大塚 一佐(おおつか いっさ、2004年9月3日 - )は、… 大塚 一佐(おおつか いっさ、2004年9月3日 - )は、栃木県日光市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 ブラジルで出生後、栃木県日光市で育つ。地元の日光東中学校を卒業後は北海道釧路市の武修館高等学校に進学。高校時代から飛び級で日本代表としてU-20の大会に参加した。 2023年6月13日にアジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに入団した。 2023-2024シーズンはシーズン中の12月に横浜市で開催された第91回全日本アイスホッケー選手権大会にアイスバックスの選手として参加。アイスバックスは優勝を果たし、大塚自身は初めて全日本アイスホッケー選手権大会での優勝を経験した。
神山 典杏(かみやま のあ、2002年7月23日 - )は、… 神山 典杏(かみやま のあ、2002年7月23日 - )は、日本のタレント。栃木県日光市出身。スマイルオンを経てビィー・カンパニー所属。日光観光大使。 2015年4月、栃木のローカルヒーロー番組「雷様剣士 ダイジ」第48話「出会いの季節 ~日光市~」より、とめおとめ姫 愛(下野愛)として登場し活動する。2017年には、地元栃木の「2017 うつのみや花火大会」イメージガールに選ばれた。その後、タレントのヒロミが立ち上げた芸能事務所「ビィー・カンパニー」に移籍した。
入江 大生(いりえ たいせい、1998年8月26日 - )は… 入江 大生(いりえ たいせい、1998年8月26日 - )は、栃木県日光市(旧 今市市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 小学3年生のときに軟式野球チームの今市レイダースに入り投手を始める。日光市立今市中学校在学時に県央宇都宮ボーイズに所属。3年夏には投手兼外野手で全国大会ベスト8。 中学卒業後は作新学院高等学校に入学。今井達也と同学年のチームメイトになる。1年秋からベンチ入り。2年夏には夏の甲子園大会に背番号「11」としてメンバー入りし、3回戦九州国際大付戦で1イニングを無失点に抑える。3年夏には第98回全国高等学校野球選手権大会に一塁手、打順は3番もしくは4番として出場。
梶谷 瑠哉(かじたに りゅうや、1996年7月15日 - )… 梶谷 瑠哉(かじたに りゅうや、1996年7月15日 - )は、栃木県日光市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。白鷗大足利高等学校、青山学院大学教育人間科学部教育学科卒業。SUBARU陸上競技部所属。
大津 夕聖(おおつ ゆうせい、1995年12月22日 - )… 大津 夕聖(おおつ ゆうせい、1995年12月22日 - )は、栃木県日光市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。アジアリーグアイスホッケーのHLアニャンに所属。 兄はプロアイスホッケー選手の大津晃介。父も元プロアイスホッケー選手だった大津英人(元古河電工〜アイスバックス)。 日光市立清滝小学校、日光市立日光中学校出身。2014年に栃木県立日光明峰高等学校を卒業。 高校卒業後に18歳でH.C.栃木日光アイスバックスに入団し、プロデビュー。6年間プレー。 2020年4月21日契約期間満了により退団し、フリーエージェント(FA)制度を利用し、他チームへの移籍を希望。 2020年からひがし北海道クレインズに移籍。
金子 翔太(かねこ しょうた、1995年5月2日 - )は、… 金子 翔太(かねこ しょうた、1995年5月2日 - )は、栃木県日光市出身のプロサッカー選手。ポジションは、フォワード・ミッドフィールダー。
古橋 真来(ふるはし まくる、1993年9月30日- )は、… 古橋 真来(ふるはし まくる、1993年9月30日- )は、栃木県日光市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはレフト・ウィング。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 父親は俳優でタレントの伊藤克信。 中学生時にアイスホッケー部に所属。高校は日光明峰高校に進学し、18歳で日本アイスホッケーリーグで出場を果たす。 高校での活躍が認められ中央大学に進学する。 2016年にアジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに入団した。 2023年-24年シーズンはシーズン途中の2023年10月31日に11月に苫小牧市にて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。
大津 晃介(おおつ こうすけ、1993年9月6日 - )は、… 大津 晃介(おおつ こうすけ、1993年9月6日 - )は、栃木県日光市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスに所属。 弟も同じくプロアイスホッケー選手の大津夕聖。 大学卒業後にアジアリーグアイスホッケーの日本製紙クレインズに入団。 2023年5月2日に給料が未払いであることを理由に退団。 2023年6月21日に北海道ワイルズに加入した。クレインズ時代から引き続き主将を務め、脱退時にはスポークスパーソン的役割を務めた。10月31日に11月に苫小牧市にて実施されたアイスホッケー男子日本代表の国内合宿の参加メンバーに選出された。
小池 詩織(こいけ しおり、1993年3月21日 - )は、… 小池 詩織(こいけ しおり、1993年3月21日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。道路建設ペリグリン所属。 栃木県日光市出身。日光明峰高校在学時に、U-18アイスホッケー女子日本代表に選出され、女子アイスホッケーU18世界選手権に出場した(2009年ディヴィジョンI、2010年・2011年トップディヴィジョン)。 高校卒業後、苫小牧駒澤大学に進学し、三星ダイトーペリグリン(現:道路建設ペリグリン)に入団。所属先は日本製紙総合開発。全日本女子アイスホッケー選手権大会で2012年に最優秀新人賞、2013年に優勝してMVPを受賞した。 アイスホッケー女子日本代表にも選出され、2013年2月にスロバキアのポプラトで行われたソチオリンピック最終予選に出場。
湯澤 洋介(ゆざわ ようすけ、1990年12月31日 - )… 湯澤 洋介(ゆざわ ようすけ、1990年12月31日 - )は、栃木県日光市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 駒沢大学在学中は全日本大学選抜やユニバーシアード代表メンバーに選出されていた。2012年10月、栃木SC加入内定が発表された。 2013年より栃木SCに加入。3月3日、J2開幕戦の松本山雅FC戦でプロデビュー。6月22日、J2第20節の東京ヴェルディ1969戦でプロ初ゴールを決めた。 2016年より水戸ホーリーホックに完全移籍。 2018年より京都サンガF.C.に完全移籍。 2020年よりサガン鳥栖に完全移籍。2021年6月、トレーニング中に負傷(右膝前十字靭帯断裂)、手術を行いシーズン後半をリハビリにあてることとなった。
荒牧 聖未(あらまき さとみ、1990年4月28日 - )は… 荒牧 聖未(あらまき さとみ、1990年4月28日 - )は、栃木県日光市出身の元女子アイスホッケー選手で、現在は日本競輪選手会栃木支部所属の女子競輪選手。
佐藤 祥万(さとう しょうま、1989年8月18日 - )は… 佐藤 祥万(さとう しょうま、1989年8月18日 - )は、栃木県日光市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学3年生の時に少年野球の所野ブラックパンサーズで野球を始める。最初は外野手だったが、監督に出した年賀状にピッチャーをやりたいと書いて、以来ポジションは投手一筋。日光東中では軟式野球部に所属し、4番打者兼投手として栃木県大会に出場。進学した文星芸大附高校では1年生の夏季県大会からベンチ入り。 2年次の夏季県大会では背番号10の2番手投手として出場。4回戦では宇都宮清陵を相手に5回参考記録ながら完全試合を達成。チームを甲子園出場に導いた。第88回全国高等学校野球選手権大会では初戦でダース・ローマシュ匡、上田剛史を擁する関西に逆転勝ち。
寺尾 裕道(てらお ひろみち、1989年6月15日 - )は… 寺尾 裕道(てらお ひろみち、1989年6月15日 - )は、栃木県日光市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはレフト・ウィング(英語版)。IJリーグの東京ワイルズに所属。 弟の寺尾勇利(ドイツ語版)もプロアイスホッケー選手。 栃木県日光市出身。日光東中学、駒澤大学附属苫小牧高等学校を経て、早稲田大学を卒業。 2012年より王子イーグルスでプレーする。 2012-13シーズン、ルーキーイヤーであるこの年はレギュラーリーグで22ポイント(得点13、アシスト9)を記録して新人ながら2桁得点、2桁ポイントを達成。 2015-16シーズン、プロキャリア4シーズン目にしてレギュラーリーグで40ポイント(得点18、アシスト22)を記録。
神 ちはる(じん ちはる 、1988年4月23日 - )は、… 神 ちはる(じん ちはる 、1988年4月23日 - )は、日本のタレント、タレント・アーティスト。栃木県日光市出身。以前はグラビアタレントだったが、現在はアーティストに転向し活動の場を広げている。2009年からフリー活動中。 血液型はO型。 この項目は、アイドル(グラビアアイドル・ライブアイドル・ネットアイドル・レースクイーン・コスプレイヤーなどを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル:アイドル/プロジェクト:芸能人/プロジェクト:ジャニーズ/プロジェクト:女性アイドル)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
塚越 広大(つかこし こうだい、1986年11月20日 - … 塚越 広大(つかこし こうだい、1986年11月20日 - )は、栃木県今市市(現・日光市)出身のレーシングドライバー。
吉澤 佑哉(よしざわ ゆうや、1986年4月20日 - )は… 吉澤 佑哉(よしざわ ゆうや、1986年4月20日 - )は、栃木県出身の元プロサッカー選手である。ポジションはMF。現在は警視庁の警察官。 鹿島ユース時代はサテライトでの出場経験もあり、トップ昇格後も1年目から公式戦に出場、さらに3年目に初スタメンに抜擢されたが、同年オフにチームを退団。カマタマーレ讃岐に移籍。同クラブ移籍後は中心選手として活躍し、センターバックを主に、かつての本職であるボランチなど多彩なポジションを務めている。2013年シーズン終了後、契約満了により退団。 退団後、三浦淳宏が主宰するサッカースクールの講師に就任。 2025年現在は警視庁警備部第五機動隊に在籍し、東京都社会人サッカーリーグ2部所属のサッカー部で活動している。
涼 風花(りょう ふうか、1985年〈昭和60年〉10月12… 涼 風花(りょう ふうか、1985年〈昭和60年〉10月12日 - )は、日本の書道家(calligraphy)である。身長159cm、血液型B型。栃木県立今市高等学校卒。 栃木県日光市出身。2010年、美人すぎる書道家として、メディア・雑誌等に取り上げられる。書道家として活動する書道師範で日光観光大使でもある。 小さな頃から祖母の影響もあり日本の文化が大好きで、お囃子に参加したり、お祭りというお祭りには顔を出し浴衣や和服に馴染みがある。その祖母に勧められて7歳で書道を始め書道展にて多くの賞を受賞した事もあり、単純なせいかやる気満々になり、中学二年生で書道師範資格を取得。将来は書道の先生になろうと決めていたので高校に入り大人の部でも師範資格を取得、硬筆(ペン)の師範も取得。
大和田 俊(おおわだ しゅん、1985年 - )は、日本のサ… 大和田 俊(おおわだ しゅん、1985年 - )は、日本のサウンドアーティスト。 1985年、栃木県塩谷郡栗山村(現在の日光市)生まれ。 2004年、栃木高校卒業。 2010年、東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。 2012年、東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。
小森 皆実 (こもり ともみ、1983年2月18日 - )は… 小森 皆実 (こもり ともみ、1983年2月18日 - )は、 日本の女性フィールドホッケー選手。 栃木県日光市出身。天理大学を卒業後、グラクソ・スミスクライン今市工場所属。 夏季オリンピック(2004年と2008年)で母国代表として出場した。ほか、イタリアのローマで 開催された2006年女子ホッケーワールドカップ予選で千葉香織(日本)、ローナ・シンプソン(英語版)(スコットランド)、およびマリナ・ヴィノフラドバ(英語版) (ウクライナ)とともに6ゴールを決め、トップスコアラーになった。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
小池 祥絵(こいけ さちえ、1979年1月11日 - )は、… 小池 祥絵(こいけ さちえ、1979年1月11日 - )は、日本のタレント、グラビアアイドルである。 栃木県日光市生まれ。1994年にデビュー。1997年に小池祥絵に芸名を変更後、、新日本プロレスイメージガール「スーパーJガールズ」の一員として活動。2001年10月から1年間、テレビのバラエティー番組 『ワンダフル』(TBS)の、第5期ワンギャルの一員として同番組にレギュラー出演し注目を集める。同年には一時期、タレント・安めぐみとのコンビ、『あんこ』としても活動した。 翌2002年(平成14年)の後半、当時所属していた芸能事務所「アーティストハウス・ピラミッド」の伊藤絵理香・相楽のり子・熊田曜子と共に『P-GIRL』として、グラビアページ活動や競艇関連のイベントに参加した。
大島 里美(おおしま さとみ、1977年11月16日 - )… 大島 里美(おおしま さとみ、1977年11月16日 - )は、日本の脚本家。栃木県日光市出身。 早稲田大学第一文学部卒業。第16回フジテレビヤングシナリオ大賞で、佳作受賞。代表作に『1リットルの涙』、第1回市川森一脚本賞を受賞した『恋するハエ女』、2015年大河ドラマ『花燃ゆ』がある。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
羽石 国臣(はねいし くにおみ、1975年1月6日 - )は… 羽石 国臣(はねいし くにおみ、1975年1月6日 - )は、日本の元スピードスケート選手で、競輪選手。 栃木県日光市出身。日光高校を経て日本大学へと進学。スケートに専念できる就職口がなかったため、大学卒業後は、地元・日光の鉄工所でアルバイトをしながら一人で練習を行なう。その後、三協精機製作所(現 ニデックインスツルメンツ)に入社。 1998年12月の長野大会に、ISUワールドカップとして初参加し、500mで3位に入る。翌1999年3月に行われたローズビルの同大会・500mでは、長野オリンピック・500m銀メダリストのジェレミー・ウォザースプーン(2位)を破り優勝。 2001年の全日本スプリントスピードスケート選手権大会で総合3位に入り、清水宏保、武田豊樹、堀井学とともに、2002年のソルトレイクシティオリンピック・500mの日本代表として出場、12位となる。
齋藤 信治(さいとう のぶはる、1973年9月29日 - )… 齋藤 信治(さいとう のぶはる、1973年9月29日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 父親は185cm、母親は175cm、妹は186cm、曾祖父は190cmあったという。 宇都宮白楊高校時代は無名選手であったが、日本体育大学に入学すると猛練習で成長しインカレでも活躍する。 その後、1996年東レアローズに入団し、2m超の高身長を武器にVリーグで活躍。オポジットとしてプレーしていたが、2000-2001シーズンよりチーム事情でミドルブロッカーにコンバートされた。全日本代表にも何度も選ばれ、国際大会でも活躍したが、2008年北京オリンピック出場をもって現役引退した。 現役引退後は、東レ建設での社業を行いながら、バレーボールの普及活動に努めている。
関谷 昇(せきや のぼる、1971年7月11日 - )は、日… 関谷 昇(せきや のぼる、1971年7月11日 - )は、日本の政治学者。千葉大学法政経学部教授。栃木県今市市(現:日光市)出身で、現在は千葉県在住。 専門は、政治思想史・政治学。研究テーマは、思想研究として近代社会契約説、自治の思想、補完性原理、コミュニティ論、社会的実践として、市民自治、市民参加・協働のまちづくり。千葉テレビ『NEWSチバ930』に、コメンテーターとして出演中。。千葉県を中心として全国各地で市民自治関連の講演を行っている。。
山澤 学(やまさわ まなぶ、1970年〈昭和45年〉10月1… 山澤 学(やまさわ まなぶ、1970年〈昭和45年〉10月15日 -)は、日本の歴史学者。筑波大学人文社会系准教授。博士(文学)。専門は日本近世史、日本宗教社会史。 栃木県日光市出身。1989年、栃木県立宇都宮高等学校卒業。1993年、筑波大学第一学群人文学類(現、筑波大学人文・文化学群人文学類)卒業。1999年、筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻単位取得満期退学。日本近世史の岩崎宏之に師事。2007年「近世日光山成立史論」で、筑波大学より博士(文学)の学位を取得。博士論文の主査は山本隆志。
鈴木 康博(すずき やすひろ、1969年2月21日 - )は… 鈴木 康博(すずき やすひろ、1969年2月21日 - )は、栃木県日光市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 小学3年で野球を始め、日光市立東中学校では県大会に出場。日光高では2年夏にレギュラーとなり、3年夏は1番を打つ傍ら投手も務め、公式戦でも登板した。県予選では4回戦まで進出したが、甲子園出場はかなわなかった。 1986年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから6位指名を受け入団。 1989年はマイナーリーグA級のサリナス・スパーズ(英語版)に野球留学した。1992年8月、イースタン・リーグの対ロッテ戦で2試合連続本塁打を打ったが、一軍出場のないまま1993年限りで現役を引退した。
大嶋 一生(おおしま かずお、1965年(昭和40年)1月2… 大嶋 一生(おおしま かずお、1965年(昭和40年)1月25日 - 2021年(令和3年)4月5日)は、日本の政治家。元栃木県日光市長(1期)、元日光市議会議員(1期)。 栃木県今市市(現・日光市)出身。今市市立今市第三小学校、今市市立今市中学校、栃木県立栃木高等学校、東北福祉大学卒業。 1989年(平成元年)、父親が経営する葵建設株式会社に就職。2002年(平成14年)、日本青年会議所栃木ブロック協議会会長に就任。 2006年(平成18年)、葵建設の代表取締役に就任。2010年(平成22年)4月、代表取締役を退任し、同月に行われた日光市議会議員選挙で初当選した。 2014年(平成26年)4月13日に行われた日光市長選挙に立候補。
羽塚 由(はねづか とおる、1964年2月4日 - )は、元… 羽塚 由(はねづか とおる、1964年2月4日 - )は、元NHKアナウンサー。
星善博(ほし よしひろ、1958年1月28日 - )は、日本… 星善博(ほし よしひろ、1958年1月28日 - )は、日本の詩人。日本ペンクラブ、日本詩人クラブ、日本現代詩人会、日本文藝家協会、埼玉詩人会会員、詩誌「ここから」同人。 栃木県今市市(現・日光市)生まれ。詩作のほか朗読活動も行っている。日本人の出自の原点を模索する詩を書き続けている。現在は埼玉県越谷市在住。
福田 富一(ふくだ とみかず、1953年〈昭和28年〉5月2… 福田 富一(ふくだ とみかず、1953年〈昭和28年〉5月21日 - )は、日本の政治家。栃木県知事(公選第16・17・18・19・20・21代)。無所属。自由民主党栃木県連顧問。 宇都宮市長(2期)、栃木県議会議員(2期)、宇都宮市議会議員(2期)を務めた。栃木県上都賀郡今市町(現・日光市)出身。 1953年5月21日、栃木県今市市(現、日光市)で出生。1972年3月、栃木県立宇都宮工業高等学校を卒業。同年4月、栃木県庁に入庁。1979年3月、日本大学理工学部建築学科を卒業。1981年4月、栃木県庁を退職し、建築設計・行政書士事務所を開業。 1983年5月、宇都宮市議会議員選挙に出馬し、初当選(〜1990年2月)。
星野 好男(ほしの よしお、1950年11月2日 - )は、… 星野 好男(ほしの よしお、1950年11月2日 - )は、栃木県日光市出身の元アイスホッケー選手である。ポジションはCF。 日光高校(現・日光明峰高校)から明治大学に進み、全日本として世界選手権に出場。日本代表史上最年少の21歳で1972年札幌オリンピックにも出場を果たす。 卒業後の1973年、国土計画に入社。カナダのブリティッシュコロンビア大学へアイスホッケー留学も経験。 1987年に史上初の日本リーグ通算450得点を達成。 全日本では主将も経験し、五輪3回、世界選手権14回出場を果たすなど日本を代表するフォワードとして活躍した。 1988年引退。日本リーグ通算得点185、アシスト266。得点王も2度獲得。
柄澤 齊(からさわ ひとし、1950年9月6日 - )は、日… 柄澤 齊(からさわ ひとし、1950年9月6日 - )は、日本の版画家、画家。 栃木県日光市に生まれる。1974年、創形美術学校研究科版画課程終了。日和崎尊夫に木口木版を師事、現代木口木版画の第一人者として活躍するかたわら、オリジナルコラージュ、ボックスオブジェなども手がけ、2008年以降は絵画作品を中心に制作している。 書籍の装丁として『堀田善衛全集』(筑摩書房1993年)、『ネルヴァル全集』(筑摩書房1997年)など。 書籍の装画として辻邦夫『西行花伝』(新潮社1995年)、『矢川澄子作品集成』(書肆山田1998年)、『決定版三島由紀夫全集』(新潮社2001年)などがある。 1993年、印刷と出版の工房「梓丁室」(していしつ)を開設、十九世紀の活版印刷機アルビオンプレスを用いたオリジナル版画集、詩画集、挿絵本なとの制作と発行を始める。
赤坂 茂好(あかさか しげよし、1947年1月12日 - )… 赤坂 茂好(あかさか しげよし、1947年1月12日 - )は、日本の実業家。元株式会社プリンスホテル代表取締役社長。西武ホールディングス取締役。 1947年1月12日、栃木県日光市出身。1969年日本大学経済学部を卒業。1973年3月、中宮祠林業株式会社に入社。1976年4月、国土計画に入社。日光プリンスホテル支配人。2002年3月、コクド群馬総支配人。2003年6月、取締役。2006年2月、プリンスホテル取締役長野・群馬地区総支配人。2007年6月、常務執行役員第4事業担当。2009年6月、専務執行役員第3事業担当。2015年8月、代表取締役副社長。12月1日、代表取締役社長。2016年6月、西武ホールディングス取締役。
蔵持 不三也(くらもち ふみや、1946年8月28日 - )… 蔵持 不三也(くらもち ふみや、1946年8月28日 - )は、日本の文化人類学者。早稲田大学名誉教授。専門は、文化人類学・フランス民族学・歴史人類学。 1946年、栃木県今市市(現・日光市)で生まれた。1965年、東京都立鷺宮高等学校を卒業し、早稲田大学第一文学部仏文専修に進学。1972年に卒業。パリ第4大学(ソルボンヌ大学)に留学し、マルセル・モースの高弟・アンドレ・ヴァラニャックに師事。1977年にEHESS修士課程(比較文化専攻)を修了。社会科学高等研究院(École des Hautes Études en Sciences Sociales)に移り、DEA課程(民族学専攻)を1979年に修了。
高山 勲(たかやま いさお、1942年4月8日 - 1978… 高山 勲(たかやま いさお、1942年4月8日 - 1978年3月21日)は、栃木県出身のプロ野球選手。ポジションは投手、二塁手、外野手。 宇都宮学園高等学校(現・文星芸術大学附属高等学校)在学中は、作新学院の加藤斌(のち中日。現役中に交通事故死)と共に栃木県を代表する投手と言われた。甲子園出場はなかったが、高校卒業後は社会人野球の東黎工業に入社し、1962年の日本産業対抗野球大会に出場した。宇都宮学園,東黎工業時代のチームメイトに石田二宣(のち毎日大映,東京,ロッテオリオンズ)がいる。 1963年に大洋ホエールズに入団。当時の大洋の投手層は厚く、なかなか一軍出場の機会に恵まれなかったが、1964年4月25日の中日戦(中日球場)で一軍デビューを果たした。
大島 富五郎(おおしま とみごろう、1940年9月13日 -… 大島 富五郎(おおしま とみごろう、1940年9月13日 - 2026年1月9日)は、栃木県塩谷郡藤原町(現・日光市)出身のプロゴルファー。 今市高校では野球部の主将としてチームをまとめ、8つ先輩には作曲家の船村徹がいる。 卒業後は生まれ故郷にオープンした鬼怒川カントリークラブに就職し、所属プロであった中村寅吉の弟子・藤井正五に習ったため、中村の孫弟子を自認している。 その後は静岡・御殿場の富士小山ゴルフ倶楽部で修業を重ね、1964年12月にプロ入りする。 1966年の日本オープンに直近のブロック大会の優勝者として出場権を得て初出場を果たし、2日目には同郷の先輩小針春芳、石井朝夫と回り、イーグルもあって69で回って首位に立った。
木村 充(きむら みつる 1939年(昭和14年)4月3日 … 木村 充(きむら みつる 1939年(昭和14年)4月3日 - 1998年(平成10年)5月1日)は、日本の栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の陶芸家である。 益子焼の陶芸家である木村一郎の長女である滋子と結婚し、木村家に婿養子として入り、義父である木村一郎に師事し、木村一郎の逝去後に「木村窯」を2代目として引き継いだ。 1939年(昭和14年昭和14年)4月3日、栃木県塩谷郡藤原町(現・日光市)に生まれる。 栃木県立今市高等学校を卒業後、鬼怒川温泉の元湯共同組合の専務を務めていたが、その一方でちゃんちゃんこを着て鬼怒川温泉街をふらついており「鬼怒川温泉の風来坊」と渾名されていた。 そんな時に、益子焼の陶芸家である木村一郎の長女・滋子との縁談が持ち込まれた。
生井 健夫(なまい たけお、1930年1月1日 - 2019… 生井 健夫(なまい たけお、1930年1月1日 - 2019年8月29日)は、日本の男性俳優、声優。栃木県日光市出身。生前はプロダクション・タンクに所属。身長166cm、体重80kg。 劇団俳優座2期生。劇団仲間代表。第52回文化庁芸術祭演劇部門優秀賞。 1963年放送のテレビドラマ『戦友』では滝原軍曹役で主演を務めた。 2019年8月29日死去。89歳没。 趣味・特技は書道(50年)師範、オペラ演出。 『特別機動捜査隊』の佐久間刑事など、現代劇では刑事役を演じることが多かった。
福田 儀(ふくだ ただし、1927年9月5日 - )は日本の… 福田 儀(ふくだ ただし、1927年9月5日 - )は日本の政治家。今市市長(1期)。 栃木県今市市(現・日光市)出身。栗山村教育長を経て、1974年5月の栃木県議会議員補欠選挙に今市市選挙区から自由民主党公認で立候補して、初当選を果たした。その後、1975年、1979年、1983年にも当選した。また、1985年3月から1986年3月まで第77代同副議長を務めた。同年4月6日に辞職した。 任期満了に伴う今市市長選挙に立候補して、4選を目指した斎藤昭男を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts) しかし1987年2月25日、市長選に絡んでその前に東武建設社長らに学校建設受注を約束して見返りに2835万円の賄賂を受け取ったとして事前収賄罪容疑で逮捕された。
島 桂次(しま けいじ、1927年8月30日 - 1996年… 島 桂次(しま けいじ、1927年8月30日 - 1996年6月23日)は、日本のジャーナリスト。第15代日本放送協会(NHK)会長、元NHK政治部記者。 栃木県上都賀郡足尾町(現在の日光市足尾町)出身。旧制宇都宮中学、旧制新潟高校を経て、海軍兵学校2年生の時に終戦。東北大学文学部美学科卒業後、1952年4月NHKに入局。初任地はNHK盛岡放送局。政治部記者となり池田勇人の総理番記者となり、その後、宏池会を担当。1973年、ニュースセンター次長となり、1973年9月に放送総局副総局長の堀四志男の指示の下、報道番組部長として、1974年4月『ニュースセンター9時』、1976年4月に『NHK特集』をスタートさせる。
菅原 信海(すがわら しんかい、1925年10月10日 - … 菅原 信海(すがわら しんかい、1925年10月10日 - 2018年2月11日)は、日本の仏教学者、早稲田大学名誉教授、天台宗僧侶(勧学・大僧正・日光山輪王寺執綱・妙法院門跡門主)。栃木県日光市生まれ。 天台宗庶務部長・教学部長菅原英信の子に生まれる。昭和26年(1951年)、早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒業。同大講師・助教授を経て、昭和47年(1972年)教授。1991年「山王神道の基礎的研究」で大正大学文学博士。早稲田大学仏教青年会第7代会長も務める。 2000年に妙法院門跡に就任し、2001年には坂本・東南寺で戸津説法を務める。 2018年2月11日午前9時25分、転移性肝癌のため栃木県日光市の病院で死去した。
佐藤 一(さとう はじめ、1921年12月10日 - 200… 佐藤 一(さとう はじめ、1921年12月10日 - 2009年6月17日)は、日本の労働評論家。松川事件の被告の一人。 栃木県日光市に生まれる。1936年今市高等小学校卒業、38年5月国際精機設計部に入り、W・R・ゴーハム技師長の指導を受ける。1941年東京芝浦電気・マツダ研究所に入る。 1943年6月海軍に召集され、通信学校で電探の教育を受けて青森、稚内、樺太に勤務。 1945年8月復員、東芝に復帰。鶴見工場設計部勤務となり、労働組合役員兼務。 1949年、松川事件の被疑者として逮捕され、第一審で死刑の判決を受ける。1963年9月12日、最高裁は検察側の再上告を棄却し、被告人20人の無罪が確定した。
神山 清志(かみやま きよし、1921年3月9日 - 198… 神山 清志(かみやま きよし、1921年3月9日 - 1982年11月7日)は日本の新聞記者、作詞家。別名義に岡 きよし(おか きよし)、岡 久美子(おか くみこ)、岡 秋二(おか しゅうじ)、深山 しぐれ(みやま しぐれ)。 1921年(大正10年)、栃木県上都賀郡足尾町(現在の日光市足尾町)に生まれる。小学生の頃から詩作に取り組み、20歳の時には西條八十が主宰する詩誌『蝋人形』の同人として活動していた。戦後は引き続き高橋掬太郎に師事していたが、1948年(昭和23年)11月に毎日新聞社へ入社し足尾通信部を振り出しに宇都宮支局、佐野通信部に勤務。 1962年(昭和37年)、栃木県が主催した県民歌の歌詞募集で応募作が入選する(岡きよし名義)。
郡司敏夫(ぐんじ としお、俳号:郡司山梔(くちなし)、191… 郡司敏夫(ぐんじ としお、俳号:郡司山梔(くちなし)、1915年(大正4年) - 1991年(平成3年)2月13日)とは、栃木県上都賀郡足尾町(現在の日光市足尾地区)の「足尾焼」の陶芸家である。 「足尾銅山」の「古河鉱業」に勤務し「足尾俳壇」で足尾の俳句活動に携わった後、民芸品「足尾山の山の神」を作り出し、「足尾銅山」から新しい伝統工芸品の焼き物「足尾焼」の基礎を作った先駆者の一人であり、足尾町にかつてあった「足尾焼」の窯元「壺中坐」の創始者である。 1915年(大正4年)、栃木県上都賀郡足尾町に生まれる。父親が勤めていた足尾銅山の社宅で生まれ育った。敏夫が生まれる前に実母は鹿沼の実家に戻ってしまい、生まれた敏夫は足尾に戻された。
前田 光子(まえだ みつこ、旧姓:安原、1912年(明治45… 前田 光子(まえだ みつこ、旧姓:安原、1912年(明治45年)3月21日 - 1983年(昭和58年)4月18日)は、前田一歩園財団の創立者で、前田一歩園の3代目園主。元宝塚少女歌劇団(現・宝塚歌劇団)雪組娘役。宝塚歌劇団卒業生。 宝塚歌劇団在団時の芸名は、文屋秀子(ぶんや ひでこ)。義父は前田正名。 1912年、栃木県日光市に生まれる。 1927年、宝塚歌劇団17期生として宝塚歌劇団(当時は「寶塚少女歌劇團」)に入団する。同期生に梅香ふみ子、佐保美代子らがいる。 1928年4月、宝塚大劇場において、雪組公演・レヴュウ『春のをどり』で初舞台を踏む。初舞台後は雪組に配属される。 1932年、同年4月1日から30日まで行われた雪組公演『木村重成の妻』『春のをどり(七曜譜)』への出演を最後に宝塚歌劇団を退団する。
井深 大(いぶか まさる、1908年(明治41年)4月11日… 井深 大(いぶか まさる、1908年(明治41年)4月11日 - 1997年(平成9年)12月19日)は、日本の電子技術者、実業家、教育者、弁理士。位階は正三位。 栃木県上都賀郡日光町(現在の日光市)出身。盛田昭夫とともにソニーの創業者の一人。 祖先は会津藩の家老であり、親戚には飯盛山で自刃した白虎隊の井深茂太郎や明治学院総理を歴任した井深梶之助、ハンセン病に一生を捧げカトリック看護師協会の会長を歴任した井深八重がいる。日露間で樺太・千島交換条約が締結された後、祖父基が公務員として千島列島を巡回し、明治11年に占守島を訪れているが、その際に現地で撮影された集合写真に収まっていた吏員の一人が祖父基であることを後に井深大自身が確認している。
星野 仁十郎(ほしの にじゅうろう、1908年(明治41年)… 星野 仁十郎(ほしの にじゅうろう、1908年(明治41年)3月16日 - 1986年(昭和61年)7月22日)は、日本の政治家、アイスホッケー選手。栃木県(旧)日光市長を務めた。 日光町清滝水沢に生まれる。1942年(昭和12年)5月、日光町議会議員となる。その後、日光町の市制施行に伴い市議会議員となり1969年(昭和44年)7月まで議員を務めた。同年8月23日の日光市長選挙で当選。同月28日から1981年(昭和56年)8月27日まで市長を務めた。 市長在任中には前任者の佐々木耕郎と同様に観光施設の整備などに力を注いだ。さらに、清滝バイパスや霧降高原有料道路の開通など道路を整備することによる観光客増加を図った。
小杉 義男(、1903年〈明治36年〉9月15日 - 196… 小杉 義男(、1903年〈明治36年〉9月15日 - 1968年〈昭和43年〉3月12日)は、日本の俳優。叔父に日本画家の小杉放庵、長女は元女優の小杉公子。栃木県出身。 栃木県上都賀郡日光町生まれ。日本館にいた石井漠に舞踊、松島詩子にコールユーブンゲンを習い、浅草オペラの歌手として活躍する。その後は、伊庭孝の新星歌舞劇団を経て新劇協会に入り、帝国ホテル演芸場での『桜の園』のヤーシャで認められる。 1925年、築地小劇場に入り、『どん底』の靴屋のアリョーシカで認められ、これを持ち役とし、以降はこわもての風貌を武器に脇役として個性的な演技で活躍。映画初出演は、1927年に築地小劇場の座員と共に出演した『黎明』。
田中 利勝(たなか としかつ、1897年(明治30年)3月1… 田中 利勝(たなか としかつ、1897年(明治30年)3月12日 - 1961年(昭和36年)11月2日)は、日本の社会運動家、政治家。参議院議員(1期)、衆議院議員(1期)。 栃木県上都賀郡足尾町(現日光市)で、田中秀助、サヨ夫妻の二男として生まれた。1911年、足尾尋常小学校卒業と同時に足尾銅山の坑夫となる。 1918年米騒動を契機に社会運動に関心を持ち、1919年、足尾銅山に結成された大日本鉱山労働同盟会に加わり役員に就任。同年11月、坑夫の待遇改善運動のため入獄し、1920年、東京控訴院で執行猶予の有罪判決を受けて足尾銅山を解雇された。同年9月、福島県安積郡郡山町に移り、郡山電気(後の東部電力)に入社。
青木 源吉(あおき げんきち、1897年(明治30年)3月7… 青木 源吉(あおき げんきち、1897年(明治30年)3月7日 - 1973年(昭和48年)1月27日)は、日本の政治家。栃木県今市市長、栃木県議会議員を務めた。 今市町室瀬に生まれる。今市尋常高等小学校を卒業。1929年(昭和4年)、今市町会議員に当選し、1947年(昭和22年)まで務める。1947年4月、今市町長選挙に立候補するが、現職の熊谷安正に敗れる。1948年(昭和23年)2月27日、熊谷が町長在任のまま死去。町長死去に伴う選挙は同年4月25日に行われ、無所属で立候補した青木が当選した。 町長在任中の1949年(昭和24年)に発生した今市地震では復興に努力した。1952年(昭和27年)4月23日の町長選挙では青木の他に立候補者がなく無投票で再選。