田谷 多枝子(たがや たえこ、1940年7月2日 - )は、… 田谷 多枝子(たがや たえこ、1940年7月2日 - )は、日本の児童文学翻訳家。日本語教師。 満洲・新京(現在の中国・吉林省長春市)生まれ、東京都出身。東京外国語大学タイ語科卒業。 日本女子大学にて山室静の下で童話の翻訳と研究に従事。その後、東京大学大学院文学部美学芸術学科修士課程で芸術家の生き方などを研究するが、日本語教師に転職。1982年から1990年、政府派遣専門家として、マレーシア、フィジー、シンガポールで日本語を教える。 ジョージ・マクドナルドの作品を多数翻訳した。
羽田 節子(はねだ せつこ、1940年3月9日 - )は、日… 羽田 節子(はねだ せつこ、1940年3月9日 - )は、日本の翻訳家、動物学者。昆虫生理学専攻。 東京生まれ。1963年東京農工大学農学部卒業。生物学関係の翻訳執筆にたずさわる。日高敏隆に師事し、共訳が多い。1995年『キャプテン・クックの動物たち』で吉村証子記念日本科学読物賞受賞。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
井上 輝夫(いのうえ てるお、1940年1月1日 - 201… 井上 輝夫(いのうえ てるお、1940年1月1日 - 2015年8月25日)は、日本のフランス文学者、詩人、翻訳家。慶應義塾大学名誉教授。 兵庫県西宮市夙川生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学科卒業。同大学大学院を経て、フランスのニース大学で博士号取得。弟弟子にル・クレジオがいた。留学時代にキリスト教に入信。慶應義塾大学経済学部助教授・教授を経て、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の新設に参画し、1990年同キャンパス総合政策学部教授。1999年から慶應義塾ニューヨーク学院長就任。2005年定年退職、名誉教授、中部大学人文学部教授。2010年、同大学を退職。 1961年、会田千衣子、岡田隆彦、吉増剛造、鈴木伸治とともに詩誌『ドラムカン』を創刊、詩人として活動した。
岡部 うた子(おかべ うたこ、1940年1月1日 - )は、… 岡部 うた子(おかべ うたこ、1940年1月1日 - )は、日本の翻訳家。 山梨県都留市生まれ。駒澤大学文学部英文科卒業。神奈川県横浜市の高校教諭となる。主に児童書の翻訳を手掛けた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
有本 紀明(ありもと としあき、1940年 - )は、日本の… 有本 紀明(ありもと としあき、1940年 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。 1940年に兵庫県神戸市に生まれた。1964年に大阪外国語大学イスパニア語科を卒業した。1972年、スペインのナバーラ大学大学院博士課程を修了し、文学博士を授与された。その後は天理大学助教授や教授、中京大学教授を務め、2011年に定年で退任した。
石塚 雅彦(いしづか まさひこ、1940年 - )は、日本の… 石塚 雅彦(いしづか まさひこ、1940年 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家。 東京生まれ。1963年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、日本経済新聞入社。1970年コロンビア大学ジャーナリズムスクール卒業。1976年から1980年香港支局長、1983年から1988年The Nikkei Weekly(英文日経)編集長、1990年から2000年論説委員。2000年から2004年フォーリン・プレスセンター専務理事。英国首相の回想記を度々訳した。
岩永 正勝(いわなが まさかつ、1940年 - )は、日本の… 岩永 正勝(いわなが まさかつ、1940年 - )は、日本の翻訳家。 東京大学教養学部卒業。大学卒業後、貿易商社に勤務する。1999年からイギリスP・G・ウッドハウス協会会員になる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小沢 瑞穂(おざわ みずほ、1940年 - )は、日本の翻訳… 小沢 瑞穂(おざわ みずほ、1940年 - )は、日本の翻訳家。 東京府(現東京都)出身。立教大学英文科卒業。米国留学後、エールフランスのスチュワーデスとして勤務した。その後、帝人で翻訳などに携わり、35歳で独立した。主に、ジュディス・クランツ、エイミ・タンなどの女性作家の作品、人生論、エッセイなどを訳す。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
佐宗 鈴夫(さそう すずお、1940年 - )は、日本の翻訳… 佐宗 鈴夫(さそう すずお、1940年 - )は、日本の翻訳家。 静岡県生まれ。1962年早稲田大学仏文科卒業。1965年同哲学科卒業。同大学院仏文科中退。コピーライターを経て、翻訳家となり、フランス語、英語の翻訳を行う。
加地 永都子(かじ えつこ、1940年 - 2009年4月1… 加地 永都子(かじ えつこ、1940年 - 2009年4月13日)は、日本の翻訳家、編集者。 東京都生まれ。東京女子大学文理学部卒業。卒業後は日本YWCAに7年間勤務。アジア太平洋資料センター理事、季刊『世界から』編集者のほか、日本ネグロス・キャンペーン委員会(JCNC)運営委員、ピープルズ・プラン研究所運営委員を務めた。
小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は… 小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は、日本の映画評論家、漫画評論家、海外コミック翻訳家、海外コミック・アニメーション研究家。東京都世田谷区出身。 アメリカンコミックス紹介で、KOSEIというペンネームを使っていたことがある。 日本における海外コミックの翻訳出版および研究、紹介の第一人者。元NHK職員。日本マンガ学会理事をへて3代目会長。日本漫画家協会会員(参与)。 熱気球パイロットのライセンスを持っており、日本気球連盟会員。 父は漫画家の小野佐世男。 東京市世田谷区代田[要出典]に生まれるが、自宅が空襲にあい、埼玉県指扇(さしおうぎ)の母方の親戚宅[要出典]に疎開する。戦中にインドネシアに渡っていた父の小野佐世男が1946年5月末に帰国し、世田谷・北沢の父の姉の家に家族で転居する。
冥王 まさ子(めいおう まさこ、1939年11月25日 - … 冥王 まさ子(めいおう まさこ、1939年11月25日 - 1995年4月21日)は、日本の作家、翻訳家。翻訳家としての筆名は原 麗衣(はら あきえ)。本名の柄谷(原)真佐子での翻訳もある。 東京出身。1963年、東京外国語大学英米科卒、1967年、東京大学大学院英文学専攻修了。修士論文はローレンス・スターン。同大学院で柄谷行人と知り合い、1965年結婚。アナイス・ニンの日記の翻訳などを行う。専任の職を大学紛争で辞した後、柄谷の1975年の渡米に同行。1979年「ある女のグリンプス」で文藝賞受賞、以後、作家、翻訳家として仕事をする。柄谷と離婚後、カリフォルニア州サクラメント滞在中に動脈瘤破裂のため死去。
長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 201… 長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 2015年5月3日)は、日本の詩人、児童文学作家、文芸評論家、翻訳家、随筆家、編集者。 大学在学中から詩を書き始め、第1詩集『われら新鮮な旅人』(1965年)で注目された。その後、『深呼吸の必要』(1984年)、『世界は一冊の本』(1994年)などで読者層を広げた。 1939年、福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校卒業。 1958年3月に福島より上京。1959年4月、早稲田大学第一文学部独文専修に入学。 早稲田大在学中の1960年秋、関根久男と詩誌「鳥」を創刊。雑誌「現代詩」「詩と批評」「第七次早稲田文学」の編集に加わる。1963年3月、早稲田大学卒業。
山根 貞男(やまね さだお、1939年10月15日 - 20… 山根 貞男(やまね さだお、1939年10月15日 - 2023年2月20日)は、日本の映画評論家、漫画評論家、翻訳家。かつては、菊池浅次郎のペンネームを使用していた。 大阪府出身。大阪外国語大学フランス語科卒業。大学時代は演劇部の活動に熱中する。 25歳で書評紙『日本読書新聞』の編集者となる。1967年には、読書新聞の同僚だった権藤晋(高野慎三)や、石子順造らと日本初の漫画評論誌『漫画主義』を創刊。菊池浅次郎名義で、3月の創刊号に漫画史上画期的なつげ義春の「沼」を論じた「不可能性への出発」を掲載。白土三平以外で最も早い時期につげ義春を絶賛。同誌や「夜行」などでつげ義春の作品などを論じた。 1969年から1971年まで波多野哲朗(大学の演劇部の先輩だった)、手島修三とともに映画批評誌『シネマ69』(誌名は『シネマ70』『シネマ71』と変遷し、毎年3号を刊行)を創刊し、編集・発行に携わった。
高島平吾(たかしま へいご、1939年4月5日- 2024年… 高島平吾(たかしま へいご、1939年4月5日- 2024年1月6日)は、日本の編集者・翻訳家。 兵庫県出身。本名・福住治夫。早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒。美術出版社勤務。1971~73年『美術手帖』編集長。のち『あいだ』編集長。
片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、… 片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、日本の小説家、エッセイスト、写真家、翻訳家、評論家である。 東京生まれ。祖父の片岡仁吉は山口県の屋代島(周防大島)出身で、ハワイに移民した人物。父の定一は米国の市民権を有する日系二世 である。父は若い頃に苦学をして米本土に渡り、金銭的に余裕ができると、横浜や神戸に遊びにきていた。母は近江八幡の古くから続く数珠屋の娘で、奈良女子高等師範学校を卒業して、山口県の岩国で女学校の講師をしていた。父母は岩国で見合い結婚をして、その後アメリカに戻る予定であったが、戦争が近づいていたため、アメリカにはもどれず、母の希望で東京に出る。父は家庭内では英語しか話さず、家庭は英語と関西言葉が飛び交う場所だった。
風呂本 惇子(ふろもと あつこ、1939年3月12日 - )… 風呂本 惇子(ふろもと あつこ、1939年3月12日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。専門はアメリカ黒人文学、カリブ文学。 東京生まれ。東京都立大学大学院英文科修了。神戸女子大学助教授、神戸女学院大学教授、奈良女子大学教授、2002年定年退官、城西国際大学教授、2012年退職。夫は英文学者の風呂本武敏。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
中上 哲夫(なかがみ てつお、1939年3月6日 - )は、… 中上 哲夫(なかがみ てつお、1939年3月6日 - )は、日本の詩人、翻訳家。本名、佐野哲夫。 大阪府大阪市出身。東京経済大学商学部卒業。アレン・ギンズバーグをはじめビート・ジェネレーションの詩人たちの影響を受ける。同人誌「ぶるう」「ぎゃあ」「木偶」を経て、個人誌「黄金の機関車」を発行。2004年、詩集『エルヴィスが死んだ日の夜』にて第34回高見順賞受賞、第13回丸山豊記念現代詩賞受賞。2013年、詩集『ジャズ・エイジ』にて第28回詩歌文学館賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小池 美佐子(こいけ みさこ、1939年2月27日- )は、… 小池 美佐子(こいけ みさこ、1939年2月27日- )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。元お茶の水女子大学教授。 東京生まれ。1961年お茶の水女子大英文科卒、東京大学大学院英文学修士課程修了。相模女子大学助教授、日本女子大学教授をへてお茶の水女子大学教授。2003年定年。 アメリカ演劇を専攻する。フェミニズム系のものが多くリリアン・ヘルマンを主として翻訳する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
太田 良子(おおた りょうこ、1939年(昭和14年)2月2… 太田 良子(おおた りょうこ、1939年(昭和14年)2月27日 - )は、日本の英米文学者、翻訳家、東洋英和女学院大学名誉教授。 東京生まれ。東京女子大学文学部英米文学科卒。1971 - 1975年ロンドン在住。1979年東京女子大学大学院修士課程修了。修士論文はヘンリー・ジェイムズ。1981年、東洋英和女学院短期大学英文科助教授。1994 - 1995年ケンブリッジ大学訪問研究員。1998年東洋英和女学院大学国際社会学部教授、2009年定年退任、名誉教授。エリザベス・ボウエンの作品を多く翻訳している。
谷本 誠剛(たにもと せいごう、1939年2月15日 - 2… 谷本 誠剛(たにもと せいごう、1939年2月15日 - 2005年1月22日)は、日本の児童文学研究者、翻訳家。関東学院大学名誉教授。博士(文学)(筑波大学・論文博士・2004年)(学位論文「昔話と児童文学の文体と表現 昔話から創作昔話へ」)。1998年より2004年まで日本イギリス児童文学会会長などを務めた。息子に生理学研究者の谷本道哉がいる。 兵庫県神崎郡福崎町西谷生まれ。兵庫県立福崎高等学校を卒業後、1964年に東京教育大学大学院英米文学科修士課程を修了し、静岡大学教養部で講師、助教授、教授、筑波大学で教授をそれぞれ務める。1992年に関東学院大学文学部で教授に就き、在職中の2005年に死去。
川西 芙沙(かわにし ふさ、1939年〈昭和14年〉1月6日… 川西 芙沙(かわにし ふさ、1939年〈昭和14年〉1月6日 - )は、日本の翻訳家。本名は飯吉 寿美子()。夫はドイツ文学者の飯吉光夫。 東京都出身。旧姓は西川。1961年早稲田大学文学部独文学科卒業。白百合女子大学講師、朝日新聞児童書書評委員などを経て、朝日カルチャーセンター講師、軽井沢絵本の森美術館顧問、ルンビニ幼稚園顧問。1980年代に入ってシルエット・ロマンスの翻訳を始め、あわせてドイツ児童文学などの翻訳に従事するようになった。2010年代はフェリス女学院大学オープンカレッジで「エッセイの書き方」講座の講師などもよく務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
秋津 知子(あきつ ともこ、1939年(昭和14年)1月1日… 秋津 知子(あきつ ともこ、1939年(昭和14年)1月1日 - )は日本の翻訳家。 東京都出身。1961年、津田塾大学英文科卒。 同年、日本出版貿易勤務を経て、1963年太平洋テレビジョン勤務に転じテレビ映画の翻訳に従事した。
有働 薫(うどう かおる、1939年 - )は、日本の詩人、… 有働 薫(うどう かおる、1939年 - )は、日本の詩人、フランス語翻訳家。 東京府(現杉並区)生まれ。1961年早稲田大学文学部仏文科卒。1970年代に白水社『仏和理工学辞典』第三版編纂に参加。八木幹夫、辻征夫、井川博年らと小沢信男を中心とする余白句会に参加。『幻影の足』で2010年度現代詩花椿賞受賞。詩作のほかフランス詩の翻訳もする。
藤本 和子(ふじもと かずこ、1939年 - )は東京出身の… 藤本 和子(ふじもと かずこ、1939年 - )は東京出身の、アメリカ文学翻訳家、随筆家。 本名、カズコ・F・グッドマン。夫は劇団黒テントの前身の「演劇センター68」の創設者の一人で、イリノイ大学の日本文学・演劇の教授のデイヴィッド・グッドマン。イリノイ州シャンペーン市在住。 早稲田大学政治経済学部卒業。大学時代、演劇研究会の女優だった。 卒業後、ノースウェスト航空に勤務。また、津野海太郎らとともに六月劇場の前身である独立劇場の設立メンバーとなった。1967年、渡米してニューヨークの日本領事館に勤務した後、イェール大学のドラマ・スクールで学ぶ。そこで、イェール大学の学生で滞日体験があったデイヴィッド・グッドマンと知り合い結婚。
平田 昭吾(ひらた しょうご、1939年 - )は、満州(現… 平田 昭吾(ひらた しょうご、1939年 - )は、満州(現在は中華人民共和国の東北地区・瀋陽市)生まれの絵本作家、翻訳家。日本の福島県・会津若松市育ち。 日本のアニメ絵本文化の先駆者であり、300巻(総計330巻)の絵本作品を出版している。日本国外での評価も高く、2005年までに国外の出版冊数が3億巻を突破した。 1956年、福島県立会津工業高等学校時代に笹川ひろしらと「会津漫画研究会」を設立する。 1958年に高校卒業後、手塚治虫に師事する。内弟子となり、専属アシスタント第2号となる。貸本漫画にてデビュー。1960年、「平田ポン」名義で『こだまブック』付録に作品が掲載される。[要出典]また、手塚の紹介でアニメ作家の政岡憲三の門下生となる。
倉谷 直臣(くらたに なおおみ、1938年12月24日 - … 倉谷 直臣(くらたに なおおみ、1938年12月24日 - )は、日本の英語教育家、翻訳家。 大阪生まれ。大阪大学文学部英文科卒。同大学院中退。武庫川女子大学講師、立命館大学助教授、大阪外国語大学教授、神戸松蔭女子学院大学教授、大阪外語専門学校校長を歴任。その間、香港大学訪問教授を併任。アメリカ合衆国・ニューハンプシャー大学、セントローレンス大学等客員教授。InterCultural Communication KOBE 代表。
眞方 忠道(まかた ただみち、1938年11月26日 - 2… 眞方 忠道(まかた ただみち、1938年11月26日 - 2024年1月29日)は、日本の哲学者、翻訳家。神戸大学名誉教授。専門はギリシャ哲学、西洋古典学。 1962年、東京大学文学部哲学科卒業。1967年同大学院博士課程満期退学。秋田大学助教授を経て、神戸大学文学部助教授、同教授。2003年定年退官、名誉教授。真方陽子は妻。また、児童文学、ファンタジー文学の翻訳も行った。
海保 眞夫(海保 真夫、かいほ まさお、1938年11月15… 海保 眞夫(海保 真夫、かいほ まさお、1938年11月15日 - 2003年4月12日)は、日本の英文学者、翻訳家。慶應義塾大学文学部教授を務めた。 神奈川県横浜市生まれ。1957年東京都立新宿高等学校卒業、1962年慶應義塾大学文学部英文学専攻卒、1964年慶應義塾大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。 1964年慶應義塾大学文学部助手、1969年同専任講師昇格、1972同助教授昇格、ケンブリッジ大学で2年間在外研究、1979同教授昇格。ジョナサン・スウィフトを中心に据えた18世紀英文学や英国史を専門としつつ、17 - 19世紀の英文学について多数の論文、書籍などを表し、同時に精力的に翻訳活動を行ったが、在職中に病没。
島田 三蔵(しまだ さんぞう、1938年9月20日 - 20… 島田 三蔵(しまだ さんぞう、1938年9月20日 - 2007年9月19日)は、日本の翻訳家(朝日新聞人物データベースには「作家・翻訳家」として登録されている)。本名は前島勝義(まえじま・かつよし)。 東京の向島(現墨田区向島)生まれ。1957年東京教育大学文学部日本史学科に入学。在学中に父親が死去したため留年し、大濱書店で働く。1963年卒業。 卒業後、偕成社に入社し編集者となる。1968年に退社し学習研究社に入社。1972年に退社。島田三蔵の筆名で翻訳を始める(退社は社の方針に合わなかった為)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
富士川 義之(ふじかわ よしゆき、1938年9月13日 - … 富士川 義之(ふじかわ よしゆき、1938年9月13日 - )は、日本の英文学者・文芸批評家、翻訳家。東京大学名誉教授。 1938年、富士川英郎の長男として赴任先の岡山市で生まれた。東京教育大学文学部英文科を経て、東京大学大学院人文科学研究科に進んだ。1970年に博士課程を満期退学。 その後は國學院大學助教授、旧・東京都立大学助教授・教授を経て、1990年より東京大学文学部英文科教授。後に人文社会系研究科教授。1998年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。退任後は駒澤大学文学部教授となり、2009年に退職。学界では、1996年から1998年まで日本英文学会会長を務めた。 ポー、ナボコフ、ペイターなど、イギリス文学の耽美主義、幻想文学を専攻し、著訳書も多く出版、近代日本の作家論も執筆している。
山田 宏一(やまだ こういち、1938年9月13日- )は、… 山田 宏一(やまだ こういち、1938年9月13日- )は、日本の映画評論家、翻訳家。 オランダ領東インド、バタヴィア(現・インドネシア、ジャカルタ)生まれ。東京を経て秋田県八森に疎開した。 1960年、早稲田大学第一文学部フランス文学科を中退。同年4月、東京外国語大学フランス語学科に入学。 1963年4月1日から10日にかけて、第3回「フランス映画祭」が東京都千代田区の東商ホールで開催された。『突然炎のごとく』『シベールの日曜日』など計9本の長編と、短編映画『ふくろうの川』が上映された。フランソワ・トリュフォー、アラン・ドロン、マリー・ラフォレ、セルジュ・ブールギニョン、アレクサンドラ・スチュワルト、アルベール・ラモリスらが映画祭に参加するため来日した。
田中 重弘(たなか しげひろ、1938年7月30日- )は… 田中 重弘(たなか しげひろ、1938年7月30日- )は、日本の文筆家、翻訳家。 和歌山県生まれ。和歌山県立和歌山工業高等学校染織科卒、上智大学文学部哲学科卒。 染色工場を経営したのち1968年からウィーン大学で哲学、文学を学ぶ。1979年からハンガリーのブダペスト在住。
片岡 しのぶ(かたおか しのぶ、1938年〈昭和13年〉3月… 片岡 しのぶ(かたおか しのぶ、1938年〈昭和13年〉3月11日 - )は、日本の翻訳家。英語のノンフィクション、ミステリー、児童文学などを翻訳する。 和歌山県生まれ、岩手県育ち。国際基督教大学教養学部卒。翻訳工房パディントン&コンパニイを夫の金利光と共同主宰。
桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日… 桐村泰次(きりむら やすじ、1938年〈昭和13年〉2月1日- )は、日本の翻訳家、哲学研究者、創価学会の人物。 京都府福知山市生まれ。1960年東京大学文学部社会学科卒。創価学会に入り、聖教新聞の記者となり、のち編集主事。フランス文化史の翻訳を多く行っている。
小沢 僥謳(おざわ きょう、1938年1月27日 - 199… 小沢 僥謳(おざわ きょう、1938年1月27日 - 1999年3月28日)は、日本の劇作家、演出家、翻訳家。本名:小沢 協(読みは同じ)。東京府芝区西久保明舟町(現・東京都港区虎ノ門)出身。暁星中学校・高等学校、パリ大学人文科卒業。父は俳優の小沢栄太郎。 俳優の小沢栄太郎とその最初の妻との長男として生まれ、16歳で母を自死で失う。中学・高校を暁星学園で過ごし、卒業後はパリ大学人文科に進学。同大学卒業後もフランスに滞在して映画助監督となり、帰国後に舞台の劇作家、演出家として活動した。第5回湯浅芳子賞受賞。ファッションブランド「VAN」が製作した『Take IVY』の映画版の監督も務めた。 1999年3月28日、閉塞性黄疸のため死去。
中村 輝子(なかむら てるこ、1938年1月20日 - )は… 中村 輝子(なかむら てるこ、1938年1月20日 - )は、ジャーナリスト・翻訳家。高井有一の妻。 北海道生まれ。本名・輝。東京大学文学部社会学科卒業後、1962年共同通信社入社。文化部記者、編集委員、論説委員を経て、1998年退社。1984年、高井有一と結婚。立正大学客員教授を務めた。
奥田 暁子(おくだ あきこ、1938年〈昭和13年〉 - )… 奥田 暁子(おくだ あきこ、1938年〈昭和13年〉 - )は、日本の女性史研究家、翻訳家。 国際基督教大学教養学部卒業。大妻女子大学短期大学部非常勤講師、恵泉女学園大学非常勤講師、聖心女子大学非常勤講師など。 日本近代女性史、フェミニズム、パレスティナ問題、エコロジーなどの分野で著述、翻訳を行う。
野中 千恵子(のなか ちえこ、1938年 - )は、日本の翻… 野中 千恵子(のなか ちえこ、1938年 - )は、日本の翻訳家。 1961年、東京外国語大学英米科卒業。
山田 侑平(やまだ ゆうへい、1938年 - )は、ジャーナ… 山田 侑平(やまだ ゆうへい、1938年 - )は、ジャーナリスト、翻訳家、人間総合科学大学名誉教授。長野県出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京外国語大学中国語科卒業。共同通信記者となり、ニューヨーク支局員、ブリュッセル支局長など。2000年、人間総合科学大学教授。09年定年、名誉教授。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
岩瀬 孝雄(いわせ たかお、1938年 - )は、日本の翻訳… 岩瀬 孝雄(いわせ たかお、1938年 - )は、日本の翻訳家。 東京教育大学文学部英文科卒。
本田 康典(ほんだ やすのり、1938年 - )は日本の英米… 本田 康典(ほんだ やすのり、1938年 - )は日本の英米文学者、翻訳家。宮城学院女子大学名誉教授。 熊本市出身。1961年早稲田大学教育大学英語英文学科卒、1964年同大学院文学研究科修士課程修了。宮城学院女子大学助教授、1980年教授、2002年退職、名誉教授。20世紀英米小説専攻。 1994年から「日本ヘンリー・ミラー協会」会長として、ヘンリー・ミラーやアナイス・ニンに関する日本での再評価にむけて執筆活動を続けている。 ミラーに関する多くの論文、著書、翻訳、エッセーがある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
吉田 映子(よしだ あきこ、1937年12月27日 - 19… 吉田 映子(よしだ あきこ、1937年12月27日 - 1997年1月2日)は、日本の英米文学者、翻訳家。 千葉県出身。別名・吉田昤子。一橋大学大学院社会学研究科修了。東京女子医科大学看護短期大学教授を務めた。
北山 克彦(きたやま かつひこ、1937年12月13日 - … 北山 克彦(きたやま かつひこ、1937年12月13日 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 大阪府生まれ。東京外国語大学英米科卒、東京都立大学 (1949-2011)大学院修士課程修了、東京商船大学助教授、立教大学一般教育部助教授、観光学部教授、2003年定年、名誉教授。 現代アメリカ文学、特にレイ・ブラッドベリの翻訳で知られる。
小平 武(こだいら たけし、1937年12月13日 - 19… 小平 武(こだいら たけし、1937年12月13日 - 1992年3月23日)は、日本のロシア文学者、比較文学研究者、翻訳家。元北海道大学教授。 東京出身。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業、東京大学大学院比較文化研究科修士課程修了。北海道大学言語文化部ロシア語科を経て、北海道大学教授。 ロシア・ソヴィエトの詩と演劇を専門とし、ロシア文学関係の仕事としては、マヤコフスキーやチェーホフを論じたほか、アレクサンドル・ブローク、アンドレーエフの作品を翻訳・紹介し、比較文学関係では、夏目漱石、志賀直哉、宇野浩二に関する著作を発表した。 1975年に札幌のロシア研究者たちと共に、同人雑誌「えうゐ ロシアの文学・思想」を創刊し、創刊号から第二十号まで17年間編集を担当する。
内田 吉彦(うちだ よしひこ、1937年11月24日 - )… 内田 吉彦(うちだ よしひこ、1937年11月24日 - )は、日本のスペイン・ラテンアメリカ文学者、翻訳家。フェリス女学院大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1962年東京外国語大学スペイン語科卒業、同大学院中退、1979年東海大学助教授、1986年中京大学教授、1990年フェリス女学院大学教授、2008年定年退任、名誉教授。 1994年会田由賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
八木田 宜子(やぎた よしこ、1937年11月11日 - 2… 八木田 宜子(やぎた よしこ、1937年11月11日 - 2022年12月12日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ。東京大学教育学部卒業。駒場時代は樺美智子の同級生で、安保反対運動に参加していた。卒業後は編集者。乙骨淑子、奥田継夫、山下明生、掛川恭子らの同人誌「こだま」の参加を機に創作活動の傍ら、英米文学の翻訳を手掛ける。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
末松 氷海子(すえまつ ひみこ、1937年10月22日 - … 末松 氷海子(すえまつ ひみこ、1937年10月22日 - )は、日本のフランス児童文学の研究者、翻訳家。筆名は、生家の姓。 兵庫県芦屋市出身。父は朝日新聞記者の末松満()。本姓・井出。早稲田大学政経学部新聞学科卒。1961年から1962年、フランス・リールのカトリック大学(英語版)新聞学部に学ぶ。1964年に行政学者の井出嘉憲と結婚。
佐藤 真理子(さとう まりこ、1937年9月4日 - 202… 佐藤 真理子(さとう まりこ、1937年9月4日 - 2024年12月18日)は、日本の翻訳家。 東京生まれ。上智大学文学部ドイツ文学科卒業。1974年から1985年までミュンヘン国際児童図書館の日本部門に勤務。ミュンヘン大学で民俗学・中世ドイツ文学を専攻。 1989年、真理子の誕生日である9月4日にドイツの児童文学作家であるミヒャエル・エンデと結婚。 2024年12月18日死去。87歳没。終の棲家()はミュンヘンにあるナーシングホームであった。葬儀は2025年1月23日アザム教会(ドイツ語版)において執り行われた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小木曽 絢子(おぎそ あやこ、1937年6月3日 - )は、… 小木曽 絢子(おぎそ あやこ、1937年6月3日 - )は、日本の翻訳家。日本推理作家協会会員。 東京都世田谷区生まれ。福岡県立修猷館高等学校、東京女子大学文学部卒業。 英語教師だったが、SF好きの息子の影響で40歳頃から翻訳を勉強し、1986年にアンドレ・ノートン『スター・ゲイト』小隅黎(柴野拓美のペンネーム)との共訳で、翻訳家としてデビューした。 紀伊国屋書店で、当時世界的には無名だったロイス・マクマスター・ビジョルドの『自由軌道』を発掘し、翻訳を企画。相談先の東京創元社が『戦士志願』の翻訳を企画していたのもあり、小木曽単独による翻訳出版が決まった。出版後、米国在住のビショルドを訪ね、親密な仲となった。