職、同年3月に三井家史料編纂の嘱託となる。1911年、病気療養のため三井家史料編纂嘱託を依願退職、帰郷する。帰郷後、療養中に双岩村の委嘱により村誌編集にあたる。 1913年4月、伊予日々新聞(柳原極堂経営)の主筆となる。