岡部 牧夫(おかべ まきお、1941年8月8日 - 2010… 岡部 牧夫(おかべ まきお、1941年8月8日 - 2010年12月6日)は、日本の文筆家、歴史学者。 東京市渋谷区代々木生まれ。本名・岡部 長興(おかべ ながおき)。太平洋戦争中は新潟県小出に疎開し、戦後は神奈川県で母方の祖父・岩崎輝弥が経営していた子安農園に住んだ。森村学園小学校、成蹊中学、成蹊高校から1965年に成蹊大学政治経済学部卒業。中学・高校教員、雑誌『アルプ』編集委員を経て、1971年に長野県諏訪郡富士見町へ移住し、自然や環境についての文筆活動を行った。さらに、高校時代の恩師である荒井信一に誘われたのがきっかけで、日本近現代史研究、特に植民地支配や天皇制についての研究を進めた。1993年から串田孫一らとともに財団法人自然保護助成基金の評議員を務めた。
樺山 紘一(かばやま こういち、1941年5月8日 - )は… 樺山 紘一(かばやま こういち、1941年5月8日 - )は、日本の歴史学者、東京大学文学部名誉教授、印刷博物館館長。
長谷川 毅(はせがわ つよし、1941年2月23日 - )は… 長谷川 毅(はせがわ つよし、1941年2月23日 - )は、アメリカ合衆国在住の歴史学者。アメリカ合衆国国籍。専門はロシア史、日露関係。 東京都生まれ。東京都立武蔵丘高等学校、東京大学教養学部卒業後、ワシントン大学で博士号取得。1976年、アメリカ市民権取得。北海道大学スラブ研究センター(現・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)教授を経て、2016年に引退するまでカリフォルニア大学サンタバーバラ校歴史学部教授を務め冷戦研究プログラム責任者を務めた。 アメリカにおいて、日ソ関係について研究を行っている。長谷川が英文で書かれたものと日本読者向けに和文で出版されたものについては、内容が微妙に異なる箇所が散見される。
二木 謙一(ふたき けんいち、 1940年12月5日 - )… 二木 謙一(ふたき けんいち、 1940年12月5日 - )は、日本の歴史学者。國學院大學名誉教授。専門は日本中世史(戦国史)。有職故実研究の第一人者として知られる。また、数々の大河ドラマの考証を手がけた。 1940年、東京都で生まれた。國學院大學文学部史学科で学び、桑田忠親に師事。1963年に卒業し、同大学大学院文学研究科日本史学専攻に進学した。1968年に博士課程を修了。 修了後は、國學院大學文学部助手に採用された。同大学日本文化研究所研究員を経て、國學院大學文学部教授となった。1986年、学位論文『中世武家儀礼の研究』を國學院大學に提出して 文学博士号を取得。1995年、春田宣学長任期満了にともなって学長候補に上がったが、次点にとどまり上田賢治が就任した。
西田 美昭(にしだ よしあき、1940年10月29日 - 2… 西田 美昭(にしだ よしあき、1940年10月29日 - 2012年10月19日)は、日本の歴史学者。専門は日本経済史。東京大学名誉教授。東京大学社会科学研究所教授・オックスフォード大学客員教授・ミラノ大学客員教授等を歴任。 東京都出身。東京都立豊多摩高等学校を経て1964年横浜国立大学経済学部卒業、1966年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1969年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学での指導教官は古島敏雄と永原慶二。永原とともに山梨の農村調査に行き、共同研究論文「日本地主制の構成と段階」を著す。1969年一橋大学経済学部助手(特別研究員)就任。労働組合活動に力をいれ、指導教官の永原らから注意を受ける。
吉原 健一郎(よしはら けんいちろう、1938年8月1日 -… 吉原 健一郎(よしはら けんいちろう、1938年8月1日 - 2012年3月22日)は、日本の歴史学者。成城大学名誉教授。専門は日本近世史、文化史。 1938年に東京府で出生する。1967年に東京教育大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程を修了。東京都公文書館主任調査員を経て、成城大学文芸学部文化史学科教授に就任する。江戸時代を中心に主に近世庶民文化を研究した。2009年に成城大学名誉教授となる。また、成城大学民俗学研究所所長、歴史学会会長を務めたほか、千代田区、港区、墨田区、江東区などの文化財保護審議会委員を歴任した。 2012年3月22日、肺がんのために死去。73歳没。
石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日… 石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日本の経済学者、歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本経済史。経済学博士(東京大学、1974年)。東京府出身。妻は元恵泉女学園大学学長の石井摩耶子。
長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )… 長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。専門は、インド近代史、南アジア地域研究。博士(文学)(東京大学、1993年)。東京出身。
大原 祐子(おおはら ゆうこ、1937年〈昭和12年〉11月… 大原 祐子(おおはら ゆうこ、1937年〈昭和12年〉11月21日 - 2017年〈平成29年〉4月14日)は、日本の歴史学者。元東京大学教養学部助教授。専攻は、カナダ史。 東京都生まれ。父は元協和銀行常任監査役の大原申三(1908年〈明治41年〉1月17日 - 1967年〈昭和42年〉7月3日)。 立教女学院小学校および同中学校卒業を経て、1956年3月、立教女学院高等学校卒業。1960年3月、立教大学文学部史学科卒業。1963年3月、立教大学大学院文学研究科修士課程史学専攻修了(文学修士)。同年4月、世界経済調査会研究員(1971-72年の中断期間をはさんで1977年3月まで)。1973年5月、カナダ・ヴィクトリア大学大学院修士課程歴史学専攻修了(Master of Arts)。
三木 靖(みき やすし、1937年4月15日 - 2023年… 三木 靖(みき やすし、1937年4月15日 - 2023年11月17日)は、日本の歴史学者。鹿児島国際大学短期大学部名誉教授。専門は中世城郭史。 東京出身。1965年に早稲田大学大学院文学研究科修了。鹿児島短期大学学長を経て、鹿児島国際大学との統合により、同大学短期大学部教授・学部長を務める。また、鹿児島国際大学生涯学習センター長、鹿児島県文化財保護審議会会長、音楽療法士養成協議会顧問を歴任する。研究では日本古文書学会、九州史学会、南島史学会で活動した。南九州における中世城郭史のほか薩摩島津氏の研究において第一人者である。 2013年4月に、瑞宝中綬章を受章。 2020年には、第71回南日本文化賞(学術部門)を受賞。
奥富 敬之(おくとみ たかゆき、1936年9月2日 - 20… 奥富 敬之(おくとみ たかゆき、1936年9月2日 - 2008年7月7日)は、日本の歴史学者、日本医科大学名誉教授。日本中世史・日本医学史専攻。 東京生まれ。1961年早稲田大学教育学部卒業、1971年同大学大学院文学研究科博士課程修了(国史)。同年、日本医科大学歴史学教室専任講師、日本医科大学助教授、1986年教授、2002年定年退職、名誉教授。 この他、1986年~2002年早稲田大学教育学部兼任講師や2008年早稲田大学エクステンションセンター講師なども務めた。苗字に関する著書もあり、苗字や名前の歴史学についての専門家でもある。 日本中世の武士を専門に研究、清和源氏、北条氏、鎌倉幕府、源平争乱、姓氏などについての一般向け書物を多数執筆し、大河ドラマ『北条時宗』(2001年)、『義経』(2005年)などで時代考証、監修を行った。
坂井 榮八郎(さかい えいはちろう、1935年5月19日 -… 坂井 榮八郎(さかい えいはちろう、1935年5月19日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は西洋近代史、ドイツ史。 千葉県生まれ。1955年武蔵中学校・高等学校卒業、1959年東京大学文学部西洋史学科卒業、1962年-65年西ドイツのマールブルク大学に留学。67年東京大学教養学部助教授(ドイツ語)、教授、85年定年退官、名誉教授、聖心女子大学教授。
太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 20… 太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 2004年3月27日)は、日本の歴史学者、国際政治学者。元法政大学教授。専門は中国史、国際政治学。 1935年に東京都で生まれる。東京都立大学附属高等学校を卒業後、東京大学文学部東洋史学科へ入学した。その後、同大学院国際関係論専門課程博士課程を修了する。1965年に国立国会図書館の調査及び立法考査局外務課へ勤め、現代中国に関する研究を行う。1973年に法政大学法学部政治学科助教授となり、1978年に教授に昇格する。1993~98年に中国研究所理事長として活動した。また、大連外語学院訪問教授、東京女子大学非常勤講師などを務めたほか、逝去時まで日本現代中国学会理事であった。
飛鳥井 雅道(あすかい まさみち、1934年(昭和9年)11… 飛鳥井 雅道(あすかい まさみち、1934年(昭和9年)11月26日 - 2000年(平成12年)8月31日 )は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本近代史・文化史。弟の飛鳥井雅慶は橿原神宮宮司。長男の飛鳥井雅友(1962年- )はドイツ文学者。
神立 春樹(かんだつはるき、1934年4月12日 -2025… 神立 春樹(かんだつはるき、1934年4月12日 -2025年2月9日 )は日本の歴史学者。専門は近代日本経済史、近世農村・農書研究。農学博士、博士(学術)、博士(文学)。岡山大学名誉教授。二松学舎名誉舍友。瑞宝中綬章受章。 東京都生れ。父親の仕事により、南洋群島パラオ・アンガウル、朝鮮咸興などの海外を含め一家各地を転々、長野県小諸高等学校入学・二松学舎大学附属高等学校卒、東京教育大学農学部卒業・農学士、東京大学大学院社会科学研究科農業経済学専攻修士課程修了・農学修士、同農学系研究科農業経済学専攻博士課程修了・農学博士。博士学位論文「近代農村工業史の基礎過程」、指導教授東京大学古島敏雄。 大学院在学中1966年白梅学園短期大学講師、助教授の後、1970年岡山大学法文学部助教授、1977年教授、1992年経済学部長・大学院経済学研究科長、1995年大学院博士課程文化科学研究科長、1998年附属図書館長歴任。
黒羽 清隆(くろは きよたか、1934年(昭和9年)2月25… 黒羽 清隆(くろは きよたか、1934年(昭和9年)2月25日 - 1987年(昭和62年)6月19日)は、日本の歴史学者・教育者。静岡大学教育学部教授。東京都杉並区出身。 歴史教育や日中戦争・太平洋戦争についての著作がある。教科書の自由発行、自由選択を支持し、家永教科書裁判当事者を支援した。 東京教育大学文学部史学科卒業。 中学教諭として新宿区立東戸山中学校、同四谷第一中学校で教鞭をとった後[要出典]、東京都立大学附属高等学校・東京学芸大学教育学部附属高等学校教諭となる。この間、和歌森の後任として1969年から10年間、NHK通信高校テレビ講座で日本史を担当した。 1975年から1977年まで東京学芸大学・中央大学の非常勤講師を併任、1979年に静岡大学教育学部助教授となる。
鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 202… 鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 2020年2月29日)は、日本の歴史学者・日本近現代史研究者。東京大学名誉教授。立憲政治体制や歴史の相互理解を研究する。 東京市目黒区出身。東京都立大学附属高等学校卒、1958年東京大学文学部国史学科卒業。1961年同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程中退し、同年東京大学教養学部助手、1964年専任講師、1967年助教授、1982年同教授となる。1994年に定年退官し、名誉教授、中央大学教授。2004年定年退職。2007年、第2期日韓歴史共同研究委員会・日本側委員長。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」では監修(脚本諮問委員)を務めた。
野口 洋二(のぐち ようじ、1933年1月28日 - )は日… 野口 洋二(のぐち ようじ、1933年1月28日 - )は日本の歴史学者。早稲田大学名誉教授。専門は西洋中世史、特に西洋中世の宗教政治史・文化史。 1951年東京都立大学附属高等学校卒業。1956年早稲田大学第一文学部史学科卒業。1962年早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。1964年早稲田大学文学部助手。1966~1968年、スイス政府給付留学生としてジュネーヴ大学へ留学した。1969年同講師、1972年同助教授、1977年同教授。同年、文学博士(早稲田大学)。1990年早稲田大学図書館長。1991年に総合学術情報センターの開館式を挙行する。早稲田大学理事(文化事業担当)、同大学総合研究機構長、同大学會津八一記念博物館長などを歴任した。
三木 太郎(みき たろう、1933年 - 2002年2月15… 三木 太郎(みき たろう、1933年 - 2002年2月15日)は、日本の歴史学者。駒澤大学名誉教授。専門は日本古代史。 東京都出身。駒澤大学高等学校(1期生)、駒澤大学文学部地理歴史学科卒業。1956年、駒澤大学高校の教諭(日本史)に着任。その後、駒澤大学北海道教養部教授に就任。 2002年2月15日、脳出血のため北海道岩見沢市の自宅で死去。
二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 200… 二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 2006年3月)は、日本の歴史学者。西洋史・フランス史。東京外国語大学名誉教授及びフェリス女学院大学名誉教授。
米川 伸一(よねかわ しんいち、1931年12月6日 - 1… 米川 伸一(よねかわ しんいち、1931年12月6日 - 1999年11月18日)は、日本の歴史学者・経営学者。経済学博士。専門はイギリス史、経営史。一橋大学名誉教授。かつて日本が経営史研究で世界をリードしていた1960年代から1980年代にかけて、日本を代表する経営史学者として知られた。 東京府(現在の東京都)出身。世田谷区立松原小学校、日本学園中学校、成蹊高等学校を経て、1956年一橋大学経済学部卒業、1958年同大学大学院経済学研究科修士課程修了、1961年同博士課程修了、経済学博士第1号。論文の名前は「中・近世ノーフォクにおける社会経済的発展 : 近代資本主義社会の成立に関する一研究」。
石井 進(いしい すすむ、1931年7月2日 - 2001年… 石井 進(いしい すすむ、1931年7月2日 - 2001年10月24日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本中世史。 1931年、東京都で生まれた。東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)に入学し、同校では後に東京大学教授となる芳賀徹、平川祐弘、高階秀爾、平田賢と同じクラス(第1部)であった。1944年に卒業し、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)に進学。1950年に卒業し、東京大学文学部に進学。文学部国史学科で学び、在学中は佐藤進一に師事。1955年に卒業し、同大学大学院人文科学研究科国史学専門課程に進んだ。1957年に修士課程を修了し、1960年に博士課程を単位取得退学。
古屋 哲夫(ふるや てつお、1931年3月21日 - 200… 古屋 哲夫(ふるや てつお、1931年3月21日 - 2006年12月2日)は、日本の歴史学者。専攻は日本近代史。京都大学名誉教授。 1931年、東京都で生まれた。1948年、東京都立第九中学校(現東京都立北園高等学校)卒業。1949年、浦和高等学校 (旧制)(現埼玉大学文理学部)に進学したが、学制改革にともなって新制へ移行したことにより、1949年に第1学年のみ修了。同年、東京大学教養学部文科1類に入学。1951年、同大学法学部に進学。1953年、法学部(政治コース)を修了。同年、同大学大学院社会科学研究科政治専門課程に進学し、1956年に同修士課程を修了、同博士課程に進学。1958年、歴史学研究会書記長。
伊東 俊太郎(いとう しゅんたろう、1930年4月25日 -… 伊東 俊太郎(いとう しゅんたろう、1930年4月25日 - 2023年9月20日)は、日本の歴史学者(科学史・文明史)。Ph.D.(ウィスコンシン大学)。東京大学名誉教授・国際日本文化研究センター名誉教授・麗澤大学名誉教授。位階は正四位、瑞宝中綬章受章者・文化功労者。 ウィスコンシン大学人文科学研究所助手、東京大学教養学部教授、麗澤大学教授、麗澤大学比較文明文化研究センター所長(初代)などを歴任した。 東京生まれ、旧制東京高等学校、東京大学文学部哲学科卒業。同大学院修士課程修了、ウィスコンシン大学PhD.修得。 ウィスコンシン大学人文科学研究所助手、東京大学教養学部助手・講師・助教授を経て、東京大学教養学部教授を務め、1989年より国際日本文化研究センター教授を兼任、1991年東大定年退官、名誉教授、1995年より2007年まで麗澤大学教授、同比較文明文化研究センター初代所長。
斉藤 孝(さいとう たかし、1928年11月2日 - 201… 斉藤 孝(さいとう たかし、1928年11月2日 - 2011年1月28日 )は、日本の歴史学者、国際政治学者。学習院大学名誉教授。専門は、国際政治史。社会学博士(東京大学、1967年)。東京生まれ。長男の哲郎は大東文化大学教授。
沢田 昭夫(澤田昭夫、さわだ あきお、1928年10月5日 … 沢田 昭夫(澤田昭夫、さわだ あきお、1928年10月5日 - 2015年3月24日)は、日本の歴史学者。筑波大学名誉教授。専門は近世イギリス史・ヨーロッパ史で、思想家トマス・モアの研究者。カトリック信徒で洗礼名は「パウロ」。 1928年(昭和3年)10月5日、米国・ワシントンD.C.で生まれる。代父を務めたのは当時駐米フランス大使であったポール・クローデルで、洗礼名「パウロ」は彼に因む。 米国、フランス滞在約5年を経て日本に帰国し、暁星、成城に通った。 1940年代にはロゲンドルフ神父に勧められて、ロンドン大学のチェインバズ教授の『モア伝』を熟読し、これがトマス・モア研究へとつながった。太平洋戦争(大東亜戦争)中の1945年(昭和20年)5月25日は、米軍による東京大空襲で家族とともに青山墓地に避難。
安良城 盛昭(あらき もりあき、1927年5月10日 - 1… 安良城 盛昭(あらき もりあき、1927年5月10日 - 1993年4月12日)は、昭和期の歴史学者。沖縄大学学長などを歴任する。 東京府の出身であるが、両親はともに沖縄県の出身 であり、そのことが彼の研究にも影響を与えることとなる。 1949年に第一高等学校を卒業後、東京大学経済学部に入る。1953年の大学卒業時に書いた太閤検地に関する卒業論文が雑誌『歴史学研究』に掲載されると、学界に「安良城旋風」(服部之総)と呼ばれる衝撃を与えた(経済学部出身ではあるが、古文書読解は児玉幸多より手ほどきを受け、研究面では永原慶二、所三男、林基、山口啓二らの指導を受けた。)。安良城も石母田正の「中世的世界の形成」の影響を受けた(石母田正著作集第13巻月報13「石母田さんと私」)。
林 亮勝(はやし りょうしょう、1927年3月4日 - 20… 林 亮勝(はやし りょうしょう、1927年3月4日 - 2008年12月23日)は日本の歴史学者。元大正大学学長。大正大学名誉教授。専門は江戸時代政治史。日朝文化交流協会理事長。
渡辺 金一(わたなべ きんいち、1924年12月14日 - … 渡辺 金一(わたなべ きんいち、1924年12月14日 - 2011年2月6日)は日本の歴史学者、経済学者。主専攻は東ローマ帝国史、古典古代史。一橋大学名誉教授。
弓削 達(ゆげ とおる、1924年3月31日 - 2006年… 弓削 達(ゆげ とおる、1924年3月31日 - 2006年10月14日)は、日本の歴史学者。専攻は古代ローマ史。東京大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授。経済学博士。元日本学術会議会員。
平泉 洸(ひらいずみ あきら、1924年2月16日 - 19… 平泉 洸(ひらいずみ あきら、1924年2月16日 - 1995年10月7日)は、日本の歴史学者である。平泉寺白山神社宮司・玄成院第二十五世。金沢工業大学名誉教授。 東京に、平泉澄の長男として生れる。京華中学校・大阪高等学校を経て、1948年東京大学文学部国史学科卒業。福井県立勝山高等学校教諭、福井県立勝山精華高等学校(のちの福井県立勝山南高等学校)教諭などを歴任し、1972年から、金沢工業大学教授。1980年、平泉寺白山神社宮司。1994年、金沢工業大学を退官して、名誉教授となった。 金沢工業大学教授平泉隆房の父。
木村 礎(きむら もとい、1924年1月26日 - 2004… 木村 礎(きむら もとい、1924年1月26日 - 2004年11月27日)は、日本の歴史学者。専門は、地方史・村落史。明治大学名誉教授。 東京都生まれ。明治大学専門部地歴科を経て1950年東京文理科大学史学科卒業。1958年に明治大学文学部助教授、1963年教授、1980年大学院長、1988年学長となる。この間1972年に「日本の共同体」で文学博士の学位を取得。1991年の替え玉入試事件を受けて翌年3月末をもって学長を辞任。1995年定年、名誉教授。著作集全11巻がある。 2004年11月27日、脳内出血のため死去。
黒板 伸夫(くろいた のぶお、1923年(大正12年)4月5… 黒板 伸夫(くろいた のぶお、1923年(大正12年)4月5日 - 2015年(平成27年)5月11日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。妻は作家の永井路子。歴史学者の黒板勝美は伯父。 1923年(大正12年)、東京府生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。同大学大学院(旧制)修了。平安博物館嘱託、同博物館講師、吉川弘文館編集長を経て、清泉女子大学教授・醍醐寺霊宝館長。 2015年5月11日、肺炎のため死去。92歳没。 2016年、第27回大衆文学研究賞・大衆文学部門を、黒板伸夫・永井路子編「黒板勝美の思い出と私たちの歴史探究」(吉川弘文館)が受賞した。
藤原 彰(ふじわら あきら、1922年7月2日 - 2003… 藤原 彰(ふじわら あきら、1922年7月2日 - 2003年2月26日)は、日本の歴史学者。日本近代史専攻。一橋大学名誉教授。1980年日本学術会議会員。元歴史学研究会委員長。
井上 光貞(いのうえ みつさだ、1917年〈大正6年〉9月1… 井上 光貞(いのうえ みつさだ、1917年〈大正6年〉9月19日 - 1983年〈昭和58年〉2月27日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。国立歴史民俗博物館初代館長。紫綬褒章受章者。文学博士。専門は日本古代史(上代日本史)。井上馨と桂太郎の孫に当たる。 古代日本、特に浄土教を中心とした仏教思想史、律令制以前の国家と天皇の起源に関する問題、律令研究を通じての「固有法」から「律令法」への変遷をテーマに研究した。後年は、『日本書紀』や律令等の古典籍の注釈を専らとし、特に律令の注釈は石母田正らと編集した『日本思想大系 3 律令』(岩波書店)に詳しい。 井上の歴史学の方向は、恩師坂本太郎が構築した実証主義的アカデミズム歴史学を継承したもので、日本史学史上、坂本の後継者と位置づけられている。
豊田 武(とよだ たけし、1910年(明治43年)3月9日 … 豊田 武(とよだ たけし、1910年(明治43年)3月9日 - 1980年(昭和55年)3月29日)は、日本の歴史学者。東北大学名誉教授。日本中世史専攻。
喜田 新六(きた しんろく、1903年6月24日 - 196… 喜田 新六(きた しんろく、1903年6月24日 - 1964年7月4日)は、日本の歴史学者。中央大学文学部教授。専門は日本古代史。 1903年(明治36年)6月、歴史学者である喜田貞吉の長男として、東京にて生まれる。なお「新六」の名は、彼の生誕地である「新宿六丁目」に由来する。東京高等師範学校附属中学校(現筑波大学附属中学校・高等学校)、第一高等学校文科乙類を経て、1926年(大正15年)、東京帝国大学文学部国史学科に入学。1929年(昭和4年)、東京帝国大学卒業ののち、同大学大学院に入学し、併せて同大学副手になった。1934年(昭和9年)、京城帝国大学法文学部教授に就任し、1942年(昭和17年)、神宮皇學館大學学部教授に就任した。
梅田 良忠(うめだ りょうちゅう、ポーランド語:Ryochu… 梅田 良忠(うめだ りょうちゅう、ポーランド語:Ryochu Umeda、1900年9月25日 - 1961年12月7日)は日本の僧、歴史学者。 1922年(大正11年)駒澤大学卒業後、ポーランドに留学し、ワルシャワ大学卒業。同大学講師。同国の「東洋学院」の教授にも任命され、日本語、日本文化を担当した。日本大使館の文化関係の委託業務を行った。戦時中は朝日新聞社ソフィア駐在嘱託。東欧諸国語の権威。1955年関西学院大学教授。1960年「ヴォルグ・ブルガール史の研究」で関西学院大学 文学博士。 梅田良忠は日本橋槙町で弁護士、梅田貞次の長男として生まれた。生まれた時の名前は梅田芳穂であったが、これは彼の長男と同じ名前である。
大久保 利謙(おおくぼ としあき、1900年〈明治33年〉1… 大久保 利謙(おおくぼ としあき、1900年〈明治33年〉1月25日 - 1995年〈平成7年〉12月31日)は、日本の歴史学者、華族(侯爵)。維新の三傑の一人・大久保利通の孫で、大久保家第3代当主。父は利通の三男・大久保利武。母は近藤廉平の長女・栄。妻は子爵米田国臣の長女・八重子。長男は大久保利泰。 東京帝国大学卒業の際の論文は、近世史をテーマにしたものであった。理由は、当時の歴史学界においては、維新以後の歴史については、歴史家は触れてはいけないという空気が強かったからである。 戦時下では皇国史観に対して批判的立場を採り、東京帝国大学を中心とした官学アカデミズム歴史学や、戦後流行したマルクス主義歴史学とも異なる、実証主義を本領とした独自の近代史研究を構築した。
村岡 典嗣(むらおか つねつぐ、1884年(明治17年)9月… 村岡 典嗣(むらおか つねつぐ、1884年(明治17年)9月18日 - 1946年(昭和21年)4月13日)は、日本の歴史学者。
石原 謙(いしはら けん、1882年8月1日 - 1976年… 石原 謙(いしはら けん、1882年8月1日 - 1976年7月4日)は、日本の歴史学者。日本学士院会員。専門は神学史、キリスト教史。 1882年、東京市本郷区本郷4丁目39番地に本郷教会牧師石原量、母ちせの次男として生まれた。「少年の頃既に聖書を教えられ、中学四、五年の頃その研究に少なからず興味を覚えて、その頃受洗」(『石原謙著作全集』11巻214頁)したと、牧師である父の強い影響でキリスト教信仰を持ったことを記している。洗礼は1900年1月7日、18歳の時数寄屋橋教会(現日本基督教団巣鴨教会)の田村直臣牧師から受けた。 早稲田中学を経て、1901年(明治34年)7月一高に入学し、1903年に最初の論文「ナザレの聖者を論ず」を書いた。
小倉 裕児(おぐら ゆうじ)は、日本の歴史学者。専門は日本現… 小倉 裕児(おぐら ゆうじ)は、日本の歴史学者。専門は日本現代史。創価大学教授。創価中学校・高等学校校歌の作詞者としても知られる。 創価高等学校を第一期生として卒業後、1981年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。指導教官は藤原彰。一橋大学大学院社会学研究科博士課程、関東学院大学経済学部講師等を経て、創価大学学士課程教育機構教授。この間、放送大学などでも教鞭を執った。専門は日本現代史で、アメリカ占領政策の日本への影響を研究テーマとする。 また、創価学園栄光寮寮生だった1968年に、「学園寮歌」として創価中学校・高等学校校歌「草木は萌ゆる」の作詞を行った。