野間 秀樹(のま ひでき、1953年2月 - )は、日本の言… 野間 秀樹(のま ひでき、1953年2月 - )は、日本の言語学者。専門は、言語論・朝鮮語学・日朝対照言語学・朝鮮語教育。東京外国語大学大学院教授、ソウル大学校韓国学研究所特別研究員、明治学院大学客員教授などを歴任。美術家としての顔も持つ。韓国・朝鮮と日本、双方の血を嗣ぐ。 1953年、福岡県生まれ。1971年3月、北海道小樽潮陵高等学校卒業。1977年3月、東京教育大学教育学部芸術学科構成専攻中退。 美術家として活動していたが、1983年4月、30歳で東京外国語大学外国語学部朝鮮語学科に入学。1987年3月、同卒業。1989年3月、同大学大学院外国語学研究科アジア第一言語専攻修士課程修了。 1991年4月、東京外国語大学外国語学部講師。
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池内 正幸(いけうち まさゆき、1949年 - )は、日本の… 池内 正幸(いけうち まさゆき、1949年 - )は、日本の言語学者、名古屋外国語大学教授。 新潟県高田市(現上越市)生まれ。1972年東京教育大学英文科卒、1976年同大学院博士課程英語学専攻単位取得後退学。2003年「叙述の修飾 ミニマリストアプローチ」で博士(文学)(東京都立大学)。マサチューセッツ工科大学言語学・哲学科、エディンバラ大学言語進化・計算研究ユニットにて客員研究員として研究に従事。愛知県立大学講師、上越教育大学助教授、教授、津田塾大学学長補佐(学務担当)・学芸学部英文学科教授を経て、名古屋外国語大学教授。生成文法が専門。
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犬飼 隆(いぬかい たかし、1948年(昭和23年)7月2日… 犬飼 隆(いぬかい たかし、1948年(昭和23年)7月2日 - )は、日本の日本語学者、元愛知県立大学教授。 愛知県名古屋市生まれ。1972年東京教育大学国文科卒、1977年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1977年より学習院女子短期大学専任講師・同助教授、1984年神戸大学助教授・同教授を経て、1996年より2014年まで愛知県立大学文学部(のち日本文化学部に改組)教授。1993年「上代文字言語の研究」で筑波大学博士(言語学)。木簡から古代日本語を再現する研究を行っている。
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小林 賢次(こばやし けんじ、1943年〈昭和18年〉8月2… 小林 賢次(こばやし けんじ、1943年〈昭和18年〉8月20日 - 2013年〈平成25年〉6月29日)は、日本の国語学者。学位は、文学博士((旧)東京都立大学・1999年)。(旧)東京都立大学名誉教授。 群馬県安中市生まれ、新潟県十日町市で育つ。1966年東京教育大学国文科卒、1970年同大学院文学研究科日本文学専攻博士課程中退、香川大学教育学部助手、1971年講師、1973年助教授、1978年新潟大学教育学部助教授、1981年上越教育大学助教授。1987年(旧)東京都立大学助教授、1991年教授。1999年「狂言台本を主資料とする中世語彙語法の研究」で(旧)東京都立大学より文学博士の学位を取得。
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湯沢 質幸(ゆざわ ただゆき、1943年 - )は、日本の言… 湯沢 質幸(ゆざわ ただゆき、1943年 - )は、日本の言語学者。専門は日本語史と日本における漢字・漢字音受容史。筑波大学名誉教授。1983年、佐伯国語学賞。 1943年、群馬県に生まれる。1971年、東京教育大学大学院文学研究科修士課程修了。1976年、山形大学助教授 1986年、筑波大学文芸言語学系助教授、1992年、筑波大学文芸言語学系教授、2004年、筑波大学大学院人文社会科学研究科教授、2007年、京都女子大学文学部教授。
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石川 光庸(いしかわ みつのぶ、1942年 - )は、日本の… 石川 光庸(いしかわ みつのぶ、1942年 - )は、日本のドイツ語学者、京都大学名誉教授。ゲルマン語学、独語専攻。 埼玉県生まれ。埼玉県立熊谷高等学校をへて、東京教育大学卒、慶應義塾大学大学院博士課程中退。 慶大助手をへて、商学部助教授。1976年京都大学教養部助教授、教授をへて、人間・環境学研究科教授。2008年定年退任、名誉教授。
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小池 清治(こいけ せいじ、1941年6月2日 - 2018… 小池 清治(こいけ せいじ、1941年6月2日 - 2018年4月5日)は、日本の日本語学者、宇都宮大学名誉教授。専門は日本語史、日本語文法。 東京都足立区生まれ。1964年、東京教育大学国語国文科卒。1971年、同大学院博士課程退学。同年、フェリス女学院大学専任講師となり、1974年に助教授。1976年、宇都宮大学教育学部助教授、1994年教授。1995年、同大学国際学部教授。2004年、定年退官、名誉教授。
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工藤 進(くどう すすむ、1940年 - )は、日本の南仏語… 工藤 進(くどう すすむ、1940年 - )は、日本の南仏語学者、明治学院大学教授。 秋田県生まれ。東京教育大学卒業(言語学)。同大学院博士課程中退(仏語・仏文学)。1966年から1968年までポワティエ大学留学(南仏語・フランス史)。明治学院大学文学部助教授、教授。リモージュ大学客員教授。1996年から、祖語研究に関するフランスとの共同研究誌『東西』(仏文・年刊)の共同編集者。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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野村 雅昭(のむら まさあき、1939年 - )は、日本の日… 野村 雅昭(のむら まさあき、1939年 - )は、日本の日本語学者、落語研究家。専門は日本語学(文字・語彙)、話芸の言語学的分析。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。1962年東京教育大学文学部卒。大学在学中の1966年、関東圏各大学の落語研究会の連合組織「全関東大学落語連盟」を結成した。都立高校教諭、国立国語研究所言語計量研究部長を経て、1974年佐伯梅友国語学賞受賞。1989年早稲田大学教授、文学学術院教授。2010年定年退任、名誉教授。NHK放送用語委員、日本語学会会長などを歴任。 JIS漢字コードの制定・改定に功績を持つ。
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北原 保雄(きたはら やすお、1936年8月4日 - 202… 北原 保雄(きたはら やすお、1936年8月4日 - 2024年2月22日)は、日本の国語学者・言語学者。位階は従三位。学位は文学博士(筑波大学・1981年)(学位論文「日本語助動詞の研究」)。筑波大学名誉教授・元学長。新潟産業大学名誉学長。独立行政法人日本学生支援機構元理事長、文化審議会委員(国語分科会会長)。 新潟県柏崎市出身。新潟県立柏崎高等学校、1960年、東京教育大学卒業。1968年、同大学大学院文学研究科国語学博士課程中退。東京都公立学校教員、和光大学講師、助教授を経て、1974年に筑波大学文芸・言語系助教授。1981年「日本語助動詞の研究」で筑波大学より文学博士の学位を取得。1984年に同大学教授に就任。
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峰岸 明(みねぎし あきら、1935年6月29日 - 201… 峰岸 明(みねぎし あきら、1935年6月29日 - 2012年6月23日)は、日本の国語学者。横浜国立大学名誉教授。 埼玉県出身。東京教育大学卒。妻は児童文学作家の安房直子。東洋大学助教授を経て、1984年、横浜国立大学教授。「平安時代古記録の国語学的研究」で、1986年、新村出賞、1987年、角川源義賞を受賞。1999年、定年退官、名誉教授。2012年6月23日、死去。
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下宮 忠雄(しもみや ただお、1935年3月7日 - )は、… 下宮 忠雄(しもみや ただお、1935年3月7日 - )は、日本の言語学者。ゲルマン語学・比較言語学分野を専門とし、学習院大学名誉教授。 東京都出身。1961年早稲田大学第二文学部卒業(英語文学)、1964年東京教育大学修士号(ゲルマン語学・比較言語学)取得。ボン大学、サラマンカ大学に留学。弘前大学講師、助教授、学習院大学助教授、教授を歴任し、現在、同名誉教授。
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鈴木 康之(すずき やすゆき、1934年3月 - 2022年… 鈴木 康之(すずき やすゆき、1934年3月 - 2022年10月)は、日本の言語学者、日本語学者。大東文化大学名誉教授。 1934年3月、現在の東京都大田区で誕生。東京都立大森高等学校を経て、東京教育大学文学部言語学科卒業。1969年4月より、大東文化大学(日本文学科)専任講師、その後、助教授。教授。2004年3月、定年退職。名誉教授。 東京教育大学在学中から民主主義科学者協会言語部会に参加し、同会の解体後は言語学研究会に入会、今日に至るまで、同会および教育科学研究会・国語部会の会員・指導者として活動している。現在、学習塾・数学教育研究会の国語科顧問。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
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中尾 俊夫(なかお としお、1934年2月13日 - 200… 中尾 俊夫(なかお としお、1934年2月13日 - 2000年5月13日)は、日本の言語学者、英語学者。 神奈川県横浜市生まれ。東京教育大学卒、1961年同大学院博士課程満期退学、1975年「後期中英語の強勢音韻論」で東京教育大学文学博士。宇都宮大学講師、助教授、津田塾大学助教授、教授。 2000年5月13日、肺癌のため死去。
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島田 昌彦(しまだ まさひこ、1932年11月24日-201… 島田 昌彦(しまだ まさひこ、1932年11月24日-2017年3月13日)は、日本の日本語学者。金沢大学名誉教授。日本語文法学専攻。 東京出身。東京教育大学大学院日本文学専攻博士課程中退。89年「国語における文の構造」で九州大学文学博士。金沢大学法文学部助教授、教授、98年定年退官、名誉教授、桜花学園大学教授。叙従四位、瑞宝中綬章追贈。
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島岡 丘(しまおか たかし、1932年9月7日 - 2024… 島岡 丘(しまおか たかし、1932年9月7日 - 2024年4月)は、日本の英語学者。筑波大学名誉教授。専門は英語教育・英語音声学。 奈良県奈良市生まれ、北海道旭川市育ち。1951年北海道旭川北高等学校卒業。1955年東京教育大学文学部英文科卒業。日本で初めてフルブライト奨学生(アメリカ)・ブリティッシュ・カウンシル奨学生(イギリス)の両方で留学を経験。サンフランシスコ大学、ロンドン大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、レディング大学に留学。1994年「中間言語の音声学:英語の「近似カナ表記システム」の確立と活用」で筑波大学より博士(言語学)の学位を取得。東京教育大学助教授、筑波大学教授。1994年定年退官、名誉教授となり、茨城キリスト教大学教授。
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川島淳夫(かわしま あつお、1932年6月10日- )は、日… 川島淳夫(かわしま あつお、1932年6月10日- )は、日本のドイツ語学者、獨協大学名誉教授。 茨城県鉾田市生まれ。1955年東京教育大学独語独文学科卒業、1961年同大学院修士課程修了。1966‐1968年ケルン大学留学。関西大学文学部助教授・東京教育大学文学部助教授・北海道大学文学部助教授、岩手大学教授・獨協大学教授、2003年定年、名誉教授。
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伊牟田 經久(伊牟田 経久、いむた つねひさ、1931年1月… 伊牟田 經久(伊牟田 経久、いむた つねひさ、1931年1月14日 - 2025年8月11日)は、日本の日本語学者、日本古典文学研究者。鹿児島大学名誉教授、志學館大学名誉教授。『蜻蛉日記』など平安期の国語国文学研究や、『大石兵六夢物語』など江戸時代の鹿児島文学の研究で知られ、鹿児島大学教育学部長、志學館大学文学部長、志學館大学学長を歴任した。 鹿児島県揖宿郡喜入村(後に揖宿郡喜入町、2004年鹿児島市へ編入)生まれ。1952年東京高等師範学校文科第二部(国語専攻)卒業。高等師範卒業後、鹿児島県指宿高等学校教諭を3年間務め、在職中に校歌を作詞。高校教諭を退職して東京教育大学(現筑波大学)文学部文学科国語国文学専攻3年次に編入学し、1957年3月に卒業。
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村田 勇三郎(むらた ゆうざぶろう、1930年(昭和5年)1… 村田 勇三郎(むらた ゆうざぶろう、1930年(昭和5年)12月14日 - 2010年(平成22年)11月26日)は、日本の英語学者。立教大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1953年東京教育大学英語学卒、1956年同大学院修士課程修了。高校教師をへて、1968年立教大学一般教育部講師、1970年助教授、1977年教授、1996年定年、名誉教授、大妻女子大学教授。1972年共著『文法論』で市河賞、1982年共著『英語学と英語教育』で大学英語教育学会賞受賞。英語語法文法学会名誉顧問、語学教育研究所参与。
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森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2… 森野 宗明(もりの むねあき、1930年(昭和5年) - 2022年(令和4年)[要出典])は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京教育大学国文科卒、同大学院博士課程単位取得退学。金沢大学教養部助教授、1968年青山学院女子短期大学助教授、筑波大学教授、1994年定年退官、名誉教授。旺文社の大学受験ラジオ講座を担当した。
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小松 英雄(こまつ ひでお、1929年8月2日 - 2022… 小松 英雄(こまつ ひでお、1929年8月2日 - 2022年2月20日)は、日本の国語学者。筑波大学名誉教授。文学博士。専門は日本語史。 東京生まれ。東京教育大学大学院修了。 (東京都以外は集中講義、※は複数年度) 宇都宮大学 愛媛大学 ※学習院大学 ※金沢大学 千葉大学 東京大学 ※東洋大学 名古屋大学 新潟大学 ※二松学舎大学 弘前大学 ※北海道大学(札幌校) ※山形大学 琉球大学 ※早稲田大学 (現在)※四国大学(大学院文学研究科日本文学書道文化専攻) 文献学的アプローチによる表現解析により、日本語古典文学における定説を覆すような新しい仮説の提案を数多く行なってきた。 平安前期の仮名文に独特の構文を「連接構文」と名づけた。
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小林 芳規(こばやし よしのり、1929年〈昭和4年〉3月2… 小林 芳規(こばやし よしのり、1929年〈昭和4年〉3月26日 - )は、日本の言語学者(国語学)。学位は、文学博士(東京教育大学・論文博士・1970年)(学位論文「平安鎌倉時代における漢籍訓読の国語史的研究」)。広島大学名誉教授。日本学士院賞・恩賜賞受賞。文化功労者。勲三等旭日中綬章受章。 東洋大学文学部助教授、広島大学文学部教授、徳島文理大学文学部教授などを歴任。 山梨県出身の国語学者である。角筆の文献による国語学の研究を行ったことで知られている。東京文理科大学を卒業後、東洋大学、広島大学、徳島文理大学にて教鞭を執った。1991年に日本学士院賞と恩賜賞を同時受賞し、2019年には文化功労者として顕彰された。
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奥津 敬一郎(おくつ けいいちろう、1926年〈大正15年〉… 奥津 敬一郎(おくつ けいいちろう、1926年〈大正15年〉8月6日 - 2017年〈平成29年〉9月8日)は、日本の言語学者。東京都立大学名誉教授。文学博士。 神奈川県横浜市出身。1950年に東京文理科大学哲学科卒、1955年に同大学院修了。 米国国務省外務研究所専任講師、1962年に国際基督教大学専任講師、助教授、教授をへて、1973年に東京都立大学教授、1987年に定年退官、名誉教授となり、日本女子大学文学部教授。1992年に神田外語大学教授。1999年に退任。 いわゆる「うなぎ文」という呼称を定着させた人物である。
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佐藤 喬(さとう たかし、1925年(大正14年)8月23日… 佐藤 喬(さとう たかし、1925年(大正14年)8月23日 - 2020年(令和2年)8月4日)は、日本の英語学者、慶應義塾大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京教育大学文学部卒業。1961 - 62年フルブライト奨学生としてミシガン大学に学ぶ。1964年慶應義塾大学法学部講師、70年助教授、75年教授、1990年定年退任、名誉教授、明海大学教授。日本英語教育研究所所長、日本国連協会理事。 2020年8月4日、脳梗塞のため東京都中野区の病院で死去、94歳没。
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川本 崇雄(かわもと たかお、1925年〈大正14年〉3月2… 川本 崇雄(かわもと たかお、1925年〈大正14年〉3月23日- 2020年〈令和2年〉2月8日)は、日本の言語学者、上越教育大学・創価大学名誉教授。 群馬県碓氷郡安中町(現・安中市)生まれ。東京高等師範学校を経て、東京文理科大学英文学科卒。群馬県立太田高等学校教諭、近畿大学講師、奈良教育大学助教授、上越教育大学教授、89年定年退官、名誉教授、創価大学教授、2000年退任、名誉教授。日本語について、アルタイ系の基層語の上に南島系言語が重なったと推定している。 2020年2月8日、肺炎のため八王子市内の病院にて死去。94歳没。叙従四位、瑞宝小綬章追贈。
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外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年〈大正12年〉11… 外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年〈大正12年〉11月3日 - 2020年〈令和2年〉7月30日)は、日本の英文学者、言語学者、評論家、エッセイスト。文学博士。お茶の水女子大学名誉教授。全日本家庭教育研究会元総裁。 東京文理大英文科卒。専門の英文学にとどまらず、言語学・修辞学・教育学などを広範に研究。言葉のまとまった意味は、視覚に認められる現象と同じような作用によると考えた『修辞的残像』(1961年)を出発点として、日本語の論理、読者論などに新説を出し続けた。『シェイクスピアと近代』(1977年)では、読者論を実践的に示した。また、『異本論』(1978年)、『古典論』(2001年)などでは、従来否定的に扱われてきた異本の積極的な機能を再評価した。
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郡司 利男(ぐんし としお、1923年 <大正12年> 3月… 郡司 利男(ぐんし としお、1923年 <大正12年> 3月10日 - 1999年 <平成11年> 10月4日)は、日本の英語学者、言語学者、言語文化研究者、翻訳家。明治学院大学教授、同・言語文化研究所所長、筑波大学教授、同・附属図書館長、獨協大学教授、鹿児島女子大学(現・志學館大学)教授、同・学長等を歴任した。筑波大学および獨協大学の名誉教授。位階は正五位。 本名の利男のほか、筆名として郡司 外史(ぐんし がいし)、俳号として酔眼(すいがん)を用いた。 1923年3月10日、鹿児島県囎唹郡志布志町(現・志布志市)に生まれる。 郵便局通信事務員を経て、1943年、中央大学第二予科(英法)に入学するが翌1944年除籍。
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荒木 一雄(あらき かずお、1921年6月8日 - 2013… 荒木 一雄(あらき かずお、1921年6月8日 - 2013年1月17日)は、日本の英語学者。学位は、文学博士(東京教育大学・1967年)。名古屋大学名誉教授。 鳥取市出身。1944年東京文理科大学卒。鳥取大学講師、大阪市立大学講師、助教授、1967年「A study of Shakespeare’s use of simple relative pronouns」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。1969年名古屋大学文学部教授、1970年文学部長、1985年定年退官、名誉教授、甲南大学教授、京都外国語大学教授。1997年退職。同年勲二等瑞宝章受章。
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高梨 健吉(たかなし けんきち、1919年(大正8年)11月… 高梨 健吉(たかなし けんきち、1919年(大正8年)11月24日 - 2010年(平成22年)3月20日)は、日本の英語学者。慶應義塾大学名誉教授。日本英学史学会第4代会長。 山形県生まれ。昭和18年東京文理科大学英文科卒業。戦後の1950年(昭和25年)にコロンビア大学留学。 慶應大教授を長年務め、美誠社から出版された高校生向けの英語学習参考書を始め、多くの著訳書を著した。バジル・ホール・チェンバレン『日本事物誌』を初めて訳し、日本英学史を研究紹介した。1984年(昭和59年)に定年退職し名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 19… 竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 1985年12月10日)は、日本の国文学者・国語学者。香川大学名誉教授。 京都府亀岡市出身。京都府師範学校、東京高等師範学校卒、1945年9月東京文理科大学国文科卒。1967年「富士谷成章の学説についての研究」で東京教育大学文学博士。 京都府第三中学校教諭、京都府立亀岡高等学校教諭、香川大学学芸学部助教授、1969年教育学部教授、1982年定年退官、名誉教授、大谷女子大学教授。子に考古学者の竹岡俊樹がいる。
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江川泰一郎(えがわ たいいちろう、1918年10月26日-2… 江川泰一郎(えがわ たいいちろう、1918年10月26日-2006年6月3日)は、日本の英語学者。 東京生まれ。1941年東京文理科大学英語英文科卒。小樽中学校教諭、1942年兵役、1947年復員、東京第一師範学校教官、1950年-1951年コロンビア大学大学院修士課程修了、1951年東京学芸大学助教授、1967年教授、1982年定年退官、名誉教授、日本大学教授、1988年定年退職。1992年春、勲三等旭日中綬章受勲。『英文法解説』など、大学受験の参考書としてよく用いられた。
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牛島 徳次(うしじま とくじ、1918年10月5日 - 19… 牛島 徳次(うしじま とくじ、1918年10月5日 - 1999年3月1日)は、日本の中国語学者。筑波大学名誉教授。 東京生まれ。1941年東京文理科大学漢文学科卒、栃木県立栃木中学校赴任、同年召集、少尉として豊橋連隊に入る。敗戦後復職、京都帝国大学で倉石武四郎に師事し研究。1946年東京高等師範学校に赴任、のち東京教育大学教授、1966年「古代漢語文法論」で東北大学文学博士。1977年筑波大学教授、1982年定年退官し、名誉教授となり、大東文化大学教授、文教大学教授を務め、1993年退職。
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太田 朗(おおた あきら、1917年7月21日 - 2015… 太田 朗(おおた あきら、1917年7月21日 - 2015年12月31日)は、日本の英語学者、言語学者。東京教育大学名誉教授。神奈川県横須賀市生れ。 1950年代以降活発な研究活動を行なった。アメリカ構造主義および生成文法の影響下での業績が多い。
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中田 祝夫(なかだ のりお、1915年11月30日 - 20… 中田 祝夫(なかだ のりお、1915年11月30日 - 2010年4月13日)は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 奈良県奈良市生まれ。東京文理科大学卒業。1958年「古点本の国語学的研究総論編」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。戦後、東京教育大学教授、筑波大学教授、1980年定年退官、名誉教授、愛知大学教授。1986年退職。1989年春、勲三等旭日中綬章受勲。 2010年、心不全のため94歳で死去。 漢文古訓点の権威で、『古語大辞典』編纂のほか、『日本霊異記』の全訳などで知られるが、専門は古辞書で、節用集諸本の影印作成、索引作成を行った。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
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熊沢 龍(くまざわ りゅう、1901年2月3日 - 1974… 熊沢 龍(くまざわ りゅう、1901年2月3日 - 1974年2月28日)は、昭和時代の言語学者、国語教育者。東京教育大学名誉教授、東京成徳短期大学学長、日本国語教育学会理事長を務めた。位階および勲等は正三位・勲三等。 東京府南多摩郡忠生村大字上小山田(現在の東京都町田市常盤町)の寺子屋師匠である斎藤楓山の長男として生まれる。後に熊沢家の養子となる。父は1873年、現在の小山田小学校の前身である有隣学舎の訓導となった。1908年5月、病気のため辞職し同年12月17日に没したが、村民の教育のために一生を捧げた。祖父は本山派修験の持宝院不動尊の山主であった阿闍梨芳山。 東京文理科大学文学科を1932年に卒業後、同大学の研究科に入り、1934年に助手となる。
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