東田 淳平(ひがしだ じゅんぺい、1983年〈昭和58年〉1… 東田 淳平(ひがしだ じゅんぺい、1983年〈昭和58年〉1月9日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 兵庫県宝塚市出身。生後間もなく父親の仕事の関係で米国ニューヨークに移住する。大阪教育大学附属池田中学校、大阪教育大学附属高等学校池田校舎、神戸大学経営学部卒業。卒業後は三菱商事に入社。17年間勤務し、主にエネルギー事業、金属資源事業、インフラ事業を担当する。ドイツデュッセルドルフとシンガポールに通算6年駐在し、シンガポール駐在時代はLNGトレーディング会社のCFOを務める。ハーバードビジネススクールPLDプログラム修了。 2023年8月に自民党大阪府第9区支部長に就任し、2024年10月の第50回衆議院議員総選挙において大阪9区から自民党公認で立候補したが、日本維新の会公認の萩原佳に敗れ、落選。
須田 旭(すだ あきら、1979年(昭和54年)7月6日 -… 須田 旭(すだ あきら、1979年(昭和54年)7月6日 - )は、日本の政治家。 自由民主党所属の大阪府議会議員(2期)。元大阪狭山市議会議員(1期)。 現在、自由民主党青年局中央常任委員会議長、自由民主党大阪府支部連合会青年局長。 大阪桐蔭高等学校卒業、神戸大学法学部卒業。衆議院議員竹本直一の公設秘書を経て、2015年(平成27年)大阪狭山市議会議員に初当選(トップ当選)。 2019年(平成31年)4月7日執行の大阪府議会議員選挙に立候補するため、2月22日、大阪狭山市議会本会議場にて議員辞職を表明。 大阪府議会議員選挙に富田林市、大阪狭山市及び南河内郡選挙区から自由民主党より出馬し初当選。
浅野 貴博(あさの たかひろ、1978年〈昭和53年〉4月5… 浅野 貴博(あさの たかひろ、1978年〈昭和53年〉4月5日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の北海道議会議員(3期)。 衆議院議員(1期)、新党大地代表代行、新党大地・真民主幹事長代行などを歴任。北海道留萌市在住。 1978年(昭和53年)4月5日、北海道釧路市で酪農家の子として誕生。北海道釧路湖陵高等学校を経て、関西外国語大学国際言語学部卒業後、神戸大学大学院国際協力研究科へ進み、国際協力研究課程を専攻。 2003年(平成15年)に出身地の政治家である鈴木宗男の事務所スタッフとなった後、鈴木の秘書となる。2009年(平成21年)8月30日の第45回衆議院議員総選挙で、新党大地公認候補として比例代表北海道ブロック名簿3位で出馬するが落選。
小原 明大(おはら あきひろ、1977年3月19日 - )は… 小原 明大(おはら あきひろ、1977年3月19日 - )は、日本の政治家。京都府長岡京市議会議員(6期)、長岡京市議会副議長。2017年に同性愛者であることを公表し、以後、性的少数者の人権拡張のため様々な活動を行っている。 京都府長岡京市出身。長岡京市立長岡第九小学校、長岡京市立長岡第三中学校、京都府立西乙訓高等学校、神戸大学発達科学部卒業。長岡京市役所に5年勤めたのち、2005年(平成17年)10月9日に行われた長岡京市議会議員選挙に日本共産党公認で立候補し初当選した。2009年(平成21年)に再選。 2011年(平成23年)1月16日に行われた長岡京市長選挙に共産党公認で立候補するも、現職の小田豊に敗れ落選。
繁本 護(しげもと まもる、1972年〈昭和47年〉12月2… 繁本 護(しげもと まもる、1972年〈昭和47年〉12月26日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。 財務大臣政務官(第1次岸田内閣)などを歴任。 1991年兵庫県立姫路西高等学校卒業。1995年神戸大学工学部土木工学科卒業。1997年神戸大学大学院自然科学研究科建設学(土木コース)専攻修了後、運輸省入省(現国土交通省) 。2003年イリノイ工科大学経営大学院修了(MBA)。 新しい霞ヶ関を創る若手の会設立 、北海道開発局港湾事務所長、釧路市港湾空港部長就任 、国土交通省国際調整官 を経て、2010年、伊東良孝衆議院議員政策秘書に就任。 2017年、公募で自由民主党衆議院京都府第2区支部長となり、同年の第48回衆議院議員総選挙で小選挙区では前原誠司に敗れ及ばなかったが、重複立候補していた比例近畿ブロックで初当選した。
稲村 和美(いなむら かずみ、1972年〈昭和47年〉11月… 稲村 和美(いなむら かずみ、1972年〈昭和47年〉11月10日 - )は、日本の政治家。 兵庫県議会議員(2期)、兵庫県尼崎市長(3期)を歴任した。学位は法学修士(神戸大学大学院・1998年)。 大阪生まれ。奈良県立奈良高等学校を経て、神戸大学法学部へ進学。大学在学中の1995年に、兵庫県南部地震の避難所でボランティアとして被災者の支援活動に携わり、「神戸大学総合ボランティアセンター」を設立して初代代表に就く。 1997年から尼崎市議会の会派「市民自治クラブ」でスタッフとなる。1998年に神戸大学大学院法学研究科修士課程を修了して神栄石野証券に入社したのち2002年に退職し、尼崎市長選挙に立候補した白井文の選挙事務所でスタッフとなる。
堀内 照文(ほりうち てるふみ、1972年〈昭和47年〉11… 堀内 照文(ほりうち てるふみ、1972年〈昭和47年〉11月2日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の元衆議院議員(1期)。元党准中央委員。 大阪府大阪市に生まれる。大阪府立住吉高等学校卒業。1991年(平成3年)神戸大学文学部に入学、在学中に学生自治会の委員長を務める。1995年卒業後、日本共産党兵庫県委員会に就職。 2004年の第20回参議院議員通常選挙に参議院比例区から出馬するも落選。2007年の第21回参議院議員通常選挙に兵庫県選挙区から出馬するも落選。2010年の第22回参議院議員通常選挙に兵庫県選挙区から出馬するも落選。2012年の第46回衆議院議員総選挙に比例近畿ブロック単独で出馬するも落選。
小西 彦治(こにし ひこじ、1971年11月8日 - )は、… 小西 彦治(こにし ひこじ、1971年11月8日 - )は、日本の政治家。元兵庫県議会議員(1期)、元伊丹市議会議員(2期)。コンサルティング会社代表。 兵庫県伊丹市生まれ。白ゆり幼稚園、川西市立久代小学校、川西市立川西南中学校、兵庫県立伊丹高等学校を経て、神戸大学大学院法学研究科博士課程前期修了。 2007年4月の伊丹市議会議員選挙に無所属で出馬し落選したが、2011年4月の同選挙にみんなの党公認で出馬し、初当選。同年5月、みんなの党を除名される。2013年2月、除名処分が撤回され、復党。 2015年4月の兵庫県議会議員選挙に川西市及び川辺郡選挙区から維新の党公認で立候補し、当選。兵庫県議を1期務めた後、2019年4月の伊丹市議会議員選挙に立候補するために県議を辞職し、同選挙に立候補して再選。
伊藤 舞(いとう まい、1969年〈昭和44年〉9月18日 … 伊藤 舞(いとう まい、1969年〈昭和44年〉9月18日 - )は、日本の政治家。元兵庫県芦屋市長(1期)。元芦屋市議会議員(3期)。市の公式サイトや全国市長会の名簿などの表記では「いとう まい」と全ひらがなの名義を用いる。 大阪府茨木市出身。母親は元芦屋市議会議員の伊藤とも子。芦屋市立山手中学校、兵庫県立芦屋高等学校、帝国女子大学家政学部(現・大阪国際大学)卒業。1999年(平成11年)10月、東京海上火災保険代理店に勤務。ハワイ大学マウイ校短期大学卒業。神戸大学大学院法学研究科政治学前期課程修了。 2007年(平成19年)、芦屋市議会議員に初当選。2015年(平成27年)に3選。市議時代、副議長を2期歴任。
植松 恵美子(うえまつ えみこ、1967年11月13日 - … 植松 恵美子(うえまつ えみこ、1967年11月13日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(1期)。三木町副町長。旧姓は木村。 香川県高松市中間町生まれ。高松市立一宮小学校、高松市立香東中学校、香川県立高松高等学校をそれぞれ卒業し、1990年3月に神戸大学教育学部を卒業する。4月に松下電器産業株式会社へ入社して8月に退社する。9月に実家が経営する北四国クレーン株式会社に入社して移動式クレーン免許、大型特殊車両運転免許をそれぞれ取得し、2001年に温泉施設を運営する有限会社「きらら」の取締役社長に就任した。 2003年11月の第43回衆議院議員総選挙の香川1区に元総務官僚の小川淳也が民主党公認で立候補。
山本 佐知子(やまもと さちこ、1967年〈昭和42年〉10… 山本 佐知子(やまもと さちこ、1967年〈昭和42年〉10月24日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)。自由民主党女性局長。 農林水産大臣政務官(第2次石破内閣)、三重県議会議員(1期)などを歴任した。祖父は元自治大臣の山本幸雄で、祖父の養女となり姓を継いでいる。父は元長浜市長の川島信也、弟は滋賀県議会議員の川島隆二。もう一人の弟は山本の第一秘書。 三重県桑名市出身。中学生の時に父が国政選挙に立候補するため、家族で滋賀県長浜市に移住する。神戸大学法学部卒業後、住友銀行で勤務。その後オハイオ大学大学院修士課程(開発学)を修了し、東京都内の観光業で約20年間働いた。「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録に関わる。
山田 賢司(やまだ けんじ、1966年4月20日 - )は、… 山田 賢司(やまだ けんじ、1966年4月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣。 外務副大臣、外務大臣政務官、自由民主党副幹事長、同文部科学部会長を歴任。 大阪府出身。現在は兵庫県西宮市産所町に在住。1985年に米国インディアナ州ノースビュー高校卒業、1986年に大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎卒業、1990年に神戸大学法学部を卒業。同年、住友銀行に入行し、通商産業省に出向。2006年よりSG信託銀行に勤務しつつ、芦屋・西宮を中心として子供向けボランティア活動に従事。2010年に芦屋キワニスクラブ会長に就任。 尖閣諸島中国漁船衝突事件をきっかけに政治家を志す。
高橋 美穂(たかはし みほ、1965年4月18日 - )は、… 高橋 美穂(たかはし みほ、1965年4月18日 - )は、日本の政治家、行政書士。維新の党所属の前衆議院議員(1期)。
高橋 美穂(たかはし みほ、1965年4月18日 - )は、… 高橋 美穂(たかはし みほ、1965年4月18日 - )は、日本の政治家、行政書士。衆議院議員(1期)を務めた。 静岡県静岡市生まれ。静岡県立静岡高等学校を経て、神戸大学法学部に入学。卒業後に北海道大学公共政策大学院で公共政策学修士にて学位を取得する。 向山好一衆議院議員の公設秘書を務めたのち、行政書士の登録をする。2011年民主党青年局で活動。 2012年12月16日執行の第46回衆議院議員総選挙に、北海道2区から日本維新の会公認で出馬。小選挙区では敗れるも(得票数は吉川貴盛、三井辨雄に継ぐ3位)、重複立候補した比例北海道ブロックで復活し初当選した(同選挙で日本維新の会が北海道地区で獲得した唯一の議席)。
高橋 昭一(たかはし しょういち、1964年6月24日 - … 高橋 昭一(たかはし しょういち、1964年6月24日 - )は、日本の元政治家、メディアプランナー、アニメーション制作者。衆議院議員を1期務めた。 兵庫県小野市でそろばん製造会社・昭和産業社長の長男として生まれる。兵庫県立小野高等学校を経て神戸大学教育学部(養護)へ入学、在学中に友人らと企画集団を立ち上げ、テレビ番組制作やイベントの企画制作を手がける傍ら、神戸市青少年連絡協議会に参加。 1989年(平成2年)に神戸大学を中退した後、経営コンサルタント会社に入社しマーケティングコンサルタントの業務に従事。1990年(平成3年)、業務の必要上、近畿大学短期大学部商経科通信教育部を受講するが、1992年(平成5年)ジェイティービーグループの企画制作会社・株式会社グローバルトゥエンティワンに転職後、休日業務増加のためスクーリング等の受講を継続できず中退。
伊東 信久(いとう のぶひさ、1964年1月4日 - )は、… 伊東 信久(いとう のぶひさ、1964年1月4日 - )は、日本の政治家、形成外科医師。日本維新の会所属の衆議院議員(5期)。 兵庫県神戸市生まれ。三人兄弟の長男(二歳下の弟と五歳下の妹がいる)。兵庫県立神戸高等学校卒業後、6年間の浪人を経て神戸大学医学部医学科に入学。高校在学中の1982年には、花園に出場し、大学入学後も医学部のラグビー部に所属していた。 1年間の留年を経て、1995年に大学を卒業し、大阪市立大学大学院医学研究科に入学。大学院修了後、大阪市立大学医学部形成外科医局、同麻酔科を経て、複数の病院の脳神経外科や整形外科、形成外科部門に勤務する。 2004年、名駅クリニック院長に就任し、椎間板ヘルニアのレーザー治療(PLDD)に従事。
宮崎 雅夫(みやざき まさお、1963年12月3日 - )は… 宮崎 雅夫(みやざき まさお、1963年12月3日 - )は、日本の政治家、農水官僚。全国土地改良政治連盟顧問、全国水土里ネット会長会議顧問。 参議院議員(1期)、農林水産大臣政務官、参議院農林水産委員長を歴任。 兵庫県神戸市北区山田町で、3人兄弟(兄・妹)の次男として生まれる。実家は兼業農家で、祖父母も同居。1979年、兵庫県立兵庫高等学校に入学。硬式テニス部のキャプテンを務める。神戸大学農学部農業工学科に入学。3年の夏休みに奈良県の近畿農政局五条吉野開拓事業所で3週間の学生実習を体験。国家公務員を目指すきっかけに。1987年、卒業。農林水産省に入省し、在ベトナム日本国大使館二等書記官、国際協力銀行開発セクター部参事役、農村振興局設計課課長補佐、熊本県農林水産部農村計画・技術管理課長、(社)地域環境資源センター集落排水部長、農村振興局設計課海外土地改良技術室長、農村振興局地域整備課長などを歴任。
石 平(せき へい、シー・ピン、拼音: Shí Píng、1… 石 平(せき へい、シー・ピン、拼音: Shí Píng、1962年1月30日 - )は、日本の政治家、国際問題評論家。拓殖大学日本文化研究所客員教授。日本維新の会所属の参議院議員(1期)。 主に日中問題・中国問題を評論している。2007年(平成19年)11月に日本に帰化した。 中華人民共和国四川省成都出身。1966年5月に始まった文化大革命の最中、教師であった両親が大学から農場へ下放された。父親は物理教師であったが、下放されてからは豚の畜産に従事しており、以後、四川省の農村部で漢方医である祖父によって養育された。祖父は石に漢方医を継がせるべく、医者になるための教養として密かに『論語』を教えていたが、石が11歳の時に肺がんで死去した。
浜野 喜史(はまの よしふみ、濱野 喜史、1960年(昭和3… 浜野 喜史(はまの よしふみ、濱野 喜史、1960年(昭和35年)12月21日 ‐ )は、日本の政治家、労働運動家。国民民主党所属の参議院議員(3期)。同党総務会長(初代)。 参議院経済産業委員長、国民民主党副代表、同党選挙対策委員長(第4代)を歴任。 兵庫県高砂市出身。兵庫県立加古川東高等学校を卒業。1983年(昭和58年)、神戸大学経済学部を卒業し、関西電力に入社。組合専従となり、1997年(平成9年)関西電力労働組合本部書記長、2005年(平成17年)全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)会長代理を務めた。 2013年の第23回参議院議員通常選挙に民主党公認で比例区より立候補した。電力総連は長年に渡り民主党から組織内候補を当選させて来たが(浜野は引退する藤原正司の後継)、2011年に福島第一原子力発電所事故が発生すると、民主党は政策を原発推進から将来(2030年)の撤廃へと方向転換した。
永江 孝子(ながえ たかこ、1960年〈昭和35年〉6月15… 永江 孝子(ながえ たかこ、1960年〈昭和35年〉6月15日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)。衆議院議員(1期)、南海放送アナウンサーを務めた。 議員の登録名などの表記は、ながえ孝子となっている。 愛媛県松山市生まれ。生家は毛糸店。松山市立東雲小学校、松山市立御幸中学校(現松山市立東中学校)、愛媛県立松山東高等学校、神戸大学法学部卒業。大学卒業後、1983年に南海放送に入社。永江自身はアナウンサーではなくディレクターを志望していたが、アナウンサーの募集しかなかったため、アナウンサーとして入社した。南海放送初のママさんアナウンサーとして、1991年から「もぎたてテレビ70」を18年間務める。「もぎたてテレビ」は南海放送始まって以来の高視聴率を誇る番組で、初代パーソナリティを共に務めた、野志克仁は現在松山市長である。2008年9月19日、南海放送を報道制作本部副本部長で退社。
大門 実紀史(だいもん みきし、1956年〈昭和31年〉1月… 大門 実紀史(だいもん みきし、1956年〈昭和31年〉1月10日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の参議院議員(5期)。政治・選挙活動では大門 みきしと平仮名の名前を用いる。 京都府京都市生まれ。現在は東京都在住、京都市立日吉ヶ丘高等学校卒業、神戸大学中退。1984年から東京土建一般労働組合の専従書記局員として勤務。1996年、同本部書記長に就任。全国建設労働組合総連合(全建総連)中央執行委員、建設労働組合首都圏共闘会議初代議長を歴任。 1998年に第18回参議院議員通常選挙に比例代表で立候補したが落選。2001年1月に繰り上げ当選。以後、予算委員会理事、財政金融委員会委員、災害対策特別委員会委員を歴任。
西村 和平(にしむら かずひら、1955年〈昭和30年〉10… 西村 和平(にしむら かずひら、1955年〈昭和30年〉10月18日 - )は、日本の政治家。兵庫県加西市長(3期)。 兵庫県加西市出身。加西市立九会小学校、加西市立加西中学校、兵庫県立北条高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、神戸大学法学部卒業。同年4月、加西市役所に採用される。2010年(平成22年)12月28日、退職。 2022年12月22日の市議会定例会で、2023年5月の任期満了に伴う次期市長選に立候補しない事を表明した。自身の事実上の後継として副市長の河尻悟を挙げており、河尻は西村の市長退任表明と同日に副市長を辞職し、次期市長選への出馬を表明している。投開票の結果、河尻は元市教育長の高橋晴彦に敗れ落選した。
佐々木 知子(ささき ともこ、1955年〈昭和30年〉3月2… 佐々木 知子(ささき ともこ、1955年〈昭和30年〉3月2日-)は、日本の政治家、元検事、弁護士、作家、大学教授。勲等は旭日中綬章。 参議院議員(1期)を歴任。 神戸大学附属明石中学校、兵庫県立明石高等学校をへて神戸大学法学部卒業。 1992年、長編推理小説『恋文』で第12回横溝正史賞を受賞してデビューした。松木麗(まつき れい)名義。『恋文』は、1992年12月7日、TBSで池上季実子主演でテレビドラマ化された。
梶 正治(かじ まさはる、1953年(昭和28年)1月21日… 梶 正治(かじ まさはる、1953年(昭和28年)1月21日 - )は、日本の政治家。香川県丸亀市長(2期)。元香川県議会議員(4期)。 香川県丸亀市出身。下関市立名池小学校、高松市立勝賀中学校、香川県立高松高等学校、神戸大学経済学部卒業。1975年(昭和50年)4月、香川県庁に入庁。医務課、県立病院勤務のさながら自治労運動に参加。1990年(平成2年)、香川県庁を退職。衆議院議員の加藤繁秋の公設秘書となる。 1995年(平成7年)4月、香川県議会議員選挙に出馬するも、落選。1996年(平成8年)、行政書士試験に合格し開業。1998年(平成9年)8月30日執行の香川県議会議員補欠選挙に出馬するも、落選。
谷口 進一(たにぐち しんいち、1953年(昭和28年)1月… 谷口 進一(たにぐち しんいち、1953年(昭和28年)1月2日 - )は、日本の政治家、地方公務員。勲等は旭日小綬章。 兵庫県丹波市長(1期)、兵庫県農政環境部長などを歴任。 兵庫県柏原町(現・丹波市)に生まれる。1975年(昭和50年)3月、神戸大学法学部卒業。同年4月、兵庫県庁に入庁。但馬県民局長、農政環境部長などを歴任。 2012年(平成24年)4月、株式会社夢舞台・ウェスティンホテル淡路社長に就任。 2016年(平成28年)3月、同社を退職。同年11月20日に行われた丹波市長選挙に自民党・民進党・公明党の推薦を受けて立候補し初当選した。投票率は68.04%で、過去最低を記録した。12月5日、市長就任。
朝倉 秀実(あさくら ひでみ、1953年 - )は、日本の政… 朝倉 秀実(あさくら ひでみ、1953年 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。大阪府議会議員(6期)、大阪府議会議長を歴任。旭日小綬章受章者。 大阪市立舎利寺小学校、大阪市立生野中学校、桃山学院高等学校、神戸大学法学部卒業。生野区青少年指導員、住友電気工業に就職し秘書課長を務めた。 1995年 大阪府議会議員に初当選。自民党府議団幹事長、第105代大阪府議会議長、府議会教育常任委員、自由民主党大阪府支部連合会組織委員長を歴任。 この項目は、政治に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 政治学/ウィキプロジェクト 政治)。
井上 稔朗(いのうえ としお、1952年〈昭和27年〉2月2… 井上 稔朗(いのうえ としお、1952年〈昭和27年〉2月23日 - )は、日本の政治家、元岡山県赤磐市長 岡山県赤磐市出身。神戸大学経営学部卒。赤磐郡吉井町で建設会社を営む。2005年、吉井町は合併により、赤磐市が発足。合併後の赤磐市議会議員選挙に立候補し、当選。赤磐市議を1期務め、2009年の市長選挙に立候補し、現職の荒嶋龍一を破って当選した。赤磐市長を1期務め、2013年の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元岡山市職員の友實武則に敗れた。その後、2015年の岡山県議会議員選挙に無所属で立候補しが、落選した。落選後は美作東備森林組合代表理事組合長を務め、2021年の赤磐市長選挙に再び立候補したが、現職の友實武則に敗れた。
直嶋 正行(なおしま まさゆき、1945年〈昭和20年〉10… 直嶋 正行(なおしま まさゆき、1945年〈昭和20年〉10月23日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(4期)、経済産業大臣(第11・12代)、参議院懲罰委員長・運輸委員長、民進党エネルギー環境総合調査会長、民主党副代表・両院議員総会長・政策調査会長(第9代)・参議院幹事長・参議院政策審議会長・参議院国会対策委員長等を歴任した。国民民主党顧問。 大阪府池田市生まれ。父親を早くに亡くし、大阪府立北野高等学校定時制課程から神戸大学経営学部に進学した。1971年に神戸大を卒業し、トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)に入社。1980年から全トヨタ労働組合連合会専従職員。1982年に全トヨタ労連組織局長、1991年に全日本自動車産業労働組合総連合会(自動車総連)副会長に就任した。
中﨑 久雄(なかさき ひさお、1942年8月6日 - )は、… 中﨑 久雄(なかさき ひさお、1942年8月6日 - )は、日本の政治家、医師。元神奈川県大磯町長(3期)。 富山県高岡市出身。1968年(昭和43年)3月、神戸大学医学部医学科卒業。1970年(昭和45年)3月、国立がんセンター病院外科レジデントになる。1980年(昭和55年)12月、東京大学より医学博士を授与。 2003年(平成15年)4月、東海大学医学部付属大磯病院長に就任。2007年(平成19年)4月、同大学健康推進センター所長に就任。2008年(平成20年)8月、大船中央病院長に就任。 2010年(平成22年)11月28日に行われた大磯町長選挙に無所属で出馬。現職の三好正則、元町議の渡辺順子、元町議の柴崎茂ら3名の候補者を相手に接戦を制し、初当選。
片山 圭之(かたやま けいじ、1941年〈昭和16年〉10月… 片山 圭之(かたやま けいじ、1941年〈昭和16年〉10月24日 - )は、日本の政治家、社会運動家。特定非営利活動法人讃岐京極会会長。香川県丸亀市長(3期)、丸亀市議会議員(3期)、香川県議会議員(3期)を務めた。 1941年(昭和16年)香川県丸亀市生まれ。1960年(昭和35年)香川県立丸亀高等学校卒業。1964年(昭和39年)には神戸大学経済学部を卒業する。大学卒業後は地元への愛着から家業を継ぎ、同年父が経営するササヤに就職する。1967年(昭和42年)にはニューキャッスルの設立に携わり、1979年(昭和54年)には専務に昇格する。 しかし、本業の傍ら活動していた青年会議所において役所への敷居の高さに矛盾を感じ、また自身の子育て中に保育園の時間延長など融通が利かないことを役所へ訴えたが門前払いされ信頼関係を築けなかったことなどをきっかけに政界進出を志した。
岩見 武三(いわみ たけぞう、1941年1月29日 - )は… 岩見 武三(いわみ たけぞう、1941年1月29日 - )は、日本の教育者、政治家。元兵庫県神崎郡市川町長(2期)。 市川町出身。神戸大学教育学部卒業。中学校教員を37年間務めたのち、区長6年間を経て2011年の市川町議会議員選挙に立候補し初当選を果たす(日本共産党公認)。 当選後は町議会議長を務めていたが、任期満了に伴う2015年の町長選挙に際して議員を辞職。「市川町 絆の会」の支援を得て無所属で出馬を表明する。選挙戦では子どもや高齢者の福祉の充実などを盛り込んだ「市川町ひまわりプラン2015」を掲げ、投開票の結果、再選を目指していた現職の岡本修平を下し初当選。兵庫県では隣接する嶋田正義福崎町長についで2人目(通算では山田兼三元南光町(現佐用町)長、工藤崇元上郡町長を含め4人目)の日本共産党員首長が誕生した。
片上 公人(かたかみ こうじん、1939年〈昭和14年〉6月… 片上 公人(かたかみ こうじん、1939年〈昭和14年〉6月28日 - 2010年〈平成22年〉)は、日本の政治家。参議院議員(2期)。キャッチコピーは『地球人・未来人・片上公人』 神戸市出身。神戸大学経済学部卒業。神戸市職員、創価学会の地元役員、聖教新聞記者などを経て1986年の第14回参議院議員通常選挙に兵庫県選挙区より公明党公認で出馬し、当選。1992年の選挙で再選を果たす。 1995年秋、女性秘書に対するセクハラで告訴される。1995年11月16日には自民党、日本社会党、新党さきがけ、日本共産党の全女性議員22人が事実関係の調査と片上議員の議員辞職を求める超党派の声明を出した。22日には、自民党の石井道子、南野知惠子、社会党の千葉景子、日下部禧代子、大脇雅子、栗原君子、さきがけの堂本暁子、共産党の吉川春子、阿部幸代が参院議長に対して「多くの女性の憤りや疑問に答えるためにも速やかな事実の解明を求める」との申し入れ書を手渡した。
橋本 卓(はしもと たかし、1938年(昭和13年)8月16… 橋本 卓(はしもと たかし、1938年(昭和13年)8月16日 - 2009年(平成21年)3月)は、日本の政治家。元大阪府箕面市長(2期)。 広島県出身。神戸大学教育学部卒。箕面市役所に入り、助役などを務める。 1993年箕面市長選挙に立候補し、当選する。1997年に再選。2000年自身の健康問題を理由に市長を辞職した。2009年死去。
吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 202… 吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 2025年2月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(通算2期)。 兵庫県豊岡市出身。兵庫県立豊岡高等学校卒業。神戸大学電気電子工学科卒業。 電電公社(現在のNTT)に入社し、豊岡局に勤務しつつ、労組活動に入る。 1986年の第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧兵庫5区から出馬するが落選。1990年の第39回衆議院議員総選挙に再び出馬し初当選。以後2期連続当選。 議員在任中は外務委員などを務める。本岡昭次参議院議員らと共に自社さ連立政権反対派として知られた。1994年に土肥隆一と共に日本社会党を離党し、民主改革連合に入党。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では民主改革連合公認及び連合・五党協議会統一候補として兵庫5区より出馬するも落選。
嶋田 正義(しまだ まさよし、1935年4月6日 - 202… 嶋田 正義(しまだ まさよし、1935年4月6日 - 2021年11月30日)は、日本の教育者、政治家。兵庫県神崎郡福崎町長(通算5期)。兵庫県町村会理事。全国小さくても輝く自治体フォーラム呼びかけ人。 福崎町出身。神戸大学教育学部卒業後、郷里の中学校での15年間に及ぶ教員生活を経て、福崎町議会議員(日本共産党公認)に転じる。町議は5期20年にわたり務めた。 1995年12月3日投開票の町長選挙に無所属(「明るい福崎町をつくる会」推薦)で立候補、現職の松岡忠能を破り初当選を果たす。当時、共産党籍を持つ首長は山田兼三兵庫県南光町(現佐用町)長、関口荘六新潟県三和村(現上越市)長に次いで3人目となった。
抜山 映子(ぬきやま えいこ、1934年2月26日 - )は… 抜山 映子(ぬきやま えいこ、1934年2月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。元参議院議員(1期)。兵庫県神戸市垂水区出身。神戸大学大学院法学研究科修士課程修了。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
西田 正則(にしだ まさのり、1933年(昭和8年)2月21… 西田 正則(にしだ まさのり、1933年(昭和8年)2月21日 - 2016年(平成28年)10月12日)は、日本の政治家。兵庫県たつの市長(2期)、旧龍野市長(2期)。 兵庫県出身。神戸大学教育学部卒。龍野市役所に入り、教育長、助役を務め、1998年龍野市長に当選する。2002年に再選。龍野市は2005年に新宮町・揖保川町・御津町と合併し、たつの市が発足、合併に伴う市長選挙で当選。2009年に再選。たつの市長を2期務め、2013年に退任した。2014年、旭日中綬章受章。2016年死去。叙正五位。
本岡 昭次(もとおか しょうじ、1931年(昭和6年)3月1… 本岡 昭次(もとおか しょうじ、1931年(昭和6年)3月18日 - 2017年(平成29年)4月10日)は、日本の政治家。参議院議員(4期)、参議院副議長(第24代)、民主党参議院議員会長(第2代)を歴任。 2004年の第159回国会において、内閣提出の年金関連法案の採決を控えて会期末が迫る 6月5日、 倉田寛之参議院議長不信任決議案審議のため副議長として議長席に着いた途端に散会宣言を行った。議事が残るにもかかわらず突然行われたこの散会宣言は参議院規則に反するものであり、中立であるはずの副議長が同法案の成立を阻止したい民主党の要請に従ったことと合わせて「参議院の権威が傷ついた」、「権利の濫用との批判を招きかねず『憲政史上例のない禁じ手』」等と批判を招いた。
石野 重則(いしの しげのり、1928年(昭和3年)12月3… 石野 重則(いしの しげのり、1928年(昭和3年)12月3日 - 2008年(平成20年)12月18日)は、昭和から平成時代の政治家。兵庫県西脇市長。 兵庫県出身。1948年(昭和23年)神戸工業専門学校建築科卒業。 1948年(昭和23年)中学校教師を経て、1950年(昭和25年)西脇町に奉職。市制施行後、1972年(昭和47年)市長公室長、1976年(昭和51年)助役を経て、1986年(昭和61年)西脇市長に当選。3期務め、1998年(平成10年)引退した。2008年(平成20年)12月18日死去、80歳。死没日をもって従五位に叙される。
岡田 進裕(おかだ のぶひろ、1928年6月23日 - 20… 岡田 進裕(おかだ のぶひろ、1928年6月23日 - 2014年2月19日)は、日本の政治家。兵庫県明石市長(3期)。 1928年(昭和3年)6月23日、兵庫県明石市に生まれる。神戸高等工業学校(のち神戸大学工学部を経て、現在の神戸大学大学院工学研究科・工学部)卒業。明石市役所に入り、水道部長、土地開発公社理事長、助役などを歴任する。1991年明石市長に初当選する。1995年、1999年に再選。 2001年7月21日に明石花火大会歩道橋事故が発生、多数の死傷者を出した。同年12月30日には明石市の大蔵海岸を歩いていた4歳の女児が、人工砂浜の陥没による穴に落ちて生き埋めになり、明石市立市民病院に救急搬送されたが、意識が戻らないまま翌2002年5月26日に死亡した(明石砂浜陥没事故)。
浦井 洋(うらい よう、1927年11月8日 - 2015年… 浦井 洋(うらい よう、1927年11月8日 - 2015年4月30日)は、日本の政治家、医師。元衆議院議員(日本共産党公認、7期)・党兵庫県委員。 東神戸病院名誉院長、兵庫県民医連会長を歴任。 兵庫県神戸市出身。神戸医科大学(現・神戸大学医学部)卒業後、東神戸診療所長、東神戸病院院長をへて、1969年の第32回衆議院議員総選挙に兵庫県第1区(神戸市全域)から初当選。その後連続7選するものの、1990年の第39回衆議院議員総選挙で落選。 議員在任中はアスベスト問題や乳幼児医療費無料化などに取り組む。衆議院議員落選後は医療現場に戻り、港湾労働者への診療を行っていた。2015年4月30日、呼吸不全のため死去。
加藤 六月(かとう むつき、1926年〈大正15年〉6月17… 加藤 六月(かとう むつき、1926年〈大正15年〉6月17日 - 2006年〈平成18年〉2月28日)は、日本の政治家。 農林水産大臣(第10・20代)、国土庁長官(第11代)、北海道開発庁長官(第45代)、衆議院議員(11期)。 岡山県笠岡市出身。陸軍士官学校を経て1947年に姫路高等学校文科乙類卒業。 姫路高卒業後は笠岡市内の中学校、高等学校の教諭を務めた。日教組活動に熱中し、1949年には岡山県教組小田郡支部書記長に就任した。また青年団運動にも取り組んでいたが、国民協同党への接触を深める中で、1950年、のちに衆議院議長となる星島二郎と知り合い、秘書として仕えた。 1967年に自由民主党公認で星島の後継者として、旧岡山2区から立候補し、初当選(以降は11回連続で当選)。
瀬田 道弘(せだ みちひろ、1926年〈大正15年〉5月13… 瀬田 道弘(せだ みちひろ、1926年〈大正15年〉5月13日 - 2007年 〈平成19年〉 10月31日)は、日本の政治家。元奈良県香芝市長(1期)。位階は正六位。旭日双光章受章。 兵庫県神戸市出身。1948年〈昭和23年〉神戸工業専門学校(現・神戸大学工学部)卒。卒業後はミノルタカメラ(現・コニカミノルタ)に入社。財務部長、保険代行会社取締役などを務める。1992年〈平成4年〉香芝市長選挙に立候補し、当選する。1996年〈平成8年〉にも立候補し、再選を目指したが、落選した。2007年〈平成19年〉10月31日死去。死没日付をもって正六位に叙され、旭日双光章を受章した。
奥田 八二(おくだ はちじ、1920年11月1日 - 200… 奥田 八二(おくだ はちじ、1920年11月1日 - 2001年1月21日)は日本の政治家、社会学者。福岡県知事を3期12年にわたって務めた。九州大学名誉教授。 1920年(大正9年)、兵庫県で生まれる。龍野中学校、姫路高等学校 (旧制)を経て、1944年(昭和19年)に九州帝国大学(現・九州大学)法文学部を卒業し、九州大学で社会思想史の研究に取り組み教授に就任した。また、社会主義協会の発足や、炭鉱失業者の救済を目指した「黒い羽根運動」に参加した。1967年(昭和42年)の社会主義協会分裂では太田派に属し、知事退任後は『進歩と改革』(太田派『社会主義』後継誌)にたびたび寄稿した。 1983年(昭和58年)、当時の社会党や共産党の推薦を得て、自民党推薦の亀井光の5選を阻止すべく福岡県知事選に出馬した。
滝澤 義夫(たきざわ よしお、1917年(大正6年)9月23… 滝澤 義夫(たきざわ よしお、1917年(大正6年)9月23日 - 2003年(平成15年)6月4日)は、日本の政治家。岡山県倉敷市長。玉島市(現・倉敷市)長。位階は正五位。 岡山県浅口郡三和村(のち金光町、現・浅口市)出身。1942年、神戸高等工業学校(現・神戸大学工学部)卒。卒業後は石原産業海運(株)に入社、戦後は玉島町立玉島第一中学校(現・倉敷市立玉島東中学校)教諭となり、のち、水島機工(株)を設立し、社長となった。1955年、玉島市議会議員、1959年に玉島市長に当選した。市長は2期務め、1967年の倉敷市との合併に伴い、倉敷市助役に就任した。1979年、倉敷市長に当選。市長を3期務め、この間、全国市長会副会長を務めた。
武市 恭信(たけいち やすのぶ、1917年(大正6年)1月1… 武市 恭信(たけいち やすのぶ、1917年(大正6年)1月17日 - 2005年(平成17年)7月28日)は、日本の政治家。貞光町長(3期)、衆議院議員(1期)、徳島県知事(4期)を歴任した。 1917年1月17日、徳島県美馬郡貞光町(現在の同郡つるぎ町)に生まれる。旧制池田中学校、姫路高等学校を経て、京都帝国大学法学部卒業。 1947年より貞光町長を三期務めた後、1963年に衆議院議員に当選、1965年には徳島県知事に当選した。1965年10月9日から1981年10月4日の16年間、徳島県知事を務めた。1981年9月27日の第10回徳島県知事選挙には現職として立候補したが新人に敗れて徳島県知事を退任した。
玉置 猛夫(たまき たけお、1914年(大正3年)7月1日 … 玉置 猛夫(たまき たけお、1914年(大正3年)7月1日 – 2010年(平成22年)4月21日)は、昭和期の実業家、政治家。参議院議員(1期)。 香川県小豆郡草壁村(草壁町、内海町草壁本町を経て現小豆島町)で生まれる。1941年(昭和16年)神戸商業大学(現神戸大学)を卒業した。 1941年、日本銀行に入行。外国為替局、考査局、為替管理局などで勤務し、1960年(昭和35年)に退行した。 1960年11月の第29回衆議院議員総選挙に香川県第1区から無所属で出馬して落選し、以後1967年(昭和42年)1月の第31回総選挙まで2回連続で立候補したがいずれも落選。1968年(昭和43年)7月の第8回参議院議員通常選挙に全国区から自由民主党公認で出馬して当選し、参議院議員に1期在任した。
飯村 泉(いいむら いずみ、1908年〈明治41年〉5月26… 飯村 泉(いいむら いずみ、1908年〈明治41年〉5月26日 - 没年不明)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 茨城県東茨城郡小松村(のち常北町、現・城里町)出身。1927年、旧制水戸中学校を卒業。卒業後は官立神戸高等商船学校(のち神戸商船大学、神戸大学海事科学部を経て、現神戸大学海洋政策科学部)を経て、京都帝国大学卒。日刊油業報知新聞社員、東京都油脂配給協同組合職員、岩城興業(有)営業部長、東京都油脂配給統制組合秘書課長となる。 1946年の第22回衆議院議員総選挙で茨城県から無所属で立候補するが落選。翌1947年の第23回衆議院議員総選挙において茨城1区から民主党公認で立候補して当選した。
石井 廣治(いしい ひろじ、1906年2月20日 - 198… 石井 廣治(いしい ひろじ、1906年2月20日 - 1988年7月22日)は、昭和時代日本の実業家、政治家。タイヘイレコード(のち日本マーキュリー)代表取締役社長、兵庫県議会議員(3期)を務める。 神戸市出身。1930年(昭和5年)に灘区で合資会社六甲ゴム製造所を立ち上げる。1944年(昭和19年)、神戸経済大学経営経録第一講習所を卒業。 西宮市今津に所在し、戦時下でキングレコード改め富士音盤に接収されていた旧タイヘイレコードの工場を買い戻す受け皿として資本金400万円で新法人のタイヘイ音響株式会社を設立し、10年ぶりにレーベルを復活させる。1952年(昭和27年)にはアメリカ合衆国(米国)のマーキュリー・レコードと契約を結び、社名を「日本マーキュリー」へ変更した。
李 甲植(イ・ガプシク、朝鮮語: 이갑식、1904年2月10… 李 甲植(イ・ガプシク、朝鮮語: 이갑식、1904年2月10日 - 1972年7月8日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の実業家、政治家。第3・4代韓国国会議員。本貫は全州李氏。儒教の信者。 漢城府(現・ソウル特別市)または全羅南道求礼郡出身。釜山商校を経て1928年神戸高等商業学校(神戸商業大学を経て神戸大学)卒。朝鮮殖産銀行、株式取引所での勤務を経て、上海で酒精工場、三客商社を経営した。解放後に帰国し、中央庁財政部職員、朝鮮機械技術協会顧問、朝鮮機械製作所理事長、韓国機械工作連合会理事長、大韓伸鉄工業会理事長、韓国軍需産業促進会理事、自由党全羅南道党委員長・中央委員・選挙対策委員長・企画委員、第3代国会米穀輸出特別対策委員会委員長・商工分科委員長、第4代国会財政経済分科委員長を務めた。