下司 昌一(げし まさかず、1939年 - )は、日本のカウ… 下司 昌一(げし まさかず、1939年 - )は、日本のカウンセラー、臨床心理士。栃木県生まれ、宇都宮大学学芸学部卒業、小・中学校教諭、市教育委員会指導主事。その間、小林純一(上智大学)にカウンセリングを学ぶ。その後、市立教育研究所副所長、小学校長、スクールカウンセラーを経て、明治学院大学心理学部教授、上智大学カウンセリング研究所兼任所員。認定カウンセラー・スーパーバイザー、特別支援教育士スーパーバイザー、臨床心理士。日本カウンセリング学会理事、日本カウンセリング学会・認定カウンセラー会会長。
岩澤孝雄(岩沢孝雄、いわさわ たかお、1938年- )は、日… 岩澤孝雄(岩沢孝雄、いわさわ たかお、1938年- )は、日本の経営学者。 栃木県宇都宮生まれ。1960年宇都宮大学農学部農芸化学科卒、森永乳業(株)勤務、(財)流通経済研究所主任研究員、1988年関東学院大学経済学部教授、2003年長岡大学産業経営学部教授。日本商工会議所「商店街等活性化実施計画策定指導委員会」委員、日本商工会議所「中小小売商業活性化事業支援研究会」委員を務めた。
橋本 孝(はしもと たかし、1934年12月16日 - )は… 橋本 孝(はしもと たかし、1934年12月16日 - )は、岡山県新見市生まれのドイツ文学者。宇都宮大学名誉教授。 1957年に中央大学法学部法律学科を卒業後、同大学文学部独文科を経て、1965年に同大学大学院ドイツ文学専攻博士課程満期退学。ドイツ学術交流会奨学生として、マールブルク大学、フライブルク大学、ミュンスター大学に留学。 1968年に宇都宮大学教養部助教授となり、同教授を経て1994年に同大学国際学部教授に就任。1998年に定年退官し名誉教授となった。ドイツ・ヴュルツブルク大学およびエアランゲン大学客員教授や日本グリム協会会長も務めた。2014年瑞宝中綬章受章。 2021年、「日本におけるドイツ文化の研究・普及や日独の友好に尽力した永年の功労」が称えられ、ドイツ連邦共和国功労勲章一等功労十字章を受章した。
嶋倉 民生(しまくら たみお、1933年9月1日 - 202… 嶋倉 民生(しまくら たみお、1933年9月1日 - 2024年7月2日)は、日本の経済学者。愛知大学名誉教授。中華民国遼寧省金州生まれ。
塙 静夫(はなわ しずお、1932年 - )は、栃木県出身の… 塙 静夫(はなわ しずお、1932年 - )は、栃木県出身の元教員で、考古学者である。 1932年(昭和7年)、栃木県芳賀郡に生まれる。1955年(昭和32年)宇都宮大学学芸学部文学科を卒業後、作新学院高等学校で教職に就く。その間、下総国府跡をはじめとする栃木県内の多くの調査発掘に携わった。栃木県考古学会会長も務める。 2000年(平成12年)10月 栃木県文化功労者に選ばれた。
中川 志郎(なかがわ しろう、1930年11月24日 - 2… 中川 志郎(なかがわ しろう、1930年11月24日 - 2012年7月16日)は、日本の獣医師、動物園飼育員、文筆家。 茨城県真壁郡関城町(現・筑西市)出身。宇都宮農林専門学校(現・宇都宮大学農学部)獣医畜産科を卒業。獣医師として恩賜上野動物園に奉職。飼育課長としてジャイアントパンダやコアラの導入、飼育、繁殖に務める。 1984年多摩動物公園長、1987年上野動物園長、1994年ミュージアムパーク茨城県自然博物館館長を歴任した。東京動物園協会理事長。多数のエッセイ、創作、翻訳がある。
高野 喜久雄(たかの きくお、1927年(昭和2年)11月2… 高野 喜久雄(たかの きくお、1927年(昭和2年)11月20日 - 2006年(平成18年)5月1日)は日本の詩人、数学者。新潟県佐渡出身。 宇都宮農専卒。神奈川県立高等学校教諭(数学)を勤めていた。2006年5月1日、神奈川県鎌倉市の自宅にて死去。 長男高野明彦は国立情報学研究所教授。 荒地同人に参加。詩集はイタリア語にも訳され、高い評価を得ている。現代日本の代表的な合唱曲の一つ「水のいのち」(高田三郎作曲)などの作詞でも知られる。北園克衛の詩誌『VOU』にも参加した。 数学関連では「πのarctangent relationsを求めて」(bit、1983年4月号、83-91ページ)を著している。
吉田豊(よしだ ゆたか、1927年1月5日- )は、日本の文… 吉田豊(よしだ ゆたか、1927年1月5日- )は、日本の文筆家。 東京生まれ。1947年宇都宮農林専門学校農科卒、農林省農業試験場に入り病害虫防除の研究をする。のち文筆に転じ、麹町企画に属して企業媒体のPR誌の編集執筆に当たる。のちフリーとなり、近世を中心とした日本庶民生活、中国古典の紹介をおこなう。
尚 詮(しょう せん、1926年12月23日 - 1990年… 尚 詮(しょう せん、1926年12月23日 - 1990年8月31日)は、昭和の実業家。琉球王国19代尚泰王の四男・尚順の六男。
遠藤 豊(えんどう ゆたか、1925年3月25日 - 200… 遠藤 豊(えんどう ゆたか、1925年3月25日 - 2001年3月26日)は、日本の教育者、自由の森学園の創設者。 栃木県矢板市生まれ。1946年栃木師範学校(宇都宮大学)卒業、1947年に栃木県の中学の理科教師として教員生活をスタートさせる。栃木県矢板中学校・船生中学校教諭、宇都宮大学附属学校教官などを経て、1962年明星学園小中学校教諭。1975年明星学園小中学校校長。1985年自由の森学園を創立し、学園長となる。 2001年3月26日、心不全のため死去。
中川 一郎(なかがわ いちろう、1925年〈大正14年〉3月… 中川 一郎(なかがわ いちろう、1925年〈大正14年〉3月9日 - 1983年〈昭和58年〉1月9日)は、日本の政治家。衆議院議員。自由民主党の派閥・自由革新同友会の領袖。正三位勲一等。 農林大臣(第49代)、農林水産大臣(初代)、科学技術庁長官(第35代)、原子力委員会委員長(第35代)。 「北海のヒグマ」と呼ばれ、タカ派議員として知られていた。財務大臣兼内閣府特命担当大臣(金融担当)などを務めた中川昭一は長男。参議院議員を務めた中川義雄は実弟。 北海道広尾郡広尾町に農業・中川文蔵、セイの長男として生まれた。祖父・五八郎の時代に富山県福光町から北海道の広尾郡広尾村にある山奥の開拓地に移住した農民の出である。
玉井 袈裟男(たまい けさお、1925年3月3日 - 200… 玉井 袈裟男(たまい けさお、1925年3月3日 - 2009年6月11日)は、日本の農学者、社会教育指導者、信州大学名誉教授。農村における実践経験に裏付けられた独自の実践的風土論を軸として、長野県を中心に、各地の農村における地域おこし、社会教育にたずさわり、農産物等、様々な特産品の開発にも関わった。教員としては、信州大学教養部にあって「農学」を長く担当し、定年退職後は松商学園短期大学教授となり、自らが主宰する風土舎を立ち上げ、地域づくり活動の拠点とした。 現在の長野県須坂市に生まれ、戦時中は軍隊生活を経験した。戦後、旧制・宇都宮農林専門学校から九州帝国大学農学部に進み、1948年に信州大学教員となった。
石田 よし宏(いしだ よしひろ、1924年(大正13年)11… 石田 よし宏(いしだ よしひろ、1924年(大正13年)11月20日 - 2015年(平成27年)5月14日)は、日本の俳人。栃木県宇都宮市出身。宇都宮農林専門学校(現宇都宮大学農学部)農業経済学科卒業。本名は石田 榮宏(いしだ よしひろ)。 現代俳句協会に所属した俳句作家(本人は俳人ではなく俳句作家という肩書きを好んで使っていた)で、作品は前衛的な俳句、難解俳句と評される。評論も得意とし、『月々のことば』と称する俳句の評論を、毎月はがきで発行し、ライフワークとなっていた。 20代で作句を始め、俳誌「風」、「鬼怒」(創刊同人)、「鷹」を経て、平成12年「地祷圏」創刊・代表就任。平成21年通信句会『統』発足・主宰就任。
栗村 和夫(くりむら かずお、1924年(大正13年)10月… 栗村 和夫(くりむら かずお、1924年(大正13年)10月8日 - 1992年(平成4年)1月25日)は、宮城県遠田郡小牛田町(現美里町)出身の政治家。小牛田町長、参議院議員。 宮城県小牛田農林学校林科(現宮城県小牛田農林高等学校)卒業。1945年(昭和20年)宇都宮農林専門学校林業科卒業(現宇都宮大学農学部)。 1966年4月の小牛田町長選で第2代町長に初当選し、連続5期当選。 1989年に町長を辞職し、7月の第15回参議院議員通常選挙宮城県選挙区(当時は定数1)に日本社会党公認で立候補、自民党候補の2倍近い46万票余りを獲得し初当選した。 しかし、任期途中の1992年1月25日、慢性呼吸不全のため、東京大学医学部附属病院分院で死去した。
竹松 哲夫(たけまつ てつお、1921年4月8日 - 200… 竹松 哲夫(たけまつ てつお、1921年4月8日 - 2006年1月17日)は日本の農芸化学者。専門は農薬化学。宇都宮大学名誉教授。 長野県上伊那郡富県村(現伊那市)生まれ。旧制上伊那農業学校を経て宇都宮高等農林学校卒業。1942年応召、1946年復員。1947年宇都宮高等農林学校講師、1951年宇都宮大学助手、1964年助教授、1967年教授。1968年宇都宮大学雑草防除研究施設長を併任。1985年東京農工大学連合大学院教授を兼任。 除草剤の土壌中における処理層理論を世界で初めて発表し、除草剤開発の基礎を構築した。またPCP処理法、カヤツリクサ科高度選択除草剤、ウリベスト除草剤などを発明し、イネ科属間選択性DCPAの発見など、雑草防除研究の発展に貢献した。
富原 孝(とみはら たかし、1920年7月15日 - 200… 富原 孝(とみはら たかし、1920年7月15日 - 2006年3月8日)は、北海道出身の詩人、ジャーナリスト、国際芸能プロモーター。 若い頃からヴァレリーやリルケに傾倒。金子光晴に師事し、新聞記者のかたわら、河邨文一郎らと同人を結成し、詩を次々に発表。特に、アイヌ・コシャマインの戦いを題材にした長篇叙事詩『クオンタインとシクフ』は傑作とされる。「野性」「至上律」「ポエム」「核」同人。1957年に、「赤い呼び屋」と称された神彰のアート・フレンド・アソシエーション(AFA)に参画。制作部長として、木原啓允、工藤精一郎らとともに神彰を支え、数々の国際プロモーションを行う。 1920年、北海道七飯村(現七飯町)の農家に、父輝美、母志づの長男として生まれる。
細貝 大次郎(ほそがい だいじろう、1917年10月18日 … 細貝 大次郎(ほそがい だいじろう、1917年10月18日 - )は、日本の経済学者・農学者・官僚。経済学博士(拓殖大学)。専門は農業政策。拓殖大学名誉教授。元北海道拓殖短期大学学長。 茨城県生まれ。1938年宇都宮高等農林学校農政経済科卒業。農商務省に入省。その後、大東亜省広東日本総領事館勤務などを経て、終戦。戦後は、財団法人農政調査会研究員。1954年拓殖短期大学貿易科講師(農村調査論を担当)。1958年拓殖大学政経学部助教授(日本経済史・協同組合論を担当)。1964年拓殖大学政経学部教授。1967年拓殖大学評議員。1979年同政経学部長。1987年同副学長。1988年拓殖大学理事。1989年拓殖大学定年退職。
草川 俊(くさかわ しゅん、1914年8月13日 - 200… 草川 俊(くさかわ しゅん、1914年8月13日 - 2000年3月6日)は、日本の作家。宮城県石巻市に生まれる。宇都宮高等農林学校(現在の宇都宮大学農学部)卒業。本名:高橋善三郎。1958年、『黄色い運河』、『長城線』、1964年、『赤い運河』、それぞれ直木賞候補。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大衡 照夫(おおひら てるお、1911年〈明治44年〉6月2… 大衡 照夫(おおひら てるお、1911年〈明治44年〉6月22日 - 1997年〈平成9年〉11月22日)は、日本の政治家。元宮城県古川市(現・大崎市)長(2期)。位階は正五位。 宮城県志田郡古川町(旧・古川市→大崎市古川)出身。旧制古川中学校(現・宮城県古川高等学校)を経て、1948年、宇都宮高等農林学校(現・宇都宮大学農学部)卒。卒業後は全国購買組合連合会に入り、同連合会東京支所肥料部肥料飼料統制課属、同肥料課長、同肥料飼料統制課長となり、退職、帰郷し、1950年、保護司となる。1951年から古川市議会議員に当選し、7期務め、副議長、議長を歴任し、この間、宮城県社会教育委員を務めた。1976年の古川市長選挙に立候補し、現職の三上馨一を破って初当選した。
金 判述(キム・パンスル、朝鮮語: 김판술/金判述、1909… 金 判述(キム・パンスル、朝鮮語: 김판술/金判述、1909年2月22日 - 2009年3月31日)は、大韓民国の官僚、政治家。保健社会部長官、第3・5・11代韓国国会議員を歴任した。 本貫は金海金氏。カトリック教徒。号は道庵、漢字表記は金判術とも。 全羅北道沃溝郡北面新豊里(現・全北特別自治道群山市)出身。群山公立中学校、栃木県宇都宮高等農林農学科を経て、1937年京都帝国大学(現・京都大学)農学部卒。 1937年から満州新京大陸科学院研究士を務め、1945年から全羅北道裡里農事試験場長、新光日報創刊者、群山漁業組合組合長、国立水原農事試験場化学部長、ソウル大学校農科大学講師、農林部第2農政課長、民主国民党群山市最高委員・全羅北道党最高委員、高麗大・東国大講師、民主党農民部次長・産業部長、第2共和国の保健社会部(現・保健福祉部)長官(通算第7代、1961年1月30日~5月18日)、民主党企画委員・政策委員会議長・党務委員会議長・事務総長、許政新政党発起準備委員、民衆党中央常務委員会議長・事務総長、新民党指導委員(1967年)・中央常務委員長、三選反対汎国民闘争委員会発起人、国会議員同友会運営委員会副議長、民主韓国党ソウル第1地区党委員長・諮問委員会議長・顧問・常任顧問、平民党顧問・党務指導委員会議長、民主党党務委員、ウジン学園理事、統一院統一顧問、大韓民国憲政会(朝鮮語版)元老会議議長、天主教正義平和委員、駕洛ソウル宗親会長、第1次国際鍼灸学術大会大会長、雲石張勉博士記念会発起人、韓国葬儀文化研究会会長を歴任した。
勝間田 清一(かつまた せいいち、1908年〈明治41年〉2… 勝間田 清一(かつまた せいいち、1908年〈明治41年〉2月11日 - 1989年〈平成元年〉12月14日)は、日本の政治家。日本社会党委員長、政審会長、国対委員長、衆議院副議長を歴任した。企画院事件の左派官僚。正三位勲一等旭日大綬章。 静岡県御殿場市出身。勝間田氏は遠江国榛原郡勝間田庄(現在の牧之原市)の国人(領主)だったが、1476年、今川義忠に反旗を翻して敗れ、一族は四散した。その末裔は細々と農業を行い暮らしを立てており、清一が生まれたときも実家は養蚕などを営む農家だった。御殿場実業学校(現:静岡県立御殿場高等学校)を経て、宇都宮高等農林学校(現:宇都宮大学)に進学し、さらに京都帝国大学(現:京都大学)へと進んだ。
黒木 博(くろき ひろし、1907年2月10日 - 2001… 黒木 博(くろき ひろし、1907年2月10日 - 2001年12月24日)は、日本の政治家。宮崎県知事。宮崎県宮崎市出身。宮崎県立高鍋農学校(現・宮崎県立高鍋農業高等学校)、宇都宮高等農林学校(現・宇都宮大学)卒。 宇都宮高等農林学校卒業後、宮崎県庁に入庁。農林大臣秘書官、県副知事などを務めた後、県知事選挙に出馬し当選。 以来、約20年間で通算6期連続当選したが、6期目の当選後まもなくトンネル工事に絡んだ3000万円の賄賂を受け取った容疑で1979年に逮捕され、辞職した(黒木事件)。一審では有罪判決が下ったが、二審で逆転無罪判決、後に無罪が確定した。ただし、裁判では賄賂性は否定されたものの建設業界から3000万円を授受したことと3000万円の使途に関する黒木の供述は信用できないことは認定された。
野原 正勝(のはら まさかつ、1906年3月16日 - 19… 野原 正勝(のはら まさかつ、1906年3月16日 - 1983年2月10日)は、日本の政治家。位階は従三位。 衆議院議員(10期)、労働大臣(第30代)を務めた。 埼玉県出身。旧制宇都宮高等農林学校(現・宇都宮大学)卒業後、青森営林局(林野庁)入庁。 1947年の第23回衆議院議員総選挙に盛岡営林署在籍のまま旧岩手1区から出馬し初当選。通算当選10回。自民党内では三木武夫派に属した。 1955年5月23日に公職選挙法違反被告事件につき最高裁判所の言渡した判決に対する訂正の申立が棄却され、被選挙資格を喪失して議員退職した。 第3次吉田茂内閣では農林政務次官を務め、1970年1月から1971年7月まで第3次佐藤榮作内閣の労働大臣を務めた。
山口 光一郎(やまぐち こういちろう、1889年6月17日 … 山口 光一郎(やまぐち こういちろう、1889年6月17日 - 1948年7月8日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 栃木県三好村(のち田沼町、現・佐野市)に生まれる。1912年栃木県師範学校卒。卒業後は小学校訓導や校長となり、三好村会議員、同村長となった。 戦後の1946年の第22回衆議院議員総選挙において栃木県(全県1区)から日本進歩党公認で出馬して初当選した。しかし、翌年公職追放によりその座を追われた。追放後は石灰業に従事したが、追放中の1948年に死去した。
志村 烏嶺(しむら うれい、1874年 - 1961年)は、… 志村 烏嶺(しむら うれい、1874年 - 1961年)は、日本の教職者、高山植物研究家、写真家、登山家。 栃木県那須郡烏山町生まれ。本名は志村寛(しむら ひろし)。1892年栃木師範入学、1896年栃木県上都賀郡西方小学校に訓導として教職に就く。1898年、検定にて師範学校と中学校の地誌・地文・動物・植物の教員資格を取得。栃木県の第一中学および第二中学、茨城師範、仙台第一中学、長野中学(1903年~)、台中の中学校(1916年~)で教える。1922年帰国、教職を引退。晩年は植物採集・標本整理や園芸などをして過ごした。 ドイツから帰国した三好学が語った高山植物についての話がきっかけで、1904年から、休日に飯縄、戸隠、浅間山、八ヶ岳、白馬岳へ登り、高山植物の採集と栽培と研究、植物と山岳の写真撮影を行うようになり、前田曙山主宰の園芸雑誌に記事と写真を寄せた。
小笠原 鑅次郎(おがさわら こうじろう、1861年1月27日… 小笠原 鑅次郎(おがさわら こうじろう、1861年1月27日(万延元年12月17日) – 1932年(昭和7年)12月25日)は、日本の実業家、官僚。安田財閥の幹部。 1860年、出羽国新庄藩の代官職を代々務める小笠原家の次男として出生。栃木県師範学校卒業後、中江兆民の仏学塾にて歴史、法律、哲学を研究し、1889年に明治法律学校を卒業。大蔵省銀行局に出仕し、銀行業界の監督、向上に尽力。1893年の商法施行により、私立銀行の監督権が大蔵省に帰すると、その任に当たった。 四大財閥のひとつで、当時、日本最大の金融資本を誇った安田財閥の創設者である安田善次郎の知遇を受けたことにより、1894年、安田銀行に入行。
小橋川 結子(こばしがわ ゆいこ、10月17日 - )は、元… 小橋川 結子(こばしがわ ゆいこ、10月17日 - )は、元ラジオ沖縄 (ROK) のアナウンサー。 沖縄県那覇市出身。宇都宮大学卒業。 大学を卒業後、NHK沖縄放送局の契約キャスターを経てラジオ沖縄に入社した。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
須田 博行 は、日本の政治家。福島県伊達市長(3期)。
渡辺 裕介(わたなべ ゆうすけ、11月10日 - )は、栃木… 渡辺 裕介(わたなべ ゆうすけ、11月10日 - )は、栃木県日光市(旧:今市市)出身のアナウンサー。血液型はO型。愛称は「DJゆうにぃ」。 宇都宮大学教育学部卒業。同大学院国際学部卒業。 2000年よりラジオアナウンサー活動を開始。同年春から3年間、FM鹿児島で勤務後、2003年からはRADIO BERRY(FM栃木)所属。過去には栃木SCのスタジアムDJも担当していた。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
高木 宗男(たかぎ むねお)は、元・緑資源機構理事。 宇都宮… 高木 宗男(たかぎ むねお)は、元・緑資源機構理事。 宇都宮大学農学部卒業後、住宅販売会社勤務を経て、1970年に森林開発公団に入る。1997年、緑資源機構林道企画課長に就任。森林業務部次長、森林業務部長を歴任。2005年、緑資源機構理事に就任した。ほかに、特定森林地域協議会副会長、森公弘済会理事などの要職を歴任した。 2007年5月24日、独占禁止法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕された。前任者山崎進一前理事の考案した官製談合システムを引き継いで主導した模様。なお、考案した山崎前理事は自殺している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
橋本 栄治(はしもと えいじ)は、国際協力機構(JICA)職… 橋本 栄治(はしもと えいじ)は、国際協力機構(JICA)職員、日本の外交官。2011年(平成23年)9月1日から2014年(平成26年)5月27日までモザンビーク駐箚特命全権大使を務めた。 福島県会津若松市出身。1974年(昭和49年)宇都宮大学農学部を卒業し、海外技術協力事業団に入る。国際協力事業団企画部企画課長、国際協力事業団ケニア事務所長、国際協力事業団アフリカ・中近東・欧州部長、2003年(平成15年)10月、国際協力機構理事長室長、2007年(平成19年)10月1日、国際協力機構理事(アフリカ部、社会開発部、青年海外協力隊事務局担当)を経て、2011年(平成23年)8月31日退職。同年9月1日から2014年(平成26年)5月27日までモザンビーク駐箚特命全権大使。
吉田 準史(よしだ じゅんじ)は、大阪府出身の日本の自動車工… 吉田 準史(よしだ じゅんじ)は、大阪府出身の日本の自動車工学・機械工学者。大阪工業大学工学部機械工学科教授。工学博士。自動車技術会音質評価技術部門委員会委員。日本機械学会機械力学・計測制御部門運営委員会元委員。日本音響学会音デザイン調査研究委員会元委員。 主な専門は、自動車工学、機械制御工学(特に振動工学・音響工学)、感性工学。 1996年大阪市立大学(現在の大阪公立大学)工学部機械工学科卒業。本田技術研究所にて、自動車工学の技術開発に携わり、中でもエンジンや車体の振動・騒音対策の研究に長年従事し、2006年宇都宮大学より博士号を取得(工学博士)。2009年大阪工業大学工学部機械工学科に着任し、現在は、同学科教授。