渡辺 広士(わたなべ ひろし、1929年9月5日 - )は、… 渡辺 広士(わたなべ ひろし、1929年9月5日 - )は、日本の文芸評論家、フランス文学者、翻訳家。 広島県生まれ。東京大学仏文科卒業。1965年「三島由紀夫と大江健三郎」で群像新人文学賞受賞、雑誌『審美』に参加。1968年法政大学助教授、のち教授を2000年まで務めた。 ロートレアモンなどを研究、翻訳し、戦後文学を論じた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
桂 千穂(かつら ちほ、1929年8月27日 - 2020年… 桂 千穂(かつら ちほ、1929年8月27日 - 2020年8月13日)、日本の脚本家、小説家、翻訳家、映画評論家。男性。岐阜県出身。別名義に宇治 英三、リチャード・ピータース。本名は島内 三秀である。 父は高知県出身の陸軍将校。読書家だった母の影響と病弱だったことから、読書に耽る少年時代を送った。1943年(昭和18年)、志願して名古屋陸軍幼年学校に入学し、ここで終戦を迎える。退校直前に幼年学校の映画会で古川緑波主演の喜劇を観て、映画の魅力に取り憑かれた。 1954年(昭和29年)、早稲田大学文学部卒業。1955年(昭和30年)にTBSに入社。編成局連絡課に配属されるが、激務のために高校時代に患った結核が悪化して6ヶ月で退社。
出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 201… 出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 2019年8月2日)は、日本の英文学者、英国文化研究家、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 三重県松阪市生まれ。1953年早稲田大学教育学部英語英文科卒業、同副手。1955年早稲田大学大学院修了。1963年早大教育学部講師、1966年助教授、1971年教授、2000年に退職後、名誉教授。2009年春、瑞宝中綬章受勲。 1963年、大英博物館研究員として渡英。その後も、オックスフォード大学キャンピオン・ホール(Campion Hall)上級客員教授などとして、たびたびイギリスに滞在する。 ジョン・キーツをはじめとするイギリス・ロマン派についての研究業績や、『キーツ全詩集』などの訳業も多い。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
川井 秀幸(かわい ひでゆき、1929年7月21日 - 20… 川井 秀幸(かわい ひでゆき、1929年7月21日 - 2016年6月16日)は、元宝塚歌劇団所属の演出家、脚本家、翻訳家。兵庫県神戸市出身。関西大学法学部卒業。 1955年、宝塚歌劇団に入団、白井鐵造に師事する。1959年にはカナダ・アメリカ公演の、1965年にはフランス公演の舞台監督を務める。英語が堪能で「オクラホマ!」や「回転木馬」・「ミー・アンド・マイガール」・「キス・ミー・ケイト」などブロードウェイミュージカルの企画・交渉・翻訳・通訳などに携わる一方、郷土芸能研究会において「鯨」「ユンタ」などの日本の伝統文化を題材にした作品の脚本、演出も手掛ける。長年にわたり機関誌「歌劇」で主にブロードウェイミュージカルを紹介したエッセイ「ミュージカル」を掲載する。
栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023… 栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023年5月5日)は、日本のフランス文学者、美術評論家、作家、翻訳家。駒沢女子大学日本文化研究所名誉所長。 フランス象徴主義の詩人・ロートレアモン伯爵の作品を日本で初めて全訳し、レフ・トロツキーの翻訳も行った。また詩人でもあり、戯曲も書いた。多彩な創作、評論活動を展開し、仏教、寺院建築、美術等に関する日本文化論の著書を多く発表した。 東京生まれ、満洲出身。父は栗田健男。 1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)卒業。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、同大学院修士課程修了。1960年より文筆活動に入る。 1962年、松田政男、山口健二、川仁宏らが企画した自立学校で、谷川雁、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一、森秀人らとともに、講師をつとめる。
上遠 恵子(かみとお けいこ、1929年7月17日 - )は… 上遠 恵子(かみとお けいこ、1929年7月17日 - )は、日本のエッセイスト、翻訳家。レイチェル・カーソン日本協会会長。 東京都出身。東京薬科大学卒業。1974年、ポール・ブルックス(英語版)『生命の棲家』(後に『レイチェル・カーソン』と改題)を訳出。研究室勤務、学会誌編集者を経て、現在エッセイスト。レイチェル・カーソン日本協会理事長を経て会長。 1929年:東京・田園調布にて誕生。父親は昆虫学者。東京帝国大学理学部を卒業後、農林省(現:農林水産省)に勤務する技官だった。両親がクリスチャンだったため、幼児洗礼を受ける。 1936年:小学校入学。 1941年:太平洋戦争勃発。田園調布のあたりもB29の空襲を受けるが、生家は被害を免れた。
谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本… 谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本の文学者、文学研究者、民俗学者、翻訳家。専門はドイツ文学および北欧文学。
長野 敬(ながの けい、1929年6月6日 - 2017年1… 長野 敬(ながの けい、1929年6月6日 - 2017年10月25日 )は、日本の生物学者、翻訳家。 東京生まれ。1952年東京大学理学部卒業、1960年群馬大学医学博士。1974年から自治医科大学教授を務め、2000年定年退任、名誉教授。河合文化教育研究所主任研究員。数多くの翻訳を行った。2017年10月25日逝去。享年88歳。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
後藤 安彦(ごとう やすひこ、1929年5月28日 - 20… 後藤 安彦(ごとう やすひこ、1929年5月28日 - 2008年2月16日)は、日本の翻訳家、歌人。本名は二日市 安。 兵庫県西宮市生まれ。 生来の脳性麻痺のため、堺市立熊野国民学校卒業後は自宅で暮らす。少年期から青年期にかけては幽閉同然に大分県で育った。1958年に桐三樹夫の推挙で短歌結社「中央線」入会。1964年に結社新人賞、1972年に作品賞を受賞。数か国語を独学で学び、翻訳家となる。ジョン・ガードナーやトマス・チャステイン(Thomas Chastain)など、推理小説を翻訳。障害者運動にも積極的に活動した。「車椅子の国会議員をつくる会」を立ち上げて代表をつとめようとしたこともあるが、すぐにつぶれたという。
山際 素男(やまぎわ もとお、1929年5月21日 - 20… 山際 素男(やまぎわ もとお、1929年5月21日 - 2009年3月19日)は、日本のノンフィクション作家、インド文化研究家、翻訳家。専門はインド文学。 三重県大王町出身。中学、高校でそれぞれ中退を経験し、法政大学文学部日本文学科卒。朝日新聞東京本社、世界労連東京事務所勤務を経て、インドに留学。インド国立パトナ大学(英語版)、ビスババラティ大学(英語版)で学ぶ。帰国後、文筆活動に入る。 代表作として、インドにおけるカースト制度の実態を告発した『不可触民 もうひとつのインド』がある。1998年には、古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』の翻訳で第34回日本翻訳出版文化賞を受賞した。 チベット問題にも関わり、『ダライ・ラマ自伝』他、チベット関連書を翻訳。
小西 宏(こにし ひろし、1929年5月5日 - 1998年… 小西 宏(こにし ひろし、1929年5月5日 - 1998年11月21日)は、日本の翻訳家。元専修大学法学部法律学科教授。本名は小西 基弘。 中国・上海生まれ。東北大学法学部卒業、1956年一橋大学大学院中退。 1966年リーゼ賞受賞。国際経済法専攻の学者だったが、30代の間に、E・S・ガードナー、フレドリック・ブラウン、E・R・バロウズ、E・E・スミスなど多数を創元推理文庫に翻訳した。40歳以後は翻訳をやめた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
諏訪 優(すわ ゆう、1929年4月29日 - 1992年1… 諏訪 優(すわ ゆう、1929年4月29日 - 1992年12月26日)は、日本の詩人、翻訳家。 東京生まれ。1949年明治大学文芸科卒。在学中より吉本隆明らと詩誌『聖家族』を創刊。ウィリアム・バロウズやアレン・ギンズバーグといったアメリカのビート・ジェネレーションの影響を受け、その作品を翻訳して日本へと紹介した。ギンズバーグやゲーリー・スナイダーとは直接の交流もあった。1992年没、墓所は東京都世田谷区の宗福寺。 息子は俳優の諏訪太朗。佐野元春と深い交友があった。
岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日… 岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日本のフランス文学・美術研究者、翻訳家。跡見学園女子大学名誉教授。 東京生まれ。岡谷鋼機創業者一族の出。父の岡谷順之助は岡谷商店副社長で岡谷鋼機取締役。外祖父の高松定一は堀川貯蓄銀行取締役。 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部を卒業。 父親の指示で慶應義塾予科医学部に進学するが、医学を放棄して東京大学文学部に進学する。1952年東京大学文学部美学美術史学科卒業。大学時代は『第15次新思潮』に参加。 その後ゴーギャン、アンリ・ルソーなど、熱帯に魅せられた画家たちの翻訳、研究を著し、柳田國男の青春期を研究し、友人であった田山花袋の初期作品が、ほぼ柳田自身の悲恋をモデルとしていることをつきとめた。
若林 真(わかばやし しん、1929年4月3日 - 2000… 若林 真(わかばやし しん、1929年4月3日 - 2000年3月14日)は、日本のフランス文学者・作家・翻訳家・批評家。慶應義塾大学名誉教授。 新潟県佐渡郡生まれ。1948年、慶應義塾大学文学部予科に入学。1949年、新制の慶應義塾大学文学部に入学。翌年、仏文学専攻に進学。同窓に山川方夫、田久保英夫がおり、親しく交流した。在学中は小説を執筆したり、『三田文学』で批評を行ったりした。1953年、慶應義塾大学文学部仏文学専攻を卒業。1956年、慶應義塾大学文学研究科仏文学専攻修士課程修了。1959年、同大学院博士課程満期退学、慶應義塾大学文学部助手。1961年同専任講師、1965年同助教授、1970年同教授。
岡枝 慎二(おかえだ しんじ、1929年3月31日 - 20… 岡枝 慎二(おかえだ しんじ、1929年3月31日 - 2005年5月23日)は、日本の字幕翻訳家。東京生まれ。映画翻訳家協会会員。 英、独、仏、伊、西、露、スウェーデン語の7か国語に精通し、2,000本以上の映画の字幕翻訳を行った。簡潔で透明な翻訳を特徴とする。 言葉を分かる人が少なかったヨーロッパ映画の字幕を手がけたことにより、字幕界に入る。代表作は英語映画では『エイリアン』シリーズ、『ブレードランナー』、『スター・ウォーズ』シリーズ、『ダイ・ハード』シリーズ、『リーサル・ウェポン』シリーズ、『遠すぎた橋』に加え、フランス映画の『エマニエル夫人』シリーズ、ドイツ映画の『アギーレ・神の怒り』、イタリア映画の『揺れる大地』、スペイン映画の『エル・ドラド』、ソ連(ロシア)映画の『惑星ソラリス』、スウェーデン映画の『愛の風景』など。
片山 正樹(かたやま まさき、1929年3月28日 - 20… 片山 正樹(かたやま まさき、1929年3月28日 - 2017年3月6日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。関西学院大学名誉教授。 大阪府生まれ。1952年京都大学文学部仏文科卒業、1955年同大学院博士課程中退。1957年関西学院大学文学部仏文科講師、1961年助教授、1969年教授。1997年定年退任、名誉教授。バタイユ、セリーヌなどの翻訳を行った。また、多田智満子や矢川澄子、澁澤龍彦、生田耕作らとともに『未定』誌の同人だった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小林 司(こばやし つかさ、1929年(昭和4年)3月21日… 小林 司(こばやし つかさ、1929年(昭和4年)3月21日 - 2010年(平成22年)9月27日)は、日本の精神科医、作家、翻訳家。 日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰。 青森県弘前市出身。1953年(昭和28年)、新潟大学医学部卒業。1959年(昭和34年)、東京大学大学院修了、医学博士。大宅壮一東京マスコミ塾第7期生。上智大学カウンセリング研究所教授を経てメンタル・ヘルス国際情報センター所長。 洋子夫人は東山あかねという筆名で、「二人で一人」と公言している位である。「シャーロック・ホームズ」関連の共著・訳を中心に数十冊刊行している。 小林は極めて闊達なエスペランティストとしても知られ、日本エスペラント学会の顧問でもあった。
直野 敦(なおの あつし、1929年3月18日 - )は、日… 直野 敦(なおの あつし、1929年3月18日 - )は、日本の翻訳家・東欧・ロシア文学者。東京大学教養学部名誉教授。 大分県大分市生まれ。1954年東京大学文学部仏文科卒、1957年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。金子幸彦ゼミ出身。1958年からルーマニア・ブカレスト大学に学び、1963年同文学部卒業。1965年同大学院修士課程修了、帰国。翻訳を幾つか出し、1969年東京大学教養学部専任講師、1971年11月助教授、1976年12月教授、1989年定年退官し名誉教授、文化女子大学教授、1990年文学部長。2004年退職。 主としてルーマニア語、ルーマニア文学の教育、翻訳を行なった。かつては社会主義思想を信奉していたが、後年は、宗教学者ミルチャ・エリアーデが、初期に書いた小説作品の翻訳で知られる。
藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 20… 藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 2021年8月10日)は、日本のドイツ・オーストリア文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。第八高等学校から、1951年東京大学独文科卒、東京大学大学院研究奨励学生前期修了。1961年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1989年定年退官、成城大学教授、1999年退職。 2021年8月10日、心不全・腎不全のため死去。92歳没。死没日をもって従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈される。
福島 正実(ふくしま まさみ、1929年2月18日 - 19… 福島 正実(ふくしま まさみ、1929年2月18日 - 1976年4月9日)は、樺太出身の編集者、SF作家、SF評論家、翻訳家。 本名:加藤 正実(かとう まさみ)。別名:加藤 喬(かとう きょう)、原 狷介(はら けんすけ)がある。 長男の加藤 喬(かとう たかし、1957年 -)は元米陸軍大尉で米国防総省外国語学校日本語学部長であり、第3回開高健賞奨励賞受賞者である。次男の加藤まさし(別名・桑沢慧、1963年 - )も翻訳・著述を手がけている。義弟(妹の夫)は内田庶(宮田昇)。詩人田村隆一の2度目の妻は正実の従姉妹。 初代『S-Fマガジン』編集長であり、それまで日本の出版界では商業的に成功しなかったSFを日本に定着させるため、様々な分野で精力的に活動し、「SFの鬼」と呼ばれた。
井上 謙治(いのうえ けんじ、1929年2月15日 - 20… 井上 謙治(いのうえ けんじ、1929年2月15日 - 2026年5月14日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治大学・桜美林大学名誉教授。 東京生まれ。1951年東京大学英文科卒業、53年同大学院旧制満期修了。54年専修大学商経学部専任講師、59年オバーリン大学に学ぶ。61年助教授、63年明治大学工学部助教授、68年理工学部教授、95年定年となり名誉教授、桜美林大学教授、99年退任。 ジョン・アップダイクの「ウサギ」シリーズを全訳した。 1998年に日本翻訳文化賞を受賞した。 2026年5月14日死去。97歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
由良 君美(ゆら きみよし、1929年2月13日 - 199… 由良 君美(ゆら きみよし、1929年2月13日 - 1990年8月9日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 専門はコールリッジをはじめとした近代イギリスロマン主義文学。比較文学、ゴシック小説、サブカルチャーなどにも幅広い著述を行った。 ドイツ哲学者由良哲次の長男として京都市北白川に生まれる。「君美」の由来は、新井白石の諱たる君美(きんみ)に因む。母の清子は東京高等師範学校教授で、哲次の恩師である吉田彌平の次女。出生当時、父哲次はハンブルク大学に在職中だったエルンスト・カッシーラーのもとに留学中だった。1931年、哲次は日本に帰国し、1932年、一家で東京市小石川区林町(現在の東京都文京区千石)に転居。
伊集院 俊隆(いじゅういん としたか、1929年2月 - 2… 伊集院 俊隆(いじゅういん としたか、1929年2月 - 2004年9月1日)は、日本のロシア語翻訳家、出版編集者、ロシア語教育者。 現在の大阪府大阪市旭区森小路生まれ。大阪市立中大江東小学校、山水中学校、仙台幼年学校、茨城県立下妻中学校を経て、東京外国語大学ロシア語科卒業。新読書社社長、本郷ロシア語クールス主宰。レーニン、クルプスカヤ夫妻に関心が深く教育学関係図書の翻訳を多く行った。 2004年9月1日、脳幹梗塞のため死去。
須賀 敦子(すが あつこ、1929年1月19日(戸籍上は2月… 須賀 敦子(すが あつこ、1929年1月19日(戸籍上は2月1日) - 1998年3月20日)は、日本の随筆家・イタリア文学者・翻訳家。 20代後半から30代が終わるまでイタリアで過ごした。日本に帰国し40代はいわゆる専業非常勤講師として過ごす。50代以降、イタリア文学の翻訳者として注目され、50代後半からは随筆家としても脚光を浴びた。代表的な著作に『ミラノ霧の風景』(1990年)、『コルシア書店の仲間たち』(1992年)など。 死去後の2014年に、イタリア語から日本語への優れた翻訳を表彰する須賀敦子翻訳賞が創設されている。 大手の空調・衛生設備業者、須賀工業(旧須賀商会)経営者の家に生まれる。
岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 … 岸田 衿子(きしだ えりこ、1929年〈昭和4年〉1月5日 - 2011年〈平成23年〉4月7日)は、日本の詩人・童話作家、翻訳家。詩誌『櫂』同人。 詩集に『忘れた秋』『らいおん物語』『ソナチネの木』などがある。1966年、絵本『かばくん』でドイツ児童図書賞、1974年、絵本『かえってきたきつね』で産経児童出版文化賞大賞を受賞した。 劇作家岸田国士の長女として東京府(現・東京都杉並区)に生まれる。妹は女優の岸田今日子。従弟に俳優の岸田森がいる。 立教女学院小学校、立教女学院女学校、東京芸術大学油絵科卒業。画家を志すも肺病を患い詩人になる。 1954年10月4日、北軽井沢大学村にて交友のあった谷川俊太郎と結婚。
狩野 美智子(かのう みちこ、1929年〈昭和4年〉 - )… 狩野 美智子(かのう みちこ、1929年〈昭和4年〉 - )は、日本のスペイン研究家、文筆家、翻訳家。 東京浅草生まれ。東京で空襲を度々経験し、長崎での学徒動員中に工場で被爆。旧姓は切通。 1946年長崎県立長崎高等女学校卒業。1956年慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。都内の公立中学校、定時制高校で社会科教論として28年間教えた。1983年退職。その後は文筆家、翻訳家。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
関口 英男(せきぐち ひでお、1929年- )は、文化学者、… 関口 英男(せきぐち ひでお、1929年- )は、文化学者、翻訳家。 兵庫県芦屋生まれ。1957年国際基督教大学卒業。インディアナ大学、南カリフォルニア大学大学院で学ぶ。松竹、テレビ東京、海外新聞普及を経て帝京大学に勤務。帝京ロンドン学園校長、帝京大学ダーラム分校校長ののち帰国。帝京大学国際文化学科助教授の後退職。ジャポニズム学会会員。
森 郁夫(もり いくお、1929年 - 1966年)は、日本… 森 郁夫(もり いくお、1929年 - 1966年)は、日本の翻訳家。 1954年東京大学独文科卒。英米の推理小説・SFを翻訳した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
加地 美知子(かじ みちこ、1929年 - )は、日本の英米… 加地 美知子(かじ みちこ、1929年 - )は、日本の英米文学翻訳家。 兵庫県神戸市生まれ。同志社女子専門学校(現・同志社女子大学)英語科卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
大久保 博(おおくぼ ひろし、1929年 - )は、日本の英… 大久保 博(おおくぼ ひろし、1929年 - )は、日本の英米文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 マーク・トウェインの作品を主として翻訳した。 法政大学文学部英文科卒業。法政大教養部英語教授を務めた。門下に金原瑞人など。 Kindle版(電子出版のみ)。大半は旺文社版の改訳。 2014 - 2015 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
関根 日出男(せきね ひでお、1929年 - 2017年1月… 関根 日出男(せきね ひでお、1929年 - 2017年1月18日)は、医師、チェコ語の翻訳家、チェコ音楽研究家。 長野県北安曇郡大町(現大町市)生まれ。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、大阪陸軍幼年学校を経て、旧制松本医学専門学校(信州大学医学部)卒。1959年北海道大学医学博士。東京都内に耳鼻科医院を開業、同院長。1959年からチェコ音楽を研究、1964年からチェコ語を研究し、翻訳する。
武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は… 武鹿 悦子(ぶしか えつこ、1928年12月20日 - )は、日本の児童詩人、児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ。本姓・荒谷。東京都立第八高等女学校卒業。 戦後西條八十との出会いを契機に、NHKラジオ「うたのおばさん」に童謡を発表、文筆生活に入る。 フランス民謡の曲「踊る少女」と「きらきら星」の訳詞を担当。 1983年『詩集ねこぜんまい』で産経児童出版文化賞、日本童謡賞受賞。2014年『星』で日本児童文学者協会賞、日本童謡賞受賞。 2009年に三郷町図書館に「武鹿文庫」を設立した。 児童詩、絵本、再話、翻訳、子供向け伝記など多数を執筆している。奈良県三郷町在住。
森野 善右衛門(もりの ぜんえもん、1928年12月7日 -… 森野 善右衛門(もりの ぜんえもん、1928年12月7日 - 2023年7月31日 )は、日本の神学者、牧師、翻訳家。東北学院大学名誉教授。 広島市生まれ。1945年群馬県立高崎中学校卒業。1948年松本高等学校理科甲類卒業。1953年広島文理科大学物理学科卒業。1957年東京神学大学大学院修士課程修了。日本基督教団信濃町教会、若草教会牧師。1966年東北学院大学助教授、教授。1996年定年退任、名誉教授。
梶 龍雄(かじ たつお、1928年11月21日 - 1990… 梶 龍雄(かじ たつお、1928年11月21日 - 1990年8月1日)は、日本の推理作家、小説家、翻訳家。本名は、可児 秀夫。 1928年岐阜県生まれ。慶應義塾大学文学部英文科卒業後、小学館に勤める。1952年に雑誌『宝石』に「白い路」を発表し作家活動のスタートを切る。1959年小学館退社後、児童小説や後に多数執筆する推理小説の翻訳などに参加し、このころからミステリー・推理小説などに関わりをもった。 1977年、真相究明によるサスペンスをとりいれながらも主人公の恋をドラマチックに描いた推理小説「透明な季節」で第23回江戸川乱歩賞を受賞。自作小説で賞を勝ち取ったのはこれが最初である。 その後の活動としては、『透明な季節』と同じ部類に入る旧制高校を舞台にした本格派推理小説をシリーズとして多数を執筆したほか、トラベル・ミステリーのような推理小説なども執筆した。
飯田 規和(いいだ のりかず、1928年11月6日 - 20… 飯田 規和(いいだ のりかず、1928年11月6日 - 2004年1月12日)は、日本のロシア文学者・翻訳家。元新潟女子短期大学学長。筆名が飯田規和(いいだ きわ)。 1928年、山梨県石和町(現・笛吹市)で生まれる。1950年4月東京外国語大学に入学、外国語学部ロシヤ語学科で学び、1955年に卒業。 1955年、日ソ翻訳出版懇話会勤務。同会でソ連の出版物の翻訳・出版の仲介などに18年間従事する傍ら翻訳の仕事に精力的に取り組んだ。埼玉大学講師などを務めたほか、1973年東京外国語大学勤務を経て、1974年同大学教授。1991年停年退官し、同年新潟女子短期大学教授。1997年から県立新潟女子短期大学学長。
内田 庶(うちだ ちかし、1928年11月6日 - 2019… 内田 庶(うちだ ちかし、1928年11月6日 - 2019年3月14日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、編集者、著作権コンサルタント、実業家。東京都出身。日本ユニ著作権センター代表理事理事兼顧問著作権相談員。本名は宮田 昇(みやた のぼる)。1953年、明治大学文学部文学科中退。 戦後、近代文学社、南雲堂などに勤務ののち、1952年から早川書房の編集者となり、ハヤカワ・ポケット・ミステリの創刊を企画する。のち1955年に退社し、チャールズ・イー・タトル商会で勤務するかたわら、ペンネーム内田庶(うちだ ちかし)名で数多くの児童書の執筆・翻訳を手がける。1967年、独立して矢野浩三郎と矢野著作権事務所を興す。
佐和 誠(さわ まこと、1928年10月23日 - 2012… 佐和 誠(さわ まこと、1928年10月23日 - 2012年1月4日)は、日本の翻訳家、字幕翻訳家。本名・塩沢誠治。 東京生まれ。青山学院専攻科卒業。 字幕翻訳家などを経て、外国映画の原作、推理小説、冒険小説などの英語からの翻訳を業とする。『卒業』『ペーパームーン』『イージー・ライダー』などのほか、「デストロイヤー」などシリーズものも多い。 「デストロイヤー」シリーズ(R・サピア&W・マーフィー、創元推理文庫) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月… 木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月16日)は、日本の哲学者、翻訳家。専攻は西洋哲学史、現象学の研究。中央大学名誉教授。 モーリス・メルロー=ポンティ、エドムント・フッサール等の、20世紀ヨーロッパ思想で著名な哲学者の代表作を平易な日本語に訳した。ハイデガーの研究でも知られる。 新潟県新潟市生まれ、本籍地は山形県最上郡東小国村(現在は最上町)。 3歳のとき一家で満洲・新京に渡る。新京第一中学校(戦時体制のため4年で繰り上げ卒業)を経て、1945年(昭和20年)海軍兵学校に入学(78期)。同年8月6日、江田島で水泳の訓練中、原爆投下を広島市側の海岸で目撃。8月15日に日本が終戦を迎えると軍海軍兵学校では生徒たちに帰宅の指示が出たが、満州出身であったため本土にいる親戚もよくわからず困っていたところ、教官が自身の佐賀の実家へ行くよう指示してくれる(教官は兵学校での残務処理に残った)。
草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 19… 草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 1993年7月25日)は、日本のロシア文学研究者、詩人、小説家、翻訳家。 後の神奈川県鎌倉市に生まれる。父は海軍兵学校校長を務めた草鹿任一であり、草鹿龍之介も親戚にあたるという海軍一家に育ち、湘南中学校から1945年海軍兵学校に入学する(77期)も、まもなく終戦を迎え、復員する。 第二次世界大戦復員後は、横浜工業専門学校を卒業後、早稲田大学に編入学して、ロシア文学を学ぶ。その後、早稲田大学や中央労働学院などで教えながら、日本福祉大学の教授となり、副学長も務めた。 また、詩人としては〈詩人会議〉の常任運営委員も務め、詩集も刊行した。 アレクサンドル・プーシキンを中心とした19世紀文学と、エフゲニー・エフトゥシェンコなどの同時代の詩人を中心に研究し、その方面の著書・訳書も多い。
猪熊 葉子(いのくま ようこ、1928年〈昭和3年〉8月16… 猪熊 葉子(いのくま ようこ、1928年〈昭和3年〉8月16日 - 2024年〈令和6年〉11月19日)は、日本の近代文学研究者・イギリス近代文学研究者、児童文学者、翻訳家。聖心女子大学名誉教授。 千葉県千葉市生まれ。旧姓・葛原()。父は外科医の葛原輝、母は歌人の葛原妙子。夫は明電舎社長・猪熊時久。 聖心専門学校をへて、1952年、聖心女子大学文学部国語国文学科卒業、須賀敦子とは大学時代からの友人。1954年、同大学院文学研究科国文学専攻修士課程修了。同年、同大学文学部助手、1956年専任講師、1957年から1年間オックスフォード大学に留学、J・R・R・トールキンに師事した。1972年聖心女子大学助教授を経て、1978年教授、1990年白百合女子大学文学部教授、1999年定年退職。
出口 裕弘(でぐち ゆうこう、1928年8月15日 - 20… 出口 裕弘(でぐち ゆうこう、1928年8月15日 - 2015年8月2日)は、昭和・平成期の日本の作家、翻訳家、フランス文学者。元一橋大学教授。 東京府北豊島郡日暮里町(現在の東京都荒川区東日暮里)の生まれ。ただし『北海道名士録 昭和35年度版』(1頁には千葉県松戸市出身とある。本名の訓みはヤスヒロといい、葛飾区立堀切小学校から東京府立第十一中学校(東京都立江北高等学校)を経て1945年4月、旧制浦和高等学校理科1組入学、1945年7月1日、武原寮(ぶげんりょう)に入寮しここで敗戦を迎えた。寮で1級下の野沢協と相識る。 1945年10月、文科甲類に転科する。在学中は文芸部に所属し、短歌や俳句、詩や小説などの創作活動に熱中した。
松谷 健二(まつたに けんじ、1928年8月12日 - 19… 松谷 健二(まつたに けんじ、1928年8月12日 - 1998年2月9日)は、日本のドイツ文学研究家、翻訳家、作家。元山形大学教授。 1928年、東京市(現大田区)に生まれ、幼少年時代をここで過ごす。東京外国語大学を経て1953年に東北大学文学部ドイツ文学科卒業。 1959年、初出版は『文学における彼岸表現の研究』内の論文「北歐の彼岸表象」。 1971年、「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズの第1巻『スターダスト計画』が刊行される。1974年に山形大学を退職。 1998年、肝硬変のため山形県の病院で死去。享年69。
内田 莉莎子(うちだ りさこ、1928年6月24日 - 19… 内田 莉莎子(うちだ りさこ、1928年6月24日 - 1997年3月22日)は、日本の翻訳家、児童文学者、ロシア文学者。名前はモナリザにちなんで祖父・内田魯庵が命名。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部露文科卒業。1964年にポーランド留学。外国児童文学の翻訳紹介をする。『てぶくろ』『おおきなかぶ』などがロングセラーとなる。 父は洋画家の内田巌。祖父は翻訳家・作家の内田魯庵。妹の堀内(内田)路子は堀内誠一の妻で、同じく早稲田大学第一文学部露文科卒業。夫はポーランド文学者・東大教授であった吉上昭三(没する1年前の1996年1月に事故死)。息子は翻訳家の吉上恭太。叔父に洋画家の伊勢正義。 1997年3月22日、食道癌により入院先の都内の病院で死去。
有田 忠郎(ありた ただお、1928年(昭和3年)6月19日… 有田 忠郎(ありた ただお、1928年(昭和3年)6月19日 - 2012年3月11日)は、日本の詩人、翻訳家、仏文学者。専門はフランス詩。西南学院大学名誉教授。文芸誌『同時代』同人。 長崎県佐世保市出身。海軍主計将校だった父の転勤に従って鎌倉、台湾、再び佐世保と転々とした。長崎県立佐世保中学校、第五高等学校を経て、1953年九州大学文学部仏文科卒業。1958年九州大学大学院第二期修了、九州大学文学部助手。1963年北九州大学講師、1964年同助教授、1968年同教授。1975年西南学院大学教授。1999年同大学を退職。 シャルル・ボードレールらの詩が専門だが、ヴィクトル・セガレンの全訳やサン=ジョン・ペルスの翻訳でも知られる。
矢島 文夫(やじま ふみお、1928年4月19日 - 200… 矢島 文夫(やじま ふみお、1928年4月19日 - 2006年5月22日)は、日本の言語学者(アラビア語学)・オリエント学者・翻訳家。アジア・アフリカ図書館館長。東京市生まれ。アラビア語やメソポタミア文学・オリエント神話・歴史等を研究。『ギルガメシュ叙事詩』の翻訳の他、海外の関連研究書を数多く翻訳し日本に紹介した。 父は科学史家の矢島祐利、母は民俗学者の矢島せい子。弟の矢島敬二(東京都立大学理学部数学科卒)は東京理科大学教授、矢島敏彦(東京大学理学部地質学科卒)は埼玉大学教授。母の兄弟姉妹に沢村国太郎や沢村貞子、加東大介がおり、親族に俳優が多数いる。 旧制東京外事専門学校(現・東京外国語大学)卒業。
島原 健三(しまはら けんぞう、1928年3月22日 - )… 島原 健三(しまはら けんぞう、1928年3月22日 - )は、日本の化学者、翻訳家、成蹊大学名誉教授。筆名・芹生 一(せりう はじめ、せりゅう はじめ)。 東京生まれ。父は慶應予科教授の島原逸三、姉はロシア語翻訳家の島原落穂。1950年慶應義塾大学工学部応用化学科卒、1974年慶大工学博士。化学工場勤務、高校教諭を経て、1974年成蹊大学工学部教授、1999年定年、名誉教授。芹生一の筆名で英米児童文学の翻訳を行い、詩も書いた。
渡辺 茂男(わたなべ しげお、1928年3月20日 - 20… 渡辺 茂男(わたなべ しげお、1928年3月20日 - 2006年11月18日)は、日本の児童文学者、翻訳家。元慶應義塾大学文学部図書館学科(現在の図書館・情報学専攻)教授。 昭和時代戦後から平成時代にかけて、児童文学を多数創作した他、『エルマーのぼうけん』をはじめとした英米の絵本や童話を中心とした児童文学や、海外の児童文学理論の翻訳を数多く手がけた。 静岡県静岡市葵区生まれ。静岡県立静岡商業学校、久我山工業専門学校を経て、慶應義塾大学文学部図書館学科を卒業後、米国のウェスタン・リザーブ大学大学院を修了。ニューヨーク公共図書館児童部勤務を経て、1975年まで慶應義塾大学文学部図書館学科(現在の図書館・情報学専攻)教授。
片方 善治(かたがた ぜんじ、1928年3月9日 - )は、… 片方 善治(かたがた ぜんじ、1928年3月9日 - )は、日本の電気技術者、電気通信学者、システム工学者、文筆家、翻訳家。成安造形大学名誉教授。 情報文化学会会長、名誉会長。高崎商科大学客員教授、金城学院大学特任教授、日本DEVNET協会会長。 専門の電気通信以外にも、ビジネス書、子供向け、伝記、英語、酒、話し方、仏教などについて多くの一般向け著作をなしている。 書道の雅号は片方 大幹。 岩手県北上市生まれ。 カーネギーメロン大学卒業後、同大学院電子工学専攻修士課程修了、コロンビア大学大学院通信システム工学専攻修士課程修了。1966年「狭帯域符号化変調方式に関する研究」で北海道大学工学博士。日本電信電話公社勤務、1960年同計画局のち、工学院大学講師、1969年助教授。
一色 義子(いっしき よしこ、1928年3月8日 - )は、… 一色 義子(いっしき よしこ、1928年3月8日 - )は、日本の新教神学者、翻訳家。元恵泉女学園理事長。 東京府に一色乕児と妻ゆり(河井道の弟子)の娘として生まれる。 恵泉女学園高等学校を経て、学習院大学文学部卒、東京神学大学卒、同大学院修了。ボストン大学神学部フルブライト留学生。サンフランシスコ神学大学で博士号取得。 恵泉女学園大学講師、助教授、教授、理事、理事長を務めた。日本キリスト教婦人矯風会会長。日本基督教団経堂緑岡教会協力牧師。日本聖書協会、アジア学院、興望館など各理事。2009年キリスト教功労者。 夫は一色尚次(旧姓・馬杉)。