堀 研二郎(ほり けんじろう、1985年〈昭和60年〉1月3… 堀 研二郎(ほり けんじろう、1985年〈昭和60年〉1月30日 - )は、日本の政治家。宮崎県小林市長(1期)。元小林市議会議員(1期)。元小林市長の堀泰一郎は伯父に当たる。 宮崎県小林市出身。宮崎県立小林高等学校を経て、2007年に東京農業大学を卒業。卒業後、日本レストランシステム株式会社に就職するが退職。有機農法を学んだ後、2011年に小林市にUターンし、有機農場を起業。 2022年4月17日投開票の小林市議会議員補欠選挙に立候補するが、次点で落選。翌2023年4月23日投開票の同市議会議員選挙で初当選を果たす(1期、市長選挙立候補に伴い2026年4月12日付けで失職)。 1期目の途中、任期満了に伴う小林市長選挙に立候補し、3期目を目指す現職の宮原義久と一騎打ちの結果、初当選を果たした。
東 友美(ひがし ともみ、1984年(昭和59年)3月28日… 東 友美(ひがし ともみ、1984年(昭和59年)3月28日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の東京都議会議員(1期)、元町田市議会議員(2期)。2018年9月、自身が性的少数者(アセクシュアル・Xジェンダー)であることを議会の一般質問で公表した。 岩手県に生まれるが、幼少期に東京都町田市に移った。町田市立忠生第五小学校、町田市立山崎中学校、東京都立忠生高等学校卒業。東京農業大学農学部畜産学科卒業後、製薬会社の医薬情報担当者(MR)職を経験したのち、不妊治療クリニックにて胚培養士として生殖補助医療に携わった。 2018年2月25日に行われた町田市議会議員選挙に、(旧)立憲民主党の関係者の要請を受けて立候補し、得票数2位で初当選した。
大和 ヒロシ(やまと ヒロシ、1983年10月20日 - )… 大和 ヒロシ(やまと ヒロシ、1983年10月20日 - )は、日本の男性プロレスラー、政治家。千葉県君津市議会議員(1期)。本名:三原 弘嗣(みはら ひろし)。千葉県君津市出身。東京農業大学卒業。血液型A型。 小学校3年生時に町内の少林寺拳法道場に入門。中学時代はバスケットボールとサッカーに励み、高校から大学まではレスリング部に所属。君津青葉高校3年生のときに千葉県高校総体で85キロ級優勝、その年の国体ではグレコローマンでベスト16入り、大学時にはJOC杯ジュニアオリンピック76kg級で3位の成績を上げている。 2006年に行われた武藤塾の新人オーディションに合格し、武藤敬司が社長を務める全日本プロレスに入門する。
清水 智信(しみず とものぶ、1981年(昭和56年)6月2… 清水 智信(しみず とものぶ、1981年(昭和56年)6月28日 - )は、日本の元プロボクサー、政治家。東京・大崎の学習塾「ブルカン塾」講師、福井県議会副議長、福井県議会議員(3期)。福井県福井市出身。 元WBA世界スーパーフライ級王者。第51代日本フライ級王者。金子ボクシングジム所属。北陸高校、東京農業大学卒業。メディア対応などについてはエーケー・グローバル・エージェントとマネジメント契約を結んでいる。入場曲は「ロッキーのテーマ」。 ボクシングの名門・東京農大ボクシング部で主将を務めた。同部は 五十嵐俊幸(WBC世界フライ級王者、アテネ五輪日本代表)、井岡一翔 (日本人男子初の4階級制覇)を輩出している。
高野 光二郎(たかの こうじろう、1974年(昭和49年)9… 高野 光二郎(たかの こうじろう、1974年(昭和49年)9月30日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、高知県議会議員(2期)、農林水産大臣政務官(第4次安倍第1次改造内閣)を歴任。秘書に対する暴行問題の責任を取り、2023年(令和5年)6月22日に議員辞職した。 高知県高知市出身。高知中央高等学校卒業。1997年3月、東京農業大学農学部卒業。同年4月、河野洋平の秘書となる。 2003年、高知県議会議員選挙に高知市選挙区から立候補し初当選。2009年に辞職。 2010年、第22回参議院議員通常選挙に高知県選挙区(改選数1)から自民党公認で立候補。元自民党参議院議員で無所属で立候補した田村公平との間で票が割れ、次点で落選。
三浦 茂貴(みうら しげき、1973年〈昭和48年〉11月2… 三浦 茂貴(みうら しげき、1973年〈昭和48年〉11月28日 - )は、日本の政治家。徳島県海部郡海陽町 第4代・第5代町長。東京農業大学卒業。 1991年、徳島県立海南高等学校卒業。1995年、東京農業大学卒業。海部郡PTA連合会長・海陽町観光協会副会長などを務め、2004年に旧海部町議会議員に初当選。その後、2006年、2010年、2014年の海陽町議会議員選挙で連続当選し、海陽町議会議員を3期、旧海部町議会議員時代を含めると町議会議員を4期務めた。 2018年、海陽町長選挙に無所属で出馬し、現職の前田恵を破り初当選。2022年の選挙でも新人候補を破り、現在2期目。 ※当日有権者数:8,307人 最終投票率:78.98%(前回比:-pts) ※当日有権者数:7,685人 最終投票率:77.33%(前回比:-1.65pts) この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
鈴木 周也(すずき しゅうや、1971年(昭和46年)9月1… 鈴木 周也(すずき しゅうや、1971年(昭和46年)9月14日 - )は、日本の政治家、実業家。元茨城県行方市長(3期)。 茨城県行方郡玉造町(現:行方市玉造)出身。玉造町立玉川小学校、玉造町立玉造中学校、茨城県立鉾田第一高等学校卒業。 1994年、東京農業大学生物産業学部食品科学科卒業。同年4月、全国共済農業協同組合連合会茨城県本部に入会。その後、野菜などを加工する食品加工業を営む実業家となる。 2011年2月、全国共済農業協同組合連合会茨城県本部を退職。同年4月の行方市議会議員選挙に立候補し、初当選。 2013年9月8日に行われた行方市長選挙に無所属で立候補。公明党の推薦を受けた現職の伊藤孝一を破り、初当選を果たした。
小笠原 春一(おがさわら はるいち、1967年2月18日 -… 小笠原 春一(おがさわら はるいち、1967年2月18日 - )は、日本の政治家。北海道登別市長(5期)。元全国青年市長会会長。 北海道登別市生まれ。登別市立登別小学校、登別市立登別中学校、北海道登別南高等学校(現・北海道登別青嶺高等学校)卒業。1989年(平成元年)3月、東京農業大学農学部造園学科卒業。同年4月、株式会社丸勇小笠原緑化の専務取締役に就任。 2008年(平成20年)8月10日執行の登別市長選挙に、自民党の推薦を受けて無所属で出馬。連合と民主党が推した前登別市職員の田辺雅博を僅差で破り、初当選した。得票数は、小笠原:13,178票、田辺:12,435票。投票率は、59.24%。同年8月28日、市長に就任。
狩野 岳也(かのう たかや、1964年〈昭和39年〉9月19… 狩野 岳也(かのう たかや、1964年〈昭和39年〉9月19日 - )は、社会福祉法人明岳会の理事長および元茨城県議会議員(かすみがうら市選挙区選出)。ピソ天神(介護利用型軽費老人ホーム)の施設長を務めた。 本名は狩野 平左衛門岳也(かのう へいざえもんたかや)であるが、県議会議員時代は狩野 岳也(かのう たかや)で登録していた。 また園芸療法・動物介在療法の実践者でもあり、ラマとカピバラを飼育している。 茨城県水戸市出身。現在はかすみがうら市宍倉に在住。水戸市立吉田小学校を卒業後、家庭の事情から3つ上の姉とともに東京都の啓明学園中学校・高等学校で中高6年間を過ごす。青年海外協力隊に憧れて東京農業大学農学部農業拓殖学科へ進学し、1987年〈昭和62年〉に卒業。
井田 泉(いだ いずみ、1963年〈昭和38年〉3月15日 … 井田 泉(いだ いずみ、1963年〈昭和38年〉3月15日 - )は、日本の政治家。群馬県議会議員(5期)。過去には、第95代群馬県議会議長、群馬県議会副議長を務めた。 佐波郡玉村町出身。1981年、東京農業大学第二高等学校卒業。1985年、東京農業大学農学部醸造学科を卒業し、美峰酒類に入社する。1991年、井田酒造社長(第15代蔵元)に就任する。 2006年9月15日、群馬県議会選挙に佐波郡選挙区から立候補することを表明した。2007年4月8日、県議選に自由民主党公認で立候補して、初当選を果たし現在まで5期務める。 県議会では、総務企画、文教警察、厚生文化、産経土木、環境農林の各常任委員長を歴任した。
桂川 孝裕(かつらがわ たかひろ、1963年〈昭和38年〉2… 桂川 孝裕(かつらがわ たかひろ、1963年〈昭和38年〉2月10日 - )は、日本の政治家。京都府亀岡市長(3期)。元京都府議会議員(2期)、元亀岡市議会議員(1期)。 岐阜県加茂郡東白川村出身。1981年 (昭和56年) 3月、岐阜県立加茂農林高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、東京農業大学農学部造園学科卒業。同年4月、京都府立農芸高等学校教員としてに赴任。1987年(昭和62年)、亀岡市役所に入所。1988年(昭和63年)、財団法人亀岡市都市緑花協会へ出向。 2003年1月19日に行われた亀岡市議会議員選挙でトップ当選を果たす。2007年(平成19年)2月4日、任期満了により退任。
谷中 聰(やなか さとし、1960年12月4日 - 2020… 谷中 聰(やなか さとし、1960年12月4日 - 2020年7月20日)は、日本の政治家。茨城県結城郡八千代町長を務めた。 茨城県結城郡八千代町坪井生まれ。茨城県立下妻第一高等学校卒業。1983年(昭和58年)3月、東京農業大学農学部卒業。同年4月、八千代町役場に入庁。秘書公室長、秘書課長、産業振興課長などを歴任。 2017年(平成29年)7月、副町長に就任。2018年(平成30年)9月、八千代町長の大久保司が次期町長選に出馬せず引退することを表明。あわせて谷中を後継指名した。同年同月、副町長を辞職。 2019年(平成31年)1月20日に行われた八千代町長選挙に立候補し、自由民主党推薦の元町議の水垣正弘、元町議の国府田利明らを破り初当選を果たした。
神谷 学(かみや がく、1958年〈昭和33年〉6月4日 -… 神谷 学(かみや がく、1958年〈昭和33年〉6月4日 - )は、日本の政治家。元愛知県安城市長(5期)。本名では、「かみやまなぶ」と読む。 愛知県安城市東端町生まれ。1977年3月、愛知県立安城高等学校普通科卒業。同年4月、東京農業大学農学部に入学。大学時代は禅寺通いをし、それをきっかけとして仏教聖典を読むようになった。1981年、同大学卒業。長野県の八ヶ岳中央農業実践大学校で1年間研修し、職員として勤務。学寮の責任者を任されていたとき、卒業間近の生徒が自殺。生徒を救えなかったことに苦しみ、同校を3年で退職した。郷里へ戻り、高校2年生のときに知り合った同級生と結婚。家業のハウス園芸を手がけた。
山下 清司(やました きよし、1957年11月13日 - )… 山下 清司(やました きよし、1957年11月13日 - )は、日本の政治家。岐阜県関市長(1期)、長良川鉄道株式会社代表取締役社長。 岐阜県関市生まれ。岐阜県立武義高等学校、東京農業大学農学部卒業後、1980年に関市役所に入庁。商工課長や市長公室長などを経て、2019年11月から2023年8月まで副市長を務めた。 2023年9月10日投開票の、関市長選挙に立候補。12年ぶりの選挙戦(前回、前々回は無投票)となり、市長選では引退を表明した尾関健治市長の政策継承を掲げ、各種団体などから幅広い支持を得た山下が、経営コンサルトの三輪知生との一騎打ちを大差で制し初当選した。 当日有権者数は7万115人(男性3万4062人、女性3万6053人)。
杉山 純一(すぎやま じゅんいち、1957年6月19日 - … 杉山 純一(すぎやま じゅんいち、1957年6月19日 - )は、日本の政治家。福島県会津美里町長(1期)。元福島県議会議員(5期)、元福島県議会議長。 福島県会津美里町出身。福島県立大沼高等学校卒業。1980年(昭和55年)3月、東京農業大学農学部卒業。1987年(昭和62年)3月、福島県議会議員の斎藤文昭の秘書となる。1993年(平成5年)7月の第40回衆議院議員総選挙で斎藤は初当選。引き続き秘書を務めるが、斉藤は1996年(平成8年)の衆院選で落選した。 2003年(平成15年)、福島県議会議員選挙に大沼郡選挙区(定数1)から自由民主党公認で立候補し、現職の杉原稔を破り初当選した。2015年(平成27年)12月から2017年(平成29年)11月まで福島県議会議長を務めた。
藤澤 泰彦(ふじさわ やすひこ、1956年11月16日 - … 藤澤 泰彦(ふじさわ やすひこ、1956年11月16日 - )は、日本の政治家。長野県生坂村長(5期)。 1956年11月16日、長野県東筑摩郡生坂村出身。1972年3月、生坂村立生坂中学校を卒業。1975年3月、長野県松本深志高等学校を卒業。1975年3月、東京農業大学農学部醸造学科を卒業。1979年4月、窪田味噌醤油株式会社に入社。1980年3月、藤澤醸造株式会社に入社。2001年5月、生坂村議会議員に当選。2005年5月、生坂村議会議長に就任。2007年2月11日、生坂村長に無投票当選。2011年2月6日、無投票当選(2期)。2015年2月8日、当選(3期)。 ※当日有権者数:1.651人 最終投票率:82.18%(前回比:pts) 2018年4月27日、『道の駅いくさかの郷』開業。
植田 壯一郎(うえた そういちろう、1956年〈昭和31年〉… 植田 壯一郎(うえた そういちろう、1956年〈昭和31年〉2月6日 - )は、日本の政治家。高知県室戸市長(2期)。元高知県議会議員(5回)、室戸市議会議員(2期)。 高知県佐喜浜町(現・室戸市)生まれ。室戸市立佐喜浜小学校、室戸市立佐喜浜中学校、高知県立高知農業高等学校、東京農業大学農学部卒業。 1983年(昭和58年)、室戸市議会議員に初当選。市議を2期務めたのち、1991年(平成3年)の高知県議会議員選挙に立候補し初当選を果たす。県議時代は自由民主党に所属。2011年(平成23年)の県議選は無所属で立候補し、自民党公認の元参議院議員秘書の弘田兼一に敗れ落選。 その後、一般社団法人室戸市観光協会会長を務める。
西村 穣(にしむら ゆたか、1955年〈昭和30年〉9月16… 西村 穣(にしむら ゆたか、1955年〈昭和30年〉9月16日 - )は、日本の政治家。北海道中標津町長(3期)。 1974年(昭和49年)3月、北海道中標津高等学校を卒業する。 1978年(昭和53年)3月、東京農業大学を卒業したのち、翌1979年4月より中標津町役場に奉職。 中標津町職員として中標津町教育委員会社会教育課青少年教育係長、企画調整部企画課計画推進係長、経済部農林課農務係長、総務部企画財政課企画係長、総務部企画財政課主幹兼総務課主幹、経済部経済振興課長兼空港対策室長、経済部長などを歴任する。 2016年(平成28年)3月、中標津町役場を定年退職したのち、同年4月から7月まで根室町村会事務局長を務めた。
星野 信吾(ほしの しんご、1955年4月1日 - )は、日… 星野 信吾(ほしの しんご、1955年4月1日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。 埼玉県富士見市長(2期)、富士見市議会議員(3期)を務めた。 埼玉県富士見市生まれ。東京教育大学附属坂戸高等学校(現筑波大学附属坂戸高等学校)、東京農業大学農学部卒業。 東入間青年会議所理事長を経て、1997年に富士見市議会議員選挙に出馬し、初当選。2005年には富士見市議会議長に就任した。2008年に富士見市議を任期途中で辞職し、富士見市長選挙に出馬。現職の浦野清富士見市長らを破り、当選した。 2012年、富士見市長再選。2016年4月1日、今期限りでの引退を表明。次期市長に選出された星野光弘は遠縁の親戚にあたる。
見形 和久(みかた かずひさ、1953年4月6日 - )は、… 見形 和久(みかた かずひさ、1953年4月6日 - )は、日本の政治家。栃木県塩谷郡塩谷町長(4期)。 東京農業大学を卒業後、塩谷町役場に就職。以後、31年間町職員として勤務した。2008年(平成20年)8月の塩谷町長選に町職員を退職して無所属で立候補するも、元県議の手塚功一に敗れ落選。 2012年(平成24年)8月の町長選に再度立候補し、現職の手塚を破り初当選した。同年8月29日、町長に就任した。 2016年(平成28年)8月の町長選では、自民党の推薦を受けた前職の手塚を破り再選した。 2020年(令和2年)8月の町長選では、前回町議選トップ当選の福田徳弥に283票差に迫られるも3選。 2024年(令和6年)8月の町長選では、前回町議選トップ当選の鈴木恵美らをかわし4選。
七条 明(七條 明、しちじょう あきら、1951年8月1日 … 七条 明(七條 明、しちじょう あきら、1951年8月1日 - )は、日本の政治家。 徳島県板野郡上板町長(1期)、内閣府副大臣(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、財務大臣政務官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院法務委員長、衆議院議員(5期)、徳島県議会議員(4期)を務めた。 徳島県板野郡上板町生まれ。徳島県立阿波高等学校、東京農業大学農学部醸造学科卒業。大学卒業後は酒造会社やその関連会社の役員を務める。 1981年、徳島県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を4期務め、県議時代の同僚議員に、後に徳島2区で議席を争う山口俊一がいた。1993年、県議を4期目の任期途中で辞職。第40回衆議院議員総選挙に徳島県全県区から自由民主党公認で出馬し、地元である板野郡での大量得票により、日本社会党前職の仙谷由人を僅差で下して最下位で当選した(当選同期に安倍晋三・田中眞紀子・熊代昭彦・横内正明・岸田文雄・塩崎恭久・根本匠・野田聖子・浜田靖一・山岡賢次・江崎鉄磨・高市早苗らがいる)。
岡野 敬一(おかの けいいち、1951年〈昭和26年〉7月2… 岡野 敬一(おかの けいいち、1951年〈昭和26年〉7月23日 - 2024年〈令和6年〉9月7日)は、日本の政治家。元広島県因島市(現・尾道市)長(3期)。旭日小綬章受章。位階は従五位。 広島県御調郡田熊町(のち因島市田熊町、現:尾道市因島田熊町)出身。広島県立因島高等学校を経て、東京農業大学大学院農学研究科農業経済学専攻博士課程修了。同大学の教員を経て、帰郷し、因島の会社に就職する。1985年(昭和60年)、因島市議会議員選挙に立候補して当選。1987年(昭和62年)に因島市長選挙に立候補して当選し、3期務める。1999年(平成11年)に落選。2003年(平成15年)の広島県議会議員選挙に出馬したが落選した。
板津 德次(いたづ のりつぐ、1950年(昭和25年)12月… 板津 德次(いたづ のりつぐ、1950年(昭和25年)12月11日 - )は、日本の政治家。保護司。勲等は旭日小綬章。前富加町町長(富加町議会議員・議長、岐阜県町村会副会長、PTA会長も歴任した。 2024年5月21日告示の富加町長選に4選を目指して立候補を表明していたが、健康上の理由で立候補を断念し、引退した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
福島 泰夫(ふくしま やすお、1950年8月26日 - )は… 福島 泰夫(ふくしま やすお、1950年8月26日 - )は、日本の政治家。元栃木県那須郡那珂川町長(3期)、元那珂川町議会議員(3期)。元小川町議会議員(1期)。 2003年(平成15年)4月、小川町議会議員に就任。2005年(平成17年)10月、那珂川町議会議員に就任。那珂川町議会議員2期目在任中には同町の監査委員を務めている。 2013年(平成25年)8月21日、那珂川町長選挙への立候補を表明し、同年9月に町議会議員を辞職。同年10月27日投開票の町長選挙で現職の大金伊一と前町議会議長の鈴木和江を破り初当選した。みんなの党支持層の票が現職町長と前町議会議長の2候補に割れ、それに対し、福島は自民党の支援を受け支持を拡大し初当選につなげた。
後藤 正和(ごとう まさかず、1950年(昭和25年)3月1… 後藤 正和(ごとう まさかず、1950年(昭和25年)3月1日 - )は、日本の政治家。神山町長(5期)。東京農業大学中退。徳島県名西郡神山町出身。 徳島県名西郡神山町神領で生まれ、東京農業大学に進学し中退。大学を中退後、神山町議会議員を経て2003年(平成15年)4月30日に神山町長選挙に出馬し初当選。 その後、2023年(令和5年)4月29日に引退するまで5期連続で町長を務めた。 2024年、旭日小綬章受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
長尾 忠行(ながお ただゆき、1949年3月10日 - )は… 長尾 忠行(ながお ただゆき、1949年3月10日 - )は、日本の政治家。元青森県平川市長(3期)。元青森県議会議員(5期)。 青森県竹館村広船(のち平賀町、現・平川市)出身。東京農業大学農学部農学科卒業。 1995年(平成7年)11月1日、平賀町議会議員に就任。任期中の1998年(平成10年)7月1日に辞職。同年7月28日、青森県議会議員補欠選挙で当選。2007年(平成19年)4月、4期目の当選。2010年(平成22年)3月24日、青森県議会議長に就任。2011年(平成22年)4月、5期目の当選。県議時代は自由民主党青森県連の副会長を務めた。 2013年(平成25年)10月9日、現職1期目の大川喜代治が翌年1月に執行される平川市長選挙に立候補することを表明。
中沢 丈一(なかざわ じょういち、1948年〈昭和23年〉1… 中沢 丈一(なかざわ じょういち、1948年〈昭和23年〉10月20日 - )は日本の政治家。群馬県議会議員(8期)、第81代群馬県議会議長、群馬県議会副議長、前橋市議(2期)を務めた。 1948年10月20日、群馬県勢多郡上川淵村(現前橋市)大字上佐鳥に生まれる。1961年、前橋市立上川淵小学校卒業。1964年、前橋市立第七中学校卒業。1967年、群馬県立勢多農林高等学校卒業。1971年、東京農業大学農学部農業経済学科を卒業し、群馬県経済農業協同組合連合会に勤務する。1977年、退職して農業に従事するようになる。 1985年、前橋市議会議員選挙に無所属で立候補して初当選を果たし、2期6年務めた。
林 新一郎(はやし しんいちろう、1948年(昭和23年)5… 林 新一郎(はやし しんいちろう、1948年(昭和23年)5月12日 - )は、日本の政治家、実業家。元長野県岡谷市長。 岡谷市生まれ。松商学園高等学校を経て、東京農業大学農学部醸造学科卒業。昭和46年(1971年)繊維会社に入社したが、父の死去により、家業の豊島屋を承継した。岡谷商工会議所副会頭を経て、平成7年(1995年)岡谷市長選挙に当選した。 2022年11月3日、秋の叙勲において、旭日小綬章を受章した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
小南 修身(こみなみ おさみ、1947年(昭和22年)2月1… 小南 修身(こみなみ おさみ、1947年(昭和22年)2月13日 - )は、日本の政治家。元大阪府池田市長(1期)。いけだ市民文化振興財団名誉顧問。旭日双光章受章。 大阪府出身。1969年東京農業大学農学部卒。同年池田市役所に入り、都市整備部長、収入役、助役などを務める。 2011年池田市長選挙に立候補し、当選。2015年に落選した。2017年秋の叙勲で旭日双光章を受章。
阿曽田 清(あそだ きよし、1946年10月20日 - )は… 阿曽田 清(あそだ きよし、1946年10月20日 - )は日本の政治家。元参議院議員、元熊本県宇城市長。
北村 正平(きたむら しょうへい、1946年〈昭和21年〉8… 北村 正平(きたむら しょうへい、1946年〈昭和21年〉8月30日 - )は、日本の政治家。静岡県藤枝市長(5期)。 藤枝市立藤枝小学校、藤枝市立藤枝中学校、静岡県立藤枝東高等学校、東京農業大学農学部卒業。1969年に静岡県庁に入庁。農業水産部長等を経て、2007年に退職。 2008年5月25日に行われた藤枝市長選挙に出馬し、現職の松野輝洋を約1万2000票差で破り初当選した。6月20日、市長就任。 2012年、無投票により再選、2016年、無投票により3選。2020年、無投票により4選。 2024年の市長選挙は元兵庫県議会議員の小西彦治が立候補したことにより、16年ぶりの選挙戦となったが、5回目の当選を果たした(投票率54.97%)。
甲斐 元也(かい もとなり、1946年(昭和21年)4月7日… 甲斐 元也(かい もとなり、1946年(昭和21年)4月7日 - )は、日本の政治家。元新潟県佐渡市長(1期)。
吉田 和夫(よしだ かずお、1945年2月28日 - )は、… 吉田 和夫(よしだ かずお、1945年2月28日 - )は、日本の政治家。元新潟県胎内市長(3期)。旭日小綬章受章。 新潟県中条町(現・胎内市)出身。中条町立中条小学校、中条町立中条中学校、新潟県立新発田農業高等学校を経て東京農業大学農業経済学部を卒業。 製紙会社に勤務後、中条町役場に転職。中条町町民課長、中条町教育長などを歴任した。 2005年(平成17年)9月1日、中条町と黒川村が合併し胎内市が発足。これに伴って同年10月2日に行われた市長選挙に自民党と公明党の推薦を受けて出馬。中条町長の丸岡隆二との一騎討ちを制し初当選した(吉田:12,186票、丸岡:9,364票)。 2009年(平成21年)、無投票で再選。
小野 修一(おの しゅういち、1943年(昭和18年)11月… 小野 修一(おの しゅういち、1943年(昭和18年)11月12日 - )は、日本の政治家。元山梨県韮崎市長(2期)。旭日小綬章受章。 山梨県出身。東京農業大学農学部卒。卒業後は山梨県内の不動産管理会社に勤務する。韮崎市議会議員となり、議長を務めた。1994年の韮崎市長選挙に立候補したが、現職の秋山幸一に敗れ、落選。4年後の1998年の市長選挙に立候補し、現職の秋山を破って初当選した。2002年に再選。2006年の市長選挙では元山梨県議の横内公明に敗れ、落選した。2015年秋の叙勲で地方自治功労により旭日小綬章を受章。
儀間 光男(ぎま みつお、1943年(昭和18年)7月24日… 儀間 光男(ぎま みつお、1943年(昭和18年)7月24日 - )は、日本の政治家。政治集団「21令和の会」会長。参議院議員(1期)、沖縄県浦添市長(第10・11・12代)、沖縄県議会議長、沖縄県議会議員(4期)、浦添市議会議員(2期)、政党そうぞう最高顧問、日本維新の会沖縄県総支部代表等を務めた。 日本委任統治下の南洋諸島テニアン島に生まれる(本籍地は沖縄県島尻郡伊是名村字勢理客)。東京農業大学農学部卒業。 1972年、浦添市議会議員選挙に出馬し、初当選。2期8年にわたり浦添市議及び浦添市会計監査委員を務める。1980年、沖縄県議会議員選挙に鞍替えし、当選。県議を4期16年間務め、1992年から1996年まで沖縄県議会議長。
藤代 孝七(ふじしろ こうしち、1942年(昭和17年)12… 藤代 孝七(ふじしろ こうしち、1942年(昭和17年)12月15日 - )は、日本の政治家。千葉県船橋市長(第18・19・20・21代)。 千葉県船橋市長を務めた藤代七郎は父。 千葉県千葉郡豊富村(現在の船橋市古和釜町)生まれ。父・藤代七郎も元船橋市長であり、また祖父・曽祖父は旧豊富村長を務めた。千葉県立船橋高等学校、東京農業大学農学部卒業。千葉県議会議員を経て、1997年に船橋市長選挙に出馬し、当選した。 当初は4選不出馬を選挙公約に掲げていたが、2009年の船橋市長選ではその公約を反故にし、4選出馬を表明。多選批判をかわし、新人の野屋敷いと子らを僅差で下して4選を果たした。 2012年12月4日、翌2013年7月に実施される船橋市長選に出馬せず、4期で市長を引退する意向を表明した。
奥山 茂彦(おくやま しげひこ、1942年9月4日 - 20… 奥山 茂彦(おくやま しげひこ、1942年9月4日 - 2017年12月18日)は日本の政治家、衆議院議員を2期務めた。旭日重光章受章。 京都市伏見区出身。京都府立桃山高等学校及び東京農業大学を卒業、慶應義塾大学を中退した。前尾繁三郎に共鳴し政治を志し1974年の補選で伏見区選挙区から京都市議に当選した。1986年市会議長、1995年の第13回統一地方選挙で7期目となる連続当選を果たした。 1996年第41回衆議院議員総選挙では自民党公認の新人候補として京都3区から立候補し、日本共産党の現職寺前巌に敗北したが比例復活で初当選を果たした。当選後は京都府政界の実力者野中広務の所属する総裁派閥平成研究会に入会した。
上杉 光弘(うえすぎ みつひろ、1942年〈昭和17年〉4月… 上杉 光弘(うえすぎ みつひろ、1942年〈昭和17年〉4月12日 ‐ )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、参議院議員(3期)、宮崎県議会議員(2期)、自治大臣(第50代)、国家公安委員会委員長(第60代)を歴任した。 宮崎県西都市生まれ。1961年宮崎県立高鍋農業高等学校卒業。1966年東京農業大学社会通信教育部農業科修了。1971年、宮崎県議会議員に当選(2期)。1983年、衆院選に宮崎1区から立候補するが、落選。1986年、参議院議員に初当選し以後3期連続当選。 1990年に第2次海部内閣で大蔵政務次官、1997年に第2次橋本内閣改造内閣で自治大臣兼国家公安委員会委員長、1998年に小渕内閣で内閣官房副長官など要職を歴任。
佐々木 洋平(ささき ようへい、1942年3月2日 ‐ )は… 佐々木 洋平(ささき ようへい、1942年3月2日 ‐ )は、日本の政治家。大日本猟友会会長。 衆議院議員(1期)、岩手県議会議員(4期)を歴任。 岩手県西磐井郡花泉町(現一関市)出身。岩手県立一関第一高等学校、東京農業大学を卒業後、鹿島建設が出資する牧場に就職。間もなく事業撤退により解散。解散後は一時盛岡市役所に勤務した。その後栃木県の酪農協同組合勤務を経て、地元で農業に従事していたが、1979年に岩手県議会議員に当選。当選後は自由民主党に入り、県議を4期務める。1993年自民党衆議院議員小沢一郎の離党に伴い自民党を離党し新生党系会派「研政会」を結成。翌1994年に新生党に入った。同年暮れ、新進党が結党され、同党に入党した。
藤澤 順一(ふじさわ まさかず、1940年(昭和15年)8月… 藤澤 順一(ふじさわ まさかず、1940年(昭和15年)8月24日 - )は、日本の政治家。元茨城県つくば市長(2期)、元茨城県議会議員(5期)。 1940年、旧新治郡桜村の生まれ。東京農業大学農学部卒業後、筑波学園病院理事長や茨城県レクリエーション協会会長、茨城県少年軟式野球連盟会長を務め、茨城県議連続5期。 1996年の市長選でつくば市長に就任し、2000年の市長選に於いて再選。3期目をめざした2004年の市長選で、自民県議から転身した市原健一に敗れる。 2008年の市長選にて再出馬するも、つくば市内の100以上の団体の推薦を受けた、現職の市原に再び敗れた。 2015年11月、旭日小綬章受章。
磯 良史(いそ よしふみ、1940年(昭和15年)6月26日… 磯 良史(いそ よしふみ、1940年(昭和15年)6月26日 - )は、日本の政治家。実業家。元茨城県笠間市長((3期)。 東京農業大学農学部卒業。 会社社長、茨城県醸造組合理事、小中学校PTA会長、笠間市教育委員を経て、1994年(平成6年)笠間市長に当選した。 笠間市長を2006年まで3期務め、合併後の笠間市長選挙に立候補しなかった。
魚住 汎英(うおずみ ひろひで、1940年〈昭和15年〉2月… 魚住 汎英(うおずみ ひろひで、1940年〈昭和15年〉2月11日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、衆議院議員(2期)、防衛政務次官、熊本県議会議員(3期)、菊池市議会議員(4期)を歴任。父は元熊本県議会議員の魚住一海。 熊本県立熊本高等学校・成城大学経済学部・東京農業大学(通信)畜産学科卒業。菊池市議会議員、熊本県議会議員を経て1986年の第38回衆議院議員総選挙にて初当選。自由民主党所属。 1993年の第40回衆議院議員総選挙において自民党を離党した新生党議員で唯一の前職落選者。 2007年の、第21回参議院議員通常選挙に、郵政民営化法案に反対したことを理由に公認が得られず、無所属で熊本県選挙区から立候補することを模索も断念し、引退。
内野宮 正英(うちのみや まさよし、1938年11月29日 … 内野宮 正英(うちのみや まさよし、1938年11月29日 - 2019年2月)は、日本の政治家。宮崎県児湯郡川南町長(2期)。 東京農業大学卒業。JA尾鈴参事などを経て、1999年に川南町議会議員に初当選。2001年5月1日から2002年9月24日まで第32代議長を務めた。2003年4月の川南町長選挙で初当選を果たした。同月27日に就任した。2007年の町長選挙では無投票で再選を果たした。 2007年とは一転して、選挙戦となり新人3人との争いとなったが、日高昭彦に敗れて落選した。 ※当日有権者数:13,596人 最終投票率:73.76%(前回比:-pts) 在任中は口蹄疫と鳥インフルエンザに見舞われた。
青木 太一郎(あおき たいちろう、1938年〈昭和13年〉7… 青木 太一郎(あおき たいちろう、1938年〈昭和13年〉7月2日 - )は、新潟県新潟市西区出身の政治家。新潟県立新潟南高等学校卒業、東京農業大学修了。新潟県議会議員(7期)、黒埼町長(1期)、黒埼町議会議員を歴任した。勲等は旭日中綬章。 新潟県立新潟南高等学校を卒業後、家業の農業に従事する傍ら、村の青年団に入り、後に団長を務める。1958年(昭和33年)に東京農業大学農学部を通信制で修了。1971年(昭和46年)から黒埼町議会議員を務め、3期目途中で辞任し、1981年(昭和56年)に行われた黒埼町長選に出馬。当時の浅妻茂一郎町長に挑んだが、落選。4年後の町長選では同じ顔合わせになり、7443票を集めて当選する。
松山 正治(まつやま まさじ、1938年(昭和13年)2月2… 松山 正治(まつやま まさじ、1938年(昭和13年)2月22日 - )は、日本の政治家、教諭。元京都府福知山市長(2期)。旭日小綬章。 1960年(昭和35年)3月、東京農業大学農学部農学科卒業。1962年(昭和37年)4月、京都府中学校教員に採用。1964年(昭和39年)4月、京都府高等学校教員に採用。 1989年(平成元年)4月、京都府立水産高等学校(現京都府立海洋高等学校)校長に就任。1995年(平成7年)4月、京都府教育庁教育次長に就任。1997年(平成9年)4月、京都府庁を退職すると共に財団法人京都府少年教育振興会理事長と京都府立るり渓少年自然の家所長に就任。2003年(平成15年)3月、退職。
黒田 淳之助(くろだ じゅんのすけ、1938年 - )は、日… 黒田 淳之助(くろだ じゅんのすけ、1938年 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。大井川右岸土地改良区理事長。静岡県小笠郡小笠町町長、静岡県菊川市市長職務執行者を歴任した。 静岡県立掛川西高等学校を経て、東京農業大学農学部を卒業した。 1989年、静岡県小笠郡小笠町の町長に就任し、デイサービス事業の拡充など、主に福祉施策に重点をおいて活動した。 隣の菊川町との合併交渉をまとめ、発足した菊川市では市長職が決まるまでの間の市長職務執行者を務めた。しかし、菊川町対小笠町という対立を避けたいとの意向を示し、市長選挙では菊川町の町長太田順一を推し、自らは身を引いた。2005年からは、大井川右岸土地改良区理事長を務めている。
今井 忠光(いまい ただみつ、1935年(昭和10年)12月… 今井 忠光(いまい ただみつ、1935年(昭和10年)12月14日 - 2019年(平成31年)4月25日)は、昭和から平成時代の政治家。福島県白河市長。 白河市出身。1957年(昭和32年)東京農業大学農学部短期大学を卒業後、家業の農業に従事。1967年(昭和42年)大村旅館経営、1982年(昭和57年)ホテル大村経営。 1977年(昭和52年)以来、白河市議会議員を5期、うち同議長を2期、副議長を務めた。1994年(平成6年)白河市長に当選。2期8年務め、教育環境の整備や社会福祉施設の充実に尽力した。 ほか、白河地方広域市町村圏整備組合、西白河地方衛生処理一部事務組合各管理者を歴任した。
山本 孫春(やまもと まごはる、1932年〈昭和7年〉2月2… 山本 孫春(やまもと まごはる、1932年〈昭和7年〉2月27日 - 2026年〈令和8年〉2月3日)は、日本の政治家。宮崎県日向市長(1期)等を歴任した。 現在の宮崎県日向市に生まれる。東京農業大学農学部卒業。 日向市議会議員、宮崎県議会議員を務めた。 2000年(平成12年)の日向市長選挙に無所属、社民党支持で立候補し、赤木欣康を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:45,531人 最終投票率:69.93%(前回比:-pts) 同年3月31日に日向市長に就任した。 2002年(平成14年)7月1日にオープンした日向市の第三セクターの温泉施設「日向サンパーク温泉」からレジオネラ菌が検出され、死者7人を含む多くの感染者を出した問題が発生した。
高瀬 一太郎(たかせ いちたろう、1929年(昭和4年)8月… 高瀬 一太郎(たかせ いちたろう、1929年(昭和4年)8月9日 - 2010年(平成22年)9月11日)は、昭和から平成時代前期の政治家。埼玉県加須市長。加須市名誉市民。 埼玉県北埼玉郡加須町(現加須市)出身。東京農業大学専門部卒業。埼玉県農業振興公社理事長、加須市助役を経て、1994年(平成6年)加須市長に当選した。2006年(平成18年)12月、加須市名誉市民に推挙された。2008年、旭日小綬章受章。没後叙従五位。
添田 増太郎(そえた ますたろう、1928年11月1日 - … 添田 増太郎(そえた ますたろう、1928年11月1日 - 2019年11月6日)は、日本の政治家。参議院議員(1期)。 福島県出身。東京農業大学通信学科卒。鏡石町議会議員を経て、1968年、福島県議会議員選挙で岩瀬選挙区から立候補し、初当選。1983年、第55代福島県議会議長就任。1984年、全国養蚕農業協同組合連合会長。 1985年1月28日、議長を辞職し、同年2月の福島県選挙区選出の村田秀三(日本社会党)の死去による第13回参議院議員通常選挙福島県選挙区補欠選挙に自由民主党から立候補し初当選。1988年12月竹下改造内閣法務政務次官。1989年6月、宇野内閣法務政務次官。同年7月の第15回参議院議員通常選挙で落選。