スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大友 克之(おおとも かつゆき、1966年 - )は、日本の… 大友 克之(おおとも かつゆき、1966年 - )は、日本の医学者、教育者。医学博士。専門は整形外科学。朝日大学学長。 東京都の医師の家庭に生まれた。父は外科医、母の実家は産婦人科を開業。母方曾祖父の山田清は医師で、衆議院議員。兄の義之は小児科医。妻は、明海大学、朝日大学の理事長を務めた宮田侑の長女で歯科医師。 成蹊小学校、成蹊中学・高等学校を経て、1991年昭和大学医学部を卒業。医師免許証下附。1991年、順天堂大学整形外科学教室に入局。1993年から1995年まで国立がんセンター(現在の国立がん研究センター)中央病院整形外科、放射線診断部(核医学)にて研修。 1997年3月、順天堂大学大学院医学研究科修了。
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小田 宏信(おだ ひろのぶ、1966年 - )は、日本の人文… 小田 宏信(おだ ひろのぶ、1966年 - )は、日本の人文地理学、経済地理学研究者、成蹊大学教授。専門は、工業地理学。 東京都生まれ。成蹊中学校・高等学校を経て、1989年に立命館大学文学部地理学科を卒業し、筑波大学大学院地球科学研究科(地理学・水文学)に学ぶ。 1995年に豊田短期大学講師(専任)となり、改組に伴い1998年に桜花学園大学人文学部講師となったが、翌1999年には筑波大学地球科学系講師に転じた。この間、1996年には、「The Locational Dynamics of the Small and Medium-Sized Machinery Industry during the Technological Innovation: A Case Study of the Mold Manufacturing Industry in the Kanto Region, Japan(技術革新下における中小機械工業の立地動態 -関東地方の金型製造業を事例にして)」により、筑波大学より博士(理学)の学位を取得した。
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稲葉 振一郎(いなば しんいちろう、1963年11月6日 -… 稲葉 振一郎(いなば しんいちろう、1963年11月6日 - )は、日本の社会学者。専門は社会倫理学。明治学院大学社会学部教授。 東京都出身。成蹊高等学校を経て、1986年一橋大学社会学部卒、1992年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 岡山大学経済学部講師、助教授、モナシュ大学日本研究センター客員研究員を経て、2001年明治学院大学社会学部助教授、2005年教授。
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町村 泰貴(まちむら やすたか、1960年3月14日 - )… 町村 泰貴(まちむら やすたか、1960年3月14日 - )は、日本の法学者。専門は、民事手続法・サイバー法・フランス法。学位は法学修士。成城大学教授。神奈川大学非常勤講師。 曾祖父は町村金弥、祖父に町村敬貴、父は町村泰男、息子に指揮者・声楽家・お笑い芸人の町村彰がいる。また大叔父に町村金五、その息子で政治家であった町村信孝も親族にあたる、まちむら農場の創業者一族の一人。 東京都出身。私立成蹊中学校・高等学校卒業後、1979年4月に北海道大学法学部に進学し、1984年3月に卒業した。同年4月から北海道大学大学院法学研究科へ進んだ後、修士課程を修了し、1987年3月まで在籍した。 同年4月から同大学の法学部にて助手を務める。
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倉茂 好匡(くらしげ よしまさ、1958年12月14日 - … 倉茂 好匡(くらしげ よしまさ、1958年12月14日 - )は、日本の地球物理学者。公立大学法人滋賀県立大学理事・副学長。元日本地形学連合会長。 1981年、北海道大学理学部地球物理学科卒業。 1983年、成蹊中学・高等学校教諭。 1992年、北海道大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了、理学博士、北海道大学大学院環境科学研究科助手。 1993年、北海道大学大学院地球環境科学研究科助手。 1998年、滋賀県立大学環境科学部環境生態学科助教授。 2005年、滋賀県立大学環境科学部環境生態学科教授。 2007年、日本学術会議地球惑星科学委員会委員。 2015年、日本地形学連合会長。のち、公立大学法人滋賀県立大学理事(教育・学生支援担当)・副学長。
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竹中 俊子(たけなか としこ、1958年 - )は、アメリカ… 竹中 俊子(たけなか としこ、1958年 - )は、アメリカ合衆国在住の国際知的財産学者、法学者。ワシントン大学(UW)ロースクール教授・比較法学博士(Ph.D.)。外国弁護士(ニューヨーク州弁護士)・弁理士。ストラスブール大学およびミュンヘン工科大学(TUM)客員教授。慶應義塾大学大学院法務研究科元教授。早稲田大学大学院法務研究科元客員教授。大阪工業大学知的財産専門職大学院客員教授。内閣府知財戦略本部構想委員会委員。特許庁産業構造審議会知的財産分科会委員。TMI総合法律事務所客員米国弁護士。 専門は、国際知的財産法(特にアメリカ・ヨーロッパ)、特許法、比較法学。
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坂 茂(ばん しげる、1957年〈昭和32年〉8月5日 - … 坂 茂(ばん しげる、1957年〈昭和32年〉8月5日 - )は、日本の建築家、芝浦工業大学特別招聘教授。日本建築家協会名誉会員。ニューヨーク州登録建築士。日本芸術院会員。文化功労者。 アメリカで建築を学び、紙管、コンテナなどを利用した建築や災害支援活動で知られる。2014年には建築分野の国際的な賞であるプリツカー賞を受け、フランス芸術文化勲章コマンドゥールを贈られた。2017年に紫綬褒章を受章、また日本人として初めてマザー・テレサ社会正義賞(英語版)を受賞している。 1957年8月、会社員の父と服飾デザイナーの母のもとに東京都で生まれる。成蹊小学校時代からラグビーを始め、高校では近鉄花園ラグビー場で全国大会にも出場(1975年)。
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根村 亮(ねむら りょう、1957年 - )は思想史家。専門… 根村 亮(ねむら りょう、1957年 - )は思想史家。専門はロシア思想史。新潟工科大学工学部教養系教授。 1957年、作家で英文学者の丸谷才一と演劇評論家の根村絢子の長男として東京に生まれた。成蹊高等学校を経て、1983年、横浜国立大学経済学部国際経済学科を卒業。一橋大学大学院社会学研究科に進んで、中村喜和に師事した。修士課程修了後、1992年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程を単位取得満期退学。 その後は、1992年から1993年まで一橋大学助手。1995年から新潟工科大学工学部物質生物システム工学科助教授。2010年に新潟工科大学工学部教養系教授に昇進。
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宮村 一夫(みやむら かずお、1956年〈昭和31年〉8月2… 宮村 一夫(みやむら かずお、1956年〈昭和31年〉8月2日 - )は、日本の化学者、随筆家、全国通訳案内士。専門は分析化学・錯体化学。学位は工学博士(東京大学・論文博士・1989年)(学位論文「平面正方形型銅(2)及びニッケル(2)錯体の立体化学的研究」)。吉川貞雄門下。東京理科大学名誉教授。 元東京理科大学理学部第一部学部長兼大学院理学研究科長、大学院総合科学研究科幹事、東京理科大学評議員。日本化学会理事、化学遺産委員長(第2代)。その他、東京大学・早稲田大学講師、日本分析化学会副会長・理事、日本鉄鋼協会理事、日本分光学会理事、法務省司法試験予備試験考査委員・大学入試センター試験作問委員を歴任した。
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岩井 奉信(いわい ともあき、1950年8月10日 - )は… 岩井 奉信(いわい ともあき、1950年8月10日 - )は、日本の政治学者。専門は、政治学、現代日本政治、立法過程に関する研究。日本大学名誉教授。武蔵野大学客員教授・21世紀臨調委員・社会経済生産性本部評議員・政策研究フォーラム理事・BS日本番組審議会委員を歴任。 東京都出身。成蹊中学校・高等学校を経て、1976年(昭和51年)日本大学法学部法律学科卒業。1981年(昭和56年)慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。 1981年慶應義塾大学新聞研究所非常勤講師、1983年常磐大学人間科学部専任講師、1987年常磐大学人間科学部助教授を経て、1992年(平成4年)常磐大学人間科学部教授。
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寺崎 修(てらさき おさむ、1945年12月24日 -202… 寺崎 修(てらさき おさむ、1945年12月24日 -2022年12月3日)は、日本の歴史学者・政治学者。専攻は、日本政治史・日本政治思想史。学位は、法学博士(慶應義塾大学・論文博士・1987年)。慶應義塾大学名誉教授。武蔵野大学元学長。 世田谷区立烏山北小学校、成蹊中学校・高等学校、1968年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1970年同大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。1987年慶應義塾大学より法学博士の学位を取得。 1977年中部女子短期大学専任講師。1978年駒澤大学法学部専任講師、1982年助教授、1988年教授。1997年慶應義塾大学法学部教授、2008年名誉教授。同年武蔵野大学学長、2016年退任。
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上杉 邦憲(うえすぎ くにのり、1943年(昭和18年)4月… 上杉 邦憲(うえすぎ くにのり、1943年(昭和18年)4月18日 - 2025年(令和7年)12月12日)は、日本の宇宙工学者。専門は、宇宙航行力学・システム工学。学位は、工学博士(東京大学・1977年)(学位論文「Optimum low-thrust multiple rendezvous(低推力による多数回ランデヴーの最適化に関する研究)」)。東京大学宇宙航空研究所助教授・文部省宇宙科学研究所教授・宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部教授などを歴任。上杉氏第32代当主。山形県生まれ。 上杉隆憲・敏子夫妻の長男で、旧米沢藩主上杉家の17代当主にあたる(山内上杉家では32代目)。また、母・敏子は徳川宗家17代当主・徳川家正と、最後の薩摩藩主・島津忠義の娘・正子の次女である。
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竹谷 靱負(たけや ゆきえ、本名:竹谷 誠(たけや まこと)… 竹谷 靱負(たけや ゆきえ、本名:竹谷 誠(たけや まこと)、1941年11月2日 - 2025年2月19日)は、日本の富士山文化の研究者、富士信仰の研究者、元教育情報工学者。理学博士。拓殖大学名誉教授、富士山御師の末裔。富士山文化研究会会長、富士学会理事などを務める。東京都武蔵野市出身。 1941年(昭和16年)11月2日、富士山北口の御師(山梨県富士吉田市)である竹谷家の長子として誕生。父親は出生前に出征、戦死、母親の生家である東京武蔵野市で育つ。 成蹊高等学校を卒業後、早稲田大学理工学部応用物理学科に入学、1967年(昭和42年)早稲田大学大学院理工学研究科応用物理学専攻修士課程修了、同年より日本電気株式会社(NEC)中央研究所勤務。
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黒川 洸(くろかわ たけし、1941年7月15日 - 202… 黒川 洸(くろかわ たけし、1941年7月15日 - 2023年9月13日)は、日本の都市工学者。工学博士。東京工業大学名誉教授、筑波大学名誉教授。専攻は交通計画、都市計画など。曾祖父(祖母の父)は男爵の黒川通軌。祖父は元大邱覆審法院検事長の黒川譲。父は元司法省次官で男爵の黒川渉。兄は医学者で東京大学名誉教授の黒川清。外叔父(母の弟)は教育心理学者の続有恒。 東京都出身。成蹊中学校・高等学校を経て、1964年東京大学工学部土木工学科卒業。1970年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。同年建設省に入省。建築研究所都市施設研究室長、筑波大学社会工学系助教授、同教授、東京工業大学大学院教授、早稲田大学大学院客員教授、同理工学総合研究センター客員教授を歴任。
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柳澤 榮司(やなぎさわ えいじ、1939年 - )は、日本の… 柳澤 榮司(やなぎさわ えいじ、1939年 - )は、日本の土木工学者。東北大学名誉教授。元八戸工業高等専門学校校長。土木学会論文賞等受賞。 群馬県安中市出身。成蹊高等学校を経て、1963年東北大学工学部土木工学科卒業。1965年東北大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。1968年東北大学大学院工学研究科土木工学専攻博士課程科目修了。1971年東北大学講師、東北大学工学博士。1973年東北大学助教授。1981年東北大学教授。1990年土質工学会功労賞受賞。1996年地盤工学会東北支部長。1997年原子力安全功労者表彰受賞。2000年八戸工業高等専門学校校長、東北大学名誉教授。同年土木学会論文賞受賞。
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美濃口武雄(みのぐち たけお、1937年7月26日 - 20… 美濃口武雄(みのぐち たけお、1937年7月26日 - 2021年8月28日)は、日本の経済学史学者。一橋大学名誉教授。 東京市中野区で美濃口時次郎の長男として生まれる。成蹊中学校・高等学校を経て、1962年一橋大学経済学部卒(中山伊知郎ゼミ)、1967年同大学院博士課程単位取得退学(師は荒憲治郎)、一橋大学経済学部専任講師、1969年オックスフォード大学留学(ブリティッシュ・カウンシル・スカラー)、1971年助教授、1978年教授。2001年定年退任、名誉教授となり、関東学院大学教授、富士大学大学院初代研究科長を務めた。 指導学生に蜂谷豊彦一橋大学教授、池尾愛子早稲田大学教授、小峯敦法政大学教授、大熊英司元テレビ朝日アナウンサーなど。
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黒川 清(くろかわ きよし、1936年9月11日 - )は、… 黒川 清(くろかわ きよし、1936年9月11日 - )は、日本の医学者(内科学・腎臓学・医療政策・科学政策)。 勲等は旭日重光章。学位は医学博士(東京大学・1967年)。東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授、東海大学特別栄誉教授、World Dementia Council副議長、特定非営利活動法人日本医療政策機構代表理事。 東海大学医学部学部長(第3代)、東海大学総合医学研究所所長、日本学術会議会長(第22・23代)、内閣特別顧問などを歴任した。 弟は都市工学者で東京工業大学・筑波大学名誉教授の黒川洸。叔父(母の弟)は教育心理学者の続有恒。 1955年に成蹊高等学校を卒業し、1962年に東京大学医学部を卒業した。
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原 道生(はら みちお、1936年(昭和11年)5月9日 -… 原 道生(はら みちお、1936年(昭和11年)5月9日 - 2023年11月23日)は、日本近世演劇研究者、明治大学名誉教授。 東京生まれ。1955年成蹊高等学校卒業、1960年東京大学文学部国文科卒、1966年同大学院博士課程単位取得満期退学、東京大学文学部助手。1971年横浜市立大学文理学部助教授、1981年明治大学文学部教授。2005年同図書館長。2007年定年退職、名誉教授。歌舞伎学会会長、義太夫協会代表理事などを務めた。 2014年第46回河竹賞、第36回角川源義賞受賞。2016年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 2023年11月23日、誤嚥性肺炎のため東京都の病院で死去。87歳没。
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清水 義明(しみず よしあき、1936年2月27日 - 20… 清水 義明(しみず よしあき、1936年2月27日 - 2021年2月20日 )は、日本の美術史学者。プリンストン大学名誉教授。専門は美術史・考古学で、日本美術史の第一人者。 1936年、東京都生まれ。 成蹊高校よりアメリカ合衆国ニューハンプシャー州・セントポールズ校へ留学し、同校卒業。 1963年、ハーバード大学卒業。1968年、カンザス大学大学院より修士号取得(中国絵画研究専攻)。1971年、プリンストン大学大学院より修士号取得(日本美術・考古学専攻)。1974年、 プリンストン大学大学院より博士号取得(日本美術・考古学専攻)。 1974年から1975年までプリンストン大学・美術史考古学科講師、1975年から1979年にカリフォルニア大学バークレー校・美術史科助教授を経て準教授、1979年から1984年までスミソニアン研究所・フリーア美術館の日本美術担当キュレーター、1984年から1992年までプリンストン大学・美術史考古学科教授を務め、1992年2月より、プリンストン大学・美術史考古学科マーカンド名誉教授となった。
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坂部 恵(さかべ めぐみ、男性、1936年2月11日 - 2… 坂部 恵(さかべ めぐみ、男性、1936年2月11日 - 2009年6月3日)は、日本の哲学者。東京大学名誉教授。九条の会賛同人。 神奈川県生まれ。成蹊小学校、成蹊中学校・高等学校卒業。1959年、東京大学文学部哲学科卒業。1965年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。 1965年より國學院大學専任講師、ついで(旧)東京都立大学助教授、東京大学文学部哲学科助教授、教授。1997年の定年退官後は桜美林大学教授を務めた。 イマヌエル・カント、和辻哲郎、九鬼周造を研究対象とし、1976年、和辻の「面とペルソナ」を出発点とした『仮面の解釈学』で哲学奨励山崎賞受賞。1986年、『和辻哲郎』でサントリー学芸賞受賞。
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城戸 毅(きど たけし、1935年(昭和10年)2月4日 -… 城戸 毅(きど たけし、1935年(昭和10年)2月4日 - )は、西洋史学者、東京大学名誉教授。 東京出身。1958年(昭和33年)、東京大学文学部西洋史学科を卒業。東京大学大学院人文科学研究科西洋史学に進学後イギリスに留学。1966年(昭和41年)にロンドン大学にて歴史学博士号を取得し、東京大学博士課程を単位取得満期退学。
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入江 昭(いりえ あきら、Akira Irie、1934年1… 入江 昭(いりえ あきら、Akira Irie、1934年10月20日 - 2026年1月27日)は、日本出身のアメリカ合衆国の国際政治学者。ハーバード大学名誉教授。専攻はアメリカ外交史。1988年の一年間、日系アメリカ人として初めてアメリカ歴史学会会長を務めた。 東京都生まれ。成蹊高校卒業後、1953年 財団法人グルー基金奨学生として渡米。1957年ハヴァフォード・カレッジ卒業、1961年ハーバード大学大学院歴史学部を修了しPh.D.取得。 1961年ハーバード大学講師、カリフォルニア大学サンタクルーズ校助教授、1968年ロチェスター大学准教授、1969年シカゴ大学歴史学部准教授、1971年同教授、1989年ハーバード大学歴史学部教授、同大歴史学部学部長、早稲田大学、立命館大学、関西大学客員教授を歴任。
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速水 格(はやみ いたる、1933年7月5日 - 2013年… 速水 格(はやみ いたる、1933年7月5日 - 2013年5月27日)は、日本の地球科学者。専門は古生物学。学位は、理学博士(東京大学・1961年)(学位論文「本邦におけるジュラ紀層位学 : 特に斧足類動物群について」)。東京大学名誉教授。従四位瑞宝小綬章受章。 1933年、東京生まれ。1952年、成蹊高等学校卒業。1956年、東京大学理学部地学科地質学鉱物学課程卒業。1961年、同大学院数物系研究科地質学専門課程博士課程修了、理学博士の学位を取得。博士論文の題は「本邦におけるジュラ紀層位学 : 特に斧足類動物群について」。 1962年より九州大学理学部助手。1973年、東京大学総合研究資料館助教授。
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秋元 律郎(あきもと りつお、1931年〈昭和6年〉7月8日… 秋元 律郎(あきもと りつお、1931年〈昭和6年〉7月8日 - 2004年〈平成16年〉6月28日 )は、日本の社会学者。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。旧制成蹊高等学校、成蹊大学政治経済学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科社会学専攻単位取得退学、79年「日本社会学史 形成過程と思想構造」で文学博士の学位を取得。早稲田大学文学部助教授、教授、2002年定年退任、名誉教授、大妻女子大学人間関係学部教授、放送大学客員教授。早大時代の教え子には、犬飼裕一(社会学者)田中伯知(社会学者)などがいる。2004年6月28日午後10時25分、肺がんのため埼玉県入間市の病院で死去した。
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後藤 英一(ごとう えいいち、1931年1月26日 - 20… 後藤 英一(ごとう えいいち、1931年1月26日 - 2005年6月12日)は、日本の物理学者・計算機科学者。東京大学名誉教授。 磁気による論理演算回路素子のパラメトロンを発明。数式処理の分野でも業績を上げる。紫綬褒章受章。 理化学研究所では特許を100近く出願したという。理研の物理学部門では特許収入が首位との事である。さまざまな原理は勉強したが、その原理がコンピュータにどう使われているかは勉強しなかったと語る。 これらの研究業績により1989年4月に紫綬褒章を受章した他、多数の受賞歴がある。ただし後藤自身は「半導体製造のための貢献で紫綬褒章をもらったが、半導体のために仕事をした事なんてない(笑)」と語る。
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光岡 知足(みつおか ともたり、1930年(昭和5年)1月4… 光岡 知足(みつおか ともたり、1930年(昭和5年)1月4日 - 2020年(令和2年) 12月29日)は、日本の農学博士・微生物学者である。 腸内フローラの系統的研究により「腸内細菌学」という新しい学問を世界に先駆けて樹立した同分野のパイオニアである。腸内フローラと宿主とのかかわりを提唱し、腸内環境のバランスがヒトの健康・病態を左右すると指摘した。また腸内フローラの研究から生まれた機能性食品の開発・評価に関する分野の業績も高く評価されている。 2007年5月17日、発酵乳、乳酸菌、腸内細菌などの研究で優れた研究業績を挙げた科学者に贈られる世界最高峰の国際賞のメチニコフ賞を受賞した。 東京大学農学部獣医学科卒業。
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秋元 勇巳(あきもと ゆうみ、1929年3月14日 - 20… 秋元 勇巳(あきもと ゆうみ、1929年3月14日 - 2025年7月13日)は、日本の経営者、理学博士。三菱マテリアル社長を務めた。 東京都出身。海軍兵学校(77期)、旧制成蹊高等学校(理甲)を経て、1951年に東京文理科大学理学部化学科を卒業。1954年に同大学院研究科を修了し、同年に三菱金属鉱業に入社した。1978年6月に取締役に就任し、1981年6月に常務、1986年1月に専務、1992年6月に副社長を経て、1994年6月に社長に就任。2000年6月に会長に就任し、2003年6月に取締役相談役を経て、2004年6月には名誉顧問に就任。1997年11月に藍綬褒章を受章し、2013年11月に旭日重光章を受章した。
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津末 昭生(つすえ あきお、1928年9月24日 - 199… 津末 昭生(つすえ あきお、1928年9月24日 - 1995年6月10日)は、日本の地球科学者。専門は鉱床学。熊本大学教授。東京都港区出身。祖父は衆院議員の津末良介。 成蹊高等学校から東京大学へ入学。1954年、理学部地学科(地質学課程)を卒業。鉱床学の渡辺武男教授の指導を受けて大学院に進み、1960年、博士課程を修了(理学博士)、「岩手県釜石鉱山地方の接触交代型鉄、銅鉱床について 」。 理学部地質学教室助手となる。ただちに米国のコロンビア大学・プリンストン大学に留学し、1963年復職。 1970年、熊本大学理学部助教授、1973年、教授となる。1994年、停年退官。この間、1990年から1992年は理学部長を務める。
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西原 春夫(にしはら はるお、1928年3月13日 - 20… 西原 春夫(にしはら はるお、1928年3月13日 - 2023年1月26日)は、日本の法学者。位階は従三位。専門は刑法。早稲田大学名誉教授。法学博士(早稲田大学)。東京都出身。 東京都武蔵野市吉祥寺出身。1941年成蹊小学校卒業、1948年旧制成蹊高等学校卒業。1949年に早稲田大学第一法学部(3年次)に入学する。1951年に同学部を卒業。1951年同大学大学院法学研究科修士課程に入学し齊藤金作教授に師事する。同大学副手就任。1953年に同研究科博士課程入学後、同大学助手に就任する。1956年に同研究科博士課程を修了。 1959年早稲田大学専任講師、1962年同大学助教授、1967年同大学教授。
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埴原 和郎(はにはら かずろう、1927年〈昭和2年〉8月1… 埴原 和郎(はにはら かずろう、1927年〈昭和2年〉8月17日 - 2004年〈平成16年〉10月10日)は、日本の自然人類学者。東京大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。 1927年、福岡県北九州市で生まれた。明星中学校、旧制成蹊高等学校を経て、東京大学理学部人類学科に進学した。同大学大学院(旧制)を修了。1958年、学位論文『日本人及び日米混血児乳歯の研究』を東京大学に提出して理学博士号を取得。 1958年、札幌医科大学法医学教室助教授に就いた。1972年、東京大学理学部人類学教室教授となった。1984年からは東京大学総合研究資料館館長を兼任(1985年まで)。1987年に国際日本文化研究センター教授となり、同年は東京大学教授も兼任した。
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野田 一夫(のだ かずお、1927年6月22日 - 2022… 野田 一夫(のだ かずお、1927年6月22日 - 2022年9月3日)は、日本の経営学者、事業家。一般財団法人日本総合研究所名誉会長、一般財団法人社会開発研究センター名誉会長、一般社団法人全国経営者団体連合会会長、一般社団法人日本マネジメントスクール会長、一般財団法人日本教育推進財団最高顧問、多摩大学名誉学長、事業構想大学院大学名誉学長、グロービス経営大学院大学理事。 立教大学教授、マサチューセッツ工科大学ポストドクトラル・フェロー、ハーバード大学フェロー、一般財団法人日本総合研究所初代所長、一般社団法人ニュービジネス協議会初代理事長、多摩大学初代学長、宮城大学初代学長、事業構想大学院大学初代学長などを歴任した。
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坂本 藤良(さかもと ふじよし、1926年11月5日 - 1… 坂本 藤良(さかもと ふじよし、1926年11月5日 - 1986年9月15日)は、日本の経営学者、評論家。理論の底流にヒューマニズム。 東京市下谷区(現、台東区)生まれ。旧制成蹊高等学校の理科・文科を経て、1951年、東京大学経済学部卒業。同年4月より大学院特別給付研究生。日本の正統派経営学の祖である、馬場敬治教授の唯一の門下生となる。1954年の『経営学における原価理論-序説1』に始まる一連の論文でコスト論を展開し、国民所得からソシアル・コスト(公害等)を控除しなければ、真の意味での国民所得ではないのではないか、と示唆している。1956年、特別給付研究生修了。 1957年、慶應義塾大学商学部の設立に参画し、『経営通論』の講義を担当した。
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小倉 保己(おぐら やすみ、1925年(大正14年)- 20… 小倉 保己(おぐら やすみ、1925年(大正14年)- 2013年(平成25年)5月27日)は、日本の歯学者・医学者・薬理学者。専門は、歯科薬理学。医学博士(千葉大学・論文博士・1959年)。石巻専修大学第2代学長。東北大学名誉教授。学校法人専修大学元顧問。小倉隅仙の号で書家としても活動。 東京市浅草区にて出生。旧制・成蹊高等学校(理科甲類)卒業。 1946年千葉医科大学医学部卒業し、千葉医科大学医学部薬理学教室(小林龍男教授)助手。その後、パリ大学医学部留学(Jean CHEYMOL教授に師事)、千葉大学医学部講師、同大学腐敗研究所助教授を経て、東北大学歯学部教授。フグ毒研究の権威。同歯学部長を務めた後、1988年東北大学停年退官。
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田村 學造(たむら がくぞう、1924年(大正13年)8月2… 田村 學造(たむら がくぞう、1924年(大正13年)8月20日 - 2002年(平成14年)12月14日)は日本の農芸化学者、微生物学者。農学博士、東京大学名誉教授、文化功労者。 父・憲造、母・要子の次男として生まれる。憲造は東京帝国大学医学部教授でカンフルやジギタリスといった強心剤の研究で知られており、親子2代で学士院賞を受賞し、学士院会員に推挙されている。兄・善蔵も東京大学薬学部教授という学者一族である。學造は成蹊高等学校を経て、東京帝国大学農学部農芸化学科に進学し、発酵学講座にて坂口謹一郎教授の指導を受ける。卒業後しばらく農林省水産試験場の嘱託をしていたが、1949年に坂口の下で助手に採用され、1959年には坂口の後任となった有馬啓教授のもとで助教授となった。
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増渕 興一(ますぶち こういち、1924年〈大正13年〉1月… 増渕 興一(ますぶち こういち、1924年〈大正13年〉1月11日 - 2016年〈平成28年〉4月1日)は、日本の溶接研究者、工学者。アメリカ合衆国・マサチューセッツ工科大学名誉教授。専門は溶接。2016年現在、同大学では唯一の日本人終身待遇名誉教授である。 北海道小樽市生まれ。その後、栃木県足利市に転居。旧制成蹊高等学校、東京帝国大学第一工学部船舶工学科卒業。1959年東京大学より工学博士号を授与される。米国バッテル研究所勤務を経て、マサチューセッツ工科大学工学部船舶工学科準教授。その後、1971年に教授に昇格。1973年にアメリカ国籍取得。 ボストン日本人会会長、三井造船技術顧問、神鋼商事技術顧問、川崎重工業技術顧問、日本大学客員教授、徳島文理大学客員教授などを歴任する。
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内藤 謙(ないとう けん、1923年9月 - 2016年1月… 内藤 謙(ないとう けん、1923年9月 - 2016年1月17日)は、日本の法学者。専門は刑法。東京大学名誉教授、創価大学名誉教授。東京都出身。 行為無価値論の立場に立つ藤木英雄の夭折後、その後継教授として東京大学法学部に赴任。 学者は研究書で評価されるというが、教科書で評価された数少ない学者。雑誌「法学教室」の連載を単行本化した『刑法講義総論』シリーズが2002年に11年ぶりに刊行された『刑法講義総論(下)II』により完結した時は学界から喝采された。 刑法改正草案に対して、平野龍一、中山研一らと共に強力な反対の論陣を張ったことでも有名。 行為無価値論の立場にたつ団藤重光の門下生だが、行為無価値論ではなく平野龍一が主張した結果無価値論の立場に立ち、その理論をむしろ徹底させて主観的違法要素を否定する。
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石田 雄(いしだ たけし、1923年6月7日 - 2021年… 石田 雄(いしだ たけし、1923年6月7日 - 2021年6月2日)は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。 父は神奈川県知事や警視総監を務めた石田馨。母方の祖父は茨城県知事を務めた大塚貢。長男は東京大学名誉教授の石田浩。次男は千葉大学教授の石田憲。義兄(姉の夫)は東京都知事を務めた鈴木俊一。 内務省神社局長、警視総監、高松宮別当、宮内省御用掛などを歴任した石田馨の二男として、父の青森県警察部長時代に青森市で生まれる。旧制成蹊高校から東京帝国大学を受験したが不合格となり、東北帝国大学法文学部へ入学。在学中に学徒出陣を受け、東京湾要塞重砲兵連隊に入隊した。 敗戦で復員した後は、特例措置で東京大学法学部政治学科へ転じて丸山眞男ゼミに参加。
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岩﨑 英二郎(いわさき えいじろう、1922年4月29日 -… 岩﨑 英二郎(いわさき えいじろう、1922年4月29日 - )は、日本のドイツ語学者で、慶應義塾大学名誉教授。専門は、ドイツ語の不変化詞の研究。
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霜山 徳爾(しもやま とくじ、1919年7月5日 - 200… 霜山 徳爾(しもやま とくじ、1919年7月5日 - 2009年10月7日)は、日本の臨床心理学者。上智大学文学部名誉教授。 東京生まれ。成蹊小学校、旧制・成蹊高等学校(文科乙類)卒業。東京大学文学部心理学科卒。ボン大学留学 (Ph.D.を取得)。 ヴィクトール・フランクル『夜と霧』(みすず書房、1956年)の訳者として著名。自身もフランクルの友人であった。 父は元大審院長で最高裁判事も歴任した霜山精一。妻・操子は元経団連会長石坂泰三の二女。 老衰のため2009年10月7日午前9時42分、東京都内で死去。
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立見辰雄(たつみ たつお、1916年2月27日 - 1997… 立見辰雄(たつみ たつお、1916年2月27日 - 1997年10月17日)は、日本の鉱床学者・地球化学者。学位は、理学博士(東京大学・論文博士・1954年)(学位論文「宮崎県槙峰鉱山含銅硫化鉄鉱々床の地質と成因」)。東京大学教授を歴任。 陸軍大将・立見尚文の孫として立見子爵家の三男として生まれる。旧制成蹊高等学校を経て、1939年東京帝国大学理学部地質学科で、加藤武夫教授の指導を受けて鉱床学を専攻して卒業。兵役についた後、1942年東京帝国大学理学部助手となり、資源科学研究所などを経て、1949年から東京大学教養学部助教授。1954年に宮崎県槇峰鉱山の地質・鉱床の研究で東京大学から理学博士の学位を取得。
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井本 農一(いもと のういち、1913年3月30日 - 19… 井本 農一(いもと のういち、1913年3月30日 - 1998年10月10日)は、日本の国文学者・俳人、お茶の水女子大学名誉教授。実践女子大学第8代学長で、勲二等瑞宝章受章者。 1913年、山口県新南陽市(現周南市)に生まれた。1933年、旧制成蹊高等学校文科甲類を卒業。1936年、東京帝国大学文学部国文科を卒業。 卒業後は、お茶の水女子大学教授をつとめた。1961年、学位論文『蕉風を中心としたる俳諧史の問題的研究』を東京大学に提出して文学博士号を取得。1976年にお茶の水女子大学を定年退官し、名誉教授となった。その後も聖心女子大学教授として教鞭をとり、1984年からは実践女子大学第8代学長をつとめた。
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阿部保(あべ たもつ、1910年5月30日 - 2007年1… 阿部保(あべ たもつ、1910年5月30日 - 2007年1月10日)は、日本の詩人、美学者、英文学者である。北海道大学の名誉教授を務めた。 阿部保は山形県に生まれた。成蹊高等学校を経て、1933年に東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業した。その後、聖橋高等工学校講師、日本大学講師、成蹊高等学校教授、大倉経済専門学校教授、東京経済大学教授を歴任し、1951年に北海道大学文学部教授に就任、1974年に定年退官した。退官後は東京経済大学非常勤講師を務めた。 専門は美学である。旧制高校在学中より自ら詩作を行い、第3次『椎の木』同人として百田宗治に師事した。また、エドガー・アラン・ポー、ウィリアム・ブレイクなど英語詩人の研究、翻訳も行った。
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中村 浩(なかむら ひろし、1910年〈明治43年〉1月20… 中村 浩(なかむら ひろし、1910年〈明治43年〉1月20日- 1980年〈昭和55年〉12月30日)は、日本の微生物学者。別名「うんこ博士」。「泉三三彦」名義の著書もある。 1910年、成蹊学園創立者・中村春二の次男として東京本郷富士前町で生まれた。1927年に旧制成蹊高等学校理科を卒業。東京帝国大学理学部植物学科で学び、1933年に卒業。 1942年、東京帝国大学理学部講師に就いた。1943年、ドイツ語執筆した学位論文『紅色細菌の代謝生理への寄与』を東京帝国大学に提出して理学博士号を取得。 戦後の1950年、九州大学理学部教授に就いた。その後、近畿大学教授に転じた。1959年、日本クロレラ研究所副所長。
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村川 堅太郎(むらかわ けんたろう、1907年4月13日 -… 村川 堅太郎(むらかわ けんたろう、1907年4月13日 - 1991年12月23日)は、日本の西洋史学者。東京大学名誉教授。日本学士院会員。 1907年、東京帝国大学教授・村川堅固の長男として東京浅草に生まれた。成蹊中学、浦和高等学校を経て、東京帝国大学西洋史学科に進んだ。1930年に卒業。 卒業後は、第一高等学校教授となった。1940年、東京帝国大学助教授に就任。戦後の1947年に教授昇格。1968年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。1967年に日本学士院会員に選出された。 1970年1月7日には講書始の儀で進講者をつとめ、「アリストテレスと歴史学」を講義した。1991年に死去。 父に続いて西洋史研究を進め、ラテン語辞典編纂Thesaurus Linguae Latinae編纂などを通して、日本における古代ギリシャ、ローマ研究の基礎を築いた。
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松田 壽男(まつだ ひさお、1903年〈明治36年〉11月1… 松田 壽男(まつだ ひさお、1903年〈明治36年〉11月15日 - 1982年〈昭和57年〉3月10日)は、日本の東洋史学者・歴史地理学者。早稲田大学名誉教授。 1903年、熊本県士族の松田好生、松田富子を母として、東京市牛込区新小川町三丁目19番地(現在の東京都新宿区新小川町)で出生。暁星小学校を経て、成蹊中学校に入学。中学では、毎日の日課になっている座禅、夏期は越前永平寺にこもって禅僧生活、箱根仙石原でキャンプを行う等の日々を送った。 新潟高等学校(現:新潟大学人文学部及び理学部)を経て、東京帝国大学文学部東洋史学科に入学。1927年(昭和2年)8月に「北魏書」西域伝の北魏朝の使者の報告に偽作里数が使われていることを発見する。
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